2007年09月07日

川から本屋へ

目が覚めると顔の前に真っ赤なタオルとドンブリ茶碗があった。
朝、六時頃、足に落ちてくる水で目が覚めた相方が置いたのだ。
昨夜は天変地異の少ない前橋市にとって久しぶりの直球台風だった。
結局、我が家は布団の上とトイレと書庫の三ヶ所が雨漏りした。

歯医者の帰りに寄ったジャズ喫茶の「ダウンビート」も「ロッテリア」も
友人宅も雨漏りしていた。
なんだか町中が水浸しみたいだ。

せっかくだから川を見に行く。
県庁裏の利根川は川沿いの道路が通行止め、「親水公園」は浸水したのか
立ち入り禁止になっている。
川がすごい。
真ん中が膨らんで河川敷いっぱいになっているように見える。
護岸工事のコンクリも水に埋もれているようだ。
水面に何本もの樹木が頭を出して傾いでいる。
水が動くと川になるんだ。

城跡の松並木の下を通ると枝と松ぼっくりと松葉が道を一杯に
落ちている。
暑い日差しと湿気の中で松葉を踏むと青臭さが匂い立つ。
うんざりするほどの命の濃さだ。

広瀬川は水量調節をしているらしく普段よりも水がない。
前橋文学館近くの川岸でイチョウの瑞々しい青い葉っぱとうっすら
黄色い銀杏が石畳に散り広がっている。
悲しくてきれいな色だ。踏んでゆけない。
あちこちで黒揚羽や青筋揚羽、黄揚羽を見る。
アゲハ日和だ。

煥乎堂で「ちくま文庫」の『書店風雲録』を買う。
この文章を最初に教えてくれたのは心臓発作で亡くなった
ブックマンズアカデミーの北沢さんだ。ネットで始まった時に
「今泉さんが出てるよ」とプリントアウトして持ってきてくれた。
リブロ時代の上司だった今泉さんを大事に思ってたんだ。

偶然、開いた頁は今泉さんが哲学書の万引き犯に一時間近く、
哲学談義をするくだりだった。
万引き犯に同情すら覚えつつ、今泉さんの口調や顔付きを
思い出し、つい笑い声が出てしまった。

帯文に「書店魂、健在ナリ」とある。
今では本屋に行かなくても本を買える。巨大資本も素人も
ネットという共通のリングで本を売れる。

それでも本屋という空間でなければ成立しない事柄があるとしたら、
物としての本の力と生き物としての人の手触りだろう。
でなけりゃ、本屋なんかやってられないぜ。



mizuno7 at 20:55|Permalink 日記/一般 | 

2007年03月29日

桜も咲いたぞ!ー「高崎映画祭」その1

ー映画「楽日」に号泣の夜は。ー

一昨日に見た「楽日」を今日また、いい映画だったと思っている。
降り続ける雨といまは寂れてしまった映画館の内部とそこに現れる人々が
抑制された色と音で、けれど確かな画面構成で撮られてゆく。

相手を探しているらしいホモの人々、若者も中年も映画館の座席の暗がりで、
あるいは雨音の響く薄暗い通路やトイレでひそやかに相手をうかがう。
その息苦しさに「エロ映画になるのか?」と期待するがそうはならない。
画面の緊張感から「ホラー映画か」と思うが、それも違う。
もしかしてびっこの受付嬢の恋物語かと思っても違う。
かつて映画への夢を共にした男たちの懐旧談にもなってはいかない。
いわばなんにも始まらないのだ。

始まらないままラストシーンに古い恋歌が流れた瞬間、私たちはすべてがわかる。
それがこの作品のとんでもない仕掛けだ。
誰もいなくなった座席が延々と映された理由もこの時にわかる。
主人公は「映画館」だったのだ。

仕掛けは、その細部にある。
たとえばびっこの受付嬢が自前の小さな緑色の蒸し器で温める桃饅頭だ。
半分に切られ映写室に届けられる桃饅頭は受付嬢の映写技師への思いだが、
彼が部屋に戻ったにも関わらず手を付けていない饅頭を持ち去るのは彼女の
諦めだ。その過程を見ることで私たちは彼女に感情移入し始める。
技師の男が誰も居なくなった受付に残された蒸し器の中に饅頭を見付けたとき、
「ああ見付けてくれた」と喜び、それを片手にバイクで雨の中に出てゆくとき、
恋が成就してもしなくてもいい、何かが繋がったんだと思う。
同じように映画館で相手を探す男たちのひそやかさがみじめさが、いとおしくなってくる。
「この映画館には幽霊が出るんだ」という台詞があるけれど登場人物がすべて幽霊でもおかしくない。
幽霊だっていい。この暗がりにいるものすべてが、いとおしいのだ。

