2012年12月08日

さようなら さよなら さらば そうならば そうしなければならないならば/枡野浩一「歌」

さようなら さよなら さらば そうならば そうしなければならないならば/枡野浩一「歌」





→「な」「ら」が歌を貫いている。やわらかい「よ」の音は二句で消え、代わりに「ば」が入ってくる。この「ば」が引き止めるような効果を持っている。だから、最初はきれいな別れのようなのに、言葉を加えるほどに未練がましくなっている。結句では「さ」の音も消え、ぬるぬるねばねばとした響きになっている。別れたくないきもちが強まりこうなっているのだ。

「さらば」は二重の意味で使われている。別れの挨拶であると同時に「そうならば」の意味を持つちょっと古い言い回しとして。

三句が分岐点になっている。初句から三句までは別れの挨拶のバリエーションだ。三句から結句は仮定をあらわす言い回しのバリエーションだ。同じ種類の言葉を三つずつ並べてある。それが全体を通すと物語性を帯びる。

非常に技巧的な歌。技巧なのに技巧っぽく見せないという意味でも。

朝からこの歌が頭からはなれずそのことばかりを考えておった。


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2012年11月07日

[歌書読む13-1]現代歌人文庫・菱川善夫「歌のありか」【前編】戦後派の短歌

現代歌人文庫・菱川善夫「歌のありか」を読む。戦後から前衛の短歌を論じた本だ




戦後派の短歌

1.「二つの声」

戦後の斎藤茂吉と近藤芳美の違いを論じている。敗戦を嘆く斎藤茂吉、戦争を憎む近藤芳美。




秋たちてうすくれなゐの穂のいでし薄(すすき)のかげに悲しむわれは/斎藤茂吉「小園」

薄で「すすき」か




唯一つ拠るべきものを戦争の中に見て来し三十代よ/近藤芳美



2.「傍観の知性」

近藤芳美の歌集「埃吹く街」を取り上げている。占領下の日本、非情で冷たい美感、知性、民衆憎悪。時代に流されない知性ある者、という意味での「傍観者」たろうとした。
傍観し得る聡明を又信じふたたび生きむ妻と吾かも/近藤芳美「埃吹く街」




3.「反英雄の道」

宮柊二「小紺珠」を、近藤芳美「埃吹く街」とともに戦後短歌の出発点と位置づけている。大現実への失望が小現実の発見へと向かわせたという。


絶望のかたちのごとく走り来し猫たじたじと庭にとどまる/宮柊二




4.「戦後派の倫理の基盤」

さっきと同じ二人、近藤芳美と宮柊二の次の歌集「早春歌」「山西省」をみてゆく。



バルコンに二人なりにきおのづから会話は或るものを警戒しつつ/近藤芳美「早春歌」



血に染(そ)みて伏しゐし犬がまだ生きて水すする音暫(しばし)ののちに/宮柊二「山西省」




『ここには、批判がましいことは何一つ表現されていない。時代の故であるが、現実の苛酷さが人間の小さな主観や想像力をこえて展開し、進行しているとき、見るべきものを見、聞くべきことを聞くことは、それ自体がヒューマニズムの根底につながる行為といわなければならない。




5.「短歌否定論と『八雲』」

第二芸術論などの短歌否定論を扱う。これらの批判に当たる作品が多かったのも事実だが、そうでない作品こそここまでに紹介したような歌人の作品であるとのこと。雑誌『八雲』はこの問題に熱心に取り上げた。否定論により活性化された面もある





6.「新歌人集団の結成」

三十代を中心とする歌人が昭和21~2年に「新歌人集団」を結成し活動した。「新日光」という雑誌や「短歌研究」が紙面を提供した。特に短歌研究は昭和22年6月号の全ページを新歌人集団に提供したというから驚く



うたがはず死ぬものはよし悲しみて踏絵に立ちしかぎりなき生/近藤芳美「歴史」

歌集に「歴史」と名付けるとは大きく出たなあ、と思ったがそのそばに高安国世の「真実」というのもあった。



何を求め生くる命ぞこの夕べまぼろしきこゆミサソレムニス/高安国世「真実」

→ベートーベンのミサソレムニスだろうな。「何を求め生くる命ぞ」はベートーベン的な問いかけだ。




泥のうへに階級章をちぎり捨て追はるれば又荷を包み行く/小暮政次「春望」



近藤芳美の「歴史」の後記の言葉が印象的だ。
『私達にはもはや歴史から逃れて生き得る小さな片隅はあり得ない』

戦争がそう言わせたのだろう




「戦後派の短歌」の章が終わった。迫力ある歌がたくさんあった。リアリズムは激しく動く現実の中で力を持つ。今の短歌がより幻想的なのは現実の安定による……って書いてあるそのままな感想しか浮かんでこない。
それともリアリズムの種類が変わったのか。現実と幻想はそんなにくっきり分かれてはいなかったりして。そのへんはまだ慎重にいかなきゃいけない



後半は「前衛短歌」の章となる。



 


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2012年09月02日

中島みゆきのアルバムを聴く★42「真夜中の動物園」

中島みゆき「真夜中の動物園」





2010年のアルバム。ボーナストラック2曲を含めて全12曲。





歌詞カード、ジャケット

走っているみゆきさんのモノクロ写真のジャケット。何か追いかけているのだろうか。

歌詞カードに写真は多い。
ギターケースを持った写真、「歌旅」を思わせる青いギターを持った写真、動物。
タバコを吸ってる男性がスペシャルサンクスに名のある倉本聰さんだろう。





楽曲



1.今日以来

中庸なテンポのあっさりした楽曲。
うまくいかない人生の中で、愛を求める側から愛を与える側になりたいと歌う。





2.真夜中の動物園

7分あり最も長い。また、アルバムタイトルにもなっている。


動物園では真夜中になると逢いたい相手がやってくるという。

動物園にいる動物はどこか遠くから連れてこられて閉じ込められているわけだ。家族とも恋人(人じゃないが)とも友からも引き裂かれて。そんな相手が夜中に会いにくる。
群れだったり、地平線を飛んだり、流氷があったりと、まるで国ごと世界ごと動物がやってくるかのような迫力だ。動物達の逢いたいという想いがそうさせているのだろう。


その中にヒトがいる。人間というより、動物としてのヒトだ。
「誰だいヒトなんか呼んだのは」と動物の一匹が疎んじて言う。それに答えて別の動物が、このヒトはシロクマの親代わりだったんだという。

動物を動物園に閉じ込める人間を憎むのが動物の自然な感情だろう。(それとて人間の想像だが)
そこにあえてヒトを登場させたところに、人間を憎みきれない、見捨てきれない中島みゆきの想いを見る。

