書籍

2018年10月01日

西野亮廣『魔法のコンパス』を読んだ

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西野亮廣さんの『魔法のコンパス』読んだ。
この人については遠くから聞こえる悪評や揶揄しか知らなかったんだけど、いやはやすごい人なんだなという感想。人間のスケールの大きさみたいなのが違いすぎる。


別世界の人を見てるみたい。すごく発想がゆたかで。何言ってるんだというところもあるけど、それも含めてまるで神話みたい。町をつくるって。
この本が「魔法のコンパス」になるとかじゃなくて、西野さんが特別に魔法のコンパスを持っているということなのだろう。

それでも、せっかく買ったので何か参考にしたいところだ。



以下、おもしろかったところ。
向かい風を追い風にして進む「ヨットの理論」。
1日50円でなんでもするホームレスの成功話。
一万時間かければ100人に1人のレベルになれる、それを三つもち、三辺を離れた場所におくことで三角が大きくなる。


「お金で情報の吸収力を買っている」。
旅行パンフレットを例にしての、ネタバレしているものにしか人は反応しないという話。
その手があったかのアイデアはきっとどこかに埋まっているという前提で考える。
パクリの線引きは「面白いか、おもしろくないか」

クオリティーはそのままで距離感を縮めて欲しいと願うのがファン心理。
距離感を縮めるとは→オフを見せる、なんらかの形で客が参加する
自虐ネタを提供する「ハズレしかないおみくじ」


▼▼▼



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角川「短歌」2018年9月号の荻原裕幸さんの歌壇時評の感想すこし
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「短歌研究」2018年9月号・短歌研究新人賞のことを思うぞんぶんに書く【1】
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「短歌研究」2018年9月号・短歌研究新人賞のことを思うぞんぶんに書く【2】
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「短歌研究」2018年9月号・短歌研究新人賞のことを思うぞんぶんに書く【3】
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2018年08月17日

{短歌の本読む 115} 「Sister On a Water vol.1」

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「Sister on a water」vol.1を読みました。
2018年6月。64ページほどあって、服部真里子さんが特集されている。


詩が巻頭に掲載されている。
オレは詩は苦手です。読んでもわかんない。以前『現代詩手帖』に自分の短歌が載ったことがあって、一冊買った。それが年末号で、その年の詩がたくさん載っていた。140くらいある詩を何日かかけてすべて読んで、おもしろく感じたのは4つくらいだった。



石松佳さんの詩もオレにはそんなによくわかんないわけだけど、ところどころ気持ちの良いところがあって、いいなと思いながら読んだ。

「スラは食事を終えると夕立の気分に襲われて」が特によかったかな。
「スラは目を閉じ、花の名前に溺れるのを感覚した。」
「スラは油絵のように孤独だったので、うわべだけの炎に頻繁に惹かれた。」
「瞑想的な水差し」

とか。
それがオレの「ところどころ気持ちの良いところ」でした。







海蛇が海の深みをゆくように オレンジが夜売られるように/服部真里子

ひまわりの茎には銀が流れるとたったひとりに告げて夜を発つ/服部真里子


喜多昭夫さんが服部さんの歌を選んだページで二首に丸をつけた。別々の歌だが、こうして抜き出してみると似ている。
つまり、見えないところを動いているものたちの歌だ。海の底だったり、茎の内側だったり、夜だったり、そういう見えないところで動いているものの歌に魅力を感じた。







年譜がある。服部さんご本人によるものだ。
こういうのを見るときのオレっていうのは、この人はどこからどうやって頭角をあらわしたかなーっていうのを見たいわけです。興味がそこにあるのです。
短歌をはじめてどれくらいで何を受賞したかとか、歌集をだすタイミングとか、そのあたりを中心に見ます。それで、年月がかかってると好感をもったりします。オレも焦らなくていいんだなという気持ちになるからです。年譜を自分に重ねてみるわけです。

服部さんは2007年に新人賞への投稿をはじめて2013年に受賞している。七年目。
オレはどうかなーと重ねてみると、2012年に新人賞に出し始めて今年が2018年。七年目。ほう。
未来賞と新人賞の時期が近いのも似てるなあ。

服部さんは賞の翌年に第一歌集を出している。新人賞を受賞すると、そろそろ歌集、ってなりますよねえ。ここはオレは似ない気がする。
受賞と同じくらいの時期に歌集出してる人をみると、勢いあっていいなあと思う。

……他人の年譜を自分にかさねるのって、馴れ馴れしいようで、申し訳ない感覚になる。でもそれをせずにはいられない。
それくらいの年齢のころの自分はどうだっただろう、これくらいの年齢になるころに自分はどうなっているだろう。そう考えながら読むのです。


