《歌集読む 211》小坂井大輔『平和園に帰ろうよ』  ~泣いたら強いんですよ、ほか村田沙耶香『コンビニ人間』読んだ

2019年09月09日

現代短歌bot @gendai_tanka 収録歌1180首

短歌botについて
http://blog.livedoor.jp/mk7911/archives/52137591.html


参考図書

高野公彦『現代の短歌』
小高賢『現代短歌の観賞101』
小高賢『現代の歌人140』
山田航『桜前線開架宣言』
千葉聡、佐藤弓生、東直子『短歌タイムカプセル』
穂村弘『短歌という爆弾』
穂村弘『短歌の友人』
加藤治郎『短歌レトリック入門』
加藤治郎『TKO』
『ねむらない樹 vol.1』
『ユリイカ』2016年8月号「あたらしい短歌、ここにあります」
『短歌ホリック 1』





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戦争に失ひしもののひとつにてリボンの長き麦藁帽子  尾崎左永子
硝子戸の中に対称の世界ありそこにもわれは憂鬱に佇つ  尾崎左永子
百獣の矜持に似たる怒気ありて侮(あなど)る者を追い詰めんとす  尾崎左永子
女泣かせて甲斐性(かひしよ)なけれど直腸に坐薬沈めて眠らむとする  岡井隆
革命にむかふ青春のあをい花ほんとに咲いてゐたんだつてば  岡井隆
男の論かすか不可思議されどなほわがほほゑみもかすか不可思議  馬場あき子
心なし愛なし子なし人でなしなしといふこといへばさはやか  馬場あき子
なめらかに嘘がいへるといふことのたのしさも知りてもう若からず  蒔田さくら子
返り血を浴びて戻れる辻斬りの心かくやと手を洗ひ居つ  蒔田さくら子
消防車光り輝き歓びへ馳せゆくごとし遠き昼火事  蒔田さくら子
簡潔につたふる若き通訳のことばは何を省(はぶ)きたりしか  篠弘
若者は語彙すくなくて刺(とげ)なせるもの言ひをする淋しきまでに  篠弘
ラッシュアワー終りし駅のホームにて黄なる丸薬踏まれずにある  奥村晃作
分身の如き思ひに近付きぬ夜の駅前われの自転車  奥村晃作
山間の小学校は休暇にて地球儀ひとつ教卓を占む  奥村晃作
さんざんに踏まれて平たき吸殻が路上に在りてわれも踏みたり  奥村晃作
運転手一人の判断でバスは今追越車線に入りて行くなり  奥村晃作
あお向けに寝ながら闇を愛しおり動けば淋し自慰終えし後  浜田康敬
この部屋から富士山見えおり干してあるストッキングを透かし見てみる  浜田康敬
職探すことに疲れてユダヤ人虐殺の映画見て憩いおり  浜田康敬
方形のガラスを運ぶ男いて透明をかくも重くかつげり  浜田康敬
折り返し地点をマラソン選手らが徒労の如く返り行くなり  浜田康敬
風呂場より走り出て来し二童子の二つちんぽこ端午の節句  佐佐木幸綱
寄せては返す〈時間の渚〉ああ父の戦中戦後花一匁(はないちもんめ)  佐佐木幸綱
直立せよ一行の詩 陽炎に揺れつつまさに大地さわげる  佐佐木幸綱
やはらかきふるき日本の言葉もて原発かぞふひい、ふう、みい、よ  高野公彦
いづこにも情報戦のふつふつと煮えたぎりつつなにも見えない  黒木三千代
てのひらにすくひては零す花びらはひかり いくたびもわれは失ふ  黒木三千代
秋の野のまぶしき時はルノアールの「少女」の金髪の流れを思う  佐藤通雅
休日の鉄棒に来て少年が尻上がりに世界に入つて行けり  佐藤通雅
もの言わぬ卑怯について夜の厠出でたるのちも思い継ぎおり  伊藤一彦
月光の訛(なま)りて降るとわれ言へど誰も誰も信じてくれぬ  伊藤一彦
月光に一葉(ひとは)揺らさず叱られてゐる崖の木を見てしまひたり  伊藤一彦
われを知るもののごと吹く秋風よ来来世世(らいらいせせ)はわれも風なり  伊藤一彦
啄木をころしし東京いまもなほヘリオトロープの花よりくらき  伊藤一彦
だんだんにいやらしくなる考えのどうでもよけれど抑えがたしも  大島史洋
産み終えて仁王のごとき妻の顔うちのめされて吾はありたり  大島史洋
生きているだから逃げては卑怯とぞ幸福を追わぬも卑怯のひとつ  大島史洋
霊柩車が雨水はねて走りぬけしずかに水がもとにもどる間  沖ななも
父母(ちちはは)は梅をみておりわれひとり梅のむこうの空を見ている  沖ななも
一つずつ失いゆけば失うもの多く持ちいしことにおどろく  沖ななも
夕闇の桜花の記憶と重なりてはじめて聴きし日の君が血のおと  河野裕子
君は今小さき水たまりをまたぎしかわが磨く匙のふと暗みたり  河野裕子
一生に一度使ふことばは何だらう西日の中にうつ伏し眠る子に  河野裕子
汗のシャツ枝に吊してかへりきしわれにふたりの子がぶらさがる  時田則雄
離農せしおまへの家をくべながら冬越す窓に花咲かせをり  時田則雄
トレーラーに千個の南瓜と妻を積み霧に濡れつつ野をもどりきぬ  時田則雄
一片の雲ちぎれたる風景にまじわることも無きわれの傷  三枝浩樹
なににとおくへだてられつつある午後か陽だまりに据えられしトルソー  三枝浩樹
人あまた乗り合ふ夕べのエレヴェーター枡目の中の鬱の字ほどに  香川ヒサ
人あまた行く夕暮の地下街を無差別大量の精神過ぎる  香川ヒサ
棒切れをくはへて戻り尾を振りて犬として犬を在る犬がゐる  香川ヒサ
もの言わで笑止の螢 いきいきとなじりて日照雨(そばえ)のごとし女は  永田和宏
陽のかぎり誰か揺りにしブランコをぬばたまの夜はわれが揺するも  佐伯裕子
「母さん」と庭に呼ばれぬ青葉濃き頃はわたしも呼びたきものを  佐伯裕子
デパートにわれは迷ひぬ三匹の金魚のための沙(すな)を買はむとして  小池光
たはむれに懐中電灯呑(の)まむとぞする父おやを子がみて泣きぬ  小池光
雨の中をおみこし来たり四階(よんかい)の窓をひらけばわれは見てゐる  小池光
煙突に付帯せる鉄の梯子にてあるところより失はれたる  小池光
爆薬がわが手にあらば真昼この都市は静けく来たらんわれに  花山多佳子
何者かの夢に見られているごとく直に歩めり広らな道を  花山多佳子
探し当てたる吾子は異なる顔なれどゆめなればその手を引きて出づ  花山多佳子
唇をよせて言葉を放てどもわたしとあなたはわたしとあなた  阿木津英
卵巣を吊りて歩めるおんならよ風に竹群の竹は声あぐ  阿木津英
俺は俺を救出せねばならぬゆゑ委細かまはず冷や飯かつ込む  島田修三
巨きなる睾丸は垂れハスキー犬楚楚たる少女にしたがひ往くも  島田修三
犬といふ俗なるケモノは身を絞り月下の舗道に糞をぞひり出す  島田修三
システムにローンに飼はれこの上は明ルク生クルほか何がある  島田修三
新宿駅西口コインロッカーの中のひとつは海の音する  山田富士郎
死体なんか入つてゐないのが残念だあけたつていいようちの冷蔵庫  山田富士郎
街路樹の鈴掛に巣をつくりたる雉鳩よおまへは東京が好きか  山田富士郎
夜は夜のあかりにまわるティーカップティーカップまわれまわるさびしさ  永井陽子
こんな眼をわれもしているヌイグルミ売場に千の虚無の眼ひかる  藤原龍一郎
林真理子のヌードのように容赦なく秋の没陽(いりひ)がわれを責めるよ  藤原龍一郎
ロール・プレイング・ゲームの中にのみ生きてされど吟遊詩人の無力  藤原龍一郎
プラタナス濡らして夜の雨が降る濡れたきものは濡らしてやれよ  藤原龍一郎
だまし絵に騙されてゐるいつときが思ひのほかの今日のしあはせ  今野寿美
うくすつぬ童子唱(とな)へてえけせてね今日の終はりの湯の音のなか  今野寿美
追憶のもつとも明るきひとつにてま夏弟のドルフィンキック  今野寿美
ちちと娘(こ)と待ち合はせゆふべ帰るさまウィンドの続くかぎり映れる  松平盟子
水面を夫と子の首泳ぎゆくあやつるごとく我は手を振る  栗木京子
天敵をもたぬ妻たち昼下りの茶房に語る舌かわくまで  栗木京子
女らは中庭(パティオ)につどひ風に告ぐ鳥籠のなかの情事のことなど  栗木京子
ゆめに散る花ことごとく蒼くしてこの世かの世にことば伝えよ  井辻朱美
椰子の葉と象の耳ほどこの星の風が愛したかたちはなかった  井辻朱美
地球(テラ)を吹く秋風きたりキリンソウの黄の荒れしまま澄める口笛  井辻朱美
ハモニカをふぁんと鳴らしてよその子がわが子のやうなさびしさを見す  小島ゆかり
蔑(なみ)されてわれ鮮しき 捨てにゆくパインの缶の口のギザギザ  小島ゆかり
ファミコンソフトにマリオ眠らせチカチカとマリオの屋根に雪ふり積む  小島ゆかり
藍青(らんじやう)の天(そら)のふかみに昨夜(よべ)切りし爪の形の月浮かびをり  小島ゆかり

