あとがき  ◆工藤吉生ブログ歌集『短歌研究』2019年4月号「歌集・歌書評・共選」

2019年10月23日

『短歌研究』2019年3月号「歌集・歌書評・共選」  

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ブログ十周年記念企画・その2として、『短歌研究』2019年3.4.5月号の「歌集・歌書評・共選」に執筆したものをブログにアップする。短歌の本の書評のページだ。

今回は一回目として、『短歌研究』2019年3月号掲載ぶんを載せる。短歌総合誌での初めての書評となる。










十谷あとり『風禽』


2018.7.30 いりの舎
第二歌集

 自転車のタイヤの影が存在感を放っているモノクロの表紙に、この歌集の世界があらわれている。

ゴミ袋ゆたかに満たす紙屑の色に暮れゆくおほさかの空

剝落を飾りとなして西壁に「塩」一文字の看板は旧る

泣いてゐるひとのこころとおもふまで星のひかりを見つめてをりつ

 さびれた風景、わびしい風景に力がやどっているのは、比喩表現の力なのだろう。

ブラインド指にたわめて離すときけものの耳の小さきはたたき

抱きあふ腕を持たざる一対の椅子 無人なるカフェの窓辺

夜をこめて雲へゆく鳥 コピー機のトレイにしづむ紙の幾百

 物のなかに命が吹き込まれている。ブラインドは獣となり、椅子は恋人たちに変わる。三首目は反対に、生物が紙と化してゆく。魔法だ。

人あまた列なさしめていきいきとATMは故障を為せり

電器店と法律事務所のあはひより大正琴の聞こえきてやむ

 現代の仕組みへのひそかな抵抗なのだろう。金銭、電気、法のあいだをすり抜けていくものたちが描かれている。

同じ苗字のこども五人(いつたり)ぎこちなく指に抜きあふスペードのA

継母の後姿(うしろで)美しとわれ見をり古き絵本の挿絵のうちに

「脱いだ靴は揃へなさい」と叱るこゑつめたかりけりなつかしからず

 円満ではない家族関係をうかがわせる歌も印象的だった。一首目はババ抜きか。同じカードが行き来しても数字は揃わない。出口の見えない時間が続く。








齋藤栄子『微睡(まどろみ)の中で』


2018.10.1 七月堂
第二歌集

ぷはぷはと鼻が詰まりて苦しかり命をかけてキスをしている

ぷっくりとふくれた夜はとろとろになるばかりです餅のみにあらず

とがらせても音の鳴らない唇は君に預けてしまえばいいさ

 恋の歌が多く収められているが、なかでもユーモアのある歌に注目した。一首目は下の句のおおげさな物言いが、二首目は結句が読者の微笑を誘う。三首目は口笛を吹く口の形がキスへと自然につながる。放り投げるような言い方がたのしい。

あなたから翼が消えてしまったと夢で泣きしを思いて泣きぬ

残り陽を集めて燃える夕空にあなたの髪がなびくといいな

 もちろん、楽しいばかりではない。一首目、元々人間に翼はないが、夢の中では翼が大切なものだったのだ。涙が夢と現実をつないでいる。二首目、なんとささやかな願いであろうか。

夜に降る雨の向こうで自販機がわれの住む窓見張りておりき

救急車の音が近づき右折せり夜半のベッドにひとり聞きおり

 ひとりでものを思う夜の歌。ほんのりと孤独感がにじんでいる。

弱き者と思いて生きるわれなれどまだ逆上がりができると信ず

われの手に餌(えさ)なき知れば鳩たちは離れてゆけり何もないのだ

五本指の靴下を履く母なりき年々可愛くなりてゆくなり










中井豊枝『但馬牛と共に五十年』


2018.10.10
第一歌集

 牧場を家族で経営し、牛の世話をしてきた作者。

牛の値の「安くて困る」と愚痴(ぐち)言えば 答える仔牛のつぶらな瞳

牛市に売られ行く仔牛はふり向いて「めえー」と一泣き最後の別れ

 まずは、牛の歌から。二首目の「めえー」が印象的だ。牛といえば「モー」と鳴くもんだと思っているが、ずっと近くにいる作者にはこう聞こえている。牛の精一杯の鳴き声、いや、泣き声なのだ。

