古典和歌を勉強する

2017年05月31日

橋本治『桃尻語訳枕草子』~林望『リンボウ先生のうふふ枕草子』~濱田浩一郎『超口語訳 方丈記』

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橋本治『これで古典がよくわかる』~『桃尻語訳枕草子』 : ▼存在しない何かへの憧れ http://blog.livedoor.jp/mk7911/archives/52191464.html

のつづき。
サブのブログ「くどうのぬらっ日記」
に五月下旬に書いたものから手直ししながら抜粋する。









桃尻語訳枕草子は100ページくらいでつまらなくなってきた。
読みつづけられるか不安になっていたが、今日読んだところはおもしろかった。

第二十五段「イライラするもの!」
「・硯に髪が入ってすられてんの。あと、墨ン中で石がキシキシってきしんで鳴ってんの。」


ってところはよかった。
ほんとに長い髪だったんだなと思うし、硯に墨をすってる感じがよく出ている。
いいと思うと原文も気になってくる。

和歌を送っても返歌がこないとがっかりするとか書いてある。そういうのなら面白く読める。
貴族の地位の話、服装の話がつづくと退屈する。

あと、この桃尻語の口調にまだ慣れない。オレだって80年代を10年まるごと生きてたはずなんだけどなあ。遠く感じるなあ。







桃尻語訳枕草子を少しずつ読んでいる。

今日おもしろかったのは、笏が変化して扇が生まれたという話。


http://www.kariginu.jp/kikata/2-1.htm
調べてたら出てきたサイト。いま読んでる本はかんたんな挿し絵しかないので画像が参考になる。
笏はメモ帳として使われていた。
「笏だけではメモ欄が少ないという理由からか、薄い檜板を糸で綴って扇の形にした」








桃尻語訳枕草子の上巻を読みおわった。このシリーズはこれで終わりにすることにした。買ってあるけど下巻は読まなくていいや。

平安時代にちょっと興味を持てたのがよかった。日本のこんな古いものを読むのは、はじめての体験だった。いい体験ができた。橋本さんのおかげだ。


でもやっぱり桃尻語が無理だよ。これのおかげで読めはじめることかできたんだけど、結局これに付き合いきれなくてやめる感じだ。
何度も言うけど、古いんだよ。「ヤバイ」はおろか、「超」も「マジ」もないようなものを若者言葉とはもはや言えないんだよ。桃尻語も、古語になってゆくことを避けられない。いやむしろ、こういう言葉ほど古くなるのが早い。
それに、男性が訳してるのを知ってるから、女っぽい口調のむこうがわに男が見えてしょうがない。

多少興味はあるので、次はもっと落ち着いた訳で読んでみたい。







このまえは桃尻語訳枕草子を読むのを上巻で打ち切ったことを書いた。
今日は
林望『リンボウ先生のうふふ枕草子』、
橋本治『絵本徒然草 上下』、
濱田浩一郎『超口語訳 方丈記』

を買ってきた。

あとになって、枕草子と徒然草と方丈記が日本の「三大随筆」と呼ばれているのを知った。興味があるのを買ったらたまたまそうなったんだけど、そうかオレは随筆を読みたがっていたのか。

『うふふ枕草子』は落ち着いたふつうの訳で読みやすい。解説も丁寧。抜粋だけど、分量はまずはこれくらいがいいかなあと。

『超口語訳 方丈記』は短い。190ページだけだ。これで全部? と思ったら、ほんとに全部だ。三大随筆のなかで方丈記だけは短くて、これだけが青空文庫に入っている。
訳の濱田さんという人がオレより年下だった。それでいて、ものすごい数の著書がある。オレはうかうかと年取ったなー、とまた思った。







"【ゆっくり歴史解説】日本史解説vol.5「平安時代中期」"
https://youtu.be/GwLcbwKcoHE
このシリーズを見ていた。



枕草子について読んでて、平安時代とその前後について知りたくなって動画を探した。試験対策の解説があるけど、もっと普通に知りたい人のための解説っていうのはなかなか少ないものだ。

「ゆっくり」についてはよく知らないんだけどこの動画解説はおもしろくていくらでも見れる。勢い余って江戸時代まで見てしまった。

以前は「やる夫で学ぶなんとか」っていうのが流行ったけど、いまは動画でもっと簡単に見れる。いいね。楽しんでいこう。







『うふふ枕草子』を読みおわった。


『超口語訳 方丈記』半分くらいまで読んだ。現代を生きるために古典を読む、というスタンスが強くでている本だ。オレはなんのためとは決めずに、ただ古典を読みたいから古典を読みたい。







『超口語訳 方丈記』を読んだ。
解説がいちいち前に出すぎるとか、歌を引くときに元の歌を引かずに訳されたものだけ出してくるとか不満はあるけど、この価格でこの親切さならかなりいいんじゃないでしょうか。おすすめできます。