アルキメデス殺(ごろ)しの紅顔兵卒もわれも沈丁の香にまみれをり  坂井修一
科学者も科学も人をほろぼさぬ十九世紀をわが嘲笑す  坂井修一
目にせまる一山の雨直(すぐ)なれば父は王将を動かしはじむ  坂井修一
英雄の尿(いばり)のごとくかがやくは天網かはたインターネット  坂井修一
白鳥はおのれが白き墓ならむ空ゆく群れに生者死者あり  水原紫苑
殺してもしづかに堪ふる石たちの中へ中へと赤蜻蛉(あかあきつ) ゆけ  水原紫苑
まつぶさに眺めてかなし月こそは全(また)き裸身と思ひいたりぬ  水原紫苑
あめんぼの足つんつんと蹴る光ふるさと捨てたかちちはは捨てたか  川野里子
ふるさとは海峡のかなたさやさやと吾が想わねば消えてゆくべし  川野里子
ものおもふひとひらの湖(うみ)をたたへたる蔵王は千年なにもせぬなり  川野里子
桃の蜜手のひらの見えぬ傷に沁む若き日はいついかに終わらむ  米川千嘉子
たましひに着る服なくて醒めぎはに父は怯えぬ梅雨寒のいへ  米川千嘉子
かしの実を拾へばおもふ電極の帽子のなかをゆく白き旅  米川千嘉子
だからもしどこにもどれば こんなにも氷をとおりぬけた月光  加藤治郎
ほそき腕闇に沈んでゆっくりと「月光」の譜面を引きあげてくる  加藤治郎
十代の我(あ)に見えざりしものなべて優しからむか 闇洗ふ雨  大辻隆弘
秋の陽をあまねく容るる窓の辺に紙を揃ふる手かしろく見ゆ  大辻隆弘
北空は寒きかげりを帯びながらいざなふごとしわれと一羽を  大辻隆弘
東京をふたたび敵と思ひゆく飯田橋下酔後の罵声  大辻隆弘
指頭もて死者の瞼をとざす如く弾き終へて若きピアニスト去る  大塚寅彦
洗ひ髪冷えつつ十代果つる夜の碧空(あおぞら)色の瓦斯の焔を消す  大塚寅彦
生没年不詳の人のごとく坐しパン食みてをり海をながめて  大塚寅彦
仮想(ヴアーチヤル)の〈死〉に頬あかく照らされてゲームエリアに若者ら群る  大塚寅彦
「酔ってるの?あたしが誰かわかってる?」「ブーフーウーのウーじゃないかな」  穂村弘
錆びてゆく廃車の山のミラーたちいっせいに空映せ十月  穂村弘
惑星別重力一覧眺めつつ「このごろあなたのゆめばかりみる」  穂村弘
剝がされしマフィア映画のポスターの画鋲の星座けふも動かぬ  荻原裕幸
たはむれに美香と名づけし街路樹はガス工事ゆゑ殺されてゐた  荻原裕幸
それはだつて結局つまりうるさいな毎晩ちやんと抱いてるだらう  荻原裕幸
春の日はぶたぶたこぶたわれは今ぶたぶたこぶた睡るしかない  荻原裕幸
間違へてみどりに塗つたしまうまが夏のすべてを支配してゐる  荻原裕幸
桃よりも梨の歯ざはり愛するを時代は桃にちかき歯ざはり  荻原裕幸
はなび花火そこに光を見る人と闇を見る人いて並びおり  俵万智
いくつかのやさしい記憶新宿に「英(ひで)」という店あってなくなる  俵万智
愛することが追いつめることになってゆくバスルームから星が見えるよ  俵万智
男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす  俵万智
ゆめにあふひとのまなじりわたくしがゆめよりほかの何であらうか  紀野恵
台所嫌ひの女友達よスイス・ロマンド・カンゲン・ガクダン  紀野恵
不逢恋(あはぬこひ)逢恋(あふこひ)逢不逢恋(あふてあはぬこひ)ゆめゆめわれをゆめな忘れそ  紀野恵
橋桁にもんどりうてるこの水はくるしむみづと決めて見てゐる  辰巳泰子
男らは皆戦争に死ねよとて陣痛のきはみわれは憎みゐき  辰巳泰子
うたがはぬ力授かり生まれ来(こ)し君らに母といふ泥の床  辰巳泰子
どう夕焼けていいかわからない空のやう子を抱きどこまでも一人の私  辰巳泰子
いわし雲みな前を向きながれおり赤子を坂で抱き直すかな  吉川宏志
四十になっても抱くかと問われつつお好み焼にタレを塗る刷毛  吉川宏志
窓辺にはくちづけのとき外したる眼鏡がありて透ける夏空  吉川宏志
背を向けてサマーセーター着るきみが着痩せしてゆくまでを見ていつ  吉川宏志
画家が絵を手放すように春は暮れ林のなかの坂をのぼりぬ  吉川宏志
泡立てしシャボン溢るる手の平におぼれもせずに顔洗うひと  梅内美華子
大いなる空振りありてこれならばまだ好いていよう五月の男  梅内美華子
ティーパックのもめんの糸を引き上げてこそばゆくなるゆうぐれの耳  梅内美華子
愛された記憶はどこか透明でいつでも一人いつだって一人  俵万智
あいみてののちの心の夕まぐれ君だけがいる風景である  俵万智
わからないけれどたのしいならばいいともおもえないだあれあなたは  俵万智
まがなしくいのち二つとなりし身を泉のごとき夜の湯に浸す  河野裕子
夜の暗渠(あんきょ)みづおと涼しむらさきのあやめの記憶ある水の行く  高野公彦
ビルディングの入(はひ)りの扉うす青く人が押さぬとき死者凭(もた)れをり  高野公彦
ジャージーの汗滲むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ  佐佐木幸綱
鳴りいづる電話待つ間(ま)のひとときか心はさやぐ朝のデスクに  篠弘
雪なだれ運ぶ川面のささめきか楽あらたまる春の茶房に  馬場あき子
どの論理も〈戦後〉を生きて肉厚き故しずかなる党をあなどる  岡井隆
父よ その胸廓(きょうかく)ふかき処(ところ)にて梁(はり)からみ合うくらき家見ゆ  岡井隆
衰えし父を和室に訪(と)わんとしわが手のなかの乾かざる砂  岡井隆
シャンプーの香をほのぼのとたてながら微分積分子らは解きおり  俵万智
砂浜に二人で埋めた飛行機の折れた翼を忘れないでね  俵万智
目薬をこわがる妹のためにプラネタリウムに放て鳥たち  穂村弘
我を遠く離れし海でアザラシの睫毛は白く凍りつきたり  吉川宏志
ふかづめの手をポケットにづんといれ みづのしたたるやうなゆふぐれ  村木道彦
めをほそめみるものなべてあやうきか あやうし緋色の一脚の椅子  村木道彦
水浴ののちなる鳥がととのふる羽根のあはひにふと銀貨見ゆ  水原紫苑
春あさき郵便局に来てみれば液体糊がすきとおり立つ  大滝和子
元旦に母が犯されたる証し義姉は十月十日の生れ  浜田康敬
ここにいる疑いようのないことでろろおんろおん陽ざしあれここ  加藤治郎
まりあまりあ明日(あす)あめがふるどんなあめでも 窓に額をあてていようよ  加藤治郎
歯にあたるペコちゃんキャンディーからころとピアノの上でしようじゃないか  加藤治郎
「東京の積雪二十センチ」といふけれど東京のどこが二十センチか  奥村晃作
胸もとに水の反照うけて立つきみの四囲より啓(ひら)かるる夏  横山未来子
え、という癖は今でも直らない どんな雪でもあなたはこわい  東直子
何気なく顔上げしとき未知の人が凝視を外す瞬間に遭ふ  尾崎左永子
永遠に不平屋としておれはゐる 濡れし鼻面を寄せる巨犬  岡井隆
ぐろうばりぜいしよん。ぐろうばりながら裡に蒼白く国家を胎む  岡井隆
ぱさと散る大きなる葉のよい香り柏の葉だよと犬に教ふる  馬場あき子
いつもそこで必ず狂ふレコードの瑕のごときを身に持てりけり  蒔田さくら子
Tシャツの胸尖らせてひたひたとをとめ五人が質問に来ぬ  篠弘
転倒の瞬間ダメかと思ったが打つべき箇所を打って立ち上がる  奥村晃作
友の家に泊まり目覚めしその部屋にあまたの額の表彰状あり  浜田康敬
近づいてまた遠ざかるヘッドライトそのたびごとに顔面捨てる  江戸雪
オルゴール芯のいがいがの手触りを思ひつつ古き旋律(メロディー)聴けり  大塚寅彦
昭和というウオッカが壜に三センチ残ったままで捨てられている  大滝和子
こんなこともあるさと言つてゐるような 顔削られし聖人像は  香川ヒサ
静かなる沖と思うに網打ちて海に光を生む男あり  三枝昂之
姉は母にわたしは姉にそろそろと似てゆきいつか縫い合わされむ  道浦母都子
池尻のスターバックスのテラスにひとり・ひとりの小雨決行  斉藤斎藤
瓦礫道 そこに死体があるらしくぼかしをよけて兵士は歩む  吉川宏志
古馴染ふらんす国のぐうたら屋ぷるうすとには茶を差し上げて  紀野恵
充電をしてゐる電気剃刀をひとつの羽虫めぐりてやまず  小池光
校庭にゆるく鳴りたるオルガンのファの狂いしを生きて来しかも  佐伯裕子
「死ぬときは一緒よ」と小さきこゑはして鍋に入りたり蜆一族  小島ゆかり
ウルトラマンは裸なのかと子が問へり湯気うすくなるミルクの前に  坂井修一
一週間ひとと暮らしてまだ旅のはじまりのやうな朝の歯みがき  大口玲子
玄関に靴並びをりみどりごは抱かれくるゆゑまだ靴はなし  高野公彦
あれはどこへ行く舟ならむいつ見ても真つ新なるよ柩といふは  高野公彦
われはなぜわれに生れたる 中年の男の問ふは滑稽ならむ  伊藤一彦
表現に類型はあり人生に類型はなし と言えるかどうか  大島史洋
木を伐れば切り株残り切り株を掘れば掘ったで穴が残りぬ  沖ななも
一滴の雫をたらすこともなく月はめぐりぬ軌道のうえを  沖ななも
さびしさよこの世のほかの世を知らず夜の駅舎に雪を見てをり  河野裕子
一粒ずつぞくりぞくりと歯にあたる泣きながらひとり昼飯を食ふ  河野裕子
褐色の顔をいちまい洗ひ終へ今日といふ日を抹消したり  時田則雄
門の扉は閉ざされてをり這入らむとするものにのみ閉ざされてをり  香川ヒサ
これはそれそれはあれなりいつさいは問はれなければわかつてゐるが  香川ヒサ
ふところに月を盗んできたようにひとり笑いがこみあげてくる  永田和宏
がんばっていたねなんて不意に言うからたまごごはんに落ちているなみだ  永田和宏
蛍光灯のカヴァーの底を死場所としたるこの世の虫のかずかず  小池光
プリクラのシールになつて落ちてゐる娘を見たり風吹く畳に  花山多佳子
そのむかし刀を帯びる集団と丸腰の人がすれ違ひけむ  池田はるみ
叱られて涙出づるはなにゆゑといとけなきは問ふ優しかれよ科学  島田修三
日本のパンまづければアフリカの餓死者の魂はさんで食べる  山田富士郎
くつしたの形てぶくろの形みな洗はれてなほ人間くさし  永井陽子
ひとの死の後片付けをした部屋にホチキスの針などが残らむ  永井陽子
吠える犬それは私だ 廃園が廃園と呼ばれる前の私だ  藤原龍一郎
まつむしがまことちんちろりんと鳴くもう一度聴くためのクリック  今野寿美
おぼえてぬっ好きではぬっ時間がぬっ ぬっ ぬっ ぬっと子は会話する  今野寿美
透明な袋に分かつ にんげんが採りて棄てたる樹木と石油  内藤明
はじめより持たざるひとつを喪ひしもののごとくに胸に秘め置く  内藤明
大粒の雨降り出して気付きたり空間はああ隙間だらけと  栗木京子
さす傘に子を引き入れて叱るとき地上に母と子のみになりぬ  中川佐和子
熱帯魚少しずつ減る水槽の中の一匹太りてゆくも  中川佐和子
ラ・トゥールの蝋燭の灯り見て帰り泥鰌のような眠りに入る  中川佐和子
ほんとうにもう行ってしまう子に言いぬ今年の桜が一番きれい  中川佐和子
野獣派のマチスの「ダンス」手を繋ぐときあらはれる人間の檻  尾崎まゆみ
一本の樹が瞑想を開始して倒さるるまで立ちておりたり  渡辺松男
憂鬱なるわれは欅の巨人となり来るクルマ来るクルマひっくりかえす  渡辺松男
夢にわれ妊娠をしてパンなればふっくらとしたパンの子を産む  渡辺松男
この町を愛しすぎたる人ならんバス停として今日も立ちをり  小島ゆかり
大夕焼ばらんばらんと泣くからに奇人変人ほろぼしてはならず  坂井修一
無限から無限をひきて生じたるゼロあり手のひらに輝く  大滝和子
地球儀に唇(くち)あてているこのあたり白鯨はひと知れず死にしか  大滝和子
アンパンマンを怖がりし息子みづからを食はせてしまふ技を見てより  川野里子
鳩のやうな新人銀行員の来て青葉の新興住宅地に迷ふ  米川千嘉子
お軽、小春、お初、お半と呼んでみる ちひさいちひさい顔の白梅  米川千嘉子
受話器まだてのひらに重かりしころその漆黒は声に曇りき  大辻隆弘
ぬばたまのクローン人間いづくにか密かに生るるごとき春寒  大塚寅彦
パンの耳食みつつ聴くは鳥のこゑ天上天下唯我独貧  大塚寅彦
水の底の寺院へ行つて来たよまだ時が睫毛にしづくしてゐる  林和清
参道に玉砂利を踏むこの石のいくつかはかつて誰かの眼球  林和清
見えてゐる世界はつねに連弾のひとりを欠いたピアノと思へ  荻原裕幸
どこまでも嘔吐してふるさくらばな うそでないからこそ罪ぶかい  辰巳泰子
いじめには原因はないと友が言うのの字のロールケーキわけつつ  江戸雪
子を産みし日まで怒りはさかのぼりあなたはなにもしなかったと言う  吉川宏志
秋の雲「ふわ」と数えることにする 一ふわ二ふわ三ふわの雲  吉川宏志
記されし祈りの言葉呟きて祈りに似たることをわがしつ  大口玲子
手を出せば水の出てくる水道に僕らは何を失うだろう  松村正直
声だけでいいからパパも遊ぼうと背中に軽く触れて子が言う  松村正直
極刑を求める声の清しさに揺れつつ昼のうどんを啜る  松村正直
満員のスタジアムにてわれは思ふ三万といふ自殺者の数  大松達知
車中にて親指メールする人よ人を思ふとき人はうつくし  大松達知
あふむけに運ばれてゆくあかるさの瞼の外に遠き雲あり  横山未来子
ひとはかつてわが身めぐりを指さして全てのものを名づけたりけり  横山未来子
君の落としたハンカチを君に手渡してぼくはもとの背景に戻った  斉藤斎藤
前肢が崩折れて顔から倒れねじれて牛肉になってゆく  斉藤斎藤
ああ君が遠いよ月夜 下敷きを挟んだままのノート硬くて  永田紅
水打ちて水ほとばしる午過ぎのあわれきりもむごとき性欲  永田和宏
非はわれにあれどもわれに譲れざる立場はありてまず水を飲む  永田和宏
もし俺が矢であるならば! 矢印の指すことの孤独へ行く日暮なり  佐佐木幸綱
反戦映画見し夕暮は敷石の一つ一つを踏みて帰りき  佐藤通雅
蟹二匹鍋に入れつつ「これレノン、これ由紀夫」と前世判ず  仙波龍英
ごうまんなにんげんどもは小さくなれ谷川岳をゆくごはんつぶ  渡辺松男
言いつのる時ぬれぬれと口腔みえ指令といえど服し難きかも 岡井隆
青林檎与へしことを唯一の積極として別れ来にけり  河野裕子
死にも死はあるのだらうかとつぷんと湯に浸りつつあると思へり  河野裕子
美しく齢を取りたいと言ふ人をアホかと思ひ寝るまへも思ふ  河野裕子
〈花束〉は太平洋を漂へり一つ一つの〈花〉に分かれて  高野公彦
のぼり坂のペダル踏みつつ子は叫ぶ「まっすぐ?」そうだ、どんどんのぼれ  佐佐木幸綱
中年の思想のうえで死んでいるタンポポ詩人、君のことだよ  岡井隆
おばあちゃんお寺なんてみな嘘ですねミトコンドリア・イブのおばあちゃん  渡辺松男
生きて咲く桜むざむざ見上げゐき愚かに受胎し若く捨てにき  河野裕子
みづからの髪と身体を疎み言ひて泣くむすめをばひとり生みにし  花山多佳子
腹が減っては絶望できぬぼくのためサバの小骨を抜くベトナム人  斉藤斎藤
うめぼしのたねおかれたるみずいろのベンチがあれば しずかなる夏  村木道彦
冬の苺匙に圧(お)しをり別離よりつづきて永きわが弧りの喪  尾崎左永子
世界まだ昏れゆかぬころ膝の上にのせたる顎を涙走りき  岡井隆
あね姦す鳩のくくもる声きこえ朝からのおとなたちの汗かき  平井弘
対岸をつまずきながらゆく君の遠い片手に触りたかった  永田紅
うつむいて並。 とつぶやいた男は激しい素顔になった  斉藤斎藤
予備校のポスターに〈本土国立大学進学〉とあり沖縄一九九七年  大松達知
力まかせに布団をたたく音がする、いや布団ではないかもしれぬ  松村正直
特急券を落としたのです(お荷物は?)ブリキで焼いたカステイラです  東直子
地に立てる吹き出物なりにんげんはヒメベニテングタケのむくむく  渡辺松男
おめんとか\n具体的には日焼け止め\nへやをでることはなにかつけること  今橋愛
「水菜買いにきた」\n三時間高速をとばしてこのへやに\nみずな\nかいに。  今橋愛
かみくだくこと解釈はゆっくりと唾液まみれにされていくんだ  中澤系
空くじはないでもたぶん景品は少し多めのティッシュだけだよ  中澤系
糖衣がけだった飲み込むべきだった口に含んでいたばっかりに  中澤系
出口なし それに気づける才能と気づかずにいる才能をくれ  中澤系
カップ焼きそばにてお湯を切るときにへこむ流しのかなしきしらべ  松木秀
核発射ボタンをだれも見たことはないが誰しも赤色と思う  松木秀
偶像の破壊のあとの空洞がたぶん僕らの偶像だろう  松木秀
輪になってみんな仲良くせよただし円周率は約3とする  松木秀
ああ闇はここにしかないコンビニのペットボトルの棚の隙間に  松木秀
シャツに触れる乳首が痛く、男子として男子として泣いてしまいそうだ  しんくわ
我々は並んで帰る (エロ本の立ち読みであれ五人並んでだ)  しんくわ
おにぎりをソフトクリームで飲みこんで可能性とはあなたのことだ  雪舟えま
人類へある朝傘が降ってきてみんなとっても似合っているわ  雪舟えま
憧れの山田先輩念写して微笑(ほほえ)む春の妹無垢(むく)なり  笹公人
中央線に揺られる少女の精神外傷(トラウマ)をバターのように溶かせ夕焼け  笹公人
三億円の話をすると目をそらす国分寺「喫茶BON」のマスター  笹公人
体などくれてやるから君の持つ愛と名の付く全てをよこせ  岡崎裕美子
人形が川を流れていきました約束だからみたいな顔で  兵庫ユカ
でもこれはわたしの喉だ赤いけど痛いかどうかはじぶんで決める  兵庫ユカ
ひよこ鑑定士という選択肢ひらめきて夜の国道を考えあるく  内山晶太
ショートケーキを箸もて食し生誕というささやかなエラーを祝う  内山晶太
わがために塔を、天を突く塔を、白き光の降る廃園を  黒瀬珂瀾
日本はアニメ、ゲームとパソコンと、あとの少しが平山郁夫  黒瀬珂瀾
一斉に都庁のガラス砕け散れ、つまりその、あれだ、天使の羽根が舞ふイメージで  黒瀬珂瀾
サラリーマン向きではないと思ひをりみーんな思ひをり赤い月見て  田村元
封筒に書類を詰めてかなしみを詰めないやうに封をなしたり  田村元
俺は詩人だバカヤローと怒鳴って社を出でて行くことを夢想す  田村元
六面のうち三面を吾にみせバスは過ぎたり粉雪のなか  光森裕樹
あかねさすGoogle Earthに一切の夜なき世界を巡りて飽かず  光森裕樹
ひも状のものが剥けたりするでせうバナナのあれも食べてゐる祖母  廣西昌也
本当に愛されてゐるかもしれず浅ければ夏の川輝けり  佐々木実之
ねじをゆるめるすれすれにゆるめるとねじはほとんどねじでなくなる  小林久美子
きっときみがぼくのまぶたであったのだ 海岸線に降りだす小雨  正岡豊
雪まみれの頭をふってきみはもう絶対泣かない機械となりぬ  飯田有子
女子だけが集められた日パラシュート部隊のように膝を抱えて  飯田有子
産めと言ひ殺せと言ひまた死ねと言ふ国家の声ありきまたあるごとし  大口玲子
指からめあふとき風の谿(たに)は見ゆ ひざのちからを抜いてごらんよ  大辻隆弘
中年のハゲの男が立ち上がり大太鼓打つ体力で打つ  奥村晃作
鋭い声にすこし驚く きみが上になるとき風にもまれゆく楡  加藤治郎
何といふ顔してわれを見るものか私はここよ吊り橋ぢやない  河野裕子
わたくしはどちらも好きよミカエルの右の翼と左の翼  紀野恵
退屈をかくも素直に愛しゐし日々は還らず さよなら京都  栗木京子
普段着で人を殺すなバスジャックせし少年のひらひらのシャツ  栗木京子
放射能の落とし方説く料理本並びて午後の丸善しづか  栗木京子
The world is mine とひくく呟けばはるけき空は迫りぬ吾に  黒瀬珂瀾
かゆいとこありまひぇんか、といひながら猫の頭を撫でてをりたり  小池光
ぼくはただあなたになりたいだけなのにふたりならんで映画を見てる  斉藤斎藤
こういうひとも長渕剛を聴くのかと勉強になるすごい音漏れ  斉藤斎藤
三階を流されてゆく足首をつかみそこねてわたしを責める  斉藤斎藤
撮ってたらそこまで来てあっという間で死ぬかと思ってほんとうに死ぬ  斉藤斎藤
シャンプーの髪をアトムにする弟 十万馬力で宿題は明日  笹公人
さみしくて見にきたひとの気持ちなど海はしつこく尋ねはしない  杉崎恒夫
バンザイの姿勢で眠りいる吾子よ そうだバンザイ生まれてバンザイ  俵万智
「オレが今マリオなんだよ」島に来て子はゲーム機に触れなくなりぬ  俵万智
フォルテとは遠く離れてゆく友に「またね」と叫ぶくらいの強さ  千葉聡
日盛りを歩める黒衣グレゴール・メンデル一八六六年モラヴィアの夏  永田和宏
ねむいねむい廊下がねむい風がねむい ねむいねむいと肺がつぶやく  永田和宏
人はみな慣れぬ齢を生きているユリカモメ飛ぶまるき曇天  永田紅
「十二階かんむり売り場でございます」月のあかりの屋上に出る  穂村弘
夢の中では、光ることと喋ることはおなじこと。お会いしましょう  穂村弘
みずいろのつばさのうらをみせていたむしりとられるとはおもわずに  正岡豊
だめだったプランひとつをいまきみが入れた真水のコップに話す  正岡豊
殺したいやつがいるのでしばらくは目標のある人生である  枡野浩一
手荷物の重みを命綱にして通過電車を見送っている  枡野浩一
だれからも愛されないということの自由気ままを誇りつつ咲け  枡野浩一
さよならをあなたの声で聞きたくてあなたと出会う必要がある  枡野浩一
忘れ物しても取りには戻らない言い残した言葉も言いに行かない  松村正直
脱原発デモに行ったと「ミクシィ」に書けば誰かを傷つけたようだ  三原由起子
花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった  吉川宏志
夕雲は蛇行しており原子炉技師ワレリー・ホデムチュク遺体なし  吉川宏志
綾蝶(あやはべる)くるくるすつとしまふ口ながき琉球処分は終はらず  米川千嘉子
風を浴びきりきり舞いの曼珠沙華 抱きたさはときに逢いたさを越ゆ  吉川宏志
〈女は大地〉かかる矜持のつまらなさ昼さくら湯はさやさやと澄み  米川千嘉子
目がさめるだけでうれしい 人間がつくったものでは空港がすき  雪舟えま
髪の毛をしきりにいじり空を見る 生まれたらもう傷ついていた  嵯峨直樹
3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって  中澤系
シースルーエレベーターを借り切って心ゆくまで土下座がしたい  斉藤斎藤
落ちてきた雨を見上げてそのままの形でふいに、唇が欲し  俵万智
戦争が(どの戦争が?)終つたら紫陽花を見にゆくつもりです  荻原裕幸
ぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわ  中澤系
ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は  穂村弘
しろがねの洗眼蛇口を全開にして夏の空あらふ少年  光森裕樹
たすけて枝毛姉さんたすけて西川毛布のタグたすけて夜中になで回す顔  飯田有子
大きければいよいよ豊かなる気分東急ハンズの買物袋  俵万智
SMAPと6Pするより校庭で君と小指でフォークダンスを  柳澤真実
こんなにもふざけたきょうがある以上どんなあすでもありうるだろう  枡野浩一