映画を見る以外の目的で出入りした人々も、暇つぶしで来た人々も、
桃饅の半分のような見映えのしない恋心も、映画全盛の時代を生きた男たちも、
そのどれもが全て、「映画」であり、「映画館」なのだ。
どんな猥雑もいかがわしさも切なさも夢も志も、何もかもひっくるめて「映画」であり、「映画館」だったと了解できた瞬間、自分がかつて出掛け、いまは廃館や空き地になった全ての映画館を思い出していた。
それらの映画館で見た「モスラ」、「新五十番勝負」「ミツバチのささやき」「イージーライダー」「八月の濡れた砂」「理由なき反抗」「薔薇の名前」、、、もう無数の映画のことを、そしてその時々に同行していた人たちのことを、あるいは一人きりで泣いたトイレの臭いを、すべてすべて思い出し、それは胸にも喉にも収まりきらず号泣になった。
いわば感傷であり、郷愁だけれど、それでも「映画館」は、「映画」は、自分にとって掛け替えのない場所、表現だったと思い知らされた。
そして郷愁というものが後ろにだけ向けられるのではないことにも気付くのだ。
映画を一本でも多く見よう、大事に見ようと思わされる。
それが私の映画へのお礼である。
いつか映画を見るお金も時間も体力もなくなる時がきたら、テレビの映画放映を見よう。テレビも見られないような暮らしになったら心の中に残っている映画をもう一度、見よう。
舞台は映画を、映画はテレビを馬鹿にしてきた。生の舞台を見るより簡単で安い複製芸術の映画、映画よりさらに安くて簡単なテレビへと娯楽は移った。
でも人が何かを表現すること、それを受け止めることのの楽しさと不安は、それぞれにあるような気がする。

ふーっ。
で、問題提起も理念もないようにみえるこの作品は、その表現において問題提起であり、理念なんだろうと思う。
「映画館」の人々でも、「映画」の人々でもなく、映画館が主人公の映画なんて想像したこともなかった。



mizuno7 at 23:45|Permalink 映画 | 日記/一般

2007年03月20日

文学展示会の落とし穴!

nekomimi2「来たるべき俳句のために―鬣TATEGAMIコレクション展―」を無事、終了。

群馬県立土屋文明記念文学館で開催し入場者数は252人。新聞、チラシ、口コミで頑張りました。
3月9日・10日・11日の三日間、ピンクの猫耳を付けて会場に通った。

「鬣TATEGAMI」同人は総数28名のうち22名がやってきた。南限と北限の同人は初対面だ。北海道と鹿児島から来て握手する。

第1部は「近・現代俳句表現史」。
アンケート回答の「近・現代句集の三冊」がすべて展示されたのは壮観だった。「三句」は編年体に組み替えて、全作品をパネル展示した。
いろんな俳句があることを知ってもらえた。俳句たちもいろんな人に会えた。
第2部は同人の個人コレクション。
こちらはそれぞれの編集能力の見せ所だ。
加藤郁乎が酔って書き間違えた短冊とか動物の頭蓋骨各種、あがた森魚グッズ、京都の映画上映史資料、競馬・競艇グッズのサイン入りシャツ、のぼりなど。「砂」という出品物や震災で倒壊した永田耕衣の家から掘り出された原稿もあった。
モノクロの野良猫巨大写真の虫ピン留めと出力失敗版円筒形オブジェも出た。
わがコレクションは「おもちゃ自慢」と称した萩原朔太郎自筆楽譜と虫歯と歯型と
豆猫に談志のシール。友人からもらった歯型の横に「馬鹿は隣の火事より怖い」を
置いたら「自分の歯型の横に置けよ」と知人に叱られた。
書籍も変化球あり。ユリイカ版の未完結足穂全集を妄想するコーナーが作られた。
予想を越える見応えと出来映えに一同、納得!

