このブログが五周年を迎えました、それとお知らせ。「えんぴつで万葉集」をやってみた【9】49-54日目  ~月読(つくよみ)の 光を清み、ほか

2014年10月20日

{短歌の本読む 36} 「第四十三回全国短歌大会選歌集」  ~なまえはなんというのでしょうか、ほか

第四十三回全国短歌大会選歌集。


現代歌人協会の主催する「全国短歌大会」というのがあったんだが、それの入選作品を収録した「全国短歌大会選歌集」は今月はじめに届いた。
出詠に3000円かかる。それで5首出す仕組み。
選考委員は15人いる。

選考委員は一人20首を選ぶ。だから単純計算で15×20=300首が選ばれるわけだが、重複がある。例えばオレのとある歌は三人に選ばれた。そういうことがあるので、実質は300には満たない。

その20首に4つの段階がある。選者賞が1首、佳作第一席が1首、佳作第二席が1首、そのほかの佳作が17首。
選者賞の上に、朝日新聞社賞1首、大会賞2首がある。

応募者490名、応募歌数が2393首。
さっき書いたように300弱の歌が入選するので、1割強の歌が入選している。

顔ぶれを見ると、新聞歌壇や総合誌の投稿のページ、NHK短歌で見かけるような人を何人か見かけた。

選歌集を見ていると、名前にルビがある。オレの名前にいちいち「よしお」とルビがふってある。やさしい。

見ると、面白い歌が多い。
ただこの選歌集、応募者以外の人がどれだけ手にするのだろうかというところが気になる。
例えばオレが「おもしろいので(オレの歌も載ったし)みなさんよろしければご覧ください」って言っても、そう簡単には見れない。

全国だし、大会だし、何やらとっても大きそうな感じもするんだが、この応募者数や歌の流れなさは、これが普通なのか気になる。
第43回ということは昔からやってるんでしょう。ブログとか調べてもあんまりでてこないしツイートはずっと検索して監視してるけど十数件だ。

余計なこと書き始めたついでにさらに書くと、「全国短歌大会」っていう名称がほかの大会とかぶってるんだよなあ。「NHK全国短歌大会」という別の大会もあるし、その他にもある。主催者を入れてようやく識別できる状態だ。

そうしてみると、やっぱり大会に出て大会の空気を感じられればいいんだよなあ。外側からは見えないものがある。



その音の瑕に沁むるが厭わしくベルを壊しぬベルは壊るる/島本ちひろ
→動機があって、それにそって行動したということなんだが、完全にはかたづかなくて何かが余っている。
壊れたベルからでるなにかがなおも瑕に沁みてくるようだ。
結句の反復がそう思わせるのかなあ。一度でいいことを、別の方から言い直している。


砂浜は標なき墓とこしへに赤子の声で啼けよ海鳥/木村美和
→赤子の声で、ということは、長く生きたひとの墓ではなさそうだ。「標なき」ということは死者に名前がないのか。生まれてこれなかった人の墓のイメージか。


別れにはきっぱりが要るジーパンに一本一本足を突っ込む/大平真理子
→なるほど、ジーパンに足を突っ込むのが「きっぱり」に対応している。隙間やだぶついたものをなくす行為。着替えることが新しい自分になることと重なる。


シャワーの湯出しつぱなしで少年はぎしぎしと乳歯を抜いてをり/木村美和
→少年が自分の力で大人になっていこうとしていると。ぎしぎしという音が生々しい。


「魚釣りゲームで二位」とヘルパーは報告をせり姑の一日/和田操
→楽しく過ごしたんだろうが、まるで子供みたいだ。ほんものでもない魚を、いくつとれたと喜んでいるのか。そして、順位をつけている人がいる。
そんな一日が積み重なっていく人生。


後ろからめくれば君に逢う前の世界へ戻ってゆく紙芝居/鈴木晴香
→ちょっと永田さんの海へのバスの歌を思いだしたりもするが、なんといっても「紙芝居」だ。
紙芝居自体が昔なつかしくてワクワクさせるし、しかもそれを後ろからめくるという。紙芝居って、大人が子供に語りつつ見せるものだが、誰かに語れる生き方はいいね。


