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ミヤザキケンスケ オフィシャルブログ

カテゴリ: ミヤザキケンスケはこう考える

タイ 明日から雲南ツアー、それから帰ればあとはケニヤ壁画プロジェクトと佐賀での個展にすべてをつぎ込むだけ。10月末に佐賀での個展があり、それが終わればケニヤに旅立つ。帰ってくるのは2010年の暮れ、さあそれまでに自分はどうなってるんだろう?

 少しずつ少しずつ自分がやりたいことに近づいていく。だけどその分自分も年をとる。たまに、果たして最終的に自分がやりたいところまで命が続くだろか?と思う。あと10年で42歳、あと20年で52歳。。
 だけどそういう想像をするとかならず頭に浮かぶのが、篠原有司男さんの姿。70歳を超えてもひたすらに作ることをやめない、グレート・アーティスト。
 ブルックリンのスタジオで手伝いをしているときに、なんでそんなに急いで作品を作るんですか?と聞いたことがある。すると彼は、

 「ちんたらしてると人生終わっちまうんだよ!!」

と言い放った。

 この人は生きることと作品を作ることが完全にイコールで結ばれてる。モヒカンに刈り上げた70を過ぎた男の後ろ姿を見ながら、アーティストであり続けるってこういうことなんだなーと思った。

 彼ほどに強烈に生きれないものが、彼を超えれるはずもない。牛ちゃんのパワーに負けないものを、僕も死ぬまで追い求めるしかないのです。


2010年年賀状 年末に悩んだドイツ行きの話、この間のやまもじの打ち上げ、そして熱中時間の収録、久しぶりにゆっくり自分を見つめなおすきっかけになりました。

 僕は少し普通の人と違っていて、考え方の出発点に必ず「死」があります。自分の人生を生きていくうえで設けられたたった一つのルール、逆に言えばそこまではどう生きてもかまわないという決まり。お金儲けをしても、家族をたくさん作っても、私利私欲に生きても、人のために生きても、最後はそのルールに引き戻される。
 僕たちは生まれながらに自由ではなく、だからなおさら自由を欲する。僕が絵を描いているのも、いろんなプロジェクトにチャレンジするのも、すべてはそこから来てるんだと思う。
 
 東京はあまりに人が多すぎて、一人一人の「死」もどこか遠いところにあるように感じてしまう。だけどその流れに身を任せることは、無意識に自分の時間を減らし続けることになるから危険だ。

 幸せな今という時間を精一杯生きて、一人でも多くの人と出会い、感動して、絵を描く。それが僕にとっての人生と向き合うということです。





 


SN3D0556 「現実的に生きる」という言葉があります。冒険をせずに安定した選択をしていく生き方、石橋をたたいても渡らないぐらいの用心深さで、無理をせず身分相応に生きる生き方。僕はまったく正反対の生き方をしてきたような気がします。

 冒険をして、不安定な選択をあえてする生き方。ぼろぼろの橋でも躊躇なく進み、橋が壊れても泳いで渡り、無理をしてでも身分不相応なことにチャレンジする。

 かなり痛い目にもあってきたけど、面白い生き方をしてきたと思う。無理をするのはよくないけど、自分の限界を知る必要はある。一度しかない人生、最後まで僕は僕の人生の主人公であり続けたい。




12月27日 040 12月14日は葛飾区の綾瀬中学校で話をすることになっている。大学の後輩がそこで先生をしているので、「職業人に話を聞く」という会に講師として招かれてしまったのだ。
 ハッキリ言って僕ぐらいつかみどころのない職業についてる人は少ないだろう。絵描きは絵描きでもイラストレーターとも画家とも違う、まさにオンリーワンな職業、トータルペインターなのだ。