だが準備段階から落とし穴が一つあった。
それは豊富な食い物である。準備のために山口県から来ていた同人と毎日、打ち合わせを兼ねて食事をする。無論、食だけではなく酒を飲む。
いつか行きたいと思っていたスペイン料理の店に2回、行ったのは幸か不幸か分からない。
アンチョビー添え温野菜、内臓と豆の煮込み、オニオンスープ、猪肉のパエリヤ、焦がしプリンみたいなデザートで赤ワイン。
2度目は大工仕事のお礼だと自腹では絶対、食べられない魚とコース料理でシェリーとワイン。
普段より早起きする日々だから帰宅すると満腹で苦しくとも寝てしまう。

追い打ちは本番当日の「大量菓子箱攻撃」だった。
一升瓶の差し入れは一名で、あとの差し入れはすべてお菓子なのだ。
私だけがもらう訳じゃない。地元の同人にそれぞれ差し入れが来る。あるいは同人の家族が持ってくる。
控室のテーブルには二日目に菓子箱の山ができた。見たことのない物があれば手を出し、好物があれば手を出し、その合間に同人のお母さん手作りの蕗の薹のオヤキと沢庵を頬張り、体調を整えるために昼食はちゃんと取る。
二日目は懇親会と二次会で和洋中を飲食し、最終日の搬出終了お疲れさま!晩餐会は友人の招待で中華料理と紹興酒。
というわけで五キロ太った。
文学展示会がこんなに大変な事とは知らなかったぞ。

次は高崎映画祭じゃ!果たして人は映画で痩せられるのか?

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mizuno7 at 20:40|Permalink 俳句 | 日記/一般

2007年03月06日

文学展示会「来たるべき俳句のために」は風邪の宝庫かよっ!

創刊5周年の季刊俳句誌「鬣TATEGAMI」の特別号発送作業の夜から
熱が出た。次の日には9度2分で、いくらでも眠れる。眠ると腹が減る。
アイスクリーム、スープ、唐揚げ、プリン、かけそばと食い続けた。
熱が下がったら2キロも太っているじゃないか。
こんな口惜しい風邪はないぞ!

次の日に文学展示会「来たるべき俳句のために」ー鬣TATEGAMIコレクション展
の準備で同人が集まる。
群馬県立土屋文明記念文学館の企画室に行くと、やたらにマスクが目立つ。
熱と鼻水が二名、昨日まで9度8分の潤んだ眼が一名、花粉症が二名。
銀杏のアレルギーでショック症状を起こし、昨夜は夜間救急でしたが
一名。なんでいきなり、こうなるの。
さらに新潟から来る予定のメンバーも9度の熱で倒れてるとメールあり。
3月9・10・11日の展示会までに五体満足なのは何人だろう?
「ファラオの呪い」じゃないないんだからさ。くくっ。

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mizuno7 at 00:05|Permalink 俳句 | 日記/一般

2006年08月04日

2006年 高崎映画祭 「山ねこ備忘録2」 水野真由美

上州春便りの「高崎映画祭」が始まるんだぞ!と待ち構えていたのに、古本市と重なり、今年は少ししか見られなかった。でもアタリ!に恵まれた。

 「輝ける青春」イタリア作品 
一家族の戦後から現在までを描き六時間を一気に見せる見事さ。それぞれの人生を積み重ね、休憩時間には「あいつら大丈夫だろうか?」と心配になってくる。

 「セブンスコンチネント」ミヒャエル・ハネケ監督 
日常や過去の痕跡となる家財全てを破壊しつくして自殺する家族を描く。最初は『カフカの城』が目当てだったハネケの上映作品だけど、結局、全部、みてしまった。どれも痛みのある作品だ。

 「大統領の理髪師」韓国 ソン・ガンホ主演 イム・チャンサ監督
軍事政権下の暮らしを子供の視点からユーモラスに寓意的に表現する。そんな描き方が韓国の痛みの深さを伝える。旧ユーゴスラヴィアの戦いと動乱の歴史を描いた名作「アンダーグランウンド」を思い出した。単純に善・悪、支配者・被支配者というような構図にならないタフさ。

 どの作品にも共通するのは身につまされる面白さだ。世界中のどこの国でも、どんな所でも人は暮らして生きて死んでいるんだと思わされる。他人事に思えない。
 実感を持たずにニュースの戦争、紛争などを見聞き出来るのは、数字でしか現されない死者と同じ数だけ中断された人生がある事を想像しないからだ。

