2017年05月26日

保苅澄子『蟻の時間』を読んだ

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保苅澄子さんの歌集『蟻の時間』を読みました。
2017年4月。現代短歌社。
保苅さんは「合歓」に所属する、歌歴11年ほどの新潟の方。



黙々と地下に降りゆく女男あまた大き漏斗に吸はるるごとし/保苅澄子『蟻の時間』



噴水は水噴きあげずわが前に遺跡のごとく沈黙しをり/保苅澄子『蟻の時間』



みづからを奮起させんと白紙に「喝」といふ字をふとぶとと書く/保苅澄子『蟻の時間』

→「ふとぶとと」ってことは毛筆なんだと読んだ。そんなやり方があるのかと思った。



「挽肉がふはふはだね」と子がほめるロールキャベツはわれの一品/保苅澄子『蟻の時間』
→ほめられて誇らしい様子がうかがえる。語順がよかったんじゃないでしょうか。




丸つけた歌はそれくらい。
小見出しで区切られてるけど連作にはなっていなくて、みんな一首単位の歌だ。

久々湊盈子さんが解説で指摘しているように、夫が亡くなったのにそれが歌になっていないので、生きてた夫がいつのまにか亡くなっていてなつかしがられている。



今回は引いた歌が少なくてコメントもあっさりでしたが、そこは察してください。

以上です。
んじゃまた。




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2017年05月24日

『野性時代』2017年6月号の読みきり小説を読んでみた

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「野性歌壇」の特選になったことをきっかけに、『野性時代』をはじめて読んでみた。2017年6月号。




「小説 野性時代」って初めて買った。ほんとに小説ばっかりだ。860円で460ページもある。

野性時代には連載が多くて、460ページのうち300ページは連載だ。
連載は読む気しないな。第8回とかから読みたいと思わないよ。いくつもの小説を読みかけでやめて、来月また続きを読めるかっていうと、どうなんでしょう。こんなに連載が多いってことは、みなさん普通にできるんでしょうか。

漫画の連載だったら、パラパラめくっただけで少しは内容がわかる。好きなジャンルや絵柄だと読んでみたくなったり、かわいい女の子が描いてあると読んでみたくなったりする。だけど、小説はどうだろう。

とりあえず読みきりを読むことにした。
この雑誌に載る小説がどういう傾向のものか、とかは全然わからない状態で。








まず一番最初の。
荻原浩『僕と彼女と牛男のレシピ』

二十代のバーテンダーの男性が、年上のシングルマザーの看護婦の女性と交際する。男性はウシオという子供と仲良くなろうとがんばり、また仕事のカクテルづくりのほうも頑張る。
そんなような話。



読んでるときはまあまあ面白かったんだけど、読み終わってしばらくしたらなんかムカついてしまった。
これはドラマでやるやつだね。イケメン俳優に美人女優に天才子役が演じるのが目にうかんでくるよ。ドラマならウケるだろうな。どんなにウケてもオレはそういうのは見ないけど。
テレビだったら一秒でチャンネル変えるのに、小説だから最後まで付き合ってしまった。

ムカつくっていうのは、別にこの小説が悪いんじゃない。小説自体はうまいこと書いてある。
恋に仕事に前向きに頑張る主人公に自分をかさねると、自分がイヤになってしまう。重ねたいわけじゃないんだが「それにひきかえオレは……」って勝手に思ってしまう。思うと暗い気分になる。こういう劣等感がいやだからドラマも避けてるのに。

カクテルがでてくるが、酒を一滴も飲まないオレにはまったく響いてこない。

最後にほめておわる。
キャッチボールしながら自分の父親の気持ちがわかっていく場面が良いと思いました。







二番目の読みきりはホラー。
小池真理子「ゾフィーの手袋」


夫婦がいて、奥さんが主人公。旦那が海外でゾフィーっていうオーストリアの弱々しい女と知り合うんだけど、このゾフィーという女性が旦那さんのことを好きだったんだよ。帰国した旦那を追って日本にまでくる。でも旦那はゾフィーに気がないからオーストリアに帰しちゃうんだよ。
それから旦那さんが亡くなって、それから間もなくゾフィーも亡くなるんだけど、奥さんのところにゾフィーの霊がでるようになる。
奥さんは怯えながら過ごす。洋箪笥にゾフィーの霊を見つけて箪笥を処分する。これで解決したと思っていたら、それでもまた出てきてワーッ。
そんなような話。





読みやすくてツルツルッて読んだけど、終わってみると、なんかなあ。古くささが気になった。すごくよくありそうな話。

なんでゾフィーは奥さんのとこに幽霊になって出ておどかす必要があるんだ。奥さんはゾフィーに恨まれるようなことはしてないでしょ。もともと男はゾフィーに気がなかったんだから、その奥さんにあたっても八つ当たりだよ。うまいこと呪い殺したとしてもなんの意味もない。

