2019年07月22日

天気の子【映画】

「愛にできることはまだあるかい」
「僕にできることはまだあるかい」

人に喜んでもらうことで、感じられる幸せ。
自分にも人のためにできることがある、そう思えることの大切さ。
陽菜に生きることの意味を与えたのは帆高。

その帆高も、陽菜のためにできることに力を尽くし、生きる意味を見出す。
居づらい世界に、居ていい場所を見つけた。

そういえば椎名誠さんの小説に、いつまでも雨がやまない世界を描いた小説があったなあ。
うっとおしい雨、ここんとこ、現実世界も雨、雨、雨ばっかで。
映画館に入る前も、どざーっっとひっくり返したような急襲豪雨。

でも新海さんの描く雨は、どんな雨粒も、雨音も、美しい。
新海作品では「言の葉の庭」も雨が印象的に描かれていたのを思い出す。

「何もない僕たちに なぜ夢を見させたか」
「終わりある人生に なぜ希望を持たせたか」
「なぜこの手をすり抜ける ものばかり与えたか」
「それでもなおしがみつく 僕らは醜いかい」
「それとも、きれいかい」
「答えてよ」

最愛の人がこの手をすり抜け、永遠に手の届かないものとなってしまった須賀。
その思いが、最後の最後に帆高の窮地を救う。
この須賀の行動が、答えなのかもしれない。

世界を救うためには、犠牲にならなければならないひとつの命。
日本の歴史や、メンタリティの中では、それは美徳とされてきた。

愛するものを失う、愛する人に二度と会えない喪失感。
その上に成り立つ正義。

降り続く雨に水没してしまった東京の姿は、犠牲を払わなかったものたちのエゴの果なのか。
この思いは、報われないのか。

「君がくれた勇気だから」
「君のために使いたいんだ」
「君と分け合った愛だから」
「君とじゃなきゃ 意味がないんだ」

世界を敵に回しても君を守る、なんて歌われ尽くした愛の歌みたいだけど。
自分なら、さて、どうするんだい。

「愛にできることはまだあるよ」
「僕にできることはまだあるよ」

もう愛だとかなんだとか、感性が鈍りまくってるおじさんのハートにも、ずしんと響きまくりましたさ。

※「 」は主題歌「愛にできることはまだあるかい」 RADWIMPS の歌詞より抜粋。

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わったんのTOHOシネマズには、陽菜の声を演じた森七菜さんのサイン入りポスターがありました。