『短歌研究』2019年4月号「歌集・歌書評・共選」ドラマ「おしん」を見て短歌をつくった【1】1-20話

2019年10月27日

『短歌研究』2019年5月号「歌集・歌書評・共選」

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ブログ十周年記念企画・その2として、『短歌研究』2019年3.4.5月号の「歌集・歌書評・共選」に執筆したものをブログにアップする。短歌の本の書評のページ。

今回は三回目として、『短歌研究』2019年5月号掲載ぶんを載せる。








永田愛『アイのオト』


青磁社 2018.12.23
第一歌集

 このページに書影は載らないが、千原こはぎさんによる表紙が印象的な歌集である。夢のような色彩と景色のなかでピアノを弾いている女性の、音楽とひとつになっているような表情。

客席にひとの姿はまだなくて背凭れだけがこちら向きなり

あきらかにきみの音色が足りないと第二楽章なかばに気づく

 音楽の歌から。二首目の「第二楽章なかば」は人生の途上のようでもある。

われの眼に空が映っていることを告げてあなたはわたしを撮りぬ

さりげなく差しだされたる傘のなかふたりのうえに同じ雨降る

相づちをあまり打たないひとといて朝の雨を言いそびれたり

 「あなた」の歌。空や雨のイメージが詩情を添える。一首目、眼のなかの小さな空も一緒に写真に写ったのだろう。

妹が妻の声して夫にいうお風呂掃除の洗剤のこと

せっけんは使えばちいさくなるんだよお風呂で子どもに教えいる声

はじめての桜に触れる子を抱きわが妹はわが母に似る

 妹が妻となり母となり、自分はそうならないこと。妹とその夫や子どもの何気ないやりとり、何気ない一場面に意識が向けられる。

児の足がボールを蹴れば蹴られたるボールはまっすぐ前へ転がる

スリッパを脱ぎて素足のあなうらに拒み続ける力が欲しい

 足が不自由であることが詠まれている。蹴られたボールが前に転がる。これも何気ないが、こうしたところを丁寧にすくいとっている。

いつまでも夢みたいなこと言わないで欲しいと今宵二度母に言う









近江静子『山鳩』


2018.9.4 九曜書林
第一歌集


若きらに交じりて働く楽しさに水はじきつつ野菜を洗う

じっとしてなどはいられぬごしごしと新しき職場にモップ押しいる

感情はそのまま仕事に現れて切りゆくハムの形ととのわず

眠ることも働くことも幸せと思い切り背伸びする背の痛きまで

 労働の歌から。一首目、下の句「水はじきつつ野菜を洗う」が、上の句をしっかり受けている。野菜もフレッシュなのだ。二首目、「押しいる」に力強さがこもる。四首目、幸せが動作と痛みによって表現される。

誰も居ぬ神社の庭に力こめて振りたる鈴は鈍き音する

光る雲光らぬ雲の重なりて山頂徐々に日の暮れはじむ

雨上がりの山はほのかに青みたり明日は晴れると山鳩は鳴く

 いきいきした労働の歌もよいが、このような歌にも味わいがある。一首目、鈴の鈍い音は、人の意のままにならぬ神意のようだ。二首目、目に見えるような情景の歌。上の句は特に想像力を刺激する。三首目は歌集名である「山鳩」の一連から、山鳩の出てくる一首。「ほのかに青みたり」と雨上がりの山の色彩をとらえている。

連れ立ちて歩みしことも稀なりき亡き夫の靴また磨きおり

時々に夢に出てくる夫の顔ぼやけて何にも語らずに去る

かみ合わぬ会話もあれど顔あかく老人会に寄せ鍋をつつく

 亡き夫の歌を二首と老人会の歌一首を引いた。一首目、靴を磨く行為に亡き夫への心がこめられている。二首目では生者と死者を夢がかろうじてつないでいる。三首目は生きている者同士の歌。噛み合わなくとも会話があり、血がかよって顔色があり、同じ熱々の鍋を食べる。生身の人間を色濃く感じさせる一首である。









松井純代『明日香のそよ風』


2018.10.17 いりの舎
第二歌集


答案の裏に葛西のジャンプシーン描きし子がおり外は雪ふる
 略歴に「学習塾経営」とある。塾での一場面であろう。早く回答を終えたのか、絵を描く生徒がいる。スキージャンプの絵に、外の雪が重なる。

