村田沙耶香『コンビニ人間』読んだ「穂村弘の短歌bot」をつくりました

2019年09月13日

《歌集読む 212》戸田響子『煮汁』  ~カップの中は昨日、ほか

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歌集読む 212
戸田響子『煮汁』。書肆侃侃房。2019年4月。



まず表紙からして印象的ですね。男女が走っている後ろ姿です。
頭部が小さくて、何等身だろうって感じですね。星のような何かが斜めに降っています。戦火のなかを逃げているようにも見えますが、服装を見るとパーティーから二人で抜け出したと見たほうがよさそうです。
そしてそんな二人の右上に『煮汁』です。『煮汁』という言葉とこの絵の衝突。「煮」の字の斜めの線が落下してくるものの尾の部分になっています。




早朝のバスタブ朝日がつき刺さり音階のようなものが聞こえる
/戸田響子『煮汁』

→上の句はよくわかりますね。ふつうに朝の風呂場です。「つき刺さり」がややするどい描写です。
問題は下の句です。「音階のようなもの」ってことは、これは音階ではありません。そとで何かやってるんでしょうか。早朝なので、遠くの目覚まし時計という読みは可能です。

ここは自分としては、なにかもっと神秘的なものを感じたいですね。早朝、バスタブ、つき刺さる朝日。こうしたものが合わさって、この下の句。うーん上手く言えないんですが、朝の光が聴覚で感じとれるなにかに変換されたかのような。



駅前でポケットティッシュを受け取った目は合わないのに触れる指先
/戸田響子『煮汁』



複雑に動く唇見ていたいスリジャヤワルダナプラコッテ
/戸田響子『煮汁』

→下の句はスリランカの首都ってことでちょっとよく言われてたかと思います。オレの学校でもこれを得意気に早口で言ってるやつがいました。
これを言う必要性が普通はないわけで、単語としての長さとか、「意味」以外のところが大事にされているわけです。ここでは「複雑に動く唇」となってあらわれています。
字足らずで、かなり印象的な下の句です。



伏せてあるカップの中は昨日です雨音がずっと聞こえています
/戸田響子『煮汁』

→上の句からすでに不思議なことが出てきます。カップの中は昨日です、ということは、カップの外側は今日ですから、どんな時間の状態なのでしょうか。
下の句では音のことが出てきますが、これはカップの中から聞こえてくるように思えます。そうは書かれていないので、ここで読みが分かれそうですね。
昨日は雨で、昨日の雨の音が伏せてあるカップの中から聞こえてくる。「ずっと」っていつからでしょう。しばらく前からこの状態なのでしょうか。
カップを表にしたらどうなるのかがとても気になりますが、ずっとこの状態なのです。



「近々に」といわれ冷たく光りだす「近々」という言葉星みたい
/戸田響子『煮汁』

→星がまたたく様子を「ちかちか」ということがありますが「近々」からそれを感じ取っているということですね。
「冷たく光りだす」に、星のまたたきが表現されています。
「という言葉星みたい」というおさめかたが特徴的です。ぎこちないというか、舌足らずの一歩手前とでもいいましょうか。



乾杯でちょっと遠い人まぁいいかと思った瞬間目が合ったりする
/戸田響子『煮汁』

→この歌集には、不思議な歌と日常な歌と両方がありますが、これは後者ですね。「あるある」です。



時計のない部屋でそわそわしていたがやがてどうでもよくなってきた
/戸田響子『煮汁』

→考えてみたら時間がわからない場所に長時間いることってないなあ。
歌を見ると、漢字が途中でなくなってひらがなばかりになっています。これが時間の感じかたや心の変化をあらわすかのようです。



着信拒否をされている気がするんだと何度か言って帰っていった
/戸田響子『煮汁』

→着信拒否をされている気がするんだけど、実際に電話をかけて確かめたわけではないんですね。だから、気がするだけ。それを言うんだけど、言われたほうはハッキリした返事はできないでしょう。そんなの知らないから。
しかも複数回言って帰っていく。人には複数回しゃべるのに、自分では一度も確認しないわけです。
言うだけ言って帰っていく。そこにはなんの変化もない。また来たらまた言いそう。「謎」が行ったり来たりしているみたい。



