仙台文学館のスズキコージ展に行ってきた{短歌の本読む 135} 『現代短歌新聞』2017年6月号

2019年08月29日

《歌集読む 210》近藤芳美『埃吹く街』  ~半ばまで行きて死ぬ、ほか

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歌集読む 210

近藤芳美『埃吹く街』1948年。



淡あはとなべてに落つる夕光橋にむかひて人は乏しき
/近藤芳美『埃吹く街』



焼あとの空は黄色くにごりつつしばらく塀に添ふ道があり
/近藤芳美『埃吹く街』



幾度かに地平の雲の色移り実験衣脱ぐ一人なる部屋
/近藤芳美『埃吹く街』



くすりまきし部屋を這ふ虫灯の下の畳の半ばまで行きて死ぬ
/近藤芳美『埃吹く街』

→こういうことは日常にあるけど、もしかすると、苦しく生きて死んだ人が重ねられているのか。



酒吐きて歩み行くときポケットに手触れて居たり鋼の巻尺
/近藤芳美『埃吹く街』
→巻き尺は仕事道具か。飲み過ぎて吐くというのは自分の計測を誤っている。さっきの、色が変化する雲と実験衣のときも思ったけど、出てきた二つのものが響きあっている。



階段をすべり背中を打ちし男しばし歩みて人にまぎるる
/近藤芳美『埃吹く街』

→男が滑稽で目を引くんだけど、どんなものでもまぎれてわからなくさせてしまう街の雑踏のほうが心にのこる。



互ひに言ひつくしつつ理解せず雨滴は青し窓を流れて
/近藤芳美『埃吹く街』



諍ひしあとを互ひに寝る家族小さき地震を弟は言ふ
/近藤芳美『埃吹く街』



通ひ合ふもの無き事も知らむとし若き批判の中に交じりぬ
/近藤芳美『埃吹く街』

→昔の歌だからというわけではないんだろうけど、他人との距離が近い。言い合いをするし、批判したりする。



ほとんどのことはわからないか、わかってるやつと同じかどうかがわからない。だから風景の歌か抽象的な歌に丸が集中する。
コミュニストとかインテリゲンチャとか民衆とかが、オレの想像できるものとどれだけ重なってるかって話。わかりそうな「喫茶」だって「自動車」だって何だって、今とは違うでしょう。
読んでて感じる雰囲気は好き。

この本おわり。



んじゃまた。



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mk7911 at 12:35│Comments(0)歌集読む 

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