動物の住む広大な世界に比べ、人間の作った動物園はあまりに狭い。しかしその動物に正面から向き合った人間もまたいる。




3.まるで高速電車のようにあたしたちは擦れ違う


タイトル通りの言葉は出てこない。電車を思わせる言葉もほぼない。「走る」「停まる」くらいだ。では何が電車なのかというと、このリズムが電車っぽいんだと思う。

「私たちは春の中で」とか「過ぎゆく夏」みたいな内容だ。

その場限りの生き方をする「あたしたち」。時間はどんどん過ぎていき、はかない。若いようだが、しかし自由という名前に疑いを持っている。どこか危うい若者。

中島みゆきの歌う若者は実際の若者とは違う想像上の若者という感じもするが、でもその漠然とした危うさにはリアリティがある。





4.ハリネズミだって恋をする

ラテンっぽい曲調。研ナオコっぽいとも感じた。

傷つけてしまう、傷ついてしまう、うまく人と付き合えないハリネズミの嘆きをリズミカルに歌う。

「傷つけちまった悲しみに」っていいな。中原中也か何かが元なんだろうけど。





5.小さき負傷者たちの為に

6分50秒あり、長い。
これ苦手なんだよなあ。

小さき者とそれを騙す卑怯な者がいて、小さき者に味方したいという内容。
「言葉しかない命ども」を攻撃してるが、一歩間違えればみゆきさん自身に跳ね返ってきそうな批判だ。
第一、これは誰と誰を歌ってるんだろうか。


何に味方して何と戦っているんだろう。これを聴いて「みゆきさんが私に味方してくれてうれしい」とか「痛いところを突かれた」と感じるのはどんな人たちなんだろう。同志となるっていうけど、同志として何をするんだろう。






6.夢だもの

すぐに「夢だったんだね」と比較したくなってしまっていけない。

夢見るような曲だ。
夢だ夢だといいながら見る夢は苦いような気がする。どこまでいっても「こんなのは夢だ」という否定から逃れられないのは、現実であってほしいと強く望んでいるからか。





7.サメの歌

このアルバムの中で好きな曲だ。

この歌も人生が過ぎていくことを歌っているが、力強さがある。その力にはどこか盲目的なものがある。
自ら選んだ力というよりは、後ろを向いている余裕がないところから生まれる前向きさだ。
良い過去も悪い過去も終わったことだ。いつまでも振り返ってはいられない。
サメは泳ぎ続けていなければ死ぬ、と何かで聞いたが、そういうことかな。

「なまもの」というのが魚っぽくて面白い。




8.ごまめの歯ぎしり

うらぶれたようなあやしげな雰囲気だ。

「なつかない猫」がしゃべっているような印象だ。

冷たい性格になってしまった歌の主人公が、そうなってしまった自分を語る。失敗の記憶がそうさせているようだ。






9.鷹の歌

今までないタイプの歌じゃないか。

おそらくこれは倉本聰さんをイメージした歌なんだと思う。
老いてはいるが気高い。そんな人物を鷹になぞらえている。



「怖れるなかれ」というけど、文語で正確にいうなら「怖るるなかれ」になるんじゃないか。最近文語文法をちょろっとやっているので、そういうのが気になってしまう。「小さき負傷者たちの為に」もそうだ。






10.負けんもんね

一種の応援歌だ。

「試すなら試せ試金石」っていいなあ。開き直った感じだ。過酷な運命の胸ぐらをつかんで凄んでるみたいだ。


「失えばその分の何か恵みがあるのかとつい思う期待のあさましさ」も心に響いてくる。




「が」や「な」の一文字で一気に絶望から希望に転じるのがすごい。この一文字はでかい。絶望を一文字でぶっ壊すみたいなエネルギーだ。
これはすごいなあ。

仕事中に頭の中で流すこともある、好きな歌のひとつだ。





11.雪傘

一転して切ない歌だ。
冬のイメージと、恋人の不在と、曲を覆う(特に弦楽)のあたたかさが、交ざりあってなんとも胸に迫る。

以前オレはアルバム「パラダイス・カフェ」の「ALONE, PLEASE」を聴いて泣いたことがあるが、その系統の歌だ。





12.愛だけを残せ(Album Version )

恥ずかしながらシングルバージョンはまだ聴いてない。

しっとりとしている。

人生を「選ぶつもりで選ばされる手品だ」とするのは鋭い。

人生を歌っているんだが汗臭さがまるでなく、とても神秘的だ。それには古めかしい言い回しや命令形の効果もあるのだろう。
「弱き者」「汝」などの言葉は歌に重みを与えている。





おわりに

中島みゆきは文語に近づいているのだろうか。
「弱き」などの「き」で終わる形容詞、「知れず」「すべ」「己(おの)が身」「何ゆえ」「~なかれ」「汝」などにその傾向が見られる。そういう方向に行ってもらうのも悪くない。



「人生」という言葉が多いと思って数えてみたら、4曲に合計12回出てきた。

良いアルバムでした。まだ聴いてないアルバムもあるけど、もっと聴きたくなった。





 



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2012年03月21日

[歌集読む4] 枡野浩一/杉田協士『歌 ロングロングショートソングロング』日記をからめて

枡野浩一/杉田協士「歌 ロングロングショートソングロング」




はじめに

1680円。何ページあるんだろう。ページ数は書いてない。

枡野浩一さんの短歌と、杉田協士さんの写真による本。歌集であると同時に写真集でもある。
帯には
さよならをあなたの声で聞きたくてあなたと出会う必要がある
という短歌がある。

本屋の写真集のコーナーにあったというツイートも見たが、オレが見つけたのは丸善の短歌のコーナーだった。新刊のコーナーにはなかった。


どんと積まれてる感じではなく、ひっそりと並んでいた。発売日なのに、背表紙を向けて他の本と同じように片隅に並んでいた。それも一冊だけ。サイズが他の本と違うから飛び出していた。
俵万智さんの震災短歌の本は表紙を見せて堂々と置かれてるのに。不遇だ。世の中間違っとるよ。

そのただ一冊の「歌」を買った。10時11分くらい。開店直後だ。オレが最初の客かというくらいレジまわりは空いてた。

デートのついでで買った。いや、デートの方がついでか。いやどっちも大事です。(おろおろ)



彼女がわかってくれない編


彼女と雑貨屋に並びながら二人で見た。
オレは彼女に枡野さんや短歌の話をすることがあるけど、何回言っても俳句と川柳と短歌を区別できるようになってくれないし、短歌の良さも通じないようだ。

初めて枡野さんの話をした時、「その人はどんな短歌つくるの? きかせて」と言うからオレが一番好きな
「気づくとは傷つくことだ 刺青のごとく言葉を胸に刻んで」
を彼女(英文科卒)に教えたが、全然わからないようだった。
何回もゆっくり言ったけどダメで、結局説明してしまった。
「気づくっていう言葉と傷つくっていう言葉は響きが似てるでしょ? そんで何かに気づくってことで傷つくこともあるわけで、それがイレズミみたいに刻みこまれたのよ、胸に。イレズミってあれだよヤクザの」
「くどうくんは難しいの読んでるんだねすごいね」
がっくし。

