寝たり起きたり

ぼーっと生きてます。

2015年01月

寝て、起きて。できるだけ、やれるだけ。でも呑気にいきたい。

近況。

仕事のストレスから自棄食いした結果、胃腸が悲鳴を上げ、見事に下す。家族が美味しそうに海鮮てんこ盛りのお弁当に舌鼓を打つのを横目に、ひとり1日病人食で過ごす。その翌日には普通食に戻り、ほっとする。
しかし、こってりのラーメンと生クリームたっぷりのロールケーキのコンボは最早私には無理なのかも知れない。
油脂は美味しいものなのに。
ちょっと悲しい。


お腹が治って数日後。
体重はあっという間に元通りになり、ほっとしたのも束の間、親に食べるのが早すぎる!と、この歳になって叱られ(しょうがないじゃん、早食いは職業病みたいなものだもん)、学生時代のように利き手の反対の手で箸をもつようにしたら、更に体重が落ちてしまった。
この上は、筋トレするしかない!
とりあえず腹筋と腕立て伏せ……を旅先から始めてみた。
人生下り坂に差し掛かってるけど、身体も昔とは変わって来たのかなあ。
こんなにすぐに体重落ちなかったぞ、以前は。
せめて腕と腰回りは筋肉つけたい。


そしてまた数日後。
間違いなく職場でインフルエンザA型をもらってしまい、寝込むことに。
職場にハイリスクな人間が出入りするので、問答無用で出勤停止。
ほぼ1週間布団とお友達。
自室の外に出る時も、家族と接触しないように注意。
全ての予定は(当たり前だけど)キャンセルされ、ひたすら布団をかぶる。
しかも外は雨。
気持ちがどんどん落ち込む中、メールを下さる方が何人かいて、このメールにだいぶ救われました。
そうこうするうちにお天気がよくなり、タミフルが効いて熱もさがり、布団を干したり洗濯をしたり、お菓子を作ったり。
元気になったものの、まだ家庭内別居状態、外出禁止、そして寝てばかりいたせいで物凄く体力がおちていて、すぐに横になりたくなる始末。
週明けからの仕事は……大丈夫か、私。
(医師から許可はおりています)


今年は今月がピークなんだろうな、きっと。

寒さとは如何なるものか。まとめ。

元々は北斗星に乗ることだけが目的の旅行の筈だった。
それが、見事に観光旅行に変化した。国内では珍しいパターンである(私限定)。
特にクリスチャンという訳でもないが、お菓子に釣られて2ヶ所も修道院を回ってしまったし、すっかりこちらがメインになったような感じもする。
今度行く機会があったら、周辺もゆっくり歩いてみたいと思う。




(終わり)



寒さとは如何なるものか。2日目、参。

40分程で渡島当別駅に到着。



駅の案内所を見て歩き出す。
景色はいいけど行けども行けども到着しない。



確か、徒歩20分って聞いたのに。おかしい。
首をかしげながら、雪道(所々溶けている)を歩く。
後ろを歩く母が、何やらぶつぶつ不満をこぼしているのを時折励ましながら行くと、写真で見たことのある景色が現れた。



まるで別世界だと思った。


最後の階段は上らず、売店へ。
店員さんは地元のパートさんと思われる女性が2人。
ここでバターやクッキー、飴、ジャムを購入。
念の為、駅までの道を聞いてみたら、何と一番遠回りな道を歩いたことが判明。(40分以上かかっている)
帰りは教えてもらった通り、最短の道を行く。下りで雪が全くない道だったので、15分くらいで駅まで数十メートルの所に達する。
列車が来るまで30分くらいあったので、喫茶店に入って珈琲を注文。
メニューは珈琲(美鈴珈琲)、紅茶、ココアのみ。全て200円、とのこと。
母がココアを注文すると「インスタントなんですけど…」という申し訳なさそうな声が帰って来た。
200円のココアにインスタントでないことを求めたりはしませんが……。
珈琲を2つ注文すると、コーヒーメーカーで淹れて下さる。
その間、母にトラピスチヌ修道院に行く方法を説明していると、店主さんが、バスは路面状況によってはかなり遅れることがある、等と色々教えて下さった。
そうこうするうちに列車の時間が迫って来たので、素敵なカップで出て来た美味しい珈琲を急いで飲み、駅へ向かう。
その際にも店主さんは、この渡島当別駅周辺の地図と以前修道院の前の通りで行われたイベントのチラシを下さった。
今度来る時はゆっくり出来るように計画を練ろう、と心に決め、函館に戻った。


