MIYAZAKINGDOM

ミヤザキケンスケ オフィシャルブログ

2007年03月

オレの住む町は佐賀町。東京の中に佐賀っていう場所があることに縁を感じでここに越して来たんだけど、仲良くなったクリーニング屋のおばさんから、佐賀町は佐賀県と形がよくにていることから名付けられたときいて、さらに親近感をもった。オレが東京に住むならここしかないではないか。。。
家具もボチボチ揃いはじめ、待望のキッチン&バスルームも来週には完備される。結局全部入れてしまったら普通のサイズの部屋になってしまったけど、家賃が安いのはとてつもない魅力だ。。。
将来は上のフロアまで全部借りて、アトリエ兼ギャラリーにしたいなんて夢見ています。夢があればなんだって出来る、、、それではこの貧乏アーティストが、どのフロアまで上がっていけるか、どうぞご期待ください。



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ネット開通まであと三週間ほどかかるというので、日記の更新がニブっていますが、元気にやってます。昨日は熱中時間のセットが総合でチラッと映ったようですが(打ち合わせをしていて見れなかった。。)、ちょっとしか映んなかったからガッカリした方もいるかもしれません。。。でも、8日のBSの方はガッツリいきます!薬丸さん、平山さん達のリアクションに期待しましょう。さらに聞くところによると、ミヤザキング自身が登場するという噂が!?。。こりゃあ旦那を質に入れてでもbsを手に入れるしかない!


なんて宣伝をしてみましたが、ここで少し近況報告を。いまのオレの生活はテレビはおろか、風呂もキッチンもなんにもない監獄ロック状態です。もちろんベッドもなければ、布団もない。寝袋に段ボールの机で絵を描く、漫画みたいな生活です。
それというのも、机から何から何まで全部自分で作っているからで、それが整うまではどうしてもものが買えないんです。。
でもこうして自分で全部作れるのも、ロンドンで得たスキルがあるからで、人生は本当になにがあるか分からない。早くベッドでねむりたーい!



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332872ca.jpg春のうららの隅田川、オレの東京での住まいはこの隅田川沿いにあるビルのワンフロア。上り下りの舟人を眺めながらグラスをかたむける、、、なんて暮らしとはほど遠いけど、スゴくここが気に入りました。
江東区佐賀町、ここは下町風情が色濃く残る、江戸っ子の町だ。昨日と今日と、近所を散歩してたんだけど、ふるーい豆腐屋さんがあったり、突然相撲部屋があったりと、とにかく見飽きない。今日は初めて銭湯にいってきたんだけど、これまたよかったなぁー。みんなべらんめえ調でしゃべってるし、挨拶すると気持よく返してくれる。湯が熱々なのももしかしたら下町のこだわりだったかもしれない(笑)。
ななめ向かいにある竹材屋さんと仲良くなって、これから要らない材木をゆずってもらえることになった。
下町の人たちは人情があるっていうけど、本当かもしれない。オレは渋谷なんかより絶対こっちが好きだなあ。



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門前仲町の佐賀ビルより、携帯でこの日記を書いています。ネットがまだつながりません。。
ついに東京生活がスタートしました。頭の中では長渕剛の「今日からオレ〜東京の人になる〜」という歌が繰り返し流れています。。ついに東京に来ました。のこ〜のこ〜と〜来ちまったけど〜っていう心境です。気分はまったく初めて訪れた土地、全てが新しいことだらけ。。思ったよりずっと大きな心境の変化があります。例えるなら、十年前に大学生活を始めた時のような期待感、そしてここでうまくやっていけるだろうかという不安感。。だけど、こんな気持になれることが素晴らしいと思うのです。新しく全てを始めれるような爽快感。そしてなにより自分次第でどうにでもなるというのがスゴい!
これから二年を区切りに、東京で活動をします。結果にこだわって、ドンドン動こうと思います。これからどんな生活が始まるのか、オレには想像もつきません。だけど、退屈な日常にならないことだけは間違いない。エキサイティングな人生をドラマティックに生きよう!!東京生活のスタートです。

