2020年01月28日

短歌総合新聞『梧葉』に作品が掲載されています

掲載のお知らせです。


梧葉出版さんの短歌総合新聞『梧葉』冬号(64号)の「現代作家新作五首」に「フヒフヒ」五首が掲載されています。

よろしくお願いします。



梧葉、三部もきました。広めてねってことなんでしょうけど、オレはそういうのできないんだよねえ。


ホームページとかないみたいです。ツイッターもない。検索すると梧葉出版の電話番号と住所はでてきます。

季刊で、年間購読料1500円。12面。




ほかに書くことありません。
以下は宣伝。


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リニューアルした『現代短歌』と、BR賞と、現代短歌社賞で選考委員のみなさんから指摘を受けたことについて書いた5000字の記事
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依頼こなし日記 2019.10/23-11/15  ~選歌欄評あれこれ!!! https://note.com/mk7911/n/n108676af0754


2019年の一年間に、オレが短歌に使ったお金の合計金額を計算した https://note.com/mk7911/n/n72ef7cc26714



などなど、
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2020年01月26日

〈結社誌読む 157〉『国民文学』2019年10月号  ~やぶれかぶれの大朝寝、ほか  

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結社誌読む157

『国民文学』2019年10月号。
はじめて読む本。102ページ。




退院をなし来て今宵灯の下に刻む胡瓜の輪がみづみづし
/上東なが子

身に近き一つと長くいとしみし黒き湯呑みの今朝割れにけり
/窪田司郎

手ずれたる人名録にまた一人朱線ひきたりわが歌の友
/梅原皆子

病気とか死の歌につづけて印をつけていた。「身に近き一つと長くいとしみし」「手ずれたる」といったところに時間の重さがある。長くともにあったものを失ってゆく。



長雨にままならぬ農えいままよ破れかぶれの大朝寝する
/古屋清

→「大朝寝」ってはじめて見た。やけっぱちな歌だ。農業はよくわからないけど、こういうことがあるんですね。
「まま」が二回でてきてNとMが交互にでてきて呪文みたいな上の句だ。



ジェット機の発進音に耳覆ひ地球裂くると子らの駆け来る
/山本美保子『うつくしの江』

朝焼けの最中を港に戻る船鷗の声を前後にまとふ
/山本美保子『うつくしの江』

忘るるにあらねど薄るる哀しみか蝶ふたつ低く飛ぶを目に追ふ
/井上さな江『風なきに』

歌集の特集がふたつあり、そこから引いた。二ページの評がふたつと、秀歌十五首選がよっつずつある。



歌壇管見というページでオレの歌への評をいただいた。それがオレと『国民文学』のただひとつのつながりで、この本を読むきっかけもそれだった。



「投稿の案内」によると、ここでは旧仮名が指定されている。ときどきそういう結社はある。新仮名の人は掲載ページの名前に*マークがつく結社誌も見たことある。



この本おわり。



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リニューアルした『現代短歌』と、BR賞と、現代短歌社賞で選考委員のみなさんから指摘を受けたことについて書いた5000字の記事
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2020年01月24日

▼っぽくならなかった歌人▼歌人に会わなかった▼ダイの大冒険  ~2019年12月

2019年12月の断片。




▼かばん 12月号

『かばん』12月号。田中有芽子さんと伊舎堂仁さんが対談している。伊舎堂さんが歌人のマッピングをしていて、ちょっとオレのこともでてくる。


伊舎堂さんが言う。

日経新聞の穂村欄の常連ってすごいですよねー。 広く言うと木下龍也も岡野大嗣もそう。工藤吉生さんとかが自分と似た香りがしてて。工藤さんはたぶん角川短歌とかにも出していたから、あまり鈴木美紀子さんぽくならなかった感じがあるんです。 どこにでもいける感じがあった。


と、日経歌壇の常連としてオレがでてくる。常連というほど載ってるつもりはなかったが、19回載った(いま数えた)んだから、珍しくはない顔だし、常連っちゃ常連なのか。

「自分に似た香り」。オレから見ると伊舎堂さんのほうがずっといい香りがしているというか、センスいいと思っていた。オレはカビ臭いのでは?

「鈴木美紀子さんぽくならなかった」というのは、対談のこれより前のところで、歌集を出してほしい歌人として日経歌壇常連の人たちの名前があがっていてそのなかに鈴木美紀子さんがいたのを受けているんだろう。

工藤は他のところにも投稿していたから日経歌壇の穂村弘の色がそこまで強くない、ということを言っているんだろう。
歌集を出してほしい歌人に含まれないという意味……かもしれないがもうわからない。



オレは「歌集を出してほしい」と誰かに思ったことがないよ。出たら買わなきゃいけない歌人ならいる。



伊舎堂さんのマッピングというのはほかのところでも聞いた。伊舎堂さんの頭の中でいろんな歌人のマッピングがどうなっているのか、見てみたい。


オレは田中有芽子さんという人をあまり知らなかったんだけど、おもしろそうな歌人だということを知った特集だった。



ほかの座談会で穂村弘さんが「怪獣墓場」の話をしていたのも印象的だった。

穂村さんが言う。
「今主流になっているほとんどのものにこの人合ってないんだなって感じることもある。ただ、短歌はそういう人たちの怪獣墓場みたいな、「合ってなさ」を比べ合うみたいなところもあるから、そうなるとそれもちょっとね。自分もたいがいだと思っていたがこんなギリで生きてるやつもいる……それを競うのも違うかなとは思う。」





▼ダイの大冒険

「ダイの大冒険」が再びアニメ化するとか、そういうニュースが入ってきた。

ダイの大冒険はオレの読破した数少ない漫画のひとつ。

2015年の4-7月にブックオフに何度も行って立ち読みですべて読んだ。
なぜそんなことをしたのか覚えていない。「立ち読みだけで長いものを読破してみたいなと思って突然はじめた。」と当時の日記に書いていた。オレの考えそうなことだとは思うが、考えたということを完全に忘れていたし、なんでそんなこと考えたのかわからない。


