寝たり起きたり

ぼーっと生きてます。

2013年01月

寝て、起きて。できるだけ、やれるだけ。でも呑気にいきたい。

ギャップには萌えない。2日目、六。

街に戻ってまた昨日と同じガソリンスタンドで軽く昼食。
しかし私はカフェラテだけにした。
そして。
「屋台寄って下さい」
ガイドさんドン引き。
遺跡観光でガイドを頼むようなお客で屋台飯に興味を持つ人などいる訳がない。
しかし、私の方は車からガラスケースにフランスパンが沢山入った屋台を見て、どうしても食べたくなったのである。



地元の人が食べるフランスパンのサンドイッチ(ノンパン・サイ)。
ガイドブックに書いてあったもん。
「あの、お腹、大丈夫ですか……?」
「薬(正露丸)持ってます!」



パンにバター(?)を塗り、豚肉や胡瓜、野菜の塩漬け等が入っていて、チリソースがかかっている。
最後半分に切ってビニールに入れてくれる。
これで1ドル(4000リエル)。
部屋に戻って食べたが、美味。
ホテルのレストランなんかより私は断然こちらが好みであった。


夜は買い物がてらアプサラ舞踊のレストランへ。
「あ、ノンパン・サイ、美味しかったです」
「ワタシ、心配でした。日本の人、地元のもの食べるとお腹が……」
「私は大丈夫でしたよ」
観光客向けのショッピングセンターで名物の胡椒を買い求め、それからレストランに向かう。
飲み物は温かいお茶を注文。ジャスミンティーがポットで来た。
料理はビュッフェスタイル。
美味しかったのだが……ビュッフェ会場は本当に戦場だった。
私は人気コーナーに行くのは早々に諦めた。





ギャップには萌えない。2日目、伍。

次は、タ・ケウ。
此処は何故か大人も子供も商売は熱心ではない。
売り物の入った箱も木の下に放り出してあり、さて何処へ行ったのやら。



「登ってみますか?」
怖いって、此処は! 手すりとかないし!
しかし父上はすたすた登って行き、私も行くことになる。
「ワタシ、下にいます」
そうでしょうとも。


彫刻は殆どなく、石を積み上げた状態で建築が終わってしまっている。



此処の遺跡は中国が修復を行なっているので、案内板には中国語の表記もある。




ギャップには萌えない。2日目、肆。

只今、インドによる修復中。



内部はまるで迷路。
自分が何処にいるのかさっぱり分からない。



ガイドさんによると、木を撤去すれば崩壊するのは間違いなく、取り除くことは出来ないので、これ以上木を大きくさせないよう、根を切っているのだそうだ。



次の遺跡に向かう道すがら、遊んでいる子供達を見た。
本当に遊びに夢中になっているようで、微笑ましい光景である。
珍しいな、と思っていたら、道の向こうに大型バスが止まり人が降りて来た途端、子供達はさーっと道の端に捌け、置いてあった箱を持ち、商売人に変身して観光客にまとわりつき始めた。
プロだ、と思った。




ギャップには萌えない。2日目、参。

バンテアイ・クディ。
「オネーサン、1ドル、ヤスイ」
構わず中に入る。
此処は上智大学が修復に関わっているのだそうだ。
あまり大きくない遺跡だが、中にはお土産売りの人(大人)や絵描きの人もいる。
今まで行った遺跡には中央部に売り子があまりいなかったところを考えると、此処は規制が緩いようである。



次は楽しみにしていたタ・プローム。
「1ドル、カウ」
「買わな~い」
「オネーサン、カウ」
「やだよ~」
だんだん小さな商売人とのやり取りにも慣れて来た。



さて、タ・プロームの中に入ってみる。
ガジュマルの木が遺跡を飲み込んでいる。





ギャップには萌えない。2日目、弐。

建物のあちこちに細かい彫刻が沢山。



女神像が有名だが、近くからは撮影出来ない。



ガイドさんに貰った自由時間もじっくり彫刻を眺める。



見学を終えて門を出ると、また商売熱心な子供達にまとわりつかれそうになりながら、車に戻る。


次は、スラ・スランという王の沐浴場だった所へ。
今は地元の人も入ったり遊んだりするという。



近くには笛を吹いて遊んでいる小さな女の子達がいる。
「コレ(笛)1ドル、ヤスイ」
ぱっと見には遊んでいる姉妹だが、やはり仕事中であった。





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