ゾフィーって賢そうに見えるけどバカなんだなと思った。あなたが会いたいのは男のほうなんじゃないか。お互いがあの世にいるんだから、この世にはなんの未練もないはずだ。近い時期に亡くなったから、てっきりゾフィーは旦那を追いかけて死んだのかと思ったよ。
未亡人を旦那さんのことでいじめるとか最悪だ。そんなんだから旦那にも相手にされないんだ。


それと、ゾフィーが見えた洋箪笥を処分したくらいで解決したと、小説を読み慣れた読者が思うわけないでしょう。案の定おわってない。
オチが想定の範囲内だ。そりゃそうなりますわな、という読後感だった。

色白で病弱で恋にやぶれたゾフィーが化けてでるなんて、幽霊として類型的だ。最初から幽霊になってこわがらせるためにいるようなキャラだ。平凡なんだよ。

奥さんがじぶんで塩をまいてたけど、西洋の霊と日本の霊で同じ対処でいいのか、オーストリアにも「化けて出る」っていう発想があるのかな? というのが一番興味のわいたところだった。

褒めて終わる。
よかったのは、洋箪笥のなかにいたゾフィーと対決したところ。自分から確かめにいってほんとにゾフィーを確認したところ。ここだけちょっと怖かった。








五本の読みきりのうち、三本目五本目は「スピンオフ」だった。読む気にならない。本流がないのに支流なんてない。二番煎じとまでは言わないが、前もって本流になる作品を読んでたほうが断然いいわけで、スピンオフは「読みきり」と思わない。

「二人目!」なんてタイトルについてる作品があるけど、柳の下のどじょう「二匹目」みたいだ。


うっかり二番煎じって言っちゃったけど、それを言うなら表紙の魔女はどうなんだ。スタジオジブリのアニメのホウキに乗った少女が黒猫を連れて飛んでいる。
セルフカバー、オマージュ、いろんな言葉が頭のなかを押し合いへし合いする。








四番目
窪美澄「無花果のレジデンス」

夫婦がいて、夫のほうが主人公。妻が子供をほしがっている。だがなかなか妊娠しない。妻は妊娠するための活動「妊活」をするが、夫はそこまで子供がほしいわけじゃなくて、妻のやり方に息苦しさをおぼえる。
妊娠のための検査をおこない、夫の精子が弱いことがわかる。医師から体外受精をすすめられるが夫は内心反発する。
ちょっと夫婦関係がギクシャクするが、お互いに心境の変化がおこり、歩みよって元にもどる。
「千草さん」という、亡くなった上司の奥さんがいて、ところどころで深いことばを投げかけてくる。
そんなような話。




これはよかった。
不妊治療とか妊活とか、オレの知らない世界が描かれている。興味をもって読んだ。命ってなんだろう夫婦ってなんだろうという深いところまで届いている作品だと思う。
結末が最後まで読めなかった。どうなっちゃうのかと思った。


読みきり小説は以上。







「野性」ってなんだろと思うね。むしろお利口さんでみんなに愛される血統書つきの立派な動物みたいな小説が多い。スピンオフだって、本流が人気作品だから可能なわけだから。

このまえ読んだ「三田文學」はわけわかんない小説ばっかりでおもしろかったけどな。
雑誌によって小説の色もちがうんだな。って、文章にすると当然のことを今さら言うようだけど。



小説以外だと、やっぱり野性歌壇を見ちゃうね。

一首引きます。

はじまりの合図が鳴って走り出す止まったままの君を残して/水澤賢人
→徒競走でそんな生徒は見たことないし、なにかほかのことかなと思う。
なんで「君」は止まったままなのか、とても気になる。気になるが、「君」とそれ以外のみんなは一秒ごとに離れていってしまう。
重い障害でみんなと同じようにできないのか、家庭の事情かそのほかの事情があるのか、そもそも生まれてこれているのかも、なんにもわからない「君」だ。とても心配になる。



「牛男」の主人公みたいな健康的な頑張る人を見てるとイヤになるんだと書いたけど、この短歌のようななんにもできない人を見ると感情移入する。オレはそういう読者なんだなとあらためて思った。


以上です。んじゃまた。




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2017年05月21日

「なんたる星」2017年4月号を読む  ~ひ ひ ひ ひとをころした夜、ほか

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「なんたる星」2017年4月号。日記号。



終バスの座席の下に 届くかな 折りたたまれて 馬券になった/はだし「きいている」
→バスの整理券かと思った。「終バスの座席の下に」あるものといったら、まずはそれかなと。落っこちた整理券を、手を伸ばして拾おうとしている。手が届こうとするところで「折りたたまれ」る。どういうこと? 整理券じゃなかったか、と思ってると「馬券になった」。
「なった」ってことはそれまでは馬券じゃなかったんだ。あるいは馬券じゃないつもりでいたんだ。整理券だと思って拾おうとして馬券になったんだとしたら、じゃあ整理券はどうなったのか。っていうかこの馬券こそなんなのか。
夜中の暗がりで何かが起こっている。