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 引越しの準備が整い、荷物も黒猫で送っちゃいました。オレにしてはめずらしくバタバタしていない出発の前日。
 荷物の行き先に、新しい住所を書き込む。佐賀県から佐賀町へ。残念ながら友達とシェアはできないけど、久しぶりに落ち着いて生活をスタートできる。NHKの方で定期的な仕事ももらえたのでとりあえずはオッケーだけど、それだけじゃ足りないだろうなあ。。。
 明日は朝一の便で東京に向かう。空港に着いたらそのままタクシーでNHKのある渋谷まで直行しなければならない。ハードなスケジュールだけど、なんだか大物アーティストみたいでワクワクする。そこで収録をして、夜はなんと番組の打ち上げディナー会!!そう、出演者の方たちとお食事をするんですねー。東京生活最初の日がそうだから、これからどんなことが起こるのか楽しみでしょうがない。

 昔からずっと思っていたこと。それは人生をドラマティックに生きたいっていうこと。一度しかない人生だから、ドキドキワクワクしてなきゃ損な気がする。そりゃあ辛いことや悲しいこともたくさんあるけれど、辛いことがあればそこからの逆転劇を、悲しくてもいつかハッピーエンドがくることを信じて、前に前に進みたい。自分にしかできない生き方、生き様、そういったものを作り上げたい。そしてそれこそが自分の作品だと思う。

 春の日差しに膨らんだつぼみが花開くように、自分もまたこれから自分だけの花を咲かせていこうと思います。

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 オレの故郷は佐賀県。有明海があって、バルーンフェスタがあって、有田焼があって、葉隠れの里だったりする。近年「はなわ」や「がばいばあちゃん」のおかげで認知度がちょっぴり上がったけど、それでも超ド級のマイナー県だ。
 大学で関東に出て以来長らく帰っていなかったんだけど、今回ひさしぶりに3ヶ月滞在した。何にもない駅前、寂れた商店街、低いビルディングにくっつく安っぽいネオン灯。。。最初は物足りなさを感じてたんだけど、だんだんと愛着がわいてきた。

「オイはやっぱい佐賀の人間ばい」

 もしも東京で仕事の話がなかったら、そのままいついてしまったかもしれない。。。何がいいかって、とにかく全てがシンプルなのだ。ここでは誰もが自分の立場を良く踏まえている。基準がハッキリしていて、物事が理解しやすい。
 東京という街の何とややこしいことか!!生きている人間が多種多様すぎて、本物とまやかしの区別がつきにくい。誰もが虚勢を張り、自分の取り分を確保することばかり考えている。
 それでもみな東京を目指す。家に帰れば一人ぼっち、外に出れば人ごみだらけ、大きな車輪の一部に当て込まれて、あとはぐるんぐるんと回されるだけ。昔あった大都会への憧れももうない、それでも東京へ行くのは何のため?
 
 それは自分がまだ力不足だから。経験不足だから。知識不足だから。。。東京に出るのは、より高いレベルに自分を設定できるようになるため。それはおそらくニューヨークでも、パリでも、ロンドンでもできないこと。東京でしかえれないなんらかの「自信」。
 もしもその「自信」が得られたら、佐賀でもインドでもネパールでも、モンゴルでもケニアでもバリ島でも、どこでだって暮らしていける(気がする)。いつかそんな日が来るように、やはり「東京」をいまこそ攻略すべきだと思うわけです。


※写真はコリアで見かけた「冬のソナタ」のミニョン氏(初雪を見ている様子)。

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 こないだの日曜日は、白石町であったマラソン大会に出場しました。もともとそんな予定なんてなかったのに、姉の旦那の欠場で急遽お鉢が回ってきた。正月以来ほぼ毎日に走っていたとはいえ、それはただのジョギング。こんな身体で競技に出て大丈夫?という気持ちはあったけど、この家族総出のイベントに参加しないわけにはいかない。
 今回は両親、兄家族、姉家族、オレの総勢10名でのぞんだんだけど、こんな家族もなかなかめずらしいと思う。何かあるとすぐにこうやって全員集合してしまうのだから。でもうちだって昔からこうだったわけじゃない。昔はそれぞれバラバラでなかなか集まることがなかった。兄姉が結婚して佐賀に落ち着いたことや、自身の海外生活で学んだ「家族の大切さ」が手伝って、こういう家族団欒の時間を頻繁にとるようになった。