この会の目的は

1、生徒に職業観・勤労観の認識を与え、将来について考える機会とさせる。

2、職業人との交流により、中学生として身につけるべきことを考える機会とさせ、社会人としての自覚を育む一歩とさせる。

とある。


 自分が中学生だったころのことを考えると、中三まではひたすら部活、中三の最後の大会が終わって初めて、自分の人生について考え出した。それまでみんな一緒に歩んできた人生が、高校受験を前にいきなり学力別、能力別に振り分けられるんだもんね、ビックリしたなー。。
 僕の場合は勉強が好きじゃなかったから、とにかくあせった。それなりの高校には行けても、いまからじゃどう考えてもいい高校にはいけない。ここでなんとなく進路を決めてしまうと、そのまま人生を中途半端なものに決定されるような気がしてすごく怖かった。。。
 そこで思いついたのが、好きだった絵を勉強する芸術コースへの道。ここに行けば普通と違う人生が過ごせるはず、と思った。実際そのねらいは正しかったのだけど、絵を始めるきっかけが「普通じゃない人生を歩みたかったから」っていうのもどうかなと思うよね(笑)。

 だけど僕が中学の時に考え行動したことを、大学受験のときも、大学を卒業して絵描きとしてやっていこうと決意したときも、やはり同じように考えた。一度きりの人生、退屈に生きてもしょうがない。

 ある意味中学生の頭で考えれることは、大人とほとんど変わらないのかもしれない。ただ中学生の僕が知らなかったのは、人生は意外に奇妙なところがあって、ひとつに絞って進んだ道でも、一生懸命進んでいくとまた新しい選択肢が広がってくるということ。選択は可能性を狭めるわけでなく、努力はどこに結びつくか分からない。
 失敗を恐れずに、今信じた道を無心で進むことが、いい人生を過ごす一番の方法なのかもしれない。


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d8f12732.JPG 佐賀人の気質はとてもおもしろい。おもしろいというとなんだか悪いけど、本当に絶対的に都会の人なんかとはぜんぜん違うのだ。
 彼ら(僕も佐賀人だけど)はとにかく古風だ。頑固で無粋で情に厚い。一見とっつきにくそうに見えるけど、信用した人間はけっして裏切らず、損得でものごとを考えない。まさに昔ながらの九州男児なのだ。

 彼らはとにかくつながりを大切にする。たとえばお店では一見さんよりも常連さんを大切にする傾向があり、友人だと商売を忘れてしまうこともしばしば。
 たとえば僕の友達のお店に用事で寄ると、座って何か食って行けと言う。散々おいしいものを食べさせてもらっていざお勘定になると、お金はいらないという。それでは悪いからと払おうとすると、今度何かの機会にうちの店を使ってくれたらいいという。後日知り合いをつれてその店に行くと、予算以上のサービスを受けてしまい、結局またお世話になってしまうのだ。。

 そういうつながりの中でみんなが生活しているので、街として大きく発展していくイメージがない(笑)。商売っ気がないのが佐賀のいいところだけど、外から来る人にはそれはなかなか伝わらない。見た目は寂れた街だけど、そこに住む人たちの熱いつながりがもっと伝わればいいのになー。


3 僕たちの世代はちょうど高度成長期を支えたサラリーマンの子供世代で、日本がもっとも豊かだったときに子供時代を過ごした世代だ。日本全体がイケイケモードのときに教育を受けているから、世界に通用する価値観を身に着けたいという意識が高かった。
 アメリカやヨーロッパに劣らないスキルを身につけるために、積極的に海外に出たり、スキルアップを積むことに喜びを感じたり、夢に向かって進むイメージが人生に一番必要なことだという共通意識があった。だから仕事もただ収入だけで選ぶのではなく、やりがいや満足感が重視され、バリバリ仕事に打ち込んでいる人っていうのが、男も女もカッコいいとされていた。

 だけど最近世の中の風潮が変わってきた。新入社員の多くは、仕事以外に楽しみを見つけたい人が多いと聞く。仕事よりも早く結婚して、静かな家庭生活を送りたい人も多いらしい。

 自分たちを世代くくりで考えたことはなかったけど、僕らがドリーマー世代なら、ナイスなタイミングでこの世に生まれてきたなと思う。男も女もなく、自分がどこまでやれるか試すっていうのは、人生で一番輝ける瞬間でもあるはずなのです。