折りたたまれてひらいたら別の紙になっていた、ってことだとしたら手品っぽくてそれもいい。




滝のおもちゃ メモに書いてあり おもちゃ屋のまんなかで耳をすました/迂回「滝のおもちゃ」
→メモを持っておもちゃ屋に来ている。「このおもちゃを買ってきて」とメモを渡されたのか。滝のおもちゃってあるのか。滝のおもちゃは滝の音がしているだろうから、音でわかるかと耳をすましている。そう読んだ。

おもちゃ屋のがちゃがちゃした音の向こう側から、ドドドと滝の音がしてきそうだ。滝の音は、自然の中にいるときの清らかですがすがしい気分を思い出させる。



ひ ひ ひ ひとをころした夜に飲むホットミルクのゆげのしつこさ/加賀田優子「すきなひといないの」
→「ひ ひ ひ」だけでもうおもしろい。「ひとをころした」を導いている「ひ」だ。殺された者や発見者の声か、それとも殺してしまった者の驚愕の「ひ」なのか。笑い声にも見える。縦書きにしたときに、湯気の形に見えなくもない。

ミルクから命を導くような読み方は、言うとアレなのでまあいいとする。

「ゆげのしつこさ」。殺人者って、なにもかもに追われているような感覚でいるんだろうな。ゆげからもしつこくされたくない。
ひらがなへのひらきかたもいいんじゃないでしょうか。



気分はもう気分はもう落ちているパンひろって晩ごはんにする気分/加賀田優子「すきなひといないの」
→「落ちている」は気分でもあり、パンでもある。パンって落ちてるかな。落ちてたら食べてしまいそうなくらいの気分だ、というふうに読んだ。
拾って食べるのは良くない、とも感じなくなっている。とにかく下にしか目がいかない。
665665? もう短歌の形に整えようという気もないほど落ちている。



特集の日記は、スコヲプさんのがおもしろかった。変といえば変だけど、オレの日記もわりとこういう感じだからリアルに感じる。
一日のなかで気になるものや日記に書きたくなるものって、限られている。知らない人が見てもわからないような書き方するのもオレと同じだ。
水かさ、色、死骸。物語の予感がする。



「なんたる星」四月号はこちらから読めます。

http://p.booklog.jp/book/114187






以上です。
んじゃまた。


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mk7911 at 11:33|PermalinkComments(0)なんたる星 

2017年05月19日

『合歓』76号を読む  ~手品師の大きな耳、ほか

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「合歓の会」の歌誌『合歓』76号を読む機会がありました。年に四回出ていて、平成四年創刊。
短歌研究の年鑑には「合歓」は「加藤克巳系」とある。80ページで60名ほどが参加。発行人は久々湊盈子さん。



カップ麺に極薄の具の混じるあり疣があるから蛸と思うが/中原弘『マグカップ』
→変わり果てた姿でカップ麺に入っている蛸を見ている歌。極薄になってもイボで判別されている。



内藤明さんのインタビューがある。

寛容か無節操かと考へてゐるうちわれはねむりたるらし/内藤明

久々湊さんは何人もの歌人にインタビューしていて、それがまとまった本も出ているということだ。



おしっこの敷布おしっこの敷き布団おしっこの毛布おしっこの父/浜名理香「どっちも笑え」
→招待作品。
介護の一連……というわけでもなく、いろんなことが詠まれている。前半でひとり暮らしの父を訪れている。
おしっこが付着すると何もかもが「おしっこの○○」になってしまう。



手品師の大きな耳を買い求め終日遊ぶ囁く風と/桑名知華子「シンプルな世界」
→マギー審司がやる「大きくなっちゃった!」だ。最近見てないな。あの耳、売ってるんだね。いわゆるパーティーグッズってやつだな。
「終日遊ぶ囁く風と」がつつましい。マギー審司はあの耳を、人をびっくりさせるような使い方をするが、そういうのではない。大きな耳なら風の音もよく聞こえそうだ。




神さま、とつぶやいたこと二度ありぬ 唇(くち)まで布団を持ちあげおもふ/米川千嘉子『吹雪の水族館』

冷房はむかし小滝のそよぐごといま鳥肌を立てて耐えをり/米川千嘉子『吹雪の水族館』

→歌集評から。そのほかにも『合歓』には歌集について書かれたページが多くある。




八本足順序不同に逃げ急ぐ釣られし大蛸甲板の上/渡辺貴栄「明治神宮」
→会員のなかではこの方の歌が一番よかった。ほかにもいい歌が多い。
「順序不同」がいい。



坂を下る君のからだが半分まで消えて巷の灯が点き初めぬ/渡辺タミエ「一汁ゼロ菜」



この本おわり。
連載があり、エッセイがあり、大きめの連作があり、題詠があり、いろんなページがある。
ほかの結社との交流がさかんな印象だ。インタビューもそうだし、招待作品もあるし、歌集評も丁寧だし、特別寄稿もある。

