総合誌

2018年07月11日

[総合誌読む 123] 角川「短歌」2018年6月号  ~引き算のうちはよくても、ほか

角川「短歌」2018年6月号。

久しぶりに総合誌をやります。ちょっと古いですけども。



干しぶだう口に含みて目をつむる子に味はひの時が流れる/澤村斉美「水菰刈る」

ああさうか私がナイフだつたのか果肉に深く入りて気づく/澤村斉美「水菰刈る」



同級生チノ・タケシ君イカダから運河に落ちて溺死せし夏
母子寮の三畳の部屋オカアサン泣きて棺(ひつぎ)のチノ君の死顔
ラジオから聞こえる歌に声合わせ「黒いはなびら、静かに散った」
/藤原龍一郎「昭和三十四年」

→ところどころカタカナで、チノタケシ君の正確な漢字のわからないところには、幼い思い出らしさがある。
「黒いはなびら」はこの頃か。水原弘の太い低い声に、少年が声を合わせて歌ったのだ。チノ君が「黒いはなびら」に重なる。



銀歯奥までみせて愛想わらひする包丁研ぎに包丁わたす/小池光「いまこそ厨歌」
→包丁研ぎに包丁をわたすのは普通のことなのに、なぜかちょっと不安になる。大きめの愛想笑いのせいだろうか。



わが捨てし檸檬の皮ののこりゐる夜の部屋に来てその香をかぎぬ/横山未来子「気泡」



おのずから胸に浮かびてとどまればしばし秘密のごとく母恋う/三枝浩樹



会った人が死んでしまうということをなんか思ったコンビニのレジ/永井祐「七首ある」

引き算のうちはよくてもかけ算とわり算でまずしくなっていく/永井祐「七首ある」

→格言とか予言とか、そういった雰囲気のある歌。行きすぎた知や技術が人をダメにすることってあるかもしれないけども。かけ算やわり算は扱える数字を簡単に大きくするからってことかなあ。
かけ算って小学2年とかで習うけど、もうそのあたりから人のまずしさが始まっている。



わかりやすい人と言われるルービックキューブ一面だけを揃えて/飯坂友紀子



丸つけた歌はそんな感じです。

なぜこの号を紙で買ったかというと、時評にオレのことが書かれていたからだけど、それについては有料記事で書きました。
note(ノート)
https://t.co/8GGzfoLUMG
この本おわり。






▼▼▼



【こっちもおすすめ】
noteのほうでは、ブログでは読めない内容の記事をたくさんアップしています。



もうひとりの中城  ~世にも奇妙な歌壇批判
https://note.mu/mk7911/n/n7bb586d45075

短歌連作とジェンガ
https://t.co/vssnyy5mrn

速報です
https://t.co/nbzpaCZ3OP

2018年5月のオレの短歌とその余談
https://note.mu/mk7911/n/n75bf05a79de6

未来賞をいただいて、いま書きたいこと
https://note.mu/mk7911/n/n0b1f389aea2f

第57回短歌研究新人賞候補作「仙台に雪が降る」全30首
https://note.mu/mk7911/n/n58e5f4337568




などなど、
500円ですべての記事(約100記事)が読めます。よろしければどうぞ。










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2017年12月25日

2018年に向けて、これまでの短歌投稿を振り返ってみた

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今までに短歌を出してきた場所とその期間をまとめた。手書きで。 https://t.co/g7PwQnDuj5
まあ汚い表なんだが、なんだか振り返ってみたくなり、まとめた。





見づらいのと思うので文章でも説明する。

▽短歌と写真のフリーペーパー「うたらば」へは、2012年はじめから投稿していて、現在までつづいている。
短歌なzine「うたつかい」へは2012年春から出詠していて、現在までつづいている。
雑誌「短歌研究」の「うたう☆クラブ」へは2012年春から投稿しはじめて、2017年はじめに止めた。
雑誌「短歌研究」の「短歌研究詠草」へも同じ時期に投稿しはじめた。2017年後半までつづいた。
▽雑誌「ダ・ヴィンチ」の「短歌ください」へは2012年後半から投稿しはじめて、2016年後半にやめた。
雑誌がひらいている新人賞へは2012年から応募しはじめて、現在までつづいている。
雑誌「角川 短歌」の「公募短歌館」現在の「角川歌壇」へは2012年後半から投稿しはじめて、2017年なかばまでつづいた。
▽YouTubeの番組「歌会たかまがはら」への投稿は2012年後半からはじめて、2016年前半にやめた。

