『短歌研究』2019年3月号「歌集・歌書評・共選」  『短歌研究』2019年5月号「歌集・歌書評・共選」

2019年10月25日

『短歌研究』2019年4月号「歌集・歌書評・共選」

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ブログ十周年記念企画・その2として、『短歌研究』2019年3.4.5月号の「歌集・歌書評・共選」に執筆したものをブログにアップする。短歌の本の書評のページ。

今回は二回目として、『短歌研究』2019年4月号掲載ぶんを載せる。









岡本誠一『わが心の軌跡』

2019.1.10
第一歌集

 平成28年に亡くなった作者の遺歌集。昭和32年から平成28年までの作品を収める。

 黙しつつ想いひそかに昏れきたり燃えて冷たき褐色の空
 
寝がたき夜ひそかにわれは口づけを決意して居ぬ暗きを見つつ

 まずはこのような恋の歌が序盤を彩る。一首目は想いが空の色にあらわれている。「燃えて冷たき」に複雑な心がうかがえる。

 柔らかき陽やわらかきまま黄昏て冬となりゆく木木静かなり
 
音もなく積もりたる雪わが愛もかく静やかに清くありたし
 
母看取る方形の窓より見ゆる山河美し朝澄みわたる

 「静か」「静やか」。作者の見つめる自然は、やわらかく、清く、そして静かだ。そしてそれが三首目のような母への想いにも通じている。
 
如何ような言い訳も通ぜず目も眩む切り立つ岩の西穂高岳

わが恋うる山しんしんと音もなく雪の積もれり白き眠りに

 登山を愛した作者である。山のきびしさ、山の美しさが作品に描かれている。








佐古良男『念彼猫力』


2018.11.27 青磁社
第四歌集

夫婦仲くづれかければ分けて入りニャアとし鳴けば念彼猫力(ねんぴにやんこりき)
 という歌から取られた歌集名が大変にユニーク。 

長髪のわが十九歳の写真みて笑ひころげるきみをみてゐる
 といった愉快な歌もある一方で、厭世感も濃い一冊だ。

このあたり経済大国ありしてふ説明板がやがて立ちなむ

きのこ雲楕円にゆがむ星おほひ役に立たざる歌碑遺りゐむ

神の名によりてたたかふいまむかしここは銀河の落ちこぼれ星

 この国が経済大国であったことは説明板がなければ誰にもわからないものとなるだろう、戦いによりきのこ雲が星を覆うだろう、そんな星は銀河から見れば「落ちこぼれ星」であろう。はるかな未来から、はるかな銀河から今の世の中を見ている。

暗き河からだの真中流れゐてため息すればゆらぐ花影

眼底にうつくしきもの映らざるわれにて虚空(そら)に花をさかさむ

星の名を問ふひともなく抱きたる猫に語れりアルデバランと

 河や空や星が、悲しく美しい。
 余談になるが、これを書き始めたらたちまち我が家の猫が寄って来て、喉を鳴らしながら膝に乗ってきた。猫にはわかるのだろうか。これも『念彼猫力』のうちか。








加藤直美『金の環』


角川書店 2018.10.25
第一歌集

潔く散らす花びら持たざれば心残りの春いくつある
 花が花びらを散らすのは、忘れるためであったのか。人が忘れられずにいるのは、花びらを持たないためであったか。春に散る花びらといえば、まず桜が思い浮かぶ。春といえば出会いと別れであり、まさに「心残り」の季節でもある。潔いのは花びらばかりというわけだ。

鋏の刃擦れ違ひつつ布を裁つ必然として偶然として

犬は犬を子供は子供を目で追ひぬ夕暮れの道擦れ違ふとき

 擦れ違いの歌二首。同じものが擦れ違うときに反応が起こる。

人の世のどこにも触れぬまま空へ還りゆきたる虹の七色

教科書やノート散らばる息子(こ)の机手鏡伏せて置かれてゐたり
 擦れ違わない歌二首。一首目、虹と人の世は接することがない。あえてそう言うことで、人の悲しさがにじむ。二首目の息子は年頃なのだろうか。おのれの姿を直視せずに生きているかのように見える。