恋人と棲むよろこびもかなしみもぽぽぽぽぽぽとしか思はれず  荻原裕幸
ぼくたちは勝手に育ったさ 制服にセメントの粉すりつけながら  加藤治郎
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、きらきらとラインマーカーまみれの聖書  穂村弘
小さめにきざんでおいてくれないか口を大きく開ける気はない  中澤系
生き物をかなしと言いてこのわれに寄りかかるなよ 君は男だ  梅内美華子
目覚めたら息まっしろで、これはもう、ほんかくてきよ、ほんかくてき  穂村弘
明治屋に初めて二人で行きし日の苺のジャムの一瓶終わる  俵万智
「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの  俵万智
ハロー 夜。 ハロー 静かな霜柱。ハロー カップヌードルの海老たち。  穂村弘 
たぶんゆめのレプリカだから水滴のいっぱいついた刺草を抱く  加藤治郎
愛人でいいのとうたう歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う  俵万智
天皇が原発をやめよと言い給う日を思いおり思いて恥じぬ  吉川宏志
ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんのはじまり  穂村弘
廃村を告げる活字に桃の皮ふれればにじみゆくばかり 来て  東直子
恋人の恋人の恋人の恋人の恋人の恋人の死  穂村弘
紐育空爆之図の壮快よ われらかく長くながく待ちゐき  大辻隆弘
空爆の映像はててひつそりと〈戦争鑑賞人〉は立ちたり  米川千嘉子
雨の県道あるいてゆけばなんでしょうぶちまけられてこれはのり弁  斉藤斎藤
サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい    穂村弘
子供よりシンジケートをつくろうよ「壁に向かって手をあげなさい」  穂村弘
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日  俵万智
わけもなく家出したくてたまらない 一人暮らしの部屋にいるのに  枡野浩一
形容詞過去教へむとルーシーに「さびしかつた」と二度言はせたり  大口玲子
今すぐにキャラメルコーン買ってきて そうじゃなければ妻と別れて  佐藤真由美
カーテンのすきまから射す光線を手紙かとおもって拾おうとした  早坂類
「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ  俵万智
「やさしい鮫」と「こわい鮫」とに区別して子の言うやさしい鮫とはイルカ  松村正直
もうゆりの花びんをもとにもどしてるあんな表情を見せたくせに  加藤治郎
電話口でおっ、て言って前みたいにおっ、って言って言って言ってよ  東直子
「ドラえもんがどこかにいる!」と子供らのさざめく車内に大山のぶ代  笹公人
体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ  穂村弘
この煙草あくまであなたが吸ったのね そのとき口紅つけていたのね  佐藤真由美
たくさんのおんなのひとがいるなかで\nわたしをみつけてくれてありがとう  今橋愛
痩せようとふるいたたせるわけでもなく微妙だから言うなポッチャリって  脇川飛鳥
こんなにも風があかるくあるために調子つぱづれのぼくのくちぶえ  山崎郁子
終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて  穂村弘
ねえ会議ねえまだ会議トナカイのことばでも研究してるのか?  荻原裕幸
▼▼▼▼▼ココガ戦場?▼▼▼▼▼抗議シテヤル▼▼▼▼▼BOMB!  荻原裕幸
春の鶴の首打ちかはす鈍き音こころ死ねよとひたすらに聴く  米川千嘉子
ひとしきりノルウェーの樹の香りあれベッドに足を垂れて ぼくたち  加藤治郎
砂浜のランチついに手つかずの卵サンドが気になっている  俵万智
寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら  俵万智
きのうの夜の君があまりにかっこよすぎて私は嫁に行きたくてたまらん  脇川飛鳥
ドアに鍵強くさしこむこの深さ人ならば死に至るふかさか  光森裕樹
アメリカのイラク攻撃に賛成です。こころのじゅんびが今、できました  斉藤斎藤
画家が絵を手放すように春は暮れ林のなかの坂をのぼりぬ  吉川宏志
おれか、おれはおまえの存在しない弟だ、ルルとパブロンでできた獣だ  フラワーしげる
まだ何もしていないのに時代といふ牙が優しくわれ噛み殺す  荻原裕幸
好きだった雨、雨だったあのころの日々、あのころの日々だった君  枡野浩一
「凍る、燃える、凍る、燃える」と占いの花びら毟る宇宙飛行士  穂村弘
呼吸する色の不思議を見ていたら「火よ」と貴方は教えてくれる  穂村弘
校庭の地ならし用のローラーに座れば世界中が夕焼け  穂村弘
われらかつて魚なりし頃かたらひし藻の蔭に似るゆふぐれ来たる  水原紫苑
きらきらと冬木伸びゆく夢にして太陽はひとり泪こぼしぬ  水原紫苑
「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君  俵万智
子を連れて西へ西へと逃げてゆく愚かな母と言うならば言え  俵万智
アトミック・ボムの爆心地点にてはだかで石鹸剥いている夜  穂村弘
まつぶさに眺めてかなし月こそは全(また)き裸身と思ひいたりぬ  水原紫苑
名を呼ばれしもののごとくにやはらかく朴の大樹も星も動きぬ  米川千嘉子
にぎやかに釜飯の鶏ゑゑゑゑゑゑゑゑゑひどい戦争だった  加藤治郎
好きだった世界をみんな連れてゆくあなたのカヌー燃えるみずうみ  東直子
かへりみちひとりラーメン食ふことをたのしみとして君とわかれき  大松達知
誤植あり。中野駅前徒歩十二年。それでいいかもしれないけれど  大松達知
NO WAR とさけぶ人々過ぎゆけりそれさえアメリカを模倣して  吉川宏志
ひとしきり母の叫びが風に添う 雲のぷあぷあ草のれれっぽ  加藤治郎
言葉ではない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ラン!  加藤治郎
1001二人のふ10る0010い恐怖をかた101100り0  加藤治郎
荷車に春のたまねぎ弾みつつ アメリカを見たいって感じの目だね  加藤治郎
卵産む海亀の背に飛び乗って手榴弾のピン抜けば朝焼け  穂村弘
遠くから手を振ったんだ笑ったんだ 涙に色がなくてよかった  柳澤真実
生理中のFUCKは熱し\n血の海をふたりつくづく眺めてしまう  林あまり
マガジンをまるめて歩くいい日だぜ ときおりぽんと股で鳴らして  加藤治郎
ぼくはただ口語のかおる部屋で待つ遅れて喩からあがってくるまで  加藤治郎
あけがたは耳さむく聴く雨だれのポル・ポトといふ名を持つをとこ  大辻隆弘
思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ  俵万智
ばくぜんとおまえが好きだ僕がまだ針葉樹林だったころから  東直子
かたむいているような気がする国道をしんしんとひとりひとりで歩く  早坂類
それなりに心苦しい 君からの電話をとらず変える体位は  佐々木あらら
外に出すのが愛なのか中で出すのが愛なのか迷って出した  佐々木あらら
ママンあれはぼくの鳥だねママンママンぼくの落とした砂じゃないよね  東直子
したあとの朝日はだるい 自転車に撤去予告の赤紙は揺れ  岡崎裕美子
逢えばくるうこころ逢わなければくるうこころ愛に友だちはいない  雪舟えま
牛乳のパックの口を開けたもう死んでもいいというくらい完璧に  中澤系
たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり  河野裕子
いちまいのガーゼのごとき風たちてつつまれやすし傷待つ胸は  小池光
なぜ銃で兵士が人を撃つのかと子が問う何が起こるのか見よ  中川佐和子
きみに逢う以前のぼくに遭いたくて海へのバスに揺られていたり  永田和宏
サンダルの青踏みしめて立つわたし銀河を産んだように涼しい  大滝和子
次々に走り過ぎ行く自動車の運転する人みな前を向く  奥村晃作
サキサキとセロリ噛みいてあどけなき汝を愛する理由はいらず  佐佐木幸綱
男の子なるやさしさは紛れなくかしてごらんぼくが殺してあげる  平井弘
いずこより凍れる雷のラムララムだむだむララムラムララムラム  岡井隆
観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)  栗木京子
たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか  河野裕子
二日酔いの無念極まるぼくのためもっと電車よ まじめに走れ  福島泰樹
するだろう ぼくをすてたるものがたりマシュマロくちにほおばりながら  村木道彦
さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり  馬場あき子
青春はみづきの下をかよふ風あるいは遠い線路のかがやき  高野公彦
雪に傘、あはれむやみにあかるくて生きて負ふ苦をわれはうたがふ  小池光
豚の交尾終わるまで見て戻り来し我に成人通知来ている  浜田康敬
ボールペンはミツビシがよくミツビシのボールペン買ひに文具店に行く  奥村晃作
べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊  永井陽子
キシヲタオ・・シその後(のち)来んもの思(も)えば夏曙の erectio penis  岡井隆
蒼穹(おほぞら)は蜜(みつ)かたむけてゐたりけり時こそはわがしづけき伴侶  岡井隆
夜半さめて見れば夜半さえしらじらと桜散りおりとどまらざらん  馬場あき子
みどりごは泣きつつ目ざむひえびえと北半球にあさがほひらき  高野公彦
ひまはりのアンダルシアはとほけれどとほけれどアンダルシアのひまはり  永井陽子
手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が  河野裕子
たつたこれだけの家族であるよ子を二人あひだにおきて山道のぼる  河野裕子
あはれしづかな東洋の春ガリレオの望遠鏡にはなびらながれ  永井陽子
ホメロスを読まばや春の潮騒のとどろく窓ゆ光あつめて  岡井隆
産むならば世界を産めよものの芽の湧き立つ森のさみどりのなか  阿木津英
ねむる鳥その胃の中に溶けてゆく羽蟻もあらむ雷ひかる夜  高野公彦
あの胸が岬のように遠かった。畜生! いつまでおれの少年  永田和宏 
飛ぶ雪の礁氷(うすひ)をすぎて昏(くら)みゆくいま紛れなき男のこころ  岡井隆
あかるさの雪ながれよりひとりとてなし終の敵、終なる味方  三枝昴之
スバルしずかに梢を渡りつつありと、はろばろと美し古典力学  永田和宏
廃駅をくさあぢさゐの花占めてただ歳月はまぶしかりけり  小池光
催涙ガス避けんと秘かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり  道浦母都子
梨を剥くペティ・ナイフしろし沈黙のちがひたのしく夫(つま)とわれゐる  松平盟子
目にせまる一山の雨直(すぐ)なれば父は王将を動かしはじむ  坂井修一
ブラウスの中まで明るき初夏の陽にけぶれるごときわが乳房あり  河野裕子
真に偉大であった者なく三月の花西行を忘れつつ咲く  三枝昴之
しんしんとひとすぢ続く蝉のこゑ産みたる後の薄明に聴こゆ  河野裕子
君のこと想いて過ぎし独房のひと日をわれの青春とする  道浦母都子
しかたなく洗面器に水をはりている今日もむごたらしき青天なれば  花山多佳子
ゆふぐれに櫛をひろへりゆふぐれの櫛はわたしにひろはれしのみ  永井陽子
水族館(アカリウム)にタカアシガニを見てゐしはいつか誰かの子を生む器  坂井修一
ヘイ龍(ドラゴン)カム・ヒアといふ声がする(まつ暗だぜつていふ声が添ふ)  岡井隆
白き霧ながるる夜の草の園に自転車はほそきつばさ濡れたり  高野公彦
母の内に暗くひろがる原野(げんや)ありてそこ行くときのわれ鉛の兵  岡井隆
眠られぬ母のためわが誦(よ)む童話母の寝入りし後王子死す  岡井隆
大根を探しにゆけば大根は夜の電柱に立てかけてあり  花山多佳子
どこまでが空かと思い結局は地上スレスレまで空である  奥村晃作
都市はもう混沌として人間はみそらーめんのやうなかなしみ  馬場あき子
これなにかこれサラダ巻面妖なりサラダ巻パス河童巻来よ  小池光
庭先でゆっくり死んでゆくシロがちょっと笑った夏休みです  佐々木あらら
ひとりでに落ちてくる水 れん びん れん びん たぶんひとりでほろんでゆくの  蒼井杏
午後ずっと猫がふざけて引きずった魚のまなこが見上げる世界  ユキノ進
容疑者にかぶされているブルゾンの色違いならたぶん、持ってる  鈴木美紀子
宛先も差出人もわからない叫びをひとつ預かっている  奥田亡羊
アトミックボム、ごめんなさいとアメリカの少年が言うほほえみながら  加藤治郎
とても私。きましたここへ。とてもここへ。白い帽子を胸にふせ立つ  雪舟えま
ペガサスは私にはきっと優しくてあなたのことは殺してくれる  冬野きりん
こんとんにこんとんの鬱こんとんの怒りありいとかなし渾沌  馬場あき子
みちしほの松川浦や数千の人のまぼろしみな陸を向く  秋葉四郎
住みながらこの国だんだん遠くなるてんじんさまのほそみちのやう  馬場あき子
遠見よし遠見よし春は 野への道ひとり行きつつ招かれてをり  伊藤一彦
思川(おもひがは)の岸辺を歩く夕べあり幸うすかりしきみをおもひて  小池光
一日が過ぎれば一日減つてゆくきみとの時間 もうすぐ夏至だ  永田和宏
鳥の見しものは見えねばただ青き海のひかりを胸に入れたり  吉川宏志
瞬間を永遠とするこころざし無月(むげつ)の夜も月明(あ)かき夜も  岡井隆
眼前に落ちて来たりし青柿はひとたび撥ねてふたたび撥ねず  小池光
婦人用トイレ表示がきらいきらいあたしはケンカ強い強い  飯田有子
電車のなかでもセックスをせよ戦争へゆくのはきっときみたちだから  穂村弘
だいじょうぶ 急ぐ旅ではないのだし 急いでないし 旅でもないし  宇都宮敦
牛乳が逆からあいていて笑う ふつうの女のコをふつうに好きだ  宇都宮敦
鎌倉で猫と誰かと暮らしたい 誰かでいいしあなたでもいい  佐藤真由美
毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである  枡野浩一
無理してる自分の無理も自分だと思う自分も無理する自分  枡野浩一
気づくとは傷つくことだ 刺青のごとく言葉を胸に刻んで  枡野浩一
夕照はしづかに展くこの谷のPARCO三基を墓碑となすまで  仙波龍英
ひら仮名は凄(すさま)じきかなはははははははははははは母死んだ  仙波龍英
ぼくのサングラスの上で樹や雲が動いてるって うん、いい夏だ  加藤治郎
白菜が赤帯しめて店先にうっふんうっふん肩を並べる  俵万智
桃太郎と金太郎と勝負することなしされどああ少し金太郎好き  馬場あき子
ほんとうはあなたは無呼吸症候群おしえないまま隣でねむる  鈴木美紀子
年下も外国人も知らないでこのまま朽ちてゆくのか、からだ  岡崎裕美子
もちあげたりもどされたりするふとももがみえる\nせんぷうき\n強でまわってる  今橋愛
全存在として抱かれいたるあかときのわれを天上の花と思わむ  道浦母都子
夜道ゆく君と手と手が触れ合ふたび我は清くも醜くもなる   栗木京子
焼肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き   俵万智
もろもろの愛憎はもうどうでもよし小さくなりたる母ふたりあり  小島ゆかり
死ぬまへに孔雀を食はむと言ひ出でし大雪の夜の父を怖るる  小池光
鈴を産むひばりが逃げたとねえさんが云(い)ふでもこれでいいよねと云ふ  光森裕樹
たはむれに釦(ぼたん)をはづす妹よ悪意はひとをうつくしくする  荻原裕幸
犬はいつもはつらつとしてよろこびにからだふるはす凄き生きもの  奥村晃作
蚊に食われし皮膚もりあがりたるゆうべ蚊の力量にこころしずけし  内山晶太
急行を待つ行列のうしろでは「オランウータン食べられますか」  大滝和子
めざめればまたもや大滝和子にてハーブの鉢に水ふかくやる  大滝和子
然(さ)ういへば今年はぶどうを食はなんだくだものを食ふひまはなかつた  奥村晃作
アラン・ドロンの眉間の皺はうつくしく眉間の皺のアラン・ドロンよ  加藤治郎
ふらんす野武蔵野つは野紫野あしたのゆめのゆふぐれのあめ  紀野恵
きがくるうまえにからだをつかってね かよっていたよあてねふらんせ  穂村弘
この庭に襤褸の孔雀飼ひたしとあるいはいもうとのひとりごと  大塚寅彦
三越のライオンに手を触れるひとりふたりさんにん、何の力だ  荻原裕幸
(ケチャップ+漱石)それもゆふぐれの風景として愛してしまふ  荻原裕幸
不思議なり千の音符のただ一つ弾きちがへてもへんな音がす  奥村晃作
イヌネコと蔑(なみ)して言ふがイヌネコは一切無所有の生(せい)を完(まつた)うす  奥村晃作
ごみとして段ボールあまた置かれをりそのうち一つをごみ箱として  香川ヒサ
フセインを知らざるわれはフセインと呼ばるる画像をフセインと思ふ  香川ヒサ
「潮騒」のページナンバーいずれかが我の死の年あらわしており  大滝和子
逢うたびに抱かれなくてもいいように一緒に暮らしてみたい七月  俵万智
「勝ち負けの問題じゃない」と諭されぬ問題じゃないなら勝たせてほしい  俵万智
人を抱くときも順序はありながら山雨(さんう)のごとく抱き終えにけり  吉川宏志
女子トイレをはみ出している行列のしっぽがかなりせつなくて見る  斉藤斎藤
メリーゴーランドを止めるスイッチはどこですかそれともありませんか  中澤系
いま村をだれも走っていないことそれだけのおそろしく確かな  平井弘
メルトダウンに最も近いパチンコ屋で浜崎あゆみを2千円打つ  斉藤斎藤
ゆるきやらの群るるをみれば暗き世の百鬼夜行のあはれ滲める  馬場あき子
ホットケーキ持たせて夫送りだすホットケーキは涙が拭ける  雪舟えま
ふたりだと職務質問されないね危険なつがいかもしれないのに  雪舟えま
膝くらくたっている今あとなにを失えばいい ゆりの木を抱く  江戸雪
朝庭に空き瓶を積むひびきして陽ざし触れあふごときその音   大辻隆弘
子を乗せて木馬しづかに沈むときこの子さへ死ぬのかと思ひき  大辻隆弘
角砂糖ガラスの壜に詰めゆくにいかに詰めても隙間が残る  香川ヒサ
修学旅行で眼鏡をはずした中村は美少女でした。それで、それだけ   笹公人
むかし野に帰した犬と再会す噛まれてもなお愛しいおまえ  笹公人
眼鏡屋は夕ぐれのため千枚のレンズをみがく(わたしはここだ)  佐藤弓生
ピザパイの中にときどきG♯7があり噛みくだけない  西田政史
水槽にグッピーの屍のうかぶ朝もう空虚にも飽きてしまつた  西田政史
おねがいねって渡されているこの鍵をわたしは失くしてしまう気がする  東直子
そうですかきれいでしたかわたくしは小鳥を売ってくらしています  東直子
おれをみろおれをわらえすっきりしろおれはレスラーだ技はあまり知らない  フラワーしげる
あなたが月とよんでいるものはここでは少年とよばれている  フラワーしげる
きみが十一月だったのか、そういうと、十一月は少しわらった  フラワーしげる
きみが生まれた町の隣の駅の不動産屋の看板の裏に愛の印を書いておいた 見てくれ   フラワーしげる
へたなピアノがきこえてきたらもうぼくが夕焼けをあきらめたとおもえ  正岡豊
きみがこの世でなしとげられぬことのためやさしくもえさかる舟がある  正岡豊
ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう  俵万智
一度だけ「好き」と思った一度だけ「死ね」と思った 非常階段  東直子
小さなものを売る仕事がしたかった彼女は小さなものを売る仕事につき、それは宝石ではなく  フラワーしげる
馬上とはあきかぜを聴く高さなりパドックをゆるく行く馬と人  小島ゆかり
たんぽぽがたんぽるぽるになったよう姓が変わったあとの世界は  雪舟えま
ファミコンはいつ買つてくれるかと電話にておもひつめたる声で言ひけり  小池光
ふうせんがおもい、ふうせんがおもいと泣いてゐる子供はしだいに母に遅れて  花山多佳子
空中をしずみてゆけるさくらばなひいふうみいよいつ無に還る  内山晶太
みずがめは叩き割られて砕けちる破片に遅れ傾(なだ)れする水  島田幸典
あの舗道の八つ目の敷石を掘りかえすときみが忘れたものが全部入っていて、で、その隣が江戸時代だ  フラワーしげる
「つまり主体の存在が……」だと? 馬鹿らしい。ただ歌がわれといふ場でそよぐ  大辻隆弘
君が火を打てばいちめん火の海となるのであらう枯野だ俺は  真中朋久
その日からきみみあたらぬ仏文の 二月の花といえヒヤシンス  福島泰樹
ここよりは先へゆけないぼくのため左折してゆけ省線電車  福島泰樹
つつましき花火打たれて照らさるる水のおもてにみづあふれをり  小池光
ゼフュロスは雨をたづさへ街路樹とわれらを濡らす、別れを言はう  大辻隆弘
違ふ世にあらば覇王となるはずの彼と僕とが観覧車にゐる  黒瀬珂瀾
パーティーの前にトイレでキスをして後は視線をはづす約束  黒瀬珂瀾
肛門をさいごに嘗めて目をとづる猫の生活をわれは愛する  小池光
押収のドラム缶にはあるらーん至福の砂糖こそあるらーめ  加藤治郎
騎馬戦のわが子の一騎はまだ無事でひたすら逃げる逃げよと思ふ  今野寿美
書きなぐっても書きなぐっても定型詩 ゆうべ銀河に象あゆむゆめ  加藤治郎
卵立てと卵の息が合っているしあわせってそんなものかも知れない  杉崎恒夫
いとしさもざんぶと捨てる冬の川数珠つながりの怒りも捨てる  辰巳泰子
「キバ」「キバ」とふたり八重歯をむき出せば花降りかかる髪に背中に  穂村弘
こんなめにきみを会わせる人間は、ぼくのほかにはありはしないよ  穂村弘
眼をとじて耳をふさいで金星がどれだかわかったら舌で指せ  穂村弘
どこに行けば君に会えるということがない風の昼橋が眩しい  永田紅
ハブられたイケてるやつがワンランク下の僕らと弁当食べる  うえたに
いつかみたうなぎ屋の甕のたれなどを、永遠的なものの例として  穂村弘
わたくしはけふも会社へまゐります一匹たりとも猫は踏まずに  本多真弓
三越のライオンに手を触れるひとりふたりさんにん、何の力だ  荻原裕幸
うちで一番いいお茶飲んでおしっこして暖かくして面接ゆきな  雪舟えま
両親よ何も怖れず生きなさいニューヨークビッグパフェをおごるわ  雪舟えま
寄り弁をやさしく直す箸 きみは何でもできるのにここにいる  雪舟えま
江東区を初めて地図で見たときのよう このひとを護らなくては  雪舟えま
さくらさくらいつまで待っても来ぬひとと\n 死んだひととはおなじさ桜!\n  林あまり