函館駅ではコインロッカーの荷物を取り出して、五稜郭と湯の川温泉とトラピスチヌ修道院にしか停まらない観光用のシャトルバスに乗車。
最終便だったからか、単に路線バスに乗るお客が少ないからか、乗っているのは母と私だけ。寂しい。
トラピスチヌ修道院には30分くらいで到着。
トラピスト修道院と違い、交通機関から入口まではほんの数十歩。



公開しているのはお庭までなので、こちらも売店に直行。トラピスト修道院よりも広く、様々なものが置いてあった。
有名なマダレナ等のお菓子、ジャム、羊毛の針刺しや書籍、葉書、アクセサリー、そして他所の修道院の製品も並んでいる。
こちらではマダレナとクッキーを購入した。


乗って来たバスに再び乗車し、宿に向かう。
チェックイン時間ぴったり、3時に到着。
今回は母がいるので『ちゃんとした食事』が2食とれる宿を予約していた。しかも、突如団体客が入った関係で部屋がグレードアップされたとのこと。
有難いことである。
何でも、12月と1月が最もお客が多いのだそうだ。
……意外だ。
ともかく、早速温泉につかってゆっくりする。
いつもの旅であれば、こんなに明るいうちから宿にいることなどないので、宿の近くを散策しようと考えたが面倒になってやめる。
寒くなければ対決列島のソフトクリームを買いに出かけるのだが。最近の私のお腹は全く信用出来ない。
とは言うものの、夕食ともなればお腹はぺこぺこ。
食い気が勝るあまり、写真を撮り忘れるほどで、勿論御飯は完食。
とっても美味しい御飯だった。


そして翌朝、朝一の便で帰京した。




寒さとは如何なるものか。2日目、弐。

北斗星を見送り、母が揺れない場所(笑)で軽く朝食をとりたいというので、駅の中のカフェに入る。
モーニングをむしゃむしゃと食べる親に付き合い、私は紅茶をいただく。
今日の予定を母に話してから、コインロッカーに荷物を預けていよいよ朝市へ。
足元はそれほど悪くなく(そもそもあんまり雪がなかった)、それでも凍っている歩道を慎重に歩く。
向かった先は母の大好きな農産物と海産物の山。
目を輝かせて買い物に励むのを見守る。完全に付き添いである。


私もお腹が空いたのでおにぎりを1つ頬張る。
もしかするとお昼が食べられないかも知れないからである。



母が貝を焼いてもらっているのを待っていると、急に冷たい風が強く吹くようになり、私のお腹を直撃。ダウンのファスナーをちゃんと閉めておかなかったからである。
やばい。
駅にとって返し、衣類に貼るカイロを購入し、コインロッカーからカーディガンとマフラーを取り出し、トイレでカイロをセット。マフラーはカーディガンの上から腹巻きのように巻き付け、その上からダウンを着る。不恰好だが仕方ない。体調を崩すよりは数段ましである。


観光案内所に行って2つの修道院のことを聞いてみたが、自力で調べた以上のことは分からなかった。
でも、バスや列車の時刻表、地図はいただけたので、思い切って木古内行きに乗車。



要するに、寝台列車で通ったところを戻っているのだが、今は昼間、天気もよく、景色は素晴らしい。





寒さとは如何なるものか。2日目、壱。

4時過ぎに青森に到着。
客は降りられないが、乗務員の入れ替えがあり、更に列車の進行方向が変わる。
周囲の鉄の皆様は機関車の付け替えの気配を感じとる(実際の現場は見えない)為に、新たな先頭車両へと向かい、私は通路のベンチに座って青森駅のホームに目をこらす。



郡山辺りから徐々に雪が見えるなあと思っていたが、青森ではだいぶ多くなっている。
函館着は予定では6時半頃。
あんまり眠れなさそうなので、寝台には上がらず、このまま青函トンネルの景色を眺めることにする。
竜飛海底駅、トンネル最下部、吉岡海底駅を見てから、やっと寝台に上がり、荷物を整理する。
いつものダウンに雨具の上着をセットし、セーターの下に腹巻き、レギンスを1枚多く履いて寒さに備える。


ベンチに座り、今度は日の出前の暗い海沿いをぼんやり見て、あー昼間にまたこの駅に来るかも知れないんだよなあ、等と思っていると、放送が入り、東北の雪の関係で到着が遅れるという。
最終的には20分くらい遅れて到着。



函館では降りる客と機関車の付け替えを狙う鉄の皆さんでホームは賑わった。
放送でしきりに、列車が遅れているからあまり停車時間はありません、と言っているが、その僅かな時間をフルに使って鉄の皆さんは撮影に励む。
私も母を放って撮影。
というか、気がついたら親が少し離れた柱のところに佇んでおり、何だか申し訳なくなってしまった。



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