この歌は「歌」には入ってない。ただエピソードを紹介したかっただけです。



雑貨屋の開店を待ちながら二人で「歌」を見たり見なかったりした。

「歌」の最初にはこんな短歌が入っている。
さようなら さよなら さらば そうならば そうしなければならないならば
面白い響きとせつない意味が合わさって見事だ。
あんまり面白いから思わず朗読したが、彼女はちんぷんかんぷんだった。わからない人にはわからないんだなあ。

同じく「我々とあなたが言った~」もちんぷんかんぷんだった。


そんな彼女に捧げるのにピッタリな短歌がこの本には収録されている。

川柳と俳句と短歌の区別などつかない人がモテる人です
これを見せたらウケてた。モテると言われて喜んでるわけだ。

でもその次と、さらにその次の短歌は見せなかった。怒られそうだったから。


彼女はリラックマが好きだから、リラックマの写ったページを見せたら喜んでた。でもその上の短歌見たらギョッとしていた。


彼女関連はこれで終わりにする。この人は短歌に選ばれた人ではないんだろう。それでも「わたしへの気持ちを短歌にして」と言うからオレはベタベタな恋の短歌を作って奉仕している。




内容と感想

こっからはいつも通りにやります。ここぞという時以外は短歌全文は書きません。




消しゴムでこすったせいで~
オレの好きな短歌。
やったこと、あったことを消そうとしても消せるものではない、という内容の短歌がいくつかある。消しても消えない上、消したという行為が重なっていく。やったことはやったこととして引き受けていかなければいけない。





本のタイトルが書かれたページに、まぶしい光の中の道路の写真がある。標識はまだいいが、右上の「ザ・リーヴ リーヴライフ21」はひどく景観を損ねる。しかも検索を促している。何の会社か宣伝かわからないのに検索するかよ。

きれいな写真を撮ろうとすると、こういうのが無い場所を撮りたくなりそうだが、この本の杉田さんの写真はこれら広告や看板から目を背けない。
このような看板に取り囲まれた街でみんな生きてるわけだ。
清濁合わせ飲む、みたいな写真が目立つ。




かなしみにひたるのはまだ~
の写真なんか、隅に指が入っちゃってる。
くつろいでる人々はバラバラで、狙ってる感がない。自然でありのままな今・ここを撮ってる印象。
この前「もう頬づえをついてもいいですか?」で八二一さんの写真を見たけど、一番違うのは人を撮るか撮らないか、だ。



家を出て稼いだことのない人は~
の写真の少年がオレの弟に似ている。服もこんなのを着てる。アゴのあたりが違うしサッカーしないけど、あとはそっくりだ。なんでお前がここに写ってんだ、と一瞬思った。

その次のページでは、おしゃれなポーズなのに膝を擦りむいてる足を前に出しちゃってる女の子より、右の人がカラーコーンを持って歩いてるみたいに見えるのが面白い。


宛先も差出人もわかる言葉で
ビニール袋に書かれた文字が印象的だ。果物や飲み物をテーブルに配置するセザンヌの静物画みたい。




~えらいのかしら
何かの打ち合わせだろうか。みんな集中している。いすとテーブルがないからこうなるんだな。




~愛したこともない者だろう
そういえばジュリエットの短歌もあったなあ。

このおじいさんの背中が孤独だ。オレの父もこういうハゲ方だ。父は浮気で家を捨て、別れてから失業し生活に困りウチの近所に住んでる。オレや妹は父に軽蔑の気持ちがあるし、もう話す気も会う気もない。父は孤独なのか、今でも憎んだり愛したりするのか、考えてもわからないし深くは考えない。





忘れてた自分の歌を遠くからそっと歌って教えてくれた
オレは自分がすっかり忘れてる短歌を突然ツイートされてびっくりしたことがある。タイムラインに自分の名前が流れてくるのに慣れない。でも悪くはないものだ。


オレは枡野浩一さんのツイートを全て読んだ。ツイログは便利だ。その中で見た短歌をツイートしたら枡野さんが忘れてた歌だった、ってことがあった。
2万ツイート読むのって大変なんだな。2ヶ月くらいかかった。
全部読んで一番驚いたのは、「くじけな」の全ての文章がツイートでできてるのを知ったことだ。
詩がTwitterからなのはわかるが、途中の文章や著者プロフィール、おすすめの書籍紹介に至るまでツイートから取られていたなんてびっくり。すごい徹底度だ。


文字が薄くなっていかなくて良かった。
メールの文字が薄くなっていくサービスがあったな。今あるのかは知らない。




ものすごいGがかかると聞いている どこでもドアをくぐる瞬間
伝聞になってるけど、ほんとに伝聞かな

原作にもアニメにもドラえもんやのび太にGがかかってる描写はないが、それは問題じゃない。
どんな重力がかかるのか想像することで、ほんとうはないはずのどこでもドアを疑似体験できる。



ファンである君にがっかりしましたとプロは言わないようにしている

ファンに言われてもプロは言い返さない、という不文律はネットが出てきて覆りつつある。
オレは中島みゆきのファン始めて長いけど、一言だって反応が返ってくるとは考えない。でももうそういう有名人ばっかりじゃない。

がっかりされてもオレはついてく。


ついこの間松尾スズキ監督の「恋の門」を見た。その中にサガラという女が出てくる。同人誌の作者に「あんたの信者やめるや!」「萎え~萎え~!」などと上から目線で思いっきり罵倒する。
ウザいファンを具現化した人物なのだろう。あまりに強烈だった。知らない間に自分がこうなっていはしなかったか? とドキッとした。
だが名前も顔も出して作者の目の前であれだけ言えたらたいしたもんだ。ネットだけならよくいるよな。特にお笑いを論じる人はどういう立場でしゃべってるんだと思う。はてなの人に限らず。





私など生きていたって世界には利益もないし弊害もない
こういうことを言ったら、利益になってると否定してくれる人もいるだろう。利益になるために頑張れと言う人もいるだろう。

利益も弊害もない、それは生を否定することにはならない。プラスとかマイナスのために生きているわけじゃない。




短歌の後には枡野さんと杉田さんの文章がある。

杉田さんの文章を読んでると撮影風景が浮かび上がってくるようだ。一番印象に残るのは「枡野さんが演じてくれたその役は、駅のホームに荷物も持たずに佇む男でした」というところ。荷物のおかげで見送れる通過電車もある。荷物なしで駅のホームにいる、というのが妙に胸にせまってきた。

