2025年09月22日
《歌集読む312》 松村正直『について』

歌集読む312
松村正直『について』
現代短歌社。2025年5月。
あきらめてまなこをとじる雌鹿の、いいえ、 ひとみは見ひらいて死ぬ
/松村正直『について』
→こういう「の」の使い方が目立った。数えたりはしないけど、相当多いのでは。
死んだ者が、別の死に方に変わったみたいでこわい。どこからでてきた「いいえ」なのか、死んだ鹿が「いいえ」と言ったみたいでもある。
乗船券くわえて腰の財布より小銭取り出す金髪のむすめ
/松村正直『について』
→絵画みたいな印象を持った。背後には港が見えそう。「金髪のむすめ」に人形みたいなイメージがちょっとあるせいか、ギャップを感じる。
中庭に降るか降らぬの雨ながめパン食べており見舞いのあとに
/松村正直『について』
→なんかさびしい。雨の弱々しさ。病状はわからないが、この天候からなんとなくイメージしてしまう。お見舞いのあとってなんか独特な感じしません? 中庭も雨もパンも、「見舞いのあと」に染まっているのではないか。
「出口」「出口」表示をたどり地上へと出ればその先もう出口なし
/松村正直『について』
→さらにもっとどこかへ出ていきたい気分だったのか。「出口なし」ってすごい閉塞感のある言葉。
聞いてもらって気持ちが楽になったと言う、 ああその分の重さかこれは
/松村正直『について』
吹き抜けの二階の席にパンを食べパン買う人のうごき見下ろす
/松村正直『について』
→「パン」がなにかの象徴のようにも思える。ここに至るまでにあったかもしれない過去の数々のパターンを見下ろしているとも考えた。
ちょっとした優越のようなものもあるのか。
あしあとに足を重ねる慎ましき歩みのうちに駅は近づく
/松村正直『について』
→この「あしあと」も何か他のことのように読める。先人にならって行動して一定の成果を得たみたいだ。雪が深いときはこのように歩くのが楽だったりする。
少し離れてすわる二人が親子だと気づきしのちに顔は似ており
/松村正直『について』
その画家のそばにはいつも猫がいて気が向けば入る絵の中にまで
/松村正直『について』
→猫の気まぐれで絵の中に猫が入るとすればおもしろい。画家の気が向けば猫も描いてやる、ってところなんだろうと考えてしまうけど。
そこからは黙って深くなる海へ見えない足の指をしずめる
/松村正直『について』
→水中に急に深くなる箇所はあるけど「黙って」が海っぽくないし「見えない」がただの足の指っぽくない。「黙って」や「見えない」はどこからきているのか。気になる歌。
魚には手足なければ釣り針の食いこむままに釣り上げられぬ
/松村正直『について』
→魚自身が両手で釣り針を口から外しているところを想像すると気味が悪い。へんなものを想像させる歌。
アルミ皿のみず小刻みに舐めながら老い猫はふかく両目をつむる
/松村正直『について』
→「小刻みに」はほんとうにそう。どうしても一気にゴクゴクいくことはないんだよ。一生ずっと猫は小刻みに飲んでいる。「ふかく両目をつむる」に老いのひとつの表現がある。
以上です。
前半には肉のおいしそうな歌がけっこうあった。自分は胃を悪くしてるのであんまり。
後半は連作でない歌を一気に出してるのが特徴。つぎの小題までいったらやめようと思いながらめくってたら、ずっと小題がでてこないことがあった。
ありがとうございました。
mk7911 at 17:18│歌集読む