枕草子、方丈記ときたので、次は徒然草にいく。いまは古典のやさしい親切な本がいろいろあるので、そのあたりを読んでいきたい。
今になって池澤夏樹さんの文学全集の『枕草子 方丈記 徒然草』を本屋でみかけて気になってきた。





今回はここまで。





▼▼




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2017年05月16日

橋本治『これで古典がよくわかる』~『桃尻語訳枕草子』

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5/8
橋本治『これで古典がよくわかる』を読み終わった。おもしろかった。
和歌のところだけ拾い読みしようかと思ったが、全部読んだ。この人の翻訳した古典だったら読んでみたいという気になった。

わかりやすく丁寧だった。こんなに簡単に分かっていいのかという気持ちにもなった。


漢文の時代から、どうやって今のような文章ができたのか、というところが書いてある。漢字がどう使われてきたか、カタカナやひらがなはどう使われてきたかが書いてある。


線を引いたのは一ヶ所だけ。長いけど引いてみる。
『「和漢混淆文」は、日本人が日本人のために生み出した、最も合理的でわかりやすい文章の形です。これは、「漢文」という外国語しか知らなかった日本人が、「どうすればちゃんとした日本語の文章ができるだろう」と考えて、
長い間の試行錯誤をくりかえして作り上げた文体です。「自分たちは、公式文書を漢文で書く。でも自分たちは、ひらがなで書いた方がいいような日本語をしゃべる」という矛盾があったから、「漢文」はどんどんどんどん「漢字+ひらがな」の「今の日本語」に近づいたんです。
漢文という、「外国語」でしかない書き言葉を「日本語」に変えたのは、「話し言葉」なんです。つまり、日本人は、「おしゃべり」を取り込んで自分たちの文章を作ってきたということです。』




橋本治さんに関しては、たぷん中学2年の国語の授業で「桃尻語訳枕草子」を読んだのが最初。「春って曙よ!」とかいうの。
19ぐらいのころに『宗教なんかこわくない!』っていうのを、たまたまタイトルがおもしろそうだから読んだ。それ以来。


枕草子のほかにも古典翻訳があるようだし、この機会に追いかけてみたい。
でもこの『これで古典がよくわかる』で一番気になったのは徒然草。兼好法師をくん付けで呼んでいて、親しみを感じた。







5/9
昨日、橋本治さんの『これで古典がよくわかる』っていう本のことを書いたけど、さっそく古典を読みたくなって探した。
橋本治『桃尻語訳枕草子』上下巻を買ってきた。冒頭の挿し絵に見覚えがある。中学2年の国語の授業で見たやつだ。

「桃尻語」がちょっとはずかしい。年代を感じる。90年代なかばに授業で読んだときには、強烈だとは思ったけど古くさいとはあんまり思わなかった。
カタカナの使い方に年代が出る。「まァ」とか「ホント」とかに。

枕草子って西暦1000年前後の成立だという。1010年くらい前ってことか。
1980年代の言葉で訳されているとして、2010年代のこちらからは30年歩み寄ることになる。向こうは980年飛んできてくれてるんだから、こちらは文句ない。







5/15
桃尻語訳枕草子、100ページくらいまで読んだが、なかなかつらい。
1ページごとにあたらしい言葉が出てきて覚えなきゃいけない。そんで、内容は貴族の話で「素敵なのォ!」ばっかりだ。
そのころの貴族に興味があれば、読んでてもっと面白いんじゃないかな。
くだいて訳されていても、中身はなかなかスッと入ってこない。


1000年ってすごく長い月日なんだな。そのことを感じている。
訳の橋本さんがこんなに近づけようとしてくれているのに、それでもこんなに遠い。



下巻も買っちゃったしなあ。

上下巻の二冊をそろえたけど、そのあとになって上中下の三冊セットだと知った。中を買おうか迷っていたけど、上を読みおわった時点でつまんなかったら終わりにしよう。

入りかけた古典に、はじき返されてしまった。




▼▼







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2015年11月05日

~歌書読む 38~ 「ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 古今和歌集」  ~待たずしもあらず、ほか

角川ソフィア文庫「ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 古今和歌集」



見渡せば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける/素性法師
→「こきまぜて」は「混ぜこぜにして」と訳されている。異なる種類の木を混ぜてしまうところが豪快でいいなと思った。


桜花散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける/紀貫之


時鳥(ほととぎす)はつ声聞けばあぢきなく主さだまらぬ恋せられるはた/素性法師

→(時鳥の今年初めての鳴き声を聞くと、どうしようもなく、相手が誰というわけでもないが恋しい気持ちが湧いてきてしまうよ。まあ、なんてこと)
と訳されている。してみると「あぢきなく」は「どうしようもなく」で、「はた」が「まあ、なんてこと」だな。
気持ちはなんかわかる。


