俳句

2018年06月17日

仙台文学館「第21回ことばの祭典 短歌・俳句・川柳へのいざない」に行ってきた

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イベントで短歌俳句川柳をつくったことを書く。

2年前に書いた記事
仙台文学館「第十九回ことばの祭典 短歌・俳句・川柳へのいざない」に行ってきた
http://blog.livedoor.jp/mk7911/archives/52168703.html
が、われながらけっこう書けてるので、それを下敷きにして編集していこう。2年前の文章は青い字でしめすことにする。





【一昨年】
6/19、仙台文学館で「第19回 ことばの祭典 短歌・俳句・川柳へのいざない」というイベントが開催された。
オレは初めて参加した。


【今年】
6/17、仙台文学館で「第21回 ことばの祭典 短歌・俳句・川柳へのいざない」というイベントが開催された。
オレは二年ぶり二度目の参加だった。






【一昨年】
10時に短冊が配られて「ことばの祭典」が始まった。題は「小、または、山」。


【今年】
今年の題は「川、または、書く」だった。つくりやすいお題だと前もって聞いていた。仙台文学館のツイッターがそう書いていた。



【一昨年】
短歌俳句川柳の短冊がそれぞれ配られて、11時半までに提出することになっている。三つのジャンルすべて作ってもいいし、一つでも参加できる。各ジャンル一作品まで。

参加している方たちは60代以上と見られる方が8割くらい。

「合同吟行会」ときいていたので、みんなして外に出るもんだとばかり思っていたが、けっこうみなさん館内でつくっていた。電子辞書や広辞苑など使って、あるいは相談しあって作っている。オレのように外へ出る人は少ない。
オレが勘違いしてるのかと思ったが、「吟行」を調べると「吟行とは季語の現場に立つこと」とか「名所を巡って和歌や俳句を作ること」とある。

でもまあ、おかげでゆったりとしずかに外を歩くことができた。オレは文学館の前の岩に座って鯉を見たり、歩き回ったりした。普段から散歩しながら短歌を作っている。


【今年】
このへん、2年前と変わらない。
今回も鯉を見ながらつくった。でも寒かったので、室内でもつくった。イスに座って腕組みをして、ときどきスマホで検索しながらつくった。
左の人は指を折りながらつくっていた。



【一昨年】
短歌はすぐできた。川柳もなんとか作った。時間が余ったから俳句にも挑戦した。今の季語ってなんだろうと思いスマホで調べたら、「ででむし(かたつむり)」が出てきたのでそれを題材につくった。提出。

11時半に締め切り。


【今年】
短歌は、オレには数百首の未発表作品があるので、そのなかで「川」や「書」の含まれる歌のなかから選んだ。つくるまでもなく、選んで細部を整えただけだ。

川柳は、それらの短歌のなかから川柳のかたちに切り取れそうなものを選んで加工した。

俳句は一番むずかしい。この時期の季語をしらべて、頭のなかでいろいろ考えた。
選考に北大路翼さんがいるのを意識して「アウトロー俳句」とはいかないまでも攻めたもの・変なものにしようと決めていた。
「黴雨」という言葉をつかってみた。

投句してすぐに気づいた。
推敲したり季語を調べて入れてるうちに題が消えてしまって、提出してから題がないことに気づいてしまった。
前回参加したときも、題のない俳句を提出したのだった。同じあやまちを二度やった。

季語もあって、題も必須で、575って、むずかしい。三つを気をつけてなきゃいけない。
だがそれは知っていたことだ。気をつけてるつもりでミスってしまったので、自分にあきれている。

しかもおもいっきりウケを狙ったのだ。ウケてしかも題がなかったら最高にはずかしい。素通りのほうがまだいいが、それでもウケたい気持ちもあって、でもウケたら題がないことに誰か気づくわけだし、あああああ








【一昨年】
11時半。昼食。
12時半に作品が貼り出されて投票が始まる(選者による選と一般投票による「あじさい賞」がある)。
それまでの一時間が昼食の時間となる。

文学館の「ひざしの杜」という店の500円のお弁当を食べた。とてもあっさりしていて、高齢者になったらこういうのを食べる機会が増えるんだろうなと思った。オレには物足りない。わびしくなる。でも胃にやさしそう。

ゆるいイベントだ。なにかするたびに空き時間がたくさんできる。


【今年】
作品提出の締め切りから発表までのあいだは、鯉を見ながら短歌をつくっていた。さっきの「あやまち」のことで動揺した気持ちをしずめようとしたのだ。

文学館の弁当は600円に変わっていた。通りすがって中身を確認したが、やはり高齢者向けな弁当だったので、遠慮した。







【一昨年】
12時半、作品が貼り出されて「あじさい賞」の投票がはじまった。
短歌俳句川柳、それぞれ80~90程度の作品がある。これが並ぶと、なかなかの眺めだ。各ジャンル二作品に票を入れることができる。

ここで痛感したのは、字の大きさや濃さ太さだ。
ペンで書いたものが拡大コピーされてそのまま貼り出されるので、字が小さいと存在感がない。読みづらいとハンデになる。
さまざまな筆跡があり、見てると楽しい。筆跡と作品の内容がリンクしていると感じる場面もあった。