そんな場面のある映画「ひとつの歌」は夏に公開されるそうだ。







枡野浩一さんの本の感想の記事
「枡野浩一選 ドラえもん短歌」
「ショートソング」
「結婚失格」(上)
「結婚失格」(下)
「ハッピーロンリーウォーリーソング」
「石川くん」
「一人で始める短歌入門」内容と感想(上)
「一人で始める短歌入門」内容と感想(中)
「一人で始める短歌入門」内容と感想(下)
(続)「一人で始める短歌入門」
「かんたん短歌の作り方」
「すれちがうとき聴いた歌」
もう頬づえをついてもいいですか? 映画と短歌とAtoZ
57577 Go city,go city,city!
枡野浩一 河井克夫「金紙&銀紙の似ているだけじゃダメかしら?」
くじけな
淋しいのはお前だけじゃな
あるきかたがただしくない
ぼくは運動おんち



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2011年10月31日

「杉田協士の歌と枡野浩一の歌」短歌コンテストを振り返って

「小さな歌」短歌コンテストhttp://t.co/KeqiUojF
が締め切りを迎えた。このコンテストについてまとめておきたい。

オレは短歌はそんなに書いてこなかった。コンテストと名のつくものに参加したことはない。

今回はハッシュタグをつけるだけで参加できるし、テーマが「歌」というつくりやすそうなものだったこともあり、「いっちょやってみっか」という気になった。
見たら書き込みが少なかったし、競争相手が少なければチャンスだろう、という下心もあった。


そんで、数撃ちゃ当たるみたいな考えでだんだん粗製乱造気味になっていった。テーマのせいか短歌はどんどんできた。そこそこに自分で気に入るものもできてきて、坂道を転がるみたいに楽しくなっていった。


作りはじめで気になったのは、1つ作ると他の傾向のものを1つ作ってバランスをとろうとすることだ。短歌は一つずつ投稿したならば基本的に一つ一つが独立して読まれる。だからバランス云々は意味がないはずなのだ。
まるで蛇行運転だ。右に走ってぶつかりそうになり左に行く。そしてまた右に行く。

実際には右にも左にも壁はないんじゃないか、と今は思う。いろんなことをやる意欲のあらわれならいいけど、「いろんなことをやれるんだぞ」と見せたいだけなら寒い。実際両方だったと思う。



そんな中でだんだん他の方の投稿も増えていき「この中で負けたくない、抜きんでたい」と思うようになって短歌の作り方の類に興味を持った。負けたくないから学ぼうと思った。
本屋で入門書探した。オレの知ってる歌人なんてごくごく限られてる。穂村弘さんの本を買った。

穂村さんの「短歌という爆弾」という本で何人かの歌人の作品を知り刺激を受けた。興奮した。
最近だらけて「人生暇つぶし」って思ってたけど、これだったのか、短歌があったのか!と。一つの技法・特徴が紹介されてたらそれを使って短歌を作る、ということもした。


歌ができるのが面白くって次から次に投稿した。短歌をちぎっては投げちぎっては投げ、と言ったらちょっと違うか。自分でもこりゃなんだというのもある。
モノを捨てらんないオレだが、130首くらい投稿したうちの2割くらいは今ならためらわず捨てられる。もっと捨てるべきなんだろうけど。


枡野さんからご指摘いただいたんだけど、短歌を生むことそのものは機械でもできる。なんでも発表すればいいってもんじゃない。作ったら、次にそれが人に見せるようなものかを自分で見る作業がある。それをすっ飛ばしていた。
自分でいいと思ってるならともかく、そうでもないものを人様に見せるのはどうなんだ。駄作が多く混じればオレの評価だって下がる。
頭を使って読んだり選んだりする人がいることを考えて「書きかけて消してやめる」のが増えた。



オレが短歌で気持ちいいのは、出来上がったり発表した瞬間だけど、なんか反響があった時も気持ちよい。いいものだと自分で思っていても、誰もいいと言ってくれないと不安なもんだ。ほめられると嬉しいもんだ。「芸人にとっては『ママ、見て!』が全てさ」という言葉もある。


Twitterというものはすぐ発表できてすぐ反響がある。それが普通になっていた。上記の、すぐ気持ちよくなれる状態だ。
しかしコンテストというのは本来はそういうものではないんだな。どこにも発表してないものを人知れず送り、結果を辛抱強くじっと待つ。そういうもののようだ。


今回の「杉田協士の歌と枡野浩一の歌」コンテストで意欲を高められ、いろいろと勉強することができた。やって良かった。また違うのに応募するけど、今までとは違った取り組み方となりそうだ。ドシドシ作りポイポイ捨て、常に良いものを発表できたら最高だと思う。
意欲と気づきを得た有意義なコンテストだった。

枡野浩一さん、ほかの投稿者の皆さん、さまざまな偶然、本当にありがとうございました。



 



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2011年09月11日

[歌書読む2] 佐藤真由美『恋する歌音 こころに効く恋愛短歌50』

佐藤真由美 恋する歌音-こころに効く恋愛短歌50


はじめに

230ページ程度。
1.古今の恋愛短歌を紹介し、
2.それにまつわるエッセイが書かれ、
3.それらに関係する著者自身の短歌がある。




内容と感想



純白の雪のように

君かへす朝の舗石さくさくと
雪よ林檎の香のごとくふれ

北原白秋

北原白秋のこの短歌は知らなかった。「雪よ林檎の香のごとく降れ」っていいな。
そのあと佐藤真由美の短歌を見ると、悪くはないんだけど隔たりを感じる。情報量が違う。




恋をする速度で

観覧車って乗ったことないけど16分なのか。数人で乗るのを無意味と喝破するのがいいね。短歌よりエッセイがいい




恋愛平和主義
ヤマザキのパンでもらった皿を怒りに任せて投げたが割れなかったとある。やっぱりヤマザキだな。我が家が震災で被害に遭った時も、ヤマザキの皿は無事だった。すごい。




言わなかった言葉

掲出された石川啄木の短歌もいいけど、その後の
言わざりし言葉は言ひし言葉よりいくばくか美しきやうにも思ふ
稲葉京子

にぐっとくる。言いたくて、でもやっぱりやめる。好き放題書いてるオレでさえそういうことはある。
もっとこう言えば、ああ言えば、の繰り返しだ。言えば後悔、言わぬも後悔。どうすりゃいいのよ。




男と女のマナー
「よかった?」と質問してもいないのに「よくなかった」と答えてくれる
枡野浩一

お、この短歌はドンピシャだ、と思ったら枡野浩一さんだった。

オレは本の感想などきかれてもいないのに「よくなかった」と言う。

でもこれはそんな内容の短歌ではなかった。セックスの話だ。

こんな正直な女がいたら怖くて近寄れない。
「言われてしまう」などではなく「答えてくれる」というところが謙虚だな。「答えて」ってことは心の中では質問してたってことか。そりゃ気になるよなぁ…





言葉にしなきゃ

男性の読者に対して、恋人に好きだと言って抱きしめるように、とメッセージがある。女性の読者が中心だと思って読んでいたから虚を突かれた。
そういうのがイヤっていう女性もいる。直接言葉にせずに寄り添う男がいいっていう女性もいる。





間違ってる?

