百人一首

2018年01月06日

近況▼オレの名前の入った短歌▼もうひとりの工藤吉生▼ほか

昨年12/23から今年1/5までの近況・雑談まとめ。
▼ちょっとおもしろいこと
▼オレの名前の入った歌
▼未来賞をいただきました
▼プロフィール変更
▼チロルチョコ
▼投稿欄と総合誌
▼もうひとりの工藤吉生
▼百人一首
▼読んだ漫画
▼まとめました


▼ちょっとおもしろいこと

ちょっとおもしろい知らせがきた。思わぬ場所、想像したこともないような雑誌のなかで短歌を引いてもらえそう。
来月、どこかでお知らせするかも。





▼オレの名前の入った歌

今年はオレの名前を詠みこんだ短歌をよく目にする年だったなあ。三首も見たよ。
と思っていたら、大晦日に奥村晃作さんがオレの名前の入った短歌をツイートしていた。このラスボス感よ。



まだ今も島にいるならば工藤吉生さん!な伊舎堂だろう/伊舎堂仁

工藤吉生と引いてる歌が一緒だと/水沼朔太郎

ほとんどが工藤吉生だつぶやきの相原かろを検索すれば/相原かろ

二〇一七年度〈未来賞〉受賞は三名なり工藤吉生・大西久美子・蒼井杏の三名なりき/奥村晃作



どうもありがとうございました。
これから発行されるある雑誌にもオレの名前の入った短歌があるそうで、そっちも気になる。

いや、「ありがとう」は違うような気がするけどな。なんでしょうね。とにかくそんな年でした。





▼未来賞をいただきました

12/28。オレのところにも「未来」1月号がきた。これを待つために十月からハイドンの弦楽四重奏曲を一日一曲聴いていた。聴きながら待っていたのだ。すべて聴き終わるころに1月号が来るだろうと。
思ったより早くて、まだ79番までしか聴いていない。



このたび、わたくし工藤吉生は二〇一七年度の「未来賞」をいただきました。

「未来」2018年1月号に選考経過と20首連作が載っています。
月詠は今月から「ニューアトランティスopera」欄に移っています。10首掲載。

未来賞をいただいて、いま書きたいこと|mk7911|note(ノート)
https://t.co/65zzY7ldyB
noteにいまの思いを書きました。



未来賞の工藤吉生
https://t.co/cxRj9fLUtz
松井多絵子さんのブログ「えくぼ」で取り上げていただきました。早い。ありがとうございます。



「未来賞」をいただきました/受賞作二十首すべて見せます https://t.co/gRmXEGhTp0
早さではオレも負けてなくて、受賞した連作をもう公開しましたよ。





▼プロフィール変更

ツイッターのプロフィールをすこし変えた。



短歌を作っています ▽塔短歌会→未来短歌会・彗星集 ▽平成28年度「NHK短歌」年間大賞 ▽ブログ「存在しない何かへの憧れ」の人▽DMを誰からでも受け取れる設定にしてあります
▼枡野浩一のbot @masunobot ▼工藤吉生の短歌bot @mk7911_bot







短歌を作っています ▽塔短歌会→未来短歌会・彗星集(2017年度 未来賞) ▽平成27年度「NHK短歌」年間大賞
▼枡野浩一のbot @masunobot ▼工藤吉生の短歌bot @mk7911_bot
■DMを誰からでも受け取れる設定にしてあります




未来賞のことを入れて、ブログのタイトルを消した。




▼チロルチョコ


川端康成? https://t.co/gpF30XDccr
c4c98522.jpg
















チロルチョコの基本って、パッケージからすると「コーヒーヌガー」のやつなのかなあ。中がネトッてしてるのは苦手なんだよなあ。サクッてしてるのが好き。




▼投稿欄と総合誌

投稿欄に出さなくなってから総合誌を買わなくなった。なんかそこが繋がってるみたいなんだな。どんな企画よりも投稿欄で自分の名前を探すのが好きっていう。どうなんだろう。どうなんだろうといっても、そうなんだからしょうがない。

一誌くらいは購読してもいいな。
するとすれば、立ち読みできなくて、投稿欄のある「現代短歌」かなあ。





▼もうひとりの工藤吉生

YouTubeで「アニソン」というリストをつくっている工藤吉生さんという方がいらっしゃる。
https://t.co/i19Hp9EQ2S

たまーにYouTubeの検索窓に自分の名前をいれてみることがある。以前はドヴォルザークの弦楽四重奏曲の動画がでてきたんだけど、説明にもコメントにもオレの名前が出てこないので不思議だった。





▼百人一首

百人一首やっても一枚もとれない自信がある。

七草の季節ということで、それに関する百人一首の歌の書かれた大きなPOPを売り場に出してたんだけどさ。「百人一首より」とだけあって作者の名前が書いてなくて、その作者名が思い出せなかったし、なんならそんな歌あったのかどうかも思い出せなかった。

この歌でした。こうこうてんのう。
https://t.co/CMYABjh72o





▼読んだ漫画

漫F画太郎「ハデー・ヘンドリックス物語」読んだ。表題作がいいなあ。感動しかけた。


益田ミリ「泣き虫チエ子さん」1巻読んだ。たいして泣かない。なかよし夫婦の話。夫婦がなかよくするのって大変だなと思った。ぬいぐるみと人生ゲームするところが面白かった。