この筆跡の話は「ことばの祭典」に限ったことではないだろう。短歌を投稿する際にハガキや原稿用紙にペンで書く機会が多いわけだが、選者はそのたびさまざまな筆跡に対峙するわけだ。字で不利になってはもったいない。いやむしろ有利になるくらいの字が書きたい。
今までもそれなりに気をつけてはきたが、これからはいっそう読みやすく書こうと思った。

このあたりでミスに気づいた。
俳句に題(「小、または、山」)を入れ忘れた。季語にばかり注意がいってしまって。
季語をつけて題を入れてなおかつ五七五って、こんなきつい縛られ方は初めてだ。


【今年】
あじさい賞の投票については2年前に書いたのとまったく変わらない。作品は各ジャンル90程度で、そこも変わらない。
筆跡のことは、そんなに気にならなかったな。今度は大きく書いてやろう!! という気持ちにもならなかった。ただ読みやすく書くことだけ。

一昨年はこのあたりで題のないミスに気づいたというが、今年は提出後すぐに気づいたのだから、早くなっている。
……提出前に気がつかなければ同じことなんだが!


投票のときに投票用紙の隅に、お題の入ってない作品の数を「正」で数えた。その結果、各部門ごとに15パーセントくらい・6作に1作くらいはお題がきちんと入ってないことがわかった。元気づけられた。
その多くが、推敲で題がなくなったみたいな様子か、イメージではつながっているものだった。
つまり、「川」「書く」の題で「したためる」「記す」「せせらぎ」「岸」になっているようなものが多い。オレのミスもそういうのだし、欠点が目立たなそうで安心した。







【一昨年】
13時15分投票終了。14時の結果発表までまた時間が空いた。

楽しく談笑してるグループがあって、その近くにいた。そのグループは盛り上がっていた。誰の作品が新聞に載ったとかNHKで放送されたとか。シニアの方々にとって投稿がどんなものなのかわかった気がする。
この方々は、選ばれたとか選ばれなかったとかをバネにしてみんなで楽しくやっている。楽しいほうが正解ならば、これも正解だ。

投稿は、同人誌や結社誌や依頼されての発表や歌集やなんかより程度の低いもので、当落に一喜一憂するのはみっともないことなんじゃないか、そればかりやっているオレはいかにも下級ではないかと最近は思っていた。だが別の見方もあるんだなと思った。投稿の当落でこんなに人生の後半を充実させている人達がいて、それがどうしてみっともないことなのか。
投稿がみっともないんじゃなくて、オレの取り組み方と価値観がそう見せているのだ。


【今年】
今年は空いた時間でサイゼリヤに行って食事した。だから暇とかは感じなかった。
2年前のオレは投稿のことで悩んでいるようだが、今のオレはかなり投稿を減らしていて、そういった悩みからは解放されている。








【一昨年】
14時になってようやく選者の方々があらわれた。
オレはこういう時には必ず前のほうの席に座る。

賞の発表があった。オレは賞にはならなかった。残念。
賞状や記念品の授与があった。なるほどいい作品が多くて、心から拍手を送った。

各ジャンルの約90作品のうち「ことばの祭典賞」が各ジャンルから1作品選ばれる。
そのほかに
特選1 秀逸2 佳作5(×選者二名)、
「小池光館長賞」各ジャンル1作品、
投票による「あじさい賞」各ジャンル1作品がある。

オレの作品は、短歌が梶原さい子さんの佳作、川柳が大石一粋さんの佳作となった。


【今年】
ここが一番ドキドキするところだ。

やっぱり前のほうに座った。そこは2年前も同じ。
そして、賞にはならなかったも同じ。
いい作品が多かったのも同じ。
賞の数も同じ。
選考の先生方は毎年変わっている。今年は短歌に栗木京子さん、俳句に北大路翼さん、川柳にいしがみ鉄さんが参加していた。

オレの作品は、川柳で雫石隆子さんの「秀逸」に選ばれていた。




【一昨年】
選者のみなさんから優秀な作品への講評があった。
俳句や川柳の方の評の言葉を間近で聞けたのがよかった。有名な人がいるってだけでドキドキする。
しかも、大石一粋さんはオレの川柳へコメントしてくれた。テンション上がった。



【今年】
雫石隆子さんから川柳にコメントいただいて、ありがたかった。

題に関して、高野ムツオさんから貴重な話があった。
俳句は題にきびしくて、「書く」だったら「書(しょ)」ではNG。「書留(かきとめ)」でも不可という人もいる。
川柳ならばイメージでもよい。「川」なら「流れ」「せせらぎ」でもOK。
短歌はどうかな。その中間くらいかな。



【一昨年】
小池光さんに会うのはこれで三回目。いい感じで枯れてるなあ。必要最小限のことしか言わないしやらないんだけど、ぶっきらぼうなようで、しかしあたたかみがあって、いいなあと思う。

帰りに駐輪場のところでばったり会った。まだ会場周辺で談笑してる人達もいたのに、小池光館長ははやばやと一人で外に出てきたのだ。
だけど、話しかけたりはできなかった。オレの人生の何%かは「話しかけられない」でできている。



【今年】
今年も話しかけられなかったな。記念品をもらってすぐに帰った。
っていうか、「なるべくなら謎の人物でいたい」っていう気持ちもある。
オレはブログとツイッターの歌人だからさ。表彰でもされるんなら出るけど、基本的には、……ねえ。