そんな感じでこの本おわり。






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2018年6月のオレの短歌とその余談
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2018年7月のオレの短歌とその余談
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もっと賞の話がしたい!/オレの企み
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第57回短歌研究新人賞候補作「仙台に雪が降る」全30首
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2018年06月12日

鹿島茂『悪の箴言(マクシム) 耳をふさぎたくなる270の言葉』を読んだ

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鹿島茂さんの『悪の箴言(マクシム) 耳をふさぎたくなる270の言葉』っていう本を読みました。



ラ・ロシュフーコーとかラ・ブリュイエールとかパスカルとかの言葉を引きながら解説している本です。「悪」とか「耳をふさぎたくなる」という感じはしなかったな。そう書いてあるから手にとってみたくなったんだけども。



箴言(マクシム)って、主語が「私」や「あなた」や「彼」「彼女」じゃなくて「人」じゃなければいけないというのがおもしろい。きびしい。
それでいながら、ラ・ロシュフコーが恋愛について語った言葉がラ・ロシュフコー個人の恋のエピソードから読み解かれてしまう。



いくつか引いてみましょう。



パスカル「わたしたちはひどく思いあがった存在だから、全世界の人から知られるようになりたい、いや、自分たちがこの世から消えたあとでさえ、未来の人に知られたいと思っている。それでいながら、自分の周囲の五、六人の人から尊敬を集まれば、それで喜び、満足してしまうほどに空しい存在なのだ」



ラ・ロシュフーコー「自分について語りたいという欲望、ただし、自分の欠点を人に見せてもいいと思う面から見せたいという欲望が、われわれの率直さの大部分を占めている」

そうなんだよな。思えばオレの率直さもそういうものだ。率直さが欲望からできている。



オレは嫉妬とか承認欲求がとても強くなったり、そのことで自己嫌悪になったりするんだけど、そのあたりのことについて書いてあり、ありがたかった。
シオラン「たしかなのは、私たちの本性に内在する自己拡大の原理が、他人の功績をまるで私たちの功績への侵害であるかのように、絶えざる挑発行為であるかのように見せるということである。」

「はっきりいってしまえば、すべての同時代者はいまわしいのである。私たちは死者の優越性は仕方なしにみとめても、生者のそれをみとめることは決してない」

「妬みが去ってしまえば、君は一匹の虫けらに、馬の骨に、亡霊に、さらには病人になりさがる。妬みに支えられているかぎり、自尊心の衰弱は癒され、君の利己心は監督され、無感覚は克服され、かずかずの奇跡が発現されるであろう」



ラ・ロシュフーコー「最も無能な人にとっての最大の能力は、他人のよい指導に従うことができる能力である」


そういう言葉に印をつけました。



自分以外にもたくさん嫉妬してる人はいる、誉められたがっている人はいる、ということを読むと気持ちが安定してくる気がします。「こんなに心が卑しいのはオレだけなんじゃないか」と思ってしまうのかもしれません。



ゼロ・サム・ゲームという言葉を覚えました。
「他人の栄光・幸福と自分の栄光・幸福という二つのファクターは得失の合計が常にゼロとなるゼロ・サム・ゲームの関係にあり、他人の栄光・幸福が減れば、その分、自分の栄光・幸福が増えたかのような錯覚を覚える構造になっているのです」本文より

このなかの「錯覚を覚える構造になっているのです」がありがたいんです。錯覚だと言ってほしかったんだと思います。得に他人の栄光・幸福が増えてるように見えるときに。



この本のなかに「ドーダする」という言い回しがたくさん出てきます。もっと汚くくだけた言い方で言うと「ドヤる」ってところでしょうか。「マウント」とはちょっと違うんですよねえ。それにあたる広くつかわれる言葉が日本語にはないのが気になります。



シオラン「ある種の賢者、ある種の狂人、一例がマルクス・アウレリウスや暴君ネロンのごときに知ってもらえないとなれば、世に知られるといったとて一体それが何ごとだろう」



むかしテレビで見たんですけど、ある種のマッサージを受けて「痛い」と感じる人は症状が軽くて「気持ちいい」と感じる人は症状が重いんだそうです。
オレにとってこの「耳をふさぎたくなる270の言葉」は痛くはなくて気持ちいいものでした。

以上です。
んじゃまた。




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2018年5月のオレの短歌とその余談
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未来賞をいただいて、いま書きたいこと
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第57回短歌研究新人賞候補作「仙台に雪が降る」全30首
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2018年01月06日