以上です。
んじゃまた。




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2017年05月18日

久保茂樹『ゆきがかり』を読む  ~ぼくたちのために捨てた、ほか

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久保茂樹さんの『ゆきがかり』を読みました。第一歌集。砂子屋書房。2009年7月。1ページ2首。




キッチンをピカピカにして三日ほどピカピカのまま寝込みたるかも/久保茂樹『ゆきがかり』



洋式に坐りつつ思ふ社会的漸次変化はかくのごと来む/久保茂樹『ゆきがかり』

→「かくのごと」をどう読むかで分かれるかもしれません。便器に座っていて変化してくるものということで、食事中の方がいたら申し訳ないんだけど、要するにオレはクソの出る気配のことなんだと読みました。動き出したぞ、そろそろ出そうだぞ、いよいよくるぞ、というのを便器に座ってると感じるから。



ベランダに出で来し朝のわが耳に洗濯をせよとあを空が言ふ/久保茂樹『ゆきがかり』




ひつたりと春は来るらしユンボつかふ片山土のやはきを云へり

工事終へ指示にしたがひ他所(よそ)へゆくソンも片山もけふまでのこと
/久保茂樹『ゆきがかり』

→「春の足」という連作の最初と最後を引いた。片山は二回出てくるけど、ソンは最後にしか出てこない。



他人(ひと)の死にひとは怯えて生きるゆゑわが死は誰を怯えさすらむ/久保茂樹『ゆきがかり』



わたくしのことは今日からぜつたいに歌にしないで 今朝言はれたり/久保茂樹『ゆきがかり』

→今朝言われたのに、もう歌にしている!



言葉すこし猥らにつかふだからさあとほくから見た意見だろそれ/久保茂樹『ゆきがかり』
→「だからさあ」とか「だろそれ」が「すこし猥らに」使われた言葉なのだな。これは自分が言ってるのだと読んだ。
次の歌
重箱の隅に古女(ごまめ)を追ひ詰めて正月もはや六日となりぬ
から、口論して追い詰めたんだとおもう。これは「重箱」を二つの意味でつかった歌。



いちはやくガス風呂の異常を知らせたる空気清浄器を妻は褒め止まず/久保茂樹『ゆきがかり』



はじまりはええんかいなという風(ふう)で高らかにいま笛吹ケトル/久保茂樹『ゆきがかり』

→たしかにあれって、最初だけはちょっと控えめで、たちまち全力で鳴りだす。その控えめなところが「ええんかいな」と翻訳された。巻末には著者の住所は東大阪市とある。
高らかな部分はそっち方面の言葉ではなんと言ってるのかな。
「いま」もいい。鳴ってる! はやく止めなきゃ! と思う。



ぼくたちのために捨てたとは言はぬまま捨てたのだやはりぼくたちのために/久保茂樹『ゆきがかり』
→「こまいぬさん うん」という一連から。柚子が何度もでてきて、父など家族がでてくる。
捨てたものについてはわからない。なにか事情がありそうだが、ここからは読み取れない。この歌の調子から、そこにあったものをごくおぼろげに感じるのみだ。具体を出さないことで浮かび上がってくるものがあるんじゃないか。




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2017年05月16日

橋本治『これで古典がよくわかる』~『桃尻語訳枕草子』

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5/8
橋本治『これで古典がよくわかる』を読み終わった。おもしろかった。
和歌のところだけ拾い読みしようかと思ったが、全部読んだ。この人の翻訳した古典だったら読んでみたいという気になった。

わかりやすく丁寧だった。こんなに簡単に分かっていいのかという気持ちにもなった。


漢文の時代から、どうやって今のような文章ができたのか、というところが書いてある。漢字がどう使われてきたか、カタカナやひらがなはどう使われてきたかが書いてある。


線を引いたのは一ヶ所だけ。長いけど引いてみる。
『「和漢混淆文」は、日本人が日本人のために生み出した、最も合理的でわかりやすい文章の形です。これは、「漢文」という外国語しか知らなかった日本人が、「どうすればちゃんとした日本語の文章ができるだろう」と考えて、
長い間の試行錯誤をくりかえして作り上げた文体です。「自分たちは、公式文書を漢文で書く。でも自分たちは、ひらがなで書いた方がいいような日本語をしゃべる」という矛盾があったから、「漢文」はどんどんどんどん「漢字+ひらがな」の「今の日本語」に近づいたんです。
漢文という、「外国語」でしかない書き言葉を「日本語」に変えたのは、「話し言葉」なんです。つまり、日本人は、「おしゃべり」を取り込んで自分たちの文章を作ってきたということです。』