山風に桜吹きまき乱れなむ花のまぎれにたちとまるべく/僧正遍昭
→「山風に桜の花が吹かれて散り乱れて欲しい。花にまぎれて君が足を止めるように」と訳にはある。
自分の力ではどうしようもなくなって、自然の力を借りてでもなんとしてでもという念になっているんだろうな。


春日野の雪間を分けて生ひ出でくる草のはつかに見えし君はも/壬生忠岑
→「春日野に降り積もった雪の間をかき分けて生えてくる草のように、かすかに姿が見えたあなただなあ」と訳がある。
比喩が長い。
さいごの「君はも」で急に人をおもう歌になった。


月夜よし夜よしと人に告げやらば来てふに似たり待たずしもあらず/読み人知らず
→「「月がきれいですね、いい夜ですね」とあの人に告げてやったら、「おいでなさいな」というのに似ている。だから待たないわけではない」と訳。
これは解説を見るかぎりでは女性のほうが男性の来訪を催促している歌だ。「月がきれいですね」は漱石のイメージだったけれどオレの中で更新された。
平安時代は「通い婚」で女性は男性の訪れをひたすら待った。月がきれいだということにより夜道が明るく外出しやすい状況であると伝えている……と理にかなった解説がある。
「待たずしもあらず」という遠回しな表現もおもしろい。どこまで回りくどいのかと。

「読み人知らず」は古今和歌集ではじめてでてくる言葉だとコラムに書いてある。


思ひせく心のうちの滝なれや落つとは見れど音の聞こえぬ/三条の町
→屏風絵の滝を見て詠んだ歌だという。なるほど、見えても音は聞こえないわけだ。
しかし絵を抜きにしても通じる。「思ひせく心のうちの」が効いているんだろう。



というところでこの本はおわりです。珍しく古典和歌をやった。



んじゃまた。


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2015年10月13日

~歌書読む 35-9~ 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』【9】97-100、解説

百人一首、最終回。


97
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ
権中納言定家

98
風そよぐならの小川の夕暮は みそぎぞ夏のしるしなりける
従二位家隆

99
人も惜し人も恨めしあぢきなく 世を思ふゆゑにもの思ふ身は
後鳥羽院

100
百敷や古き軒端のしのぶにも なほあまりある昔なりけり
順徳院




97
まつ帆の浦、は兵庫県淡路の北端にある海岸。「待つ」と「松」をかける。
「焼くや藻塩」海藻に潮水を注いで乾燥させ、焼いて上澄みの塩を取る製塩方法。
「こがれ」は藻塩が焦がれることと恋い焦がれる様子をかける。
万葉集に本歌がある。巻六・九三五

98
「楢」は植物の楢と御手洗川の別名「楢」の小川を掛ける。
「みそぎ」は上賀茂神社(かみがもじんじゃ)の水無月祓(みなづきばらえ)のこと。六月末に半年の穢れを水で清める儀式。
秋をおもわせる涼しい風のなかで、水無月祓だけは暦の上では夏であることを物語っている。
爽やかな歌。

99
作者は八十二代天皇。
「をし」は愛しい、「うらめし」は恨めしい、憎らしい。反対語。
世を思うからこそ、周囲の人間が愛しくも恨めしくも思われる。
新古今和歌集の編纂をおこなった。
承久の乱にやぶれ隠岐に流されたときに詠まれた
われこそは新島守よ隠岐の海の荒き波風心して吹け
も有名。

100
「ももしき」は内裏、宮中の意味。
「しのぶ」には忍ぶ草と「偲ぶ」がかかる。「軒端のしのぶ」は建物の荒廃を意味する。宮中の建物の荒廃はそのまま王道の衰微を意味する。





解説

百人一首を選んだ藤原定家は後鳥羽院に評価され活躍したが、やがて衝突し、宮中への歌会への参加を禁じられる。だがその翌年に承久の乱に敗北した後鳥羽院は隠岐島に流される。

その十五年後1235年に百人一首の原型はつくられた。

1232年に定家は後堀河院に命じられ第九第勅撰集『新勅撰和歌集』の単独撰集をおこなった。鎌倉幕府に対する配慮から後鳥羽院・順徳院の歌を徐棄するよう命じられた。完成が1235年。その二ヶ月後に百人一首の原型がつくられた。

「百人秀歌」という書は百人一首と97首が一致した書。決定的にことなるのは後鳥羽院・順徳院の歌があるかどうか。
依頼主の蓮生には「百人秀歌」を贈り、「百人一首」は自分の楽しみとしてつくったという説がある。


百人一首に選ばれた歌は勅撰和歌集を出典とした。詠まれた年代順に配列された。
巻頭2首と巻末2首が注目される。巻頭は天皇を中心とした国家が描かれるが巻末では周囲の人々へのやりきれない思いや昔をなつかしむ嘆きがある。そこに定家のメッセージを読み取ることができる。

