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ミヤザキケンスケ オフィシャルブログ

カテゴリ: 佐賀ビル

de98982b.JPG こないだ久し振りに佐賀ビルに行ってきた。たった半年前のことなのに、なんだかとても懐かい風景。。永代橋から豊洲の高層ビルを眺めながら、東京に来たばかりのことを思い出した。

 いまからちょうど2年前にロンドンから帰ってきて、無一文のまま個展を開いた。友達の家に居候しながら絵を売り、何とか食いつなぎながらの捨て身の展覧会。内容は散々だったけど、運よくNHKの人から仕事をもらえることになり、東京で生活することになった。
 最初に佐賀ビルに引っ越してきた日、監獄のようなコンクリートの部屋に段ボールを敷き、その上に寝袋で寝た。風呂もキッチンもなにもない部屋で、ただ一人今にも崩れそうなビルでぽつん眠る。すべての社会から逃れてきたような不安と、圧倒的な開放感で、不安とも興奮ともとれるドキドキのなか眠った。

・・・あれから2年。今はどうにか仕事をしているし、キッチンも風呂もある家に住んでる。いろんなツテもできたし、絵だけで生活が成り立つようになった。もちろんまだ安定はしないし、先もどうなるかわからないけど、あの時から比べればずいぶんましになった。
 もしも実家が東京だったら、こんな苦労をすることもなかったかもしれない。もしももっと違うスタイルの作家だったら、ここまで自分の生活を犠牲にする必要もなかったかもしれない。。。だけど佐賀の田舎から一人で飛び出してきたからこそ、型にはまらないスタイルだからこそ、逆境を楽しめ、また力に変えれたんだと思う。

 何も持っていない自分に唯一できたことは、行動すること。才能がなくても、環境に恵まれなくても、健康な体と勇気があれば、運命は切り開ける。今にも壊れそうな佐賀ビルを見て、改めてよくぞここに一年以上住んだものだと感心しました(笑)。



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a9d2e528.jpgサガビルを完全クリーニングした。これでようやく次に行ける気がする。。それにしてもこのビル、改めて見るととんでもない外観をしている。壁はブロックを積み上げただけで、しかもいたるところにヒビが入っているのだ。そりゃあ雨も入ってくるでしょう。。
それにしてもビルのなかに発生した虫たちは、足が妙に多かったり、奇妙な形をしていたり、どうみてもおてんと様の下で暮らすタイプじゃなかった。ダークサイトはダークサイトの生き物を呼び込む。そう考えればオレもここに来た一年で、だいぶ病んでいたのかもしれない。。
恐ろしい結末と共にサガビルとの生活、終了です。。

62fdf0dd.jpgデス!!魔界から通信しています。パンドラの箱をあけたその中には、世にも恐ろしいモスグリーンの世界が広がっていました。
しかしこんな魔界と隣あわせで生活してて、なんでいままで気付かなかったんだろう。おそらくこいつは宗教、悪魔のマインドコントロールにやられていたのだろう。もう少しここにとどまっていたら、間違いなくダイ、ダイ、ダイのバイバイバイだったはず。
いまはフカイに入ったナウシカの心境です。そうだわ、水が悪いの!雨漏りした水が侵食して、地を這うように広がり、デスパレスの建設が進む。。このままこのフカイが成長していれば、いずれオームの登場もあったかもしれない。。マスクて手袋は必需品。いま、東京でいちばん危険な場所にいる自信があります。。

レッツゴーヒバリーヒルズー

レッツゴーヒバリーヒルズー

レッツゴーヒバリーヒルズー オレの一等地!!


 ついに始まりました新生活。オレ今、ビバってます!!ようやくヒルズ族になれたぜっと思って感動していたのだが、よく住所を確認してみると、住所はひばりじゃなかった。。ぜんぜんビバれてねー!!(笑)。しかも東京を越えて埼玉県。。。Oh-NO-!!知らぬ間に埼玉県民になっていました。
 まあそれはともかく、新生活はとにかく快適です。もちろん家具も全然ないからがらーんとしてるけど、広くてきれいで人間の住むところです。そう人間が住むところなんです!!