小さなナイフででっかい岩を斬ろうとしていてうまくいかなくて、体が限界になったところでもう一度やったら斬れたっていうエピソードが、故事成語みたいに記憶されている。





▼歌人に会わなかった

2019年振り返り 各月ごとに - 遠い感日記 https://t.co/kAEgHGhqKa

郡司和斗さんのブログにオレの名前が出てきた。充実ぶりがすごくて、これに比べればオレなんて短歌の活動をあまりやっていない。こうしてみると、オレはほとんど歌人に会ってないな。


2019年に発表した短歌を数えた。
結社誌120首、新聞8首、総合誌44首、あみもの9首、うたつかい12首、フワクタンカ7首。
で、ぴったり200首。
「おしん短歌」が684首あるけど、それはあってないようなものだ。

2019年はほとんど歌人に会わなかった。歌会は一度も行かなかった。仙台文学館の短歌関係の催しに二度行った。永田和宏さんの講演を後ろの方で聞いたのと、合同吟行会に参加したのと。

花山周子さんに日々のクオリアのお礼をひとこと言ったのと、佐藤通雅さんに「このたびは歌壇賞おめでとうございます」と声をかけていただいて訂正したのが、2019年オレが歌人と口をきいた場面のすべてだった。





▼無線

YouTubeで見たもの。

"東京地下鉄サリン事件1/7"
https://youtu.be/D_h7fo8I1ag

なぜかおすすめにでてきた。
事件が起こったときの警視庁の無線の録音。わかりやすくまとめてある。
緊張感がありながらも、冷静に迅速に対応が行われていたことがわかる。すごい仕事だなあ。
あらためて、すごい事件だったんだと思った。



"アメリカ同時多発テロ事件 1/7"
https://youtu.be/M6wnjBY2bas

おなじ人がアップしたもの。飛行機がジャックされる様子など。


さらにこの「しらふ知ラズ」という人のアップした動画一覧を見ていくと、薬物の解説動画が大量にある。
いったい、何者なのだろう。





▼この連作


心に残ったこの連作2019 - 凡フライ日記 https://t.co/XiJrm7zYN1
山下翔さんのブログ。
選んでいただいてました。ありがとうございます。

すこし前の記事でコメントもいただいてました。
http://ytanka.blog.fc2.com/blog-entry-736.html
【「現代短歌」2月号、工藤吉生「大きなSNSの下で」13首にはかるくない衝撃を受ける。Twitterという空間をうたって「裏アカ」「エアリプ」といった雰囲気のうたが並び、入れ子のような構造になっている。】

ありがとうございます!

ただし、この連作は半分はオレのものではない。一首一首はオレのつくった短歌なんだけど、この13首に編んだのは別の人だ。オレは100首連作のつもりでつくったのだか、全部は載せられないという雑誌の意向でこのかたちになった。


「凡フライ」が野球のフライなのはわかるんだけど、山下さんのブログだと思うと、なんだかこってりして美味しそうなフライのような気がしてくる。




▼クイズ百人一首


「人生は絶望だ とてもつらい百人一首」5問中3問正解でした! https://t.co/F1OvtHl06N #quiz @QuizKnockから

百人一首、そんなにわからない。解説本で読んだことを薄い記憶をたどって答えて3問正解。平均は2.4点だそうだ。並みの人よりは知っている。母音だけで百人一首をやる動画を見たが、オレなんかより、quizknockの人たちのほうがずーーーっと詳しい。





▼愛猫アリス

アリスの様子がおかしいので病院に行った。膀胱炎ということで注射を打ち、現在はおちついている。

じつは夏にもアリスは病院に行っていて、そのときは息が苦しそうで鼻血が出て目が片方開けてられないくらいやばい状態だった。それは注射を打ったらすぐ治った。


聞いたんだけど、猫が人間でいうと何歳なのかというのは
猫の年に4を掛けて16を足すと求められる。
うちのアリスは8歳だから、
8×4+16=48。
人間でいうと48歳。




▼角川年鑑

角川短歌年鑑を見たがオレのことはべつに載ってなかった。
べつにそれはそれでよい。一ヶ所だけ、総目次のところに名前がある。

角川歌壇に投稿してたころのほうが名前や作品が載っていた。投稿をやめたので角川に載らなくなった。

作品点描みたいなところに取り上げられたら、一人前の歌人になったっぽくてうれしいだろうなー。




12月の断片おわり。


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mk7911 at 09:48|PermalinkComments(0)日常・日記 

2020年01月15日

『群像』2020年1月号「競作24人」読む【6】滝口悠生、青山七恵、町屋良平、山田由梨

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『群像』1月号の「競作24人」を1日1作読んでいく企画のまとめ。ひとつの記事に4作ずつ感想をまとめる。最終回。










2020.1/12

『群像』1月号「競作24人」を1日1作読んでいる。

21日目。




滝口悠生「隕石」読んだ。

はじめて読む作家さんだけど、歌人と対談か何かをしているのは見たことがある。

「隕石」は、小さな居酒屋のなかでのやりとりが描かれた作品。
こまかい要素が編み込まれている。微妙にわからないものが無数にあらわれる。

隣席のおじさんはなぜパパイヤの酢の物を拒否したのか、おじさんの方言はどこの地方のものなのか、居酒屋にいる小さな女の子はなんなのか、おかみさんはなぜあらぬ方向を見ているのか、……

あれっ? ってとこがあった。300ページの下。やわらぎのところ。
主人公の心の声と思われるものに別の人物が反応している。セリフだったのか。これが口に出している言葉だとしたら主人公は一人でかなり長くしゃべったことにならないか。逆に、相手の反応に見えたものも主人公の心の声なのか?