さまぁ~ずの「悲しいダジャレ」読んだ。おもしろいなあ。ツッコミがやさしい。流れがあるのがいい。最後の、ちょっとした言葉で悲しくさせるところに力を感じた。





▼まとめました

#2017下半期短歌大賞 50首
Togetter https://t.co/j3ZcuYLXnr
先日の「第8回ぬらっと!短歌大賞」をまとめました。



『未来』の短歌のまとめを更新しました
https://t.co/eRZcF0GiGt



▼▼▼



お読みいただきありがとうございました。
noteのほうでは、ブログでは読めない内容の記事をたくさんアップしています。

未来賞をいただいて、いま書きたいこと
https://note.mu/mk7911/n/n0b1f389aea2f

2018年の目標を立てた  ~ずるずるずるずるの話
https://note.mu/mk7911/n/n61dac622b49a

第57回短歌研究新人賞候補作「仙台に雪が降る」全30首
https://t.co/2qhYBXq6hv

バリウムを初めて飲んできたんだけど、その話をします
https://note.mu/mk7911/n/n4425984a46f9


などなど、
500円ですべての記事(約100記事)が読めます。よろしければどうぞ。



去年の角川短歌賞の予選通過作品 50首|note(ノート)
https://note.mu/mk7911/n/nd28a52e005c7
50首連作を200円で公開しています。


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2016年11月30日

現代百人一首をつくったぞ!!!!!

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名古屋の歌人たちによる短歌の同人誌「短歌ホリック」に「推し短歌」として一首の短歌についてみじかく書いています。その縁で一冊いただきました。

「短歌ホリック」の特集に「廣野翔一選現代百人一首」というのがあるのです。

これに興奮しました。オレも100首選ならばやったことがあって、それで口を出したくてたまらなくなったのかもしれません。


工藤吉生の「#わたしの好きな短歌100」 【2016年版】 - Togetterまとめ https://t.co/gmubYuY1jN
オレが以前つくった百首選はこちら。
ただし一人最大三首まで選んでよいことにしたので、「百人一首」ではないんです。


オレと廣野さんで一首くらい重なるかと思ったら、全く重なりませんでした。でもオレが取り上げたことのある歌が100首のなかに8首ありました。
5.23.28.35.46.90.94.100。

なんの順番で百首が並んでいるのかわからないけど、100が角川「短歌」2016年11月号の歌であるところをみると、発表順、刊行順かもしれません。


2010年代の歌に限定したのも廣野選の特徴ですね。



百人の顔ぶれを見ると、歌壇歌壇しています。現代最高の歌人を集めようとしたら、短歌の総合誌の「新春大競詠」みたいな顔ぶれになってしまうものなんでしょうか。
それに『桜前線開架宣言』(山田航著)を足したような感じです。『桜前線~』の40人のうち28人がこの百人一首に選ばれています。
一部は驚くような人もいるけど、おおむね総合誌でいつも作品を発表してるような人たちが選ばれています。

廣野さんなのだから「塔」とか学生短歌会に片寄るのかなと思っていたら、かなり公平というか傾きのすくない選び方をしていることに驚きました。バランスということで考えれば、すごいバランスの良さなのではないでしょうか。

塚本邦雄が『新撰小倉百人一首』という本で、作者はそのままで歌をほとんど選び直して違う百人一首をつくってたというのを立ち読みで見ました。
そういうふうに、(川北さんとか他に選べないような人は別にして)作者をそのままにして歌を選び直してオレの百人一首を作ってみたくなる、そういう幅広い人選です。


「この選がしっくりこないという人はぜひ自分たちで百人一首を編纂してほしい。」と廣野さんは書いています。
しっくりはきません。でもそれは決して選が良くないという意味ではありません。おもしろかったです。

で、
言われた通り自分でさっそく百首選びました。
オレはすばやく実行に移すのです。作者をほぼそのままにして歌を取りかえました。


これです。
工藤吉生選現代百人一首・仮  【同人誌『短歌ホリック』特集「廣野翔一選百人一首」による】 - Togetterまとめ https://t.co/OUCrvKYJFB


▼基本的に2010年以降で
▼出典省略
▼選んだ歌にコメント等をしない
▼作者の順序は同じにする

の四点を引き継ぎます。


変更点。
知ってる歌が一首以下で歌が変えられない作者については別の作者の歌に変更しました。
▼11・川北天華さんの歌は例の歌しか知りません。これは別のネットで有名な歌にしました。
▼9・長谷川櫂さんの歌は、立ち読みしたことはありますがよく知りません。別の震災詠を入れました。
▼65・川野芽生さんの歌は、たぶん読んだことあると思うんですが記憶にありません。ここは廣野翔一さんの歌に変えました。型をまるごと真似しているので、それくらいはさせてもらわないとバチが当たりそうです。



ですがオレがほんとに本気で百人一首えらぶなら、この百人はかなり外しますね。かんたん短歌の周辺とか、なんたる星とか、うたらばうたつかい周辺からもっと入れたいですね。投稿で見かけた歌、古い歌や亡くなっている人の歌も入れたい。「現代百人一首」ではなくなりますが。
片寄りたいんです。

なので今回はあくまで形をお借りした「仮」の百人一首です。
片寄りたいオレがあえてバランス良く作るとどうなるか、2010年代という縛りを入れて選ぶとどうなるのか試してみたわけです。

しっくりこないと言いましたが、オレの選で誰かがしっくりくるとは全然思いません。短歌をたくさん読んだ方であれば、それぞれ心の中にある名歌はちがうのではないでしょうか。



