あんりみてっど・くっきんぐ・わーくす

食い意地に任せて『Fate/stay night』に出てきた食事の再現、、、ということで立ち上げたブログ(原作ゲーム準拠。現在、凛√の途中で足踏み中)。今はちょっとアニメ視聴に比重が行っちゃってる感じです。アニメ飯も……と思ったら、『ef』1期飯しかやってない。そのうち、他のアニメ飯やゲーム飯も再現していくつもりで。

ピングドラム

今日のタワゴト。我が嫁・新藤千尋の台詞から秋アニメを振り返ってみた。

「れんじ君は、私を苦しみから救ってくれたナイトでした。
/れんじ君は、繋がれた時間の中から私を救いだしてくれた王子さまでした。」

・・・・・・・゚・(ノД`;)・゚・

「ef」1期放映からもう5年めに突入するっつーのに、
未だにこの、最終回の千尋の台詞を書き写しているだけで、
目から汗が出てきやがる。

かわいいかわいい千尋ヴォイス(CV:やなせなつみサン)で耳にふわりと響く、
この台詞。

いや、本当に名作だわ。1期は。
(あと、蓮治もげろ。王子だろうがなんだろうが、もげろ!)


さて。

下の、『ホライゾン』感想エントリーで、
素直に、トーリはホライゾンの王子様やってんなー、と感心する一方、
『Zero』って王子様不在だよなあ(そもそもヒロインすらいないかも・・・?)と、
実に両極端なアニメ状況だな、とふと思った。

まあ、別にアニメの作中に王子様が必ずしも必要かというと、
別にそういうことじゃあないんだが。
まあ、その話も含めて、
今回は「王子様」をキーワードに、2011年秋アニメを振り返ってみた。

(あ、王子様の定義って何だよ、てなツッコミはなしの方向で)


~□~

まーぶっちゃけ、秋アニメ(2012年へ持ち越し含む)の視聴は、13本と、
俺にしては頑張った方なんだが、
それでも、その中で、
うん、「王子様、頑張ったね」と言える作品は、
『境界線上のホライゾン』のトーリと、
最後の大どんでん返しがキた『輪るピングドラム』の高倉晶馬、
そして現在絶賛放映中の『ラストエグザイル―銀翼のファム』のファム・ファンファン、
くらいかな、と。

ファムは女の子だけれども、実質やってる役割が、
作品における王子様の位置づけだから、あれ。
(ヒロインはミリアだったりする)

但し、『ラストエグザイル』はまだ完結していないんで、
話の流れによっては、そこはひょっこり変わる可能性もあるが。
あと、この作品に関しては、複数王子様制に移行する可能性もありそうだ。
何となくだけど。

それと、王子様のなりそこねとして、
『Fate/Zero』の
セイバーさんがいる。


もちろん、どの作品にも王子様が必要不可欠ということはなくって、
たとえば『たまゆら』だとか『侵略!?イカ娘』のような作品もあって、
それらは王子様なんかいなくたって良質の作品として成り立っている。

だからまあ、作品構造として、
あるいは作劇的なお作法として、
結果的に「王子様必要だよ」的な作品で、
きちんと作中人物のうち必要な人物(大抵は主役)が王子様役割を担っているかどうか、
といった辺りが気になるよ、という話題。


~□~

はい、そこで軽く失敗してんじゃね?(但し俺評価で)、という作品が、
『ましろ色シンフォニー』と、『C3‐シーキューブ』。


『ましろ色』は、
まー、複数の女泣かせた時点でアウトだろ、という部分と、
自分の中の課題解決を完全に放り出して自己成長をストップさせたあたり。


『C3』は、
そもそも男主人公がほとんど役立ってないというか、
作品世界内で大きな役割を担わせていないというか。
あと、こっちも、救われるべきヒロインが誰なのか、ぶれている、という点で。
作品感想のまとめでも言ったように、
フィアちゃんヒロインかと思ったら委員長さんもいるよ、みたいな
二股を連想させるような作劇は、男主人公の魅力を下げる一方。

作品そのものが、男主人公に比重をあまり置かないようにしていることと、
その分の尺をヒロインたちの魅力描写に充てようという発想で作られているから、
作劇面では
ヒロインの救いをサポートする王子様を必要としている構造であるにもかかわらず、
そこが今ひとつ物足りないまんまで終わってる。


まあ、王子様云々以前に、この2作品は、
作劇的に面白いかどうかの部分で、実にビミョーなものだったりするんだが。


~□~

さて。
上2作品近い構造にありながらも、
そこを上手くコントロールしているな、というのが、
『はがない』こと『僕は友達が少ない』。

つか、この作品が、主役が無理に王子様役割を引き受けなくても
勝手に成り立っている、というのは、
単に、王子様役割を担える人物が、実質一人しか配置されていないから、という
身も蓋もないハーレム構造にあるからなんだけども。

適度に出来過ぎ君でもある主人公の小鷹は、
その意味では、なーんもしなくても、王子様役割をきっちり果たすことになる。

そこに、いるだけで。

うーん、ちょっとズルイ。

しかも、出てくる女の子たちが皆、「残念な美少女」であり、
その「残念」の部分をサポートしたり克服したり、っつーのを、小鷹が担う、
という構造で、話が進む。


まあ、夜空にしろ星奈にしろ、
抱えている葛藤と、小鷹への淡い恋心等含めて、
とにかく典型的な棚ボタ構造だからなあ。
としか言いようがないというか、なんというか。


~□~

逆に、王子様が頑張った組を褒めていくと。

『境界線上のホライゾン』は、言うまでもなく。
感想エントリーそのまんまなんだが、
エロエロ主人公が、実はヒロインにここまで純情でべた惚れなんだよ、というのを、
言葉でも動画でもきっちりと描き出していて、
あまりの潔さに、もうアッパレとしか。

特に、ラノベ原作ものにしてはめずらしく、
またこれだけ女子キャラが多いにもかかわらず、
このトーリに恋慕するキャラクターの描写をほとんど入れてこなかったのが、
俺的には高評価。
(まあ、尺の関係で削られてるだけかもしれないが;原作は時間がなあ・・・読みたいけど)

『はがない』は、本当に面白いし
ブリキ絵も好きなんだけども、
そうしたラノベ的お約束(出てくる女は皆主人公が大好き)がどうにも鼻について、
原作を読もうとまで思えないんだが、
『ホライゾン』は、そこで主役が他の女に目移りすることなく、
きちんと純情を見せつけたところが、
作品の魅力をさらに高めていると思う。

