あんりみてっど・くっきんぐ・わーくす

食い意地に任せて『Fate/stay night』に出てきた食事の再現、、、ということで立ち上げたブログ(原作ゲーム準拠。現在、凛√の途中で足踏み中)。今はちょっとアニメ視聴に比重が行っちゃってる感じです。アニメ飯も……と思ったら、『ef』1期飯しかやってない。そのうち、他のアニメ飯やゲーム飯も再現していくつもりで。

アニメ感想『異国迷路のクロワーゼ』

追記だよ!『異国迷路のクロワーゼ』原作コミックは美麗。

と、前回、最終回感想をアップしたアニメーション、『異国迷路のクロワーゼ』。
原作コミックスは、武田日向さん。

『異国迷路のクロワーゼ』1巻表紙 武田日向 富士見書房 『異国迷路のクロワーゼ』2巻表紙 武田日向 富士見書房

(コミックス『異国迷路のクロワーゼ』1巻と2巻。武田日向 著/富士見書房)

ファンだファンだと散々言いながら、
コミックス版の内容紹介はおろか、
宣伝になりそうな表紙写真すら貼っていなかった、スマン。


この美麗な世界、
モノクロだというのに鮮やかな色彩を感じさせる圧倒的な画力。
もちろん、カラーページの繊細さは言うまでもなく。

加えて、人の心の機微を押さえた、手堅い物語展開。

やや抒情に向かい過ぎるきらいがあるものの、
読後の心洗われる感は、やはり人様におススメしたくなる1冊、
じゃなかった、2冊。


お話は、アニメから先に入った人は、
アニメと比べるとだいぶこじんまりと感じるかも。

つか、ぶっちゃけアニメよりもブランシュ家の割合がすげえ少ないから、
アリスファンとかはちょっと物足りなく感じるはず。
(アニメのブランシュ家は3倍増し。マジで)

原作は基本的に、
湯音とクロードの2人関係の軸が本当にメイン。
逆に、アニメで
カミーユがクローズアップされ過ぎて、
俺的には違和感というか、ちょっと冷や冷やしたもん(勘違いの誘発を)。
いや、カミーユも好きだけどさ、俺。


それとアニメ版では、原作2巻の前半までしか展開されていないので、
2巻後半は、ひょっとすると、
将来あるであろう2期のネタバレになってしまうかも、しれない。
あ、後半で、2人はグラン・マガザンへ行くんだけどね。

そんでもって、2巻は、トータルで
クロードさんの掘り下げというか、クローズアップ度が激しいんで、
俺みたいにクロードはどーでもいー(嫌いじゃないよ、もちろん)人にしてみると、
もうちょい湯音ちゃんやアリス成分が欲しい、とも思うんだが。

あと、2巻後半の湯音ちゃんは、ちょっと可哀想な目に遭うのが・・・辛い。


原作の方だと、湯音はアニメ版ほどフランス語が達者で無い状態なので、
それも遠因として、事件が彼女に不利に動いていってしまう、という展開だから、
ここをアニメで描いたらどういう展開にするのかなあ、というのも
想像すると、ちょっと楽しみだったり。

あのスタッフだったら、巧くやってくれるだろう、という信頼も踏まえて。


2期もだけれども、まずはコミックスの3巻を期待して。
2期云々の話も、まずはそれからだろうし。


~□~

それと、武田さんの入手可能なコミックスとしては、こちらもオススメ。

jpg

(『狐とアトリ』 短編集だよ! 武田日向 著/富士見書房)

こちらも美麗で美麗で美麗で、かわいくて、
そんでもってほろりと泣ける、一冊。短編集。

薄いので、ちょっとびっくりする人もいるかもしれないが、
個人的には、内容は充分元が取れるので、これもアリだと思う。


表紙にもなっている表題作は、
見た目は可愛い巫女のお話に見えて、
徐々に進むサスペンス。
そしてひっくり返る、世界。


クロワーゼ同様、この作品でも、
一見優しい世界を描いているように見せながら、
嘘や弱さといったネガティブな感情からも
目をそむけないで、
そこから立ちあがってくる、強さと、芯のある優しさを
きちんと描き切っている、そんな作品。

誰もが持つそうした弱さがあっても、心は立ち上がっていけるのだ、という
人の心への強い信頼感を感じて、
とてもいい。


あ、あと、動物もまたリアルなのにかわいくて、
それもとても良い。
(というか、『やえかのカルテ』では動物描写の上手さが話題になっていたお)

つか、お狐様かわいいよ、お狐様!


~□~

これで武田さんの作品がビシバシ売れて、
入手困難な『やえかのカルテ』の再版や、
さらには画集出版などを、切望しているんだが・・・・・・


ぜひ。

家族に鈴は、いらないよ。『異国迷路のクロワーゼ』12話。

本当は他作品(番組)の方が先に視聴終わってるんだが、
先にこれを推しておきたいんで、この話から。

原作コミックに相当入れ込んでいる、その作品のアニメ化ということで、
普段の俺なら、不安からスルーすんのがセオリーなのだが、
あまりに好きすぎる作品ということで、逆に視聴を決意。
結果、「観て良かった1本」となってくれた、『異国迷路のクロワーゼ』。
あー、よかった。ホッとした。
良作となって。


原作とは別ものとしての楽しみも多かった本作も、12話でいよいよ最終回。
さて、今回の湯音ちゃんはっー?