雪の日のセブン─イレブン透き通る水槽のごと人を泳がす

爆撃の音あふれ出るスクリーンポップコーンが甘く匂ひぬ

 一首目、コンビニエンスストアを水槽に見立てた。便利さが人間を支配しているのだ……といった歌とも読めるが、雪がマリンスノーのような効果を出している。二首目は「音あふれ出る」に注目した。たしかに匂いも衝撃も物の破片もあふれてはいなくて、スクリーンからあふれ出ているのは音ばかりだ。「ポップコーン」から感じられる軽い響きや甘い匂いと、人が人を殺す「爆撃」が、映画館では共存している。








桜井千恵子『風の鶴』


2019.1.18 柊書房
第三歌集

 歌集名のとおり、表紙には風の吹く寒空を三羽の鶴が飛んでいる絵が描かれている。

わたくしに夫のありしは一年前いちねんといふむかしむかしよ

あたたかし重たし暗し亡き夫の男傘差しゆく晩秋の雨

失ふといふ字こんなに似てゐたり身罷りゆきし夫を思へば

 歌集の始めから終わりまで、ところどころに亡き夫の歌が置かれている。一首目は平仮名にひらかれた下の句が昔話のように淡くやわらかい。

二歳児が早や覚えたる「さびしい」は人の思ひのみなもとならむ

「タタカイをしよう」とけふも四歳が男の顔でわれに迫り来

カタカナの「ヨ」の字の形きらひとぞ四歳「洋太」大泣きをする

 また、幼い孫が描かれている。あるときはさびしいと言い、大泣きし、遊ぶ。

入院の義母に添ふ夜の病院に津波に濡れし人がまた来る

学校が遺体置場になるといふ児らにも長きかなしみとならむ

母はわれに我は子に子は孫たちに食べさせたくてまた譲り合ふ

 編年体で構成された歌集のなかほどに、東日本大震災の歌が置かれている。宮城県の著者である。ここでも描かれるのは家族だ。自分よりも家族のことを考える姿勢が、特に三首目に強く出ている。

ねむつてるの?ねむつてるの?と訊く孫よさう答へたし母の死に顔
 表紙に描かれていた三羽の鶴は、きっと家族同士にちがいない。その死を見届けながら、なお冬を飛んでゆくのだ。








平田洋子『穏やかな空』

青磁社 2018.11.15
第一歌集

DVの悲しみを盛る器とし短歌はわれに差し出されしか

パジャマのまま飛び起きわれをかばひくれる五歳の吾子は両手を広げ

風すさぶ晩秋の夜夫(をつと)いふ「殴られるのを諦めろ」と

陽光はステンドグラスの向かうより差しきぬ気力失せたるわれに

 夫からの暴力に悩み、教会をおとずれる。姑が亡くなり、父が亡くなる。なお続く暴力に、子を連れての「出奔」を決意するまでがこの歌集の第一部となる。

ポケットの闇を握りて帰り来し家に明るき子らの歌声
 生活の変化があり、それが落ち着かないうちに悲劇が訪れる。弟が日航機墜落事故に遭遇したのだ。

亡き父母のかたへに弟の墓たちて悲しみは新たな形を見する

てんたう虫供花に寄りくる冬の日に天界のごとし弟の墓辺は

 子は思春期をむかえ、二部がおわる。

垂直に釣糸をたれ池の面に子は映しゐむ失意のこころ
 第三部では孫が生まれ、落ち着いた暮らしとなってゆく。

カラス見て蝶々と指さす幼子に言葉ふえたり春の野の道
 波乱と悲しみから、このようなおだやかな生活に至るまでの日々がおさめられた一冊である。








二三川練『惑星ジンタ』

書肆侃侃房 2018.12.7
第一歌集

顔のない赤子の眠る箱のなか どこも雨だったそれも似たような

ごめんきみに誕生日はなかった血まみれの公園でくすだまをずっと見あげてたんだ

恒星の光のとどかない星のしろい魚のこと 忘れない

探してたこともわすれて朝焼の森へ残してきた子どもたち

脚しかない幽霊たちの街角でチェーンメールがただよっていた

枯れた花にそれでも水をやる夏の頬をかすめてゆく箒星

 生まれてくることのできなかった、存在することのできなかった者への歌を引いた。二首目、中に祝いの言葉が書かれているであろうこのくすだまは、ついに割れなかったのではないか。三首目、限りなく遠い冷たい場所の命の歌。五首目の幽霊やチェーンメールはおぼろげな存在だ。六首目「枯れた花にそれでも水をやる」。そんな歌が心に迫った。



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