 佐賀ビルの悲劇は、オレの人生で何度目かの衝撃でした。たしかに最近虫が多いなとは思っていたんだけど、あそこまでアナザーワールドになっていたなんて。。とにかく魔界と隣接した場所で生きていたことは事実です。
 明日もう一度佐賀ビルに戻って最後の格闘。それが終われば晴れて新生活のスタートです。恐ろしすぎてカメラのシャッターを切る勇気すら出なかったんだけど、明日は何とかがんばってみようと思います。間違いなく18禁でしょう。。


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bc141f7f.jpg佐賀ビルの真実。それは家具をどかしたその下にあった。そこは暗黒の世界。ヨミの国につながっているのではないかと思われるほどブラック&ダークな世界が密かに進行していた。。もしあと二ヶ月も住めば、サガビルはイノセントワールドならぬインセクトワールドになっていたに相違ない。まさに危機一髪!
今日の引越しのもようは後でじっくり書かせてもらいます。。とにかく初めての経験ばかりで参っちゃいました(笑)。。。

e737e1be.JPG 佐賀ビル最後の夜を静かに過ごしています。友達からメールが来るまで、これが最後の夜だという自覚が無かった。本当にここを明日出て行くのか、本当に出て行けるのか、まだ半信半疑でいる。今日みたいな雨の日は、ぴちゃっぴちゃっと決まったリズムを刻む音がする。その音を聞きながら、入った当初のことを思い出した。

 オレが初めてここに入った夜は、本当に何もなかった。コンクリート打ちっぱなしのスペースに、自分が持ってきたトランクと、送られてきた2,3箱のダンボールだけ。一番最初に買ったのが、近所のホームセンターで買った180cm×90cmの絨毯で、その上に寝袋を敷いて寝た。寝袋を敷いてもコンクリートの床は固くて、冷たくて、なかなか寝付けなかった。。。
 すぐに絵が描きたくて、材木屋から板をもらってきて、ダンボールの上にそれをのせ、即席の机を作った。漫画みたいな話だけど、しばらくはずっとその机で絵を描いていたんだよね(笑)。
 ビックリするぐらい底辺なスタートだったけど、ゼロから東京に挑戦するんだっていう気持ちが沸き起こって、むしろ楽しかった。何もないがらんどうの部屋で、明かりを消して寝転ぶと、カーテンのついてない窓から高層ビルの向こうに月が見えた。なんだか自分が東京の一部になったような気がしてドキドキした。

 夢があるってすごいよね。どんな状況でもがんばれる力が出る。絵を描いて、どこまで生きれるかがオレの夢であり、人生であり、楽しみであり、生きがいでもある。佐賀ビルで住んだ1年2ヶ月は、その夢のスタート地点だった。いつまでもここにいたときの気持ちを忘れないようにしたいと思う。。


 佐賀ビル、最後の夜に。

            


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2a275f74.JPG ついに佐賀ビルを出るときが来た。当初ここは友だちと一緒に住む予定だった。ビルを借り切って、アトリエ兼住宅としてデザイン&アートのコラボビルになるはずだったのに、その首謀者だった友人が強制退去。残されたオレにはリフォーム能力などなく、ボロボロだったこのビルを立て直すことはできなかった。
 とりあえず住んではみたものの、下水があふれるは雨漏りがスゴイは、しまいには工事ですべてのガラスを叩き割られてしまい、とんでもない経験をした。。。まあ、それも面白かったけどね。
 これまでに引越した回数は13回。次は何と14回目。フォーティーン・タイムス!!動いてるねー。これまで最長滞在は、学生のころ住んだアパートで3年間。それからはころころねぐらが変わり、時には家がなく学校に住んでいたこともあった(笑)。
 だけど今度引っ越したらもうしばらく動けないだろうな。なにせ東京には敷金礼金システムがあるから、そうそう何度も引っ越せない。それに入居審査やもろもろの手続きがややこしーし、めんどくさい。目標4年間だな、今度はじっくり腰をすえよう。。引越しは月曜日です。