もうひとつ。カレーを食べて主人公が「辛い」と言ってる場面。おかみさんは「えー、そんなに辛くないでしょう」と返しているのに、別の客は「つらい?」「つらいことがあった?」と返してくる。
主人公が言った「辛い」は〈からい〉〈つらい〉のどっちなんだ?

居酒屋から出てUFOを見たところで「円盤からは渋谷の町が一望できた。」という一文がでてくるのもおもしろい。円盤に乗ってる側の書き方だ。

そういうのもひとつのテクニックというかトリックなんでしょうね。
会話が多いのにカギかっこを使わないから、思ってることが台詞と混ざる。漢字表記が二重の意味を生む。
探せばそういう仕掛けはまだありそう。









2020.1/13

22日目。


青山七恵「猪垣」読んだ。

主人公は墓参りに行くバスで、はねられた猪の子を見る。それから猪を身近に感じるようになり、だんだん見えてきて、いたるところで見てふれあうようになる。

なんとも死の匂いの濃い作品だ。霊的といってもいい。最初から墓参りだし、ずっと死がまとわりついている。主人公には見えている猪の子供がいちばん生き生きしている。



印つけたところ。
「ひょっとしたら生者が死者を眺める視線も、死者が生者を眺める視線も、似通っているのかもしれない。互いが互いを力ない存在だと、ものいえぬはかない存在だと思って、愛おしく、哀れがり、引きよせたり遠ざけたりしながら、いつまでもじっと見入っている。」

「むかしはときどき、ひとりで寝るとき、ひとりで食事をしているとき、 ひとりで歩いているとき、からだぜんたいが痛いと感じていた。ここにある自分という存在そのものが、もっと大きななにかの、ごく小さな患部だというふうに感じられた。」




特にやばいのは、箪笥の上に遺影のように写真を飾るところ。ネットの毛虫の画像をプリントアウトして飾ったりしている。死んだものの写真を飾っていたけどだんだん生きてる人や自分の写真まで飾るようになる。



怖いのとかやばいのは好きなんだけど、怖いからおもしろいという単純な作品ではない。主人公がエスカレートしていくにしたがって猪のこどもは増えて可愛く活発になっていくので、怖さと怖くなさが同時に大きくなっていくのだった。









2020.1/14

23日目。

町屋良平「ほんのこども」読んだ。

7ページ目あたりからはついていけなくなったけど、短いから最後まで読んだ。子どものころの私である「かれ」と、人殺しのこどもの「あべくん」の話。

印つけたところ。
「小説をかいているとだんだんわかってくるのだが、小説を読んだりかいたりするということは、物語を現実のほうに引き寄せることではなく、現実を物語に引き寄せていくということだ。」










2020.1/15

24日目。
最終日まできた。

山田由梨「目白ジャスミンティー」読んだ。

「けんいち君」と暮らし喫茶店「メルボルン」に勤める主人公・マキ。急に泣く場面がある。新しく店に入ったシエちゃんは誰にでもずけずけと質問する。主人公はシエちゃんを好きじゃないと結論を出した。
、というまとめ方でいいのか分からない。的をしぼれない内容。

人の心ってむずかしいと思う作品だった。心の中が描かれていてもオレは主人公のことはよくわかんなくて、まあオレはこの人にはたぶん嫌われるんだろうなと思いながら読んだ。シエちゃんのほうに親しみを感じた。

オレは自発的にしゃべれない人間なんだけど、しゃべりたい気持ちはあるので、シエちゃんみたいに話を転がしてくれる人がいると、ものすごく助かる。やさしいなって思う。



主人公には繊細さがあり、踏み込んでいかない。夫婦は似てくるという話があるけど、主人公とけんいち君は似てる。
「「何があったの?」のかわりに「雨が降ったの?」と聞き、
「大丈夫?」のかわりに「寒くない?」と聞き、」

……というところとか。ストレートにはものを言わない。



神経衰弱の例えがあるけど、神経衰弱は自分とほかのひとが必ず順番にカードをめくる。しかし実際の人間関係は、カードにさわらない主人公と、カードをいっぱいめくるシエちゃんがいるみたいに、やり方の違いがある。
カードにさわらないことでできるつながりもあれば、めくることで切れるものもあるから、やっぱり神経衰弱はあんまりうまい例えと思わなかった。

カスタードクリームになるのとか、茶色い人が出てくるのとか、おもしろい夢を見ている。




▼▼▼




そんな感じで、『群像』の「競作24人」すべて読みました。
現代の日本の小説をあんまり知らないので、どんなもんかと思って読んで、おもしろかった。





5段階で自分に合っていたものを一覧にしてみる。



【5】とてもおもしろかったもの

磯崎憲一郎「我が人生最悪の時」
東山彰良「猿を焼く」




【4】おもしろかったもの

皆川博子「焚書類聚」
高橋源一郎「カズイスチカ」
川上弘美「恋ははかない、あるいは、プールの底のステーキ」
小池昌代「ぶつひと、ついにぶたにならず」
多和田葉子「わたし舟」
松田青子「クレペリン検査はクレペリン検査の夢を見る」
藤野可織「トーチカ」



【3】退屈せず読めたもの

瀬戸内寂聴「見るな」
髙城のぶ子「タンパク」
髙村薫「星を送る」
保坂和志「UFOとの対話」
飛浩隆「未の木」
阿部和重「Green Haze」
上田岳弘「最後の恋」
滝口悠生「隕石」
山田由梨「目白ジャスミンティー」



【2】あまり楽しめなかったもの

町田康「神xyの物語」
長嶋有「あら丼さん」
青山七恵「猪垣」
町屋良平「ほんのこども」




【1】ほとんどわからなかったもの

山尾悠子「漏斗と螺旋」
古川日出男「「怨む御霊」考」



おわります。



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2020年01月14日

『群像』2020年1月号「競作24人」読む【5】 長嶋有、上田岳弘、松田青子、藤野可織

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『群像』1月号の「競作24人」を1日1作読んでいく企画のまとめ。ひとつの記事に4作ずつ感想をまとめる。