「こういうのは長く短歌をやってる人が選ぶもので、2020年までオレが短歌をやってたらその時にやろう」
と思ってましたが、とうとうこらえられませんでした。

選んで思ったのは、言い訳したくなるってことです。
「これはこういう理由で選んだんだよ」とか、
「ほかにもすごい歌がいっぱいあってとっても迷ったんだぞ」とか。
多くを語らずに100首を提示する難しさを思いました。

「仮」にしたのは、人のふんどしでやってるという「借り」でもありますね。
誰を入れて誰を外すかが難しくて、それがあらかじめできていれば半分は出来上がってるようなものです。ですから短時間でできました。


ここに出てこなかった歌人を、
岩田、篠、奥村、三枝、蒔田、秋葉、福島、香川、道浦、花山(多)、阿木津、藤原、東、雪舟……などと数えていったとき、特に印象的なのは斉藤斎藤さんの不在です。不在が印象的というのもへんな話ですが。
この方の歌を一首抜き出す難しさはわかります。




最後にもう一回貼っておきましょう。
工藤吉生選現代百人一首・仮  【同人誌『短歌ホリック』特集「廣野翔一選百人一首」による】 - Togetterまとめ https://t.co/OUCrvKYJFB
こちらにまとめました。

ツイッターでつぶやいて、それをまとめサイト「トゥギャッター」にまとめました。こうすると外部の方に読まれやすくなるためです。



廣野さんの百人一首とオレのを並べて読んでみましたが、性質の似たところもあれば違うところもあって、おもしろかったです。



オレはかなり楽しみましたが、読者のみなさんも楽しんでいただければ幸いです。そして、しつこいようですが同人誌『短歌ホリック』を機会がありましたらぜひご覧ください。


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2015年10月13日

~歌書読む 35-9~ 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』【9】97-100、解説

百人一首、最終回。


97
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ
権中納言定家

98
風そよぐならの小川の夕暮は みそぎぞ夏のしるしなりける
従二位家隆

99
人も惜し人も恨めしあぢきなく 世を思ふゆゑにもの思ふ身は
後鳥羽院

100
百敷や古き軒端のしのぶにも なほあまりある昔なりけり
順徳院




97
まつ帆の浦、は兵庫県淡路の北端にある海岸。「待つ」と「松」をかける。
「焼くや藻塩」海藻に潮水を注いで乾燥させ、焼いて上澄みの塩を取る製塩方法。
「こがれ」は藻塩が焦がれることと恋い焦がれる様子をかける。
万葉集に本歌がある。巻六・九三五

98
「楢」は植物の楢と御手洗川の別名「楢」の小川を掛ける。
「みそぎ」は上賀茂神社(かみがもじんじゃ)の水無月祓(みなづきばらえ)のこと。六月末に半年の穢れを水で清める儀式。
秋をおもわせる涼しい風のなかで、水無月祓だけは暦の上では夏であることを物語っている。
爽やかな歌。

99
作者は八十二代天皇。
「をし」は愛しい、「うらめし」は恨めしい、憎らしい。反対語。
世を思うからこそ、周囲の人間が愛しくも恨めしくも思われる。
新古今和歌集の編纂をおこなった。
承久の乱にやぶれ隠岐に流されたときに詠まれた
われこそは新島守よ隠岐の海の荒き波風心して吹け
も有名。

100
「ももしき」は内裏、宮中の意味。
「しのぶ」には忍ぶ草と「偲ぶ」がかかる。「軒端のしのぶ」は建物の荒廃を意味する。宮中の建物の荒廃はそのまま王道の衰微を意味する。





解説

百人一首を選んだ藤原定家は後鳥羽院に評価され活躍したが、やがて衝突し、宮中への歌会への参加を禁じられる。だがその翌年に承久の乱に敗北した後鳥羽院は隠岐島に流される。

その十五年後1235年に百人一首の原型はつくられた。

1232年に定家は後堀河院に命じられ第九第勅撰集『新勅撰和歌集』の単独撰集をおこなった。鎌倉幕府に対する配慮から後鳥羽院・順徳院の歌を徐棄するよう命じられた。完成が1235年。その二ヶ月後に百人一首の原型がつくられた。

「百人秀歌」という書は百人一首と97首が一致した書。決定的にことなるのは後鳥羽院・順徳院の歌があるかどうか。
依頼主の蓮生には「百人秀歌」を贈り、「百人一首」は自分の楽しみとしてつくったという説がある。


百人一首に選ばれた歌は勅撰和歌集を出典とした。詠まれた年代順に配列された。
巻頭2首と巻末2首が注目される。巻頭は天皇を中心とした国家が描かれるが巻末では周囲の人々へのやりきれない思いや昔をなつかしむ嘆きがある。そこに定家のメッセージを読み取ることができる。

親子の歌人が18組ある。
部立や季節をしらべると恋の歌、秋の歌が多い。
これには、依頼主の蓮生が不遇な状況にあったことの影響が指摘されている。蓮生は謀反の嫌疑をかけられ、出家し隠居生活をしていた。

和歌は「ハレ」を題材とする。日常生活に密着した「ケ」は詠まれない。
優美で「ハレ」であることが和歌の条件。
理想的な型が詠まれた。
和歌が見えない心を具体的な景物で表現するのは、自分の心を他人と共有したいという人間の願望に起因する。

力を入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武人の心をも慰むるは、歌なり。
『古今和歌集』「仮名序」