結社「塔」には2013年はじめから2015年末まで在籍した。
▽角川短歌大会、NHK短歌大会などの各種大会へは、2013年はじめから投稿しはじめて、現在までつづいている。
「NHK短歌」へは2013年後半から投稿しはじめて、現在までつづいている。

毎日新聞の「毎日歌壇」へは、2014年はじめから現在までつづいている。途中、2016年のなかばから2017年のなかばまで休止していた。
日経新聞の「日経歌壇」へは、2014年なかばから投稿しはじめて、現在までつづいている。途中で一年ほどの休止期間がある。
雑誌「現代短歌」の「読者歌壇」へは、2014年の後半から投稿しはじめて、2017年なかばまでつづいた。
▽不定期の雑誌「短歌雑誌ネガティヴ」へは2014年から投稿しはじめて、現在までつづいている。
読売新聞の「読売歌壇」へは、2014年の後半から投稿しはじめて、現在までつづいている。途中で休止期間がある。

河北新報の「河北歌壇」へは、2015年春から投稿しはじめて、2017年春までつづいた。
雑誌「歌壇」の「読者歌壇」へは、2015年なかばから投稿しはじめて、2017年なかばまでつづいた。

結社誌「未来」へは、2016年はじめから在籍している。
文芸誌「We」へは2016年なかばから出詠して、2017年なかばまでつづいた。
▽タウン誌「仙台っこ」へは、2016年なかばから投稿しはじめて、現在までつづいている。
▽ネットプリント毎月歌壇へは、2016年なかばから投稿しはじめて、現在までつづいている。

▽雑誌「公募ガイド」の「短歌の時間」へは、2017年春から投稿しはじめた。
▽雑誌「野性時代」の「野性歌壇」へは2017年なかばから投稿しはじめた。



ということが、上の画像一枚に記録されている。







2011年に短歌をはじめて、2012年にいきなり九箇所に短歌を投稿しはじめる。

2015年までは出詠箇所を増やしつづけた。

2016年になるとぼちぼち止めはじめる。ダ・ヴィンチ、たかまがはら、塔に出さなくなる。ダ・ヴィンチはボツつづきで、たかまがはらは、出したいゲストがこなくなって。

2017年になると7箇所に歌を出さなくなり、投稿からゆっくり身を引きはじめる。
2017年に出すのをやめた7箇所のうち、5箇所は総合誌。厳密には、角川の題詠もあるので、8箇所に出すのをやめてそのうち6箇所が総合誌。

急に総合誌離れが起きている。






「うたうクラブ」は、自分の電話に活躍してる歌人の方からアドバイスのメールが届くことにはじめはドキドキした。あれは良かった。
でも数年経つとドキドキしなくなったし「自分の歌は自分で直しますわ」ってなったからやめた。

「角川短歌」に出さなくなったのは、電子版を買うようにしたら応募ハガキがついてこなくなったから。

「現代短歌」に出さなくなったのは、ダブル特選も達成したし、短歌手帳と書込歌集がこれ以上増えると困るから。

「歌壇」に出さなくなったのは、添削されるのが、嫌だとは言わないが、ありがたく感じられなかったから。

「短歌研究詠草」に出さなくなったのは、四人の選者全員から準特選をもらって、おおむね満足したから。


そんなふうにやめた理由を言っていくと「もっと強い意志で止めたのかと思った」って言われそう。いや、意志がある程度固まってきたから、そういうことが中止の要因になるんだ。






これ以外に
「うたのわ」
「ちどり」
「うたよみん」

といった投稿サイトが入ってくる。この三つはいまだにやってる。

歌会ができるサイト「うたの日」は今年一度だけ出して「どんまい」だったので、はずかしくなって足が遠のいた。気にしないから「Don't mind」なのだが。



うたの日に関しては、膝蹴りの歌が出せたから満足しています。

膝蹴りを暗い野原で受けている世界で一番素晴らしい俺/工藤吉生
http://utanohi.everyday.jp/open.php?no=470c&id=27

あの木村比呂さんに激賞されて、食器と食パンとペンさんにイラストに描いていただいた。
http://syokupantopen.jugem.jp/?eid=2217
身にあまることだと思ってます。