生身に自信がないんだよ。







では2018年のオレの作品。

短歌
ゆうぐれの橋を渡って川を見る散歩コースはオレのぜいたく/工藤吉生

川柳
「夢」と書くあまり大きくならぬよう/工藤吉生

俳句
黴雨だぜ借りた漫画に色を塗る/工藤吉生






【一昨年】
佳作の記念品は小型のノートだった。まあ、タダで楽しく参加したのだから、おおもうけだ。

帰りにネットプリント「ネットプリント毎月歌壇」を出して帰った。そのことは次の記事で。
んじゃまた。


【今年】
秀逸の記念品はポストカード三枚だった。ほかでは入手出来ないと言えば言える。

次はもっと上に行きたいな!
んじゃまた。










▼▼▼



【こっちもおすすめ】
noteのほうでは、ブログでは読めない内容の記事をたくさんアップしています。

2018年5月のオレの短歌とその余談
https://note.mu/mk7911/n/n75bf05a79de6

未来賞をいただいて、いま書きたいこと
https://note.mu/mk7911/n/n0b1f389aea2f


第57回短歌研究新人賞候補作「仙台に雪が降る」全30首
https://note.mu/mk7911/n/n58e5f4337568




などなど、
500円ですべての記事(約100記事)が読めます。よろしければどうぞ。










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2017年03月30日

{短歌の本読む 98} 「短歌と俳句の文芸誌 We」3号  ~祈る手をほどけば、ほか

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「短歌と俳句の文芸誌 We」3号。

オレは短歌10首と俳句評で参加しています。なので俳句は今ここでとりあげることはできないんです。短歌をちょっとだけ。

「We」がなんなのかというのは、ブログ https://blogs.yahoo.co.jp/webtankakai がありますので、そちらにどうぞ。

2017年3月1日発行、64ページ。特集は鈴木晴香歌集『夜にあやまってくれ』。



学祭は駐輪場に落ちているキャベツの破片 よく晴れている/逢阪みずき「残りひとつの冬」
→賑わっている場所からすこし離れた場所にある破片から祭りを感じとっている。晴れた天気はキャベツの破片をあかるく照らしていることだろう。



祈る手をほどけば指の隙間より光溢れて海があらわる/北辻千展「錠菓」
→手だけが見えているところから、下の句で視界がひらける。海辺で祈っていたことが明かされると読むと小さいか。映像的なところを楽しみたい。



特集で鈴木晴香さんが出版記念イベントについての文章にこう書いていた。

「世界を切り取るたびに、一瞬を捉えるたびに、それがどんな意味や様相や問いをもって世界と繋がっているのかを、私たちは探求しなければならない。作品を作り続ける理由はそこにあるのだから。」


印象にのこったところは以上です。十数人の短歌が載ってるんですが二首で失礼します。








別の機会に書いた俳句評を転載します。口調が変わります。



家中の引き出し開けて満月なり  宮崎斗士
 家中の引き出しを開けることというのは滅多にないものです。探し物をしているのでしょうか。まさか、空き巣でも入っているのでしょうか! 泥棒に満月は似合いそうです。
 月が満ちて満月になることと、すべての引き出しを空けてゆくさまとが重なります。見えない状態のものが、あからさまになるのです。


夜来るやあわてゝ影絵になる金魚  谷口慎也
 昼間は金魚でいたものが、夜になると影絵になる。あわてているということは、急に影絵になったんですね。うっかり夜のなかでも昼間のままの金魚でいてしまったら大変です。
 夜は暗いもので、すべてが影のようになります。夜のなかで金魚だけが赤や白い体のままひらひらと泳いでいるさまを思うと、幻想的です。しかし、そうはならずに金魚も影と化します。あわてているところにかわいらしさがあります。金魚だけが夜の暗さから自由でいられるのだとしたら、神秘的ですね。


夢日記ついに海鼠で終わりけり  森さかえ
 オレも変わった夢を見ると記録することがあります。しかし、日記って続かないことがありますね。夢日記の最後がナマコの夢とは、なんとも奇妙です。日記に書かれた最後のものになることで、この夢だけが特別なものになってきます。


ふくろふの夢ふくろふの夢の中  森さかえ
ふくろうは謎めいた鳥です。ふくろうは賢いイメージがありますが、何を考え、何を夢見ているのでしょう。この句は印象的な反復を持っています。「ふくろうの夢」で切れて、そこに何が組み合わされるかと思うと、また「ふくろうの夢」です。そして今度は「中」に入っていくわけです。一歩踏み込んでいくんです。謎めいたものにズームすることで、ますますふくろうの夢は謎を深めます。


雪合戦とふよりただのいやがらせ  青島玄武
 雪合戦、なつかしいです。「We」に関わるのは九州の方が多いようで、もしかするとあまり雪合戦になじみのない方もおられるかもしれません。オレは東北でして、子供のころはやりました。なかなかハードな遊びで、場合によっては一方的に雪玉をぶつけられるばかりになります。この句は「ただのいやがらせ」というミもフタもない表現が楽しいです。









