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【松坂大輔物語 120億円を生んだ遺伝子】

【野球】
2007年5月1日 掲載
中学卒業を控えた大輔に40以上の高校がスカウトに来た


●「ウチが一番通った」
「帝京がいいか、それとも横浜か……」
 松坂は中学3年の秋になっても、結論を出していなかった。2校以外からも「スカウト」は殺到した。「松坂へは、40校くらいが勧誘に来ていたんじゃないか」と、横浜高校の野球部長・小倉清一郎は言った。
 その競争の中で、なぜ横浜高が松坂を“獲得”できたのか。小倉は「ウチが一番、(江戸川南に)通ったからじゃないですか」と答えた。
 シニアの監督・大枝茂明の存在も大きかった。大枝は横浜と因縁があった。80年の夏。大枝は江戸川学園取手の捕手として甲子園に出場した。だが、初戦(2回戦)で横浜に負ける。横浜のエースは愛甲猛。大会ナンバーワンの左腕で江戸川学園取手は0―9で負け、横浜は勝ち進んで優勝した。
 このときの経験から出発して、やがて大枝は横浜の監督・渡辺元智に傾倒するようになったという。渡辺と小倉の指導に大輔をゆだねたいと考えたのである。
 松坂は帝京に未練があった。進路に迷っていた中学3年の夏。甲子園では帝京が全国制覇し、そのメンバーの中に江戸川南の先輩がいた。テレビで帝京優勝のニュースを見た。そのときは、横浜より帝京の方が魅力的だった。

●ブラジルの世界大会で…
 帝京には、すでにリトル時代の監督・有安信吾が、前田三夫と入学の確約を取り結んでいた。こちらから依頼する形の話だった。裏切るのは心苦しかったはずだ。「そりゃ、悩んだでしょう。しかし、私には一切相談に来なかった。マツも両親も」と、有安が内情を話す。
「シニアは大枝に任せていましたから。大輔の進路についても、こちらからは口を挟まなかった。たしかに帝京には話をつけた。しかし、まあ、最終的には本人が行きたいところに行けるなら、それが一番いい、と割り切っていました」
 大枝は、策を練った、といわれている。
 中学3年の夏、大輔はシニアの世界大会に出場した。そのとき、大枝はコーチとして随行し、ほかの代表メンバーに、大輔を横浜に誘うよう依頼した、というのだ。
 世界大会はブラジルで行われた。全国のシニアから18人の日本代表が選出された。江戸川南からは、松坂と藤本厚志が選ばれた。
 だが、3人の代表を送り込んだ強豪チームがあった。神奈川の中本牧シニアだ。小山良男、常盤良太、小池正晃いずれも野手で、そろって横浜進学を決めていた。
 大会は7月19日から8月2日まで。大枝はこの時間と横浜進学組を利用したという。

引用元 日刊ゲンダイ



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