2019年01月06日

日日是好日【映画】

茶室にある額装された「日日是好日」の書。
これどういう意味?と典子と美智子が話すシーンがある。

「日日是好日」、毎日の日々が好い日である?
そんな毎日、いいことあるわけないよ。
そこは、ものの考えよう、考え方ひとつで好くも悪くもなる。
あるいは、好き日となるよう日々努力が必要である、ってちょっと説教くさいけど。

その答えは、武田先生の「こうやって毎年同じことができているのが幸せなんじゃないの」という言葉。
同じような日々の繰り返しができること自体、幸せであるし、不幸だと思ったこともあとで意味あることだとわかることもある。
まさに、冒頭のフェリーニの「道」の中の言葉じゃないか。
「すぐにわかるもの」と「すぐにわからないもの」

四季折々の、風物に耳目を傾け、見入る、聞き入ること。
茶碗の重さや、肌触りを感じること。
軸に見入り、まるで絵でも見るように、筆の流れを追うこと。

茶室で起こることすべてが、大切な好日。
そしてそれは、茶室の外の日々、にも言えること。

仕事にも恋愛にも紆余曲折を重ね、24年かかってたどりついた道。
その24年は、まったく凡庸で、どこにでもあること、たいしたことないことかもしれない。
しかし、典子にとっては、「すぐにわからないもの」であり、24年よいう長い時間をかけて少しずつわかるようになってきたものである。
それは、典子自身にしか感じられない。

変わるものと変わらないもの、変わっていいものと変わってはいけないもの。
それらが、茶室の中に生き生きと描き出され、樹木希林の人生そのものから表出されたような武田先生の言葉で伝えられる。

なんとまあ、人の心を素直にする映画なんだ。

よく知らない自分なんかにとっては、堅苦しいイメージのある茶道の世界を、堅苦しくなく、微笑ましく描き出してくれる。
「型から入って、心を入れる」とか、「一期一会」とか、茶道の世界のみならずいろんな世界に通じる言葉も、心に迫る。

よし、これから日々、好く生きよう、と心に誓う。
きっと、数日後には忘れてるだろうけど。

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