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2010年08月29日

題名のない音楽会 ゲーム音楽特集 植松伸夫、すぎやまこういち、他

今日は楽しみにしていたゲーム音楽特集だった。以下内容と感想。



指揮者の金聖響と司会の佐渡裕はよくゲームをする。ゴルフのゲームをやるらしい。


▼最初はスーパーマリオブラザーズのおなじみ「地上BGM」。
指揮は金聖響、オケは神奈川フィル。

オーケストラでマリオのBGMを聴くのは変な感じだ。少し違う感じ。ルロイ・アンダーソンか何かのように聴こえる。
最後はテンポが遅くなった。


▽ここでテノールの錦織健が登場。クラシック音楽界の人間の中でゲームにかけた時間は自分が最も多い!と自負しているそうだ。
「ファイナルファンタジー」という言葉を聞くだけで目頭を抑える錦織健。おいおい、いくらなんでも…。


▼「ファイナルファンタジー」
FFのメインテーマがここで演奏された。
この曲のオーケストラでの演奏CDは持ってるし、別に何も感じなかった。ただ、古い画面が出てきたのが感動した。FF1.4.5あたりが出てきていたような気がする。


▽ここで植松伸夫さん登場! テレビで動いてる植松さんを見るのは初めてかも。

オレンジの布をかぶり、上下黒のあっさりした和風な格好だった。書道の達人とか、陶芸家とか、職人っぽい格好だ。

植松さんはチャイコフスキーが好きだという。チャイコフスキーはバレエの作曲家だから通じるものがあるのだろうか。


チャイコフスキーと植松伸夫といえば、オレが真っ先に思い出すのはFF9の「あやまちの愛」FF5の「レクイエム」とチャイコフスキー「弦楽セレナード」の出だしが似ていることだ。


また、植松さんはクラシックではなくロックバンドの出身なので、オーケストラの表現力には驚きを感じるそうだ。


▼「ザナルカンドにて」が演奏される。ピアノから始まるが、オーケストラが加わり盛り上がる。感動的だ。異界おくりの映像が出てきて、またFF10をやってみたくなった。

字幕の説明によると、この曲はもともとゲーム音楽ではなくフルートのためにかかれた曲なんだそうだ。
フルート奏者のお姉さんがユウナっぽく見えた。


▽桜井政博さん登場。この人はスマブラの作曲家なんだそうだ。あいにくやったことないから馴染みがないなあ。

ゲーム音楽の流れを語る。81年のドンキーコングはリズムだけの音楽だった。85年のスーパーマリオブラザーズはメロディーが出てきて音楽らしくなった。


錦織健はスマブラのテーマ曲を歌うことになった時は、涙が出るほど嬉しかったそうだ。


▼大乱闘スマッシュブラザーズXから「メインテーマ」
錦織健とソプラノの高橋織子が歌う。字幕は日本語だが、歌ってるのは外国語だ。
歌詞は、憧れの人が今自分の隣りで一緒に戦ってるから感激だ、みたいな内容。

やっぱりやってないゲームの音楽を聴いても面白くないな。



▼ドラゴンクエスト9から「序曲」が演奏された。

前奏が違う。ドラクエ1.2.3まではホルンによる前奏で、ドラクエ4からはトランペットが同音を繰り返して始まる前奏だった。9はそのどちらでもないデラックスな前奏だ。前奏が終わり主部に入ってしまえば、いつも通りのドラクエ序曲だ。



▽ここですぎやまこういちさん登場!白髪にメガネ、黒いスーツで決めている。
ドラクエは北欧神話みたいだ、なんて話が出た。


佐渡さんから「ゲーム音楽がこれほど本格的な音楽になると思ってましたか?」と質問がでる。「いやあ、こんなに発展するとは思いませんでした」みたいな答えを期待したのだろう。しかしすぎやまさんは「はい」と答えた。「頭の中では音楽はオーケストラで鳴っていた。それを3つの声部にのせていくのが作曲の手順でした」「オーケストラとは素晴らしいごちそうなんです」
トークがあちこちカットされ編集されているが、全てのトークを聞くのは番組の収録会場に行った人の特権なのか。


▼ドラゴンクエスト3から「冒険の旅」が演奏された。
ファミコン版ドラクエ3の映像が出た。アリアハン西の洞窟で宝箱を開けてたびびとのふくを取る所、レーベの村を歩く映像が出た。


▽続けて、指揮者が金聖響からすぎやまこういちさんに交代する。


▼ドラゴンクエスト3から「そして伝説へ」が演奏された。これはリクエストの多い人気曲だそうだ。3のエンディング曲だ。

すぎやまさんはのびのびと達者に指揮していた。オレは感動して涙が出そうになった。


個人的になるけど、ゲーム音楽はオレにとって迫害される音楽だった。「被差別音楽」だった。(そんな言葉があったとしたらの話だが)

ドラクエ3のころは小学生だったし、ゲームやりすぎると親に怒られた。何かあるとゲームのせいにされ、ゲームは悪者になった。
オタクという言葉が出てきて、ゲームはオタクと結びつけられ、ゲーム=オタク=不健康で暗くて悪いもの、だった。まだテレビゲームに市民権がなかった(オレの周辺では)。ゲームと聞いたら大人は眉をひそめるのだ。


それがどうだ。こういう歴史あるテレビ番組(軟化は激しいが)で堂々とゲーム音楽が演奏されるようになった。ゲームはここまで解放されたのだ、と思うと本当に嬉しいし感動的だ。ピコピコと呼ばれ蔑まれたゲーム音楽が、今拍手喝采を受けているのだ。感動、ただただ感動だ。

もうオレは多少のことではへこたれない気がしてきた。それくらい勇気をもらった。すぎやまさんの指揮する姿を思い浮かべるたび感動する。

最後はすぎやまさんと植松さんの2ショットもあった。素晴らしい。


今日ほど感動した「題名のない音楽会」はなかった。ゲーム音楽よ永遠なれ。



蛇足だろうが、最後にすぎやまこういちのコピペを貼っておく。




■ソニー・久多良木氏
もっとも驚いたのは、ファミコンをやってるときに、サウンドトラックが4本しかありませんと、音のディレイもありませんと、それで音楽を表現しないといけないと。
そんなもんで音楽なんてやれませんよね。
ところが、その狭い世界でもある種の“美学”があってね、こうやればこう鳴りますと。
それも確かに音楽だよね。それをぼくは否定しないんだけども、だけど一般の人、普通の人はそれで感動するかというと、ぼくは感動しないと思う。
なぜかというと、それを感動させるのはクリエイターなの。
その場合、クリエイターが感動してない、クリエイターがやりたいと思ってない。
それで聴いた人が感動するはずがない。
要はクリエイターがやりたいと思ってることがやれるかどうかというのがキーなんです


■作曲家・すぎやま こういち氏
『「3トラックで音楽ができるわけがない」という声も聞かれたんですが、 僕から言わせると「それは力がないだけだ」ということになるわけです』
(1トラックでも組曲が表現できる、その例として、 バッハの「フルートのための無伴奏パルティータ」をあげる)
『大先輩のバッハがやっているわけですから、「2トラックではできません」というのは、プロのセリフではないわけです


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