だから、秋アニメの中では王子様度が一番高いとオモ。
いい意味で。


もう一つ。
意外と、最後の最後で頑張った、というか、化けた、
『ピングドラム』の高倉晶馬。

ラストで、王子様ばりに救いにきたりんごの危機を、
身代わりに引き受けることで、
王子役を奪い取ったというのは、まあ、褒めどころだろう。

もっとも、それまでがヘタレヘタレと言われ続けてきたからなあ。
まあ、最後に取り返したよ、というところか。

冠葉については、特に語らない方向で。
いや、彼も嫌いじゃないけどな。


~□~

王子様、と言いきれないが、面白い立ち位置で頑張ったのが、
『ベン・トー』のワンコことヘンタイ主人公。

彼も、結局のところ、恋愛絡みの展開はほぼなく、
 (俺的にはそこが逆に作品の評価を押し上げている部分だと思うが)
しかし最後は、
氷結の魔女に、きちんと自力で勝ち取ったギフト(うなぎ弁当)を
分け与えるという、
渋い構成で、話を締めてきた。

王子様と言うには無理があるけれども、
自分で自分の落し前をつけていること、
他者に分け与えられるだけの度量をもったことで、
王子様でなくても、きちんと主役の役割として、物語を引っ張った。

つか、やっぱ、『ベン・トー』、おもろかった。


~□~

そしてラストに、『Fate/Zero』。

とはいえ、『Zero』はあんま言うとネタバレになっちまうんで。
まだ、前半戦終了段階なだけだから。

ただ、大雑把に言えることは、
『Zero』は、構造的に、王子様が不要な物語というか、
王子様が王子様として機能しなかったり、
王子様役割のキャラクターが空回りするのを楽しむ物語なんだよなあ。

カッコイイ4次槍(ディルムット)にしろ、
桜を救おうとあがく蟲おじさんこと雁夜にしろ、
そして、
メインを張るセイバーにしろ。

強いて、ウェイバーきゅんをヒロインに見立てれば、
ライダー(イスカンダル)さんは、王子様かもしれないが。


まあ、この辺りは、4月以降に確認していくこととして。


~□~

と、見ながら思ったのは、
俺の中の王子様概念って、
誰か(ヒロインとか女性だけに限らず)を助ける、ってだけじゃなくって、
人に何かを与えられる人、
自分の行動を自分で律して、その結果に責任を負える人、のことなのかもしれないな、と。

特に葵トーリがそのパターンなんだけども、
その線で行くと、
荻野目りんごも、また遠坂凛も、
役割的にはある意味、意外ときっちり「王子様」なんだよね。うん。


王子様、やっぱカッコいいよ(男女問わず)、ということで。


(これにて秋アニメの話題は、一応完了。落ち着いたら全評価やるけれども、一旦お開き。そろそろ今期アニメに話題を移行していくよ)

アニメ短評(2011年積み残し系)、『輪るピングドラム』最終話まで。

今日の(ウチのブログへの訪問)キーワードも、ぶっちぎりで、
「ランサーが死んだ」、だぜ。
だが、2位が、「ピングドラム」なんだよなー、ははっ。

と、いうわけで、
昨年アニメ感想積み残しの『輪るピングドラム』の最終回までの感想を綴ることに。
簡単に。


~□~

てなわけで、24話まで、全て視聴完了。

で、完結まで見てのまとめとしては、
この作品の最大の良心は、「りんごの太もも」だと思う。
いや、個人的に。

しょーもない感想で初っ端からスマンが。


というか、やはり終盤の、「トラウマのインフレ」「ドラマチックのインフレ」に、
なんとかついていくのがやっとだったんで。
正直、どう折り合いをつけていいのか、わからない。


~□~

ただまあ、ゆりと多蕗、そして真砂子がそれぞれ、
きちんといい落とし所に収まったのは、
良かったと思う。

特に、真砂子に対して、きちんと冠葉が感情を告げたところは、
本当に良かった。
こうした、頑張った人が報われる落とし所、というのは、
大いに評価。
つか、真砂子頑張ったよ、真砂子!


ゆりと多蕗が、
ただの傷のなめ合い仮面夫婦から、
お互いを支え合い、さらには次世代を支援しようとする関係性へと
きちんと脱皮したのも、
分かり易かった。

し、性愛とは違った愛のかたちというのを、
男女のコンビで描写したのは、なかなか良かったと思う。
まー、元々は同志関係にあった仲だしね。

真砂子同様、この2人にも、幸、あれ。


~□~

さて、肝心の、主役チームと、ラスボスのサネトシセンセ。

・・・・・・
・・・・・・えーっと、りんごさんは、どうやってあの呪文を思い出したんでしょうか?
伏線、ありましたっけ。
あと、あの不思議空間に、どうやって乗り込むことが可能だったんでしょうか?
しかも、駅から、ふつーに乗って来たし。
うーん、ももかの妹という特別な立ち位置によるナニカ?かな。


ま、ともあれ、あそこで
りんごは救う対象を、きちんと「陽毬」に絞って乗り込んできたというのが、
気に入った。
なかなか、カッコ良す。

恐らく主役チーム(高倉3兄弟+りんごとカウントした場合)の中で、
一番情報が少ないはずの彼女が、
その情報の少なさのおかげで、
救うべき対象が、冠葉や晶馬へとぶれずに、
あくまでも陽毬一筋に絞り込んだことで、
(そして自分を喪う覚悟を決めていたことで)
結果を引き出した、といったところか。


そのりんごの「罰」を代わりに引き受けた晶馬が、切ないけれども。

りんご→晶馬のラブは散々描かれていたが、
最後の最後でようやく晶馬からの告白来たか。

うーん、もうちょい伏線あっても良かったかもな、晶馬→りんごが。

まあ、冠葉は、既に積んでいたし、
陽毬のためにこう動くだろうというのは見えていたんで、
そこそこ予定調和な引きだったと思うが、
(むしろ生存にびっくり)
晶馬に関しては、ちょっと意外だったから。
つか、お前さん、そこまでりんごに執着してたっけ、という感じで。

まあ、りんごを救ったというよりも、
彼女の引きうけた罰は本来が自分が負うべきものだから引き受けた、という感じも
否めなくはないが。
(ならなぜ告白?)