保坂和志『途方に暮れて、人生論』を読んだ

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保坂和志『途方に暮れて、人生論』を読んだ。
草思社、2006年。



印をつけたのは以下のような部分。



一年前の自分が立てた課題に一年間縛られているとしたら、その人は一年間成長していないことにならないか? 未来というのが本当に未知の領域なら、「目標」という狭苦しい概念で規定してしまってはいけないのだ。 何か課題を設定して自分を縛ることは自分を楽にすることだ、ということに気がついてほしい。

何も現実的な課題を設定せずに今の状態にどっぷり浸って、漠然としたことばかりを考える。この不安さ、不安定さは、小説に限らず、創作や表現にかかわることをしたい人は絶対に、何年間かは経験しておかなければならない状態だと思う。なにしろ、何かを創ったり表現したりするかぎり、不安や不安定から逃れることはできないのだから。



芸術を芸術たらしめているものは、言葉で説明できるテクニックではないのだ。そこには必ず不安定さがあり、その不安定さに触れようとする緊張感が──感性以上に──思考力を育てる。



私はすでに十数年、小説家としてやってきたけれど、信じられるのは〈あやふやさ〉や〈よるべなさ〉しかないと思う。



知識・教養というのは最終的に、他人(ひと)から褒められるなど望まないようにその人を変えてゆく。他人から褒められるとか貶(けな)されるとかそんなことはどうでもよくて、際限のない知識の世界にその人を引き摺り込むものなのだ。



プロというのは経験を頼りに、ためらわずすらすら仕上げてしまうような人間のことではなく、戸惑い途方に暮れるようなやり方を自分から引き受けられる人間のことだとも思っている。





なんだか、不安定さに関する言葉ばかり拾っている。こんなに安定して楽をしたい、褒められたい自分であるというのに。だからこそか?

なにかが上手いとか下手じゃなくて、人間としての底のところで到底かなわないなあと思う。おそれつつ読んでいる。




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お読みいただきありがとうございました。
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2018年の目標を立てた  ~ずるずるずるずるの話
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バリウムを初めて飲んできたんだけど、その話をします
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去年の角川短歌賞の予選通過作品 50首|note(ノート)
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2017年06月09日

安福望・柳本々々『きょうごめん行けないんだ』を読む  ~恥ずかしくて手をひっこめる、ほか

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初めてAmazonを使って買い物した。商品が届いた。ふつうに日本郵便さんで届いた。
ネット通販に抵抗あって今まで使わなかったけど、手続きが書類からネットでの入力になっただけで、べつに抵抗を感じるほどのものではなかった。

買ったのは、
安福望×柳本々々 会話辞典『きょうごめん行けないんだ』
「食パンとペン」というところから出ている。

これにオレの短歌に関係したことが書いてあると聞いたので買った。1200円の本に「お急ぎ便」と「代引き手数料」を乗せて1980円。

どんな本かというと変わった本で、文字通り「会話辞典」だ。ツイッターのDMでのやり取りに、辞典の項目のような小さいタイトルがついて五十音順にならんでいる。
どうやら長い会話から切り取られていて、「だから」とか「うん」から始まっている項目もある。

対談みたいだけどもっとゆるくて、句読点があったりなかったり、同じ言葉が漢字表記だったりひらがな表記だったりする。
ところどころに柳本さんのエッセイがはさまっている。安福さんのイラストは表紙以外すべて白黒で、サイズもだいたい小さい。

はじめは、なんでこの二人なんだろうと思った。安福さんと組むのが、なんで岡野さんでも木下さんでもなく柳本さんなのかと。
まあそれは説明もされてないしこっちで推測もできないけど、二人の会話は読んでいて気持ちがいい。おだやかで、しかし発見がある。

思い出してみれば「かばん」2016年12月号の特集に、このお二人の対談が掲載されていた。それの超拡大版と言うこともできようか。

270ページあり、それを楽しく最後まで読めた。

柳本さんって何者なのかいまいちよくわからない人だったが、この本には生い立ちに関係して書いてある。新潟で育ったとか、高校がどうとか。







で、オレの短歌に関するくだりなんだけど。193ページにある。
てっきり二行か三行くらい触れられてるくらいだと思っていたら、2分の1ページも語っていただいていた。14行×22字。

柳本「ぼくは工藤吉生さんの短歌で火に触れて恥ずかしくて手をひっこめる歌が好きなんですね」

からそれは始まる。ここで「ちょっと待ってください」と二度言いたくなる。まず一度目は、その短歌がこの本のどこにも正しく引用されていないのだ。二度目は、あれってそういう歌だっけ。