ドキュメンタリー 
 「山中常盤」羽田澄子監督
近世初期に活躍した絵師、岩佐又兵衛の作といわれる絵巻「山中常盤」(やまなかときわ)が題材。又兵衛の絵もいい。切られた胴体の切断面など本当にきれいで残虐とか奇想という気はしない。音楽兼台詞は浄瑠璃である。最初は聞き取れない浄瑠璃の文句が映画を見続けている内に意味のある言葉として聞こえてくる。涙ぐみながら見てしまった。

mizuno7 at 11:31|Permalink 映画 | 日記/一般

2006年04月29日

《新井英一ライヴIN絹の国》2006年のご案内

―今を生きる新井英一の魂を近代化遺産の建物で聴く!夏の二夜―

ライヴ2006・チラシ

 歌:新井英一  ギター:高橋望
 音響:イノベーション 半澤公一
 照明:ヤマト舞台 河田敏行



 主催:新井英一を聴く会
 後援:上毛新聞社,エフエム群馬,桐生タイムス



 第一夜「シルクロードへ!」―川を山を海を越えて
    会場(群馬県桐生市)有鄰館 煉瓦蔵
    7月12日(水曜日)開場:午後6時 開演:午後6時30分
       前売り3500円 当日4000円 全自由席

 第二夜「旅の途中」―何処から来て何処へ行くのか
    会場(群馬県前橋市)群馬会館ホール
    7月13日(木曜日)開場:午後6時 開演:午後6時30分
       前売り3500円 当日4000円 全自由席

   ※二日間共通チケット 6000円(前売りのみ限定60枚)
    (二回の公演は異なる構成になります)
   ※各会場への直接のお問い合わせは、ご遠慮ください。

   チケット問い合わせは
    前橋 新井英一を聴く会事務局[山猫館書房]
              TEL&FAX 027-232-9321
    桐生 ライフネット[担当:森下]
        TEL 0277-46-3927・FAX 0277-22-7732

   チケット取り扱い所
    ●煥乎堂書店      本店[027-235-8111]
              群馬町店[027-360-6330]
    ●群馬県庁生協書籍部    [027-220-1140]
    ●ブックマンズアカデミー前橋店[027-280-3322]
                太田店[0276-40-1900]
    ●ベーネ   [担当:長澤][0277-46-2662]
    ●ほしのドライ[担当:星野][0277-54-1177]
    ●桐生さくらや[担当:金子][0277-43-5113]

            ◆

新井英一を表現する言葉は「大人の男唄を歌うブルースシンガー」、
「エイジアン・ブルース」など様々だが、どんなふうに言い表そうと
彼の歌声は何物にも紛れることがない。そしてそれを支え、深める
高橋望のギターの音色は一音一音が粒立っている。
生糸・織物の街だった時代を現在に伝える建物と彼らが紡ぎ出す
音楽はきっと似合うはずだ。
同じ時代を生きる人たちと共に聴きたいと願っています!
            (新井英一を聴く会代表 水野真由美)

    
    詳しくは「山猫館書房」ホームページで


mizuno7 at 01:13|Permalink 音楽 | ライブ

2005年09月08日

山猫館号外ニュース 8月26日

昨日、8月25日、搬出の際に腕をエレベーターと台車に挟んでしまいました。腕の筋肉が扉の幅にベコンと凹んだら、すぐポコンと腫れ始めて、瞬間筋肉増強剤を注入したみたいな盛り上がりでした。
 骨は無事ですが、ひどい腫れのため、医者は「固定してあげる」と言ってくれたのですが、季節柄、それは遠慮し、生まれて初めての三角巾腕吊りで勘弁してもらった次第です。

 ところが、今日の蓮見歯科医院でその真っ白な三角巾が思わぬ伏兵に!
 いつもハンカチを力一杯両手で握りしめて耐えてるから、片手じゃ落ち着かないのだ。
 どんなに力を込めても寂しいのじゃーっ。ふぇーん。