~□~

最終話の今回は、基本原作準拠。若干の描写・設定の変更アリ。


湯音、クロードのお伴で、買い物に出るよ!
⇒いつの間にかいない、と思ったら、湯音ちゃん、ギャルリの人たちと猫談義してるよ! 
 ⇒チーズ屋のヤニックさんは猫好きだよ。あと軽々と法螺を吹くよw

⇒帰った2人、クロードは早速仕事場へ。湯音も何かを手伝いたいよ。
 ⇒目についた小さな手袋を借りようとしたら、クロード、ものすごい剣幕で怒りだしたよ!
  ⇒気落ちして去る湯音。クロードに「ちゃんと話したらどうだ?」と、オスカー。
   ⇒爺さんフォローに入る。湯音に、手袋の主のことを語るよ。
    ⇒それと、伝言。「行っていいのはギャルリの中までだ」。

⇒店番をしていると、鈴の音が聞こえる。「ヤニックさんの猫?」
 ⇒ヤニックさんの店の看板を観て、猫の特徴を確認する湯音。を、見るヤニックさん。
  ⇒鈴の音を聞いた(気がして)ハッとするクロード。湯音の不在に気づくよ。
   ⇒じいさんに火の番を頼んで、クロード、湯音を探しに出るよ。
    ⇒ギャルリにいない?アラン、「鈴でもつけとけよ!」茶化すも、すぐマジ顔に。
     ⇒アリスが来るよ。家出だったら承知しないわよ!とクロードに発破をかけるよ。

⇒ブランシュ家のお屋敷。カミーユ最後の見せ場だお。
 ⇒アラン、エドガール、メイド、アリス、オスカー、みんなで湯音を探すよ。

⇒ヤニックさんを訪ねるクロード。「看板を気にしていたよ」と、外に出ると、鈴の音。
 ⇒導かれるように移動するクロード。見上げると、ギャルリの「上」に、湯音の姿が!
  ⇒屋上で猫探しをする湯音。に、追いついたクロード。「猫はもういない!」
   ⇒存在意義に苦しむ心情を吐露する湯音。クロード、それフォローちがう・・・
    ⇒足が滑り、ガラスの上の湯音。今にも割れそうな音。クロード、手を伸ばすよ。
     ⇒クロード、今度は本音を吐露。彼自身の「苦しみ」を、湯音に初めて話すよ。
      ⇒手を伸ばす湯音。引き上げるクロード。クロード、お父さんのことを話すよ。
       ⇒「俺は、親父を助けることができなかった」。父への想いを語るクロード。
        ⇒「お前が無事にここにいるだけで、俺の手は、でかいものを掴んでると思うだろ?」

⇒屋根上から戻る2人。履物を忘れたよ。
 ⇒お姫様だっこで戻る湯音。ギャルリの人々、オスカー、アリス、みんなが喜ぶよ!
  ⇒ギャルリのみんなに受け入れられた、ことを実感できた湯音。笑顔だよ!

・・・ギャルリと家族になれたこと。
その喜びを噛み締めて、湯音は明日も元気に挨拶!をすることだろう・・・


ああ、2期が欲しい。マジで。
良い終わり方をしてくれた。ホント。


~□~

最終回は、これまでの流れを総べる、結びのエピソードとして、
きちんと描き、まとめあげた。

ここでようやく、悩める男性主人公・クロードの心境が、
湯音へと語られる。

それは、
彼の、父親との悲しい別れと、父を喪った後に気づいた多くのこと、という
重たい記憶と、重たい想い。

そうした自分の弱さを、彼は、湯音に開示していくことで、
保護と被保護ではなく、
信頼関係に基づく家族としての絆を、
彼女と結び直していく。


この作品、表立っては、湯音が主役なんだけれども、
もう一人の主役でもあるクロードもまた、
内面に大きな課題を抱えたキャラクターとして描かれてきており、
その彼が、湯音との交流を通じて、
徐々に自分自身に向き合う勇気を獲得していく、というのが、
この『クロワーゼ』の裏のテーマともなっていた。

それが、いい塩梅に、12話でまとまった。

実はまあ、原作だと、もうちょい父親との間には深い深い・・・ことがあったんだけれども。
これが端折られたのは、アニメの事情もあったろう、ということで、
2期を待つことにするとして。


~□~

一方、
表の(というか真の)主役である湯音にとっては、
ずっと抱えていた課題・テーマは、
「新しい家族の獲得」。

それは、クローデル家だけではなく、
クロードやオスカーに馴染み、
ギャルリに、パリに馴染むにつれ、
クロードが愛するギャルリと、そこに暮らすみんなと共にありたい、という
意識へと広がっていく。

彼女が、1話からこれまでを通して、
絶えず仕事に精を出し、
常に誰かの役に立とうと頑張りを発揮していたその姿は、
まさに居場所探しそのもの。

だから、この12話で、ギャルリの屋上に立った彼女は、
猫がいないことを知って、
「私、ギャルリの役に立てると思ったのに・・・」
と悔しがる。

そして、
「一人だけ、何もできないこと、一番、大変です。」
という彼女の言葉でハッとしたクロードは、
「お前の仕事は、怪我せず、俺の目の届くところにいることだ!」
と、(まるでプロポーズのような、けれども)勘違いのフォローに走る。
彼はこの時点でも、彼女の真意をまだ、受け止めきれていない。
いや、彼が自己開示をし切っていないから、
彼女には彼の言葉がずれて届くことになる。
そして、
「私、それしかできないですか」
と彼女の瞳に、哀しみの色が走るのだ。


~□~

だから。
クロードは、今度こそ、きちんと彼女に対して、自己開示をしなければ、いけない。
そうして叫ぶのが、
彼の、後悔の、記憶。

「知らないんだ、お前は。俺の手が、何もつかめなかった時の、惨めさを。お前は・・・、何もできないのは、お前だけじゃない!俺だって爺さんだって、そんなの同じだ!!」

父の事を語るクロードの言葉から、
湯音の、役に立てないという悲しみは、
若さゆえの焦りだということを、
彼女は、初めて、心情で理解する。

それぞれの意地、それぞれの思い込み。
けれども、人は、強さも弱さも含めて、一人の人間なんだよね。
そして家族ならば、
その弱さも含めて、認め合うものなんだよね。

だから時に、弱さが、強さに変わることができる。

クロードが、父に手が届かなかった悔しさをばねに、
湯音の手をしっかりと取ることができたように。

湯音が、役に立たない(時もある)自分であっても、
そこに無事でいるだけでいい、という自分を受け入れて、
ようやく、クロードに手が伸ばせたように。


最後の彼女の台詞が、
「私、ギャルリの家族になれたでしょうか」
であり、
その前のオスカーの台詞、そしてギャルリの面々の表情とで、
そのことはすっかり丸々全肯定、されている。

そして、クロードがきちんとそれに言葉で答えることで、物語は幕を閉じる。

役に立つ立たないじゃない。家族は家族。
だから、一緒に泣いて、一緒に笑おう。

・・・やっぱり、女の子は、幸せでなくっちゃ、ね!