その「火に触れて恥ずかしくて手をひっこめる歌」とはこれのことだ。


生命を恥じるとりわけ火に触れた指を即座に引っ込めるとき/工藤吉生


「NHK短歌」の年間大賞になった歌だ。NHKとの関係で載せられないのかな、と思った。
が、しかし、ほかの短歌もだいぶそうなっているので、この本はそういう本なんだろう。短歌に関していろいろ語られているが、正確に引用されている歌は柳本さんと岡野さんの合わせて数首だけのようだ。


この本のやり取りには「ご存じない方のために紹介しますと、この歌は──」というような注が一切ない。DMだから、二人が共通して知っていることなら省略される。


二つ目の「ちょっと待ってください」は、
『生命を恥じるとりわけ火に触れた指を即座に引っ込めるとき』
というオレの短歌が「火に触れて恥ずかしくて手をひっこめる歌」とされているところ。そう読まれたのが驚きだった。そう読めるのか考えた。

「火に触れて恥ずかしく」なるってどんな感覚だろうか。そんなふうになります? オレにはちょっと何言ってるかわからない。引っ込めるときに恥ずかしくなるんであって、恥ずかしくて引っ込めるんじゃないと思うんだがなあ。
恥ずかしくなったときにはもう手を引いているというつもりだった。

あんまり自注すると歌がつまんなくなるのかもしれないけど、だったらオレという一読者の「読み」ということにできればしたいけど、
これは「アチチーッ!!」ってすごいスピードで火から手を引くのが、命ってもののとりわけ恥ずかしいところだって言ってるんだよ。


でもこれら二つの引っ掛かりについてはオレはこの本を信頼したいと思っている。スペースが空いてるんだからほんとはちゃんと引いてほしかったけども。
こんなに色々深くものを考える人の考えなんだから、それでもいいのかなって。
歌の覚え方がアバウトなところにこの本のリアルがあるのかなと。
「評論」なら正確な引用が必要だが、これは「会話」だから。







ところで、ドラえもんのなにかの映画の原作にこんな場面がある。
映画のキャラが光線銃で木を狙い撃つ、すると木に命中する。のび太達が「すごい」と言うと「となりの木を狙ったのよ」と言う。
短歌はそういうことが多い気がする。

この例え話は曖昧な記憶で書いた。気になったので調べた。オレが言いたかったのは宇宙開拓史の48分10秒の場面。消されそうな動画だけど。

"多 A夢 叮  大雄的宇宙開拓史 (1981年版本) 日語,中字 藍光版"
https://youtu.be/WDnyJDoYbWQ

原作を確認しようとしたら、持ってなかった。買った記憶はあるんだけどなあ。



まあとにかく、まぐれ当たりばっかりにならないように表現を磨いていかなきゃいけない。これを「偶然でも当たったんだからいいじゃん」ということにしてしまったら、一発の弾を大切にできる自信がないもん。てきとうに撃てばいいやってことになってしまう。
NHKの年間大賞の歌も、オレが命中させたのは隣の木かもしれないと思うと、歌って難しいなーと思いますね。



そのあとは
「近代的な私性を感じたんです」
「工藤さんは近代短歌をある意味とても正しく引き受けているような気もするんですよ」

と柳本さんは言っている。なんか褒められてるみたいだが、オレに私性のことはあんまりよくわからない。オレはできることをしてるだけ。でもなんかありがとうございます。








「きょうごめん行けないんだ」にはおもしろいことがいろいろ書いてある。線を引いたところをちょっとご紹介します。


柳本「感想を書くって、うろうろする行為だし」
柳本「うろうろって方向性のない行為ですよね。それもちょっとおもしろい。」



柳本「なにか長いあてのない宿命がはじまったら青春って終わるんですよ。青春の対義語は、宿命です。」



柳本「質問するひとって、答えももってやってくるんですよ。」
柳本「質問って答えをしらないとできないんですよね」
柳本「じぶんだけではひっぱりだせないものってあるんですよねしってても」



柳本「成長って、グラデーションみたいに連続したものじゃなくて、あるとき切断して、ふっと次のステージにむかうんじゃないかとおもって。」



柳本「ねたみは想像ですね。ないんですよ、ねたむものってじつは。知らないからねためるっていう。」
柳本「当事者は別の問題をたくさんかかえてますから。だから純粋な投影ですよね。そこだけしかないピュアな。」