そんなふうに次々といろんな場所から撤退しているんだけど、2018年にどこに力をいれるのかは、だいたい見通しがある。

2018年の目標を立てた  ~ずるずるずるずるの話|mk7911|note(ノート)
https://t.co/jejGAs6u5Y

以上です。
んじゃまた。


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2017年09月20日

[総合誌読む 119] 「短歌研究」2017年8月号  ~赤血球のぬいぐるみ、ほか

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短歌研究 2017年8月号。8月号ですよ。もうそろそろ10月号が発売するのに。



ひとつぶの赤血球のぬいぐるみを抱きしめている熱帯夜なり/穂村弘「アイスラッガー」
→赤血球って体のなかにあるもので、体のなかにあるものを抱きしめているって、なんか孤独だなあ。そしてそれができるようにしたぬいぐるみってすごい。
赤血球ってものすごく小さいんだけど、抱きしめているってことは抱きしめられる大きさになってるわけで、普通の赤いクッションとどう違うのか。

それと、熱帯夜だ。熱いのに赤いものを抱きしめている。
連作のなかだと「なり」が浮いて見える。そのあたりも「読める」人は何か読み取れるのかもしれない。



二十五年働ききたり天井の睫毛のような模様の下に/吉川宏志「龍眼」
→天井にこちらを見ているような不気味な染みがあって、それを長い間気にしながら働いてたんだと読んでたんだけど、「模様」ってことは元々そういうデザインだったんだと考えなおした。



たしかまだあつたはずだと冷凍室の底に見つける飯のひと椀/永田和宏「莫迦かおまへ」
→なにげない日常の歌だが、記憶が冷えた片隅で実体化したみたいで考えようによっては神秘的だ。



シフォンケーキ双子の姉妹がつくり売るちひさな店が近隣にあり/小池光「風吹く」
→さりげない。タイトルもさりげない。
おとぎばなしみたいに見える。切り取りかたがそのようになっているのだろう。



大人たちしやべりゐる間に石段をのぼりゆく子の遠き背見ゆ/花山多佳子「東京の川」
→正しい風景という気がする。子供は大人のしゃべってることなんて興味ないからすぐ遠くに行ってしまう。普通なんだけどどこかがいい。「石段をのぼりゆく」の具体的なところがいいのかなあ。



「ラスコーリニコフの斧」といふ唄が棲みついてひと日頭蓋にひびく/桑原正紀「寝釈迦雲」
→ドストエフスキーが好きなもんだから、探して聴いた。たしかに気になる歌だ。無能者は生きている価値がないと言い続ける歌だ。
小説ではラスコーリニコフは最終的には罪を認めて刑罰を受けるが、歌では無能者が攻撃されっぱなしだ。

"ラスコーリニコフの斧 あべりょう"
https://t.co/OhbfcpJIJT



佐賀県立宇宙科学館各階をくまなくめぐれど宇宙人をらず/大口玲子「誰のことばの」
→「科学館各階をくまなく」のKの連打がちょっとおもしろい。
そりゃいないでしょと思うけど、そのあとに忍者村の忍者がでてくる。宇宙科学館に宇宙人はいないが、忍者村に忍者はいる。その差。



父の指紋この世のどこかにまだ残り母やわたしに触れてゐるらむ/梅内美華子「水色の幌」



加熱して凍らせてまた加熱するごはんの味が屈折をせり/沖ななも「七十」



この春に一年生になつたでせう なつたばかりの欠席の椅子/池田はるみ「左近川を渡つて」

→染野太朗さんと山下翔さんのツイキャス「いいぞもつとやれ」で語られていたのが印象的な連作だった。

ちひさいつて怖いことだね ばあばもサちひさいころは泣いたものだよ/池田はるみ「左近川を渡つて」
→すごく子供に寄り添っていて、いいなあ。親しみをこめて語りかけている「サ」だ。