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801829e3.JPG このあいだ見てきた物件は、神楽坂から歩いて10分、2DK(2階建て)でオールフローリング。それで家賃が8万5千円だっつーから奇跡だ。これは頂きだと思って速攻で見に行ったんだけど、神楽坂から10分なんて大嘘で、立体駐車場の真裏に建つ、騒音物件だった。さらにすべての光はさえぎられていて、窓は開けられない。。。うーん、うまい話には裏がある。
 住めば都とはよく言ったもので、いま住んでる佐賀ビルは何だかんだいって気に入っている。位置的にちょうどいいし、名前も面白いし、なんつってもビルに一人で住んでるっていうのがいい(笑)。でもねー、残念ながら雨漏りがすごいんだよ。。ビルの内階段は、雨が降れば滝のように水が流れるし、3階以降はデッドゾーン。いつのまにか浮浪者が住み着いてても大して驚かないんじゃないかな。
 まあそんな面白物件に住むと、まともな生活は出来ない。高くてもいい部屋で快適に作品制作をしたいという気持ちが出てくるんですね、やっぱ人間だから。それで探してるのがアトリエ兼住居の広い物件。。でもそんな物件、都内で見つけるのは至難の技。タイムリミットは7月の予定。さあ、うまいこといくんでしょうか?

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 いまひそかに引越し先を探している。東京で活動すると決めた以上、キチンと制作ができる環境を作るべきだ。いよいよ佐賀ビルともお別れのときが近づいている。
 しかしそう簡単に広くて安い物件なんてない。場所も出来るだけ都心部がいいので、ますますそんな物件は出てこない。値段を下げるとドンドン都心部から離れ、すぐに神奈川や埼玉に突入してしまう。オレの仕事だけを考えれば、別にどこに住んでようが問題ないのだけど、東京の醍醐味は真ん中に住むことにあるような気がするのだ。。
 偶然住んだ場所が佐賀町で、最寄駅は水天宮前と門前仲町。渋谷からちょっと距離はあるけど、いきなりの呼び出しにも対応できるし、遅くまで飲んでもタクシーで帰れる距離にある。面白い人たちはみんな都心部に住んでいるので、そんな人たち一緒にいようと思ったら、やはりオレもそこに住むしかない。
 今日は早速物件を見てこようと思います。引っ越すのはまだ先だけど、テンションは上げ上げでいっとかないとね!!

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e0d01fa7.JPG 帰ってまいりました佐賀県。東京でやることもあったんだけど、なんだか一刻も早く落ち着きたくて、予定前倒しの帰省。やっぱり実家はいいもんです。実家に帰るのは一年ぶりで、ここにいると今年一年が夢だったかのように思える。。。

 4月に東京に出てきて、最初は独房のような場所での寝袋生活だった。工具を買って、何もない部屋を少しずつ作っていった。床を張り、寝床をこしらえ、キッチンさえも自分で作った。いま思えばよくあんな生活ができたなと感心する。
 そこから絵本の制作、ノボリト・アート・ストリート、結婚式の企画と、本当に忙しく過ごした。実は当時東京にいるのが嫌でしょうがなく、いつまでこんな生活を続けるんだろうとうんざりしてた。。思えば心の余裕がなく、何をやってもうまくいかず、焦ってたんだと思う。
 夏に母校の佐賀北が甲子園で大活躍し、それにつられるように物事が好転していった。たくさんのオーダーをもらい、2作目の絵本を描き、熱中時間の仕事にも慣れていった。ロケにいったり、代々木の壁画を描いたり、バタバタと忙しく、しかし楽しく過ごせたと思う。

 すべてがうまくいったとは思えないけど、まあよくもがいた一年だった。最初っから最後まで、気づけばずっと全力投球。東京での一年目は予想以上にハードだった。。

 来年は今年よりもハードになると思う。でもやることが決まっている分、迷いはない。目標を定めて、一つ一つ確実に結果に結び付けていきたい。まさに勝負の年、人生を左右するような大事な年になるような気がしてならないのだ。

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