     ―真っ白な三角巾をしたまま片手でロールケーキを食べたら
             病弱なお嬢様みたいで、すごく嬉しい猫より―


 ちなみに複数の人に同一メールを送る場合には他の人のアドレスを隠す方法が
あるらしいのですが私にはわかりません。で、このまま出してしまいます。
 言わずもがなのことですが、皆さん私のお友だちなので、金があって気だてが良くて
見た目もいいという三拍子揃った人は一人もいません。万が一、その可能性があったとしても全員毒舌家なので下手にアドレスを悪用しないで下さい。よろしく。
              自分の生活のみならず個人情報の保護もできない猫拝


号外の続報 8月27日

 つくづく馬鹿猫だと思いながら、昨夜、痛み止め飲んで3軒ハシゴにつき合いました。
 帰宅したら敗戦直後のグローブみたいに(見たことないけど)腫れあがり、指が動く明太だったのさ。
 医者、嘘つかない。酒、腕に悪い。猫、覚えた。でも、きっと忘れる。
 氷で冷やしたら今朝は普通に腫れてるだけで安心しました。馬鹿だから飲むのか、
飲んだから馬鹿になるのか、難しい問題であります。



mizuno7 at 22:23|Permalink 日記/一般 

山猫ニュース (7月4日)

 山猫館書房は本日、また空き巣に入られました。
 群馬県警が鑑識も入れて6名も御来店。

 前回同様、被害額は釣り銭の小銭数千円ですが、壊された
ガラス代の方が実質的被害と言えます。なお今回の犯人は
前回の人ほど几帳面ではなく抽斗の中身が出しっぱなしでした。
 ガラスの割り方もちょっと下手。

 鑑識が10本の指と掌の指紋を採るというから「前回の指紋を使えないん
ですか」と聞いたら「廃棄してあります」ときっぱり。
 「事件なんか、いっぱいあるんだから」って横から口を出した奴に
ちょっとムカッ。そりゃ、ありふれた事件ですけど。

 ちなみに指紋用のでかいスタンプの商品名は「ポリスメイト」!
前回、聞きそびれた質問をぶつけてみました。
 「メーカーは一社だけですか?」、「群馬はこれですが全国的には
他にあるかもしれません」と言って、「これも同じメーカーです」と朱肉と
組み合わせた小さいスタンプも見せてくれました。
 おまわりさんから防犯の心得をいろいろ教えてもらいましたが、「やる気の
ある泥棒には勝てない」と最後に言ってました。
 何事もやり通す意志が大切だという教えです。みなさんも頑張って下さい。

                                   猫拝

 やっと落ち着いた店内で珈琲を飲んでいるところです。



mizuno7 at 21:41|Permalink 日記/一般 

2004年05月07日

《前橋・新井英一ライヴ2》の御案内

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前橋・新井英一ライヴ2

日時:2004年5月28日(金) 開場 6時 開演 7時
会場:前橋・煥乎堂本店ホール(5階)027-235-8111(代表)
チケット:3500円
チケット取り扱い:煥乎堂各店プレイガイド・山猫館書房

主催:前橋・新井英一を聴く会(連絡先 山猫館書房 027-232-9321)代表 水野真由美



《プロフィール》

新井英一 あらいえいいち。
 1950年3月福岡生まれ。15歳で家を出て岩国の米軍キャンプなどで働き、ブルースに魅せられる。21歳で渡米し、放浪生活の中で歌手を志し独学で歌作りを始める。日本で生まれ育ち、朝鮮半島の血を引く自らを「コリアンジャパニーズ」と呼ぶ。
 帰国後、内田裕也氏に見い出され、アルバム『馬耳東風』(1979年)でデビュー。 1986年、様々な葛藤と不安を抱き、亡くなった父親の故郷である韓国・清河(チョンハー)を初めて訪れる。数年後、その旅の思い出と共に自らのルーツと半生をストレートに歌い上げた『清河への道〜48番』を作り、1995年に一枚のアルバムとして発表。TBS-TV「筑紫哲也ニュース23」のエンディングテーマ曲に選ばれ、テレビ、雑誌、新聞等で取り上げられ話題となる。そのアルバムは第37回日本レコード大賞「アルバム大賞」を受賞。韓国KBS-TVでドキュメント特別番組が放映され、日本でもNHK「わが心の旅」、テレビ朝日「報道特別番組21世紀への伝言」等多数の番組に出演。またライブにおいては国内はもとより、N.Y.カーネギーホールなどでのアメリカ公演に加え2000年はパリでもライブを開催、そして2002年には韓国ツアーが実現。念願であった「清河村」でのライブを成功させている。今もなお、国内外問わず精力的に妥協することなく唄い続けている。