加藤治郎って知らなかった。モテる男なんだろうな。オレには縁のなさそうな種類の色男な短歌がならぶ。

あれこれと短歌に推測をめぐらす様子がいいね。オレもよくやる。





涙は男の武器
穂村弘の短歌が紹介されてる。
そういえばオレは穂村さんの本を4冊読んだけどほとんど短歌を読んでない。並んだ短歌を見る限りではヒネリが強い印象。

ほんとうにおれのもんかよ
冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は


気づかぬうちに涙が流れたことなんてほとんどないなあ。冷蔵庫で泣く状況も考えづらい。だからこそ涙が自分のものとは信じられないわけだ。





男って○○みたい

男ってこぼれたジャムのようだけどふきんで拭いても終わりじゃないの
中原千絵子

考えさせる短歌だ。謎かけならば「男とかけまして、こぼれたジャムとときます」「そのこころは?」で答えは出るが、短歌は問を投げっぱなしだ。

オレの解釈。
男とは人生というパンに甘美さを添えるものである。が、それはなかなか女の思い通りにならない。そして失敗したら取り返すのが難しい





恋する鉄幹

くれなゐにそのくれなゐを問ふがごと愚かや我の恋をとがむる
与謝野鉄幹

かっこいいなあ。真似できない。「恋」という言葉を口に出そうとすると自動的にニヤニヤしてしまう。オレには少年の心がないなあ。





冬が来るたびに

悲しいといえば悲しみへらないし
悲しくないといえば淋しい


杉山理紀っていい短歌つくるな。名前だけでも覚えて帰ろう。

冬が来る度に「寒い、寒い」と泣いていたけれど、きっと本当は「淋しい」と言いたかったのだ

オレの彼女は意識しながら淋しいことを「寒い」と言うのを思い出した。語感も意味も近い?





あの頃を忘れない

中島みゆきの「わかれうた」冒頭にふれ、中学生のころはそんなことあるはずないと思っていたが、大人になって図らずも道を転がった経験をしたと語られる。オレはまだないなあ。というか、今でも大袈裟な歌詞だと思ってる。長い間ファンやってるけど。でもこれ読んで「そうじゃないのか」と驚いた。




情熱の朧月夜

古典に親しみがないし全く古語が読めないから知らなかったけど、紫の上とか朧月夜とか、これ、人の名前なのか。
千年前の恋愛沙汰が現代まで伝わってるってすごいな。オレだったら後世にそんな話残したくないなあ。恥ずかしくなっちゃう





何回しましたか?

掲出歌もいいけど、その後の

いつまでも転んでいるといつまでもそのまま転んで暮らしたくなる
山崎方代

が心に響いた。しかるべき時に立ち直らないと、立ち上がれなくなる? 不幸を言い訳にしちゃいけないが、自分はそういう生き方をしてる気がする。





番外編

各エッセイのあとの佐藤真由美の短歌についてオレはこうツイートした。


佐藤真由美の短歌が物足りない。素直すぎる。もう少しひねりとか深みがあるといいなあ。
プロの作る短歌ではないな。「歌人」を名乗られたらイラッとくるレベル。「プライベート」よりあきらかに質が落ちてる。「高校生でも書ける」という評に首肯する



これに対し、枡野浩一さんからご指摘をいただいた。


ちがーう。彼女は媒体にあわせて作風を変えられるのです。「うたう」の入賞作品とか、また何味もちがう作風です。作詞家としての仕事なんて、別人かと思うレベル。短歌をちょっと齧った人の面白がる短歌が、いかに一般読者には難解か! 私はもう十数年ずっとそれを痛感しています。



著者はあえてここではシンプルなさりげない短歌を置いている。
オレはつい「キャラメルコーン」みたいなパンチの効いた短歌を期待して、それが叶えられず不満をもらしてしまったのだが、そればかりが佐藤真由美の作風ではないというご指摘だ。
一見簡単そうに見えるものが、本当に簡単に作れるとは限らない。

また、あきらかにオレは言葉を「盛って」しまっていたし、判断を急ぎ過ぎた。これらについては反省しなければならない。恥ずかしい。
言葉を尽くして説明してくれた枡野さんに心から感謝している。

また、オレはすぐ下手な言い逃れや正当化をしようとする部分があり、それも含めて恥ずかしく思っている。





おわりに


この本の主役は掲出歌とエッセイで、著者自身の短歌はささやかだ。佐藤真由美歌集のつもりで読むのは少し違うようだ。

選ばれた短歌がいい。

昔の歌がけっこう多く、現代語に直した解説が助かる。解説読むと「なるほどいい歌だ」って思う。昔も今も恋には共通する心理がある。






関連記事
佐藤真由美「プライベート」内容と感想



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2011年07月16日

ファイナルファンタジー9日記[9]リンドブルム・工場区、城 - 居酒屋「死の宣告」の巻

昨日は商業区と劇場区に行った。今日はそれ以外の場所に行く。



リンドブルム 工場区

シド8世の大きな像がある。この人が霧を利用した飛空挺を発明したそうだ。
この像は現在のシド9世が作らせたそうだ。だとすると比較的新しいのかな。




シド8世は猫を飼っていたそうだ。それにあやかって技師達も猫を飼うそうだ。




ジタンが行ってた居酒屋に来た。「死の宣告」という店なんだそうだ。なんか不吉だな。
「本日のスペシャル」は暗闇のなべとある。ステータス異常にちなんだ料理を出す店なんだな。店の名前からしてステータス異常だしな。

そばで、暗闇のなべを食べたビリーという人が吐いてる。
闇鍋ってことか。

中では店のおじさんが新作を作ってくれるというがジタンは遠慮してる。暗闇のなべはもうないそうだ。



工場区はこのくらいだ。せまいな。





リンドブルム城

いよいよ城へ行く。

エアキャブで入ってすぐのところに、馬に乗ったシド1世の立派な像がある。



部屋にはダガーがいない。スタイナーが探しに行った。



モーグリのモックがいた。クモップからの手紙を渡した。

手紙の内容は、スティルツキンがボクのところに来た、そしてまたどこかに行ったそうだ。

クモップはダリの地下にいた。スティルツキンがダリの地下に行ったのか。




ジタンはダガーを探す。何やら上から優しい歌が聞こえる。ダガーだな。

なんとか上に行きたいが、兵士が邪魔だ。
そこでジタンは居眠りしてる兵士から服を奪った。
ジタンは「あやしいやつがうろついてる」と兵士を無人の部屋に誘導して服を奪った。兵士はタンスの中に閉じ込めた。この兵士は暗い所がダメなんだそうで、ちょっとかわいそう。