a pen が the pen になる瞬間に愛がうまれる さういふことさ  大松達知
〈いい山田〉〈わるい山田〉と呼びわける二組・五組のふたりの山田  大松達知
さうぢやない 心に叫び中年の体重をかけて子の頬打てり  小島ゆかり
ひとり識る春のさきぶれ鋼(はがね)よりあかるくさむく降る杉の雨  三枝昴之
おもひみよネットのかなたしんしんと一万人のスタヴローギン  坂井修一
「おはよう」に応えて「おう」と言うようになった生徒を「おう君」と呼ぶ  千葉聡
ああタ陽あしたのジョーの明日(あした)さえすでにはるけき昨日(きのう)とならば  藤原龍一郎
散華とはついにかえらぬあの春の岡田有希子のことなのだろう  藤原龍一郎
色恋の成就しなさにくらべれば 仕事は終わる やりさえすれば  枡野浩一
結果より過程が大事 「カルピス」と「冷めてしまったホットカルピス」  枡野浩一
青年の日はながくしてただつよくつよく嚙むためだけのくちびる  光森裕樹
きっと血のように栞を垂らしてるあなたに貸したままのあの本  兵庫ユカ
症状を用紙に記す「できるだけ詳しく」って、この二行の幅に?  兵庫ユカ
おおここに高々と「無」が聳えをりグラウンド・ゼロ風吹くばかり  黒瀬珂瀾
中心に死者立つごとく人らみなエレベーターの隅に寄りたり  黒瀬珂瀾
時をわれの味方のごとく思ひゐし日々にてあさく帽子かぶりき  澤村斉美
ガレー船とゲラの語源はgalleyとぞ 波の上なる労働を思ふ  澤村斉美