会話からはそんな感じ。




柳本さんの出してくる小説や映画や漫画の名前が、オレの知らないものばかりだった。小説や映画や漫画に、未知の領域が広々とあるんだなと思った。









『きょうごめん行けないんだ』のなかで柳本さんは、木下さんの「鯛飯タイムマシン」を「たこめしたいむましん」と間違って記憶していたことに関して

「じぶんをとおさないと間違いってでてこないんですよね」
「その場にいるからこそ間違いっておこるんです」

と書いている。


オレなら、間違えたら恥ずかしくなってすぐ直してごめんなさいしちゃう。間違える→間違いは悪→直すべき、っていうふうにしか考えない。
だけど、柳本さんはそうならない。そこから考える。「考える」って言葉がよく出てくる本で、この人はほんとによく考えている。
何に関してもそうで、変わった人だなと思うよ。でも、考えぬいてわかることもたくさんあるんだなーと感じる本だった。
以上です。



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2017年05月19日

〈結社誌読む 97〉 『合歓』76号  ~手品師の大きな耳、ほか

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「合歓の会」の歌誌『合歓』76号を読む機会がありました。年に四回出ていて、平成四年創刊。
短歌研究の年鑑には「合歓」は「加藤克巳系」とある。80ページで60名ほどが参加。発行人は久々湊盈子さん。



カップ麺に極薄の具の混じるあり疣があるから蛸と思うが/中原弘『マグカップ』
→変わり果てた姿でカップ麺に入っている蛸を見ている歌。極薄になってもイボで判別されている。



内藤明さんのインタビューがある。

寛容か無節操かと考へてゐるうちわれはねむりたるらし/内藤明

久々湊さんは何人もの歌人にインタビューしていて、それがまとまった本も出ているということだ。



おしっこの敷布おしっこの敷き布団おしっこの毛布おしっこの父/浜名理香「どっちも笑え」
→招待作品。
介護の一連……というわけでもなく、いろんなことが詠まれている。前半でひとり暮らしの父を訪れている。
おしっこが付着すると何もかもが「おしっこの○○」になってしまう。



手品師の大きな耳を買い求め終日遊ぶ囁く風と/桑名知華子「シンプルな世界」
→マギー審司がやる「大きくなっちゃった!」だ。最近見てないな。あの耳、売ってるんだね。いわゆるパーティーグッズってやつだな。
「終日遊ぶ囁く風と」がつつましい。マギー審司はあの耳を、人をびっくりさせるような使い方をするが、そういうのではない。大きな耳なら風の音もよく聞こえそうだ。




神さま、とつぶやいたこと二度ありぬ 唇(くち)まで布団を持ちあげおもふ/米川千嘉子『吹雪の水族館』

冷房はむかし小滝のそよぐごといま鳥肌を立てて耐えをり/米川千嘉子『吹雪の水族館』

→歌集評から。そのほかにも『合歓』には歌集について書かれたページが多くある。




八本足順序不同に逃げ急ぐ釣られし大蛸甲板の上/渡辺貴栄「明治神宮」
→会員のなかではこの方の歌が一番よかった。ほかにもいい歌が多い。
「順序不同」がいい。



坂を下る君のからだが半分まで消えて巷の灯が点き初めぬ/渡辺タミエ「一汁ゼロ菜」



この本おわり。
連載があり、エッセイがあり、大きめの連作があり、題詠があり、いろんなページがある。
ほかの結社との交流がさかんな印象だ。インタビューもそうだし、招待作品もあるし、歌集評も丁寧だし、特別寄稿もある。

以上です。
んじゃまた。




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2017年04月13日

《歌集読む 89》 尼崎武『新しい猫背の星』  ~だけどカオスを司る神である、ほか

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尼崎武『新しい猫背の星』を読んだ。書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズの一冊。2017年3月。
インターネットで「あみー」という名前で活動していた作者の第一歌集。


密室のような気がする観覧車 遠くからでもはっきり見える/尼崎武『新しい猫背の星』

サイダーの中に無数の泡があり泡の中にはサイダーはない/尼崎武『新しい猫背の星』

→ものをするどく捉えた歌を二首。
観覧車の歌。遠くからでもはっきり見えることで、密室のあやしさは増していると思う。
サイダーの歌は、サイダーと泡をなにか別のものに置き換えることもできそうだが、特にこれといって思い当たらない。サイダーはこの歌集に何度も出てくる。



まっさらな乙女心はヘッヘッヘッ練れば練るほど色が変わって/尼崎武『新しい猫背の星』
→うまい!テーレッテレー
って、あのコマーシャルは長いあいだやってたな。あのおばあさんはまだ生きてるんだろうか。
乙女心って言葉はなんかアレだが、古いコマーシャルと合わさるとそんなに気にならない。ずいぶん邪悪な「ヘッヘッヘッ」になったな。



