MIYAZAKINGDOM

ミヤザキケンスケ オフィシャルブログ

2016年01月

_MG_0785

 昨日は家でU23の日韓戦を見ていたのですが、まさかの大逆転劇に騒然となりました。やっぱり違う国を応援しているもの同士が一緒に見ると、喜びも悲しみも共有できないのが痛いですね。
 とはいえ明日からは仲良く壁画制作に取りかかります。今回は昨年描かせていただいた石坂産業さんが運営している寄り道の駅という地産地消型のレストラン&ショップの壁です。駐車スペースの壁なのでかなり横長ですが、他にないような面白い壁画に出来ればと考えています。
 2月という一番寒い時期に描くことのでかなりしんどそうですが、いいものにしたいと思います進行状況はまた随時更新していこうと思います!!


IMG_4461

 現在うちには韓国の弟カップルが来ています。そうすると自然とうちは韓国語が基本言語になるのですが、残念ながらほとんど分かりません。夜に妻に通訳をしてもらいながら、韓国の状況を聞いてみました。ニュースなどで見聞きした知識も織り交ぜながら質問してみましたが、驚くような現象が起こっているようです。
 やはり気になったのが就職難のこと。実際に弟もその彼女もほぼフリーで仕事をしており、なかなかいい就職に就くことは難しいのだそうです。特に二人はデザイナーなのですが、デザインに対する支払いの感覚が、ロゴを作ってもらうかわりにご飯おごるよ、みたいな感じなのだそうです。また老後のケアが十分でなく、貧困老人と呼ばれる人の人口が世界でダントツの一位だということです。若者の仕事は見つからず、老後は心配が尽きない、日本もあまり人のことはいえませんが韓国に比べればいくらかましなようです。
 彼らは来週から始まる壁画制作を手伝ってくれるといってくれています。いろいろと話をして、韓国のことをもっと良く知れるチャンスだと思っています。




仁王

 後輩から大学の卒業展覧会のお知らせがきました。大学を卒業して早15年、月日の早さに驚かされます。
 僕の大学の卒展はホロ苦い思い出と共にあります。それは担当教官とのイザコザで、思うような展示をさせてもらえず、最終的にそんなに好きにやりたければ自分で個展をすればいいだろう!っと言われてしまいました。そこで正規の展示場にはクソみたいな作品を出して(展示が終わった瞬間に捨てました)、卒展中に会場の近くのビリヤード場を借り切り、これまでの作品を全部並べて初個展を開きました。

仁王2
 
 荒削りな作品ばかりでしたが、数だけは多かったので広い会場一杯に思う存分作品を並べて、個展は盛況に終わりました。そしてなによりも、その個展を行うために奔走してくれた後輩たちの手助けに感動していて、山のようにある大きな作品を10人ぐらいで運んだり、無理矢理車に乗せて運んだり。オープンの日の夜にフロアに座り込んで飲んだ酒の味は忘れません。
 あれから15年、ふとあの展示を思い出すことがあります。まともな写真も残っていない、クレイジーな展示だったけど、エネルギッシュで、大切なものがそこにあったような気がします。もっともっとがんばらないとですね。

仁王3




Scan 342

 高校に入るとき、同じ中学出身の友達とバンドを作った。僕らの中学校ではバンドブームが起こっていて、高校デビューする形で僕らも始めることにしたのだ。バンドのリーダー格はもともとパッとしない奴だったけど、内に強い野心を秘めていた。
 2人でメンバーを探すために、入学当初から他のクラスをまわることにした。目立ったやつを見つけては声をかけ、メンバーにならずとも顔見知りになる。この作業をくり返し、一ヶ月でほぼ同学年を掌握し、その中から音楽通の仲間を組織した。特に洋楽に精通しているやつの家をたまり場にして、学校帰りにCDを持ち寄って音楽談義をするようになった。
 バンドは真面目に取り組んでいて何度かライブも行ったけど、あるとき事件を起こして自然解散することになってしまった。あれだけ仲の良かったメンバーとも次第に疎遠となり、たまり場にも顔を出さなくなった。たまに顔を出してもメンバーが微妙に変わっていて、他校の生徒や、派手な格好をした奴らが多く、なじめなくなっていた。

 高校時代、僕らの最先端はそこにあったと思う。音楽、ファッション、文化、お金。最先端の情報はそこに集まり精査された。90年代のハイスクールカルチャーは独特で、コギャルやチーマーが横行した時代であるけれど、その裏にはゾクッとするようなひんやりとした世界があったことも時々思い出す。いまだにあの頃のことだけは明るい絵にできないでいます。
 