宇宙船に裂かるる風のくらき色しづかに機械(メカ)はうたひつつあり  井辻朱美
君のかばんはいつでも無意味にちいさすぎ たまにでかすぎ どきどきさせる  宇都宮敦
新幹線から見えたネコ 新線からでもかわいい たいしたもんだな  宇都宮敦


風の交叉点すれ違うとき心臓に全治二秒の手傷を負えり  穂村弘
優等生と呼ばれて長き年月をかっとばしたき一球がくる  俵万智
なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き  俵万智
キオスクの都こんぶのバーコードそういうものに君はなりなさい  斉藤斎藤
加護亜依と愛し合ってもかまわない私にはその価値があるから  斉藤斎藤

一面に花ひるがえりめぐりくる春を異性の息と思いぬ  佐伯裕子
まっすぐに歩まんと来てかすかなる狂いを感ず空へゆく坂  佐伯裕子
くびらるる祖父がやさしく抱きくれしわが遙かなる巣鴨プリズン  佐伯裕子

槍の穂に唇あてている彼とユダとの年の差が二千年  久木田真紀
アリナミンよりほほゑみが効くなんて言の葉で妻が喜ぶとおもふか  松平盟子
さんさんと夜の海に降る雪見れば雪はわたつみの暗さを知らず  山田富士郎
切なさと淋しさの違い問う君に口づけをせり これはせつなさ  田中章義
八重洲ブックセンターに万巻の書はありて哀しき肉のついに哀しき  藤原龍一郎
淡雪にいたくしづもるわが家近く御所といふふかきふかき闇あり  林和清
しつかりと飯を食はせて陽にあてしふとんにくるみて寝かす仕合せ  河野裕子
水の婚 草婚 木婚 風の婚 婚とは女を昏(くら)くするもの  道浦母都子
一脚の椅子半ばまで埋もれて今日砂原は切なき凶器  三井修
うちいでて鶺鴒あをし草深野一万人の博士散歩す  坂井修一
水流にさくら零(ふ)る日よ魚の見るさくらはいかに美しからん  小島ゆかり
言葉とはつまりは場(ば)かも風中の戦車に登り口開く人  佐佐木幸綱
「ロッカーを蹴るなら人の顔蹴れ」と生徒にさとす「ロッカーは蹴るな」  奥村晃作
日本(ニツポン)は不戦の国と我(わ)が言へばただ曖昧に白人ら笑む  渡辺幸一
私ならふらない 首をつながれて尻尾を煙のように振る犬  江戸雪
橋として身をなげだしているものへ秋分の日の雲の影過ぐ  渡辺松男
白鳥のねむれる沼を抱きながら夜もすがら濃くなりゆくウラン  岡井隆
家々に釘の芽しずみ神御衣(かむみそ)のごとくひろがる桜花かな  大滝和子
別に嫌な人ではないが演出の方針なればギラギラと撮る  矢部雅之
アメリカのようだな水戸のご老公内政干渉しては立ち去る   松木秀
おそらくは電子メールでくるだろう二〇一〇年春の赤紙   加藤治郎
つぎつぎに「おじやましました」と言ふ声の聞こえて息子もゐなくなりたり   花山多佳子
病むまへの身体が欲しい 雨あがりの土の匂ひしてゐた女のからだ   河野裕子
バゲットを一本抱いて帰るみちバゲットはほとんど祈りにちかい   杉﨑恒夫
昔(むがす)むがす、埒(らづ)もねえごどあつたづも 昔(むがす)話(こ)となるときよ早(はよ)来よ   佐藤通雅
ふと「死ね」と聞こえたようで聞きかえすおやすみなさいの電話の中に   雪舟えま
被災の子の卒業の誓ひ聞くわれは役に立たざる涙流さず   米川千嘉子
ひまはりの種テーブルにあふれさせまぶしいぢやないかきみは癌なのに   渡辺松男
たんぽぽの河原を胸にうつしとりしずかなる夜の自室をひらく   内山晶太
歌は遺り歌に私は泣くだらういつか来る日のいつかを怖る   永田和宏
おまへを揺らしながらおまへの歌を作るおまへにひとりだけの男親   大松達知
たて笛に遠すぎる穴があつたでせう さういふ感じに何かがとほい   木下こう
ああ和子悪かつたなあとこゑに出て部屋の真ん中にわが立ち尽くす   小池光
一分前に発ちたるバスがまだ見えて一分の間を距離にし見しむ   島田幸典
蒼波のわだつみの声に杭を打つ「だまれ」はかつての軍人言葉   橋本喜典
耳、鼻に綿詰められて戦死者は帰りくるべしアメリカの綿花   吉川宏志

房総へ花摘みにゆきそののちにつきとばさるるやうに別れき  大口玲子
桟橋で愛し合ってもかまわないがんこな汚れにザブがあるから  穂村弘
脱走兵鉄条網にからまってむかえる朝の自慰はばら色  穂村弘
あ かぶと虫まっぷたつ と思ったら飛びたっただけ 夏の真ん中  穂村弘
天皇は死んでゆきたりさいごまで贔屓の力士をあかすことなく  穂村弘

勃海のかなた瀕死の白鳥を呼び出しており電話口まで  岡井隆
右翼の木そそり立つ見ゆたまきわるわがうちにこそ茂りたつみゆ  岡井隆
朝狩りにいまたつらしも 拠点いくつふかい朝から狩りいだすべく  岡井隆
群衆を狩れよ おもうにあかねさす夏野の朝の「群れ」に過ぎざれば  岡井隆
海こえてかなしき婚をあせりたる権力のやわらかき部分見ゆ  岡井隆
掌(て)のなかへ降る精液の迅きかなアレキサンドリア種の曙に  岡井隆
父よ父よ世界が見えぬさ庭なる花くきやかに見ゆといふ午(ひる)を  岡井隆
生きがたき此の世(よ)のはてに桃植(う)ゑて死も明(あ)かうせむそのはなざかり  岡井隆
自転車は弱者かすこし言はせて貰ふよろよろと輪がななめに危(あやふ)  岡井隆
葛の花つゆも干(ひ)ぬまの沢下り右も左もありはせぬわェ  岡井隆
わが生に歌ありし罪、ぢやというて罪の雫は甘い、意外に  岡井隆
こともなくかかる魔神(ジエニー)を喚び出(い)だしし戦争といふ大きなラムプ  岡井隆
ウラニウムに近寄りて行くひとりひとり袋のやうに愛(エロス)を負ひて  岡井隆
ノアはまだ目ざめぬ朝を鴿(はと)がとぶ大洪水の前の晴天  岡井隆
百年の変遷をみる志(こころざし) 冬木がうつくしいと言つて夜(よ)歩き  岡井隆
栄光は死後にゆつくりと訪れて夕ぐれに咲く花の大きさ  岡井隆

生き急ぐほどの世ならじ茶の花のおくれ咲きなる白きほろほろ  馬場あき子
冬つひにきはまりゆくをみてゐたり木々は痛みをいはぬものにて  馬場あき子
くれなゐを冬の力として堪へし寒椿みな花をはりたり  馬場あき子
冬海の暗さ世界のつまらなさ灰色にしてなまこの眠り  馬場あき子
まはされてみづからまはりゐる独楽の一心澄みて音を発せり  馬場あき子
立ち直り澄みたる独楽の一心の倒るるまでのかなしみ見つむ  馬場あき子
水ぎははいかなるものぞ小次郎も武蔵にやぶれたりし水ぎは  馬場あき子
植物は力尽して繁るのみ青くほのけく翳冷ゆるまで  馬場あき子
ぼうたんは狂はねど百花乱るれば苦しきに似たり恋ぞかがやく  馬場あき子
母はもう植物なれば静かなる青き心を眼に澄ましゐつ  馬場あき子
父といふ恋の重荷に似たるもの失ひて菊は咲くべくなりぬ  馬場あき子
時分の花といふものいつも咲いてゐるやうな新宿の夕べのあかり  馬場あき子
いのち深くあたたかきところにをとめごのゆめありしことしだいに忘る  馬場あき子

くろがねに光れる胸の厚くして鏡の中のわれを憎めり  奥村晃作
抑へても抑へても激つ火の海を裡に抱へて生活者われ  奥村晃作
縄跳びを教へんと子等を集め来て最も高く跳びをり妻が  奥村晃作
どれからといふわけでなく次々に石を離れて雀舞ひ立つ  奥村晃作
四十を超えて牛の如き肉体を夕べの路地に走らせてをり  奥村晃作
もし豚をかくの如くに詰め込みて電車走らば非難起こるべし  奥村晃作
少年が引き連れて冬の夜の空の星を見に行く家族四人で  奥村晃作
フラミンゴ一本の脚で佇ちてをり一本の脚は腹に埋めて  奥村晃作
歩かうとわが言ひ妻はバスと言ひ子が歩かうと言ひて歩き出す  奥村晃作
梅の木を梅と名付けし人ありてうたがはず誰も梅の木と見る  奥村晃作
大根が身を乗り出してうまさうな肩から胸までを土の上に晒(さら)す  奥村晃作
犬ワンワン猫二ャーゴニャーゴと聴くとして人間の声は何と聴くべしや  奥村晃作
轢(ひ)かるると見えしわが影自動車の車体に窓に立ち上がりたり  奥村晃作
凧上げは主として父が夢中にて子は猛然と周(めぐ)りを駈ける  奥村晃作
路の端(は)に体(たい)曲げをりし男性がタクシーに乗り運転手となる  奥村晃作
一般に犬はワンワン叫ぶから普通名詞でワンちやんと呼ぶ  奥村晃作
撮影の少女は胸をきつく締め布(ぬの)から乳の一部はみ出る  奥村晃作
舟虫の無数の足が一斉にうごきて舟虫のからだを運ぶ  奥村晃作
ぐらぐらと揺れて頭蓋がはづれたりわれの内側ばかり見てゐて  奥村晃作

