涙と共に種を蒔く人は
喜びの歌と共に刈り入れる。
種の袋を背負い、
泣きながら出て行った人は
束ねた穂を背負い
喜びの歌をうたいながら帰ってくる。
親しい友である牧師先生からの便り。
アフリカに行って先週帰国された聖徒方のニュースと共に
大きいサイズのカラー写真が同封されていた。
その添え書きの一文・・・
アフリカ初穂の地、カラチナに
福音の種は根づき、芽が出てきている。
見ると、キクユの村里を背景にして
17、8人の青年たちが讃美歌を歌っている。
幼児の姿も一人。
幼児の姿も一人。
背広にネクタイのイサク巡回はわかるが、
隣の青年は誰だろう?
隣の青年は誰だろう?
イトンガ兄の息子が成長して、
こんなに背が伸びたのか・・・
こんなに背が伸びたのか・・・
カラチナ
そこはケニヤ山の麓、キクユ族の町
周辺の村里から持ち込まれた物産の集積地
エネルギッシュな市場と政治談義の盛んな町
ほぼ半世紀前
マウマウ団(〈隠れた人々〉の意)が結成され
ジョモ・ケニヤッタ(のちの初代大統領)の指導のもと
アフリカ・ケニヤにおける独立運動がはじまる。
指導者グループの一人にガカーラ・ワ・ワンジャウ氏、
彼のふるさとがカラチナである。
キクユ語によるマウマウ運動の追憶集
「Mwandiki wa Mau Mau Ithaamirio-ini」
来日し講談社より「野間アフリカ出版賞」を受賞され、
1984年11月の中旬、
(地球規模の異常気象の為アフリカの
(地球規模の異常気象の為アフリカの
大干ばつが連日マスコミを賑わしたのが
この年であった。)
この年であった。)
帰国の途中、パキスタンのカラチ空港で出会った。
この老紳士がわたしに話しかけてきた。
彼曰く、
自分の父親は英国国教会の牧師であった。
独立戦争の時、マウマウ団は
英国に立ち向かって戦ったので、
父親と戦うことになってしまった。
植民地支配に利用されたキリスト教会、
また牧師であった父親との葛藤から、
自分はイエス・キリストに対する
心からの信仰が持てないで今日を迎えている。
わたしは答えた、
真の自由を与えるのがキリストの福音である。
天地創造の真の神の聖名は『イエス』である。
預言の応じて日の出ずる国より
初代教会の復興がなされている。
初代教会の復興がなされている。
イエス様の救いは「水と霊」による。
自分はペンテコステに見られた、
聖書どうりの「聖霊」を受けたい・・
聖書どうりの「聖霊」を受けたい・・
では、ハレルヤ、ハレルヤ・・・と、共に祈る。
しばらくして彼の口からは
「異言」の祈りが出てきたので、
「異言」の祈りが出てきたので、
主の約束の聖霊が内住したのがわかった。
彼は喜びの表情を顕わし、大きく頷きながら、
別れ際に「私があなたのホストになりますよ、
ケニヤに来て下さい」と、
私書箱である連絡先を書いて渡してくれた。
ケニヤに来て下さい」と、
私書箱である連絡先を書いて渡してくれた。
こうしたガカーラ氏との出会いがあったことを、
12月(1984年)に帰国したわたしは
東京教会の応接間で
東京教会の応接間で
監督村井スワ先生にお話すると、
先生の目がキラキラと輝き
先生の目がキラキラと輝き
ハレルヤ・・・
いよいよ、来年、1985年から
アフリカ伝道が始まりますね
あたかも「待っていました」という語感が
こちらに伝わって来た。
こちらに伝わって来た。