~□~

個人的な好みで総括すると、
やはりアニメは原作コミックには敵わないかなあ、という思いがあるのも確か。

もちろん、褒めどころはたっぷりあるし、満足度は高いし、
逆に原作は未完だから、完結の度合いによっては原作の方にがっかりの可能性もある。
(ただ、武田さん作品だと、その可能性は相当に低いと思うが)

特にオリジナル要素について、
あくまでも俺の見立てとしては、
改良につながった部分が8割、
残り2割は判断保留(よく言えば)、というところか。


オリジナルの描写として良かったのは、
クロードの仕事の描写が増え、職人としての彼が描かれたことと、
オスカーの掘り下げが、結構いろいろな角度から行われたこと、
そしてギャルリの人々と湯音との触れ合いが、グッと増えたこと。
さらには、あの宿なし少年の背景をきちんと描いてくれたこと。

この辺りは、文句なし。
それぞれ、人物像がより掘り下げられ、作品が深みを増した。
それは、
複数のスタッフが関わって作品を作り上げていくアニメーションならではの、
多彩な視線が活きてきた、というところか。
あとは尺に余裕があった、という物理的な優位性もあったろう。


さらに付け加えると、
原作の美麗なビジュアルの再現が叶わないことをきちんと踏まえ、
それでもそれに迫ろうとしたその努力。

特に、配色は、素晴らしかった。
もちろん、背景も。
評判的には、背景の素晴らしさがよく聞こえてきていたが、
この作品、色の配置の仕方、見せ方、その部分もまた、素晴らしく味わいがある。

湯音を始め、キャラクターたちは、
止め絵だけではなく、動きでもその存在感をアピール。

やはり群を抜いて素晴らしいのは、
その可愛らしさを存分にアピールできた、湯音。
彼女の動画は、派手な動きがないキャラクターであるにもかかわらず、
その細やかさでもって、彼女の愛らしさを見せつけてくれた。
大仰なアリスとの対比も、面白いし、
彼女に対してボディスケールの大きなクロードとの対比も、愛らしさの強調となった。


などと、概ねは、褒めどころ中心なんだけれども。

ちょっと微妙になってしまったところは、
ブランシュ家の割合の多さ。

いや、アリスは悪くはないんだが。

俺はそこまで原作至上主義ではないつもりだが、
やはりブランシュ家の大プッシュっぷりは、やり過ぎ感が大きいと思った。
アリスに関しては出番が多すぎではあっても、それは成功の部類だと思うが、
(湯音との絡みが多いことで、湯音の掘り下げにもつながった)
カミーユ絡みのエピソードは、正直、引っ張り過ぎだった、ような。

と、カミーユ好きの俺がそう思うくらいだからねえ。

まあ、アニメ的に、どうしても華やかな女性キャラをプッシュしたい、
というのは販売上の課題なんだろーけども。


カミーユの件は、クロードの背景描写という点では、
過去の苦い思い出ではあるものの、
まー、完全に終わっていることだからねー。両者の中で。


これに尺を割くのであれば、
この最終回で小出しにした、父親の件の方を、もっとクローズアップした方が、
クロードの描写としては必要だったと思う。


まあ、ここはたぶん、2期が決まれば、さらに掘り下げられるであろう、と期待して。


と、2期あることを前提に話すのもなんだけれども、
あってほしいと思いつつ。

頑張ったスタッフの皆さま、何より素晴らしい原作を描き続けている武田さんに感謝して。
おわるよ!


あーりーがーとーおーーー!!!

オスカーは魔法使い。『異国迷路のクロワーゼ』11話。

今回はほぼ原作準拠。
手堅くまとめてきた、『異国迷路のクロワーゼ』。

汐音ねえさまの件については、先週の伏線通り、
原作から変えずにやってきた。
それにしても、ねえさまかわゆす。(*´∇`*)
んでもって、幼少湯音、かわゆす。(*´Д`*)

そんな、湯音の日本での出来事も振り返りながら。


~□~

さーて、今回の湯音ちゃんはっー?

アリス登場、グラン・マガザンへのお誘い。しかしクロードは厳しく拒絶するよ!
⇒クロードのただならぬ気配にただならぬ空気を感じた湯音たんだお。
 ⇒「クロード様のお父様と何か関係、ありますか?」。気にするな、とオスカー。
  ⇒仕事が手につかないオスカーに、湯音はもう行きたくないと告げるよ。
   ⇒ならばピクニックはどうだ?と提案するクロード、喜ぶ湯音たんかわいいよ。
    ⇒その夜、湯音に「伝えた方がいいんじゃないのか?」とオスカー。
     ⇒明日を楽しみに着物の手入れをする湯音。月がきれいだよ。
      ⇒翌朝は、雨。しょげる湯音。「雨を止めてあげよう」と、オスカー。
       ⇒雨がやんだよ!「やっぱり、オスカー様は魔法使です」!
        ⇒お昼の弁当。オスカーが手品で消したり出したり・・・
         ⇒お弁当をちまちま食べる湯音。オスカーから「命の水」を貰うよ。

⇒食後、うたた寝をする湯音。実はワイン入りの水に酔っぱらったよ!
 ⇒日本のことを漏らす湯音。「懐かしいんだろうな」と、オスカー。水を買いに離れるよ。
  ⇒クロードの膝枕の湯音たんだよ。鐘の音に起き上がり、祈りを捧げるよ。
   ⇒祈りの意味は、姉の健康。でも、クロードは「言いたくなければ」と問わないよ。
    ⇒涙があふれる、湯音。オスカーが戻り、湯音はクロードから離れるよ。
     ⇒湯音の涙に驚くクロード。湯音にきちんと向き合って訊ねるよ。「知りたいんだ」
      ⇒自分の願い事と引きかえに姉が失明した、と思い込みを語る湯音たんだお。
       ⇒日本の思い出。瞳のせいで差別される汐音。湯音の出したアイデアは・・・
        ⇒失明した「ふり」。しかし、それが。「いつしか、姉の目は、本当に・・・」
         ⇒泣きだす湯音に、正論のクロード。一方、オスカーは。
          ⇒オスカーの言葉に、湯音は、汐音の「気持ち」に思い至るよ。
           ⇒夜。自宅で、オスカーとクロード。そこに魔法使いのコスプレをした湯音が。

で、ラスト。
秘密の呪文は、とりあえずオスカーから湯音に伝授された模様。
ところで、この「秘密の呪文」って、なんじゃらほい?
(つか、どんな魔力が・・・?)