運命の乗り換えのできた世界線を見ていても、
どうやらあの「地下鉄テロ」らしきものの起きていない世界のようだし。
彼が、りんごの行った運命の乗り換えに合わせて、
彼女の受けたその「罰」を引き受けたということであれば、
その部分においては、相応のつじつまが合うし。
あの事件をなかったことにするかわりに、ソレを受けたのだ、ということで。


~□~

のーみそのつくりが単純な俺は、
自己犠牲の人が好きなので、
(だから『シュタゲ』のオカリンとか鈴羽には身をよじる程支援しまくってしまうんだが)
最後の最後にようやく主役として振舞えた晶馬と冠葉には、
途中のまでのダレや終盤までのダレがあったものの、
ようやくきちんと振舞えたということで、評価。

あとは、個人的には、太ももだけではなく、
存在自体として、荻野目りんごサンは好きになりますた。


逆に、救われるだけの、お姫様状態を最後まで通した陽毬には、
そこまで関心は持てなかったというか。
キャラデザ的にも年齢的にも立ち位置的にも、
本来、俺的には一番気にかけていいはずの人なんだけども。

それはやはり、登場人物の誰もかもが、親からの虐待をはじめとする
過剰な虐待とトラウマのインフレを抱えた状態の中で、
彼女だけの悲劇性というのがぼんやりしちゃったことと、
終盤で冠葉についてったことくらいしか、
彼女が自主的に行動を起こさなかったこと、
自分の身に起こった加害に対しては諦めてやり過ごす手段しかとらなかったこと、
といった辺りかなあ。


聖的な位置づけに立たせるには、設定に雑音(過剰な悲劇性)が多すぎ、
かといって自己の行動決定に関しては受け身すぎる。
一昔古いタイプのお姫様、といったとこか。
(90年代というよりも、80年代か、それよりもっと前の時代?っぽい、そんな感じ)


~□~

また「死ぬ、死ぬ・・・」の悲劇性に関して、
作品内の基準がぶれていることもあって、
(晶馬の交通事故、真砂子のふぐ中毒などがギャグになっている、など)
物語として楽しむには、ちと微妙な部分が多かった。

たとえば18話のように、ぶっ飛んで完成度の高い巻はスゴイんだけども、
それが結局はつながっていない、というか。

9話の図書館回、
晶馬を巡っての冠葉と真砂子の対決回、
ゆりの過去回(ももか紹介回)、
あとゆりVS真砂子の温泉回などなど、幾つもの素敵な回があっても、
単発のイベントとしてはスゴイんだけども、
それが相互に物語のお作法として連携しているか、というと、
今ひとつそこまでは、となってしまうというか。

法則性がぶれてる、というか。

やはり、作中における「死」の概念が、
ぶれまくっていたのが、ポイント外しちゃったような気がする。


~□~

さて、次に、動画・作画の画面方面について。

これはまあ、生存戦略バンクをはじめ、
アニメらしい楽しさ満載だったというか。

冒頭に挙げたように、
個人的には、りんごの太ももが、この作品最大のポイントだったと思う。
(あと、加えるならば、陽毬のおでこ(とお団子ヘアも))

不健全な人々が右往左往するこの作中で、
それでも、きちんと自力で幼少時のトラウマを撥ね退け、
最後まで目的(陽毬の生命の救済)をぶれることなく求め通した、行動派の彼女の、
その具現が、あの太ももだったと思う。


あとはペンギン3匹(+エスメラルダ)がい癒しポイントとしての芝居をしていたとか、
あとは色調(高倉家の外装と内装等が顕著だが)デザインの素晴らしさだとか、
トリプルHの楽曲の凝り具合だとか、
個々のポイントでは突出していたと思う。
トータルで、それが相乗効果となっていたか、と言うと、実はちょっと微妙なんだが。


ともあれ。
「運命の果実を一緒に食べよう」と言える相手がいるということは、
幸せなんだろうな、というお話でした、ということで。


(スタッフの皆さま、2クールの間、お疲れ様でした。あーりーがーとーおー!・・・終わり)

アニメ短評(先週積み残し系)、『ましろ色シンフォニー』9話、『ギルティクラウン』8話、『輪るピングドラム』21話。

Fate、藤ねえの、「遅刻をしても朝食は食べる!」(By教師)、
という食生活に強く同意しつつ。

つか、Fateの登場人物って、基本的に健啖家っぽい人が多くね?
目立つのはセイバーさんだけだけど、それだけじゃなく。


とりあえず、晩飯食ったから、アニメ感想をアップしていく。

この間の餃子を、今日はスープにした。
(水餃子⇒焼き餃子⇒水餃子⇒スープ餃子;この3日で)
と、俺の胃腸もセイバー並みになってきたな。。。


~□~

■『ましろ色シンフォニー』9話。

あっという間にみう先輩ルートへ。紗凪がひたすら痛ましい。愛理は空気。


というか、6話までの話が、まるでなかったことになっている件について。

まー、それはどーでもいいんだが
(愛理ファンは怒って無いんだろーか?)
前回8話にさらに輪をかけて、紗凪が痛ましい。

止められない恋心と、
どんどんと離れていく想い人の気持ち。
同じ名前を持った猫を引き取る展開とか、さらに痛ましさ増量。

しかもこれ、紗凪の描写をもしも全部削ったとしたら、
主人公とみう先輩の、実に微笑ましい、こそばゆいエピソードとしても
きちんと成立するんだよねー。

そのくらい、みう先輩もまた、魅力的。

だから、辛い。
しかも、紗凪は、みう先輩のことも、大好きで、尊敬している人なだけに。
つか、俺もみう先輩は結構好きだし。


それと今回は、やたらとぐぬぬ顔というか、デフォルメ百面相が
可愛かった。
みう先輩がメインとなるBパートなんか、最高に。

元々、「ぐぬぬ顔のシンフォニー」というくらいに(←今、勝手に命名)、
少女たちのデフォルメが面白かったり可愛かったりしたんだが、
(脳味噌豆腐メイドとかね)
今回はその魅力が爆発していたなー。

そうしたほっこりした展開がある分、紗凪が不憫で仕方がない。


あー、胸痛む・・・


~□~

■『ギルティクラウン』8話。

水着回。いつまで経っても描かれないメインヒロイン(たぶん)の内面の魅力。どうした?