おわり。
それから古今和歌集を読みはじめたが、ブログにまとめるかどうかはわからない。


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2015年10月06日

~歌書読む 35-8~ 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』【8】85-96

85
夜もすがらもの思ふ頃は明けやらで ねやのひまさへつれなかりけり
俊恵法師

86
なげけとて月やはものを思はする かこち顔なるわが涙かな
西行法師

87
むらさめの露もまだひぬまきの葉に 霧立のぼる秋の夕暮
寂蓮法師



85
「一晩中恋に悩んでいる今日この頃は、いつまでも夜が明けきらない寝室の戸の隙間までも、無情に感じられることよ。」

作者は男だが主体は女性。
鴨長明は俊恵を師とし、その言動を「無名抄」に数多く書き留めた。


86
「嘆けといって、月が私に物思いしるのだろうか。いや、そうではない。それなのに、まるで月のせいであるかのような顔をして流れ出る私の涙であることよ。」

風になびく富士の煙の空に消えて行方も知らぬ我が思ひかな/西行


87
村雨は通り雨、にわか雨。
まき=真木。 杉や檜など、山林に生える立派な大木。

村雨、まだ干ぬ、霧。風景全体が水気で覆われているような印象。




88
難波江の芦のかりねの一夜ゆゑ 身をつくしてや恋ひわたるべき
皇嘉門院別当

89
玉の緒よ絶なば絶えねながらへば 忍
ぶることのよわりもぞする
式子内親王

90
見せばやな雄島のあまの袖だにも 濡れにぞ濡れし色は変らず
殷富門院大輔



88
行きずりの恋の歌。
「かりね」は刈り根と仮寝。
「ひとよ」は一節と一夜
「わたる」は継続の意と(海を)渡るの意をかける。


89
玉の緒は本来は玉を貫く糸。首飾りの糸のイメージ。玉=魂を繋ぎ止める意に転じて命の意となる。


90
見せばやな=お見せしたい
袖の色が血の涙の色にそまったという意味。悲しみの涙は血の色をしていると信じられていた。

松島や雄島の磯にあさりせし海人の袖こそかくは濡れしか/源重之
が本歌。
「千首大輔」とあだ名がつくほど多作。





91
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかも寝む
後京極摂政前太政大臣

92
わが袖は潮干にみえぬ沖の石の 人こそ知らね乾く間もなし
二条院讃岐

93
世の中は常にもがもな渚こぐ あまの小舟の綱手かなしも
鎌倉右大臣



91
「きりぎりす」は今のこおろぎ。
「さむしろ」は「寒し」と「狭筵(さむしろ)」(幅のせまい筵)をかけている。
「衣かたしき」は自分の衣だけを敷いてねる、一人寝のさみしさをいうことば。
この歌の直前に作者の藤原良経は妻を亡くしている。


92
「石に寄する恋」という題。当時流行した歌題だった。石は長い年月をイメージさせる。
海の底に沈む石と自らの恋を、比喩という技法を超えて、秘密の恋の象徴として描いた一首。袖と石が恋の涙と海水に濡れている。
この歌以来、作者は「沖の石の讃岐」と呼ばれたという。


93
作者は源実朝。28歳で暗殺された。
「もがもな」の「がも」は願望の終助詞。目の前の風景が永遠に続いてほしいという願い。

本歌
陸奥(みちのく)はいづくはあれど塩竃の浦漕ぐ舟の綱手かなしも/読み人知らず
(みちのくはどこもそうであるが、中でも塩竃の浦を漕ぐ舟の綱手を引く風景がとても心惹かれる)




94
みよし野の山の秋風小夜ふけて ふるさと寒く衣うつなり
参議雅経

95
おほけなくうき世の民におほふかな わが立つ杣に墨染の袖
前大僧正慈円

96
花さそふあらしの庭の雪ならで ふりゆくものは我が身なりけり
入道前太政大臣



94
本歌
み吉野の山の白雪つもるらしふるさと寒くなりまさるなり/坂上是則

光沢をだすために衣を板や木槌で打つ「砧(きぬた)」は、中国で遠征の旅に出た夫を恋慕して残された妻がうつものとされた。待つ女の象徴。


95
「おほけなく」身の程知らずにも。
「わが経つ杣(そま)」比叡山のこと。
「すみ」は住みと墨をかける。
仏教界の頂点に立ち国家を運営していこうという野望。


96
「花さそふ」落花をさそう
「ふり」降りと古りをかけた。
上句の豪華絢爛な花吹雪の風景かり一転して自分の老いと向き合う静かな下句。栄華と死の対比。




次回最終回。


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2015年09月23日

~歌書読む 35-7~ 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』【7】73-84

角川ソフィア文庫 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』から、今回も3首ずつやっていく。


73
高砂の尾の上の桜咲きにけり 外山の霞たたずもあらなむ
権中納言匡房

74
うかりける人を初瀬の山おろしよ はげしかれとは祈らぬものを
源俊頼朝臣

75
契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋も去ぬめり
藤原基俊



73
高砂は高い山という意味。
外山は人里に近い山で、「深山」「奥山」の反対語。
立たずもあらなむ=立たないでください
霞がたつと桜が見えなくなるから立たないでくださいと言っている。
高い地位に立っているあなたをずっと見ていたいという意味ともとれる。


74
はつせ=大和国の歌枕。現在の奈良。初瀬山の中腹に長谷寺があり観音がある。
憂かりける=恋人が長い時間冷たかったこと。
振り向いてほしいと観音に祈願するが相手はますます冷たくなる。
「はげしかれ」は山おろしと恋人の態度の両方にかかる。