2020.1/8

17日目。

長嶋有「あら丼さん」読んだ。

あら丼さんという知り合いが亡くなり、あら丼さんの思い出や通夜のことが書かれている。
以前読んだ『問いのない答え』のことが書いてあった。

俳句や句会のことがでてくる。『野性時代』の野性俳壇のこともでてくる。
あら丼さんは句会にラスクを持ってくる同人で、野性俳壇に投句していて、よく映画を見る、優しい人だった。

話はどこへ向かうでもなく、点々とつづいていく。
亡くなった人、生き残る人についての「誤った感じ方」など。

LINEってほぼやってないんで、そのへんの感じはあんまりわかんなかった。








2020.1/9

18日目。

上田岳弘「最後の恋」読んだ。

「僕」は、危篤の大叔母に会いにいく。大叔母に意識はない。帰ろうとしたときに、もうひとりの入院患者の付き添いの女性に話しかけられる。

はじめの方に、脳と白昼夢のことが書かれている。白昼夢のことは全然わからないんだけど、意識が休んでいるときに「あまった脳の資源(リソース)を勝手に思考が埋めようとして」いるのとか「制御」を外された思考が夢なのかもしれないなあ、とは思う。

この危篤状態の大叔母は、短歌をやってて「この辺の同人歌壇に入っていた」という。
「同人歌壇」という言葉を初めて見た。ツイッター検索では一件もかからない。オレがはじめてツイッターで「同人歌壇」と書いた。Googleだと7件あるが、文章のなかの「同人、歌壇」という部分だったりする。

でもなんとなく想像はつく。
少人数で歌会をしたり、合同歌集やなんかをつくっている小さなグループがあちこちにあるらしいのは知っている。だいたい高齢者で、「○○(花か地域の名称)の会」みたいな名前が多い。

その大叔母の短歌が最後にでてくるんだけど、なかなか変わった歌だった。

白昼夢といえばオレのなかでは椎名林檎の「シドと白昼夢」でしかなくて、急に聴いてみたくなりCDプレーヤーを動かした。ついでに倉木麻衣も聴いたりした。










2020.1/10

19日目。

松田青子「クレペリン検査はクレペリン検査の夢を見る」読んだ。

「私」は派遣の事務の仕事のために面接を受け、数字を足してゆくテストをした。「私」は単純作業に燃える性質でテストに受かり採用された。 その場にいた綾、律子、菜摘の視点からもこの出来事が描かれる。


オレもけっこう単純作業に燃えるほうで、しかしやる気をなくして無気力だった時期もあり、苦いなあーと思いながら読んだ。

「私」は、クレペリン検査を頑張ってしまったがためにクレペリン検査につかまってしまったのだろうか。

ほぼ女性しか出てこない作品。靴を脱いで足をぶらぶらさせるところが二回でてくる。

同じ出来事を複数の視点から見るのはおもしろい。それぞれがそれぞれの受け止め方で試験を受け止めている。










2020.1/11

20日目。

藤野可織「トーチカ」読んだ。

派遣の警備員の主人公・近子は放送局に勤務している。憧れの、モデル兼女優の青木きららに似た不審者を見つけるが、捕まえることができない。不審者は姿を変えながら何度も近子の前にあらわれる。

巨大な『放送局』に存在感がある。拡張工事でどんどん便利になり、さまざまな施設ができて、敷地から外に出なくても生活できるようになる。
それに加えて厳密なセキュリティのシステムが、こういう不審者を生み出したんだろう。

実害がないのに追いかけてしまう感じ、身に覚えがある。深追いすることで相手に近くなってしまう。近いような遠いような存在。近石、近子、遠山……そういう名前が出てくる。

「コフレ」って知らなくて検索した。



1992年の世にも奇妙な物語に「城」という話がある。たぶんカフカの「城」を意識してつくられた話で、めちゃくちゃでかいグループ企業が出てくる。複雑怪奇なシステムがあって遅延や間違いだらけの世界だ。

今日読んだ「トーチカ」もめちゃくちゃでっかい組織が出てくるんだけど、大きな混乱は見られず、便利でお得でセキュリティはきびしい。
思い描かれる巨大組織の姿が四半世紀のあいだに変わった、とかじゃないんだろうけど対照的なのがおもしろい。


あと、派遣で働く女性の話がふたつ続いたんだけど、「クレペリン検査はクレペリン検査の夢を見る」は採用された職場を二年で辞めることになり適性検査のことばかり思い出しているのに対して「トーチカ」は仕事にずぶずぶに深く入っていくのが対照的だ。

そういう、一見似てるのにどんどん違う方向に行っちゃう二つのもの、におもしろさを感じる。

ずぶずぶに深く入って大きな危険を予感する「トーチカ」と、通過したはずの入り口のところでつまずく「クレペリン検査はクレペリン検査の夢を見る」。
打たせて捕る守備と打たせない守備。





そんなことしているうちに『群像』は二月号がでた。このあいだ読んだ「猿を焼く」が合評のページで取り上げられていた。いいですよね、あの作品。
それにしても一ヶ月がはやい。オレはあと4日は一月号を読む。そういう計画になっている。
一月号に載った作品の合評が二月号に出るんだから、早いねえ。





つづく。







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2020年01月12日

『群像』2020年1月号「競作24人」読む【4】 磯崎憲一郎、古川日出男、東山彰良、阿部和重

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『群像』1月号の「競作24人」を1日1作読んでいく企画のまとめ。ひとつの記事に4作ずつ感想をまとめる。







2020.1/4

13番目は磯崎憲一郎「我が人生最悪の時」

磯崎さんて、保坂和志さんの本にときどき名前が出てくる人というイメージで、作品は初めて読んだ。

恋愛で男が見苦しいことをする話はオレの興味あるところで、非常に楽しく読んだ。

主人公は六年半付き合った彼女から別れを告げられる。その後、彼女は別の男と結婚するという。主人公は結婚を止めようとして彼女を待ち伏せする。
「待ち伏せとはとんでもなく過酷な労働だった」