栗の実をこっきりさらう猪も生きんが為なら私と同じ

泥靴を小川で洗えば濁りたりいつしか水は澄みて流れる

 一首目「こっきりさらう」の表現も良いが、動物への心の寄り添いがある。二首目は観察の歌。下の句が暗示的。川では時がすべてを透明にしてゆく。

そよ風と萌ゆる若葉になごめるにテレビの画像は脱線大惨事

盆の夜のビンゴゲームに肉一キロ当てんと村の人の渦まき

 一首目。テレビには事故の様子が映っている。「脱線大惨事」はD音とS音がくりかえされる、力のある表現だ。結句九音が五七五七七のレールをはみだしている。二首目。肉一キロのために村の人たちが集まっている。「渦まき」は欲望のかたちだ。









長勝昭『白玉』


現代短歌社
第二歌集

往きは上り帰りは下る往還の道に呼吸を日々確かめる

言うほどのことにあらねば今日ひとつ叶いしことを秘めて寝入りぬ

卓上に花の一つも飾りたし夏の夕べに思いたること

 しずかな老いの日々の歌。道を歩き、喜びを秘め、花を思う。

わが部屋で意味不明なる絵を描きて捨てないでねと孫は置き去る

みそ汁に殻を閉じたる貝ありて孫はしきりにその訳を問う

孫二人して作りたる雪だるま三日目にして首をかしげぬ

 ときおり登場する孫には活気がある。よく遊び、よく知りたがる。三首目の「首をかしげぬ」は発見の歌。溶けかけて崩れつつある雪だるま。なんらかの疑問がわいたのだろうか。人もまた、衰えのなかで物を思う。

箸持てず髭も剃り得ぬ日の果てに蛇口の水をシャツ濡らし飲む

飲みたくなれば私の顔を思いだせと断酒の会の古参の人は

 思うようにならず苦しんでいる一首目。二首目に見られるようなアルコール依存症と断酒の歌はくりかえしあらわれる。歌集タイトル『白玉』は牧水の名歌と関わりがある。

橋脚にスプレーで書かれし手の込んだ落書きのあり冬の涸れ川

爪楊枝銜えしままに開く歌誌穂村弘も歌人の一人










古屋祥子『地上根』


柊書房 2018.11.15
第五歌集

もの投げて収まるこころにもあらず食器は音を立てずに洗ふ

「断崖」の絵に見入るわれの後ろ方ひそやかに人の立つ気配せり


 静けさの歌から。「音を立てずに」「ひそやかに」の向こう側に心がある。あるときは憤りであり、またあるときは転落の予感だ。

乾電池替へてリモコン反応す 心たやすく入れ替へならず

天指して伸びゆく欅そのいのち思ひてわれの息深くなる

 上の句には経験したことや見たものがあり、下の句ではそれに対する自分自身がある。一首目では反発しあうが、二首目では溶け合う。欅の呼吸と「われ」の息がひとつになってゆく。

言ひわけも見栄も要らない 杖持てば老婆の覚悟確(しか)とさだまる

もう間なくわれも無名の生終へむ 無名も確かなる生なれば

親も子もみなまつくろな猫一家ちからある順にゑさに食ひつく

 老いや生命へのまっすぐな眼差しが感じられる。そのどっしりとした確かさは、歌集名『地上根』にもあらわれている。

「苦労かけた」ただ不器用に言ふのみぞ老いたる妻を労(ねぎら)へる人

かなしみはわれに未だ来ず、なきがらの夫を離れて歯をみがく朝










足立香子『蝸牛』


砂子屋書房 2018.11.15
第一歌集

拾われぬことは楽しいこととして川面のキララは遊んでいます

微風という弱とは違う風のことわかっているけど出来ないんです

どかどかと踏みつけられている駅の階段です元気をもらっています

 「です」「ます」を多用しながら、人間以外のものの気持ちを表現している。何に成り代わっても同じ口調で、ただひとつの世界が底によこたわっている。

「おもてなし」と整えられておりましたテーブルクロスはもちろん裏側

ビフォアーとアフターの間に眠らせる「ドリーム」という名の美容室

 口調はやわらかくとも、社会へ向ける視線は鋭い。夢から覚めると、そこにはどんな「アフター」が待ち受けているのだろうか。

ことばなど危ういものよおさなごの「いやっ」と小さな自由いいよね

松の木は夜来の雪を被りつつ雫を滴らす あき らめ あき らめ







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