75
子の出世のために時の権力者に請願するが叶わなかったというエピソード。
いぬめり=去っていく




76
わたの原漕ぎ出でて見れば久かたの 雲ゐにまがふ沖つ白波
法性寺入道前関白太政大臣

77
瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ
崇徳院

78
淡路島通ふ千鳥の鳴く声に 幾夜ねざめぬ須磨の関守
源兼昌



76
雲居は雲そのもの。
歌とはちがい、作者忠通は権力闘争の真っ只中に生きた。


77
「~を~み」、で「~が~なので」の意味になる。
滝川は滝のようなはげしい川。
「せかるる」はせきとめられる
「われても」は水の流れが岩に当たってわかれる意味と、恋人がわかれるという意味。

作者は保元の乱に敗れ讃岐に流され同地で没した。怨霊になったと恐れられ、おどろおどろしい伝説がうまれた。
前の歌の作者忠通は保元の意味の勝者。


78
須磨は現在の神戸市にある。関守は関所の番人。
須磨には都人がなにかしらの不幸を背負ってやってくるイメージが色濃く漂っている。源氏物語で光源氏が流されるなど。




79
秋風にたなびく雲の絶え間より もれ出づる月の影のさやけさ
左京大夫顕輔

80
ながからむ心も知らず黒髪の 乱れて今朝はものをこそ思へ
待賢門院堀川

81
ほととぎす鳴きつる方を眺むれば ただ有明の月ぞのこれる
後徳大寺左大臣



79
本来、雲は月を隠してしまうかは『万葉集』では雲よたなびかないでくれと呼び掛ける歌が多い。しかし平安時代以降は雲の絶え間からさす月光を愛するようになる。


80
「あなたの愛情が長続きするかどうか、わかりません。この黒髪が乱れるように、心も乱れて、今朝は物思いに沈んでいることですよ」
後朝(きぬぎぬ)の心を詠んだ歌。
女の黒髪は恋人の愛撫の対象。官能的で愛の記憶となった。


81
有明の月といえば恋の場面によく詠まれる景物。この歌に妖艶な印象をもたらす。





82
思ひわびさても命はあるものを 憂きに堪へぬは涙なりけり
道因法師

83
世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
皇太后宮大夫俊成

84
ながらへばまたこの頃やしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき
藤原清輔朝臣




82
「わぶ」は動詞について「~することに疲れる」の意味。
道因は、90歳になって耳が遠くなっても歌合に参加するなど、歌道に強く執着した。


83
俊成は定家の父。
俊成は「幽玄・艶」という美的概念を和歌において確立した。
「幽玄」は明瞭より曖昧、単純より複雑、明暗でいえば薄暗さの美。
「艶」は人間の心を浄化し、深く掘り下げるような曖昧模糊とした美。


84
「生き長らえたならば、つらいと思っている今日このごろも、なつかしく思い出されるのだろうか。あれほどつらいと思っていた昔が、今となっては恋しいのだから。」
過去現在未来が配置されているが、いずれも苦渋に満ちている。


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2015年09月17日

~歌書読む 35-6~ 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』【6】61-72

谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス・日本の古典 百人一首』
61-72



61
いにしへの奈良の都の八重桜 今日九重に匂ひぬるかな
伊勢大輔

62
夜をこめて鳥のそら音ははかるとも 世に逢坂の関はゆるさじ
清少納言

63
今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならで言ふよしもがな
左京大夫道雅



61
九重(ここのへ)は宮中のこと。「にほひ」は香りではなく、色うつくしく咲いている様子。
「いにしえ」と「けふ」、「八重」と「九重」が対をなす構成。


62
「夜が明けていないのに、かの猛嘗君の食客のように、鶏の泣き真似をしてだましても、逢坂の関の関守はだまされませんし、私もだまされて、すぐ戸を開けてあなたと逢ったりはしませんよ。」

藤原行成との才気あるやりとりからうまれた歌。

「函谷関の鶏」。猛嘗君が従者に鶏の鳴き声を真似させて、夜明けに鶏が鳴かないと人を通さない函谷関の関守をだまして通過した故事。


63
作者道雅はアウトロー的な人生を歩んだ。素行の評判も悪かった。当子内親王との恋は、彼女の親の三条院に阻まれる。
別れの言葉だけでも直接会って伝えたいという未練の歌。




64
朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに あらはれわたる瀬々の網代木
権中納言定頼

65
恨みわびほさぬ袖だにあるものを 恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
相 模

66
もろともにあはれと思へ山桜 花よりほかに知る人もなし
前大僧正行尊



64
宇治川は京都を流れる川。
「瀬々の網代木(あじろぎ)」は、魚をとるために川の浅瀬に杭を打ち簀をつけたしかけ。宇治川名物。

65
「恨みわび」の「わび」は動詞の連用につき「~することに疲れる」「~する力をなくす」の意味。
「袖」と「名」を対比させ、ともに「朽ち」てゆくものとしていとおしんでいる。


66
「私がおまえをいとおしく思うように、おまえも私のことをいとおしく思っておくれ、山桜よ。花以外に私の気持ちをわかってくれる人もいないのだから。」




67
春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそ惜しけれ
周防内侍

68
心にもあらでうき世にながらへば 恋しかるべき夜半の月かな
三条院

69
あらし吹く三室の山のもみぢ葉は 龍田の川のにしきなりけり
能因法師



67
「甲斐なく」に「腕(かひな)」が掛かる。
手枕は「これを枕にどうぞ」と差し出された男の腕。ここでは藤原忠家。歌のやりとりがある。
契りありて春の夜深き手枕をいかがかひなき夢になすべき/藤原忠家