キン肉マン

 子供の頃、一番好きだったアニメがキン肉マンだった。グズでダメなキン肉マン、何をやらせてもダメダメなんだけど、いざという時のガッツがすごい。このアニメは僕にとても大きな影響を与えてくれました。
 たとえば各国代表の超人が出てくるんだけど、そのキャラクターのセンスが秀逸で、たとえば中国だとラーメンマン(弁髪で残虐)、ドイツはブロッケンマン(軍服で残虐)、イギリスはロビンマスク(紳士)でアメリカはテリーマン(テキサスブロンコ)。イメージがダイレクトにビジュアライズされていて、子供心に外国の第一印象はキン肉マンからきていたと言って過言ではない。絵を描く際も、キン肉マンのイメージがかなり影響を与えていると思う。ちなみにこの間ハワイにいった時にはプリンス・カメハメが真っ先に頭に浮かびました。
 生き方でもキン肉マンを意識している部分は多く、たとえば「火事場のクソ力」は緊急事態に異常な力を発揮するものだけど、時々僕にも発動します。特にライブペイントや制作で時間が迫ってくるとパチンとスイッチが入るんだけど、そのイメージはまさにキン肉マンの「火事場のクソ力」で、子供の頃憧れたヒーローの姿をどこかに追い求めているのかもしれません。

 しかしこのキン肉マンというヒーローの姿は、いまの子供たちにはどう見えるかな?と思うことがあります。特に初期のキン肉マンは下衆で品がなく、貧乏でなおかつメチャクチャ不潔です。こんなとんでもない設定のヒーローに憧れたのは、時代もあったのかもしれません。現代のスマートなヒーローを見るたびに、キン肉マンほど人間臭いヒーローはいなかったと、改めてその特別な存在感に心を揺さぶられるのです。




 ひさしぶりに家でゆっくりと療養しているのですが、ここ最近は少しずつ本を読むようになりました。こうやってゆっくりできるのも、家があるからだなあとありがたく思います。

 そういえば僕が家を探す時、自分が住む町についてかなり調べました。流山市のホームページを見て、市の政策や子育て支援、または年齢別の人口などなど。一番魅力的だったのが、同世代の30代が爆発的に増えているという状況でした。民主主義の法則として多数派はメインターゲットになるので、今後町の政策としてこの世代とその子供たちを対象にした政策を進めていくでしょうし、その世代を狙ったお店や施設ができるでしょう。少子高齢化が進む地方の中では特殊な町だと思います。
 とはいえ一生この町に骨を埋める覚悟まではできないので、気楽な中古物件を探しました。本当はボロボロの家を一から造るぐらいで良かったのですが、思いのほか状態のいい家が見つかり迷わず決めました。中古であれば最悪自分が海外移住を考えても、貸しやすいし売りやすいし、とらわれないのではないかというのが大きな理由でした。

 しかしいつか理想の家を一から設計したいという夢は消えません。ツリーハウスや忍者屋敷、回廊中庭、アトリエが屋外のロフトに続いていて、でっかい作品を遠慮なくバンバン制作できる環境、そして描いた作品を飾るギャラリースペース。考えるときりがないです。
 死ぬ直前に作ってもしょうがないけど、そういう夢みたいなことを想像しながら生きている方が幸せだよね。

※ソトコト2月号に僕の壁画が載っているようです。MISIAさんと石坂典子さんの対談のページです。
IMG_0004






 ハワイから帰ってきてすぐに九州へ飛び、相変わらずばたばたな年の始まりでしたが、ちょっと疲れがたまっていたようで家でダウンしています。いつまでも無理していてはだめですね。
 さて、佐賀でのお披露目会があった後、地元での評判はとても上がりました(笑)。やはり県と仕事をするとこういうことになるんだなと驚いていますが、それと同時にもっと貢献できるアーティストになりたいと思っています。
 僕は今年を絵描きとしてのスタートの年だと考えています。これまでも絵描きとしてやってきましたが、まだ自分の中でどういう絵描きになるか見えていない部分がありました。それが昨年あたりからクリアになってきて、気持ちも新たに2016年が始まりました。僕が目指す活動は、絵描きとして絵を描き続ける一方で、絵を描かなくなってきている子供たちに絵筆を持って、好きに絵を描ける楽しさ、夢を描くことの素晴らしさを伝えることです。そのためには僕自身が楽しく絵を描かなければならないし、いい絵を描かなければなりません。
 絵を描くことは楽しい、それを伝えたい。とてもシンプルなことですが、とても大切な気づきでした。体力が回復したら、今年もがっちり動きまくろうと思います!