上級兵の服を着て兵士に話しかけるとみんな「異常なしであります!」と言う。これが決まりなのかな。一人、特に緊張気味な兵士がいる。ジタン相手にも緊張気味なのだから、上級兵にはさらに緊張するだろう。





ダガーのところにたどり着いた。ダガーは歌いながら鳩と戯れていた。厳密には鳩かどうかわからない。真っ白な鳥だ。



話した。この歌はどこで覚えたのかわからないそうだ。


立派な望遠鏡がある。覗いてみた。
「!」がつく。○ボタンでジタンがコメントする。
けっこういろいろ見える。南ゲート、チョコボの森、ク族の沼、ブルメシア方面など。楽しいな。




ダガーも望遠鏡を覗くが、全然関係ないことを考えてる。自分がみんなから遅れて置いてきぼりになってると思ってるようだ。

ジタンはスリプル草でダガーを眠らせて誘拐するつもりだったという。
ダガーは眠れないから残ったスリプル草をくれと言う。
薬に頼るとよくない、オレが添い寝しようか?とジタンは言う。
そんなに子供じゃない、とダガー。
だから添い寝したいというジタン。

いかにも男女の駆け引きって感じだな。嫌なリアリティを感じてしまう。




その頃ビビは、子供がフィギュアで遊んでるのを見る。
片方の子供はプルート隊のフィギュアで、もう片方の子は飛空挺だ。プルート隊とはマニアックだな。スタイナーが聞いたら喜ぶぞ。

ビビはフィギュアを見て、黒魔道士兵たちも人形みたいだったと思う。




ジタンの会話のつづき。
ジタンは「飛空挺のクルージングはいつにする?」と失言する。飛空挺のクルージングは居酒屋「死の宣告」のリリアンに言ったんだ。

ダガーは機嫌を損ねる。
ジタンは「狩猟祭で優勝したらデートする」という約束をなかば強引にとりつけた。
一人になったダガーが「……ありがとう」と言う。

このありがとうはなんだろう。この頃すでにダガーはひそかにジタンを想い始めているんだろうか。





狩猟祭へ


話は狩猟祭に傾いていく。街にモンスターが放たれる。中には凶暴な強いモンスターもいるようだ。

景品の説明がある。ハンターの称号と欲しいものが贈られる。ジタンはギル、ビビはカード、フライヤはアクセサリだっけ? みんな現実的だな。




今日はここまで。次回いよいよ狩猟祭をやる。




ファイナルファンタジー9日記
[1]劇場艇・アレクサンドリア
[2]誘拐・魔の森
[3]魔の森からの脱出
[4]北ゲート、氷の洞窟
[5]南ゲート、物見山、ダリ
[6]ダリの地下
[7]カーゴシップ、リンドブルム到着
[8]リンドブルム・商業区、劇場区



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2011年04月10日

題名のない音楽会 歌ってみまshow 内容と感想

歌ってみまshowは、素人さんがオーケストラバックに・ホールの観衆を前に、存分に歌唱力を披露するコーナーだ。

目指せスーザン・ボイル、とか言ってる。




▽最初に出てきたのはOLの人。(おおざっぱな記憶で書いてます)

この方はキャンディードのアリア「きらびやかに着飾って」を歌った。
この方が「『きらびやかに着飾って』を歌います」と言った時に、オレはてっきり華やかな衣装に着替えて歌うのかと思った。


いきなりすごくうまい。びっくりした。最初にこういう人を出していいのか!と思うくらいうまい。高音出まくりだ。




▽水道屋さん

ウチは今、台所が詰まって水道屋さんのお世話になっているから、タイムリーだと思った。

結婚するそうで、おめでとうございます。
スキンヘッドが印象的。顔が赤くなってたとか言われてたが、それじゃタコじゃないか…

歌声がこれまた素晴らしい。オソレミオを歌ったんだっけ。レベル高いな。




▽元信用金庫職員

60代最後の思い出に出場したおじさま。
カルメンの「花の歌」を歌った。立派なもんだ。





▽神奈川フィルのトロンボーン奏者

ギターやハーモニカを演奏しつつ歌う歌手はいる。さだまさしがヴァイオリン弾きつつ歌ったりもする。しかしトロンボーンとは珍しい。

「誰も寝てはならぬ」歌もうまいんだけど、それよりも、すごい口の形が印象に残った。





▽カウンターテナー

モリコーネを歌ってた。男性だが女声を歌う。きれいな声でうまいがボリュームがないと思った。





▽報道記者

報道の腕章をつけた大柄な報道マン。自分の歌を報道にして伝える、というのをやっていたが、これは面白い。「調べによりますと」みたいな用語がいい。ニヤニヤしてしまった。

「衣装をつけろ」を歌った。感情移入しているのがわかる。迫力あった。また、客席の子供に対しては良きパパぶりを見せた。




▽50歳の主婦

エプロンしてきた。「振ってみまshow」のサザエさんの人もそうだったけど、主婦といえばエプロンらしい。舞台に立つんだからそれなりの衣装にしてあげたらいいのにと思った。主婦だっていつでもどこでもエプロンしてるわけじゃないだろうに。

学歴の話してるけど、50の主婦には関係なかろうに。

それなりに歌ってた。





▼審査員は鮫島有美子さん、ピーコさん、青島広志さん。
鮫島有美子さんってきれいな人だな。いいな。



「天使の歌声で賞」がカウンターテナーの方。
「グランプリ」が報道マンの方。これは納得。



最後に「歌ってみまshow」のテーマをみんなで歌う。替え歌だ。参加したら客席の人もいい思い出になりそう。テレビで見てる側はどうか知らないけど、オレはなくてもいいと思った。
みんなでカルメンを指揮したり星条旗よ永遠なれを吹くのと同じ感じなのかな。



いやあそれにしてもレベルが高かった。みんな上手いな。これ見たら逆に、第2回があったとしても、もう気軽には応募できないだろ。

それぞれいろんな職業や経歴があるのも楽しかった。


次回があるなら、子供や学生も出して欲しいな。あと、多少下手な人がいる方が変化がでるし上手い人が引き立つんじゃないか、とも思った。ヘタウマみたいな個性的な人がいても面白いな。




 


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2011年02月24日

中島みゆきを聴き直す★38【最終回】 「転生」 - 『帰れない者たちへ』ほか

転生



数年前のアルバムだが、これがオレの持ってる最も新しい中島みゆきのアルバムとなる。

ジャケットは斜め上を見るみゆきさんと水しぶき。これは生命力みたいなのを表現してるんじゃないかと思う。
バックは紫っぽく、宗教っぽい。

11曲入り。




1.遺失物預り所

変な歌。普通のアーティストなら歌にしないような内容だ。こういう変わった歌があるのは、夜会があるからか。

3拍子でゆったりとしている。

とても丁寧な口調だ。
なくなったものを預かっている。どうやら旅に何か忘れて行ったらしい。夜会の歌なのかもしれないけど、知らないから「不思議な歌だなあ」で終わってしまう。