ゆく秋の川びんびんと冷え緊まる夕岸を行き鎮(しず)めがたきぞ  佐佐木幸綱
信じきれぬ自身なればか選び捨てし君と決めつつずたずたに居る  佐佐木幸綱
俺を去らばやがてゆくべしぬばたまの黒髪いたくかわく夜更けに  佐佐木幸綱
ジャージーの汗惨むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ  佐佐木幸綱
寄せては返す〈時間の渚〉ああ父の戦中戦後花一匁(はないちもんめ)  佐佐木幸綱
厩(うまや)昏れ馬の目はてしなくねむり麦たくましく熟れてゆく音  佐佐木幸綱
竹に降る雨むらぎもの心冴えてながく勇気を思いいしなり  佐佐木幸綱
たちまち朝たちまちの晴れ一閃の雄心(おごころ)としてとべつばくらめ  佐佐木幸綱
詩歌とは真夏の鏡、火の額を押し当てて立つ暮るる世界に  佐佐木幸綱
ゆく水の飛沫(しぶ)き渦巻き裂けて鳴る一本の川、お前を抱(いだ)く  佐佐木幸綱
戦わぬ男淋しも昼の陽にぼうっと立っている夏の梅  佐佐木幸綱
帆のごとく過去をぞ張りてゆくほかなき男の沼を君は信じるか  佐佐木幸綱
一輪とよぶべく立てる鶴にして夕闇の中に莟のごとし  佐佐木幸綱
火も人も時間を抱くとわれはおもう消ゆるまで抱く切なきものを  佐佐木幸綱
若草はひばりを隠しはつなつの心にわれは鶺鴒を飼う  佐佐木幸綱
水時計という不可思議ありき ひとと逢う瀧の時間に濡れては思う  佐佐木幸綱
言葉とはつまりは場(ば)かも風中の戦車に登り口開く人  佐佐木幸綱
君は信じるぎんぎんぎらぎら人間の原点はかがやくという嘘を  佐佐木幸綱
さらば象さらば抹香鯨たち酔いて歌えど日は高きかも  佐佐木幸綱
あじさいの花の終りの紫の濡れびしょ濡れの見殺しの罪  佐佐木幸綱

少年のわが身熱(しんねつ)をかなしむにあんずの花は夜も咲(ひら)きをり  高野公彦
精霊ばつた草にのぼりて乾きたる乾坤(けんこん)を白き日がわたりをり  高野公彦
月てらす河を踰(こ)えつつししむらのうちなる鳥も目をひらきをり  高野公彦
ふかぶかとあげひばり容れ淡 青(たんじやう)の空は暗きまで光の器  高野公彦
海に出てなほ海中(かいちゆう)の谷をくだる河の尖端を寂しみ思ふ  高野公彦
飛込台はなれて空(くう)にうかびたるそのたまゆらを暗し裸体は  高野公彦
夜ざくらを見つつ思ほゆ人の世に暗くただ一つある〈非常口〉  高野公彦
たましひの手くらがりにて人の世のひとりにてがみ書きゐたりけり  高野公彦
目つむれる女人を抱けば息深き女体となりぬあはれノア・ノア  高野公彦
にんげんの水行の跡すべて消し海はしづけきひかりの平(たひら)  高野公彦
戦火映すテレビの前に口あけてにつぽん人はみな鰯  高野公彦
暗黒にほたるの舞ふはやはらかき草書(さうしよ)のごとしひかりの草書  高野公彦
怠けたく酒が飲みたく遊びたく羊腸(くねくね)とせり五十のこころ  高野公彦
ホモ・ファベル悲しきかなや原発は悪魔がそそのかした美酒(うまさけ)  高野公彦
杖つきて歩く日が来む そして杖の要らぬ日が来む 君も彼も我も  高野公彦

水中のようにまなこは瞑りたりひかるまひるのあらわとなれば  伊藤一彦
鶴の首夕焼けておりどこよりもさびしきものと来し動物園  伊藤一彦
おとうとよ忘るるなかれ天翔ける鳥たちおもき内臓もつを  伊藤一彦
古電球あまた捨てきぬ裏の崖ゆきどころなき霊も来ていし  伊藤一彦
かくれ得て生きし一日をわが生にかかわりもなき桃が貴し  伊藤一彦
動物園に行くたび思い深まれる鶴は怒りているにあらずや  伊藤一彦
月の出も日の出も見ずにあり経る日空空漠漠くうくうばくばく  伊藤一彦
もろびとに青春一過さらさらにうねれる水の上の稲妻  伊藤一彦
妻とゐて妻恋ふるこころをぐらしや雨しぶき降るみなづきの夜  伊藤一彦
過ぎにしを言ふな思ふな凧高くうちあがりゆく今が永遠  伊藤一彦
眼のくらむまでの炎昼あゆみきて火を放ちたき廃船に遭ふ  伊藤一彦
月光の訛(なま)りて降るとわれ言へど誰も誰も信じてくれぬ  伊藤一彦
海港のごとくあるべし高校生千五百名のカウンセラーわれは  伊藤一彦
生きがたき青春過ぎて死にがたき壮年にあふ月光痛し  伊藤一彦
東京に捨てて来にけるわが傘は捨て続けをらむ大東京を  伊藤一彦
月光に一葉(ひとは)揺らさず叱られてゐる崖の木を見てしまひたり  伊藤一彦
「正しいことばかり行ふは正しいか」少年問ふに真向ひてゐつ  伊藤一彦
母の名は茜、 子の名は雲なりき丘をしづかに下(くだ)る野生馬  伊藤一彦
おぼれゐる月光見に来つ海号(うみがう)とひそかに名づけゐる自転車に  伊藤一彦

夏帽子すこしななめにかぶりゐてうつ向くときに眉は長かり  河野裕子
われを呼ぶうら若きこゑよ喉ぼとけ桃の核ほどひかりてゐたる  河野裕子
君を打ち子を打ち灼けるごとき掌よざんざんばらんと髪とき眠る  河野裕子
子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る  河野裕子
ああ眠いああ眠いと茶碗の中に落ちるやうにぞ子は飯を食ふ  河野裕子
コスモスの花が明るく咲きめぐり私が居らねば誰も居ぬ家  河野裕子
あをぞらがぞろぞろ身体に入り来てそら見ろ家中(いへぢゆう)あをぞらだらけ  河野裕子
しつかりと飯を食はせて陽にあてしふとんにくるみて寝かす仕合せ  河野裕子
夜はわたし鯉のやうだよ胴がぬーと温(ぬく)いよぬーと沼のやうだよ  河野裕子

噴水のむこうのきみに夕焼けをかえさんとしてわれはくさはら  永田和宏
おもむろにひとは髪よりくずおれぬ水のごときはわが胸のなかに  永田和宏
窓に近き一樹が闇を揉みいたりもまれてはるか星も揺らぎつ  永田和宏
昇天の成りしばかりの謐(しず)けさに梯子の立ちている林檎園  永田和宏
岬は雨、と書きやらんかな逢わぬ日々を黒きセーター脱がずに眠る  永田和宏
採血の終りしウサギが量感のほのぼのとして窓辺にありし  永田和宏
やがて発光するかと思うまで夕べ追いつめられて白猫膨る  永田和宏
痛きまで月光充てりみみずくの少量の肉ともるがに見ゆ  永田和宏
しかしなお思想は肉に換え得ると燐光燃ゆる月夜みみずく  永田和宏

なにげなきことばなりしがよみがえりあかつき暗き吃水を越ゆ  永田和宏
彼がなぜおれの尺度だこんなにも夕日がゆがむフラスコの首  永田和宏
天秤は神のてのひら秋の陽の密度しずかに測られいたる  永田和宏
敵ばかりわれには見えて壮年と呼ばるる辛(から)きこの夏のひかり  永田和宏
用のなき電話は君が鬱のとき雨の夜更けをもう帰るべし  永田和宏
透明な秋のひかりにそよぎいしダンドボロギク だんどぼろぎく  永田和宏
寂しさをもてあましいつ梅の木に洗いざらしの光はきざす  永田和宏
もうわれを叱りてくるる人あらず 学生の目を見据えて叱る  永田和宏
カラスなぜ鳴くやゆうぐれ裏庭に母が血を吐く血は土に泌む  永田和宏
動こうとしないおまえのずぶ濡れの髪ずぶ濡れの肩 いじっぱり!  永田和宏

こずゑまで電飾されて街路樹あり人のいとなみは木を眠らせぬ  小池光
たましひのあかるくあれば象印魔法瓶こそ容(い)るるによけれ  小池光
ふたふさの罐詰蜜柑のるゆゑに冷し中華をわがかなしまむ  小池光
そこに出てゐるごはんをたべよといふこゑすゆふべの闇のふかき奥より  小池光
猫の毛のぼろぼろとなりしものぞ行き路地のおくにてカラオケきこゆ  小池光
日本語をあやつるときの天皇をつねはらはらとわれらおもへりき  小池光
ふるさとに母を叱りてゐたりけり極彩あはれ故郷の庭  小池光

扉の前に片羽ちぎれし蝶落ちて地を打ちやまぬ一つの紋が  花山多佳子
抽出しはみな少しずつ開(あ)いている真昼の部屋に入る蔓の先  花山多佳子
子を抱きて穴より出でし縄文の人のごとくにあたりまぶしき  花山多佳子
子守唄うたい終わりて立ちしとき一生(ひとよ)は半ば過ぎしと思いき  花山多佳子
幼かりしわが父を抱く錯覚にあわれ男の子はわれを充たせり  花山多佳子
神がかりのようなおみな子の物言いに動かされつつ遊ぶおとうと  花山多佳子

黒板に迷子のわが子の名を書きて又先へ行く夢の廊下を  花山多佳子
いたく大事にしている棒の先折れて男の子はかじるその折れ口を  花山多佳子
神経の尖れるままに菊みれば菊という字が頭にひしめきぬ  花山多佳子
夜の更けの厨に立ちて八朔をむきては食べるああ不安なり  花山多佳子
降りそそぐ天つ光に生かされて身を運ぶなりごみ捨て場まで  花山多佳子
河原べの穂草の中に抱き降ろすウサギは他のウサギを知らず  花山多佳子
暗がりの夜具の外なる子の顔は島のようなりそがわれを呼ぶ  花山多佳子
黒胡麻の一つ浮きたる牛乳というもの見たり夜のテーブルに  花山多佳子

たんぽぽの穂が守りゐる空間の張りつめたるを吹き崩しけり  栗木京子
鶏卵を割りて五月の陽のもとへ死をひとつづつ流し出したり  栗木京子
半開きのドアのむかうにいま一つ鎖(さ)されし扉あり夫と暮らせり  栗木京子
新たなる風鳴りはじむ産み了へて樹のごとくまた緊りゆく身に  栗木京子
叱られて泣きゐし吾子がいつか来て我が円周をしづかになぞる  栗木京子
いくつもの把手にふれしゆびさきは夜更けて吾子の耳たぶを撫づ  栗木京子
をり鶴のうなじこきりと折り曲げて風すきとほる窓辺にとばす  栗木京子
春寒や旧姓繊(ほそ)く書かれゐる通帳出で来つ残高すこし  栗木京子

地球儀の底もちあげて極地とふ終(つひ)の処女地を眩しみて見つ  栗木京子
草むらにハイヒール脱ぎ捨てられて雨水(うすい)の碧(あを)き宇宙たまれり  栗木京子
出奔の夢すてきれず氷るほどつめたきトマト頬ばりながら  栗木京子
七月の夜に思ひ出づミシン踏む母の足白く水漕(こ)ぐごときを  栗木京子
十月の跳び箱すがし走り来て少年少女ぱつと脚ひらく  栗木京子
パソコンの横にバイオの薔薇は咲き日々しろがねの水を欲(ほ)るなり  栗木京子
子に送る母の声援グランドに欲(こだま)せり わが子だけが大切  栗木京子
身を揉みて泣きつつ恋を貫きし女おそろしたそがれの雨  栗木京子

一のわれ死ぬとき万のわれが死に大むかしからああうろこ雲  渡辺松男
白鳥はふっくらと陽にふくらみぬ ありがとういつも見えないあなた  渡辺松男
概念を重たく被り耐えているコンイロイッポンシメジがんばれ  渡辺松男
ああ母はとつぜん消えてゆきたれど一生なんて青虫にもある  渡辺松男

風中に待つとき樹より淋しくて蓑虫にでもなつてしまはう  小島ゆかり
まだ暗き暁まへをあさがほはしづかに紺の泉を展く  小島ゆかり
杳(とほ)い杳いかのゆふぐれのにほひしてもう似合はない董色のスカーフ  小島ゆかり
みどりごはまだわれのもの 風の日の外出(そとで)にあかき帽子をかぶす  小島ゆかり
柿の朱は不思議なる色あをぞらに冷たく卓にあたたかく見ゆ  小島ゆかり
秋晴れに子を負ふのみのみづからをふと笑ふそして心底(しんそこ)わらふ  小島ゆかり

きのふとはちがふ瞳のいろをして子よ夕暮れの楽隊を見たか  小島ゆかり
夜のたたみ月明りして二人子はほのじろき舌見せ合ひ遊ぶ  小島ゆかり
団栗はまあるい実だよ樫の実は帽子があるよ大事なことだよ  小島ゆかり
子供とは球体ならんストローを吸ふときしんと寄り目となりぬ  小島ゆかり
雲踏みてわれは行きたしはつなつの空の奥なる青の画廊へ  小島ゆかり
梨おもく実れる九月 垂直にしろがねの宇宙飛行士発(た)てり  小島ゆかり
アメリカで聴くジョン・レノン海のごとし民族はさびしい船である  小島ゆかり
死を囲むやうにランプの火を囲みヘブライ暦(れき)は秋にはじまる  小島ゆかり
マンモスもペリカンも来よからつぽのプールのやうな秋のこころに  小島ゆかり
渡らねば明日へは行けぬ暗緑のこの河深きかなしみの河  小島ゆかり
まだ暗き暁まへをあさがほはしづかに紺の泉を展く  小島ゆかり

無人戦車無人地球の街を野をはたはたと晒(わら)ふごとくゆきかふ  坂井修一
WVW(ウエツブ)のかなたぐんぐん朝はきて無量大数の脳が脳呼ぶ  坂井修一
二つ三つかみそりの傷ほの紅(あか)きわれはしづかな破戒僧なり  坂井修一