 しかしオレはまたすぐにここを去らなければならない。思えば18歳のころ、同じようにここを出て行ったけど、そのときとは明らかに何かが違う。今度こそ本当の「巣立ち」の実感がある。おそらく結婚をする瞬間に誰もが感じるようなことを、いま感じているんだと思う。残念ながら二人で新しい生活をってわけにはいかないけど、これからは独立した存在として社会と向き合っていく実感がある。
 折りしも季節は春、いまの気分は卒業です。4月からは新しい生活がスタートする。梅の花と共に別れをして、桜の花と共にスタートを切る。これこそが日本の文化、そしてオレの原点。ここから全てをスタートさせよう。ここからが本当のスタートだ。

3915f894.JPG※久しぶりに順位が上がりました。ありがとうございます。


 現在は佐賀に戻って、本格的に東京に進出する準備をしています。もちろん伸ばし伸ばしになっていた絵本の制作もしているので、あまりゆっくりという感じではありませんが、佐賀でリラックスしています。
 実は今回、東京からすぐに引き上げてきたのには理由があります。それはおそらく一番には自分の中で、色んなことをゆっくりと整理したいという気持ちがあったからだと思います。これからの人生をどう生きるか、ということについて。
 いままでだって真剣に自分の人生を考えてきたけど、自分は「みんなでシェアする人生」がいいなと漠然と考えていました。いろんな人と影響を与え合いながら、一緒に歩んでいく人生。。。しかし、今回の仕事で自分の未熟さ、頼りなさも痛感しました。仕事は成功したものの、一人で立ってらんない今の自分。
 誰かと何かをシェアするってのは、今のオレには甘えでしかないかもしれない。自分がどれくらいのペースで走れるのかも知らずに、もう誰かと歩調をあわせようとしているような。よーいドンで飛び出すことなく、誰々ちゃん一緒に走ろうねーなんていってる薄っぺらい友情ゴッコみたいな。。
 自分がやることは、自分のためだけでしかない。自分のために絵を描いて、自分のために評価を得る。自分がいましていることも、これからやろうとしていることも。誰かと何かをシェアするというのは、その先にあるべきものだ。
 そうは分かっていても、自分のためだけに生きるのは難しい。自分の成功だけを糧に生きるって途方もないことだ。・・・正直、それが少し寂しく思えた。そこで生まれ育った場所に戻った。原点に返って自分が何を得たいのか、何を残したいのか考えてみることにした。

 佐賀はやっぱりいいところで、ゆっくり自分と向き合えました。人生は一人で切り開かなければならないけど、立ち止まったときにこそ手を差し伸べてくれる人がいる。そんでオレはやっぱり自分を試してみたいってことが分かった。どこまでやれるか、どこまでいけるか。次の大きなステップを前に、少しだけビビッてたのかも知れない(笑)。25日から本当の東京生活が始まります。

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 「運命」って言うやつを信じるか信じないかは人それぞれですが、誰かが導いたようなつながりっていうのは実際にあるものなのです。


 今回のセットの組み上げが完了し、明日の収録を前に最後の手直し手していたときのこと。チーフディレクターに呼ばれてセットのすそへ連れて行かれた。

「お偉いさんから直しがはいちゃったんだけどさー。ちょっと会って話聞いてくれる?」

・・・ドキっとした。収録まであと3,4時間。いまから大幅な変更は不可能だ。3日ほど寝てない体には残酷すぎる言葉。。。うつろな目でいるオレの前に現れたお偉いさんは、なんと。。。。!!!!!!!!