ボート競技のことがでてくる。
「水の上にいる限り、誰からも話しかけられることはない、自分一人になるためにここに来ていることは明らかだった、」
かなり長く「、」だけで文をつないでいる箇所があるが、あんまり気にならなかった。

ミュージカルのくだりとか、妙に細かいのがおもしろかった。

細かいのがおもしろいっていうか、記憶のまだらなところがおもしろいんです。
五十代の作者が二十代のころのことを思い出して書いている。自動改札だったかどうかの記憶が曖昧なところがある一方で、ミュージカルの台詞の一部を記憶していたりする、そのまだら模様。

主人公は磯崎ってことになってて、これは作者と同一人物という方向だ。
オレが好きなのは結局そういう小説なんだな。私小説っていうのか。幻想が強くなるほど苦手になるんじゃないかと「漏斗と螺旋」を思い返している。









2020.1/5

14日目。
古川日出男「M──「怨む御霊」考」
これは分からないので、パス。三島由紀夫や古典が下敷きになっている。

私信だというんだけど、相手の反論を予想してそれにさらに言い返すのを繰り返している。そんなに人って想定どおりに動くかなあ。まあ、そのおかしみを読む作品なんだろうなあ。










2020.1/6

15日目。

東山彰良「猿を焼く」読んだ。
なかなか終わらないのでページ数を見たら、この作品だけほかの作品の倍ぐらい長い。長いだけの内容はある。

東京から九州へ引っ越してきた中学生の主人公は、よそ者ということでなかなかクラスになじめない。長いものに巻かれろの富川、不良の笹岡、謎めいたユナなどと出会う。
主人公は涌井ユナを好きになり、近づく機会をうかがい、一緒に夏祭りにいく。

中学卒業後、ユナがいかがわしい仕事をしていると聞く。
「すごかったぜ。おっさんらが一升瓶の口に千円札ば突っ込んどくやろ? そしたら涌井がその上に跨がって(略)」
「こんなところに生まれて、美人で頭が悪かったらほかになんもできんやろ」
「まあ、この町はそれでもっとうようなもんやけんね」

そういえば、熊本にも鹿児島にも近いと書かれているが正確な場所はわからない。

主人公は富川に半ばそそのかされる形で、一緒に旅館で働き、コンパニオンとして旅館に来たユナに会う。



あんまりあらすじを書いてもしょうがないか。

いろんな苦々しいことがあって、狂ったように「猿を焼く」にいたる。

何県なのかはっきりしない九州のどこかのすさんだ感じが印象的だった。
「もしイエス・キリストがこの町で生まれたら、やっぱり改造オートバイに乗っていたかもしれない。ヨハネとかパウロを引き連れて、そのへんをぶんぶん走り回っていたはずだ」

悲しみを誰にも話せず、お湯のなかで叫ぶところも印象的だった。
「湯のなかで吼えると、口から泡がどっと飛び出した」
「息を止め、目をぎゅっとつぶると、水の音しか聞こえなくなった」

「人は死ぬと、誰も彼も明るいのが好きだったということにされてしまう」

ユナの母に貢ぐ金が尽きた渡辺の力がユナに向かったのと同じように、ユナをなくした主人公と笹岡の力が渡辺の飼っていた猿に向かったんだろう。弱い方へ流れていく。

不良の笹岡が主人公を殴ったその日に団地で飛び降りてるんだけど、その動機が見えず気になっている。友達がオートバイで死んだとか家庭環境のこととか出てくるけど。笹岡は誰にも心配されない。ほんとのところは本人にしかわからないだろうな。

全体的に人物がよかった。特に富川という人物の手のひら返しや、相手を取り込もうとする力が、怖いくらいだった。
苦さがあって、行き場のないエネルギーの暗い爆発がある。いい作品だった。










2020.1/7

16日目。
阿部和重「Green Haze」読んだ。

未来の人「わたし」が現代の「きみ」に呼びかけている。歴史を変えて世界を救うためだ。未来人はブラジルのボルソナロ大統領と、アマゾンの熱帯雨林の焼失問題について語る。

オレはブラジルの大統領の名前もこの問題も知らなかった。

「わたし」は環境問題を真剣に語っているんだが、グレタさんについて変なことを言い出したあたりから風向きが変わってくる。

「たぐいないほどのpurenessをきみは保ちつづけている」
ってちょっとおもしろい。パソコンの履歴からそれが分かったというが。
たしかに、世界を救う物語には特別な一人が巻き込まれがちだ。

語り手もよくわからないが、語られてる「きみ」こそ何者なのかがだんだん気になってくる。


半分はニュース解説でもう半分がSFという作品でした。





つづく。

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2020年01月11日

『群像』2020年1月号「競作24人」読む【3】 小池昌代、多和田葉子、飛浩隆、町田康

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『群像』1月号の「競作24人」を1日1作読んでいく企画のまとめ。ひとつの記事に4作ずつ感想をまとめる。










2019.12/31

「競作24人」9人目。

小池昌代「ぶつひと、ついにぶたにならず」

主人公・束(つか)は、ひどく腰の曲がった祖母・キイにこきつかわれながら暮らしている。絵が好きで、雨をどうやって絵に描くかをよく考えている。コーヒーを淹れてくれる古本屋のじいさんや、その店の男の子、ランナーなど魅力的な人物があらわれる。