高橋望 たかはしのぞむ。[ギター]
 1967年、横浜生まれ。86年、ロックバンド「ゲットー」のギタリストとして注目される。87年、新宿にて新井英一とストリートライブで出会う。90年、ニューヨークへ渡米。93年、新井英一と音楽活動を再開する。

  URL:http://www.e-arai.com/prof.html より



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2004年04月28日

2004年 第十八回 高崎映画祭 「山ねこ備忘録」 水野真由美

 桜と共にやって来て桜と共に去ってゆく、年中行事が今年も終わった。

3月27日(土)
「蛇イチゴ」'02年 日本 監督西川美和
 松之助師匠が嬉しい。ボケた爺ちゃん役で、あまつさえお棺から死顔が出ちゃう。稼業が香典泥棒の宮迫は達者、その兄貴が借金取りから家を守ろうとするのを信じ切れず、また犯罪を許せない妹、つみきみほにかつての光りを感じない。まあまあと思ってたけど何本か見てからは悪くないと思えてきた。下手な善悪がないぶん。

3月29日(月)'02年 フランス=イタリア 監督オタール・イオセリアーニ
「月曜日に乾杯」 映画らしい映画。丁寧な構図、色使いの映像、ちょっと洒落たエピソード。ヨーロッパの匂い。脚本が丁寧なんだと思う。ただ何処の国に行っても工場労働者の暮らしは同じだというオチは映画を小さくしてる。
 
「永遠のマリアカラス」'02年 イタリア=フランス=イギリス=ルーマニア=スペイン 監督フランコ・ゼフィレッリ
 孤独な芸術家、それを案じる友人たちと資本の論理の対立というお話よりもカラスの友人である音楽プロデューサーと若い画家の恋の方に目がいってしまった。とはいえ金のある中年男と無名の青年の押し引きがありきたりだ。男女でも男男でも。

3月30日(火)
「夕映えの道」'01年 フランス 監督ルネ・フェレ
  二人の女がどちらも美人じゃないのがいい。偶然、パリの町角で知り合ったバツイチの職業婦人と一人暮らしの貧乏な老女。美貌の キャリアウーマンと上品でこぎれいな年寄りじゃないからこそ二人ともチャーミングだ。憎らしいけど可愛い年寄りとパワフルだけどデリカシーのある中年女が少しずつゆっくり近づいてゆく。丁寧な脚本。小粒でも美味しい。

「ぷりてぃウーマン」'02年 日本 監督渡邊孝好
 町内の素人年寄り演劇集団と脚本家を目指して挫けた若者、小役人のドラマよりなにより淡路恵子が見所。

3月31日(水)
「ホテル・ハイビスカス」'02年 日本 監督中江祐司
 原作の漫画に比べると、前作の「ナビイの恋」に比べると、ちとサビシイか。もっとイカセてくれそうな気もする。でも登川さんがいればやっぱりうれしいし、見終わってから数日は「オナラがブーッ」と遊べたので佳作。

「ぼくんち」'02年 日本 監督阪本順治 こっちも原作漫画が秀作なだけに、うーん。毒の含有率は西原の漫画勝ち。捨て身度の高さか。コウイチ君、映画の方がまともな設定だし。観月、あんなにイイ体なら、もっと稼げるだろうと、ついツッコミをいれたくなる。母ちゃんの鳳蘭と二人並んだ後ろ姿は迫力あり。最後の方になんか芸術してるみたいな場面が困ってしまった。

「ドッペルゲンガー」'02年 日本 監督黒沢清
 なーんだ。抑えてた自分て、たかが金と名誉と女ぐらいのもんか。しかも人並み程度の欲望の分量でさ。役所と柄本の芸対決にまでは至らず。前作「アカルイミライ」が好きだっただけにクヤシイ。

4月2日(金)
「D.I.」'02年 フランス=パレスチナ 監督エリア・スレイマン
 江里さんがつまらないというのでどんなふうにつまらないのかと見てしまった。ほんとにつまらん。軍隊やテロをかいくぐり、逢瀬を重ねる恋人たちの濡れ場に腹が立った。手を絡み合わせるだけで、セックスに等しいという恋心と状況の厳しさを見せたいのか、何度も手がアップになるけど、これがぜんっぜん色っぽくない。何回、大写しになろうと「あたしも混ざりたい」とは思わん。孤独感の薄い、映像の快楽度の低い、出来損ないのゴダール風とでもいうか。ゴダールファンごめん。「ドイツ零年」は失敗作の声もあったけど、もし失敗というなら巨大な失敗作だし、少なくとも一緒に歩いてる気持ちになれた。

