2008年11月19日

20XX年、国立に再びあの高揚と熱気が戻り、失ったものの大きさに気づく その2

ベストメンバー規定が天皇杯に持ち込まれてから、明らかにゲームの質は落ちた。
リーグ戦の終盤、それぞれの大一番を控え、規定すれすれのメンバーで天皇杯を戦うチーム。
攻撃の選手を落とすことが多く、必然的にロースコアのゲーム展開を予想し、守備的に戦う試合が多くなった。
リーグ戦、天皇杯ともども、中途半端な比重の置き方、コンディションの調整となり、苦しむクラブが目につくようになった。

特に外国人監督にとってはこのベストメンバー規定は奇異に映ったらしく、ACLを戦うクラブや代表選手を多く抱えるクラブの監督は、メディアに登場するたびに、天皇杯とリーグ、ACLを並行して戦うことの困難さを口にした。
もちろん、ターンオーバー制をひきあいに出し、皮肉めいた一言を添えることも忘れなかった。

あの年から、Jリーグは疲れきっていた。
不合理なレギュレーションと、試合日程。
さらに、Jリーグの意見無視の、協会の強引な秋春シーズン制導入は、実質、8月の猛暑の盛りから始まるというとんでもない代物だった。

各クラブは、次第に天皇杯、ナビスコオレオカップを敬遠するようになった。
両カップ戦は、形式的儀礼にすぎない試合を重ね、協会のふりかざす権威とは逆に重さを失っていった。


彼は、中学生になったばかりの息子と国立のゴール裏に立っていた。
カラーボードをかざしながら、万感の思いでたたずむ。
嬉々としてカラーボードを掲げる息子。
待ちきれない息子の表情に、彼はぐっとこみあげるものを抑えた。

サッカー好きの息子は、しかし、Jリーグの試合はほとんど見ない。海外のトッププレーヤーの華麗なテクニックに心を奪われるばかりだ。
地元にJリーグのトップリーグのチームがありながら、彼はその魅力を息子に伝えきれずにいることを無念に思っていた。
その息子が、国立に行きたいと言い出したのだ。

そうだ、国立だ。
国立に連れて行けばいい。
そうすれば、息子がこれまで見てきたJリーグが、何か大切なものを失ったがらんどうだったことに気づくはずだ。

「ちばぎんカップ・ファイナル」
ここには、あの年からJリーグが失ってしまったものがある。


ちばぎんカップは1995年に始まった。
千葉の2チーム、千葉(市原)と柏の交流戦である。千葉銀行がスポンサーにつき、「ちばぎん」の名が冠されている。

異変は、あの年から少しずつ始まった。
地域に密着する地域の銀行が、地域のJリーグチームのダービーマッチをスポンサードする。
これをたった2チームの特権としておくのはもったいない。
地方のチームから声が上がった。

地方クラブが地元の銀行とタイアップして参加を申し入れてきた。
皮肉なことに、近隣の大都市のチームは、当初まったく興味を示さなかった。
山形、新潟、静岡、広島、大分、熊本。
千葉の2チームに6地方のJ1チームを加え、8チームで新生「ちばぎんカップ」がスタートした。

たかがプレシーズンマッチではあるが、7月の1ヶ月間は、夏休み前、夏休み突入直後とあって、サッカーに飢えたサポーターにとって格好の祭りとなった。
代表に選手もほとんどいないチームが多く、シーズンに入る前のトレーニングマッチとしては、最高の環境だった。
サポーターの声援もあり、Jリーグ非公式ながらタイトルのかかったカップ戦でもある。

地方の強みは、盛り上がりの早さである。
各地方新聞が、強力にキャンペーンをはった。
銀行と新聞。地域の密接なつながりの中で、メディアがこんなおいしい話を逃すわけがない。

「おらが町」のタイトル。
年を重ねるに連れ、参加チームも急増した。
このカップ戦に参加しないと、プレシーズンマッチも練習試合もろくろく組めないような盛況ぶりになったのだ。

スポンサーも増えた。
地方銀行のネットワークで、Jリーグを盛り上げ、地域の活性化に寄与しようという流れが起きた。
地方新聞社もこれに賛同し、スポンサーにも加わった。
地元にチームを持たない地方銀行や、新聞社もスポンサーに加わった。
ネットワークの強力さに世間が目を見張った出来事でもあった。

サッカー協会が止めたJリーグの息を、地域の企業が吹き返した。

ついに、ちばぎんカップはJ1全チームが参加する大会となった。
こうなってはJリーグも黙ってみておれない。
今年から、Jリーグの公式カップ戦として「ちばぎんカップ」を開催することが決定した。