つか、ピンク髪のメインヒロインが、
いつまで経っても内面の良さが一向に描かれないのは、
そういう仕様なのか、あれ。


てなわけで、今回は、
水着少女たちよりも、
綾瀬の、一瞬の胸の谷間の方が美しいと思った件について。

つか、もうこの作品、綾瀬でまるまる30分の尺使えばいいと思うよ。
彼女のプロモとバトルシーンで。

あるいは、残る1クールとちょっと、まるまる猫耳のプロモでもいいと思う。


(もう、他に褒めどころが見当たらない・・・)


~□~

■『輪るピングドラム』21話。

いよいよ短評落ち。まさかの。

つーか、なんか、「トラウマのインフレ」に、
段々ついていけなくなっている俺ガイル。

あと、「ドラマチックのインフレ」、も同時加速。
(『ef』ゲーム版の後半を思い出すなあ・・・)


出てくる人たち、全てが親による虐待経験者とか、
冠葉の、まさかの亡骸との語らいだとか。
つか、アレ、晶馬のメリーさんの羊よりも、イッちゃってる状態なんだけど。


誰が親兄弟だったかどうかよりも、
死んだ人間を生きているように見せたり、
あるいは死んだと公言している人間が活躍したり(サネトシセンセ)、
物語世界の法則性がどうにも一貫性を見いだせない辺りに、
どうも熱が冷めかけている、というのもある。


あと、20話に続き、21話も、陽毬は特別なお姫様、
一人だけ無垢で加害性のない純然たる被害者状態が継続。

りんごとのAパートの会話で、暗黒面が自覚されるかどうか、
ワクテカしたっつーのに。


あり得ない展開だとか、思いもよらない関係性だとかで
アッと言わせるという点では成功なんだろうけれども、
そこに力を入れるあまり、
人間性を掘り下げて語るというよりも、
キャラクターの配置が記号的になってきているというか・・・
特に今回の道化・冠葉を見ていて思ったよ。


あと、晶馬が、何やかやで今ひとつ行動が伴わないのが、
魅力に欠けるのが、難点かもしれないなー。

(オカリンとか、葵トーリとかと比べちまうとねー)

まあ、あと3回で挽回もあるだろうから、ここは期待しておくけれども。
つか、挽回してくれ。
ぜひ。


~□~

これまで胸イタだった『ピングドラム』が、
「トラウマのインフレ」×「ドラマチックのインフレ」で、ぐんぐん萎えていく一方で、
(18話までのあの感動はどこへいっちゃったんだろう・・・)
『ましろ色』がぐんぐんと好感度を上げていく。
(主に紗凪かわいいよ紗凪、成分で)

ここまで急激に評価が変化したのって、『あの花』以来かな。


というか、みんな、トラウマが大好きだよなあ、ホント。

(オタカルチャーに限らず。ケータイ小説もそのノリだしね。昔のなんかの歌にあった、「♪トラウマの大安売りだ♪」を思い出しながら。今日はこの3本で)

続き・『輪るピングドラム』20話と『境界線上のホライゾン』9話を比べながら(その弐)。

さて。

ここでようやく、『輪るピングドラム』20話で開示された、
陽毬の過去、そして高倉弟・晶馬との慣れ染めに触れていける。

『輪るピングドラム』を観ながらも、やはり比較対象として思ったのは、
『シュタゲ』だったりする。
しかも、ほとんど、『境界線上のホライゾン』と同じ理由で。

その壱で触れた、
道化を演じながらも情に篤い主人公、(トーリ、オカリン)
無垢で聖域のような、「救済されるべきヒロイン」(ホライゾン、まゆしぃ)
これに相当するのが、
『ピングドラム』20話において、
⇒道化を演じながらも情に篤い主人公、(晶馬、トーリ、オカリン)
⇒無垢で聖域のような、「救済されるべきヒロイン」(陽毬、ホライゾン、まゆしぃ)
という、まーありがちな構造に当て嵌めると、こうだわな、という
骨格が明確になった、と思う。

んだけども。

今週、各地で、『ピンドラ』20話に泣いた、という声が沢山あったんだけれども、
そして俺もその気持ちはなんだかわからんでもないんだが、
それ以上に強かったのが、
後出しジャンケン感、だったりする。(主に晶馬)。
あるいは、表現の後退とでも言うか(主に陽毬)。


まー、好きだから、冷めたりするところまでは(今のところ)いかないけれども。


~□~

『輪るピングドラム』20話では、
19話で明らかになった、「こどもブロイラー」の実在
(どうやらこの作品世界では、「リアル」にそうした存在があるらしい。比喩的なものではなく)
と、そこから救い出された、選ばれし処女としての陽毬の過去が
つぶさに描かれる。

親からの放置を想像させる哀しみを絶えず身に纏い、
たった一つの希望と思えた猫が、ゴミ収集車に消えていく。。。・゚・(ノД`;)・゚・

そして、彼女を「選んだ」のが、晶馬である、という開示は、
まるで彼の陽毬のチョイスが婚姻のしるしであるかのような台詞と、
果実としての林檎のギフトと、セットで行われる。


19話まで、基本、
陽毬救出関連に関しては、ほぼすべて兄貴・冠葉に水をあけられていた弟が、
実は一番最初に唾をつけてたんだよ、という
オタの好きな幼馴染み設定へともつれ込んだ。

そりゃー最初にそれだけのアドバンテージを稼いでおけば、
晶馬は、陽毬への刷りこみは終了しとるわなー。
後で多少の不具合があったところで、
相手は命の恩人なんだから。
(依存対象化と言ってもいいけども)


~□~

その一方で、晶馬、
19話までに、陽毬救出についてはほとんど後手に回っていたにもかかわらず、
りんご救出に関しては、複数回救出成功を果たしている、というのも、
なんか話をねじってきている。
(溺れたところと、交通事故と、ゆりのゆりんゆりん攻撃からと、少なくとも3回)

それがイイか悪いかが判明するのは、たぶん完結した時なんだろうけども。


と、いったかたちで、
「道化を演じながらも情に篤い主人公」として、ようやく20話に至って
晶馬が一応の主人公役割を明確化させた(、、、と見て、いいのかな)。

そして一方、ずっと、行動する主人公だった冠葉は、
熱血ながらも、
陽毬に選ばれないというかたちで、真の道化役割へと後退する。


シビレルだろ?