「油断大敵」'03年 日本 監督成島出 
 小栗康平が「眠る男」で避けた、ご当地風の場面がいっぱい出てくる。今年、最高の観客数はそれゆえか。泥棒になった柄本明の子供時代が、お話はつまらないし、小道具、衣裳の時代設定が杜撰。なれど役所宏司と柄本にとっては「ドッペルゲンガー」より芸対決のできる人情映画。
 そして居酒屋の女主人、淡路恵子がやっぱりいい。口跡の良さとかすれ声、おそらく自前ではないかと思わせる着物と前掛けの柄、風合い。かっこいい婆さんになってる。

4月3日(土)
「キリクと魔女」'98年 フランス 監督ミッシェル・オスロ 
 アニメの色彩がちょっと抑えた大人色できれい。でも、村を苦しめた魔女は心に傷を持ち、勇気あるキリクが棘を抜くと身も心も美しい乙女になる話は、なんだかなあ。賢者のジジイもあんまり好きじゃない。

「鏡の女たち」'02年 日本 監督吉田喜重 
 もっと、なんだかなあ。吉田喜重ってこんな?原爆と女系の血の繋がりで芸術映画か?女三人がつまんない女意識を共有して馬鹿っぽい。これを「女性映画」っていうのかあ?その上、告白が盛り上がると大波がどーんの映像で音楽もバーンと最高潮で。ど素人ではございますが、思わず「引き算しろよ、引き算」とつぶやいてしまった。岡田茉莉子の貫禄、室田日出男のやつれ方に感じ入る。

4月6日(火)
「めぐりあう時間たち」'02年 アメリカ 監督スティーブン・ダルドリー 
 最初、ウルフがニコール・キッドマンだと気付かなかった。江里さんの言う通り熱演だ。映像と衣裳がきれい。ことに衣裳の青が利いてる。時代も立場も違う3人の女たちの衣裳それぞれに、少しくすんだ青が使われ、3つの物語の通奏低音みたいだ。私は誰のためにも生きる気はないけど、色使いは真似するぞ。

「キル・ビル」'03年 アメリカ 監督クエンティン・タランティーノ 
 番外編特別賞だあ。荒唐無稽、アホっぽい、日本を知らなすぎる。それがどうした。ここまで馬鹿っぽいと、いっそスッキリする。
 と、こんなに肩入れするのは、エンディングに流れた「怨み節」梶芽衣子のせいかもしれない。深作監督へのオマージュで、「緋牡丹博徒」が流れたら違うもんねえ。 「あ、怨み節」と思った途端に拍手してしまった。若い観客で満員だったけど、気付けば拍手は一人だけだった。その後、主演のユマがハリウッドの男たちにもてまくってることを「アンアン」で、初めて知った。私は女を見る目が曇ってるんだろうか?殴られた傷が治った以降の顔でも、「良くて中の上のフィリピン系オカマ」と思っていたんだけど。

4月7日(水) 
「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記」'67年 ドイツ=イタリア 
         監督ジャン・マリー・ストロープ/ダニエル・ユイレ 
 古楽器の演奏がいっぱいというだけで、家人を誘った。フィルムの状態があまりに悪いのが不思議だったり、家人なんぞはグスタフ・レオンハルトがなぜ、こんなに若いのかと悩みながら見ていたらしい。67年度の映画だった。音楽家がただの雇われ芸人だとわかる日記がおもしろい。昨年は気候が良くて葬式が少なかったため収入が激減とか、音楽好きの王様は嫁をもらった途端、嫁しか興味がなくなり、ここの仕事も長くはないとか、祝儀不祝儀ともに作曲、演奏の注文が入る稼ぎどき。不安定な暮らしぶりで、かねての念願が宮廷音楽家。ザ・音楽職人だ。
 とりたててお話もなく、教育映画みたいに日記の朗読と演奏の繰り返しで、観客は途中で帰る人、眠る人が多数だった。