魂を口から逃す顔をしてタバコ吸う人ビルの角にて

夜の声聞いているよと街路樹が信号灯に浮かびて揺れる

乗りしまま洗車機の中くぐりゆけばミステリーめく密室となる

 日常を非日常的に描く。二首目の街路樹に異様な存在感がある。「夜の声」とはなんだろう。夜の風や車などの物音のこととも考えられるが、「音」ではなく「声」であることから、もっと生命を感じさせるものなのではないか。信号が変わるたびに街路樹の色も変化することだろう。

広場にて絵を並べ売る老人の曲がる背中に風ふきつける

天空より光の筋のもれきたり 牧草食みいし羊の群れに

 歌集は三部に分かれていて、第三部は海外詠となっている。作者は多くの国を旅している。挿絵もある。一首目は「ベルギー・オランダ」より。こうした短歌もまた、ひとつのスケッチといえる。二首目は「イタリア」から。宗教的な風景だ。








小木曽友『神の味噌汁』


2018.12.25 ブイツーソリューション
第一歌集


酔うほどに小唄をうなるわが父はのど自慢に出て鐘一つなり

のど自慢鐘一つなのに懲りもせずクイズ番組にも出た親父

 戦争と両親を題材にした一連「闇市の夜」から。かつては一般人がよくクイズ番組に出ていたものだが、今はめっきり少なくなった。テレビに出たがる「親父」がほほえましい。

「初恋のお代わりしたい」初めての短歌をつくるサリー・チャンさん
 アジアの留学生が歌のなかに何人もでてくる。日本語を習い、ときには短歌をつくる。「お代わり」がご飯みたいで楽しい。お代わりしたら二杯目は初恋じゃないわけだが、初めての気持ちをもう一度感じたい気持ちがよくあらわれている。

ほがらかな中川さんの大笑い聞こえてくれば安心安心

足音を聞けば誰かとわかるらし気配り上手の植山さんは

 「サンリスタの人々」では高齢者住宅に暮らす人々が描かれている。スタッフを含めてたくさんの人が出てきて、楽しそうな様子がうかがえる。十四人もの人の名前が出てきて、さらにそれ以外にも登場人物がいる、まるで絵巻物のような一連だ。

爆笑に「そんな面白いところかよ?」独りごちする立川談志

嘘をまた一つ重ねたり政治家が「愚直」なる語を使いはじめて

 一首目、客が爆笑しても立川談志は冷静だ。笑うところはどこなのか、どう味わうものなのか、考えを持って語っている。客が談志を見ているが、談志も客を見ている。その厳しさは、二首目のように目的のためなら平気で嘘を重ねる姿勢とは全く異なるものだ。








松澤俊二『プロレタリア短歌』


2019.1.25 笠間書院


 「恋愛を歌わなかった 自然の美しさを詠まなかった」「労働者の叫びを知り、未来を拓く知識を獲得する歌五十首」と表紙に書いてある。
 多くの作者によるプロレタリア短歌五十首について書かれた本。歌の鑑賞とともに、作品の背景についても書かれている。
 巻末には関連年表がある。プロレタリア短歌とその時代を知るための「読書案内」もある。
 当時の雑誌「短歌戦線」「短歌前衛」の表紙写真が刺激的だ。前者には「無産階級短歌雑誌」、後者には「既成歌壇批判號」の文字が見える。
 作者一人一人について紹介されているが、「詳細不明」となっている作者が少なくないところにプロレタリア短歌の性格がある。無名の労働者たちの叫びなのである。

「その通りだ!」堪(たま)りかねて振り上げた男の手には指が三本しかない(新島喜重)

林檎(りんご)の様な少女の頬が、綿くずの中で萎(しぼ)んで行くのを見ろ(山川章)

お袋よ、そんな淋しい顔をしないでどうしてこんなに苦しいのかそれを考へて下さい(小澤介士)

 「詳細不明」の作者達の歌。一首目、「指が三本しかない」が男の境遇を伝える。指や手の歌がほかにもあり、手が労働を語るのだとあらためて感じた。二首目、「綿くず」が紡績の仕事をあらわす。「見ろ」と強く呼び掛けられる。三首目、真っ直ぐな問いかけだ。
 すべての歌に出典が明記されている。豊富な注、丁寧な鑑賞と解説、歌人名索引つき。ページ数も価格も抑えられ、手にとりやすい本となっている。絶好の入門書。



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『短歌研究』2019年4月号「歌集・歌書評・共選」ドラマ「おしん」を見て短歌をつくった【1】1-20話