オレが「歌人・工藤吉生の気になる句(前号作品より)」として引いた俳句をご紹介します。



聞き上手の雲がいっぱい麦秋は/宮崎斗士

「麦秋」って秋ではなくて初夏なんだそうで勉強になりました。が、そういうところに俳句のむずかしさを感じました。



飼い猫のような返事の春炬燵/宇田蓋男



扇風機見ない聞かない言わないさ/宇田蓋男



引っ越しの手と手が止まる春写真/江良修



こんな日はどきどきしてるかぶと虫/森さかえ



ぼこぼこの舗道を抱かれゆくメロン

音たてて林檎をかじる罅の家/中山宙虫




以上です。んじゃまた。



▼▼▼



「やめたい」と書きたい|mk7911|note(ノート)https://note.mu/mk7911/n/na34b71807522

抜け出したいという話|mk7911|note(ノート)https://note.mu/mk7911/n/n3e29a2c9d9c3

成人病予防健診に行って、最悪だった話|mk7911|note(ノート)https://note.mu/mk7911/n/n825cec319cde

2017年2月の工藤吉生の短歌すべて見せます|mk7911|note(ノート)

https://t.co/e37EDuY9fQ
工藤の有料マガジン【500円】やってます。


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2016年09月08日

「やまとうた」という短歌俳句川柳の投稿サイトを見つけた

https://t.co/ewX91vtpRm

「やまとうた」という短歌俳句川柳の投稿サイトを発見した。2013年に開設されたようだ。2014年から更新が止まっていて、運営のツイッターアカウント @yamatota_jp は2016年4月を最後につぶやかれていない。

メールアドレスで登録できる。メルアドをおくると複雑なパスワードがかえってきて、それを入力してログイン。

プロフィールは名前以外には256字以内で自由に書ける。
登録しなくてもお試しで投稿できるとのこと。
57577を句ごとに分けて入力する必要がある。投稿すると、句ごとに分けられたかたちで表示される。



ツイッターで共有すると縦書きで表示されるのがウリらしい。が、オレの環境からは字がズレてるように見える。



登録したら、オレのプロフィールのページのURLに51という数字がついていた。これが登録人数だろう。



作品に背景をつけられるのが特徴らしいが、やりかたがわからなかった。使い方の説明がない。
新機能のお知らせと、お問い合わせフォームと、すごく短い規約とがある。シンプルなのが気持ちいいが、機能がわからないのはこまる。


「やまとうた」で検索しても他のものばかりでてきて、このサイトにそう簡単にはたどりつけない。このタイトルはよくないな。



このサイトはたまたま見つかったが、人知れず生まれて人知れず埋もれていく短歌のサービスもあるのだろう。

オレはいつもこのように、短歌に関しておもしろいものがないか、新しいサービスはないか、ネット上をうろうろと嗅ぎ回っております。
以上、掘り出したサイトの報告でした。


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2016年06月20日

仙台文学館「第十九回ことばの祭典 短歌・俳句・川柳へのいざない」に行ってきた

イベントで短歌俳句川柳をつくり、短歌と川柳で佳作をいただいたことを書く。



6/19、仙台文学館で「第19回 ことばの祭典 短歌・俳句・川柳へのいざない」というイベントが開催された。
オレは初めて参加した。







10時に短冊が配られて「ことばの祭典」が始まった。題は「小、または、山」。
短歌俳句川柳の短冊がそれぞれ配られて、11時半までに提出することになっている。三つのジャンルすべて作ってもいいし、一つでも参加できる。各ジャンル一作品まで。

参加している方たちは60代以上と見られる方が8割くらい。

「合同吟行会」ときいていたので、みんなして外に出るもんだとばかり思っていたが、けっこうみなさん館内でつくっていた。電子辞書や広辞苑など使って、あるいは相談しあって作っている。オレのように外へ出る人は少ない。
オレが勘違いしてるのかと思ったが、「吟行」を調べると「吟行とは季語の現場に立つこと」とか「名所を巡って和歌や俳句を作ること」とある。

でもまあ、おかげでゆったりとしずかに外を歩くことができた。オレは文学館の前の岩に座って鯉を見たり、歩き回ったりした。普段から散歩しながら短歌を作っている。

短歌はすぐできた。川柳もなんとか作った。時間が余ったから俳句にも挑戦した。今の季語ってなんだろうと思いスマホで調べたら、「ででむし(かたつむり)」が出てきたのでそれを題材につくった。提出。

11時半に締め切り。






11時半。昼食。
12時半に作品が貼り出されて投票が始まる(選者による選と一般投票による「あじさい賞」がある)。
それまでの一時間が昼食の時間となる。

文学館の「ひざしの杜」という店の500円のお弁当を食べた。とてもあっさりしていて、高齢者になったらこういうのを食べる機会が増えるんだろうなと思った。オレには物足りない。わびしくなる。でも胃にやさしそう。


ゆるいイベントだ。なにかするたびに空き時間がたくさんできる。





12時半、作品が貼り出されて「あじさい賞」の投票がはじまった。
短歌俳句川柳、それぞれ80~90程度の作品がある。これが並ぶと、なかなかの眺めだ。各ジャンル二作品に票を入れることができる。

ここで痛感したのは、字の大きさや濃さ太さだ。
ペンで書いたものが拡大コピーされてそのまま貼り出されるので、字が小さいと存在感がない。読みづらいとハンデになる。
さまざまな筆跡があり、見てると楽しい。筆跡と作品の内容がリンクしていると感じる場面もあった。