Good Morning Ms Castaway を思い出した。




2.帰れない者たちへ

なにかのドラマの歌になったんだっけ。見てない。

「異国」に近い世界観で、帰れない旅人の孤独を歌う。

しみじみと悲しい。歌声が遠吠えのようだ。




3.線路の外の風景

線路というのは人生のレールをいうようだ。決められた人生への反発。見渡す限り草原の中、ということは、レールのない場所を歩いているわけだ。しかし夜に夢の中でレールが夢に続いていたことを思い出す。


わかるかも。反発して人と違うことをして、それが個性だと思う。しかし実は自分の大切なものを失っている。
力強い歌唱だ。




4.メビウスの帯はねじれる

3拍子の歌が多いアルバムだな。1.2.4.7.は3拍子だ。
この歌も1.と同様、単体では話が見えない楽曲。タイトル通りのことを歌っている。「真直な線」の逆みたいだ。

ヘンテコな感じで、歌い方が変化する。駄々をこねる子供のようだったり、母親のようだったりする。
ネジを巻いて始まり、パタンと箱を閉じて終わる。オルゴールの曲であるかのようで面白い。




5.フォーチュン・クッキー

これもユニークな歌。とてもリラックスしている。手遊び唄みたいな調子の良さがある。

未来をクッキーに例える。どちらの未来が当たりなのか、悩んで選ぶ様子を歌う。




6.闇夜のテーブル

カードゲームをしている。イカサマがほのめかされる。ゲームのイカサマというより、人間の心の裏表なのか。

けだるくも邪悪であやしい魅力がある。



「ありえない」という言葉の使用頻度が上がっている気がする。90年以前は「くらやみ乙女」1曲だけだったはずだ。
「闇夜のテーブル」「ミラージュ・ホテル」「思い出だけではつらすぎる」と、思いつくだけで3曲ある。だからどうだということはないけど。




7.我が祖国は風の彼方

「日-WINGS」「月-WINGS」の最後の曲みたいなおだやかで広がりのある曲。どこかの国歌のようでもある。
「阿壇の木の下で」をもっと抽象的にしたような内容。

自分の国がなくなり名前などが変わっても、そこに自分は帰るだろう、というような歌。


国は変わって遥か彼方にあったとしても天空にある国は消せない、と歌う。これは「永久欠番」の、百億の人々に忘れられても宇宙(そら)の手のひらの中では確かに存在する、みたいな話だ。「樹高千丈落葉帰根」にも共通している。

つまり、人間には故郷やよりどころとするものがあり、それは表面的には消滅したように見えたとしても、見えないところでは不滅なのだ。そして必ず人はそこに帰ってゆく。中島みゆきの歌に出てくる旅人は、旅先ではなく故郷を思いながら旅をし、そしていつか帰る。




8.命のリレー

まさに「転生」というアルバムタイトルを感じさせる歌。
一人称が「僕」だ。個人的には「僕」で歌われる中島みゆきの歌にハズレなし、と思っている。「バラ色の未来」は苦手な方だけど。


命は限りあるもので、できることに限りがある。しかし、たどり着けなかったら次の命に願いを引き継げ、と歌う。「あたし時々おもうの」から比べれば確実に前進している。

歌唱も非常に力強い。素晴らしい楽曲。

引き継ぐべきバトンを持ってるだけでもすごいと思う。一世代で叶わぬほどの大きな目的に向かって生きるのはすごい。オレは死ぬ時に引き継ぐに値するバトンを持っているのだろうか。後悔や嘆きだけが残ってはいないだろうか。




9.ミラージュ・ホテル

「恋文」にも入ってた曲。ずいぶん早いリメイクだ。

ふわふわしたアレンジ・歌い方になっている。しっとりしているが、その中から悲しみや不安が漂ってくる。ぼんやりとあらわれる霊のようだ。

「ミラージュ・ホテル」という部分はコーラスのみが歌っている。
間奏ではチェロが歌う。怖い霊ではなく、何か想いを持ってさまよっている悲しい霊を思わせる。




10.サーモン・ダンス
打って変わって生命力がみなぎる楽曲。アルバムジャケットの水しぶきが一番似合う曲だと思う。「生まれ直せ」という言葉が「転生」を連想させる。このアルバムの中核といっていい作品だろう。

必死に転轍機を動かそうとしている。これは自分の生き方をガラッと変えようとしているんだろうか。何か自分を縛るものから自由になろうとする力にも見える。

「ファイト!」で魚の比喩が出てくるが、それを思い出した。

「涙は後ろへ流せ」はいい言葉だな。悲しみは過去へ捨て、いつも澄んだ前向きな目で未来を見てるみたいだ。
荒々しいほどに強い応援歌。
大好きな曲。





11.無限・軌道

このねじれは「メビウスの帯はねじれる」につながるのかな。
とても抽象的な内容だ。

人生は行き先のわからない列車、ということか。いや、それは人生なんてものを越えた無限の時間の流れなのか。そして私たちはその無限の時間をゆく列車の中の乗客というわけか。
なんとスケールの大きな歌だろう。

ゆったりとしたおおらかな楽曲。





▽おわりに

内容にまとまりがある。

列車や旅にまつわる比喩が多くの楽曲に見られる。
「転生」の名にふさわしい、ねじれてつながる時間や引き継がれる命をテーマにした楽曲がある。
いろんな音楽がありながらも、統一性や関連性が見られる。


また、恋愛の歌が全くと言っていいほど無い。これは珍しいことだ。


オレはこのアルバムは傑作だと思う。変な曲ではじまるが、だんだん良くなる。終盤の「命のリレー」「サーモン・ダンス」は素晴らしいエネルギーだ。聴かないと損だ。





▼「中島みゆきを聴き直す」のおわりに

12月はじめから3ヶ月以上かけて中島みゆきの楽曲をアルバム単位で聴いた。まだいくつも聴いてないアルバムがあるが、是非とも聴いてみたいと思っている。必ずや聴いて記事にしたいと思う。機会があれば夜会の映像も見たい。すぐにでも見たり聴いたりしたい。ここまで聴いたんだから全部聴きたい。


やっぱりオレは中島みゆきの歌が好きだ。ずっと応援していきたい。「中島みゆきを聴き直す」はこれで終わりだが、もう聴かないわけではない。
新たに聴いたアルバムは「中島みゆきを聴く」というタイトルでまた記事にする。近いうちに記事になるかもしれない。



ここまで勝手な解釈でさんざん書いてきた。間違いや勉強不足な部分も多いかと思う。それでも自分が感じたままを書いたからある程度は満足している。とりあえずではあるが、一つのシリーズを完結できて安心しているし充実感もある。