親子の歌人が18組ある。
部立や季節をしらべると恋の歌、秋の歌が多い。
これには、依頼主の蓮生が不遇な状況にあったことの影響が指摘されている。蓮生は謀反の嫌疑をかけられ、出家し隠居生活をしていた。

和歌は「ハレ」を題材とする。日常生活に密着した「ケ」は詠まれない。
優美で「ハレ」であることが和歌の条件。
理想的な型が詠まれた。
和歌が見えない心を具体的な景物で表現するのは、自分の心を他人と共有したいという人間の願望に起因する。

力を入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武人の心をも慰むるは、歌なり。
『古今和歌集』「仮名序」





おわり。
それから古今和歌集を読みはじめたが、ブログにまとめるかどうかはわからない。


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2015年10月06日

~歌書読む 35-8~ 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』【8】85-96

85
夜もすがらもの思ふ頃は明けやらで ねやのひまさへつれなかりけり
俊恵法師

86
なげけとて月やはものを思はする かこち顔なるわが涙かな
西行法師

87
むらさめの露もまだひぬまきの葉に 霧立のぼる秋の夕暮
寂蓮法師



85
「一晩中恋に悩んでいる今日この頃は、いつまでも夜が明けきらない寝室の戸の隙間までも、無情に感じられることよ。」

作者は男だが主体は女性。
鴨長明は俊恵を師とし、その言動を「無名抄」に数多く書き留めた。


86
「嘆けといって、月が私に物思いしるのだろうか。いや、そうではない。それなのに、まるで月のせいであるかのような顔をして流れ出る私の涙であることよ。」

風になびく富士の煙の空に消えて行方も知らぬ我が思ひかな/西行


87
村雨は通り雨、にわか雨。
まき=真木。 杉や檜など、山林に生える立派な大木。

村雨、まだ干ぬ、霧。風景全体が水気で覆われているような印象。




88
難波江の芦のかりねの一夜ゆゑ 身をつくしてや恋ひわたるべき
皇嘉門院別当

89
玉の緒よ絶なば絶えねながらへば 忍
ぶることのよわりもぞする
式子内親王

90
見せばやな雄島のあまの袖だにも 濡れにぞ濡れし色は変らず
殷富門院大輔



88
行きずりの恋の歌。
「かりね」は刈り根と仮寝。
「ひとよ」は一節と一夜
「わたる」は継続の意と(海を)渡るの意をかける。


89
玉の緒は本来は玉を貫く糸。首飾りの糸のイメージ。玉=魂を繋ぎ止める意に転じて命の意となる。


90
見せばやな=お見せしたい
袖の色が血の涙の色にそまったという意味。悲しみの涙は血の色をしていると信じられていた。

松島や雄島の磯にあさりせし海人の袖こそかくは濡れしか/源重之
が本歌。
「千首大輔」とあだ名がつくほど多作。





91
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかも寝む
後京極摂政前太政大臣

92
わが袖は潮干にみえぬ沖の石の 人こそ知らね乾く間もなし
二条院讃岐

93
世の中は常にもがもな渚こぐ あまの小舟の綱手かなしも
鎌倉右大臣



91
「きりぎりす」は今のこおろぎ。
「さむしろ」は「寒し」と「狭筵(さむしろ)」(幅のせまい筵)をかけている。
「衣かたしき」は自分の衣だけを敷いてねる、一人寝のさみしさをいうことば。
この歌の直前に作者の藤原良経は妻を亡くしている。


92
「石に寄する恋」という題。当時流行した歌題だった。石は長い年月をイメージさせる。
海の底に沈む石と自らの恋を、比喩という技法を超えて、秘密の恋の象徴として描いた一首。袖と石が恋の涙と海水に濡れている。
この歌以来、作者は「沖の石の讃岐」と呼ばれたという。


93
作者は源実朝。28歳で暗殺された。
「もがもな」の「がも」は願望の終助詞。目の前の風景が永遠に続いてほしいという願い。

本歌
陸奥(みちのく)はいづくはあれど塩竃の浦漕ぐ舟の綱手かなしも/読み人知らず
(みちのくはどこもそうであるが、中でも塩竃の浦を漕ぐ舟の綱手を引く風景がとても心惹かれる)