この筆跡の話は「ことばの祭典」に限ったことではないだろう。短歌を投稿する際にハガキや原稿用紙にペンで書く機会が多いわけだが、選者はそのたびさまざまな筆跡に対峙するわけだ。字で不利になってはもったいない。いやむしろ有利になるくらいの字が書きたい。
今までもそれなりに気をつけてはきたが、これからはいっそう読みやすく書こうと思った。


このあたりでミスに気づいた。
俳句に題(「小、または、山」)を入れ忘れた。季語にばかり注意がいってしまって。
季語をつけて題を入れてなおかつ五七五って、こんなきつい縛られ方は初めてだ。






13時15分投票終了。14時の結果発表までまた時間が空いた。

楽しく談笑してるグループがあって、その近くにいた。そのグループは盛り上がっていた。誰の作品が新聞に載ったとかNHKで放送されたとか。シニアの方々にとって投稿がどんなものなのかわかった気がする。
この方々は、選ばれたとか選ばれなかったとかをバネにしてみんなで楽しくやっている。楽しいほうが正解ならば、これも正解だ。

投稿は、同人誌や結社誌や依頼されての発表や歌集やなんかより程度の低いもので、当落に一喜一憂するのはみっともないことなんじゃないか、そればかりやっているオレはいかにも下級ではないかと最近は思っていた。だが別の見方もあるんだなと思った。投稿の当落でこんなに人生の後半を充実させている人達がいて、それがどうしてみっともないことなのか。
投稿がみっともないんじゃなくて、オレの取り組み方と価値観がそう見せているのだ。






14時になってようやく選者の方々があらわれた。
オレはこういう時には必ず前のほうの席に座る。

賞の発表があった。オレは賞にはならなかった。残念。
賞状や記念品の授与があった。なるほどいい作品が多くて、心から拍手を送った。


各ジャンルの約90作品のうち「ことばの祭典賞」が各ジャンルから1作品選ばれる。
そのほかに
特選1 秀逸2 佳作5(×選者二名)、
「小池光館長賞」各ジャンル1作品、
投票による「あじさい賞」各ジャンル1作品がある。

オレの作品は、短歌が梶原さい子さんの佳作、川柳が大石一粋さんの佳作となった。


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選者のみなさんから優秀な作品への講評があった。
俳句や川柳の方の評の言葉を間近で聞けたのがよかった。有名な人がいるってだけでドキドキする。
しかも、大石一粋さんはオレの川柳へコメントしてくれた。テンション上がった。



小池光さんに会うのはこれで三回目。いい感じで枯れてるなあ。必要最小限のことしか言わないしやらないんだけど、ぶっきらぼうなようで、しかしあたたかみがあって、いいなあと思う。

帰りに駐輪場のところでばったり会った。まだ会場周辺で談笑してる人達もいたのに、小池光館長ははやばやと一人で外に出てきたのだ。
だけど、話しかけたりはできなかった。オレの人生の何%かは「話しかけられない」でできている。







ではオレの作品。

短歌
百円玉らしき光へにじり寄るオレの歩幅の小さい水辺/工藤吉生

川柳
銃の音、なのか小さな鯉の口/工藤吉生

俳句
文学館床のカパカパかたつむり/工藤吉生





佳作の記念品は小型のノートだった。まあ、タダで楽しく参加したのだから、おおもうけだ。



帰りにネットプリント「ネットプリント毎月歌壇」を出して帰った。そのことは次の記事で。


んじゃまた。


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2016年03月30日

{短歌の本読む 76} 短歌と俳句の文学誌『We』創刊号  ~垂直なる湖水面、ほか

短歌と俳句の文学誌「We」を読む。



「We」については、編集発行人である西田和平さんのブログにくわしい。 https://t.co/njZj3DaGNa

「We」は短歌と俳句が半分ずつ載っている同人誌。短歌は西田和平さん、俳句は加藤知子さんという方が中心になっている。
この三月に創刊されたが、半年に一回出していく予定らしい。

塔のブログでも紹介されている。
https://t.co/gWI4MekJiM

短歌は17人の方が参加している。オレは創刊号にお声をかけていただき、10首を載せていただいている。

17人の顔ぶれのうちの半分ほどは、いま貼り付けた塔のブログにある通り塔の方達だ。20代から30代の比較的若い方が多い。
ではもう半分はどんな人たちかというと、西田さんの地元の熊本県の方達だ。熊本歌人協会に入っているということなので、そこでつながりがあるのかもしれない。なのでかなり熊本の方が多い。

オレが声をかけていただいたのは、オレが「塔」の人だったからだ。でも誘っていただいた時点で退会していたのだった。
オレはこのなかで、塔会員でもなく熊本県民でもない唯一の歌人ということになるのかな。

オレがあと少し早く退会していれば、ここに参加していることはなかったんだろう。
ということは、あと少し長く在籍していれば別なところで違った展開もあるいはあったのかもしれないが、まあ、すべてはタラレバだ。