4月9日(金)
「女はみんな生きている」'01年 フランス=イタリア 監督コリーヌ・セロー
 知人のお薦めだけど、なんてことなかったなあ。マフィア組織と戦う娼婦も彼女を応援する主婦も、ひねりがないし、あれで「見る人全てが元気になる」っていわれても、それほど「元気」に不自由してないしさ。

「人生は、時々晴れ」'02年 イギリス=フランス 監督マイク・リー
 この一本で法則が確定した。「今年の映画祭は主人公のブサイク度と作品の良さが比例している。間違いない」
 しかも中心になる家族の子供達までデブ専なので、当然良い作品なのだ。貧乏人用の集合住宅で暮らす3家族の日々は地味で細部が丁寧なぶん、なんだか困ったイギリス貧乏映画かなあと不安になるが、すこしずつうねりが生まれる。言葉で説明せず、エピソードの積み重ねと映像で彼らを知り始める。ろくでなしの親のもとでも子供は自分を育てなきゃいけないし、夫婦は何度でも乖離し和解する。日本なら志ん生の「だって寒いんだもん」が夫婦の情愛だが、向こうはやっぱり愛とか尊敬とか言わなきゃならない。でも「昔はもっと、おもしろいことを言って笑わせてくれたのに」は、大げさじゃなくていい。我が身を振り返ると似てない物真似を家人に披露し続けているのは、あながち無駄ではないのかもしれない。これから所帯を持とうという方々にも効き目ありそう。

4月11日(日)
「ほえる犬は噛まない」'00年 韓国 監督ポン・ジュノ
今回、一番のチャーミング映画。で、法則通りに女の子二人は美人じゃない。というより天津甘栗娘とプロレス練習生娘だ。ごろごろして、お菓子を食べてるのも、酔って車のミラーを蹴り落とすのもアホガキで可愛い。行方不明の犬や死んだ犬を地下室で煮ている守衛のおじさんは名優だ。日本なら殿山泰司にやらせたい。
 見世物的快楽もある。屋上で頭の弱い不法侵入者から甘栗娘が犬を取り返す場面では炸裂する黄色いレインコートの群と紙吹雪で「おーっ」と声と拍手が出た。大きなドラマはないけど、脚本の丁寧さ、映像の格好良さで好感度大。初めて女友達も悪くないと思った映画だ。

「イン・アメリカ」'03年 アイルランド=イギリス 監督ジム・シェリダン 
愛児の死という不幸な過去に苦しみ、移民となった貧しいけど仲の良い家族です。子供達の無邪気さがジャンキーたちの住む貧民窟でも出会いを生みます。エイズの末期に苦しむ黒人画家は、最後に大きなプレゼントをくれました。生まれたばかりの新しい家族と共に一家は明日に向かって生きてゆくでしょう。

「モロ・ノ・ブラジル」 '02年 ドイツ=フィンランド=ブラジル
               監督ミカ・カウリスマキ
 名作「ブエナ・ビスタ」がそれぞれの人間性に寄り添う音楽物なら、これはブラジルの複合的な音楽史、すなわち地域性(海辺・山・都会)、民族性(アフリカ・インディオ・白人)を辿る音楽物だ。歌手もプレイヤーも、年寄りがいっぱいいる。リズム楽器は自分で作る。貧民街で圧倒的に好まれるのはファンキーな音楽というのがおもしろい。不良予備軍がJ,Bを演奏し、ガキもおばちゃんもお尻を振ってた。複雑なリズムを体に染みこませて育つ彼らの音、声は圧倒的な応用力と底力を持つんだなあ。
「インディス・ワールド」 映画祭のパンフには「本年度屈指」と書いてるし、薦める人もいた。それほどでもない。題名は忘れたけど兄貴分の死体を棺に入れ、故郷の村に送り届ける作品の方がずっといい。映画としての快楽を感じなかった。

予告編で泣けた「北京ヴァイオリン」と「おばあちゃんの家」は、見られなかったけど、どんな作品か見ずともわかるという感じだった。見られずに残念なのが大好きな「オールアバウトマザー」に続く「トーク・トゥハー」と新鋭の「バーバー吉野」だ。いつか見たい。
 ベスト3  「人生は時々晴れ」、「ほえる犬は噛まない」、「夕映えの道」
特別賞   「キル・ビル」

mizuno7 at 17:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 映画 | 日記/一般