橋本治さんに関しては、たぷん中学2年の国語の授業で「桃尻語訳枕草子」を読んだのが最初。「春って曙よ!」とかいうの。
19ぐらいのころに『宗教なんかこわくない!』っていうのを、たまたまタイトルがおもしろそうだから読んだ。それ以来。


枕草子のほかにも古典翻訳があるようだし、この機会に追いかけてみたい。
でもこの『これで古典がよくわかる』で一番気になったのは徒然草。兼好法師をくん付けで呼んでいて、親しみを感じた。







5/9
昨日、橋本治さんの『これで古典がよくわかる』っていう本のことを書いたけど、さっそく古典を読みたくなって探した。
橋本治『桃尻語訳枕草子』上下巻を買ってきた。冒頭の挿し絵に見覚えがある。中学2年の国語の授業で見たやつだ。

「桃尻語」がちょっとはずかしい。年代を感じる。90年代なかばに授業で読んだときには、強烈だとは思ったけど古くさいとはあんまり思わなかった。
カタカナの使い方に年代が出る。「まァ」とか「ホント」とかに。

枕草子って西暦1000年前後の成立だという。1010年くらい前ってことか。
1980年代の言葉で訳されているとして、2010年代のこちらからは30年歩み寄ることになる。向こうは980年飛んできてくれてるんだから、こちらは文句ない。







5/15
桃尻語訳枕草子、100ページくらいまで読んだが、なかなかつらい。
1ページごとにあたらしい言葉が出てきて覚えなきゃいけない。そんで、内容は貴族の話で「素敵なのォ!」ばっかりだ。
そのころの貴族に興味があれば、読んでてもっと面白いんじゃないかな。
くだいて訳されていても、中身はなかなかスッと入ってこない。


1000年ってすごく長い月日なんだな。そのことを感じている。
訳の橋本さんがこんなに近づけようとしてくれているのに、それでもこんなに遠い。



下巻も買っちゃったしなあ。

上下巻の二冊をそろえたけど、そのあとになって上中下の三冊セットだと知った。中を買おうか迷っていたけど、上を読みおわった時点でつまんなかったら終わりにしよう。

入りかけた古典に、はじき返されてしまった。




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2017年05月14日

野性時代「野性歌壇」で特選をいただきました/「河北歌壇」掲載

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最近はあんまり掲載された歌について書いてないです。
四月の末ごろに「新聞に三日続けて短歌が掲載されました」っていうのを書きました。
http://blog.livedoor.jp/mk7911/archives/52190003.html



それ以来、掲載されましたの記事を書いてないけど、ほんとはあちこちで掲載されています。
そういう情報をいちはやく知りたい方はツイッターの
@mk791122
っていうアカウントをフォローしてくださると確実です。

どこかで掲載された短歌すべてをブログに転載しているわけではないんです。
500円の有料マガジンでそういうのを毎月やってるんで、興味ある方はリンクから飛んでみてください。
2017年4月に掲載された/発表した短歌のまとめ【22首】
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さて、今月に入ってから五首があちこちに載ったんですが、そのうち二首の話をします。


5/12日発売の「小説 野性時代 6月号」の野性歌壇で特選をいただきました。わーうれしい。

その短歌はここに載せません。普通に本屋で見れるので興味ある方はご覧ください。
ツイッターに見開き二ページが完全に読める画像をアップしてる人もいたけど、そういうのはあまりよくないと思います。映画の場合は「映画泥棒」にうるさいけど、本はまだそんなんでもないですよね。いいんですか。

まあそれはいいや。そんな話をしたかったんじゃないんです。



「小説 野性時代」って初めて買いました。ほんとに小説ばっかりです。
860円で460ページもあります。短歌の雑誌なんて930円で280ページがせいぜいで、1000円で170ページなんていうのもあります。


連載が多くて、460ページのうち300ページは連載。
連載は読む気がしないなあ。途中から、第8回とかから読みたいと思わないですよ。あらすじが書いてあるけど、ねえ。
いくつもの小説を読みかけでやめて、来月また続きを読めるかっていうと、どうなんでしょう。

漫画の連載だったら、パラパラめくっただけで少しは内容がわかります。好きなジャンルや絵柄だと読んでみたくなったり、衝撃的なコマやかわいい女の子が見えると読んでみたくなったりします。だけど、小説はどうでしょう。


460ページのうち300ページを読まないというなら、860円で160ページの雑誌であるという計算になるから、短歌の雑誌より得とかいうのはなくなりますね。

まあ損得のことはいいんですよ。もっと違う話をしましょうよ。



小説の雑誌に歌壇があるということは、小説の読者さん達が短歌を読む機会を得るということです。おお。
それは逆に、短歌を投稿するような人や、山田さんかとちえさんの欄に興味を持つような人たちが小説を読む機会を得るということでもありますよね。おお。
オレは小説がこんなに載った雑誌は初めて買いましたよ。この出会いをおおいに楽しみたいです。