94
みよし野の山の秋風小夜ふけて ふるさと寒く衣うつなり
参議雅経

95
おほけなくうき世の民におほふかな わが立つ杣に墨染の袖
前大僧正慈円

96
花さそふあらしの庭の雪ならで ふりゆくものは我が身なりけり
入道前太政大臣



94
本歌
み吉野の山の白雪つもるらしふるさと寒くなりまさるなり/坂上是則

光沢をだすために衣を板や木槌で打つ「砧(きぬた)」は、中国で遠征の旅に出た夫を恋慕して残された妻がうつものとされた。待つ女の象徴。


95
「おほけなく」身の程知らずにも。
「わが経つ杣(そま)」比叡山のこと。
「すみ」は住みと墨をかける。
仏教界の頂点に立ち国家を運営していこうという野望。


96
「花さそふ」落花をさそう
「ふり」降りと古りをかけた。
上句の豪華絢爛な花吹雪の風景かり一転して自分の老いと向き合う静かな下句。栄華と死の対比。




次回最終回。


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2015年09月23日

~歌書読む 35-7~ 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』【7】73-84

角川ソフィア文庫 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』から、今回も3首ずつやっていく。


73
高砂の尾の上の桜咲きにけり 外山の霞たたずもあらなむ
権中納言匡房

74
うかりける人を初瀬の山おろしよ はげしかれとは祈らぬものを
源俊頼朝臣

75
契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋も去ぬめり
藤原基俊



73
高砂は高い山という意味。
外山は人里に近い山で、「深山」「奥山」の反対語。
立たずもあらなむ=立たないでください
霞がたつと桜が見えなくなるから立たないでくださいと言っている。
高い地位に立っているあなたをずっと見ていたいという意味ともとれる。


74
はつせ=大和国の歌枕。現在の奈良。初瀬山の中腹に長谷寺があり観音がある。
憂かりける=恋人が長い時間冷たかったこと。
振り向いてほしいと観音に祈願するが相手はますます冷たくなる。
「はげしかれ」は山おろしと恋人の態度の両方にかかる。


75
子の出世のために時の権力者に請願するが叶わなかったというエピソード。
いぬめり=去っていく




76
わたの原漕ぎ出でて見れば久かたの 雲ゐにまがふ沖つ白波
法性寺入道前関白太政大臣

77
瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ
崇徳院

78
淡路島通ふ千鳥の鳴く声に 幾夜ねざめぬ須磨の関守
源兼昌



76
雲居は雲そのもの。
歌とはちがい、作者忠通は権力闘争の真っ只中に生きた。


77
「~を~み」、で「~が~なので」の意味になる。
滝川は滝のようなはげしい川。
「せかるる」はせきとめられる
「われても」は水の流れが岩に当たってわかれる意味と、恋人がわかれるという意味。

作者は保元の乱に敗れ讃岐に流され同地で没した。怨霊になったと恐れられ、おどろおどろしい伝説がうまれた。
前の歌の作者忠通は保元の意味の勝者。


78
須磨は現在の神戸市にある。関守は関所の番人。
須磨には都人がなにかしらの不幸を背負ってやってくるイメージが色濃く漂っている。源氏物語で光源氏が流されるなど。




79
秋風にたなびく雲の絶え間より もれ出づる月の影のさやけさ
左京大夫顕輔

80
ながからむ心も知らず黒髪の 乱れて今朝はものをこそ思へ
待賢門院堀川

81
ほととぎす鳴きつる方を眺むれば ただ有明の月ぞのこれる
後徳大寺左大臣



79
本来、雲は月を隠してしまうかは『万葉集』では雲よたなびかないでくれと呼び掛ける歌が多い。しかし平安時代以降は雲の絶え間からさす月光を愛するようになる。


80
「あなたの愛情が長続きするかどうか、わかりません。この黒髪が乱れるように、心も乱れて、今朝は物思いに沈んでいることですよ」
後朝(きぬぎぬ)の心を詠んだ歌。
女の黒髪は恋人の愛撫の対象。官能的で愛の記憶となった。


81
有明の月といえば恋の場面によく詠まれる景物。この歌に妖艶な印象をもたらす。





82
思ひわびさても命はあるものを 憂きに堪へぬは涙なりけり
道因法師

83
世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
皇太后宮大夫俊成

84
ながらへばまたこの頃やしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき
藤原清輔朝臣




82
「わぶ」は動詞について「~することに疲れる」の意味。
道因は、90歳になって耳が遠くなっても歌合に参加するなど、歌道に強く執着した。


83
俊成は定家の父。
俊成は「幽玄・艶」という美的概念を和歌において確立した。
「幽玄」は明瞭より曖昧、単純より複雑、明暗でいえば薄暗さの美。
「艶」は人間の心を浄化し、深く掘り下げるような曖昧模糊とした美。


84
「生き長らえたならば、つらいと思っている今日このごろも、なつかしく思い出されるのだろうか。あれほどつらいと思っていた昔が、今となっては恋しいのだから。」
過去現在未来が配置されているが、いずれも苦渋に満ちている。


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2015年09月17日

~歌書読む 35-6~ 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』【6】61-72

谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス・日本の古典 百人一首』
61-72



61
いにしへの奈良の都の八重桜 今日九重に匂ひぬるかな
伊勢大輔

62
夜をこめて鳥のそら音ははかるとも 世に逢坂の関はゆるさじ
清少納言

63
今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならで言ふよしもがな
左京大夫道雅



61
九重(ここのへ)は宮中のこと。「にほひ」は香りではなく、色うつくしく咲いている様子。
「いにしえ」と「けふ」、「八重」と「九重」が対をなす構成。


62
「夜が明けていないのに、かの猛嘗君の食客のように、鶏の泣き真似をしてだましても、逢坂の関の関守はだまされませんし、私もだまされて、すぐ戸を開けてあなたと逢ったりはしませんよ。」