補助輪のように支えていつの日か必要とされなくなるなんて/尼崎武『新しい猫背の星』
→補助輪って言葉が、まだ自転車に乗れない子供の頃の記憶を引き連れてくる。親と自転車に乗る練習をしたなあとか。
補助輪に感謝したこともないし、どこへやったかもう覚えていない。親もそういうものなのか。



おとうさんスイッチの「お」を連打する息子と怒りまくるお父さん/尼崎武『新しい猫背の星』
→「おとうさんスイッチ」はNHKの「ピタゴラスイッチ」の中のコーナーだったな。親子がテレビを意識してか少々ぎこちなく遊ぶコーナーで、独特な空気があった。
「お」は「おこる」だったんだね。怒りまくってるけどそれは息子の言いなりになった結果であり、息子もおそらく面白がっている。



待合室 みんな一斉に顔を上げていい部屋ネットのCMを見た/尼崎武『新しい猫背の星』
→「一斉に」見るほどおもしろいものでもないが、待合室はおそらく「いい部屋」じゃなかったんだろう。
チャンネル争いをすることがだんだん少なくなってきた今、みんなで同じテレビを見る部屋として待合室がある。



半分は冗談だけどあなたにはもう半分をわかってほしい/尼崎武『新しい猫背の星』



かおちゃんはねかおりっていうんだほんとはね だけどカオスを司る神である/尼崎武『新しい猫背の星』

→童謡が下敷きになっている。カオスを司る神のほんとうの名前が「かおり」なのだな。意外だなあ。ついでに一人称が「かおちゃん」だったりするのか。バナナは半分しか食べられなくて。
小さい女の子と思ったものが突然はかりしれない大きなものに化けるのがおもしろい。「である」もいい。



坂道をゆっくりゆっくり下ってく ブレーキいっぱい握りしめても/尼崎武『新しい猫背の星』
→ゆずの「夏色」の歌詞をちょっとだけ入れ替えて切り抜くと、意外な一面が見えてくる。
いっぱいに握りしめても止まらないのだから、このブレーキは壊れてるんじゃないか? 危ない。
「君を自転車の後ろに乗せて」が省略されたので、自転車じゃない可能性もわずかにでてくる。



殴られたような気がして振り向くと花火が見える ビルのすきまから/尼崎武『新しい猫背の星』
→花火の上がるときの音が、殴るときのボコッとかガスッて音に聞こえたのか。いや、それだとつまんないか。花火そのものの特別な力が衝撃を持っていて、それによって振り向いたんだと読みたい。
「ビルのすきまから」をどう読むか。そのまま読んでも絵になる。



黒地に白文字のページがある。このあたりの歌は暗いのかと思ったら、まぶしい明るい光の歌がならんでいたのが印象的だった。



オレと同じ世代ということもあり、元ネタのあるものはだいたい分かったうえで読めた、はずだ。


この本はこれで終わります。
んじゃまた。



▼▼




短歌と公募と賞金のこと|mk7911|note(ノート)https://note.mu/mk7911/n/n47a017bcce69

2017年3月に発表した/掲載された短歌といただいた選評まとめ|mk7911|note(ノート)https://note.mu/mk7911/n/n1dba7a62c361

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2017年04月08日

{短歌の本読む 100} 「短歌生活」第8回角川全国短歌大賞作品集

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短歌生活8号。角川全国短歌大会の作品集。
あいかわらず「永久保存版」と書いてある。うーん。

予選通過作品と、名前を知ってる人の作品を読んだ。



思い切り筆圧強く治るよと書きたるはがき出せず三日目/木下のりみ
題詠のテーマが今回は「書」。
→筆圧の強さに病気の相手を元気づけたい気持ちが感じられるが、出せずにいて、心のゆらぎがある。三日たってもそのはがきのことを考えていて、迷いが深い。



われと似る顔に触れればいつかわが産みし気のする病床の父/石橋佳の子



“甘酸っぱい出会い”が無いと高校生語りつつ過ぐ初夏の道なり/岡崎志昴

→それぐらいの頃にしか言えない言葉だな。
青春っぽいことをしなきゃという焦りがあった、ような気もする。



だしぬけにぬかみそのこときいてきてわたしの銀河グゴッと揺れた/嫉妬林檎
→ぬかみそのことなんか言わないような人からそれを言われて動揺したということか。ぬかみそから銀河へ大きく飛躍する。オノマトペがおもしろい。
「だし」と「みそ」のつながりとか、「銀河」と「グゴッ」の音の近さとか、意図されてはいないかもしれないが、こまかいところもおもしろく読んだ。