68
心にもあらで=不本意にも、意思に反して
作者・三条院は眼病をわずらっていた。失われていく視力のなかで見た月。


69
三室の山は奈良県にある。竜田川は三室山の東の麓を流れる。

錦は様々な色糸を用いて織り出された
絹織物の総称。 錦のように鮮やかで美しいものを指して用いる言葉。

能因は常々「数奇給へ。数奇ぬれば、歌は詠むぞ(没頭しなさい。没頭すれば、歌は詠むことができるぞ)」と語っていたという。



70
寂しさに宿を立ち出でてながむれば いづこもおなじ秋の夕暮
良暹法師

71
夕されば門田の稲葉おとづれて 芦のまろやに秋風ぞ吹く
大納言経信

72
音にきく高師の浜のあだ波は かけじや袖の濡れもこそすれ
祐子内親王家紀伊


70
寂しさはその色としもなかりけり真木立つ山の秋の夕暮れ/寂蓮法師
という歌もある。
その色としもなかりけり=特にどの色とも限らず


71
門田=家のすぐ傍に広がる直営田
蘆のまろ屋=蘆で葺いた粗末な小屋

都会で暮らす貴族たちは、郊外の田園地帯に別荘を持地擬似的な陰遁を楽しんだ。


72
高師の浜は大阪。
あだ波=いたづらに立つ波(浮気男の意味も)
かけじや=波をかけまい、思いをかけまいの二重の意味
浜、波、ぬれ、が縁語。

艶書合(けそうぶみあわせ)という、恋歌を競い合う歌合での歌。


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2015年09月05日

~歌書読む 35-5~ 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』【5】49-60

百人一首。ここでは49-60番の歌をあつかう。三首ずつ。




49
御垣守衛士のたく火の夜はもえ 昼は消えつつものをこそ思へ/大中臣能宣朝臣

50
君がため惜しからざりし命さへ ながくもがなと思ひけるかな/藤原義孝

51
かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを/藤原実方朝臣


49
御垣守衛士は宮中の門番の兵士。火が恋心にかかる。
夜しか逢えない恋人たち。


50
長くもがな=長くありたい

男が恋しい女と初めて結ばれて、翌朝帰るときに詠んだとされる。

この歌とうらはらに、21歳で作者は亡くなった。


51
技巧が凝らされ、賛否両論の歌。
「いぶき」=伊吹山、言ふ
さしも草=お灸とするよもぎ、さしも
思ひの「ひ」は火でもある。

「このようにあなたに恋しているとさえ、言うことができません。だから、あなたは、伊吹山のさしも草が燃える火のように、これほどにも燃える思いであることを、ご存じないでしょうね。」




52
明けぬれば暮るるものとは知りながら なほ恨めしきあさぼらけかな/藤原道信朝臣

53
歎きつつひとりぬる夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る/右大将道綱母

54
忘れじの行末までは難ければ 今日をかぎりの命ともがな/儀同三司母



52
しののめのほがらほがらに明けゆけばおのがきぬぎぬなるぞ悲しき/作者未詳
(明け方の空が晴れ晴れと明けてゆくと、各々が別の衣を着て、わかれてゆくのが悲しい)

という歌も。


53
男の心変わりを知って送られた歌。
「あくる」には門が開くの意味も。「昨夜、門が開くまでの時間は長かったでしょう。これであなたも、待つ私の気持ちがおわかりになったのでは?」という皮肉。


54
男の心変わりが日常茶飯事で、女性は恨みながらもそれを受け入れるしかなかった。永遠の愛など信じられぬ女性は、「そう言ってくださる今日、命が終わればいいのに」と願った。

作者の夫の愛は変わらなかったが、夫の死後は不幸な晩年だったという。




55
滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞えけれ/大納言公任

56
あらざらむこの世のほかの思ひ出に 今ひとたびの逢ふこともがな/和泉式部

57
巡りあひて見しやそれともわかぬ間に 雲がくれにし夜半の月かな/紫式部



55
藤原の道長にささげられた。大覚寺(いまの京都)の散策からつくられた。
昔の滝の音はもう聞こえないがら名声だけは今も伝わっている。


56
病床にあり死期の近いことを予感した和泉式部が、死ぬ前にあなたに一目逢いたいと贈った歌。

世の中に恋てふ色はなけれども深く身にしむ物にぞありける/和泉式部
世の中に恋という色はないけれども、布地に染まる色のように、恋は深く身にしみるものだったよ。


57
女の友情を詠んだ。
「めぐり逢いて」「雲隠れにし」はともに月と友達の両方が主語となる。愛するものがふと見えたかと思うとまたすぐに姿を消してしまうもどかしさ、切なさを月になぞらえた。




58
有馬山猪名のささ原風吹けば いでそよ人を忘れやはする/大弐三位

59
やすらはで寝なましものを小夜更けて 傾くまでの月を見しかな/赤染衛門

60
大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立/小式部内侍



58
詞書「かれがれにたなる男の、おぼつかなく、など言ひたるによめる」
(訪れが絶え間がちになった男性が自分のことを棚にあげて「私のことを忘れたのではと気がかりです」などと言ってきたので言い返した歌)