音たてて鳩がはばたく たぶん空はチョークの×(ばってん)まみれのドアだ/蒼井杏
蒼井杏さんはほんとによく見かける。
→チョークの×まみれのドア、が考えさせてくる。チョークは白いし、鳥のフンも白いなあと思ったりもした。
鳩があまり高く飛ばないことから、鳩のうえには通り抜けられないものがあるということかなあ。
あるいはもっとイカロスみたいなことかもしれない。
飛べずに挫折した者の思いがチョークのばってんであると。ばってんが墓標であると。読みがひろがる。


告知せず母を看取りぬただ一度癌ではないかと問はれしことあり/藤林正則
→良かれと思い病名を告げなかったのだろうが、一度の嘘を忘れられずにいる。つらいなあ。


善人より悪人の方がおもしろい言つてゐる人みんな善人/鷲巣錦司


借金を面白おかしく言ひをりし男消えたりその後は知らず/黒山敏惠

→危機感のなさは事態を悪い方向へもっていくことがある。知らないというだけではあるが、よくない想像をしてしまうなあ。借金の恐ろしい部分にのみこまれてはいないかと。


「さあ帰ろう」母の亡きがら連れ帰る手摺りだらけのあなたの家に/大澤康男
→「あなた」がよくわからなくてつまずく。
初句の前向きな感じから一転する。手摺りには不自由な体の苦しみがある。人は亡くなっても手摺りは残る。


ホームセンター店長の背にエプロンのひも交差せり夜半の月あり/清水良郎
「塔」の方。新聞歌壇や総合誌の投稿欄でもみかける。
→交差したひものバッテンと、月の丸という取り合わせ。
ホームセンター店長という人選がいいよ。よく連れてきた。夜まで働く男の後ろ姿。主婦のエプロンとは違うおもむきがある。


さうだつた野村萬斎のむらまんさい思ひ出せたことがうれしい三日目にして/石河和子
→うれしさのあまり二回繰り返したのだろうか。繰り返さなければ定型に近くなったが。ややこしや。

ちなみにこれは藤原龍一郎さんの佳作。この歌の隣がヨネスケのでてくる歌で、その隣がゴッホの歌で、ひとつとばして明石家さんまの歌。人名のでてくる歌がかなり多い。
それと、クリミア、ソ連、アフリカと、地名のでてくる歌も多い。この選者の傾向か。


値引きした鮭弁ようやく売り切れる夢に目覚めし休日の朝/三浦美智子
→休みでも仕事のことを夢に見る。とても現実的な夢だ。
弁当ではないがオレも似たような仕事をするので、共感もある。


一日の疲れと愚痴を削ぎ落とすシャワーの果ての大河を思う/武田悟
古谷智子選の選者賞作品。選者賞は、その選者がもっとも良いとしたもの。選者賞作品くらいはホームページに載せてもいいんじゃないかと思うがどうかしら。
だって全国大会なのに、15人も選者がいるのに、発表されるのが三首というのはケチじゃないのかなあと思うのよ。

→シャワーをあびると心身ともにすっきりするけど、落とされた疲れや愚痴の行き先を思っている。たくさんの愚痴や疲れでできた大河。


くちびるが人肌を知りたがったから罰として押し当てる棒アイス/佐倉まり子
→なんとなくガリガリ君かなあと思っている。先が丸くてなめらかな「PARM」だと罰にならないなあ。


たべやすい あまいぶどうをありがとう なまえはなんというのでしょうか/青木健二
→穂村弘さんの佳作。普通の言葉のようで、そうじゃないよなあ。言うのは難しいが、わずかなところで、これは平凡じゃない。
ひらがなと一字あけがそう感じさせるのか。ものすごく素朴な人がぶどうを食べる喜び、感謝、好奇心を言葉にしている。
食べやすかった、甘かった、感謝した、名前を知りたくなった。感覚をみんな言葉にして伝えている。


頭から一人の男(ひと)が消えた午後独りで歩ける道のうねりよ/工藤生琴(いくこ)
→「ひと」が三回でてきている。
独りになって、自分自身で道を歩いているということをうねりによって実感しているということかなあ。二人なら気づかなかったかもしれないうねりを。

というのが全32ページで丸をつけた歌であります。







オレの歌。

のたれ死にしたことがある気がしてる照らされてオレンジの歩道橋/工藤吉生
(大松達知選・佳作、佐藤弓生選・佳作、谷岡亜紀選・佳作)


夢の中の弟はまだ小さくてこちらを向いた不安な両目/工藤吉生
(香川ヒサ選・佳作)


幸せなあちらのオレが今ここのこのオレを思いぞっとする夜/工藤吉生
(田村元選・佳作第一席)


んじゃまた。


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