帰れざりし三塁走者さまよえる砂漠あらむよこの春嵐  大滝和子
腕時計のなかに銀の直角がきえてはうまれうまれてはきゆ  大滝和子

菜の花の黄(きひ)溢れたりゆふぐれの素焼の壺に処女のからだに  水原紫苑
風狂ふ桜の森にさくら無く花の眠りのしづかなる秋  水原紫苑
胸びれのはつか重たき秋の日や橋の上にて逢はな おとうと  水原紫苑
宥(ゆる)されてわれは生みたし 硝子・貝・時計のやうに響きあふ子ら  水原紫苑
死者たちに窓は要らぬを夜の風と交はる卓の薔薇へ知らせよ  水原紫苑
白鳥とくちなは愛しあふこゑを聞きたるのちにみづは滅びむ  水原紫苑
魚(うを)食めば魚の墓なるひとの身か手向くるごとくくちづけにけり  水原紫苑
くちづけの深さをおもひいづるとき雲雀よ雲雀そらを憎めよ  水原紫苑
美しき駅を建てむと胸板の傾斜にふれつ 汽車知らぬイエス  水原紫苑
こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし  水原紫苑
われのみにきこえぬ鐘にふれにしがふるへゐたりき鳴りてゐにしか  水原紫苑
顔おほふ花束を持ちて来る者は水上(すいじやう)をゆくごとく歩めり  水原紫苑
にんにくと夕焼 創りたまへれば神の手うすく銀の毛そよぐ  水原紫苑
雪降らぬ島々の子に死者の顔覆へる白をいかで教へむ  水原紫苑
飛ぶ鳥に刃(やいば)なきことさびしとも美(は)しともおもふ暮れぐれにして  水原紫苑

白藤のせつなきまでに重き房かかる力に人恋へといふ  米川千嘉子
やはらかく二十代批判されながら目には見ゆあやめをひたのぼる水  米川千嘉子
苦しむ国のしづかにふかき眉としてアイリッシュアメリカンゲイの列ゆく  米川千嘉子
湯のやうな風ある道に逢ひし蝶はわれらに母子の刻印を押す  米川千嘉子
鬱ふかきわれを少年は連れ走る借物競走の借物として  米川千嘉子
ひるがほいろの胸もつ少女おづおづと心とふおそろしきもの見せに来る  米川千嘉子

ゆるゆるとガーゼに苺包みつつある日つつましく膝を立ており  加藤治郎
ブリティッシュ・ブレッド・アンド・ベジタブル あなたにちょっとてつだってもらって  加藤治郎
砕けてもほくの体がわかるなら母よまっ青な絵具のチューブ  加藤治郎
冬の樹のかなたに虹の折れる音ききわけている頬をかたむけて  加藤治郎
とけかけの氷を右にまわしたりしずめたりまた夏が来ている  加藤治郎
フロアまで桃のかおりが浸しゆく世界は小さな病室だろう  加藤治郎
ぼくんちに言語警察がやってくるポンポンダリアって言ったばっかりに  加藤治郎
ぼくたちの詩にふさわしい嘱吐あれ指でおさえる闇のみつばち  加藤治郎
フライパンたたいてよせる卵かな新しい宗教のはじめに/おわりに  加藤治郎
ねばねばのバンドエイドをはがしたらしわしわのゆび じょうゆうさあん  加藤治郎
マオよマオよひどく寒くてシュウマイのグリンピースで造る王宮  加藤治郎

疾風にみどりみだるれ若き日はやすらかに過ぐ思ひゐしより  大辻隆弘
青嵐ゆふあらし過ぎ街路樹にわが歌ひ得ぬものらはさやぐ  大辻隆弘
山羊小屋に山羊の瞳のひそけきを我(あ)に見せしめし若き父はや  大辻隆弘
あかねさす真昼間父と見つめゐる青葉わか葉のかがやき無尽  大辻隆弘
あぢさゐにさびしき紺をそそぎるる直立の雨、そのかぐはしさ  大辻隆弘
やがてわが街をぬらさむ夜の雨を受話器の底の声は告げゐる  大辻隆弘
踏切の向かう燈火にてらされて異界をぬらすごとき夜の雨  大辻隆弘
さゐさゐと風に吹かれてゐしものの鳥瞰恋ほし夜半に思へば  大辻隆弘
体内に海抱くことのさびしさのたとヘばランゲルハンス島といふ島  大辻隆弘
雑踏にまぎれ消えゆく君の背をわが早春の遠景として  大辻隆弘

表現の如く雲湧くかの夏のふかき忘我をよびかへしゐつ  大塚寅彦
母の日傘のたもつひめやかなる翳にとらはれてゐしとほき夏の日  大塚寅彦
死者として素足のままに歩みたきゼブラゾーンの白き音階  大塚寅彦

溺れたひとという想定の人形のあたまを抱(いだ)く熱風のなか  穂村弘
明け方に雪そっくりな虫が降り誰にも区別がつかないのです  穂村弘
つっぷしてまどろむまみの手の甲に蛍光ペンの「早番」ひかる  穂村弘
夜明け前 誰も守らぬ信号が海の手前で瞬いている  穂村弘
このばかのかわりにあたしがあやまりますって叫んだ森の動物会議  穂村弘
包丁を抱いてしずかにふるえつつ国勢調査に居留守を使う  穂村弘
知んないよ昼の世界のことなんか、ウサギの寿命の話はやめて!  穂村弘

潮風に君のにおいがふいに舞う 抱き寄せられて貝殻になる  俵万智
今日までに私がついた嘘なんてどうでもいいよというような海  俵万智
万智ちゃんを先生と呼ぶ子らがいて神奈川県立橋本高校  俵万智
思いきり愛されたくて駆けてゆく六月、サンダル、あじさいの花  俵万智
四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら  俵万智
さくらさくらさくら咲き初め咲き終りなにもなかったような公園  俵万智
ゆく河の流れを何にたとえてもたとえきれない水底(みなそこ)の石  俵万智

はなこさんがみかんを三つ買いましたおつりはぜんぶ砂にうめます  東直子
たはむれに対旋律をたどりゆくわれ斉唱に従ひがたく  真中朋久
片足はいまだに闇に残しゐると窓の下に立つわれを言ひたり  真中朋久
ひとを抱きたましひを抱かぬさびしさもあるべしその逆もあるべし  真中朋久
直言をせぬは蔑するに近きこととかつて思ひき今もしか思ふ  真中朋久

自意識が目に見えるなら全身が穴だらけだろう向こうが見えて  前田康子
仏壇を奥へ奥へと拭いていき手首から先違う感じす  前田康子
産みし午後、文字という文字釘のごと飛び出て見える紙のおもてに  前田康子
見過ごした映画のような風に会う壁にもたれて笑っていたら  前田康子

戦争に行ってあげるわ熱い雨やさしくさける君のかわりに  江戸雪
赤道はしずかにほどけ甘いままなくなっていく舌のキャラメル  江戸雪
こでまりをゆさゆさ咲かす部屋だからソファにスカートあふれさせておく  江戸雪

あさがおが朝を選んで咲くほどの出会いと思う肩並べつつ  吉川宏志
睡りつつまぶたのうごくさびしさを君のかたえに寝ながら知りぬ  吉川宏志
先を行く恋人たちの影を踏み貝売る店にさしかかりたり  吉川宏志
カレンダーの隅24/31 分母の日に逢う約束がある  吉川宏志
円形の和紙に貼りつく赤きひれ掬われしのち金魚は濡れる  吉川宏志
しらさぎが春の泥から脚を抜くしずかな力に別れゆきたり  吉川宏志
この春のあらすじだけが美しい 海藻サラダを灯の下に置く  吉川宏志
十代に別れたひとびと透明な魚のように重なり合えり  吉川宏志
死ぬことを考えながら人は死ぬ茄子の花咲くしずかな日照り  吉川宏志
薄白き桜の花におおれて日本の墓は縦書きの墓  吉川宏志

それ以上言わない人とそれ以上聞かない僕に静かに雪は  松村正直
あなたとは遠くの場所を指す言葉ゆうぐれ赤い鳥居を渡る  松村正直

自動販売機とばあさんのたばこ屋が自動販売機と自動販売機とばあさんに  斉藤斎藤
とらんぽりんとらんとらんぽりんぽりん二時間後少女は母と産婦人科へ  斉藤斎藤
「悪いひとじゃあないんだけどね」「けどね」「ね」と笑うぼくらの足もとに床  斉藤斎藤
そんなに自分を追い込むなよとよそ様の作中主体に申し上げたい  斉藤斎藤
リトルリーグのースのように振りかぶって外角高めに妻子を捨てる  斉藤斎藤
母さんがふとんを叩く「母さんがふとんを叩くと感じるのですね」  斉藤斎藤
公園通りをあなたと歩くこの夢がいつかあなたに覚めますように  斉藤斎藤
残響音があるうちは新たに鐘をつかないで下さい 広島市  斉藤斎藤
死因の一位が老衰になる夕暮れにイチローが打つきれいな当たり  斉藤斎藤
▼▼
犠打という思想を深く刻まれてベンチに帰る少年のかお  松村正直
抜かれても雲は車を追いかけない雲には雲のやり方がある  松村正直

賞味期限・消費期限のいとはしき冷蔵庫内だいこんズドーン  大松達知
成績を上げます。がんばります。と書く賀状さみしも名を見ればなほ  大松達知
生徒の名あまた呼びたるいちにちを終りて闇に妻の名を呼ぶ  大松達知
みづからは触れ合はすなきテディベアの両手の間(あひ)の一生(ひとよ)の虚空  大松達知
なにゆゑかひとりで池を五周する人あり算数の入試問題に  大松達知

秩序 そう今日だって君は右足と左足を使って歩いたじゃん  中澤系
そのままの速度でよいが確実に逃げおおせよという声がする  中澤系
駅前でティッシュを配る人にまた御辞儀をしたよそのシステムに  中澤系
終わらない だからだれかが口笛を嫌でも吹かなきゃならないんだよ  中澤系

わたくしが独裁者ならムの音に「夢」を当てはめるのを禁止する  松木秀
ショッピングモールの中の駄菓子屋は親切な郷愁でおなじみ  松木秀
差別にもいろいろありて究極はジャイアンの言う「のび太のくせに」  松木秀
LAWSONへSEIYUそして武富士へだんだん青くなり死ぬだろう  松木秀
輪廻など信じたくなし限りなく生まれ変わってたかが俺かよ  松木秀

カンフーアタック 体育館シューズは屋根にひっかかったまま 九月  しんくわ
ぬばたまの夜のプールの水中で靴下を脱ぐ 童貞だった  しんくわ
あの子は僕がロングドライブを決めたとき 必ず見てない 誓ってもいい  しんくわ
てのひらに落ちてくる星の感触にかなり似てない投げ上げサーブだ  しんくわ

冷や飯につめたい卵かけて食べ子どもと呼ばれる戦士であった  雪舟えま
セックスをするたび水に沈む町があるんだ君はわからなくても  雪舟えま
世界じゅうのラーメンスープを泳ぎきりすりきれた龍おやすみなさい  雪舟えま
うれいなくたのしく生きよ娘たち熊銀行に鮭をあずけて  雪舟えま
るるるっとおちんちんから顔離す 火星の一軒家に雨がふる  雪舟えま

何時まで放課後だろう 春の夜の水田(みずた)に揺れるジャスコの灯り  笹公人
飛んでくるチョークを白い薔薇に変え眠り続ける貴女はレイコ  笹公人
信長の愛用の茶器壊したるほどのピンチと言えばわかるか  笹公人
浜辺には力道山の脱ぎ捨てしタイツのようなわかめ盛られて  笹公人
少年時友とつくりし秘密基地ふと訪ぬれば友が住みおり  笹公人
マンモスの死体をよいしょ引きずった時代の記憶をくすぐる網引き  笹公人
ガス自殺図る女を救いたる野球部員のホームランボール  笹公人
校庭にわれの描きし地上絵を気づく者なく続く朝礼  笹公人
落ちてくる黒板消しを宙に止め3年C組念力先生  笹公人
注射針曲がりてとまどう医者を見る念力少女の笑顔まぶしく  笹公人
まいちゃんのたてぶえなめたかさいくん
谷町線でぐうぐうねてた
今橋愛
過去にだれともであわないでよ
若いきすしないでよ
今 産まれてきてよ
今橋愛
とりにくのような せっけんつかってる
わたしのくらしは えいがにならない
今橋愛

泣きそうなわたくしのためベッドではいつもあなたが海のまねする  岡崎裕美子
豆腐屋が不安を売りに来りけり殴られてまた好きだと思う  岡崎裕美子

しじみ蝶ひらめきながら白昼を目先の金のように飛びおり  内山晶太
コンビニに買うおにぎりを吟味せりかなしみはただの速度にすぎず  内山晶太
通過電車の窓のはやさに人格のながれ溶けあうながき窓みゆ  内山晶太

ニッポンはアニメ、ゲームとパッコンと、あとの少しが太陽の塔  黒瀬珂瀾
ふと気付く受胎告知日 受胎せぬ精をおまへに放ちし後に  黒瀬珂瀾
「巴里は燃えてゐるか」と聞けば「激しく」と答へる君の緋き心音  黒瀬珂瀾

