MIYAZAKINGDOM

ミヤザキケンスケ オフィシャルブログ

2011年03月

_MG_0559 昨日から壁画を描き始めています。場所はとある三軒茶屋の一戸建て、なんと僕の壁画を描くことを想定して建てられた新築の家なのです!こんなすばらしい仕事は無い。ということで、精一杯の絵を描こうと作業を開始したわけです。
 住宅の壁面に絵を描くのは初めての経験。やはり子供の成長と共に家も成長していくものだから、その象徴になるような絵を描きたい。子供が大きくなったときに、この壁画に愛着を持っていて欲しいという思いから、子供と一緒に壁画を描くことにしました。
 ケニアでの経験を生かしながら、一緒に制作を進めています。今日で二日目、少しずつ絵が完成に向かっています。出来上がりが楽しみだ!

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 東京に帰ってきました。仙台では福井君の家にお世話になり、ようやく開通した東北自動車道で、昨日の夜家に帰り着きました。
 南三陸、仙台、そして僕が住んでいる東京。この三つの場所で今回の地震について考えました。それぞれに被害を受けているものの、そこには埋めようの無い格差がありました。

 東京では電力不足の影響がそこら中にあります。放射能のこと、計画停電のこと、水不足のこと、まだまだ不安はあります。
 仙台ではいまだにJRが動かず、交通は麻痺しています。病院は患者でいっぱいで、食料も不足しています。ガソリンは何時間も待たねば手に入らず、深刻な被害を受けている建物もあります。
 南三陸では、、、避難所の移動が計画されています。一時的な避難ですが、家もなく、仕事も無いこの場所に、どれほどの人が戻ってくるでしょうか。。。難民のような心細さで、日々を過ごされています。

 西日本に行けば、また違う感覚を持つでしょう。まして海外であればなおさら。。そうした人たちが心を一つにして、助け合わなければなりません。これは並大抵のことじゃない。「この苦しさが分かってたまるか」という思いと、「なんとかしてあげたい」という思いを、つなぎ合わせなければならないのだから。

 ケニアのスラム街に壁画を描きに行ったとき、僕は「なんとかしてあげたい」という思いだった。だけどこの地震で少し「この苦しさが分かってたまるか」という気持ちが分かった。

 この経験をどう生かし、どう行動に移すべきか、もう少し考えてみます。

 

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仙台に帰ってきました。南三陸町のベイサイドアリーナにいたのですが、毎日すごい量の物資が送られてくるので、それを指定の場所に下ろし、また別の避難所に運ぶだけでも大変な作業でした。朝から晩までひたすら運ぶ、こりゃキツイ。
だけど物資はこの上なくうれしいので、みな黙々と働いていました。南三陸町はいま他の自治体への移動を模索しています。僕も復興に向けてお手伝いを考えていますが、まだまだ先は長いようです。
僕も一度帰り、まずは自分のことをすることにしました。仙台まで送ってくださった山内さん、星さん、本当にありがとうございました!

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いま仙台に向かっています。高速も電車も通ってないから、新幹線で新潟に行き、そこからバスで仙台を目指します。

実は先週、気仙沼と南三陸に行っていました。友達が運送会社から4tトラックを借りてきていて、気仙沼市と連絡をとっているNPOと協力して、特別車両で物資を運びました。僕も荷物の積み降ろしのため、同行させてもらったのです。

南三陸町の被害は特に酷かったんだけど、役所の方と話をすることができ、そこで僕に手伝えそうなことが見つかりました。そんなわけでまた東北へ向かっているのです。

帰ってきたら、また絵を描き続けるつもりです。新潟駅は想像より大きかった。。やっぱり佐賀はミニマムなのかもしれない。



 マゴソのこどもたちが日本に向けて歌を歌ってくれました。中には涙を流してくれる子供もいて、とても心が熱くなりました。手を差し伸べる側、手を差し伸べられる側、いろんな立場に立つことでお互いの気持ちが分かってくる。そうして本当の人間関係が構築されるのだろう。

 またしばらく東京を離れます。

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少しボランティアをしてきます。月曜日にはまた絵を描きはじめようと思います。
一日も早く平穏な日々が来ることを願って。

43 アメリカ軍は福島原発から80キロ以上の立ち入りを禁じ、東京在住外国人の9割が姿を消した。フランスにいたっては、脱出のために特別便まで用意した。

 しかしこの状況で東京電力の職員や自衛隊は、必死の活動を行なっている。話によればみな、志願での作業なのだという。次々と挑まねばならぬ未知の作業、体を張って日本を守ろうとする彼らの姿に、僕らは敬意を表さねばならない。

 東電の対応がどうとか、危機管理がどうだとか、この際それはどうでもよく、僕らがこうしている間にも、夜を徹して命がけの作業をしている人たちがいることを忘れてはいけない。日本がサムライの国と呼ばれるなら、彼らこそ真のサムライであると僕は思う。

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