印つけたところ。
ゴミはどれも同じように見えて、自分の出したゴミは、どこかに「じぶん」の刻印がなされている。

ゴミは、ついに自分自身だ。



ああ、分厚い本になりたいと束は思う。やさしい言葉の分厚い本に。誰もが読めて、読み終えるのに時間がかかり、読んだあと、額が涼しくなる。そんな分厚い本になりたい。



なぜ走るのか。走るときはそれぞれ一人だけれど、ほんとは、誰かと走ってる




ひんまがった悪党のキイと、よく走る民族・ララムリが対照的だ。キイがいるからほかの人物がより好ましく見えてるかも。
あと、とても不思議で美しい終わりかただった。

タイトルは疑問。











2020.1/1

「競作24人」10人目を読んだ。

多和田葉子「わたし舟」

複雑な家庭環境の話。主人公の北斗の両親は離婚し、北斗は交代養育で育てられた。一週間ごとに、母親の家庭と父親の家庭を行き来している。北斗は高校卒業後、サーカスの団員になることを志望する。

だが読み進むうちに語り手の「俺」の存在がひっかかってくる。どの立場から書いているのかと。「俺」は北斗たちと接点があるが、なんのつながりなのか。語り手がポイントになってくる、そういう種類の小説を読んだことがない。驚いた。
驚かせようとしているようには見えない語り口だ。これからこういうのは珍しくなくなる、ってことか。

「別子」「闇子」っていう名前、小説にしてもすごいなと思う。ほかの人物はけっこう普通の名前なのに。

細かいところだと「嬉しい、もうとまらない」を「うれし・いもうと・まらない」ってバラして歌う場面が、子供の遊びとしてはすげーリアルに感じた。

タイトルの「わたし舟」の意味はよくわからない。「わたし」は語り手の一人称「俺」と関係あるのか。だまし舟みたいな印象。

はじめのほうは複雑でついていけなかったが、だんだん追いついて、かなり楽しく読んだ。











2020.1/2

「競作24人」11人目を読んだ。

飛浩隆「未(ひつじ)の木」

杏子のもとに夫から木がとどく。結婚記念日の贈り物だ。「未の木」には贈り主である夫・森一そっくりの花が咲く。森一のところにも同じような木が届き、妻・杏子のような花が咲いた。説明書によれば、花は成熟すると枝から落ち、贈り主同様に動く。

「世にも奇妙な物語」っぽい。最後の意識の切り替わり方が。

夫婦がよく似た行動をとっている。お互いがお互いに近づこうとして、しかしすり抜ける。
夫婦のちがいは花の在り方に、特にあらわれている。

段落の最後だけ「。」が無いんだが、これがひとつ効果になっている。ちぎりとられたみたいだ。

「ゴッ」っていう橋がスイッチになってるように思う。

未の木の「未」の意味は途中でわかった。

笑いをこらえる人が気になる。真実を知っていて、しかしそれを言わないようにこらえていたんだろうか。

ページ数以上のボリュームを感じた作品。










2020.1/3

「競作24人」12人目を読んだ。ようやく折り返しだ。

町田康「神xyの物語」読んだ。

これって古事記ですかね。イザナミとかイザナギとか。オレはそれ読んでないんで、あんまり言えることがない。

死んだ者に会いたくて会いにいったら醜くなってて逃げたら追いかけられるくだりは何かで読んだことある。たぶん現代的な軽い口調で書き直した、翻案(初めて使う言葉だ)ってやつなんじゃないかと思う。

逃げるところを読むとこっちも逃げてる感じになって、ハラハラする。

神の名前が読めないのがストレスだが、ルビつければルビだらけになるだろう。

神がなにかするたびに神が産まれてくるのっておもしろい。




つづく


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『群像』2020年1月号「競作24人」読む【2】 髙村薫、山尾悠子、保坂和志、川上弘美

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『群像』1月号の「競作24人」を1日1作読んでいく企画のまとめ。ひとつの記事に4作ずつ感想をまとめる。







2019.12/27

5日目は髙村薫「星を送る」

刑務所の独房でヤモリと過ごす囚人の物語。囚人は、亡くなった家族や知り合いに〈いま〉がどんな世界かを話してきかせること、宇宙や歴史について夢想することを習慣にしている。
あるとき耳に入ってきたベテルギウスの爆発の話に、囚人は強い興味をもつ。
そんなような話。

囚人がなにかを考えようとしても途切れてうまくいかないところに親近感がある。ふざけた男のおしゃべりにその後を左右されるのは好きな展開。


印つけた所
「まだ昏い地平線に向かって丘の上から湿った西風が流れ込み、丘の下で新聞配達を始めた単車の音がこころもとなく揺れる。風向きもあるが、一日を通して丘の上の刑務所に届く物音は実に乏しく、一人と一匹は自らの存在の標識でもあるその貴重な物音を逃すまいとして、じっと耳をすます。」


思いがけないほど大きな出来事を描いていて、興味深い作品だった。
囚人が犯した罪のことをろくに考えずに長年過ごすなんてことあるかねえ、とも思ったがそこはオレにはわからない。










2019.12/28

6日目。
山尾悠子「漏斗と螺旋」 読んだ。

幻想的な話だ。漏斗の形をした街に、下半身ばかり発達した踊り子がいたり、羽根が降ったりする。眠らずにいる間だけ滞在できる街。
想像しながら読むのがなかなかむずかしい。挿し絵がほしくなる。











2019.12/29

7日目。
保坂和志「UFOとの対話」

保坂さんの本はけっこう読んでいる。いま生きている作家で一番読んでるのが保坂さんかも。そのつぎは西村賢太さんかなあ。

一昨日読んだ作品が宇宙を見る話だったが、こちらも宇宙を見る話で、ベテルギウスが出てくる。

「多次元宇宙」の話が展開されている。おもしろく読んだ。話の動き方が保坂さんの動きで、安心する。

印をつけたところ。
「地球の住人たちは死を怖れるのに、自分が生まれる前を怖れない。」











2019.12/30

8日目。

川上弘美「恋ははかない、あるいは、プールの底のステーキ」

さまざまな国籍の人が出てくる。
カリフォルニアで夫婦がプールに入っている描写とか、
五分噛みつづけても小さくならないステーキとか、
いなくなった母だと思いながらくじゃくを見るとか、
父親の髭を自慢しあうとか、
ハラスメントのおわびに蛸をもらうとか、
立ちこぎしながら尻を振るとか、
つぎつぎエピソードがでてくるがそれぞれ面白い。