散り蓮華、池に浮べて放解化…は…嗤うたそがれ…人を身変りにして……!!/鈴木城頭土
→この「短歌生活」でしか作品をみかけない人だ。いつも予選通過できずにいるようだが、まったく個性的で毎年気にして見ている。いつ見ても北斗の拳のキャラの死に際の台詞みたいだ。



明け方のジャングルジムはジャングルであろうと呼吸をしている注意/羽根
→最後に置かれた「注意」が効果的で、このジャングルジムはやばそうだなと思った。



カレンダーを一枚めくるもう二月私は何をしたのだろうか/小野久子
→もう四月だなあ。二月になるときに感じたことを四月になる今また感じる。



蝋のいろに変わりてしまいたる吾子よ棺を閉ずるまでを抱きいて/原佳子



学校に行きたくないという子の前でアイスコーヒー薄くなりゆく/吉岡嘉浩

→氷がとけて薄くなるアイスコーヒーが、時間の経過をしめしている。口をつけられることもない。場面がよくわからないが、朝の食卓だと思って読んだ。あるいは面談でもしているのか。



あみだくじ負けてホルンを抱へけり弱小野球部応援席に/藪内眞由美



「阪神の敗戦」という項目も書き加えたしストレスチェック/左藤俊弘




以上であります。
オレは自由題が佳作で、題詠は予選通過まででした。

自由題
紙きれを千円にするマジックがとりわけ客の興味をひいた/工藤吉生

題詠
あぶないよ!!などと書かれて一周をフェンスの囲む池のさびしさ/工藤吉生






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2017年01月20日

保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』メモ

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保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』

草思社。1400円。2003年。220ページ。


いつものように抜粋。数字はページ数。()内はオレの感想。


12
小説とは、“個”が立ち上がるものだということだ。べつな言い方をすれば、社会化されている人間のなかにある社会化されていない部分をいかに言語化するかということで、その社会化されていない部分は、普段の生活ではマイナスになったり、他人からは怪訝な顔をされたりするもののことだけれど、小説には絶対に欠かせない。。つまり、小説とは人間に対する圧倒的な肯定なのだ。

(「社会化されていない部分」に傍点。これは短歌でも穂村さんが似たことを言っている。)



13
思い出させることは小説だけでなく、すべての表現の力だ。思い出すこと、忘れないこと、見えなかったものを見えるようにすることには、それだけで意味があるはずだと私は思う。


20
そもそもの話、べつに私が書かなくても、すでに小説はあるわけで、その上で、いったい私は何を書けばいいのかという疑問もわいてくる(こういう疑問というか“ためらい”はとても大事で、そこをその人なりにクリアしないと、小説を書きつづけていくことはできないと思う)。


28
小説を書こうとしている人やすでに何作か書いたことのある人が、よく私にテクニック面での質問をしてくるけれど、そういうとき私は「あなたが技術や手法について誰かに訊くたびに小説はあなたから離れていく」と答えることにしている。

29
「テクニックなんか関係ない」と言いながら、嫌でも出てきてしまうのがテクニックというものの落とし穴で、テクニックから自由になることのほうがよっぽど難しい。


31
最初の一作のために全力を注ぎ込んだ人には、二作目がある。しかし、力を出し惜しんで、第一作を書きながら二作目のネタを残しておいた人には、二作目どころか第一作すらない。

全力で小説を書くことで、その人が成長するからだ。



33
本当の意味の「新人」というのは、小説の世界に何か新しいことを持ち込めた人のことだ。


71
ここで言う「技量」というのは、単純な「技術」「テクニック」のことではなく、書こうとすることが思いどおりに書けなくても簡単に投げ出さないで、それに辛抱強く労力や時間を費やしつづけることができるようになるということだ。


87
小学校の頃を思い出してみれば、先生からほめられて喜ばない子どもは一人もいなかったはずだ。ほめられて喜ぶということは、大げさに言えば「善に向かって成長したい」「善を志向している」ということで、それは大人になっても心の底では変わらずにある。


163
まだ小説家としてデビューしていない読者のみなさんは、今のあなたたちのやり方をしていて自分の小説が商業誌に掲載されましたか? せっかく書いたんだからと、自分の書いたものを大事にしていて、それが商業出版に結びつきましたか?
自分の書いたものをせっかく書いたんだからという気持ちでかわいがっていてはダメなのです。小説家となって小説を書きつづけるのだとしたら、一〇〇枚や二〇〇枚の原稿ぐらいいくらでも書けると思えなければダメなのです。

(「せっかく書いたんだから」に傍点。ここは特に耳が痛い。身に覚えがる。)