しゃぼんだま虹まで飛べと吹いてみる団地のなかの7号公園/山﨑公俊
→短歌研究詠草から。上の句と下の句の対比がするどい。「7号」が特に人工的だ。



感情のような雨音はがしたらきっと汚いタイプのシール/外川菊絵
→「うたう★クラブ」から。「比喩には双方向性がある」にアンダーラインを引いた。





オレは短歌研究詠草で準特選をいただいた。5月号につづき、今年2回目の準特選。うれしいものだ。



この本おわり。
んじゃまた。



▼▼▼



#2017上半期短歌大賞 50首 Togetterまとめ https://togetter.com/li/1126231
今年の上半期に読んだすべての短歌から50首選んでまとめました





第57回短歌研究新人賞候補作「仙台に雪が降る」全30首
https://t.co/2qhYBXq6hv

2017年8月のオレの短歌とその余談【前編】|mk7911|note(ノート)https://t.co/wu2trBY3LV

2017年8月のオレの短歌とその余談【後編】|mk7911|note(ノート)https://t.co/LoL07dV8dZ

短歌パトロール日誌【最終回】|mk7911|note(ノート)
https://note.mu/mk7911/n/n41c835707189

最近読んだ戦争関連本11冊を5段階評価する|mk7911|note(ノート)https://t.co/mymQd04Grj


「工藤の有料マガジン」は500円ですべての記事が読めます。
よろしくお願いいたします。


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2017年08月29日

[総合誌読む 118] 角川「短歌」2017年7月号  ~観念して続けましょう、ほか

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今ごろですが、角川「短歌」2017年7月号やります。



特集「短歌再入門」があって、その時はちょっと悩んでいたから、読んではげましにした。
小島ゆかりさんが「やめたいと思うのは、いい歌が作りたいのにできないという気持ちがあるからこそ。やめたいと思う方、観念して続けましょう」と書いていた。



暗殺の利点を妻に説きゐたり掃除機を手の忙しなき背に/佐古良男「この星」
→「せわしない」を「忙しない」と書くんだね。下の句、特に助詞に注目した。



息あさく眠れる父のかたわらに死は総身に蜜あびて立つ/服部真里子「絶対青度」
→蜜をあびている死の姿が印象的だ。ちょっとこわい。ドラクエの「ドロヌーバ」をイメージしたが、もっと抽象的なことだろう。蜜の甘さは、苦しみからの解放か。



眠る子のひたいの眉をなぞりつつしずかな夜のひたいは広し/花山周子




「たずねびと」ラジオ聴き終へ畑にゆく父の寡黙は長くつづけり/陶久要

→角川歌壇から。
オレはラジオでたずねびとは聞いたことないんだけど、たぶんNHKあたりでやってるんだろう。絵や写真がないとなかなかきびしいだろうな。
ラジオの声からイメージされた「たずねびと」の姿が寡黙な父の脳裡をさまよっていたのだろう。



モナリザは美人ではないと姑言ひき遺影の真顔はその時の顔/石上令








オレの歌も角川歌壇に載った。次の歌が、安田純生さんの秀逸で香川ヒサさんの特選にえらばれた。

体重が身長を超えないかぎり大丈夫だよと君を励ます/工藤吉生





んじゃまた。




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#2017上半期短歌大賞 50首 Togetterまとめ https://togetter.com/li/1126231
今年の上半期に読んだすべての短歌から50首選んでまとめました





2017年7月に発表した/掲載されたオレの短歌まとめ|mk7911|note(ノート)
https://note.mu/mk7911/n/n3dc9e6680faa

2017年6月に発表した/掲載された短歌まとめ【25首】|mk7911|note(ノート)
https://note.mu/mk7911/n/n6a0753b5ac49

短歌パトロール日誌【最終回】|mk7911|note(ノート)
https://note.mu/mk7911/n/n41c835707189

2017年6月の出来事についてあれこれ言う【短歌編】|mk7911|note(ノート)
https://note.mu/mk7911/n/n2b8ea3aa7fd3

2017年6月の出来事についてあれこれ言う【短歌以外編】|mk7911|note(ノート)https://note.mu/mk7911/n/n68525cac4bfd

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2017年06月11日

[総合誌読む 117] 「短歌研究」2017年5月号  ~笑うと倍!!!!!!!!!!、ほか

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短歌研究 2017年5月号。

四月に出た雑誌について感想を書く。だいぶ遅い。
そういえば、6月号の総合誌はどれも買わなかった。「現代短歌」を中心に読んでいこうかと思ったが風向きが変わってしまった。