プレシーズンマッチではなくなった「ちばぎんカップ」はリーグ戦の合間をぬって6ヶ月にわたり開催される。
決勝は、国立競技場。

あの国立決勝の紅葉と熱気が戻ってくる。
サポーターは、期待に胸をふくらませ、「ちばぎんカップ」予選リーグ、決勝トーナメントは未曾有の活気を呈した。

スポンサーからの心憎い演出もあった。
各銀行が出資しあって、サポーターにもプレゼントを用意した。
優勝チームの地元銀行にチーム名を冠した預金を用意したのだ。
もちろん、かなりの高利率で。
各銀行からのサポーターへのご祝儀というわけだ。

Jリーグが失っていたものが帰ってきた。
同時に、それはサッカー協会が失ったものの大きさに気づいたときでもあった。

「ちばぎんカップ」。
この名称は、ここまで大きくなった大会の根っこをつくってくれたちばぎんに対するリスペクトを表したものである。
スポンサーが増え、大会が大きくなっても、誰も「ちばぎんカップ」の名称を変えようとは言わなかった。

選手、サポーター、スポンサー、ホームタウン。
サッカーをとりまくすべてに対して敬意を払う気持ち。
それさえあれば、レギュレーションがどうだの、ベストメンバーがどうだの、取りざたす必要はない。

あの年、サッカー協会の会長は、あるクラブの監督を名指しで「あんなくだらないことをする監督は、監督としてどうかと思う」といいその社長を「情けない」と言った。
敬意のかけらさえないこの言葉は、今の今まで尾をひいている。

リスペクト。
それがすべてだ。


センターサークルに置かれたボールに足をかけるエースストライカー。
すでに、両チームのサポーターは、声をからし、チャントを叫び続ける。

潤む目のはるか向こうで、笛は鳴り、
ボールは蹴られた。

キックオフ。
拳を握りしめ、声高らかにチームの名前を叫ぶ。



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ってことで、2回に分けて妄想小説書いてみました。

ハッピーエンドだったでしょ。
いや、これをハッピーエンドと言っていいのかは自信がありませんが。

長々とおつきあいいただいたみなさん、ありがとうございました。

  

Posted by miyashu99 at 20:14Comments(10)

2008年11月18日

20XX年、国立に再びあの高揚と熱気が戻り、失ったものの大きさに気づく

どこまでも限りなく晴れ渡った青空。
広角レンズに収まりきれない弧を描いて目の前に「国立」が広がる。
キックオフ2時間前の高揚感。
またたくまに広がる青の波が、ゴール裏を占拠する。

熱に浮かされた空気を全身にまとい、はるか相手ゴール裏を眺め、身震いする。
すでに、相手ゴール裏は黄色に染まっている。
手ぐすねを引くということばが、頭に浮かぶ。

これが、ファイナルだ。

この何とも言えない肌触り。
青と黄色のチームのサポーターだけはなく、Jリーグが久しく忘れていた感触だ。
その証拠に、スタンドのあちこちには、いろんなチームのサポーターが、いつものユニフォームを脱いで紛れ込んでいる。
自分のチームでなくとも、この感触はこのうえなく心をざわめかせる。

久しぶりだ。まさか、また国立でこんなファイナルが見られるなんて思わなかった。


20XX年。
3大タイトルと言われたJリーグヤマザキナビスコカップに異変が起きた。
若手の育成を前面に出すという大義名分のもと、このカップ戦は各クラブU-23の選手と、オーバーエイジ枠3名の選手で構成されるチームで戦うというレギュレーションに変更された。

各方面から不満の声が噴出した。U-23メンバー主体では、チームが組めないというクラブもあった。しかし、オーバーエイジ枠3人以外の特例はない。
若手の充実したクラブも、U-23やU-19の代表との行き来やリーグ戦で疲弊した選手が、ナビスコカップに出なければいけないという事態が起こった。

U-23強化を前面に打ち出している手前、この枠は譲れない協会とJリーグは、ついにクラブユースチーム選手の出場を認めた。

うまい口車にのってしまい憤懣やる方ないのが、スポンサーであるヤマザキナビスコである。
レギュレーション変更以来、ナビスコカップの扱いは急落した。
予選、決勝トーナメント通じて、入場者は半分以下になった。
テレビ中継は、まったくなし。決勝でさえ、深夜録画放送枠となった。
スカパーも準決勝以降の放送権しか買わなくなった。