~□~

そして。

19話で、ジェラシーっぽい表情を見せ、暗い情念らしきもんを漂わせた陽毬が、
あっさりとその暗さを20話の過去エピソードで相殺する。
いや、それ以上に、浄化する。

親による放棄(ネグレクト)がほのめかされた、孤独な幼女としての陽毬。
晶馬の救いの手がなければ、
諦めて透明になっていた(=死亡でおK?)、陽毬。
常に被害者で、非のない弱者たる、陽毬。

この過去開示がない状態での18話までも、
病気による死の恐れ、
親の事件による学業や将来の夢の断念、
高倉3兄弟の中でもとりわけさまざまな「運命の」被害が集中する、という、
無垢な被害者としてのスタンス。

だのに、兄弟たちを心配し、健気に笑い、
多蕗回では、両親の罪を担うとまで覚悟を決めていた、
聖処女。


いや、作中の聖域としての聖処女、「救済されるべきヒロイン」という存在、
好きだけどな。


でも。


~□~

『シュタゲ』や『ホライゾン』と、『ピングドラム』の圧倒的な違いは、
登場人物たちの、暗部の焙りだし方。


兄貴の冠葉にしても、
りんご、ゆり、真砂子、多蕗にしても、
逃れられない苦い過去やとんでもない経験を経て、
一度は必ず暗黒面へと引きずられて行動を起こしている。

りんごは電波の入ったストーカーだったし、
ゆりは日記強奪やりんごの拉致、ももか復活に賭けて行動を起こし続けている。
真砂子にしても、記憶消去や日記強奪、数々の肉弾戦(含む冠葉ストーカー)を行い、
多蕗に至ってはガチの殺人未遂をやらかした。

彼らのいずれもが、
それらの行為と前後して、
それぞれの苦しい、痛ましい過去が描かれている。

あー、そういう動機だったのね、という、人の心の危うさと脆さと弱さと醜さ、
というかなんというか、
そういったもんの、表出。

りんごの強迫観念は離婚した両親の復縁と家族の再集結であり、
ゆりはその傷ゆえに命の恩人であり想い人でもあるももかを取り戻そうと思い、
真砂子に至っては祖父からの呪縛に苦しめられながらマリオを守り続け、
多蕗は16年前の事件の実行犯家族である高倉家を憎み復讐に手を染めかけた。

これらに感情移入するかどうか、あるいは正当性を認めるかどうかは、
人それぞれだと思うが、
少なくとも、行動の動機づけとして、
また、「かつては被害者であった子ども」であった者として、
彼らの中での正義の回復が必要であろうという部分においては、
それほどの異論は出ないことと思う。

まー明らかに、
手段がおかしかったり(多蕗)、
目的がおかしかったり(ゆり・但しこれはまだ覆る要素アリ)ってのは
あるけれども。


また、触れてはいないが、
主人公チームであった、
高倉兄・冠葉についての後ろ暗い、黒い部分は、
お金や両親や組織関連で何度も出てきているし、
高倉弟・晶馬にしたところで、両親の事件で病んでいることは
メリーさんの羊のエピソードからも見て取れるし、と、
誰に対してもそれなりの正義はあって、
(人の数だけね!)
誰もが救済を求めて模索しているわけだ。
・・・一人ひとりがみんな、バラバラの方向に手を伸ばしながら。


~□~

で。

この輪から、唯一、自力で外れたのが、りんご。

ストーカー時代のぶっ飛んだ彼女がイイ、という声もあるかもしれないが。
今はほとんど常識人だし、ただの恋する乙女に落ち着いちゃった、と。
(ももかの妹であるというアドバンテージが今後どこまで開花するのかは不明だけども)


それと、この輪に、唯一、組み込まれていないのが、
陽毬、なんだよね。

だって、彼女は、作中の聖域であり、「救済されるべきヒロイン」なのだからして。

彼女に関する描写は、
19話のジェラシーを除いては、ひたすら、
善良で、優しくて、にもかかわらず過酷な運命が何度も何度も押し寄せるという、
非の打ちどころのない被害者、なんだから。


~□~

これは、『境界線上のホライゾン』のホライゾン、
あるいは『シュタゲ』のまゆしぃと、
ほとんど同じ立ち位置なんだよね。

『ホライゾン』は、原作読んでないし、
作品全部をきちんと理解しているわけじゃないけども、
大方これで間違いはないと思う。

まゆしぃについては、これはアニメ版は上手く構成をしていて、
原作ゲームの彼女ルートの真意をほぼ明かさず、
アニメ終盤では、真ヒロインである紅莉栖救済へと向かうオカリンの背中を押す、
最大の力を発揮する。

アニメ版のまゆしぃは、ヒロインスタンスにもかかわらず、
作中での役割は、2人の関係性を補強する母的なものであり、
さらには他のラボメンに対しても同様の聖母的立場で機能する。

だから、『シュタゲ』では、ラボの皆をこよなく愛する存在として、
そして何ら非のない存在であるにもかかわらず、
何度も何度も何度も何度も殺される存在として、
そして最後に、きちんとその加害者たる萌郁を許し、救済する存在として、
作中で最大のキーパーソンとして、善良なまま、立ち回る。

下手なギャルゲ・エロゲ原作アニメにありがちな恋愛の諦念があるのかないのか、
その気持ちがあったところでおくびにも出さず、
「オカリンはその紅莉栖さんって人が好きなの?」と
背中を押して、送りだすのだ。

(ああ、まゆしぃ神々しいよまゆしぃ!☆!)


つまりは、まゆしぃというキャラクターの作中の立ち位置において、
その裏に隠されたドロドロとした情念とか諦念とかの
モロモロのナーバスな、影の気持ちっつーもんを、
作劇的にきちんとコントロールすることで、作品を作品たらしめているわけで。


~□~

でも、陽毬は、それでいいのかな。


つーかね。
『輪るピングドラム』という作品自体が、
既にどのキャラクターも一筋縄ではいかない裏面を持っていて、
それぞれの正義を抱えていて、
回復されたいと願う目標を抱いていて、という構造にありながら、
陽毬だけが、その裏面がのっぺりとしている。

これから描写される、あるいはこれから彼女の感情が移り変わっていく可能性も高いが、
少なくとも今の段階では、
彼女はダブルHに対しても妬みを持つでもなし、
彼女の持つ唯一の加害性といえば、
過去に母の顔に傷をつけたことくらい。


うーん、彼女が嫌いなわけじゃない、というか実は相当好きなんだけれども、
けれどもなんか、彼女の感情だけは、まだ嘘くさいというか、
薄っぺらいというか。


だから、19話でりんごに嫉妬心を見せ、
ダブルHのTV画面を見て暗い顔をし、
サネトシ先生には回りくどい相談をした彼女が、
ホントWKTKだったんだけれども、
20話であっさりと彼女は、
無垢で聖域たる「救済されるべきヒロイン」スタンスに、またも
すっぽりと戻っちゃったのよなー。