つづく。


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2020年01月09日

『群像』2020年1月号「競作24人」読む【1】 瀬戸内寂聴、皆川博子、髙樹のぶ子、高橋源一郎

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『群像』1月号の「競作24人」を2019.12/23から読み始めた。1日1作読んでいく。

オレは現代の日本の小説はあまり読んでない。24人のうち作品を読んだことがあるのは、高橋源一郎、保坂和志、町田康、長嶋有の四人だけだ。それに町田さんは短編をひとつ読んだだけだ。
未知の作家、未知の作品との出会いを楽しみに読む。



ひとつの記事に4人ずつまとめていく。24人なので6つの記事にまとまる。








2019.12/23

競作24人の1人目。
瀬戸内寂聴「見るな」読んだ。

寂聴さん、名前はもちろん知ってるんだけど、中身は何も知らない人だ。過去に色々あって、ためになるお話をしてくれるつるつるの人というイメージ。

97歳と書いてあるけど、97歳でもこんなにちゃんと文章を書けるものなのかと感心した。伏線張って回収したりしている。
寂聴さんの過去とか全然知らないんだけど、それを察してくれたかのように過去のこと、特に過去に愛した男性のことを書いている。

短編ということで、おそらくかなり略して書かれている。ドラマ的なことの多い生涯なんだろうなと思った。
っていうか、作者本人じゃなくて作中の人物の回想っていう線もあるんだよな。97歳ともべつに限らないし。

「友人は、桃の素焼きの貯金壺を柱に叩きつけて割ってくれた」
「仁二郎が、案の定、週刊新潮の新小説の出だしに四苦八苦して悶絶しているのが目に見えるので、三回分ほど、書出しを書いたものを、彼の机の廻りに、反故のように捨てておいた。」
ってところがよかった。

引用してみると読点がやたら多くて変だけど、読んでるときは平気だった。









2019.12/24

競作24人の2人目。
皆川博子「焚書類聚」読んだ。
初めて読む作家。


本が電子版(という言い方ではないが)にすべてとってかわられ、食べ物がすべて缶詰の栄養食にとってかわられた世界の話。現金もなくなってカードのみになっている。
こういうのをディストピア小説というんだったか。ザミャーチンの『われら』は読んだことある。

「行政が全部管理している」世界。紙は贅沢品ということになっている。特に戦争しているような話はないが、人の気配が薄い。主人公から見えないところでは戦争が起こっているのか。
1933年の文章が引用され、戦前と未来が重なる。

電子化(という言葉は使われていないが)された本は当局が修正を加えられるという。焚書を徹底したのは紙が貴重だから、だけではなさそうだ。

司書の主人公が本の喪失にあうわけだが、感情的な描写はかなり抑えられている。海であるとか過去のことが書かれている。

「破壊ほど人を昂揚させる行為はない。無意味な破壊であればあるほど。」
とある。人々がこの道を選んだらしい。

最後になんの前触れもなく牧水の短歌が出てくる。オレの知らない歌だった。この小説の最後の三行が短歌であるということに、短歌とはどういうものであるかがあらわれているわけか。

「類聚」という言葉を調べたら、「同じ種類の事柄を集めること。また、その集めたもの」なんだそうだ。焚書と同じように、食べ物もすべて消えてしまったとか、そういう意味ととった。司書以外の人たちも喪失を経験しただろう。

途中で火事の回想があるのは焚書のイメージに重ねていたのかと、だいぶ後で思った。
となると、海辺で水に足を浸す場面にも象徴的な意味合いがでてくる










2019.12/25

競作24人、3回目。
髙樹のぶ子「タンパク」読んだ。

ちょっと変だなと思いながら読んでいくと、もっともっと変になっていく。

「子供達の姿も消えた道路は、紙の箱を折り畳んで作ったように乾いて、石ころの影さえなかった。」

主人公の「私」は吹いてきた風の香りに誘われるように丘の上の家に向かう。そこで悠木という男からタンパクをもらう。
といってしまえば全部説明したことにはなる。

植物を探しだすあたりで、ははあ、これは麻薬というか何か強い危険な薬物の話なんだなと思いあたった。

「手足の二十本の指が立ち上がり、体毛もゆらゆらと起き上がり、そよぎはじめた。閉じた瞼の中でも、肌がぶつかり合っている。」

タンパクの製造のために思い出の写真が溶かされる描写は、記憶を犠牲にして薬物をやっているんだ。体が溶けるのも犠牲だ。

風がどうこうというのは禁断症状か。丘の上から風が吹いてくるとタンパクが必要になるという。

最初のほうにでてくるマラソンはなんなのか。健全な人々の生活のことなのか。邪魔にされていて、それは過ぎ去っていって、なかったことになる。

悠木という男との関係性の部分はよく読めなかった。ティッシュの山のところが気になった。

一番の謎はねじれた轍で、ここがいい。年齢差が変わっているらしいことからも、悠木はこの世のものでないみたいだ。

カウチって言葉を知らなくて調べたら、ソファだった。










2019.12/26

「競作24人」4日目。
高橋源一郎「カズイスチカ」

高橋源一郎さんのツイッターをフォローしている。最近、高橋さんがオレのつくった「現代短歌bot」をフォローしてくださって嬉しい。スクショ撮ってしまったくらい。

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だがオレは高橋源一郎さんの本をまだ一冊しか読んだことがない。名文を書く方法の授業の本。作品は初めて読んだ。



高橋源一郎「カズイスチカ」は森鴎外の同名の作品が元になっているらしく、最初と最後に引用されている。
いくつかの患者の記録がありこの点を鴎外の「カズイスチカ」にならっているが、森鴎外のほうは対象の人が回復するのに対し、高橋源一郎のほうは高齢の人が死ぬまでの記録だ。