「オス。ミヤケン!!」

うっ!!!なんと目の前に、オレのよく知っている人が立っていた。体中から力が抜けて、思わずその場に倒れこむ。さすが業界人だけあってドッキリの仕掛けがうまいや。。。

 彼はオレの知り合いのディレクターだった。

 もともとこの話は大学の先輩の紹介で、イラストレーターを探しているというNHKのスタッフの方(ちなみに筑波大の先輩)にポートフォーリオを持っていたのがキッカケだった。番組の中で使うイラストが描ける人が欲しかったようで、デリバリーキングで描いたような作品をファイルにして見せにいった。
 正直自分のスタイルがイラストという形式に当てはまるか疑問ではあったんだけど、とにかく何かにつながるかもしれないと思い精一杯自己アピールした。すぐにいくつかのイメージをデータで送ってくれというメールが来たので、オレにしては迅速に対応し、データを送った。

 〜知っているのはここまでで、ここからは後で聞いた話〜

 データを受け取ったNHKの先輩はすぐさまデータをプリントアウトしてファイルを作り、番組のセットなどを担当するアートディレクターの方に見せることにした。すると偶然食堂で仲のよいアートディレクターの方が食事を取っており、そこに持っていたファイルをそのまま手渡す。そのアートディレクターの方は食事後に番組の新セットの会議が入っていたこともあって、そのファイルを持ってそのまま会議へ出席。
 会議中にサンプルとして差し出されたオレのファイルを見て、びっくりした人がいた。それがこの文頭ドッキリで登場したディレクター。さらにその場にもう一人オレの知っているディレクターも同席していて、その場は騒然となった。
 いくつかの問題がありはしたが、最終的にチーフディレクターの決断で、この無名アーティストに白羽の矢が立った。もちろん2人のディレクターの知り合いだったという強みはあったが、それよりも「運命的なもの」を感じてくれたのだという。
 
 その奇跡を目の当たりにしたNHKの先輩は、オレの運の強さに驚愕したという。もちろんその会議には他にも100近い候補アーティストのファイルがあったが、最終的にオレが選ばれた。
 今回佐賀に帰る前に、ある人がこんな言葉をかけてくれた。

「運命ってのは強い運が引き寄せるもんだけど、それでもそこは人間関係。人のつながりをおろそかにする者に、運をつなげることはできない」

ありがたい言葉でした。

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 今回お世話になった野澤舞台さんは、その名のとおり舞台美術を作っている大道具やさんだ。広い工場では、番組セットやイベントのセットが何十人もの職人達の手によって作り出されている。。。ということは今回オレが頼まれたような舞台のペイントも本来ならば彼らの仕事であるのだ。
 そういうこともあり、オレが作業をしているとたまにチラーリと職人さんが様子を見にやってくる。彼らからしたら青っ白い「アーティス屋さん」がどんだけの仕事をするんかねっていうちょっと意地悪な気持ちがあったかもしれない。チラリと進行具合を確認しては何を言わずに立ち去っていく。。
 あぁ、それこそこういう仕事を何十年とやっている方達の中で、オレは描いてるんだ、しかも特別待遇で。。。これは結構なプレッシャーだった。下書きも何もない、インスピレーションだけで描き進めていくオレの作業は、彼らにとって理解不能だったようだ。なんて効率の悪い。。。
 でもそれを10年以上やっているオレとしては、その方法を突き通すほかない。一心不乱に作業を続けるうちに、何人かの職人さんと仲良くなった。彼らは見かけこそゴッツくて怖いけど、実はとても気持ちのいい人たちだった。仲良くなると休み時間ごとにジュースを買ってきてくれたり、休みの日にわざわざ塗りの手伝いをしてくれたり。話し方は照れくさそうだけど、本当に裏表のない人間味のある人たちだった。
 オレが佐賀から出てきたことを知って、「東京を知らないだろう!!」と早速池袋にあるというキャバクラに連れて行こうとしてくれたり(残念ながら時間がなかった)、何かと田舎から出てきたオレに世話を焼いてくれた。

 東京という人の事なんかお構いなしの街に不安を感じていた自分にとって、この鳩ヶ谷の野澤舞台の人たちは本当にやさしく、温かかった。オレはやはり人を蹴落としてでも上を目指す人生より、一人一人とやさしく向かい合う人生の方がいいなあ、なんて思った経験でした。
 お世話になった社長さん、伊藤さん、神田さん、野澤舞台の皆様、本当にありがとうございました。また出てきたときに挨拶に伺います。

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