「選外佳作」で投稿者の名前だけが載る、っていう投稿欄は初めて見ました。小説やエッセイや詩では見たことありますけれども、短歌では初めて見ます。それもまた短歌の短さからくるものでしょう。








話は変わります。

今朝の河北新報の「河北歌壇」に載りました。
ローカルな新聞だから歌をここに載せておきましょう。


病院にスズキサブロウさんの名は何度も響くどこにいるのか/工藤吉生


花山多佳子選。20首載るうちの20番目。最後になるのは初めて。
最後だからダメなのかというと、そうでもないんです。
こういう記事があります。

『村弘氏穂の日経下段』#0|nakajimaya|note(ノート)
https://note.mu/nakajimaya/n/nb662cb2a2a7f

正直言うと、河北のいちばん最後に載ってみたかったんです。いわゆる秀歌とはちがうかもしれないけど、読者になにかを残していくような歌がよく最後に置かれるんです。




河北新報への投稿はしばらく休むことにします。日経新聞の歌壇への投稿もしばらく休みます。
すくなくとも五月いっぱいは投稿しません。その後にすぐ復帰するかもしれませんし、いつまでもしないかもしれません。そこはあらかじめ決めずに、気まぐれにまかせたいと思います。
んじゃまた。



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2017年05月11日

山下洋『オリオンの横顔』を読む  ~君の墓標を探しあぐねつ、ほか

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山下洋『オリオンの横顔』。青磁社。2007年5月。第二歌集。



棄てられた砦のようだ磁気カード入れて警備を解くとき思う/山下洋『オリオンの横顔』
→完全にオレのなかでは「ICO」なんだけど、読者それぞれの「棄てられた砦」があることだろう。



推敲に苦しむ夢に目覚むればまだまっしろな原稿用紙/山下洋『オリオンの横顔』



終電や携帯電話握りしめ涙する女と隣り合う/山下洋『オリオンの横顔』



組まれゆく鉄骨が見ゆ遠からず閉じ込めらるる空間が見ゆ/山下洋『オリオンの横顔』



工藤家と彫られたる石ばかりにて君の墓標を探しあぐねつ/山下洋『オリオンの横顔』

→亡くなった工藤大悟さんという方を追って津軽に来ている「津軽に泊てむ」という一連のなかの歌。
「塔事典」を引いたら、「工藤大悟」の項目があった。京大短歌出身の塔会員で、38歳で亡くなったとある。山下さんが執筆している。

青森はほんとうに工藤が多いときく。オレも工藤をやっている。オレの父が青森で、学校の40人のクラスに工藤が10人いたと言っていた。




今日もまたテレビゲームの少年は数値化された経験を積む/山下洋『オリオンの横顔』
→「今日もまた」が効いてるんじゃないか。これがあるから時間のひろがりがでる。ゲームの中の話だけにとどまらず、今日この日の現実を生きている少年と重なってくる。



サッカーのゴールの前の水たまり今朝は凍りて陽にきらめきぬ/山下洋『オリオンの横顔』
→これは「今朝は」によって、この人はいつもその水たまりを見てるんだなーと思えてくる。毎朝見てるのかな、散歩や出勤のコースにあるのかなと。
人生のゴール、その前に水たまり、それが光ってる、みたいなことをちょっと考えてみてもいいのかもね。



水槽の魚に手を振り「ウチのこと覚えてる?」と訊く少女いて/山下洋『オリオンの横顔』



目を閉じて愛撫をしたらキュビズムが理解できるとあいつは言った/山下洋『オリオンの横顔』



屋上で烏が嗚呼と啼いたことたったひとつの今日の思い出/山下洋『オリオンの横顔』

→漢字の「嗚呼」にしたことで、感情がでた。思い出になるほどの声なのか、それくらい何もない日なのか。



恋愛シミュレーションゲームのキャラクター画帖に描きためて少年は/山下洋『オリオンの横顔』



「本質的な歌の苦労を望みたい」あなたにいただいた大切な言葉/山下洋『オリオンの横顔』

→「田中栄さんを悼む」から。さっきの工藤大悟さんもだけど、塔の歌人の思い出がでてくる。すこし前に高安さんの歌もある。



この歌集はそんな感じです。全体的によかったです。波長というのか濃度というのか、付き合いやすくてちょうどいい面白さでした。
んじゃまた。





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2017年05月09日

東直子『十階』を読む  ~焼野原かもしれないけれど、ほか

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東直子さんの『十階』を読んだ。「短歌日記2007」ということで、三百六十五日の短歌と短い文章がある。このシリーズを読むのは初めて。
ふらんす堂。