藤原行成との才気あるやりとりからうまれた歌。

「函谷関の鶏」。猛嘗君が従者に鶏の鳴き声を真似させて、夜明けに鶏が鳴かないと人を通さない函谷関の関守をだまして通過した故事。


63
作者道雅はアウトロー的な人生を歩んだ。素行の評判も悪かった。当子内親王との恋は、彼女の親の三条院に阻まれる。
別れの言葉だけでも直接会って伝えたいという未練の歌。




64
朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに あらはれわたる瀬々の網代木
権中納言定頼

65
恨みわびほさぬ袖だにあるものを 恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
相 模

66
もろともにあはれと思へ山桜 花よりほかに知る人もなし
前大僧正行尊



64
宇治川は京都を流れる川。
「瀬々の網代木(あじろぎ)」は、魚をとるために川の浅瀬に杭を打ち簀をつけたしかけ。宇治川名物。

65
「恨みわび」の「わび」は動詞の連用につき「~することに疲れる」「~する力をなくす」の意味。
「袖」と「名」を対比させ、ともに「朽ち」てゆくものとしていとおしんでいる。


66
「私がおまえをいとおしく思うように、おまえも私のことをいとおしく思っておくれ、山桜よ。花以外に私の気持ちをわかってくれる人もいないのだから。」




67
春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそ惜しけれ
周防内侍

68
心にもあらでうき世にながらへば 恋しかるべき夜半の月かな
三条院

69
あらし吹く三室の山のもみぢ葉は 龍田の川のにしきなりけり
能因法師



67
「甲斐なく」に「腕(かひな)」が掛かる。
手枕は「これを枕にどうぞ」と差し出された男の腕。ここでは藤原忠家。歌のやりとりがある。
契りありて春の夜深き手枕をいかがかひなき夢になすべき/藤原忠家

68
心にもあらで=不本意にも、意思に反して
作者・三条院は眼病をわずらっていた。失われていく視力のなかで見た月。


69
三室の山は奈良県にある。竜田川は三室山の東の麓を流れる。

錦は様々な色糸を用いて織り出された
絹織物の総称。 錦のように鮮やかで美しいものを指して用いる言葉。

能因は常々「数奇給へ。数奇ぬれば、歌は詠むぞ(没頭しなさい。没頭すれば、歌は詠むことができるぞ)」と語っていたという。



70
寂しさに宿を立ち出でてながむれば いづこもおなじ秋の夕暮
良暹法師

71
夕されば門田の稲葉おとづれて 芦のまろやに秋風ぞ吹く
大納言経信

72
音にきく高師の浜のあだ波は かけじや袖の濡れもこそすれ
祐子内親王家紀伊


70
寂しさはその色としもなかりけり真木立つ山の秋の夕暮れ/寂蓮法師
という歌もある。
その色としもなかりけり=特にどの色とも限らず


71
門田=家のすぐ傍に広がる直営田
蘆のまろ屋=蘆で葺いた粗末な小屋

都会で暮らす貴族たちは、郊外の田園地帯に別荘を持地擬似的な陰遁を楽しんだ。


72
高師の浜は大阪。
あだ波=いたづらに立つ波(浮気男の意味も)
かけじや=波をかけまい、思いをかけまいの二重の意味
浜、波、ぬれ、が縁語。

艶書合(けそうぶみあわせ)という、恋歌を競い合う歌合での歌。


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2015年09月05日

~歌書読む 35-5~ 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』【5】49-60

百人一首。ここでは49-60番の歌をあつかう。三首ずつ。




49
御垣守衛士のたく火の夜はもえ 昼は消えつつものをこそ思へ/大中臣能宣朝臣

50
君がため惜しからざりし命さへ ながくもがなと思ひけるかな/藤原義孝

51
かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを/藤原実方朝臣


49
御垣守衛士は宮中の門番の兵士。火が恋心にかかる。
夜しか逢えない恋人たち。


50
長くもがな=長くありたい

男が恋しい女と初めて結ばれて、翌朝帰るときに詠んだとされる。

この歌とうらはらに、21歳で作者は亡くなった。


51
技巧が凝らされ、賛否両論の歌。
「いぶき」=伊吹山、言ふ
さしも草=お灸とするよもぎ、さしも
思ひの「ひ」は火でもある。

「このようにあなたに恋しているとさえ、言うことができません。だから、あなたは、伊吹山のさしも草が燃える火のように、これほどにも燃える思いであることを、ご存じないでしょうね。」




