2019年02月28日

聖橋から放っちゃうの、さだまさし「檸檬」聖地巡礼

中学生の僕の神様は、ディランでもなくクラプトンでもなくさだまさしと中島みゆきだった。
東大寺落慶法要のさだまさしコンサートがNHKで放送された感動が今でもありありと思い浮かぶ。
まあ、そのわりに内容は全然覚えてないけど。
「胡桃の日」のマリンバがすごかったなあ、ぐらいか。

カセットテープに録音したり、わずかな小遣い貯めて買った宝物のミュージックテープをのびるまで聞いたり。
ノートに歌詩(さだまさしは詞ではない、詩なのだ、とこだわる)をせっせと書き留めていたっけ。

梶井基次郎の「檸檬」の舞台を御茶ノ水界隈に移し替え、青春の甘酸っぱさを色彩鮮やかに描いた名曲「檸檬」。
まあ、中学生の僕は、東京なんてまったく宇宙のようなもので、御茶ノ水なんてまったく想像もつかないし、行ってみたいとか思うような手の届く範囲にはない世界だった。

でも、何十回も聞き倒せば、「湯島聖堂」だの「聖橋」だの、耳に染み付く。
ネットなんてないから、湯島聖堂のたたずまいもわからないし、聖橋がどんな橋かも想像できない。
ただただ自分の勝手なイメージで、情景を描く。

びゅーーーんと時はすぎ、おっちゃん、もう目も霞むお年頃。
ついに、「湯島聖堂」に行っちゃった。
うん、「聖橋」も渡っちゃった。


或の日湯島聖堂の白い石の階段に腰かけて
君は陽溜りの中へ盗んだ
檸檬細い手でかざす
それを暫くみつめた後で
きれいねと云った後で齧る
指のすきまから蒼い空に
金糸雀色の風が舞う


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えーと、白い石の階段。
たぶん、この階段なんだろうけど、どのへんだろ。
まあ、きっとここだ。

彼女、レモン盗んで来たんかいな、悪いやっちゃで。
そんな盗品をかじって、こんなきれいな描写されてもなあ。
なんて詩的な。

孔子はんも、見てはりまっせ。

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喰べかけの檸檬聖橋から放る
快速電車の赤い色がそれとすれ違う
川面に波紋の拡がり数えたあと
小さな溜息混じりに振り返り
捨て去る時には こうして出来るだけ
遠くへ投げ上げるものよ


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盗んだ檸檬を齧りかけ、聖橋から放る。
どうも、当時、おんなじことした人が多かったみたい。
今じゃ大問題になるね。
もし電車にあたりでもしたら、補償問題にもなる。

リリースは1978年だから、まあ、牧歌的な時代ではあったんだな。

でも、この檸檬、2番の歌詩では、「食べかけの夢」になっている。
もしかして、もしかして、この「檸檬」って、最初から全て比喩なんじゃないだろうか。
恋の終わり、あるいは、あきらめた夢の話と読めば、檸檬は、愛とか、心とか、夢とかそういうものの隠喩だとも捉えられよう。

まあ、詩の解釈は、作者の手を離れた時から、読み手の自由だからね。
どう解釈してもよいんだけど。

さて、興味が湧いた人、また昔を懐かしみたい人は、自作を語る若きさださんの話とスタジオライブをお聞きください。



曲だけ聞きたい方はこちら。