※現在、佐賀県杵島郡白石町大字廿治1086-1にあるタイヘイ薬局ギャラリーにて個展開催中です。3月いっぱい展示しておりますのでお近くの方はぜひ!高校の同級生がキュレーションしてくれています。
IMG_5625



IMG_5530

 昨日は佐賀空港にて昨年子供たちと制作した「世界をつなぐ絵を描こう」ワークショップの作品を発表させていただきました。会場には佐賀県知事を初めとして、国会議員や航空会社の重役さんたちが勢揃いする中、ワークショップに参加してくれた子供たちが九州各県からたくさん集まってくれました。
 佐賀空港はこの日「九州佐賀国際航空」と相性を改め、これから国際線をのばしていこうという理想のもと、再出発をしました。その未来予想画という形で今回子供たちと絵を描かせてもらったわけです。

IMG_5561

 なによりも参加してくれた子供たちが完成の絵を喜んでくれたのが嬉しかったです。これからこの絵がしばらく佐賀空港に飾られます。たくさんの人たちに見てもらえることでしょう!関係者の皆様、手伝ってくださって子供たちやご両親さま、どうもありがとうございました。

IMG_5580

 北高の甲斐先生も会場に駆けつけてくださり、非常に嬉しかったです。一つ佐賀に残す作品が作れました。これからも佐賀を応援する活動を続けていこうと思います!


IMG_1729

 年末年始に制作した「世界をつなぐ絵を描こう」ワークショップでの絵画が、ついにお披露目のときを迎えました。なんと知事も参加していただき、盛大に行われるそうです。僕はこれから佐賀に帰り、明日の準備です!飛行機移動がおおいーーー!!



日時 平成28年1月16日(土曜日)12時30分〜13時30分
場所 佐賀空港 出発ロビー(2階)
出席予定者 
     山口知事、有明佐賀空港活性化推進協議会会長、佐賀県議会議長
     就航航空会社佐賀空港所長 等
内容
   ・挨拶(山口知事、有明佐賀空港活性化推進協議会会長、来賓) 
   ・新ロゴマーク、キャッチフレーズ等の披露
   ・佐賀県出身のアーティスト ミヤザキ ケンスケ氏と北部九州の子供達
    (約140名)が「九州佐賀国際空港」をイメージして一緒に描いたタペストリーの除幕 ほか


ぜひご参加下さい!






IMG_5453

 ちょっと日記の更新が遅くなってしまいました。海で携帯を無くすというハプニングもあり、最後はばたばたになってしまいましたが昨日帰国しました。
 最後の数日はシュノーケリングをしたり、日立の木とよばれる「この木なんの木」を見たりして過ごしました。その中でハワイに行くならぜひ訪れたいと思っていた場所が、真珠湾でした。

 太平洋戦争に突入するきっかけとなった真珠湾攻撃、アメリカから見てどのように認識されているのかとても興味がありました。最初に解説ビデオを見せられ、それから攻撃で沈没した戦艦アリゾナを見るというコースだったのですが、いろんな思いにかられました。
 解説は非常に冷静でナショナリズムを刺激するようなものではなく、この攻撃に至る流れが理解できました。しかしあくまで「奇襲」というところが強調されていて、いきなり不条理に攻撃をされたからアメリカは戦争を始めたんだと伝えていました。日本は戦後、戦争放棄を憲法に抱えているので、戦争はやりません、いけませんという教育をしているけど、アメリカは必要なときは戦争はするものだという教育をしているのだと感じました。
 現在世界中で起こっている戦争や紛争をどうとらえるか、真珠湾攻撃のようなことが未だに世界中で起きていて、そこにアメリカも大きく関わっている。ハワイの併合から真珠湾攻撃、それから現在に至るまでのハワイの開発、発展ぶりを考えるといろんなことを思いました。

 今回ハワイを旅行して、人間にとって便利な環境にすることと、古来人間が守ってきた自然を保存すること、これを両立させようとしているのがハワイなのだと思いました。そしてハワイが特別なのはアメリカだからに他なりません。
 ただのバケーションにするつもりが、結局はこういうめんどくさいことを考えてしまう僕は、何にも考えずにビーチでぽかーんということがそもそもできない人間であるようです(笑)。ですが今回ハワイに行けて、とても良かった!これからハワイで見てきたものを絵にしていこうと思います。お楽しみに!!











↑このページのトップヘ