~□~

今回は、先週から描写の続く、クロードの大きな傷が、
物語上は視えにくい形で、低音でハモっている、そんなつくり。


その仕込みは、冒頭近くのアリスの台詞が、いい伏線になっている。

「まだ、『あのこと』にこだわって・・・」という彼女のぼそぼそとした呟きと、
その後の、彼女らしからぬ素直な撤退。
アリスがごり押ししない程度には重要な出来事だった、ということが示される。

つーか、「あのこと」どころじゃないことが起きていたんだけれども。
まあそこは、来週の種明かしを待つ方がいいだろう。


そのクロード、後半のピクニックでは、
湯音の過去を知りたい、と一歩、人間関係の殻を破って、踏み出すことに。

そうして汐音ねえさまの病状を語るうちに、泣きだす彼女に対し、
クロードは、良く言えばストレート、悪く言えば、デリカシーが今一歩。
やっぱりそこはまだまだ半人前か。

彼は普通に、それが偶然だと言い切るだけ。
もちろんそれは、彼女のためを思って、
彼女が悪くない、と告げたわけだけれども。
そこで事実を指摘したところで、彼女の心の傷がいやされるわけではない。


ラスト、魔法使い湯音が乱入する前の、オスカーとの会話が、
ほぼ、図星。

親しくなったら、喪った時の傷が、大きい。
だから、湯音に知らず知らずのうちに距離を置いていたのだ、というクロードなんだが。


それは・・・父親との件で、痛いほど味わった、苦い、喪失。


と、いうことで、この件は、次週へ、持ち越し。


~□~

そして今回、大人の貫録を見せた、オスカー。

クロードとグラン・マガザンとの件に関しては、
あくまでもクロードの自主性を重んじながらも、
湯音に「あのこと」を伝えないクロードに、
「湯音の気持ちも、見ないふりか」と、鋭く指摘。


雨でしょげている湯音に対しても、
普通に「パリの雨はすぐに止む」ではなく、
自分の魔法で止めてみせしょう、といったちゃめっ気が、
またもやオスカーらしい。

加えて、お昼のお弁当を、隠しては取り出して見せるなど、
その手品の渋さ。
大喜びの湯音と、あきれ顔のクロードの対比が、
オスカーの、その遊び心をより強く印象づける。


と、今回ばかりではなく、11話までを振り返っても判る通り、
オスカーのその物言いは、その方が相手をより喜ばせる、という1点で、
ずっと筋が通っている。


後半、湯音が汐音ねえさまの失明を打ち明け、涙をぽろぽろこぼした時、
日本滞在時に汐音との面識もあったオスカーは、
「お姉さん、そのこと、俺にも話してくれたぞ。目は見えなくとも、湯音に言われた一言が、光だ、と。」

「お姉さんの視力も体力も、自分が奪ったと思っているんだろう。確かに、湯音の言葉は、魔法のように力を持っていたかもな。」

「いいか。湯音の言葉を、光に思えたと。お姉さんは言ったんだ。思い出してみろ。お姉さんそれまで、一人で苦労してたんだろう?嬉しかったんだろうなあ、その時の湯音の言葉が」

「嘘じゃない。お姉さんが、分けてくれたんだ。光をくれた湯音に、自分の元気をな。」

彼女の、自分を責めるだけの気持ちに対して、
そこに汐音ねえさまの気持ちはどうだい、というオスカーの変化球。

ここで初めて、湯音の気持ちが、動く。


「オスカー様、今、私に魔法をかけましたか?」
「ふふふ、よくわかったなw」
「オスカー様、凄いです。私、急に気持、軽くなりました。私も、同じ魔法、使うこと、できるでしょうか」
「ああ、きっとな」

湯音の気持ちを逃げずに受け止めて、
けれども、それが汐音ねえさまの力にもなっていたのだ、と
その内面を想像すること。
さらには、想像を、促すこと。

この人はただの女たらしではなく、人たらしなんだな、と
頷かされる。


終盤、クロードとの会話で、
「信じている」という言葉に対して、
それを異国の地であるパリのことかと捉えるクロード。
しかしオスカーが言うのは、もちろん、湯音。
キチンと人を見て物を言うオスカーならではの、深いまなざしだ。

「そばにある物を信じるのは、簡単なことなのさ」

酸いも甘いも噛み分けてきたオスカーだからこそ、の
燻し銀の、輝き。

人の気持ちをどうしたらより豊かにできるのか、というところで言えば、
オスカーは、本当に「魔法使い」かもしれない。


~□~

そして今回、開示された、湯音の過去。


酔っぱらった湯音が、
「姉さま綺麗で、クロード様みたいでした」
と言ったところから、
彼女がクロードに美を感じていること、そして姉のような位置づけて見ていることが、
窺える。


それはさておき。

寺院の鐘の音に「パリの神様に挨拶」をし、
地域限定か?と笑うクロードに、
「じゃあ、お願い事もダメですか」と俯く湯音。

「姉さまの具合、よくなるように」と、
そこから彼女と、汐音ねえさまの過去が一挙に開示されていくのだが、
最初、クロードが引いて追求しなかった時に涙を流したのは、
彼女はその本心では、聞いて欲しかったから、なんだろう。

それは、クロードが(そしてオスカーも)もう家族なのだから、ということで。

距離を置きたがったクロードに対して、
より家族として遇して欲しい、という彼女の、
それは甘えと言えば甘えなのかもしれないが、
それでも遠い異国で一人頑張る彼女にしてみれば、
切実な孤独の吐露でもある。


オスカーの、彼女を全面的に肯定し受け入れる返事を経て、
彼女は、ようやく、立ち上がろうと、気持を奮い起すことができた。
それが、あの、
「私も、同じ魔法、使うこと、できるでしょうか」。

人の縁、という力を、手に入れて。
さあ、湯音は、どんな魔法を使う事やら。


~□~

そして次回は、やらないかもと思っていたあのエピソードで締める模様。
ようやく、クロードの「秘密」が明らかに。

とりあえず、次回でラスト。
さあ、湯音たんと猫たんを堪能しようぜ!


(相応に楽しみに。つづくよ!)