とりあえず創刊号では塔と熊本の人でかたまっているが、二号以降では変わっていくことも充分考えられる。

40ページからなるこの創刊号は、作品とそれに添えられた短い文章が全体の大部分を占める。二号からは評のページが入ってくるらしい。






前半は俳句の部。オレはほとんど俳句に関わらないでここまできた。でも読んでて面白かった。そのへんも作品を引いていく。
俳句にも一応思い浮かぶことをコメントするけど、もしかすると俳句の人からするとすごく変なことを言うかもしれない。まあ、短歌の評もいつまでもこんなんだから同じことだ。



蛇として生まれしばらくうわの空/谷口慎也


眼科出て増えているなり鰯雲/谷口慎也

→時間が経過して空の様子が変わったとも読めるし、治療で眼がよくなった結果より多くの雲が見えるようになったとも読める。その二重に読めるところが面白いんだと思っている。


庭の栃の木切ればと言う妻ニホン危うし/宇田蓋男「かたくりの花」


冬来たりなば白バイに追い越さる/宇田蓋男「かたくりの花」

→白バイが冬を追い越したと読んだけど、これすら不安なオレの日本語力だ。
とすれば、冬は法定速度を守っているというわけか。白バイの「白」が冬っぽい。



カメラで覗かれた胃で雑煮食う/瀬川泰之「無精卵」


青年の胸やシャワーを拭き残し/瀬角龍平「身辺小景」


枯野まで回転木馬乗り継げり/夏木久「回転木馬と乳母車」

→回転木馬ってあれでしょ、メリーゴーランドの。同じところを回っていてどこにも行けない馬だ。
でも遊園地とはかけ離れた「枯野」まで行ったという。乗り継いでるのがおもしろい。

オレが乗ったのは小さいころだったな。だいたい小さいころに乗るよな。「枯野」はだいぶ年を取ってしまった感じだ。
馬が回転しているということは物理的には堂々巡りでどこにも行けないが、催眠的な効果があり、意識は遠くへ誘われるということはありそうだ。
小さいころのことを次々に思い出しながら、現在までを思い返していた、などと読んでみた。


ドロップの缶より聖夜ひとつ出す/夏木久「回転木馬と乳母車」
→ドロップはきれいな色をしている。クリスマスツリーの飾りもそういえば丸くていろんな色をしているのがある。


俳句の部おわり。





短歌のほうから引いていきます。


窓は垂直なる湖水面たましひのぶんだけ滲む身体を浮かべ/浅野大輝「glider」
→室内から見たときに窓の外がみずうみみたいに見えるということかなと。からだがにじんだり浮いてもいるし、肉体感覚の不思議なところをとらえていると思います。


ひとしずくガーゼに吸われゆくようにデジタルの9が変わる0へと/北辻千展「自選十首」
→自選には、「塔」で見たことある歌もあった。「We」は既発表作を出してもよいことになっていた。

デジタル機器によってはそのような数字の切り替わり方をするものもある。ガーゼを出すことで時間が液体化した。最高の数字が無に変わるなめらかさ。


すれ違う人が全員意地悪な気がして点字ブロックを辿る/長月優「ここがはじまり」
→わかる気がした。下ばかり見て歩く心境だ。「視覚障害者誘導用ブロック」とも呼ばれる点字ブロックはけっして意地悪をしない。


人として母としてまた妻として私としては後にまわして/てらもとゆう「冬の日々」
→「して」で踏みながら、無理なく意味も通した。標語みたいな歌で、ほめるのがややためらわれるが、31字でこれを貫くのはけっこう難しいと思う。



作品の引用は以上であります。
「We」は参加同人や購読会員を募集しているそうです。
参加は一回二千円(学生は千円)、購読は一回千円とのことです。どうでしょう。
ためらいを感じないこともない金額ですが、せっかくのご縁なので大事にしたいとも思っています。

そういうのに初めて参加したのがオレは「うたつかい」だった。
うたつかいの場合は、参加者は0円で三冊までいただけて、それ以外の方は一冊百円で購入できる。これはウルトラすごい価格設定なのであって、これを基準にするのはちょっと申し訳ないかなとも思う。






オレが「We」に寄稿した作品「殴られてしまえ」10首と短文は、いつか有料マガジン「工藤の有料マガジン【500円】」に載せるかもしれないし、載せないかもしれません。

「工藤の有料マガジン【500円】」は500円ですべての記事が無期限に読めますのでどうぞ。

原稿料の出る依頼が来ないので、こういうのでほそぼそとやってます。


最近はこういう有料記事を書きました。

ブログにきたひどいコメントシリーズ その2|mk7911|note(ノート)https://t.co/dMNri2dI2Y





んじゃまた。


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mk7911 at 18:13|PermalinkComments(0)

2015年07月24日

文化系エンターテイメントアプリ「俳句de川柳」に登録し投稿してみた

「俳句de川柳」というツイッターのアカウントにフォローされた。これは投稿サイト、あるいはアプリらしいので、webのほうで登録してみた。

http://haiku-de-senryu.com/

短歌の投稿サイト「うたのわ」にも似ているかなと思ったが、お題が写真で出てくる。題がだいたい画像なので、まるで「写真で一言」だ。オレはあまりネット大喜利とかそっち方面には詳しくないが、「bokete」にも近いのかな?