笹が風にそよぐ「そよそよ」から「そう、そのことですよ」につなげられる。
「忘れやはする」は強い反語。忘れなどするでしょうか、忘れはしません。


59
「やすらはで」は躊躇するという意味の「やすらふ」から。
「寝なましものを」は「寝てしまえばよかったのに」。事実と逆のことを仮に想定する言い回し。


60

「いく野」はいまの京都の「生野」と「行く」をかける。
「ふみ」は手紙の「文」と「踏み」をかける。
母を思う歌。藤原定頼に母に代作してもらっているなどとからかわれて、歌でやり返した。



つづく。


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2015年08月26日

~歌書読む 35-4~ 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』【4】37-48

百人一首の第四回目。今回も3首ずつやる。勉強で読んでいるが、わかってくるとおもしろいものだ。



37 白露に風の吹きしく秋の野は つらぬきとめぬ玉ぞ散りける  文屋朝康

38 忘らるる身をば思はず誓ひてし 人の命の惜しくもあるかな  右近

39 浅茅生のをののしの原しのぶれど あまりてなどか人の恋しき  参議等


37
吹きしくの「しく」は「しきりに~する」。玉は真珠。
草葉のうえの白露を真珠が飛び散るさまに見立てた。
玉は魂でもあり、死のイメージ。

38
命をかけて愛を誓うのはこのころよくあることだが、その場合は神罰によって命を落とすとも信じられた。

39
浅茅生(あさぢふ)は丈の低い茅萱が生えているところ。「小野」は野原。「篠原」は篠竹の生えている原。
「あまりて」は恋心を忍びきれなくて、「などか」はなぜ、どうしての意味。
「あまりてなどか」は句割れ。句割れが恋の混沌、困惑、あふれる激情を表現。



40 しのぶれど色に出でにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで  平兼盛

41 恋すてふわが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか  壬生忠見

42 契りきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山波こさじとは  清原元輔


40
「色」=目に見える態度や身振り。
「ものや思ふ」=恋の物思いをしているのですか。

40と41は「忍ぶ恋」の歌合わせで勝負した歌。こちらが勝った。

上の句から下の句にかけて、忍ぶ恋が露見してゆく様子とともに、困惑し内省する心の動きが、ドラマチックに描かれている。三句「わが恋は」は上二句と下二句にかかっている。

41
40との歌合わせに負けた歌。作者は拒食症になり亡くなったという。



(屏風歌についてコラムがある。屏風と歌が同じテーマで共存する。絵画と短歌のコラボレーション)


42
末の松山は陸奥国の歌枕。宮城県多賀城あたり。どんな大波でもここには打ち寄せないという伝承がある。そこを波が越えることがないくらい、私が心変わりすることはありえないという誓い。それが破られた。

作者は多作で、依頼されて代作もした。



43 逢ひ見ての後の心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり  権中納言敦忠

44 逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 人をも身をも恨みざらまし  中納言朝忠

45 あはれともいふべき人は思ほえで 身のいたづらになりぬべきかな  権徳公


43
「逢ひ見て」は男女の仲になること。

44
恨みざらまし=恨むということもなかっただろうに。
「まし」は事実と異なる推量。

45
「いたづらに」=死ぬ
同情を引こうとする歌。
作者は御曹司として華やかな生活を送った。それを考えると自己陶酔的な歌。



46 由良のとをわたる舟人かぢをたえ 行く方も知らぬ恋の道かな  曽禰好忠

47 八重むぐらしげれる宿のさびしきに 人こそ見えね秋はきにけり  恵慶法師

48 風をいたみ岩うつ波のおのれのみ 砕けてものを思ふころかな  源重之


46
「由良の門」は今京都の由良河の河口。


47
八重葎(やへむぐら)は幾重にもしげった雑草。
「こそ~ね」は逆接で下につづく。

廃園となった河原院の歌。かつては文学が生まれる華やかな場だったが、やがて荒廃した。それがまた廃園を愛する風流人が集まる場となった。

48
「いたみ」=激しいので
「くだけて物を思ふ」は物思いの激しさを表現したもの。


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2015年08月21日

~歌書読む 35-3~ 谷知子編著『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』 【3】25~36

また3首ずつ12首やる。



25 名にし負はば逢う坂山のさねかずら 人に知られで来るよしもがな  三条右大臣

26 小倉山峰の紅葉葉心あらば いまひとたびのみゆき待たなむ  貞信公

27 みかの原わきて流るるいづみ川 いつ見きとてか恋しかるらむ  中納言兼輔




25
逢坂山は奈良と滋賀の境にある。「逢う」の意味とかかる。
「さねかづら」と「さ寝(共寝)」がかかる。物にからみついて生長する植物。
名にし負はば=その名の通りであるならば


26
貞信公=藤原忠平
小倉山は京都。
待たなむ=待っていてほしい

27
みかの原は京都。
「いづみ」が「いつ見」とかかる。
「わきて」は「湧きて」「分きて」とかかる。

見たことのない相手への恋の歌とされる。





28 山里は冬ぞ寂しさまさりける 人目も草もかれぬと思へば  源宗于朝臣

29 心あてに折らばや折らむ初霜の 置きまどはせる白菊の花  凡河内躬恒

30 有明のつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし 壬生忠岑




28
「かれ」は「離(か)れ」と「枯れ」が掛かる。
中世は冬が注目された時代。平安時代は秋の月が美しいとされ、中世になると冬の月の美が注目される。


29
心あてに=心をこめて、よく注意して

菊の白と霜の白をかさねた。正岡子規は「嘘の趣向なり」と酷評した。
たしかに嘘であり演技だが非難にはあたらない。日本人は庭園にしろ文学にしろ、理解しやすいかたちに変容させてから取り込んできた。和歌も同じで、自然そのものではない。箱庭的な自然、優美な自然だけを和歌は素材とした。