※・スマン、タイトル(話数ナンバー)間違えていたので、訂正。つか、気づくの遅すぎ・・・(9月16日)

心が、そう思うから。『異国迷路のクロワーゼ』10話。

おお、こうきたか。
と、ちょっとした驚きでもって眺めた、今回の『異国迷路のクロワーゼ』。

ほぼオリジナルのエピソードにして、
(原作とは)別の角度から、クロードとその父親との絆を描き出していく、らしい。
その第一回(たぶん)。

原作厨としては、厨を引っ込めて、今回はアニメその物を楽しんだ。
さーてこれは、次回、そして最終回の締め方が楽しみになってきた。

そんな、穏やかな、クロワーゼ。


~□~

始まりは、仕事部屋。クロードが過去のデザイン帳を広げる、夕方。
⇒仕事中のクロードを邪魔しないように、と一人でポトフを作る湯音。
 ⇒戻って来たオスカー。クロード、夕飯作りをサボってるのかな、と仕事部屋へ。
  ⇒そのデザインは、亡き父・ジャンのもの。「流れるようなライン、繊細な細工」。
   ⇒夕餉。ポトフを褒められる湯音。クロードの明日の予定の話が出るよ。

⇒翌日、お見送りの湯音、行ってきますのクロードだよん。
 ⇒ギャルリの看板、そして居並ぶお店の看板を見て、誇らしげな湯音たん。
  ⇒ギャルリの人々に「元気にあいさつ!」の湯音。でも、「遊んでる暇はありません!」
   ⇒物置を掃除する湯音。そしたら、見つけたものが・・・

⇒オスカー、湯音と一緒に店内のレイアウト変更。そこにアリス訪問!
 ⇒「これから皆さまに、世にも不思議な世界をお見せしましょう。とくとご覧あれ!」
  ⇒オスカーの見せた幻灯に驚くアリス、湯音。
   ⇒仕組みを理解する2人。湯音は日本での影絵遊びを思い出す。

⇒パリ郊外のワイン農園で、オスカーとジ・ドレールが打ち合わせ。

⇒オスカーの仕掛け、まだまだ続く。原始的な動画作りに挑戦する少女2人。
 ⇒空飛ぶアリスのドラゴン、そして湯音の猫の可愛さに身悶え~♪

⇒汽車で戻るクロード。父との思い出、そして湯音の言葉を思い出す。

⇒アランが店へ来たことで、店で、ギャルリの人々を招いての幻灯機の上映会を開催!
 ⇒悪魔、死神、狼、ヴィーナスに天使。上映会は大好評!
  ⇒楽しい上映会の中、観ている人々の中にクロードの姿(幻影)を見る、湯音。
   ⇒上映会は無事終了。皆が皆、満足げに帰ってく。

⇒深夜。デザインを考えるクロード。そっと見守る湯音。クロードの脇に、父の幻を見るよ!


~□~ 

今回は、クロードと湯音がほぼ別行動。
代わりに、オスカーが彼女をサポートしながら、
「目に見えない、けれども、大切なもの」をテーマに、
2人のそれぞれの「大切なもの」を、幻灯機を契機に浮かび上がらせる。

最初は、幻灯機、そして動画マシンを使っての、
空想を楽しみながら。

悪魔、死神、狼。
ドラゴンに、猫。
さらには、湯音が思い出す、
影絵で遊んだ、キツネに鳩に・・・・・・そして、汐音ねえさま。

今、そこにはいないものが、けれども見える、その不思議。


湯音も、そしてアリスも、
そのファンタジーを楽しく受け入れる。

聡明な湯音は、そこで
「でも、どうしてでしょう。止まっている絵が動いて見えたり、ないものがあるように見えたり。不思議です」
と、至極まっとう、ストレートな疑問を述べる。

対するオスカーの言葉が、実に、深い。
「心が、本当にいたらいいのに、とか、動いたらいいのに、とか。思うからかもしれないなあ」

「目を閉じると見えるものがあるのは、そういう理由なんじゃないのか」

今、目の前にあるもの、見えているものだけが、真実ではないのかもしれない。
こうした投げかけが、やがて湯音に、あるものを見せる。

それは、
上映会の人々の中に、皆と一緒になって幻燈を楽しんでいるクロードの姿であり、
仕事に打ち込むクロードを見守る、彼の亡き父親(の幻)の姿であったり、と。

目に見えない、大切なもの。
クロードを見つめる湯音の、今話の結びの台詞が、また見事だ。
「いないけど、いたらいいのに」

いや。
きっと、クロードの父、ジャンは、天国から、彼の仕事を見守ってくれている。
本当に、そう思うよ。


~□~

今回、ようやく、クロードの父の情報が、適度に開示。
(といっても、まだ少ないか)

父親の仕事に惚れこみつつも、
一方でそれを乗り越えなければ、とキアイを入れつつ、
ちょっとそれが空回り気味の、クロード。

オスカーは、
「クロードとしては、ジャンに勝負を仕掛けられたような気分なんじゃないか?」
と、ちょっと冗談交じりで、クロードにプレッシャーをかけてくる。
でもこれは、孫が息子のジャンに近いくらいに腕をあげてきていることを、
彼なりに理解してのことだとは思うのだが。

さらに湯音は、オスカーの言葉を、継ぐかのように。
「もし、お父さんがいたら、勝負できたんですね」

その場では否定してしまうクロードだが、
後半、帰りの汽車の中で、思い出すのは、湯音のこの台詞。

彼もまた、本当は、父がいたら・・・と思っていることが、
表情だけで描かれる。


ふむふむ。
この情報の開示の感じだと、
クロードと父親に関する話も、
設定、多少いじってくるのかもしれないな。

あるいは、2期を狙って、そこに投下してくるか。

このタイミングであのエピソードを取り上げても、
残り話数的に収まらないだろうから。

まあ、そこはアニメ版スタッフのお手並み拝見、ということで。


~□~

それにしても、アリスは、アニメスタッフに愛されているなあ。
原作だと、こんなに出番、ないもんな。
つか、ブランシュ家の比率、半端なく高いしな、アニメ版。


今回、アリスがどんどんと庶民化し、人々と交わっていく描写が、
なかなかナイス。

腰を曲げたおばあさんに、ツンデレ丸出しで椅子を譲り、
それを見たおかみさん風のおばさんが、隣へと呼ぶ。
床に座る事を驚きながらも、実行し、
さらにはスカートを踏んだ子供を叱りつつも、おおごとにはしない。