短歌も俳句も川柳もごちゃまぜで、どれを投稿してもよい。川柳といってるわりには季節感のつよいお題が多いし、句ごとに入力する投稿フォームは五つに分かれている。


オレは少しふざけたのを投稿した。とりあえず軽い気持ちで入って様子を見ようとした。

下ネタを書こうとしたが「精液」とか「精子」とか書くと投稿できない。「投稿処理に失敗しました」とでる。

花火の写真に対して

夜の空 埋め尽くし咲く 大花火 みたいに出して みたい精液

と書いたらだめだった。結句を「みたいよ液を」に変えて出した。



でもそんな調子で五つくらい投稿したら、もう飽きてしまった。ふざけてる自分がいやになった。
それに、がんばってもこのサイトの外側には歌が流れていかないだろうと思うとモチベーションが上がらぬ。


投稿するときにカテゴリを選ぶんだが「おバカなネタ」「ありえないネタ」「毒の強いネタ」「内輪ネタ」「その他のネタ」という分類になっている。

いずれにしろここに投稿したらそれは「ネタ」というわけだ。やっぱりお笑い感覚なのだろう。




「俳句de川柳」は2014年末くらいからあるサービスらしい。
ツイッターの公式アカウントのフォロワーが59人だった。295人をフォローしての59人。8割の人は「俳句de川柳」にフォローされてもフォローを返していない。フォロワーが多ければいいとはいわないが、少なすぎる。

そのツイート内容からすると、週にふたつくらいお題がでるようだ。

「好評サービス中です!」と書いているが、評判をツイッター内で検索してもGoogleで検索しても、なんと一件も評判らしいものは出てこない。これを書いてる時点では、一件もだ。オレのこの記事が最初の評判なのだ。
インターネットのサイトやアプリの評判がインターネットを調べても出てこない、そんな「好評」があるかい。


「本日の川柳」(短歌も俳句も川柳もいっしょくたになっている)で投稿作品を探してもオレのしか検索結果にひっかからない。その時点で23時だった。一日でオレしか投稿してないんじゃねえかよ。
それから夜が明けて6時現在、まだ最新の投稿はオレの投稿になっている。



「殿堂入り」「新着」「運営のオススメ」というのを見たが、「霧」「名無しの投稿」「SHOMA」「おのぼりさん」という投稿者しか見つからない。参加者が4人しかいない可能性がある。オレは5人目か。過疎。
そのわりには評価の点数が70点以上の作品がある。これはよくわからない。数十人が見ているかのような数字だ。
ちなみにオレの作品は一晩たっても0点だ。


アプリ版があるが、playストアのほうを見るとダウンロード数が100、レビュー2。レビューのうちひとつは無言、ひとつは「ログインできません」。


オレが表でさわげば少しは利用者が増えるかもしれないが、そこまで応援したくなる感じではない。キャラクターはかわいいけどね。
応援したくはならないが、体験としてここに書いておく。興味ある方はこのサイトの6人目(?)の投稿者になってみては?
あと、オレの作品に評価ポイントを入れておいてくれると、また「ネタ」を投稿したくなるかもしれません。



んじゃまた


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mk7911 at 06:33|PermalinkComments(0)

2015年07月07日

短歌に季語はいりません

短歌に季語はいりません。季語が要るのは俳句。
短歌は57577。俳句と川柳が57577。
くれぐれもお間違いのないようお願いいたします。

ちなみに短歌の数えかたは「一首」です。

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mk7911 at 12:08|PermalinkComments(0)

2014年03月16日

河北歌壇・俳壇(2014.3.16)を読む  ~この今日も明日には過去、ほか

河北歌壇。新聞「河北新報」の歌壇、俳壇の作品を見ていきます。


この今も明日には過去となりゆかむ病室逆さに麻酔効きくる/高橋友江
→時間的な逆転と空間的な逆転。



その歌ではないが中学2年の投稿者がいて、その方だけ学年が書いてある。年齢を書く規定はないんだけど。

続いて俳壇。

この一句手袋ぬぎて投函す/武田道直
→俳句を読み慣れないから、ありきたりなものを面白がっているんじゃないかという懸念はあるが、句を句にしているのを面白く読んだ。
はがきは紙だから手袋ごしだと扱いにくいということかもしれないし、冬の終わりも感じる。


湯たんぽの夢を作るといふ仕事/柿坂伸子
→一席になっていた作品。頭韻があるとひいきしたくなるのはなぜだろう。
意味的なところは誌面に書いてあるとおりでつけたすことなし。


滝一本音を呑み込み凍りけり/遊佐徹
→滝とともに滝の音も凍っている。凍っている滝から聞こえない音を聞いているようだ。
「一本」が実は良いのではないか。大きなところからの把握。この滝はいくつもある滝のなかの一本だと。滝が楽器のようにも感じられてきた。



ということで、短歌ひとつに俳句三つでした。
すずきいさむさんという方の短歌が五首載っていて、顔写真や経歴もついている。歌は時事的な内容で、まあ新聞向きといえばそうなんだろう。


オレは今月始めごろからここに出しているが、まだなんにもない。まだ誌面の作品は冬だ。


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mk7911 at 23:35|PermalinkComments(0)