東京に立たぬ蚊柱 憎むべきひとりさへわれに見当たらぬなり  田村元
湯の中にわれの知らざる三分をのたうち回るカップラーメン  田村元

友の名で予約したれば友の名を名告りてひとり座る長椅子  光森裕樹
自転車の灯りをとほく見てをればあかり弱まる場所はさかみち  光森裕樹
鳥の名で統一したるサーバーのひとつがやはり応答しない  光森裕樹
ゼブラゾーンはさみて人は並べられ神がはじめる黄昏のチェス  光森裕樹
だとしてもきみが五月と呼ぶものが果たしてぼくにあつたかどうか  光森裕樹
ほほゑみを示す顔文字とどきゐつ鼻のあたりで改行されて  光森裕樹
▼▼
わたくしは少女ではなく土踏まずもたない夏の皇帝だった  飯田有子
のしかかる腕がつぎつぎ現れて永遠に馬跳びの馬でいる夢  飯田有子
三割がPTSDといふ帰還兵 残る七割の「正常」思ふ  伊藤一彦
少しひらきてポテトチップを食べている手の甲にやがて塩は乗りたり  内山晶太
階段を二段跳びして上がりゆく待ち合わせのなき北大路駅  梅内美華子
才能を疑いて去りし学なりき今日新しき心に聴く原子核論  岡井隆
ぼくはいま、以下につらなる鮮明な述語なくしてたつ夜の虹  荻原裕幸
歌、卵、ル、虹、凩、好きな字を拾ひ書きして世界が欠ける  荻原裕幸
低いほうにすこしながれて凍ってる わたしの本業は生きること  斉藤斎藤
君からのメールがなくていまこころ平安京の闇より暗し  笹公人
何故生きる なんてたずねて欲しそうな戦力外の詩的なおまえ  陣崎草子
スニーカーの親指のとこやぶれてて親指さわればおもしろい夏  陣崎草子
好きでしょ、蛇口。だって飛びでているとこが三つもあるし、光っているわ  陣崎草子
寝ころびて午後のうさぎを待ちてゐるアンニュイをほそき雨は埋めつ  中山明
幻の駱駝を飼へば干し草のごとく時間は食はれゆくなり  中山明
とほく聴く四声(しせい)のカノンいづこよりまじりきたれる一声ありき  中山明
サリエリのこころをおもふ チェンバロに俯(うつぶ)して哭く男のこころ  中山明
ペルシアンブルーに織りいだす絨毯 海知らざれば海より碧く  中山明
こののちの数億年を思ふときいちごの味の唾液湧き来る  西田政史
憂鬱はわりに好きだよなまぬるいピクルスに似たところもないし  西田政史
恋人と猫の欠伸のひるさがり 一行置きに読む『ハムレット』  西田政史
ねえむうみんこつちむいてスコップのただしいつかひかたおしへます  平井弘
はづかしいから振りまはした花のやうに言ひにくいことなんだけど  平井弘
気をつけていってらっしゃい 行きよりも明るい帰路になりますように  枡野浩一
絶倫のバイセクシャルに変身し全人類と愛し合いたい  枡野浩一
巻貝のしづけく歩む森に入りただひとりなる合唱をせり  水原紫苑
フクシマや山河草木鳥獣蟲魚砂ひとつぶまで選擧權あれ  水原紫苑
チューリップの花の頭(かうべ)の一段と大きくなりて夜(よる)を思惟すも  水原紫苑

「お客さん」「いえ、渡辺です」「渡辺さん、お箸とスプーンおつけしますか」  斉藤斎藤
今日こそは言わねばならぬ一行のような電車が駅を出てゆく  奥田亡羊
ほくほくはやきいも ぽくぽくは木魚 ああ、ぼくたちは啄木が好き  吉野裕之
二つとも旨いそれとも一つだけまたは二つともまづい桃二個  香川ヒサ
少女ふと薄き唇をわが耳に寄せて「大衆(マッス)は低能」と言ふ  黒瀬珂瀾
ぼくらはシステムの血の子供で誤字だらけの辞令を持って西のグーグルを焼き払った  フラワーしげる
ずっと片手でしていたことをこれからは両手ですることにした夏のはじまる日  フラワーしげる
ぬばたまの常磐線の酔客の支へて来たる日本、はどこだ  田村元
一人でも生きられるけどトーストにおそろしいほど塗るマーガリン  佐藤りえ
キラキラに撃たれてやばい 終電で美しが丘に帰れなくなる  佐藤りえ

時給一一六〇円が時給七八〇円に「肉まんひとつ」  斉藤斎藤
減りやすき体力とお金のまづお金身体検査のごとく記録す  澤村斉美
、と思えばみんなあやしい……このなかの誰かが死者である読書会  佐藤弓生
すらすらと謝れるああこの顔ももうのっぺりとうすあかるくて  斉藤斎藤
もう少しも酔わなくなりし眼の中を墜ちゆくとまだ兄の機影は  平井弘

どんなにかさびしい白い指先で置きたまいしか地球に富士を  佐藤弓生
夏になりそびれた廃材 母が指ささないものを見てばかりいた  千葉聡
感情の置き場所だけは奪われぬ言葉はずっとずっと一緒だ  東直子
四歳をぐぐつと抱けば背骨あり 死にたくないな君が死ぬまで  大松達知
夜の雪を映せる硝子 拉致のために近づく人の息を思うも  佐佐木幸綱
わたしが世を去るとき町に現れる男がいまべルホヤンスク駅の改札を抜ける  フラワーしげる
ランドセルの鈴鳴らしつつゆく子あり鈴はときをり空からも鳴る  小島ゆかり
人を抱く時間は冬の虹に似て一生(ひとよ)のうちのほんのわずかの  吉川宏志
背景に川が流れて学生時代を夢のようだと言うのだろうか  永田紅
たしかにおれも手をたたいたが嘴があるなんてきいてなかつた  平井弘
善も悪もみんな燃やせば簡単だアメリカの洗濯機はごつつう廻る  林和清
外は雨であるかもしれず何ごともなければ海であるかもしれず  松村正直
傍に居て 男のからだは暖かい見た目よりはずつと桐の木  河野裕子
瀬の音のかすかにきこゆ老人が老人に愛をささやくやうに  伊藤一彦
(すぐそこを)(飛んでる)(眠れ)(どうやって)(蜘妹が)(眠るな)(笑)(聞きたい)  穂村弘
水深をもらえば泳ぎだす犬に花降りそそぐ季節があるの  宇都宮敦
白いブランコ揺らしてぼくは少しだけ哀しい事件に遭ふひとのやう  西田政史
かぐはしきゼロこそよけれ海から海あなたからあなたを引いたやうな  山田富士郎
大足の息子が部屋を横切りてコーラ飲まねば勉強できぬ  前田康子
遺伝子はほころびやがて散る刺繍その半歩まへパンダつくりき  坂井修一
明日へわれらを送る時間の手を想ふ寝台に児をそつと降ろせば  黒瀬珂瀾
耳で飛ぶ象がほんとにいるのならおそろしいよねそいつのうんこ  穂村弘
吼え狂うキングコングのてのひらで星の匂いを感じていたよ  穂村弘
この街のすべてがぼくのC#mの音にとざされてゐる  西田政史
真っ白な東京タワーの夢を見た 今年は寒くなればいいのに  しんくわ
「生涯にいちどだけ全速力でまはる日がある」観覧車(談)  秋月祐一
夕凪の渚でしりとり「ささ」「さかさ」「さみしさ」なんて笑いとばせよ  千葉聡
泣きながらあなたを洗うゆめをみた触角のない蝶に追われて  東直子
ふたしかな星座のようにきみがいる団地を抱いてうつくしい街  佐藤弓生

鬯鬯鬯鬯と不思議なものを街路にて感じつづけてゐる春である  荻原裕幸
あさぼらけ東急ハンズに水星のかそけきひかり吸はれたるはや  仙波龍英
沈船の窓よりのぼる泡よりもはかなきことをいまこそ言はめ  山田富士郎
生ぐさき螢の腹をつまみゐる吾なりき今もそのわれなるよ  紀野恵
六角の雪の結晶の貌(かほ)したる少年われにぶつかりぬ 消えよ  水原紫苑
パラシュートひらきし利那わが顔のステンドグラス荒天に見ゆ  水原紫苑
わが留守にわが子らを育てくるるもの 亀のノコノコ、金魚のピカリ  小島ゆかり
鐘りんごん林檎ぎんごん霜の夜は林檎のなかに鐘が鳴るなり  小島ゆかり
おしよせて来しかなしみはざくざくざんざくざくざんとキャベツを切りぬ  小島ゆかり
蒼の恐怖飼い馴らすまで、耳に渦、ざざざぐぐだっ、がががずず、あっ!  佐佐木幸綱
わらわらとわらはの笑みがこぼるれば月も満ちたり潮も満ちたり  紀野恵
パレットの穴から出てる親指に触りたいのと風の岸辺で  穂村弘
信じないことを学んだうすのろが自転車洗う夜の噴水  穂村弘
一枚のくらき万緑の窓としてある日青年はわれに向くらむ  米川千嘉子
雄の光・雌の光がやりまくる赤道直下鮫抱きしめろ  穂村弘
いのりというみずにしずみてあおぞらのきみのからだを離(か)れはじめたり  三枝浩樹
女学生われを訪(と)ひ来るひるさがり魔法壜空(から)なれどおもたし  荻原裕幸
宇宙とふ無音の量(かさ)を思ふときわれ在ることの〈声〉のごとしも  大塚寅彦
虹いづれば首のびやかに虹のこゑ聴きゐしならむ草食竜は  大塚寅彦
人生を夢の階段と信じゐる少女と桜の下に撮(うつ)りぬ  伊藤一彦
そしていまミミミミミミミミミミミが彼女の夢にこだましてゐる  西田政史
日常は夢さりながら黒猫が紅茶茶碗に足踏み入れる  山田富士郎

鳥ほどの巨大蛾ありて「メメント・モリ」「メメント・モリ」と闇にこそ鳴け  高野公彦
うがひして薬をのんでかつ祈るホメオスターシス、ホメオスターシス  高野公彦
母と娘のあやとり続くを見ておりぬ「川」から「川」へめぐるやさしさ  俵万智
忘れたいことさえなくて
 休日はチェリーの茎をむすぶだけの舌  林あまり
猫はわたしを現実にひきもどす
 さっきの電話はやはりあったのだ  林あまり
まだ受けていたい刑から解かれたように
 左手首の時計を失う  林あまり
髪にふれる指にぴくんとするように
雪につつまれてしまったうさぎ  林あまり

うしなひし眼鏡はたまのふたつとも汚れしままにうしなひたりし  小池光
春悪の此岸を越えて甘やかにピースは薫りのべつ喫むなり  島田修三
生きて在る罪のふかさや青ぶだう紫ぶだう夜(よる)をかがやく  水原紫苑
どのやうな崖(きりぎし)ならむそれが今なのかもしれぬふりむきて問ふ  河野裕子
ジャングルジムに上りうるわれを人気なき公園にためすあつぱれの秋  馬場あき子
黄あやめの高さちがいて咲く真昼少女は夏の昏さを知りぬ  前田康子
静物画ゑがかむとして明るさの集ふ石榴をここに移しつ  大辻隆弘
鳥の蹴りし力に揺れてゐたる枝しづまらむとす風のなき間に  横山未来子
そこここで差し出されくる箱に子は硬貨を落とす遊びのやうに  大口玲子
拝むべきもののごとくに観覧車まわりていたり冬風のなか  内山晶太
生きる意味が分からぬならば載せてみよ大天秤に春の臓器を  佐伯裕子
うながされ火の輪をくぐるサーカスの虎こそ哀し冬に入る日々  栗木京子
ああ犬は賢くあらず放射線防護服着る人に尾をふる  小島ゆかり
叱責に慣れぬわが身はくらぐらとかたむいてゆく月照る道に  松村正直
極東のあまきみそらの風湿る寒気団から降りるかりがね  坂井修一
この世から徐々に離れてゆく老いよ粥の深みに匙沈みゐて  高野公彦
たましひは胡桃でできてゐてほしい苦しきときはポケットに入れ  渡辺松男
さうかこの軍服がみえてゐな いか王さまはうれしくなりました  平井弘
滝の匂いは滝の裸体より発す 処女でなきことわれは悔やめり  松平盟子
おお、おお上等じゃないのと言ひかへし机たたけば机は硬い  島田修三
ボケ岡と呼ばるる少年壁に向きボール投げをりほとんど捕れず  島田修三

きらきらときらきらと降る さらさらとさらさらと散る 葉のあたたかさ  三枝浩樹
救急車の音のポトンと落ちし闇生死の直接に人動きゐむ  佐藤通雅
夢のふかさ 断崖のやうな脳の闇 こひびとで父でわたしであるひと  黒木三千代
風荒れて丘は花びらだらけなり千年変わらぬ季節おそろし  三枝昴之
ゆっくりと悲哀は湧きて身に満ちるいずれむかしの青空となる  三枝昴之
船乗りになりたかったな。コピー機が灯台のようにひかりを送る  ユキノ進
誰もいない星で静かにブランコが揺れているからもう行かなくちゃ  尼崎武
もう俺は今日から生まれ変わるのに昨日のことで怒られている  尼崎武
間違って降りてしまった駅だから改札できみが待ってる気がする  鈴木美紀子
七色のボールペンには七本のばねがあるのでしょうね、雨  蒼井杏
うずく、まるわたしはあらゆるまるになる月のひかりの信号機前  中家菜津子
「ナイス提案!」「ナイス提案!」うす闇に叫ぶわたしを妻が搖さぶる  堀合昇平
こころとは頭にあるか胸なるか手にもありさうでしづかに撫づる  米川千嘉子
木のやうに目をあけてをり目をあけてゐることはたれのじやまにもならず  渡辺松男
いっぴきの蛾の全力であらわれてお寿司のうえをはばたき渡る  内山晶太
人生のない国にゆきうつくしい一瞬の遊園地に手をのばす  内山晶太
上澄みを生きているのはつまらないアメンボ飛び出すときの脚力  永田紅
それでもまた桜が咲いてくれるから赤ん坊も生まれてくれるのだから  佐伯裕子
最後の試合終はりたる子のユニホーム洗ヘばながく赤土を吐く  米川千嘉子
なぜ避難したかと問はれ「子が大事」と答へてまた誰かを傷つけて  大口玲子
待ち時間長きもよけれ日の出待ち月の出を待ち永遠を待つ  伊藤一彦
午後。唇といふうすき粘膜にてやはく他人の顔とつながる  辰巳泰子
ぼくの求めたたったひとつを持ってきた冬のウェイトレスに拍手を  正岡豊
便器から赤ペン拾う。たった今覚えたものを手に記すため  玲はる名
サハリンと北緯等しき朝を鳴くユリカモメ 父になるぞよいのか  黒瀬珂瀾

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《歌集読む 211》小坂井大輔『平和園に帰ろうよ』  ~泣いたら強いんですよ、ほか村田沙耶香『コンビニ人間』読んだ