その後、幻燈が盛り上がりを見せ、
そこで、この隣のおばさんとアリスが、顔を見合わせてにっこりするのも、
とても良かった。


それから、オスカー。

以前の来訪時でもそうだったが、
オスカーのアリスのあしらいが、何気に上手なのも、見事なもの。

今回は、「ドラゴン」こそ見抜けなかったが、
それ以上に、彼女を乗せて、楽しませるオスカーの、
ちゃめっけたっぷりな表情が、
影のナイスポイントだったと思う。

敵方だから、あるいは金持ちだからと特別扱いはせずに、
丁寧ではあるものの、普通に年下の友人として遇しているのが、
なんか普通に「孫娘の友達をもてなすナイスオヤジ」で、描写が巧みだな、と。

終盤でアランが、
「そういやブランシュ家の御令嬢、ギャルリの天敵のはずが、すっかり馴染んでたなあ」
と述べていたように、
これは彼女と湯音の友愛もあるが、
それをキチンとサポートする大人、オスカーのスマートな振る舞いも
何気に道をつけているものと思う。
こりゃモテるはずだよな、、、この親父。


~□~

と、次回はピクニック回。
予告絵からすると、汐音ねえさまの情報がいよいよ開示か・・・
となると、やはりあの話は出るのかな。
つか、どこまで原作どおりにきて、どの程度オリジナルを盛り込むのかな。

ともあれ、楽しみに。


(実は10話に汐音ねえさまに関する伏線が。とにかく汐音ねえさまに注目だ!つづくよ)



アニメ短評、『異国迷路のクロワーゼ』『にゃんぱいあ』『森田さんは無口』とかそのへん。

『のりりん』の面白さをこのブログで語るのは難しい・・・

漫画感想の時間どころか、
コミック積読が恐ろしいことになってきているんだけれども、
先にアニメの積み残しを消化。


~□~

■『にゃんぱいあ』8話とか9話とかそのくらい。

にゃんぱいあ当人よりも、
背景でアイスクリームをカツアゲしてるにゃ天使(8話)や、
平気で法螺を吹くコウモリ2匹(9話)が、
個人的には、とてもいい仕事をしてると思った。

こういう根性悪い奴が脇を支えているから、
まー、にゃんぱいあの罪のない間抜け可愛いが
引き立つ面もあるわけだし。


さらに、最新(たぶん)のおつかい編などは、
弟に水をあけられる始末。
できのいい弟とダメ兄というよくある兄弟モノに収まったが、
それもいい塩梅ではある。
弟の茶々丸がイイ子すぎ。
きっとこの人形の在庫がいっぱい余っているに違いない(←心の汚れた大人の発想。


キャラクター商法のアニメにしては、高値安定のつくりなので、
(例の惨劇EDを除いては)
このままネタが続けばシリーズ化してもよさそうな気がする。
つか、応援するかも。ヌルくだけど。


ところで、にゃんぱいあ体操って、流行ってるの?


~□~

■『森田さんは無口』9話。

プール回。
初めて、この作品を「うん、いい話だ」と思ったのは、
あの健康的なボディラインとスク水のマッチングの最高さ加減だ、
ということは、
俺のポケットの中にしまっておくことにしよう。


~□~

■『異国迷路のクロワーゼ』8話、9話。

さて。

今晩、新話が流れる・・・はずなので、
その前に。


原作厨としての感想になるんだが、
個人的には、8話は良作、9話は今ひとつ。

というか、9話のオリジナルには、初めて違和感。
くどいとすら感じた。
世間的には評判いいようだけど。


この話、元々原作の1話分のエピソードを、
6話、8話、9話と3本分に分けて、
始めと終わりにアニメオリジナルをテンコ盛りしてきた、といった構造なんだが。

6話もとても良かったし、
それまでのアニメオリジナル要素はほぼいい方向に働いていたので、
安心していたら、
9話は、、、くどく感じたんだよなあ、いろいろと。


てなわけで、8話から。


  ~□~ ~□~

8話は、基本的に、原作準拠。
ただ、ところどころオリジナル台詞を投入して、
アリスやカミーユの気持を掘り下げる、
というか、視聴者にさらに、作中人物の気持ちを分かりやすく提供。

極めつけが、8話の初めの方のカミーユの台詞、
「結婚は家を繁栄させる手段よ。そう割り切れば、腹も立たないわ」という辺り。
当時のブランシュ家の状況と、彼女の諦めを、
はじめのうちから分かりやすく示し、ツボを押さえる。


  ~□~ ~□~

そのカミーユ。
やはりというか、クロードにも、また湯音にも、
非常に複雑な感情を示す。
そりゃそうだろな、というところだが。

湯音に、服をプレゼントする、事を口実に、
探りを入れる彼女。

「あなた、自分をバカだと言ってるのと、同じだわ」

これはもちろん半分は、「ごめんなさい」という言い方の位置づけが
日本とフランスとでは違うという文化的な相違があるのだが、
そこはかとないカミーユのジェラシーが非常に賢く織り込まれていて、
ニヤリとしてしまう。(←性格の悪い俺。

しかし、もうこの時点で、
湯音はそのカミーユの抱える悲しみと諦めを、見抜いているんだよね。
類推すると、6話エピソードと今回の訪問と、で。
そうしたところ、流石湯音ちゃん、といったところではあるんだが。
つか、彼女、幼稚に見えて、相応に聡明。


一方のカミーユにしても、
言ってしまえば、ある意味自主的に諦めの道を選んだわけで、
別に2人の邪魔をするつもりはない。
ちょっと探りを入れ、ちょっと嫌味を言って、ガス抜きしたかったんだよ、
という程度。

だから、湯音の洋装を手伝い、
愛する妹・アリスの、大事な思い出(の服)を、湯音に託すのだろうし。

それは、アリスへの愛の一環であるんだろうけどね。
アリスが湯音を大好きなことを想えば、
湯音を陥れてまで悲しませたい、なんて事は思っていない。

それ以上に、カミーユにしてみれば、
アリスが自由で、幸せであることが、大事。
それが、(お家の繁栄のために)不自由を受け入れたカミーユの、
最大の代償なのだから。


  ~□~ ~□~

8話を通して、何度も挿入される、
アリスの、自由闊達な表情が、カミーユの諦めの対比として強調されるのは、
少々もの悲しい。


中盤、湯音の語る日本の物語り、「竹取物語」を、
女性の自由意思の物語りと読み解き、
感想を述べるアリス。
欧州の窮屈なおとぎ話にダメ出しをしながら、
自分はどうありたいか、という夢を語る、彼女。


その彼女らしさが存分に発揮された、
異国の土地を旅して親友とめぐり合う少女の物語、
オリジナルの御話、『ドラゴン・ツアー』。

ここは原作のビジュアルをさらに発展させ、
アリスの物語に、きちんとした展開を乗せてきたのだが、
そのストーリーもビジュアルも、素晴らしい!