ケアセンターここは老人ボケ集団まとももゐるぞおい舐めんなよ/岩田正「魔」
→「特集 現代の103人」の最初が岩田正さんだ。少し前までは清水房雄さんだった。こうして入れ替わっていくんだな。
「ボケ集団」も「おい舐めんなよ」も元気なものだ。



夢のなかこちらへお出で、寝る母を引っぱりたれば手のとれにけり/野田光介「菜の花」
→オレは夢のなかで猫の足がとれてしまったことがあるが、オレだけじゃなかったんだな。
高齢の歌人が並ぶページなので、亡くなった母だと思われる。夢のなかで会えた母と、一緒に行こうとしたら手がとれてしまうというのは、悲しい。



寂光院の帰りの道のわかれ道かならず道はわかれてをりぬ/福田栄一『きさらぎやよひ』



いくたびか見し夢にして濁流のしぶきつめたくゐさらひを打つ/真中朋久「みとさぎ」

→これも夢の歌だけど、下の句に濁流のほんものっぽさを感じた。しかし自分と濁流はどういう位置関係なんだろう。そばで背を向けて立っているのか。
起きたらおねしょしてたっていうオチを考えついたけど、まあ余計な想像だ。



ずるいぞと囁く声にさうだねと答へて黒き塀に沿ひ行く/内藤明「メトロノーム」



〈さいてん〉でなくてパピペンだつたなら採点したくなるのだらうか/大松達知「むらグリ」

→パ行にするといろんなものが楽しくなるということが、ありそうだけどほんとにあるのかなあ。たまにそういうハッシュタグあるね。
採点したくないというのが透けて見える、ややくたびれた歌だ。PPAPの流行が関係しているか。




生きているだけで三万五千ポイント!!!!!!!!!笑うと倍!!!!!!!!!!/石井僚一「瞬間最大風速!!!!!!!!!!!!!」
→ネットでは、記号がつづくと勝手な改行をされてしまうことがある。なんなのよ。

この歌はほかのひとも引いてたけど、自分で打ち込んでみたかった。「!」がまず9個あって、次に10個あって、タイトルに13個ある。
三万五千ポイントとかその倍の七万ポイントになにか意味があるわけじゃなくて、とにかくたくさんなんだという、そういう数字なんだと思う。かぞえてはみたけど「!」の数もそうで、これはテンションの高さであって、数に意味はないし、もし考え抜かれていたらオレのなかでポイントが減る。

生きているというそのまんまのことですでにたくさんのポイントがついてて、笑っただけでそのたくさんあるポイントがさらにたくさん増えるというのが、素晴らしい。肯定されてる。
今は知らないけど昔のクイズ番組って終盤にポイントが倍になるんだよ。ポイント倍っていうのは負けかけていた勝負をひっくりかえす可能性を秘めていて、わくわくすることだ。

記号があると、あるいは一字空けでもそうだけど、そこから意味を読み取ろうとするんだよな。「解読」を試みる。
でも石井さんのこの歌に関しては、数字や「!」の数に意味があってほしくない、勢いだけであってほしいという願望をもった。そういうことってなかなかない。






短歌研究詠草で準特選になった。どうでもいいっちゃいいけど、短歌研究詠草で準特選になると目次に小さく名前が載るのね。そういうところをうれしがったりもした。

しばらく前から作品季評に星マークをつけなくなったけど、角川「短歌」では若手の連作を二人が星の数で評価するコーナーが始まっていて、関係ないけどなんかおもしろいかもと思った。



「短歌研究」5月号おわり。
さっきも書いたように、6月号の総合誌は買ってないのでこのブログではやらない。
んじゃまた。



▼▼


有料マガジン更新しました。
2017年5月に発表した/掲載された短歌をすべて見せます|mk7911|note(ノート)
https://t.co/IMj53ONdsM