鴎外の作品を知らなかったので、最初の「若い花房がどうしても企て及ばないと思ったのは~」の一文でいきなりつまずいたりもした。「花房」が人のことだと思わなかった。
わかんなくても、後で調べることにしてどんどん進むようにしている。

「競作24人」の最初の瀬戸内寂聴さんは高齢でもしっかり作品を書いていたが、ここに出てくる老人たちは、事例0の「わたし」の叔父も含めて、みんな記憶が断片的だ。
五つの事例に出てくる人々はあまり動けず、会話がほぼ成立しない。

事例2、認知症の患者は過去の時間に閉じ込められているという。
「認知症の患者の場合は、彼もしくは彼女がもっとも気に入っている過去のある瞬間を、反復している」

事例2の患者は柳の木がどうとかいう要領をえない話をしていて、それがその患者の「もっとも気に入っている過去のある瞬間」ということになる。
カップルの間でだけ会話が通じ合う、とりわけ印象的な場面だった。

事例2と事例3の両方で、認知症患者に付き添っている人が患者のことを「昔と変わっていませんよ」「昔と変わりませんよ」と言っているのも印象的。

死の近い認知症患者たちの、過去に閉じ籠っている様子をうつす一編。事例3の従僕も、事例5の兄と妹も、二人だけで通じ合う世界をもっている。二人という孤独だ。

鴎外の文章で閉じられている。「感動せずに、冷眼に視ている処に医者の強みがある」
「わたし」がどのような目で患者を見てこの文章を書いたのか、本文からは読み取れない。読者にあずけられている。

鴎外の「カズイスチカ」については、「要約文庫」というサイトを参考にした。こりゃ便利。
https://t.co/rqWLzwvezQ





つづく。

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2020年01月07日

水面きらきらきらきら

 殺されることになった。いや、死を選ばされることになった、といったほうがいいのか。

 木造の建物のなかの部屋だ。高校のころの書道室をモデルにしているんだろう。書道室で書道の授業を受けたことがある。しかし今はその書道の授業は関係ない。その部屋があるだけで、高校ももう関係ない。場所だけだ。
 オレはその部屋の木の椅子に座っていた。
 オレは何かを飲むか、あるいは注射された。それは合意の上だった。
 自ら望んだのかはわからない。重い罪を犯して、これがこの世界の死刑のやり方なんだ。あるいは、もう治らない病気になっていて、楽に死ぬのを選択したんだ。
 どっちなんだ。死刑なのか。不治の病なのか。
 わからない。わからないから両方書いた。とにかく注射や飲み薬で死ぬことになった。
 どっちなんだ。注射なのか。飲み薬なのか。
 わからないから両方書いたんだ。

 そばに医師がいた。無口な医師だ。医師じゃないと言われれば医師じゃなくなりそうな医師だ。
 オレはその処置を受けた。だからもう、あとはだんだん眠くなって死ぬだけだ。
 そしたらもう気楽なもんだ。心が軽い。もうなんにもないから。
 っていうかこの時間は大切で愛しい時間だ。そばに医師がいる。医師はオレの言ったことをとりあえずは聞いてくれる。もうオレには過去も未来もない。目の前にあるものを、ただ語ろうじゃないか。

 木造の建物の、教室のような大きさの部屋で、木の椅子に座って、オレは窓の外を見ている。目の前を見よう。川がある。川の上ではわずかに水が動いている。水がトゲトゲしているように見える。そこに光が反射して、光は水面に散らばっている。
 オレはそれを言葉にして言う。
「川があります。水面に光があたってきれいです」
 いや、丁寧語じゃないかもしれない。
「ああ……あれは川だ。川が見える。川に……ほら、光があたっている。きれいだ……」
 うーん。少しそれっぽくなってきたけどさ。ほんとか? 
 とにかく、閉じてゆくオレのまぶたには水面の光が、まるでスマホをスワイプして、つまり指二本で拡大したみたいに視界に映し出された。
 川に向かっている自分の視線を右へ動かすと、川には橋がかかっていて、橋の手前には自転車が停まっていた。ちゃんとした自転車というよりは、記号になった自転車が置かれていた。茶色だった。
 豊かな時間だ。こんなふうになんでもないことを言って、どんどん瞼が降りていき、それっきりなにもなくなるんだ。水面がきらきらきらきらして、おしまいだ。

 それをあと三回やった。同じ場所でオレは死んだ。同じ医師がいた。
 でも全部は同じじゃなくて、家族がいたこともあった。
 家族はたぶんひとりの女と子供で、子供は機関車のおもちゃを手で前後させていた。木の床に。でもべつに家族とはしゃべらなかった。まともに顔も見てない。見たのは窓の向こうだ。
 一回は、銃をかまえた人がいた。同じ部屋のなかに。長い、猟に使うような銃だ。銃はオレを狙っていた。どうせ死ぬからやめてくださいといって、やめてもらった。
 窓の外に海があったことがあった。同じ部屋なんだけど、景色が川だったり海だったりする。
 海の手前の砂浜はごちゃごちゃしてた。粗末な建物が見えた。木もあった。
 見つめていると、粗末な建物が崩れた。しなしなと、ぱらぱらと崩れた。オレが見ると崩れるのか。おもしろい。ほかの建物を見る。ほかの建物も同じように崩れた。おもしろい。
 そうこうしているうちに瞼が降りて死んだ。
 一回は、これは最後のほうなんだけど、窓の外ではなくて窓そのものを見た。窓になにか見えたんだ。窓の、上のほうに。人の目かもしれない。でももっと透明だし大きさも違う。人の目より大きいし、あるいは目ではなくて亀裂の一種だ。それをのぞきこんだせいで、オレは知った。
 人は生まれ変わる。何度も生まれ変わる。そして全員をやる。だから、人に悪いことをしてはいけない。生まれ変わって、全員になる。自分は全員だ。それを言いあらわしたときには、もう瞼が閉じていた。



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mk7911 at 19:42|PermalinkComments(0)日常・日記