凋落の一途をたどるヤマザキナビスコカップ。
輝けるJリーグカップ戦の歴史を守るため、ヤマザキナビスコは名称変更に踏み切った。
ナビスコオレオカップと名付けられた新名称は、「犬飼に騙されたけど、これって、オレオレ詐欺といっしょだ」というスポンサーの無念の思いも込められたらしい。
スポンサーからの出資も当然減らされ、ティファニー製の優勝カップなんて今や伝説。
1億円だった優勝チームの賞金も、1000万となっている。

試合は、U-23育成とは名ばかりのもの。
ふだんチームとして練習はしていないし、ポジションもきちんとそろうわけがなく、付け焼き刃のポジションでうまくいくはずがない。
ユースチームまるごと出した方が、チームワークもポジションもフィットして、俄然いいチームになったりする。

業を煮やしたあるチームは、本当にユースチームをまるごとそのままスタメンで出してしまった。
笑い話となったのが、悪しき伝統を受け継ぐサッカー協会会長の談。
「プロ選手が一人もいないとは何事か。オリンピック選手育成につながるオレオカップは、権威ある大会。U-23ベストメンバーでのぞむべき。残念でならない。」
と、いつかのデジャヴーのような迷言を発した。

しかし、協会とJリーグは執拗に「権威」にこだわり、オレオカップの凋落を認めようとしない。
決勝は国立で行うことにこだわった。
7000人のがらーんとした国立ファイナル。

喜劇は、悲劇である。

サッカー界に正義はないのか。
選手、サポーターがともに心から喜び合えるあのナビスコカップは、夢でしかないのか。


カップ戦オリジナルのアンセムが重厚な低音を響かせて、スタジアムに流れる。
プライドを満面にたたえた選手が、勝利を信じた足取りで入場する。
両チームの選手の列の間には、シルバーの光沢まばゆいカップが鎮座している。

ホーム側のスタンドが、黄色と緑に染まった。
黄色と緑の横縞。
中央には「WIN BY ALL」のビッグフラッグが揺れる。

呼応するように、アウェイ側のゴール裏が染まる。
青と黄色のストライプが放射状に描かれる。
最上段には、「WE ARE OITA」の文字が浮かび上がる。

4万人の期待を孕んだ鼓動が、スタジアムの温度を急上昇させる。
ついに、あの「国立」が帰ってきた。

メインスタンド中央にしつらえられた表彰台。
バックスタンドの聖火台。
そこには、この栄誉を刻むカップタイトルが大きなロゴで描かれる。

「ちばぎんカップFINAL」

(つづく・・・・というか続けないとおさまりがつかんなあ)


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あ、いきなり妄想小説モードに入りました。
長いんで、おつきあいいただける方だけでも読んでいただけると幸いです。
昨今の時事ネタをテーマとしております(笑)

  
Posted by miyashu99 at 19:03Comments(8)

2007年09月06日

万博の驟雨に蒼が起つ(注:妄想あり)

2007年9月29日、万博記念競技場。

薄暮のスタジアムに、驟雨が駆け抜ける。
意気上がるサポーターをさらに煽るかのように、雨はたたきつける。
ピッチもスタンドも見る間に水流にさらされる。

照明灯の明かりに照らし出された斜線状の雨脚。
ホームサポーターは、余裕綽々の面持ちで、雨をむしろ気持ちよさ気に、コールを続ける。
「勝て勝て勝てホームやぞ!!!」

勝ち点差3で浦和を追うG大阪にとって、この試合は「とりこぼし」ができない試合だ。
余裕の陰に潜む緊張感。
サポーターはサッカーの怖さを重々承知だった。

大分はこの期に及んでも、なかなか結果が出せない。
中断期間後の6試合を3勝3敗。

しかし、2週間明けたアウェイ川崎戦は、2−3で敗れた。
悪いサッカーはしていない。
アグレッシブなサッカーができた。
しかし、一瞬のスキが失点を生む悪癖は、必ず顔をのぞかせる。

次の横浜FC戦。
ホームサポーターのこのチームに対する気持ちは定まっている。
わけのわからない波のあるチームだ、もうとことんつきあうしかない。
ここで勝てばまた4勝4敗。とったれ。

猛攻を仕掛ける大分。
しかし、得点にはつながらない。
ポゼッションもシュート数も圧倒しながら、エジミウソンの初得点のみ。
そしてセットプレーでの1失点。
1−1、ドロー。