のっぺりと。


~□~

もう一つ陽毬の立ち位置に作劇的な課題があるとすれば、
『ピンドラ』作中で、唯一、行動がほぼ受け身なのも、
気になるところ。

まあ、晶馬も、かなり受け身状態ではあったとは思うが。

2話からぶっ飛んで行動するヒロインだったりんご、
登場が常にアグレッシブな真砂子、
ファビュラス、けれども常に自分で自立・自律して行動を起こしているゆり、
そして作中一番大きく行動を見せつける(現・道化の)冠葉。
多蕗も特に受け身ではなく、静かながらも、能動的。


その目的や(場合によっては動機づけにすら)道義的(w 問題がある人々であるとはいえ、
少なくともそのために行動を起こし、自助努力をせんと
踏ん張っている方々の中で、
陽毬は、なかなか自分の動きを見せられない。

まあ、作中設定的に病弱だとか一番情報を持っていないからだとか、
いろいろ条件はあるけれども。


だから、この作品がこれから見せて欲しいと思うのは、
陽毬が自分で決断し、自分で行動を起こし、その結果をきちんと引きうけること、
その辺り。

それと、彼女の、ネガティブな感情面。
これがきちんと描かれないと、
落とし所がないだろう、逆に。


~□~

それらが描かれるべきではなかった、『シュタゲ』、
そしてそれらを描きようがない『ホライゾン』(つか、ホライゾン自身が自動人形だし)、
と比べると、
この作品のテイストと比して、そこが徹底して、足りない。


というか、そこがこれからどう描かれるのか。


どうか俺の抱いた、後出しジャンケン感(主に晶馬)と、
表現の後退感(主に陽毬)を、
真正面から拭い去ってほしいもの。


つか、それこそが、『シュタゲ』や『ホライゾン』では、絶対にできないことなんだから。


(長いので、これで終わるよ!つか・・・疲れたよ、俺)

アニメ批評・・・?『輪るピングドラム』20話と『境界線上のホライゾン』9話を比べながら(その壱)。

一方はもやっと。
一方はウルッと。

前者は、これまで強硬に好んできた、『輪るピングドラム』。
後者は、ここ2、3週でぐんと好感度をアップさせてきた、
『境界線上のホライゾン』。

実はこの2作を観ながら、ついつい思い浮かべるのは、
『Steins;Gate』だったりする。

なので、今期のこの2作品を、前期終了の『シュタゲ』(アニメ版)を物差しに、
そのもやっと感と魅力感をつらつら綴ってみる。

あ、俺のことだから、
たまに『ef』1期とか、『Fate』とか入るかもしんない。


~□~

■『境界線上のホライゾン』9話。

こちらは、凄い。
今期、『たまゆら』以外で初めて泣かされた・・・ような気がする。

9話は、これまでの流れを受けて、皆がトーリの元に集って
ホライゾン救出に向かうことに決めたよ、の巻。

その最後の道を拓いたのが、彼の姉である賢姉。

武力に対して「芸能」を持ちだしてきたという対決手腕といい、
合間に挿入された過去回想における彼女の気持ちの掘り下げといい、
皆が一つの目標に向かって最後にまとまっていくその推進力として、
ものすごく魅力的。
輝いていた。


つか、サンライズ、凄くね?
というくらい、ビジュアルが凄かった。
あの乳袋半分キャストオフだけじゃなくってw。
続くダンスシーンも。

あと、この回は、総じてBGMがネ申がかってたと思う。


さらにグッときたのが、回想シーン。
彼女が、ホライゾンを喪ったばかりのショタトーリの感情を取り戻すところ、
その2人の身体を張った掛け合いが凄い。

これまでずっと、乳揺れとセクハラと愚弟いじりだけのお笑いキャラかと思いきや、
一番深いところで弟を理解し、応援してきた、という流れが、明快に開示される。

オッドアイ・アーチャーの智ちゃんはその経緯を多少知っていたようで、
彼女の台詞がその流れをつくるというのも、作劇的構造として、上手い。
その後で気づいたのだが、彼女、
前にいるブラインドの鈴ちゃんの両肩に手をおいて、
鈴ちゃんを励ますような守るようなスタンスにいた、というのも、さらに上手い。

こうして、他者が他者を支持し、支援し、共感を寄せているという姿を、
台詞でもビジュアルでも描き続けているんだよねー、ずっと。


そしてその中心にいるのが、愚弟こと葵トーリだ、というのが凄い。


~□~

姉の回想の中で。

「思い出しなさい!あんたの感情を!!」「血と肉と、ふるえと涙と、ホライゾンが喪ったもの、少しは取り返せと。。。」

どうして、トーリが「愚弟」なのか。

「いい?あんたはこれからずっと、泣くように生きなさい。笑う時も怒る時も、生まれたばかりのように。そして、それが出来ない人を救いなさい。あんたは、人が生まれてから奪われたり失ったりしたものを、取り返す生き方をなさい。私は、それを手伝ってあげる。」

泣くように、生きよ、と。
ああ、だから葵トーリのキャラデザは、垂れ目なのか・・・!!!!!

トーリが絶えず微笑みを絶やさないのは、
新藤千尋(『ef』)が、泣かないために空を向いていたのと、同じようなものか。
(千尋の自己開示は11話、蓮治がその本心を理解して決断するのが12話

喪われたもののために泣きながら、それを取り戻すために力を尽くす、という
他者のためにとたたかう男の顔、なんだ。


~□~

賢姉のバトルの締め。
トンボ切りのお姉さんに詰め寄った彼女は、
平手打ちの連打でバトルのラストまでを畳みかけていく。

「いい女ってのは、惚れた相手にしか負けないものなのよ!」

いやー、ドSップリを発揮して、さらにそこで決めてきたか。
うーん、かっこよすぐる、ねーちゃん。


そうして優勢を得た後。
トーリは、ちょっと行ってくるか、と歩き出す。
皆からのエールをキチンと受け取って、
それを、心の糧にしながら。

「お前ら、俺にホライゾンを助け出す術があるってことを教えてくれた。ホライゾンは死ぬしかない人間じゃない。死ぬために生まれてきたわけじゃないってことを教えてくれた。だから・・・行ってくるわ」

「でもお前らは、これ以上付き合わなくていい。これは、俺のやりたいことだから。そして。お前らも大事な人が危険な目に遭っていたら、迷わず助けに行ってくれ。お前らはできる!できない俺が保証するぜ!」

