明石海人

2014年09月25日

小高賢編著『近代短歌の鑑賞77』を読む【14】66-70  ~筏井嘉一、明石海人ほか

66人目、中村正爾(なかむらしょうじ)
白秋系とある。当時としては新しい素材で歌を作った。


あらはなる駝鳥のくびのいただきに眼がありこちら見てゐたりけり/中村正爾「春の音階」未刊

つぎつぎに流れながらう昼の海の大き水母(くらげ)のうち歪(ゆが)む顔/中村正爾「春の音階」未刊

→たしかに、珍しい生き物の歌。
くびのいただきに眼があるとか、くらげの顔が歪んでいるとか、ちょっとした捉え方がある。


音なべてしづみ果てたる山の夜や聴けば聴かゆる地球自転の音/中村正爾「海港」未刊



67人目、高田浪吉。(たかた なみきち)
「川波」創刊。土屋文明との論争。


人ごゑも絶えはてにけり家(いへ)焼(や)くる炎(ほのほ)のなかに日は沈みつつ/高田浪吉『川波』
→関東大震災。炎のなかに日が沈むとは印象的だ。


わが父の釣(つり)する夢を見たりけり動かぬ鯉のいくつも釣れぬ/高田浪吉『砂浜』


檻(おり)の中に猿のうごくを面白がるわが子とをりて寒くてならず/高田浪吉『家竝』




68人目、筏井嘉一(いかだい かいち)
白秋に師事。「創生」主宰。『新風十人』参加。生活歌人、庶民の現実。

兵おくる万歳のこゑあがるまは悲壮に過ぎて息(いき)のくるしゑ/筏井嘉一『荒栲』


荒るるまま世界荒れよとつひにおもふ秩序といふも戦禍ありて後(のち)/筏井嘉一『荒栲』


家(うち)へ帰るただそれだけがたのしみにてまた一日(いちにち)の勤めをはれり/筏井嘉一『荒栲』

→オレもそういうところあるなあ。当たり前すぎるように思うけど、そうじゃない人もいるんだろうなあ。
職場では言えないことだ。


いまここにわれといふもの息づけりただそれだけとおもひけるかも/筏井嘉一『荒栲』

ほとんど自然や季節のことが出てこなくて、人間とその生き方に内容が集中している。



69人目、穂積忠(ほづみ きよし)
白秋と迢空の影響。

さびしくてひとりほほゑむ。子らをらぬ校庭にまりの ころがるみれば/穂積忠『叢』
→さびしくてほほえんでいるというのが独特だ。そのほほえみこそがさびしそうだ。
このころは学校でまりつきする子がいたんだね。今ならサッカーボールでも転がっていそうだが、まりの感じとは違うねやはり。


答なりてひとむきに手を挙げし子の背(せな)の陽炎をわれは観てをり/穂積忠『雪祭』



70人目、明石海人(あかし かいじん)。ハンセン病。
総合誌の特集で知ってた。


妻は母に母は父に言ふわが病襖へだててその声をきく/明石海人『白描』


鳴き交すこゑ聴きをれば雀らの一つ一つが別のこと言ふ/明石海人『白描』

→「別のこと言ふ」がいい。声が違うとか、鳴き方の調子が違うとかではない。内容にまで踏み込んでいる。


この空にいかなる太陽のかがやかばわが眼にひらく花々ならむ/明石海人『白描』
→という歌の少しあとに

この空にいかな太陽のかがやかけばわが眼(め)にひらく花花あらむ

というのもある。どっちか一つでいいと思った。



つづく。


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mk7911 at 20:51|PermalinkComments(1)

2014年01月16日

{短歌の本読む 17} 「『短歌』創刊一九四五年ベストセレクション」  ~眼から耳から蛆のはひ出づ、ほか

角川「短歌」1月号に付録でついてきた、創刊の年に発表された小論などを選んでまとめて収録したのが「『短歌』創刊一九四五年ベストセレクション」。130ページほどある。


創刊のころから小さなカットをいれていたんだなあとか、漢字が古いなあとか、字がぎっしりしているなあと思う。

変な話だが、戦後なんだなと思った。たとえば今年で東日本大震災から三年になるが、この「短歌」創刊のころは戦争が終わって十年もたってないわけでしょう。戦争が共通の記憶になっているのを感じた。特に原爆歌集についての部分。みんなよく覚えているのがわかる。


兵隊さん鏡を見せてと云う女の眼から耳から蛆のはひ出づ/橋本桃村

大き骨は先生ならむそのそばに小さきあたまの骨あつまれり/正田篠枝


というような歌を読むと、はだしのゲンで見たようなのが本当にあったことなのだと感じる。

九年経し今も尚ガラス片が母の額でぎちぎちと鳴る/杉田はつよ




「職場短歌の諸問題」「勤労女性の歌ごえ」は引用された作品の程度が高くない、特に後者は低いと思う。労働者が短歌を作り発表する、ということそのものに価値が置かれているからこうなるのだろう。そういうことに価値がおかれていた、動きとしてそういうものがあった、ということ自体初めて知った。




明石海人という人は名前を聞いたことある程度でほとんど知らなかったんだが、大悟法利雄「明石海人の歌」を読んでよくわかった。
失明し、手足の感覚がなくなり、呼吸も困難になっていったという。おそろしい状況だ。


拭へども拭へども去らぬ眼のくもり物言ひさして聲を呑みたり/明石海人

鼻ありて鼻より呼吸のかよふこそこよなき幸(さち)の一つなるらし/明石海人


昨日は筋ジストロフィーの方の五行歌を紹介したが、そういうのが続いている。背景の強さ・作品以外の部分の力に警戒しつつも、引っぱりこまれる。


そんなところで、この本についてはアッサリと終わる。


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mk7911 at 23:27|PermalinkComments(0)