つきあたりを曲って上に出てみれば焼野原かもしれないけれど/東直子『十階』
→上に出れば焼野原ってことは、地下を歩いているのだと読んだ。たしかに地下にいるあいだには地上のことはわからない。なにごともない前提でいるけど、地上が一変している可能性もなくはない。
上に出る前に「つきあたりを曲って」いる。このつきあたりが世界を変えている気がする。マジックでいうと、三つ数えて指を鳴らすような役割がこの「つきあたり」にあるんじゃないか。
つきあたりで人とぶつかってその後の運命が変わるなんて話もある。



だれもうしろをふりかえらない乗り換えのための通路で落としそうです/東直子『十階』
同じ作者の

おねがいねって渡されているこの鍵をわたしは失くしてしまう気がする

と合わせてみたい。オレのなかの「この短歌を読んだ人はこの短歌も読んでいます」でつながっている。
なくしてしまうのを予感しているし、どこで落とすのかまでうすうすわかっている。それなのに、まんまとなくしてしまうと。なくすのをとめられない。
乗り換えのための通路ではだれもうしろをふりかえっていないというのはすごい観察だ。



あんなあ、と言うタケちゃんの物語ヒマラヤ杉のあたりまできた/東直子『十階』
→「あんなあ、」だけでタケちゃんのキャラが立ち上がってくる。くだけたしゃべり方だ。
「ヒマラヤ杉のあたり」はその物語を知っている人にだけ通じる。読者は置いていかれるが、タケちゃんとヒマラヤ杉になんの関わりがあるのか、想像を刺激する。


こゑひくき帰還兵士のものがたり楚火を継がむまへにをはりぬ/斎藤茂吉

という歌を思い出す。三句が同じだ(表記はちがうけど)。
「あんなあ」と「こゑひくき」、
「ヒマラヤ杉」と「焚火」、
「あたりまできた」と「をはりぬ」。
いろいろ響きあっている。



夜は実にさみしい朝を連れている ハンカチ落としのハンカチがない/東直子『十階』
→ハンカチ落としってなつかしい。オニが輪の外側をぐるぐる走るんだよな。上の句とつきあわせてみると、そのぐるぐる走るのが時計の針みたいに思えてきた。
ハンカチ落としなのにハンカチがないとは何か。ハンカチによってオニが交替するわけだから、ずっと一人がオニとして回ってるってことか。



青色に空を塗る子と白いまま残すわたしと 法廷は続く/東直子『十階』



こんなに高いところまできて鳴いている終わらぬものはないと鳴いたか/東直子『十階』

→「こんなに高いところ」は十階のことだ。3/17の歌だから、その頃にいる鳥だな。日付がなかったらセミの歌と思うかも。
鳴くこえに「終わらぬものはない」を受けとるのが鋭くおもしろい。



二句が六音になっている歌が多い気がして、数えた。三月がおわる時点までで12首ある。90首のうちの12首だ。



ぼくはなにも知らなくていい場所にいたガラスを伝う粒を見つめて/東直子『十階』
→雨に濡れたこともなさそうな「ぼく」だ。ガラスを伝うその粒が「雨」であることを、この「ぼく」が知っているかどうか。



洗面器の水面ふるえやまぬなり人語を解す水かもしれず/東直子『十階』
→人の言葉に対して、洗面器の水は恐怖でふるえているのか。それとも一体どんな反応なのか。それがこちらにはわからない。人には水の言葉が理解できないのだ。



濡れるとき色を濃くする人立ちてこちらに一歩一歩近づく/東直子『十階』



てのひらを広げて受け取ろうとする 無知なる者ののみ住む世界/東直子『十階』

→7/16の歌。
「雨が降っているかどうか、皆、てのひらを広げて確かめている。/無防備な姿だと思う。」と文章が添えられている。たしかに、雨をさわってたしかめるという行為には知性が感じられない。「知」のとらえかた。



千年ののちに生きている杉へ言葉をひとつあずかってください/東直子『十階』



路上喫煙全面禁止エリアにて開くコミック雑誌の叫び/東直子『十階』

→漢字が並んではじまる。路上喫煙全面禁止。これは「叫び」から遠い言葉だ。喫煙はできないがコミックの人物はぞんぶんに叫んでいる。いや、不自由を叫んでいるのか。



息をするかたまりとして目を開けて靴を履くとき人間である/東直子『十階』
→どこからが人間なのかっていう歌だと読んだ。目覚めて息をしてるだけでは人間になってなくて「かたまり」だと。それから起き上がって支度して、靴を履くときに人間になる。
ほんとに人間になるのってそこかなあと考える。ほかの動物は靴をはかないけども。
起床から外出までのところに進化や成長が凝縮されているようでもある。



この場所に一緒に座っていた人の笑顔はうすくなれども消えず/東直子『十階』
→という歌がオレの誕生日の歌だった。
こういう本だと、とりあえず自分の誕生日にどんなことが書いてあるかが気になる。