読んでくれた皆さん、ありがとうございました。



中島みゆきを聴き直す
★1「私の声が聞こえますか」
★2「みんな去ってしまった」
★3「あ・り・が・と・う」
★4「愛していると云ってくれ」
★5「親愛なる者へ」
★6「singles」(3枚組・3枚目)
★7「おかえりなさい」
★8「生きていてもいいですか」
★9「臨月」
★10「寒水魚」
★11「予感」
★12「singles」(3枚組・2枚目)
★13「はじめまして」
★14「御色なおし」
★15「miss M.」
★16「36.5℃」
★17「singles」(3枚組・1枚目)
★18「歌暦」
★19「中島みゆき」
★20「グッバイガール」
★21「回帰熱」
★22「夜を往け」
★23「singlesII」(2枚組・2枚目)
★24「歌でしか言えない」
★25「EAST ASIA」
★26「時代-time goes around-」
★27「singlesII」(2枚組・1枚目)
★28「LOVE OR NOTHING」
★29「10WINGS」
★30「パラダイス・カフェ」
★31「わたしの子供になりなさい」
★番外編
★32「日-WINGS」
★33「月-WINGS」
★34「短篇集」
★35「心守歌」
★36「おとぎばなし-Fairy Ring-」
★37「恋文」 - 『銀の龍の背に乗って』『思い出だけではつらすぎる』ほか




 


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2011年02月11日

中島みゆきを聴き直す★33「月-WINGS」

月-WINGS



9曲入り。日-WINGSより1曲少ないが、「PAIN」が長いことでバランスをとっている。


今ごろ気づいたんだけど、収録順は夜会の順番になっている。最初の3曲は「2分の2」、次の3曲は「問う女」、最後の3曲は「海嘯」から。




ジャケットのみゆきさんは細い月を見てるみたいだ。





1.一人で生まれて来たのだから

一人で生まれて来たのだから一人でいるのが当たり前、淋しくない、と歌う。
MaybeやI Love himみたいな「それでも夢を見たい」という内容はない。わりと淡々としている。


リズムは打ち込んであるみたい。人間が叩いてる感じじゃない。
軽くて心地よい。


「ジャスミン」というのは劇中の主要人物のことだろう。




2.紅い河

「子守歌」みたいなテイストの民族的な音楽。
5拍子。カラオケだと歌いづらい。


紅い河がただ流れてゆく。その流れに「あの人」への想いをたくす。




3.LAST SCENE

歌詞の少ない歌。もともとは歌詞のないインストだったと解説に書いてある。


ジャズっぽい遅くて妖しい曲。都会の夜って感じだ。

みゆきさんは歌詞のないけだるいメロディーを妖しく歌う。
1コーラス目は歌詞がない。

3分過ぎてようやく歌詞が出てくる。
詞は5行だけだが、うまい俳句みたいに情景が浮かぶ。





4.女という商売

いかにもいかがわしい店みたいな雰囲気だ。


雰囲気はいかがわしいが、歌詞は深い。平易な言葉で奥行きのある表現をするのがうまい、なんてのは言い尽くされてるだろうけど、あらためてそう感じる。




5.SMILE,SMILE

オレがこのアルバムで一番好きな曲。邪悪なピエロのようなものが思い浮かぶ。

歌い方が邪悪だ。それが好きだ。
遊園地っぽい音楽。


「君」の笑顔は不思議な力を持っていると歌う。挨拶や声にも力がある。

オレもそういう能力欲しいなあ。





6.PAIN

オーケストラと同時にヴォーカルを収録したとか。
弦楽と木管などによるオーケストラのサウンド。


前曲とは対照的な真摯な内容だ。
詞の内容もスケールが大きい。
人間のもつ弱さや傷全てを包み込むような感じだ。

「心の中には淋しさの手紙が 宛名を書きかけてあふれている」
かける相手がなくてイタズラ電話をする「ローリング」を思い出した。




7.白菊

曲の雰囲気はパラダイス・カフェの「伝説」に近い。

月、水面、冬、雪、幻。出てくる単語がみな神秘で美しい。




8.時効

孤独な犯罪者が後ろめたさを抱えて走って逃げてゆくのが見えるようだ。

アップテンポでサックスが出てくる。
ささやくように歌われるが、誰も知らない重大なことを隠してるような、漏らしてるような、そんな感じだ。




9.愛から遠く離れて

以前、カラオケに行って中島みゆきの歌を曲名のアイウエオ順に歌う企画を一人でやったことがある。その時、アイウエオ順で一番最初にあるのがこの曲だった。
「愛から遠く離れて」→「相席」→「愛情物語」…と続いていた。
結局、その企画は「か行」が終わったところで飽きてやめた。か行の最後は「こんばんわ」だった。



「愛から遠く離れて」はしゃべるように自然に歌われる。「等身大」とはこういうことだろうか。

「愛から遥か遠く離れて生きる人」とはどんな人だろう。
「風にならないか」や「風の姿」に出てくるような、自分らしさを見失いかけてる人達だろうか、と想像した。「明日なき我等」の歌詞からも見えるように、「風」というのが自然な生き方の象徴みたいだ。この歌とは関係ないけど。



時計を海に捨てに行こうという。もちろん文字通りに時計を捨てるわけではないだろう。
過去に縛られるのをやめようとか、そういうことかな。



歌い方も自然なら、テンポも自然な感じがする。あっさりしてるけどホッと安心するような曲だ。





▽おわりに

日と月の2枚を聴いた。どちらが優れてるとか、そういうのはない。極端な違いはなく、片方が楽しめるならもう片方も楽しめると思う。

このアルバムでは5.6.7.が好きかな。日の方が好きだけど、月もほぼ互角に良い曲が揃っている。



かつて「慟哭」「バラ色の未来」「下町の上、山の手の下」に見られたような激しい歌い方はこの2枚には見られない。
いい感じで力が抜けている。双方のラストの曲を聞いて特にそう思う。



中島みゆきを聴き直す
★1「私の声が聞こえますか」
★2「みんな去ってしまった」
★3「あ・り・が・と・う」
★4「愛していると云ってくれ」
★5「親愛なる者へ」
★6「singles」(3枚組・3枚目)
★7「おかえりなさい」
★8「生きていてもいいですか」
★9「臨月」
★10「寒水魚」
★11「予感」
★12「singles」(3枚組・2枚目)
★13「はじめまして」
★14「御色なおし」
★15「miss M.」
★16「36.5℃」
★17「singles」(3枚組・1枚目)
★18「歌暦」
★19「中島みゆき」
★20「グッバイガール」
★21「回帰熱」
★22「夜を往け」
★23「singlesII」(2枚組・2枚目)
★24「歌でしか言えない」
★25「EAST ASIA」
★26「時代-time goes around-」
★27「singlesII」(2枚組・1枚目)
★28「LOVE OR NOTHING」
★29「10WINGS」
★30「パラダイス・カフェ」
★31「わたしの子供になりなさい」
★番外編
★32「日-WINGS」



 


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