30
定家や家隆が古今和歌集の名歌をたずねられてこの歌を推薦したという。
定家は、つれなく見えたのは月だけで、女はつれなくないと解釈していたらしい。
ここでは女もつれない態度だったと解釈されている。



31 朝ぼらけ有明の月と見るまでに 吉野の里に降れる白雪  坂上是則

32 山川に風のかけたるしがらみは 流れもあへぬ紅葉なりけり  春道列樹

33 ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ  紀友則



31
雪と月光を見間違う、見立ての歌。


32
山川=山の中を流れる川
しがらみ=柵
紅葉を柵に見立てた。


33
上の句の頭の「ハ」行、さしはさまれる「の」のリズム感。



34 誰をかも知る人にせむ高砂の 松も昔の友ならなくに  藤原興風

35 人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に匂ひける  紀貫之

36 夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいずこに月宿るらむ   清原深養父



34
高砂の松は兵庫にある。
長寿を嘆くめずらしい歌


35
人の心は知らないが奈良の梅は昔と変わらずに匂っている。

いさ=さあどうだろうか。下に「知らず」を伴うことがおおい。
人は宿の女主人をさす。

紀貫之は『古今和歌集』撰者の中心的人物。土佐日記は女性を装って書かれた。男性は漢字、女性はひらがなを使うと決められていたことによる。


36
「月宿るらむ」は月を人間に見立てたもの。雲にかくれた月に対する、早く姿を見せてほしいという願望。



つづく。


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2015年08月16日

~歌書読む35-2 ~ 谷知子編『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 百人一首』 【2】13~24

3首ずつやる。




13
筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞ積もりて淵となりぬる
陽成院

14
陸奥のしのぶもぢずりたれゆえに 乱れそめにしわれならなくに
河原左大臣

15
君がため春の野に出でて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ
光孝天皇



十三
「筑波嶺」は茨城の筑波山。歌垣の場としても有名。歌垣とは、春と秋に男女が集まって求愛しあう儀式。
「みなの川」は「水無川」「男女川」とも。
作者、陽成院は九歳で即位するが異常な行動が多く退位させられる。その後長く隠遁生活を送った。

十四
「陸奥のしのぶもぢずり」は東北地方の名産、乱れ模様に摺り染めた布。
「そめ」は染めと初めの掛詞。
河原院は当代きっての風流人。

十五
若菜は、せり、なずなといった若草。
陽成院のあとに即位したのが作者光孝天皇。苦労人、清貧。和歌の興隆をもたらした。




16
立ち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む
中納言行平

17
ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは
在原業平朝臣

18
住の江の岸に寄る波よるさへや 夢の通ひ路人目よくらむ
藤原敏行朝臣



十六
「因幡」と「往なば」、「松」と「待つ」の掛詞。
「わくらばに」=万が一でも

十七
「神代」は、奇想天外なことが起こりえた神話の時代。
「竜田川」は奈良の川。
「くくる」は「くぐる」とも解釈される。定家と業平では別々の意味で考えていたとも言われる。
くくるは絞り染め。川を一枚の布に見立てて、紅葉に絞り染めにされたという意味になる。

「伊勢物語」は美男業平の恋物語を中核としている。

十八
住の江(すみのえ)は大阪。
「夜」と「寄る」。
「夢の通い路」は夢の中で恋人に逢いに行く路。
藤原敏行は能書家として有名。法華経を書写したが、魚を食べ、女と関係を持ちながら書写した罪で地獄に堕ちたという。




19
難波潟短き蘆のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや
伊勢

20
わびぬれば今はたおなじ難波なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ
元良親王

21
今来むといひしばかりに長月の 有明の月を待ち出でつるかな
素性法師



十九
女の恨みの歌。
蘆の節と節の空間的なみじかさが時間の短さへと転じる。難波潟の荒涼とした風景が心情を映像化。

二十
「みをつくし」は澪標(船に水脈を知らせる標識)と身を尽くし(破滅する)の掛詞。
政権への反逆行為になるような恋。
作者・元良親王は当代きってのプレイボーイ。

二一
有明の月は、夜明け後も空に残るため恋歌によく使われる。



22
吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風をあらしといふらむ
文屋康秀

23
月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身ひとつの秋にはあらねど
大江千里

24
このたびは幣も取りあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに
菅家



22
中国の「離合詩」の影響。
山と風を合体させらしかも草木を荒らすので「嵐」というのだと漢字の成り立ちに納得してみせた一首。

23
千々=さまざまに、かぎりなく。
「千々」が「ひとつ」と対になる。
「わが身ひとつの秋にあらねど」は「私一人のために訪れたような気がする」という意味を言外に省略する。

夕霧も心の底にむせびつつわが身ひとつの秋ぞふけゆく/式子(しょくし)内親王


24
菅家=菅原道真。
手向山は奈良山の一部。地名と「手向ける」をかけた。
「旅」と「度」の掛詞。
「幣」は紙などを小さく切り道中の無事を祈り神に捧げたもの。紅葉を幣に見立てた。
紅葉を神に捧げるのは自然を支配する王者の発想。狩猟の旅。狩猟は支配の象徴。王権とかかわる歌。


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