ここで皆が一緒に行動する、というところで、
「大事な人」としての葵トーリを見せつける。


彼が、これまで散々描かれてきたのは、
無能だったり笑いを取るかのようなおちゃらけた言動だったり、
(今回もまたヌードになってたりな、誰得・・・)
武力もダメ、賢いわけでもなければ、
エロくてセクハラ三昧、という、
ダメダメを絵にかいたような(って絵だけども)主人公。

なんだけれども。

彼は、自分が無力で、無能で、無知なことに自覚的な分、
無心で、無邪気で、そして・・・・・・己に何もないからこそ、その分、
曇りのないまなざしで一番深く、本質を見抜く事が出来る人でもある。

囲まれた友人たちと歩きながら、彼は逆に、彼らを頼りにしていると、
その信頼を素直に示し、彼ら一人ひとりの長所に光をあてる。

彼が、ホライゾン・アリアダストの死から立ち直るために背負った
(とは本人は思っていないかもしれないが)
人に手を差し伸べ、人を救うために人生を歩むというその道筋。
それを、自然体で歩んでしまう、裏表のなさ。

あー、コイツがこんなに人望があるのは、そりゃしょーがないわな、という説得力。

だから、彼の(おそらくたった一つの願望である)ホライゾンを取り戻す為、
今度は彼に縁のある仲間たちが、力を貸すのだ。

中には、トーリが好きな子もいるかもしれない。
けれども、トーリの幸せを想えば、そこでやはり行動を共にするよね、という
この一点への終結。


そこに、校長先生(?)だっけ、彼が、ホライゾンの入学推薦状を持って、
皆にエールを送る。

「必ず、ホライゾンを含めて、全員で帰ってくるんだ。」

「いいか。現場においては、頑張るな。努力するな。ただ、今まで積み重ねてきた全力を出しなよ。それでダメだったら・・・・・・生還しなよ。」


ああ、この作品は、いい大人がいるねえ。
・・・いいねえ。
(少し、泣きながら)


~□~

と。仲間がお互いの為に力を出し合う、他者のために行動を起こすという
友情ベースの緩やかな共同体の体現に、
『シュタゲ』の、未来ガジェット研究所ことラボのみんなが集ったことを
思い起こさせる。

但し、トーリはオカリン以上に、魅力的かもしれない。
好き嫌いで言えば、流石にオカリンへの情の方が大きいんだけども。

つか、オカリンは道化であると同時に、ある意味パターナリズムがむき出しの時もあって、
(そりゃ唯一のリーディングシュタイナー持ちということになっているせいもあるが)
仲間を信頼していても、
何でも自分で抱え込んで自分だけで解決しようとする行動様式が
最後まで根底にあった。

けれども、トーリの場合は、
その自分が、(オカリン以上に)無力、非力なことを自覚している。
だから、仲間の手を借りるしかない。
もちろんそこで卑屈にならない自然体な彼は、
仲間の一人ひとりの持つ力に、光を当て、最大限のエールを送る。

だから、彼は自覚的に、道化という日常を踊っている。
たぶん、少しでも周囲を力づけようと、思って。

その意味では、ホライゾンの捕獲命令の出た回で、
彼がその道化の姿をかなぐり捨てて走り出し、
ホライゾンを保護しようと動いたシーンは
(あれ、5話くらい?)
それが彼の真意とはいえ、結構な違和感というか、新鮮な驚きがあったもんな。


あと、ラボメンとアリアダストの皆との差は、
やはりきちんとした大人役割の人がいるかどうか、というのは、
大きそうだねえ。


~□~

ここでもう一つ。
『ホライゾン』と『シュタゲ』の作品構造というか、キャラクターの配置具合も、
実は似ているんじゃないかと思う。
(決定的に違う部分もあるけど)

道化を演じながらも情に篤い主人公、(トーリ、オカリン)
無垢で聖域のような、「救済されるべきヒロイン」(ホライゾン、まゆしぃ)

んでもって、面白いのは、ギャルゲ原作のはずのシュタゲは、
そこで一ひねりして、
まゆしぃルートではなく、
助力を惜しまない親友的ポジションの紅莉栖を
メインヒロインのルートに据えたこと。

ラノベ原作の『ホライゾン』が、そっくりそのままストレートに、
無垢なる「救済されるべきヒロイン」たるホライゾンが、
そのままメインヒロインの地位を占めているのは、
逆に古典的。

あるいはこれは、少年漫画の延長的なノリかもしれないけれども。

9話最後の、
主人公の元に皆が集まって、同じ目的をめざして並んで歩く、
というヴィジュアルで物語の方向性を示している辺りなんかは、
まさに少年漫画のノリだよなあ。


~□~

実は、『境界線上のホライゾン』の物語については、まだよく飲み込めていない。
つか、わかんないこと多すぎ、なんだけども。

とにかく、相互扶助というか、
人が好きだということを、イロイロな形で、自然な流れで
巧みに表出してきているというところだけで、
この作品を支持できる、ってのが、
なんか、自分でもすげー、と思ってる。


とりあえず長くなったんで、一旦切る。
(つか、『ピングドラム』について、少しも触れられなかったよ、トホホ・・・)

アニメ短評(なぜ個別エントリーにしない?系)『輪るピングドラム』19話、『ラストエグザイル-銀翼のファム-』6話。

なぜ個別エントリーにしない、というか、できない・・・時間っすね、トホホ。

というか、『ピングドラム』は先週、アバンの衝撃で、
何を書いていいのかわからないくらい。。。なので、
簡易メモを残すかたちで。


~□~

■『輪るピングドラム』19話。

兄貴の隠しごと、弟とのすれ違い、そして陽毬の暗部が動き出す。


・・・つーかね、兄貴、あんなに知らない知らないと言ってた父母と。
・・・・・・いやね、、、もう。

アバンの中華そば屋でね。
親に褒められた子供の顔を見せる彼に、初めての「幼さ」を感じながらも、
こいつは陽毬(の信頼)よりも親の方が大事なのかな、と一瞬だけ思ったり。