アリスが、紙をサッと広げたり、演技たっぷり、ノリノリで語り、紡ぐ。
生き生き、楽しげ、朗らか、そして活動的。
アリスの魅力がまさかここで、ここまで爆発するとは、凄い。


同時に、
対するカミーユが、本作中、
このアリスの自作物語の朗読のくだりで、
初めて、きちんと感情を解放させるのも、
印象的。
現在の、表情を抑制し、諦めと上から目線で他者に接する彼女、ではない少女が、
そこにいる。

この回想の中で垣間見えるのは、
自由に空を渡り旅をする、物語の少女(作者アリスの投影でもある)への、
憧れ。

アリスの語る遠くの世界を夢見て、ドキドキする顔。
自由に活動する物語の少女に瞳を輝かせる、
かつてのカミーユの表情。

そうした解放感の享受と自由の意志の貫徹はアリスに託され、
また、唯一、たまのクロードの訪問によって、実現するしかなかった、という
カミーユの不自由さと諦め。


と、この程度で、俺はこのエピソードは充分だと思ったんだよねー。

でも、9話で、またそれをくどいくらい、繰り返すのが、
俺としては少々鼻についた、というかなんというか。


~□~

で。9話。

前半は、クロード視点、後半はカミーユ視点で、
半分以上を少年少女時代のエピソードに費やす。

んだけれども、どうにも蛇足感が。

まー俺だけかもしんないけど、これ。


つか、カミーユの諦めの背景を掘り下げたよ、ということなんだけども、
まー過去は過去でしかないよね、という話以上でも以下でもないというか。


既にカミーユとクロードは道を違えているわけだしねえ。


自転車のエピソードにしろ、
芝居を観に行こうという誘いを断るエピソードにしろ、
クロードの家をこっそりたずねるエピソードにしろ、
それぞれいい話ではあり、またビジュアルも悪くない
(特にクロードの家界隈のエピソードなどは)、
んだけども。


で、どうしてこう考えたかというと、
残りの尺のこと、またクロードの抱える問題
(彼は、カミーユのこととは比較にならないほど、でかいトラウマを経験しているんで)
の描写が、ちゃんとあるんだろーか、という
原作厨ならではの疑問が原点だったりする。

つか、クロードのあのエピソードをきちんと掘り下げて、
それと湯音との絆の結び直しをきちんともってくるのであれば、
ブランシュ家のことにここまで尺を割くのは、バランス悪いんだよねー。

と、いう感じ。


ただ、アニメスタッフが、原作と違えて、
あのエピソードとあのエピソードを削って、
クロードの件をまたちょっと変えてくるのであれば、
こういう、ブランシュ家のプッシュもあるのかなー、というくらいは
想像してはみるものの。


まあ、初見のオタからすると、9話のカミーユ視点を入れたことで、
彼女を嫌う人は大幅に減ったろうから、
商売的には野郎のクロード掘り下げよりも、イイ感じなんだろう。


ただ、これで、尺の感じからすると、
あのエピソードは削られるんだろーなー、というのが読めるんで、
ちょっとそこんところが哀しかったりするんだが。


(まあ、あと3話かけて、クロード掘り下げ&湯音とのがっちり、を持ってくるかと予想しつつ。つづくよ!)

パリの空の下、わたしたちは、家族。『異国迷路のクロワーゼ』7話。

いい話だった。
原作準拠なんだけども、それをさらに巧みに描き出してきた。

このところ、『ピングドラム』『シュタゲ』『タイバニ』『詩緒ちゃん』と、
面白いんだけれども、人間ってダークだよね、ってな話がどんどんと続き、
あまりの鬱さ加減に首をぶんぶん振りまくっていた今日この頃。
そこに、
一筋の白い光が天から射し込むかのような、心に染みる展開を見せた、
『異国迷路のクロワーゼ』7話。

こういう素直な人間賛歌、いいよね。


~□~

そんな今回の御話は・・・

朝食の準備中、クロードに日本食への挑戦を訊ねる湯音。やんわりと断るクロード。
 ⇒実は体調があまり良くない湯音は、朝食のパンを残すよ。
  ⇒店番をしていると、5話の泥棒少年が!湯音は、彼を諭して、パンを渡すよ。
   ⇒それを見て、クロードは怒るよ。んで、2人の子供観の違いが浮き彫りに。
    ⇒そこに割って入る、オスカー。さらに、アリスのコメディシーン、投入だよ!
     ⇒オスカーが湯音の体調心配し、そこでアリスはあいさつ☆ちゅーをして退場。
      ⇒泥棒少年の再登場で、クロードと湯音の行き違いが、ガッツリ明確に。
       ⇒湯音、倒れる。オスカーが慌てて駆け寄るよ!
⇒寝床で苦しそうな湯音。医者を呼びに行くオスカー。自分を責めるクロード。三者三様。
 ⇒泥棒少年を見つけたクロードは、自分の不安を怒りに代えて少年を責めるよ!
  ⇒子供の頃の夢を見る湯音。母の生姜湯、そして汐音姉さま(かわゆす)。
   ⇒目覚めた湯音は、クロードからもらった絵本に手を伸ばすよ!
    ⇒落ち込むクロードは、湯音が少年に肩入れする理由に思い至るよ!
     ⇒ネガティブクロードが本を抱えて倒れている湯音を発見するよ!       
      ⇒ブランシュ家に医者の手配を頼むクロード。「それと、もうひとつ頼みがある」
       ⇒花を盗もうとして止める泥棒少年。彼がドアの外に置いたのは・・・
        ⇒クロード、おかゆをつくるよ!医者も来てくれたよ!
         ⇒持ち直した湯音に、おかゆ登場。そして、小さな花束が渡されるよ!
          ⇒ふーふー、あーん!おかゆ、「おいしいです」
           ⇒ちゅーキタよ!ちゅー。あいさつだけど。ほっぺだけど(←勘違いしてる