2013年12月05日

お~いお茶を飲んで、俳句を読んだ  ~金魚とアマゾン

お~いお茶を飲んで俳句を読んだ。一般の部Aと一般の部Bがある。40歳未満だとAで、以上だとBになる。そういう分け方があるのか。


第二十四回伊藤園新俳句大賞
一般の部A 大賞

金魚にはなれない黒きスーツ着る (樺山博詞)

→はじめはよくわからなかった。金魚とスーツになんの関係があるのか、さっぱりだった。

金と黒ということ、魚と人ということ、という対比でまず読んでみた。

黒きスーツは労働ということか、あるいは喪ということか。それが「金魚にはなれない」となんか関係あるっぽい。
「なれない」はなりたいが叶わないこと、人として生きるしかないこと。

労働、不自由ということの方がなんかオレにはしっくりきた。金魚みたいにゆらゆらと気ままにはできない。パキッとしたスーツで会社の利益になるように動く・動かされる。

知人の葬儀にでる、みたいな黒スーツだとどうだろう。
→悲しみのあまり金魚になりたい、がなれない。
→自分が死んでも金魚にはなれないのだろう。

金魚=夏祭りの思い出、みたいな読み方もあるか。
→屋台で金魚をすくったあの無邪気な日には戻れない、黒きスーツを来て今日も会社へ行くのだ。

人間ではない何かになりたくなる、しかし人として現実を生きるほかない、というところを軸にして読みたいな。
オレはこれを短歌を読むときと同じ感じで読んでいる。俳句の人ってもっと別な味わい方をするんだろうか。俳句の読み方とは? 俳句もいつかは学んでみたい。




第二十四回伊藤園新俳句大賞 一般の部B 大賞

アマゾンに九十二才の初鏡 (ブラジル・92歳・服部タネ)

→ブラジルに住んでて92歳だ、ということですでに目立つわけだが、その特徴を入れ込んできている。
サッカーで終了間際、負けてるチームの、ディフェンダーはおろかキーパーまで相手陣地に入っていくようなプレイを思い出した。パワープレイっていうんだっけ?

住所がブラジルになってるからこの「アマゾン」はアマゾン川なんだろうと思う。違えばネット通販かもと思ったろう。
「九十二才」は老いた母親かな、とか思うけど「92歳」って書いてあるから本人と読める。

初鏡、がわからなかったが調べたら出てきた。新年最初の鏡に向かっての化粧だそうだ。

アマゾンという、いろんなすごい動物がいそうな川に、すごい動物の中のひとつとして人間の九十二才が顔を映して化粧している。そんなブラジルの新年の風景である。
そう考えるとかなり面白い。そして、そのすごいアマゾンの生き物みずからの作った俳句である。


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mk7911 at 20:36|PermalinkComments(1)

2012年02月13日

小学校から高校までの短歌・俳句・川柳の思い出

小学校時代


小学校の頃に俳句の授業があった。みんな自然を描写してた。
オレだけ「夏休みアイス食べ過ぎ腹こわす」っていう句で苦笑いされてた。オレにとってはそれこそが季節を感じるってことなんだよ。真実なんだよ。みんな季節の花や鳥を本当に見てんのかよ。みんな嘘つきだ、敵だ、って思った。

まあちょっとはウケも狙ってたけどさ。
普段ふざけてるやつが授業になったら秋の空にカラスが飛んだとかそんな俳句読んでて「オエッ何それ」って思ったのは強烈に覚えてる。





中学校時代


中学校になったら短歌が授業で出てきたけど、授業で習った短歌は覚えてない。当時のオレの作品はこれ。 
開校日生徒にしてみりゃタダ休み 明日何して遊ぼうかなあ 

この頃から性格悪くなってたな。



100枚のルーズリーフを買ったけど使う用事がなかなか無いよ

っていう短歌も中3で作ったなあ。帰りの会で披露したらウケてたよ。気持ち良かった。教科ごとにノートがあったらルーズリーフの使い道がないんだよ。そのへんの事情がクラスのみんなには通じたんだな。



中学校でも俳句やった。真っ白な雪に足あとつけてやれ
っていうのを作ったら先生に「つけてやろ」の方がかわいいからそうしなさいと言われた。確かにそうかも。





高校生時代


高校3年でまた俳句が出てきたんだけど、今度は「おーいお茶」か何かの入選作品を授業で見せられた。その中に
ベートーベンにらんでばかりおそろしい
っていうのがあって、「こんな当たり前なことでも作品になるのか」と思った。でも今見ると、これは作れそうで作れないよ。

『ベートーベンにらんでばかりおそろしい』
「ばかり」って言葉から、このベートーベンの絵を何度も何度も見たことがうかがわれる。そしておそろしさを感じてるところに感受性の強さも見える。おそろしいとまでは感じないじゃん普通は。だからさりげなく非凡な川柳だと思う。




で、そのおーいお茶のコンテストに応募する作品を高3の授業で書かされた。その時オレが作ったのは 
夕闇に借金取りがドアを蹴る 

親がヤバいところから借りてて、オレは恐い思いをしてた。実際はドアは蹴らなかったから、無意識に脚色してたんだな。



学生のころの短歌・俳句の思い出はだいたいそんなもんだ。
中学の国語の先生がオレの作風を「全てをせせら笑っている」と評したのが印象に残っている。 





 



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mk7911 at 11:46|PermalinkComments(0)