一方、親のことを何も知らない弟は、
前回の陽毬への事件を経て、その原因となった両親へ不信と怒りをむき出しにする。

兄と弟。この2人の、情報の違い、背景の違い、そして情動の違いが、
次にどんな不協和音を生み出していくのか。


一方。
あれ、陽毬、りんごにジェラシってる?というところでの
違和感の描き方が、上手い。

セーターを貰って喜ぶ弟と、そこにツッコミをいれるりんご、
この2人を観る時の彼女のワンクッション置いた、リアクションと表情。

2人の、仲の良さげな様子と、TVから流れるダブルHの画面が重なる。
いずれも、彼女が封印していた、彼女の中の、暗部である、とでも言うかのように。

エプロンの件も含めて、彼女はサネトシに、
「居場所がない」というかたちで不安を訴えるが、
実際は、弟・晶馬に対する独占欲だった、ということが明かされる、ラスト。


いやー、兄貴は恐らくは報われない立場だろうとは思っていたが、
まさかここまでアテ馬の位置にいたとは。

けれども、両親の件を残る2人に黙っていた以上、
彼への評価は、俺の中ではかなりガタ落ちなので、
そこいらへんはなんかどーでもいー面もあるんだが。


ただ、晶馬が陽毬を救ったのは、
運命の人としてなのか、単なる偶然とかそういうものなのか、
そこまではわからないんだけど、あの様子だと。

ただ、助けられた陽毬からしたら、
ありゃもう運命の王子様、大決定!だよな。


これまで、ずっと
無力な被害者であると同時に無垢なる天使のような位置づけにあった陽毬。
しかし実際には、彼女の中にも、
いろいろとドロドロとした欲望があったことが、
描かれ始めた。

個人的には、そうした暗部を持っているのが人間っつーもんだし、
そういう欲望を自覚することが人間としてとても大事だと思うので、
(それに流されるか、見据えて克服するか、コントロールするかはさておき)
陽毬のそうした暗部情報の解放というのはありがたい。
つか、あまりきれいごとじゃない方が、面白い。


ただ、りんごがちょっと不憫だねー、これ。

つか、彼女こそが晶馬だけでなく陽毬をも救う立場になれるのかと思っていたんで、
(18話の「たち」と言う呼びかけが3人に対してなされている以上)
ここで痴話げんか的な三角関係の流れは、ありがちで萎えるので、
回避をお願いしたいところ。

あと、りんごちゃんの脚は、やっぱり魅力的なので。


これまで描写が抑えられてきた陽毬、そして
比較的ずっと受け身だった晶馬が、終盤の最大のキーパーソンとして浮上してきたのは、
作劇的にもいい盛り上げ方。ワクワク。


あと、真砂子の台詞からは、あのももか日記の呪文の使い方を知らない様子。
呪文は、どうやら真砂子が手にしている日記の半分(前半?)に記されているようだが。

ゆり、そして多蕗は、恐らくは、呪文の使い方を、ある程度は把握していそう。
完全ではなさそうだけれども。

その意味では、多蕗は、完全退場ではないと踏んでいるんだが・・・


それにしても、「こどもブロイラー」って、ホント、どんな施設なんだ?


(目的性とか快楽とかで子供殺しをする『Fate/Zero』よりも、こっちの方がさらに悪趣味だよなー、と18話から続けての「こどもブロイラー」登場に思いながら。)


~□~

■『ラストエグザイル-銀翼のファム-』6話。

なんか、スターウォーズのノリでヴァンシップレースが開催、ファム勝利だよ!の巻。


思いっきりスターウォーズのノリ。
但し、画面の盛り上がりはイマイチだったかな。
もうちょっとレースシーンには迫力が欲しかった。
運転している側の視点での見せ方が少なく俯瞰的な見せ方が中心で、
なんか外部からこのレースを見ているだけの展開。

うーん、ここは不満。凄く不満。

アニメならではの動きって、こういう時こそ発揮すると思ううんだが、
ネタ元のスターウォーズよりも劣るってどういうことだい?


さて。
そうした見せ場の話はさておき。

今回、連邦側の政治の暗部が描かれる。

ロリ皇帝ことアウグスタは、良心的な子供なれども、やはり子供。
思った通り、傀儡でしかないし、
自分がそうだとは気づきもしない。
裏では、ルスキニアが、粛々と反対派になりそうな人々を粛清していく。

とはいえ、OPを見る限り、彼も心の深い奥底の部分では、
そうした殺害を悔やんでいるのだろうということは描かれているのだけれども。

その前、そのルスキニアが成り上がりだと、陰口を叩かれるシーンがあることで、
彼が貴族と違いその地位に胡坐をかいていては足元をすくわれかねないということに
自覚的であることが示唆される。

反対派の粛清なども、そうしたことの延長線上にあっての行為なのでは、という
ニュアンスにも取れるが、これはどこまでそうかは自信がない。

連邦側の政治局面については、もっと描写が出揃ってから考えたい。
つか、俺的には面白いテーマなんだけども、
あまり深く掘り下げられ無さそうな点ではあるんだよなー、作劇的な要素を見ていると。
どうだろう。


さて。
俺の大事なお姫様、妹姫ことミリアは、男装の麗人に。
うーん、でも地味だ。
ただ、手配書等も出ているだろうから、コスプレ 変装は必要だよね、うんうん。

そのミリアの身を賭けて、ファムはレースに挑むことに。

つか、そんなところで、姫様を取引材料に使うなよー!、ファム!!

というか、2クールの6話めくらいだし、
ここでミリアを賭けの対象にしていなければ、
ファムの挫折が描かれてもいいくらいのタイミングだったんだけれども、
実際には、まーミリアが賞品であるということなら、勝っちゃうよねー。

と、先が読めたのも、残念。

ならば、ファムがいかに優秀なパイロットなのか、というのを
もっと説得力をもって描いて欲しかったんだが、
そのレースのシーンがな・・・上に言ったように、平板な描写ってのは、どうも。


中盤、
アリスティアがジゼルに、意味深な、けれども当然の助言を与える。
たぶん、それが
今後のファムとジゼルのコンビに関わってくるというか、
2人の道行きに山あり谷ありをもたらしそう。

でも、そうしたイベントをする前に、
もうちょいファムの魅力と言うか、主人公らしさを全面に押し出しておかないと、
埋もれちゃわないかな、これ。

ジゼルが魅力的なことは描写がたっぷりあったんだけれども、
ファムに関しては、もうひと押しあった方がいいよなー、これ。

1話あたりだと彼女の優秀さとトンでもなささがたっぷり描かれていたんだけれども、
2話以降は、いい人だけれども無鉄砲、と言う程度に落ち着いちゃってて
(というか、登場人物が多いからその描写に尺が取られているだけだと思う)
主人公らしいバーン!といった魅せ場があまりないんだよねー。
そういうのが、もうちょい欲しい。
これまではむしろ、脇役等の方が山椒は小粒でもピリリと辛い、的に
いい味を出してきている感じで、
ちょっと食われているかなー、と。


あとはミリアがひたすら可愛ければ、俺的には大満足なんだけど。


~□~

といったところで、意外と長くなっちゃったんでこの2本でアップ。



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