この2試合で得た勝ち点は1。
甲府、大宮はそろって1勝1敗で乗り切った。
つまり、G大阪との試合に負ければ、一気に17位転落の可能性もある。

ずぶぬれになりながら、大分サポーターは歌い続ける。
OH〜OH、OHOH、雄叫び上げろ〜
OH〜OH、OHOH、魂込めろ〜

スタメン発表も終わったころ、雨はすっかり上がった。
濡れたピッチが照明で光る。
ダンマクもサポーターも雨にさらされ、青がひときわ濃い。

周作がこの試合から復帰した。
アウグストが前節の途中出場を経て、先発。
周作、深谷、森重、藤田。
エジミウソン、ホベルト。
高橋、鈴木、梅崎、アウグスト、高松。

選手が入場する。

フェリーで、高速で、バスツアーで、大分から大挙して押しかけたサポーター。
関西はもちろん、各地の大分サポも集結した。
アウェイゴール裏は、数百人の青で埋まった。

OH〜ア、レーオー、オオイタ、トリニーターOH〜
タオルマフラーを掲げ、選手を迎える声、声。

静かな緊張感。
この後の瞬間で一挙に爆発するエネルギー。

最高潮に高まる瞬間。


あああああ、行きてぇえええええええ。
脳内でどんどんドラマが進んでしまった。

日豊観光またまた弾丸バスツアー
http://www.oita-trinita.co.jp/information.php?_mode=detail&id=1207

ゆったりフェリーで、関西汽船応援ツアー
http://www.oita-trinita.co.jp/information.php?_mode=detail&id=1184

もうみなさん、予約しました?
ああ、行きたい、行きたい、行きたい。
・・・・・。
今度は何と何をぶっちぎればいいんだろうか。

  
Posted by miyashu99 at 22:15Comments(2)TrackBack(0)

2006年06月15日

妄想・仮想後半戦〜blue birdの着地点〜vol2

九石ドームに蒼いざわめきが帰ってきた。
奇しくもブラジルDAYと冠された2ヶ月ぶりのホームゲーム新潟戦。

大分サポーターにとって、この時期の新潟戦には昨年の苦い思い出がある。
先制し、1−0で前半を折り返しながらも後半、ファビーニョに縦横無尽に切り裂かれ3失点。
W杯で日本代表がオーストラリアに屈辱的な逆転負けを喫したとき、この試合を思い出した大分サポーターも多くいたことだろう。

ブラジルDAYにあやかってかどうか、スターティングメンバーにはエジミウソン、トゥーリオのダブルボランチ。
トップは高松・オズマールという布陣。
ブラジル人トリオがそろって名を連ねた。

ゲームは序盤からサイドの攻防がしのぎを削った。
高橋はより攻撃的なプレーを見せ、相手陣内深く切り込んだが、カウンターで空いたスペースを使われる回数も多かった。
大分の右サイド、対する新潟の左サイドは高速カウンターの応酬でスタンドをわかせた。
高松にボールを集める大分は、しかし、オズマールとの連携がとれない。
オズマールの消えた時間帯が増える。
いいクロスがあがっても、ターゲットが高松1枚では新潟DFも押さえどころを心得てしまう。
トップ下の梅崎もオズマールとの呼吸が合わず、精彩を欠いた。
唯一、オズマールが光ったのは、トゥーリオがあがったときの絶妙のワンツー。
さらにトゥーリオのシュートのこぼれ球を難しい体勢から柔らかいタッチでシュートしたときだった。
しかしそれも、GKのファインセーブに阻まれてしまった。

ゲームはスコアレスドローで、勝ち点1を分け合った。

次節アウェイ浦和戦を0−2で落とすと、トリニータの苦悩の日々は始まった。
川崎、福岡、広島、清水の4戦を2分け2敗で終えた。
オズマールはずっと先発で起用され続けた。
得点は激減し、C大阪戦から清水戦までの7試合でわずか4得点にとどまった。

サポーターは、戦犯を求めた。
そして当然のごとく、オズマールの名をあげつらい、先発起用を続けるシャムスカへの批判も増えていった。

8月26日、アウェイ新潟戦。
オレンジに染まるビッグスワンの一隅に青の闘士が集う。
関東から、関西から、そして大分から、トリニータを信じてはるばるここにやってきた。
「GOAL!オズマール」「これからだシャムスカ」のダンマクもただならぬ最後通告の雰囲気を漂わせていた。

後半から降り出した雨は、強くピッチをたたいた。
雨の浮いたピッチ。うなだれたダンマク。
ブーイングの気力さえなくしたサポーター。

敗因は多くある。
それはパズルのように複雑に組み合いリンクしあい、抗いようもなくずるずるとチームを負けゲームへと導いていく。
オズマールのプレーは悪くない。キレもスピードも徐々に回復し、来日前にニュースで流されたあのオズマールの片鱗を見せるプレーも数多くなっている。
しかし、トリニータは魔のサイクルに入っていた。
抗えば抗うほど自分自身を縛り閉じこめていくような魔のサイクルに。