着席と先生が言いその後の五秒の顔は餃子に似てた
/戸田響子『煮汁』

→それって先生が言うんですかね。日直が言わない? まあそういう学校とかクラスもあるでしょう。
みんな着席してから授業を始めるんですが、「着席」と号令がかかってから先生が話し始めるまでに五秒くらいある。そのあいだの先生の顔を見ていたというんですね。
その先生の顔が、よりによって餃子に似ていたという。比喩がおもしろいです。どんな顔でしょう。瞬間の表情を切り取った短歌です。



人形をつかみ上げれば死んでいるような角度でこうべをたれる
/戸田響子『煮汁』

→人形は生きていなくて、かといって死んでもいない。「死んでいるような角度で」が気味の悪いところで、これはまるで、死んでいるものをつかみ上げたことがあるかのような言い方なんです。そのしずかな気味の悪さを味わう短歌なのだと思います。



殺した虫をティッシュに包み屑かごへ捨てたらちょっと薄暗くなる
/戸田響子『煮汁』

→こういうことって普通にやりそうだけど、「ちょっと薄暗くなる」がポイント。「ちょっと」と「薄」が重なっているけど、それくらいわずかな変化なんですね。これが虫じゃなくてほかの動物とかだと、もっとしっかり暗くなるんだろうか。殺せば殺すほど暗くなっていく世界に、いつのまにか包まれている。
ティッシュに包んで捨てたところまで丁寧に言っている。ティッシュに包む行為も暗さに関係しているんだろうか。関係するとして、それは暗さを強くするのか、弱くするのか。



連写する笑顔の中に一瞬のまたたきの顔泣き顔に似る
/戸田響子『煮汁』

→さっき、先生の五秒だけの表情を切り取った短歌を紹介しましたが、これもわずかな表情の歌。
笑顔のなかに泣き顔のような顔が混ざるという発見。サブリミナル効果を思い出しました。



夏草がのびのび伸びて背をこえてねえフエラムネの音色聞かせて
/戸田響子『煮汁』

→響きやリズムで読ませる短歌です。「夏草」のN音から「のびのび伸びて」につながり、そこから「て」止めが三回出てきます。
フエラムネの音色というのは子供のころを思い出させます。背よりも高く伸びた草というのもそうです。草が背をこえていくのが、時間を巻き戻すような感覚を呼び起こします。



眠りから夢への連結部分にて大写しになるラーメンのなると
/戸田響子『煮汁』

→そんなことある? と思ったけど、なんかおもしろいから丸つけました。
「連結部分」ってこういう場合には使わない言い回しで、おもしろいです。電車の車両と車両みたいです。してみると、眠りや夢も車両のようなものなのでしょうか。
これはつまり夢の入り口なのかと思いましたが、よく見るとそうとも限らないようです。
なるとっていうのはぐるぐる渦を巻いていまして、そのあたり、謎めいています。大写しならば、なおさらです。



思い出させてあげようじゃない次々と粉砕してゆくルマンドのくず
/戸田響子『煮汁』

→強そうなことを言って始まるんだけど、結句の「ルマンドのくず」で迫力の方向がかわります。そもそも壊れやすいものを壊している。でもそこをあえて壊すのも普通じゃないので、やっぱりなんか迫力がある。
いったい何を思い出すことになるのでしょう。



はさみを握る指美しくしょきしょきと白い切れ端うなだれてゆく
/戸田響子『煮汁』

→「しょきしょき」に工夫が見られます。
美しい指とうなだれてゆく紙のあいだにドラマがありそうです。



巻き上げるパスタにやはりツボがあり間違えると一本はみ出す
/戸田響子『煮汁』

→パスタがうまく巻き上がらない感覚を詠んでいます。巻けるか巻けないか、それを決めるものを「ツボ」と呼んでいます。
下の句の句またがりの苦しさと字足らずが「間違える」につながってくるんでしょう。



以上です。けっこう書きました。
この本おわり。
んじゃまた。



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