406cb4f9.jpg 絵を描いてて面白いのは、出来上がるものが想像できないから。いろんな描き方があると思うけど、出来上がりのイメージがありすぎるとあんまり気乗りがしない。がんばって描く気がしないのだ。。
 計画どおりにことを進めたい人、イレギュラーな出来事を楽しみたい人。人生と同じように人それぞれだと思う。僕の場合、先が見えすぎる人生は退屈に思えてしまうから、楽しいことをやり続けて、どこまでそれを続けられるかドキドキしながら生きている。それはちょうど好きな色を使えるだけ使って、いつしか楽しい絵が完成していく過程に似ている。


f15bfda3.JPG 佐賀に18年、つくばに7年、ロンドンに2年半、そして東京に3年。いろんな所を転々としてきたわけですが、どこもそれぞれおもしろかったなと思う。

 佐賀はもちろん故郷であり、家族や幼なじみが住んでいる場所。一年に一度は里帰りをして、自分のベースを支えてくれている人たちに会うのがとても楽しみな場所。
 つくばは第二の故郷。絵描きとしての自分の土台を作った場所。大学の友人や、後輩たちがいまだに住みつき、帰ればすぐに学生時代を思い出すことができる思い出の場所。
 ロンドンは夢の場所。お気に入りの町並みやカフェ、レストラン、それらすべてはダブルデッカーとともにある。一人でいろんなことに挑戦し、そしていろんな経験を積むことができた場所。ロンドンで出会った人々との思い出は、いまでも夢のようで現実感がない。
 東京はドラマのような場所。廃ビル同然の佐賀ビルから始まり、テレビの世界で絵を描くことになった。ロンドンに比べモノにならないぐらい巨大で、人が多い。そしてみな同じような価値観を持ち、ものすごいスピードで物事が進んでいく。貧乏生活、仕事、酒、女、華やかな世界、まさにドラマ。

 どこが一番いいかなんて分かんない。ただどこもそれぞれにおもしろい。ようはどこに住もうとも、自分で楽しいことを見つけられればそれが一番幸せってことでしょう。


※写真は去年の夏に描いたスリップオン

5c284ee3.jpg いまでも生まれも育ちも東京だという人に会うとドキドキする。別に憧れがあるとかじゃないんだけど、なんだか漠然とスゴイ気がするのだ。こればっかりは地方出身者でしか分からない感覚だと思う。昔はとにかく自分とはまったく違った世界で、まったく違った環境で育った人のように思っていた。

 東京。。。日本の中心部、そびえたつビル群、日本中から集まるエリート集団、きらびやかな芸能界、流行の最先端がそこにあって、ディズニーランドぐらいじゃテンションの上がらないクールな人たち。

 子供のころに想像していた東京は、東大や早稲田、慶応といった難しい大学に合格するか、芸能界にスカウトされるか、プロスポーツ選手になるか、とにかく何らかの形で成功しないと住めない場所だと思っていた。。だから「東京に住んでる人=成功した人」という図式があり、東京から転校してきた子の親はエリートで、おやつはメロン、家族旅行はきっと海外なんだろうと、勝手に決めつけていた。

 もちろんそんなことあるわけがない。東京にこそ貧乏人は多いのだ。だけど今でも生粋の東京人に会うと、メロンと海外旅行が頭をよぎる。やっぱ憧れがあるのかもね、子供時代のリッチな東京ライフに(笑)。



42387ab3.jpg 自分を曲げずに生きるってゆーのは難しい。どうしても他人の評価は気になるし、誰にも理解してもらえないってのはキツイ。
 だけど自分にはこれしかないというものができたときに、人は結構強くなれる。もちろん評価されたいし、尊敬もされたいけど、自分が持ってるものがすでにあるなら、ある時点で開き直ることができる。それは強さだと思う。

 ストイックに、意識的に自分を曲げずに戦っている人はスゴイね、自分にプライドを持ち、責任も負う。いまの僕はとりあえず、「曲げれるものなら曲げてあげたいけど、残念ながらオレにはこれしかできない」、ってゆーところかな(笑)。



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