52
明けぬれば暮るるものとは知りながら なほ恨めしきあさぼらけかな/藤原道信朝臣

53
歎きつつひとりぬる夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る/右大将道綱母

54
忘れじの行末までは難ければ 今日をかぎりの命ともがな/儀同三司母



52
しののめのほがらほがらに明けゆけばおのがきぬぎぬなるぞ悲しき/作者未詳
(明け方の空が晴れ晴れと明けてゆくと、各々が別の衣を着て、わかれてゆくのが悲しい)

という歌も。


53
男の心変わりを知って送られた歌。
「あくる」には門が開くの意味も。「昨夜、門が開くまでの時間は長かったでしょう。これであなたも、待つ私の気持ちがおわかりになったのでは?」という皮肉。


54
男の心変わりが日常茶飯事で、女性は恨みながらもそれを受け入れるしかなかった。永遠の愛など信じられぬ女性は、「そう言ってくださる今日、命が終わればいいのに」と願った。

作者の夫の愛は変わらなかったが、夫の死後は不幸な晩年だったという。




55
滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞えけれ/大納言公任

56
あらざらむこの世のほかの思ひ出に 今ひとたびの逢ふこともがな/和泉式部

57
巡りあひて見しやそれともわかぬ間に 雲がくれにし夜半の月かな/紫式部



55
藤原の道長にささげられた。大覚寺(いまの京都)の散策からつくられた。
昔の滝の音はもう聞こえないがら名声だけは今も伝わっている。


56
病床にあり死期の近いことを予感した和泉式部が、死ぬ前にあなたに一目逢いたいと贈った歌。

世の中に恋てふ色はなけれども深く身にしむ物にぞありける/和泉式部
世の中に恋という色はないけれども、布地に染まる色のように、恋は深く身にしみるものだったよ。


57
女の友情を詠んだ。
「めぐり逢いて」「雲隠れにし」はともに月と友達の両方が主語となる。愛するものがふと見えたかと思うとまたすぐに姿を消してしまうもどかしさ、切なさを月になぞらえた。




58
有馬山猪名のささ原風吹けば いでそよ人を忘れやはする/大弐三位

59
やすらはで寝なましものを小夜更けて 傾くまでの月を見しかな/赤染衛門

60
大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立/小式部内侍



58
詞書「かれがれにたなる男の、おぼつかなく、など言ひたるによめる」
(訪れが絶え間がちになった男性が自分のことを棚にあげて「私のことを忘れたのではと気がかりです」などと言ってきたので言い返した歌)

笹が風にそよぐ「そよそよ」から「そう、そのことですよ」につなげられる。
「忘れやはする」は強い反語。忘れなどするでしょうか、忘れはしません。


59
「やすらはで」は躊躇するという意味の「やすらふ」から。
「寝なましものを」は「寝てしまえばよかったのに」。事実と逆のことを仮に想定する言い回し。


60

「いく野」はいまの京都の「生野」と「行く」をかける。
「ふみ」は手紙の「文」と「踏み」をかける。
母を思う歌。藤原定頼に母に代作してもらっているなどとからかわれて、歌でやり返した。



つづく。


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2015年08月26日

~歌書読む 35-4~ 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』【4】37-48

百人一首の第四回目。今回も3首ずつやる。勉強で読んでいるが、わかってくるとおもしろいものだ。



37 白露に風の吹きしく秋の野は つらぬきとめぬ玉ぞ散りける  文屋朝康

38 忘らるる身をば思はず誓ひてし 人の命の惜しくもあるかな  右近

39 浅茅生のをののしの原しのぶれど あまりてなどか人の恋しき  参議等


37
吹きしくの「しく」は「しきりに~する」。玉は真珠。
草葉のうえの白露を真珠が飛び散るさまに見立てた。
玉は魂でもあり、死のイメージ。

38
命をかけて愛を誓うのはこのころよくあることだが、その場合は神罰によって命を落とすとも信じられた。

39
浅茅生(あさぢふ)は丈の低い茅萱が生えているところ。「小野」は野原。「篠原」は篠竹の生えている原。
「あまりて」は恋心を忍びきれなくて、「などか」はなぜ、どうしての意味。
「あまりてなどか」は句割れ。句割れが恋の混沌、困惑、あふれる激情を表現。



40 しのぶれど色に出でにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで  平兼盛

41 恋すてふわが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか  壬生忠見

42 契りきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山波こさじとは  清原元輔


40
「色」=目に見える態度や身振り。
「ものや思ふ」=恋の物思いをしているのですか。

40と41は「忍ぶ恋」の歌合わせで勝負した歌。こちらが勝った。

上の句から下の句にかけて、忍ぶ恋が露見してゆく様子とともに、困惑し内省する心の動きが、ドラマチックに描かれている。三句「わが恋は」は上二句と下二句にかかっている。

41
40との歌合わせに負けた歌。作者は拒食症になり亡くなったという。



(屏風歌についてコラムがある。屏風と歌が同じテーマで共存する。絵画と短歌のコラボレーション)