Cパートで、アリスがさらにコメディパートを担当。
まとめ方も、ナイス。


~□~

今回は、5話でも少し話に絡んできた泥棒少年を契機に、
湯音とクロード、日本とパリとの考え方の違いが大きく顕在化。

その5話でもちょこっと話が出たが、
要は人間をどう捉え、どう対人関係を結んでいくべきか、といった辺りの
多文化理解、といったテーマを表の展開として、
今回、初めてきっちりとした形で、主役2人の「対立」が描かれる。


子供は野獣だというクロード(パリ)VS純白の心で生まれてくるという湯音(日本)。

これでつけこまれて泥棒に目をつけられるというクロードの言い分は、
まあ良くも悪くも近代的・都市住人の思考方法。
対する湯音の、話せばわかる、は性善説。いわば、村の方法論。


まー、どちらも一理ありでどちらも一長一短なんだけれども、
わきの甘い理想主義者である我らが湯音ちゃんは、
立場的にはクロードに譲るとしても、心情としてそれを受け入れるわけではない。

だから、二度目も、また、子供とキチンと会話をして、
諭して、良き道へと導こうとする。

それが、更なるクロードの怒りを呼び込むことになるのだけれども。


もちろん、湯音がその子に入れ込む理由は、それだけではない。

家も保護者もない子供が、一人で、
大都会の寒空の下を生き抜くことに対する、憐憫と、
その孤独な境遇への一抹の共感、そして自分の気持ちの投影。
そういった複雑な思いが、
湯音を、少年への想いと重なっている。


~□~

さて。正論を通しながらも、何とも納得のいかないクロード。
もちろん、納得がいかないのは、
湯音が納得をしていないことが、わかるから。

まして、
彼の場合、湯音の事を思って言っている、ということも含めての話を、
当の彼女自身に拒否されているという部分で、
さらにその納得のいかなさ加減が5割増しくらいになっている模様。

彼にとっても、もちろん湯音は大事な家族。
だから、一所懸命、その行き違いを解きほぐしていこうと、
頭を悩ませる。

そこで思い出されるのは、湯音の、言葉。
「あの子もきっと、パリの中で、生きる場所、必死で探しているんです」
湯音のこの台詞をかみしめて、
クロードはようやく湯音の気持ちに思い至る。

「探しているのは、湯音だ。あのガキに、自分を重ねていたから・・・あんなに」


しかしまあ、
クロードもまた、両極端なヤツw
湯音の善良さを自分が守りきれない、パリには馴染まない、と思った途端、
日本に返すことすら検討し始めるのだから。
短気過ぎだよ、オイオイオイ。


~□~

特に今回、上手かったと思ったのは、
ビズ(親しい間柄のほっぺちゅー)のシーンがあったこと。

アリスが先に湯音にビズをしたことで、
ビスの習慣とその意味を知り、逆に
クロードやオスカーに受け入れられていないのではないか、という
湯音の中の小さな不安が揺さぶられる。

これまで湯音は、(クロード、オスカーと)家族になりたい、ということを
切実に願ってきたが、そこに揺さぶりをかけるシーンを前半早くに持ってきて、
後半の相互理解の流れへとつなげていく、というこの流れ。


彼女が、
汐音ねえさまの夢から目覚めて、真っ先にクロードの絵本へと手を伸ばしたのは、
象徴的だ。
彼女はそれだけ、家族というもの、人と人との縁に、飢えている。


この、絵本を手にした彼女をクロードが見つけるのだが、
それだけで、クロードは、自分が何をすべきかにきちんと思い至る、というのが、
また見事。

んでもって、病人の食べられる日本食、のレシピ、という、
なかなか捻った、しかし(湯音にとっては)適切なフォローが出てくるのに、
冒頭の日本食云々の会話が、伏線として上手い具合に配置されているのも、
実に心憎い。

今回のエピソードは、
頑ななクロードというキャラクターからの、歩み寄りの軌跡の話ともなっている。
もちろん、郷に入れば・・・というのも道理ではあるが、
新しい家族の絆を培っていくのれあれば、
新しい構成員に合わせた方法論を、丁寧に、
手探りでもいいから、すり合わせることから始めてみる、というのもまた、
大切なこと。

これまでは、地の利や力関係もあって、
湯音は教えを請うだけの立場だったけれども、
彼もまた、(日本食だけではなく)、
もっと多くのいろいろなものごとを湯音から学ぶこともあるんだよ、という
双方向性を、
人間臭いエピソードで描きだしてきて、実にナイス。


~□~

この2人の歩み寄り、相互理解の具象となったのが、
泥棒少年。
彼が、ことば少なく、ほとんどが表情と動作のみで、
湯音の言葉から学び、考え、自らを振り返り、そして
行動にあらわしていった、という展開が、また、素敵だ。

基本は原作通りなのだが、
さらに丁寧なことに、
一旦花屋から花を盗もうと考え、それでは彼女に喜ばれない、
と思いとどまるシーンを入れてくれたのが、
さらにいい。

湯音の言葉が彼に繋がったということ、
少年が、彼を気にかけてくれる人がいるという事実が、
彼の力になっていったことが伝わってきて、
ジンとした。

もちろん、この先も、少年の道行は厳しいものがあるのは、確かだとしても。


~□~

また、シリアスがきつくならないよう、
いいタイミングでアリスを投入し、適度に緊張をほぐしてくれるなど、
見せ方も良かった。

汐音ねえさまの登場の少なさは泣けるが、
姉さまを回想するシーンと、
さらに終盤でアリスとカミーユの会話を入れることで、
きっちり次回への伏線を敷いてきたのも、イイ感じ。


と、いうことで、次回はいよいよのカミーユ回。
ぶっちゃけ6話でやると思ってたエピソードの半分くらいが、
こちらへと持ち越しになった模様。

なので、注目はカミーユだな、やっぱ。


(汐音ねえさまの破壊力は、ばつぐんだった・・・あの過去回想シーンの画像処理は、イイ!楽しみに。つづくよ!)



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