192
テクニックというのは自分を助けるものではなく、自分を別の次元に連れていくものだと理解する必要があり、その観点でのみテクニックは意味がある。テクニックを身につけると作業が簡単になるというのは、根本的に誤解した芸術観(表現観)だ。


209
手書きの場合、書いていて「これはつまらないな」ということに早く気がつく。手書きというのは、やはり、“労働”で、いまやってる仕事の実感が直接伝わる。“労働”という意味で手書きはたしかに大変なのだが、大変なだけに、書いていることが面白くないと続けられなくなるのだ。


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2016年12月24日

保坂和志『考える練習』メモ

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保坂和志さんの『考える練習』を読んだ。初めて保坂和志さんを読んだ。
対談の、といってもほとんどが保坂さんがしゃべるような形の本。さまざまなことをおしえてくれる。


おもしろくて300ページを一日で読んだ。この人の本をもっと読んでみたい。

創作したものが評価される・されないじゃなくて、つくってる最中の「自分の中になにかが生まれてくる感じ」を信じようという話。これが読めてよかった。

『なんだかんだで最後に頼れるのは、つくっている最中の「自分の中に何かが生まれてくる感じ」しかない。30歳過ぎてだんだん苦しくなってきたっていう人たちも、それがあるならやるしかない。』

保坂さんが気になって、動画をいくつか見たりもした。








以下、抜粋。数字はページ数。


25
「わかった」って断定的に言うことはすごく浅薄で幼稚なことなんだっていう社会的な了解を取りつけなきゃいけないと思うんだけど、世界全体の流れからいえばそんな考え方はどんどんどんどん少数意見になりつつある。でも、「少数意見になりつつあるなら、やめよう」と思うのは全然間違いで、真理は多数決にはないからね。

91
本当の喜びは、人から追いかけられるより自分が追いかけるほうにこそある。

96
ぼく自身、デビュー作の『プレーンソング』を書きだして、どこかの場面ですごく軌道に乗ったときには、これは評価されなくても関係ないと思った。「自分の中で何かが生まれた」と感じたんだ。

98
たとえば自分が尊敬する人がいるなら、作品をその人に送るとか働きかけるとか、そういうことをすればいい。(略)その人にさえ「いい」とか「このまま続けろ」とかって言ってもらえれば、その人はきっと一生続けていける。

114
将棋指しは勝ちたくて指してるわけじゃないんだよね。(略)その奥義を極めたいから強くなりたい。強くならなければ、奥深いことはわからない。

121
小島信夫を読んでない人の言うことってあんまり迫力ないんだよね。

126
「俺にわかるように言え」って言う人たちは、とにかくひとつの答えだけ言えって言っている。だけど文学は、「答えはない」ってことを言っている。

164
リアルだから引き込まれるんじゃなくて、引き込まれることにリアリティがあるっていうこと。いま見ているそのときに説明はつかなくても、そこにはリアルがあるんだよ。

187
観てて一緒に体を動かしたくなるとか、「今度生まれてきたら絶対ダンサーになる」とか思うことがダンスに出会うことで、言葉で理解して整理しても、面白くないというか、そうすることがすでにダンスを殺してるよね。

230
テクニックはできてしまう。問題はその先にある。みんな小説家のことを「言葉のプロ」って言うけどそれは誤解で、小説家は「言葉につまずくプロ」。

243
セザンヌが体を縄で木にくくりつけて描いたみたいに、「こんなことして、誰がわかるんだよ」ってことまでしたからこそわかる人がいる。そういう「誰がわかるんだ」ってことまでしないと、やっぱり伝わらないんだよ。

245
書く人、つくる人が、困難を掻き分けるようにして進んでいく。試行錯誤する。できたものにその試行錯誤はそのままは出てこないけど、読者はその試行錯誤までわかる。読者の像を考えるのであれば、そこで「わかる」って思わなきゃそれは失礼なわけ。

280
一字一句聞くっていうのは意味に変換しないってことだよ。
(略)わかりやすいのは恋愛のときの、自分が愛している相手から聞く言葉。人は意味に変換して記憶する癖があるから、一回は意味にしてその言葉を取るんだけど、でも恋愛している状態だと、やっぱりまた最初の言葉に戻る。
一字一句残る言葉っていうのは、それだけできっと強いんだよ。


289
ツルッと書けば2日で書けるところを気が済むまでやって2週間かかるっていうのは、それは小説家に与えられている権利であると同時に義務でもある。使命でもある。こういう仕事をしている人間が時間を無駄に使わなけりゃ、誰が時間を無駄に使うんだよって。


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