42
末の松山は陸奥国の歌枕。宮城県多賀城あたり。どんな大波でもここには打ち寄せないという伝承がある。そこを波が越えることがないくらい、私が心変わりすることはありえないという誓い。それが破られた。

作者は多作で、依頼されて代作もした。



43 逢ひ見ての後の心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり  権中納言敦忠

44 逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 人をも身をも恨みざらまし  中納言朝忠

45 あはれともいふべき人は思ほえで 身のいたづらになりぬべきかな  権徳公


43
「逢ひ見て」は男女の仲になること。

44
恨みざらまし=恨むということもなかっただろうに。
「まし」は事実と異なる推量。

45
「いたづらに」=死ぬ
同情を引こうとする歌。
作者は御曹司として華やかな生活を送った。それを考えると自己陶酔的な歌。



46 由良のとをわたる舟人かぢをたえ 行く方も知らぬ恋の道かな  曽禰好忠

47 八重むぐらしげれる宿のさびしきに 人こそ見えね秋はきにけり  恵慶法師

48 風をいたみ岩うつ波のおのれのみ 砕けてものを思ふころかな  源重之


46
「由良の門」は今京都の由良河の河口。


47
八重葎(やへむぐら)は幾重にもしげった雑草。
「こそ~ね」は逆接で下につづく。

廃園となった河原院の歌。かつては文学が生まれる華やかな場だったが、やがて荒廃した。それがまた廃園を愛する風流人が集まる場となった。

48
「いたみ」=激しいので
「くだけて物を思ふ」は物思いの激しさを表現したもの。


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2015年08月21日

~歌書読む 35-3~ 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』 【3】25~36

また3首ずつ12首やる。



25 名にし負はば逢う坂山のさねかずら 人に知られで来るよしもがな  三条右大臣

26 小倉山峰の紅葉葉心あらば いまひとたびのみゆき待たなむ  貞信公

27 みかの原わきて流るるいづみ川 いつ見きとてか恋しかるらむ  中納言兼輔




25
逢坂山は奈良と滋賀の境にある。「逢う」の意味とかかる。
「さねかづら」と「さ寝(共寝)」がかかる。物にからみついて生長する植物。
名にし負はば=その名の通りであるならば


26
貞信公=藤原忠平
小倉山は京都。
待たなむ=待っていてほしい

27
みかの原は京都。
「いづみ」が「いつ見」とかかる。
「わきて」は「湧きて」「分きて」とかかる。

見たことのない相手への恋の歌とされる。





28 山里は冬ぞ寂しさまさりける 人目も草もかれぬと思へば  源宗于朝臣

29 心あてに折らばや折らむ初霜の 置きまどはせる白菊の花  凡河内躬恒

30 有明のつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし 壬生忠岑




28
「かれ」は「離(か)れ」と「枯れ」が掛かる。
中世は冬が注目された時代。平安時代は秋の月が美しいとされ、中世になると冬の月の美が注目される。


29
心あてに=心をこめて、よく注意して

菊の白と霜の白をかさねた。正岡子規は「嘘の趣向なり」と酷評した。
たしかに嘘であり演技だが非難にはあたらない。日本人は庭園にしろ文学にしろ、理解しやすいかたちに変容させてから取り込んできた。和歌も同じで、自然そのものではない。箱庭的な自然、優美な自然だけを和歌は素材とした。



30
定家や家隆が古今和歌集の名歌をたずねられてこの歌を推薦したという。
定家は、つれなく見えたのは月だけで、女はつれなくないと解釈していたらしい。
ここでは女もつれない態度だったと解釈されている。



31 朝ぼらけ有明の月と見るまでに 吉野の里に降れる白雪  坂上是則

32 山川に風のかけたるしがらみは 流れもあへぬ紅葉なりけり  春道列樹

33 ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ  紀友則



31
雪と月光を見間違う、見立ての歌。


32
山川=山の中を流れる川
しがらみ=柵
紅葉を柵に見立てた。


33
上の句の頭の「ハ」行、さしはさまれる「の」のリズム感。



34 誰をかも知る人にせむ高砂の 松も昔の友ならなくに  藤原興風

35 人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に匂ひける  紀貫之

36 夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいずこに月宿るらむ   清原深養父



34
高砂の松は兵庫にある。
長寿を嘆くめずらしい歌


35
人の心は知らないが奈良の梅は昔と変わらずに匂っている。

いさ=さあどうだろうか。下に「知らず」を伴うことがおおい。
人は宿の女主人をさす。

紀貫之は『古今和歌集』撰者の中心的人物。土佐日記は女性を装って書かれた。男性は漢字、女性はひらがなを使うと決められていたことによる。


36
「月宿るらむ」は月を人間に見立てたもの。雲にかくれた月に対する、早く姿を見せてほしいという願望。



つづく。


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