シャムスカはインタビューに答えた。
「選手はよくやっている。ゲーム内容も悪くない。
選手個人個人が批判されるべきゲームではない。」

しかし、鬱積しつもりにつもった不満は矛先をどこかへ向けなければ気が済まない。
マスコミの論調に意を得たとばかり、オズマール糾弾論、シャムスカ更迭論は急速に渦を広げていった。

シャムスカを神とあがめた1年前。
あの浦和をアウェイで打ち破った奇跡のゲーム。
手のひらを返すとはこのことだろうか。
ホームで迎える浦和戦はシャムスカを裁定する試合となった。

九石ドームのゴール裏にはダンマクが1枚だけ。
「シャムスカは神か」
いろいろな意味を含んだダンマクだった。
2006年8月30日、午後7時2分。
キックオフの笛は吹かれた。

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なんかねえ、第2回目書いちゃいました。
なにを目指しているんでしょうねえ。
果たして結末はあるのか???

ちなみに第1回目です。

  
Posted by miyashu99 at 23:05Comments(4)TrackBack(0)

2006年06月06日

妄想・仮想後半戦〜blue birdの着地点〜vol1

日増しにシャムスカ批判は大きく輪郭を広げていった。

中断期間のキャンプは成功だった。
シャムスカのもの含みがちなコメントはいかに素晴らしいキャンプだったかを理路整然と説いた。
戦術の成熟と場面場面でのボールの精度の向上。
けが人も回復し、後半戦への準備も整った。
あとは試合を待つのみ。

ニュースで伝えられる中津江からの映像は、たくましく日焼けし自信に満ちた選手たちの表情を大写しにしていた。
名前を呼びあい、コーチングする大きな声、そしてボールを蹴る音が後半戦へ向けての期待度を高めた。

またキャンプから合流したC契約の若手ブラジル人は、精悍でタフなプレーを見せ、エジミウソン、トゥーリオのバックアッパーどころか、コンディション次第ではポジションを奪いかねない勢いだった。
もう一人は左右のサイド、トップ下、FWと攻撃的なポジションならすべてこなす器用さを見せた。

日本人DFの補強も手薄なDF陣にとっては心強い味方となった。
そこそこスピードがあり、スペースのフォローやカバーリングに長ける。
深谷や上本のような高さはないが、冷静沈着で安定したプレーができる。

気がかりなのはオズマールだった。
たしかにパフォーマンスは向上している。
ゴール前でのワンタッチプレーからピンポイントのテクニカルなシュートを打つなど、徐々に「らしさ」が見られるようになりつつある。
しかし、やはりオズマールはオズマールというサポーターの評価がすべてを物語っている。
スピードもキレも、助っ人外国人の域ではない。
強烈で正確なミドルシュートはガセだったのか。

フロントの評価も戦力外を匂わせている。
多くのサポーターも飼い殺し状態で黙認しようという空気だ。
シャムスカだけが涼しい顔だった。

シャムスカ監督率いるJ−WESTが根本のFKでわいたオールスターが終わると、後半戦の殺気だった雰囲気がスタジアムにかえってきた。

7月19日(水) 長居スタジアム 対セレッソ戦。
大分は高松、松橋の2トップに梅崎のトップ下。
実際は高松のトップに2シャドー松橋、梅崎がからんでいくという布陣。
このままでは降格一直線のセレッソがなりふりかまわぬ猛攻を仕掛けるが、
ダブルボランチの徹底マークと、3バックに加え、守備に貢献する高橋がなんとかしのぐ。

スコアレスで折り返した後半5分。
右サイドでボールを奪った高橋が長いドリブルで前線へ。
内側に切れ込み、松橋にショートパス。
松橋ダイレクトで右側のスペースへ。
そこへそのまま走り込んだ高橋がえぐる。
ゴールラインぎりぎりでマイナスのパス。
DFを背にした松橋がコースをつくってスルー。
梅崎はシュートチャンスを確実にものにする。

結局この1点が決勝点となり、1−0で勝利。
幸先のよいスタートを切った。

オズマールは遠征メンバーから外れた。
故障という話も聞かない。

******************************・・・vol2に続く・・・
ってことでなんちゃってバーチャルトリ妄想ストーリーなぞ書いてみました。
さあ、いつまで書く気が続くか。
一応3回シリーズってことで。
あきたら終わりです。

  
Posted by miyashu99 at 21:50Comments(0)TrackBack(0)