かわいそうな猫の話が延々と語りつがれてきた電話口/東直子『十階』
→「電話口」っていうと固定電話じゃなかろうか。スマホで「電話口」って言わない気がする。
語りつぐってことはちがう人が同じ話を時間をかけてしてきたってことだな。「延々と」は長い。どれだけかわいそうな猫なのかが気になる。語られることで猫が電話のなかに生きつづけている。




以上です。
んじゃまた。


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mk7911 at 07:45|PermalinkComments(0)歌集の感想 

2017年05月08日

笹井宏之『ひとさらい』を読む  ~でてこい、なわばしご、ほか

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笹井宏之さんの第一歌集『ひとさらい』を読んだ。
笹井さんの歌集を読むのは初めて。よく本屋では見かけるんだけども。オレが持ってるのは2011年の書肆侃侃房のもの。

一ページ三首の歌集にあんまり慣れてしまって、一ページに四首あるとややぎっしりと、一ページ二首だとゆったりと感じる。



初めての草むらで目を丸くして何かを思い出している猫/笹井宏之『ひとさらい』



相席の人がけむりになってます マスター、マスター おみずを/笹井宏之『ひとさらい』

笹井さんの歌の読み方に自信がない。しばしば「なぜこの言葉がここに?」という言葉が歌に含まれる。
この歌だと「けむり」がそう。代わりに体調不良をあらわすような言葉だと分かりやすくなるが、同時に台無しにもなる。
代わりなどなくて「けむり」の不思議さのまえにいなくてはならない。



天井と私のあいだを一本の各駅停車が往復する夜/笹井宏之『ひとさらい』
→これだったら「天井」「私」のところに、「東京」「大阪」などと二つの離れた駅名・地名をいれればなんでもなくなる。なんでもないものにしてもしょうがないんだが、そういうことをしたくなる。
でもここは「天井」「私」だ。この歌では天井と私がとても離れている。自分の部屋の距離感が狂いだす。

今ちょうど、嘘のようにオレの部屋の天井から蜘蛛が降りてきた。こいつは夜毎に上下に往復しているのだろう。ちょうどいいが、ちょうどよさで埋めてしまうのもためらわれる。



ゆるせないタイプは〈なわばしご〉だと分かっている でてこい、なわばしご/笹井宏之『ひとさらい』
→急に「ゆるせない」「でてこい」などと強い調子になるので気になる歌だ。
なわばしごのどこが許せないんだろうと考える。アニメなんかだと、悪者をやっと追い詰めたと思うとヘリコプターがきて縄梯子を垂らして、悪者を乗せて逃げてしまう。

映像じゃなくてオレ自身の経験でいうと、なわばしごはグラグラして頼りなくて不安になるものだ。心もとない。小さい頃になにかのアスレチックで、なわばしごが怖くて降りられずに泣いたことがある。

「でてこい、なわばしご」の強気な態度からすると、前者に寄せていきたくなる。




にぎりしめる手の、ほそい手の、ああひとがすべて子どもであった日の手の/笹井宏之『ひとさらい』
→ひとがすべて子どもであった日っていつのことだろう。すごく昔にそういう時代があったのかもしれないし、なかったかもしれない。
この手はなんだろう。「にぎりしめる」「ほそい」手とは。なにか神様っぽいものや、母性っぽいものを想像した。ひとが伸ばしてる手か、ひとに対してさしだされた手か。



だんだんと青みがかってゆくひとの記憶を ゆっ と片手でつかむ/笹井宏之『ひとさらい』
→景色を見ていると、遠くにあるものは青みがかって見えるものだ。「青みがかってゆく」を、はるかに遠のいてゆくようなイメージで読んだ。「青みがかってゆく」がかかるのは「ひと」なのか「ひとの記憶」なのかでちょつと変わってくる。
「片手でつかむ」がその大きさをあらわす。意外と小さいんだな。また、手を伸ばす様子が見えるようだし、両手じゃないからまた逃げられてしまいそうな感じもちょっと受けた。

一字空けをはさんだ「ゆっ」は、つかもうとした手が空間をワープするようなイメージで読んだ。



ぼろぼろのアコーディオンになりはててしまった天国行きの幌馬車/笹井宏之『ひとさらい』
→幌馬車ってナマではたぶん見たことないが、屋根のところがアコーディオン的になってたと思う。後で確認するけども。
「ぼろぼろ」「なりはてて」に、無惨ないたましいものがある。
楽器のアコーディオンに変わったという意味だろうか? そこまでは読んでなかった。

かつて行けた天国へ行けなくなったんだとすると、それは悲しいことだ。なんでぼろぼろになったんだろう。長い年月が経って老朽化したんだろうか。

画像検索してみたら、思ってたやつと違ったが、アコーディオン的ではある。日本にはあんまりなさそう。



いつにもまして、おぼつかない感じで読んだ。この本おわり。
んじゃまた。




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