これは歌をまとめただけの記事じゃなくて、自分の歌や掲載された媒体についてもいろいろ書いている。有料なので、それなりのことを書いている。



すぐに消されたエアリプにこたえる|mk7911|note(ノート)https://note.mu/mk7911/n/n16ba35458c13

短歌パトロール日誌【3】|mk7911|note(ノート)
https://t.co/1XaAOUsqu8


2017年4月に掲載された/発表した短歌のまとめ【22首】
https://note.mu/mk7911/n/n3afc09ed83de

2017年4月にあった出来事についてあれこれ言う
https://t.co/iWmOlpRjpS

帰ってきた汚染歌人
https://note.mu/mk7911/n/n3b3bdf5e932c

短歌と公募と賞金のこと|mk7911|note(ノート)https://note.mu/mk7911/n/n47a017bcce69


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2017年04月25日

[総合誌読む 116] 「現代短歌」2017年4月号  ~永遠にのぼりのエスカレーター、ほか

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「現代短歌」2017年4月号。


本題に入る前に一言。
本屋に行ったら、「歌壇」はあるんだけど「現代短歌」の五月号が売っていない。何件まわっても売っていない。でも出てないわけではなくて、届いている人には届いている。
ホームページを見たら、現代短歌社は解体して法人になったと書いてある。それがたぶん関係している。

読者としては、本が本屋に出るのかどうか、出るならいつ出るのかだけが知りたい。

「弱冠の時間を要します」とのことなのでとりあえず待つつもりでいたが、早い解決はあまり期待できないので注文することにする。

一言おわり。








あらためて四月号。特集は「震災二〇〇〇日」。

これがはじめは「二〇〇日」に見えて、そうか熊本地震からそれくらいの時間がたったかーと思ったら、東日本大震災の特集だった。



人がいるかぎり電気があるかぎり永遠にのぼりのエスカレーター/工藤玲音「休符」
→後戻りできない、降りられないエスカレーターに我々は乗っているというわけだな。「我々」とかあんまり言いたくないんだけど、そういうことになる。



わたしだけだろうか避難訓練で虹を見たのを覚えているのは/寺門玲子「残雪」
→震災の特集のなかで読むと、避難訓練の虹は別のものに重なってくる。震災の日の雪とか。
空にかかった虹を一人しか覚えていないみたいに、多くのことを多くの人が忘れてゆく。



斉藤斎藤さんの「完璧な格納容器は存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」はちょっと参ってしまった。
二回目でしょう、これ。そのたびに太字と傍点を抜き出さなきゃいけないのか。最初は驚いたり戸惑ったりしたが、二回目はただの作業になる。ナンプレとか子供の学習絵本と同じだ。
初めて見たときの驚きが大きかったぶんだけ、二度目に見たときに減るものも大きくなってしまう。「またか」というがっかり感に変わってしまう。解けばおもしろいんだけども。

自動改札を眺める駅員のくちびるうごく みんな よいこ/斉藤斎藤

これをまた解いてあげるような、これが何回出てきてもそのたび別紙に抜き書きするような、そこまで親切な読者でいなきゃいけない理由があるとしたらそれはなんだろうって考えてしまった。
問題用紙を渡されたから、公式を使って問題を解く。駅員に「みんな よいこ」と言われるのはそういう姿勢だろう。



音楽のけして流れることのない法廷に泣く男のありて/竹内亮「裁判長のヨーグルト」
→泣き声が音楽になって聞こえるようだ。








読者歌壇に投稿した短歌二首が特選になった。


浜名理香選
このオレが死んでしまった後に吹く春の風、ああ、あったかそうだ/工藤吉生

奥村晃作選
百十円ならば買わないおにぎりの百円セールに二点を選ぶ/工藤吉生


ありがとうございました。


この本おわり。
んじゃまた。






▼▼



短歌パトロール日誌【2】4/20-4/23|mk7911|note(ノート)https://note.mu/mk7911/n/n7e733d2bc5cb

短歌パトロール日誌|mk7911|note(ノート)https://note.mu/mk7911/n/nba8232f28b92

短歌と公募と賞金のこと|mk7911|note(ノート)https://note.mu/mk7911/n/n47a017bcce69

2017年3月に発表した/掲載された短歌といただいた選評まとめ|mk7911|note(ノート)https://note.mu/mk7911/n/n1dba7a62c361

短歌に関するbotをつくった|mk7911|note(ノート)https://note.mu/mk7911/n/n7f59d9cbbfeb



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2017年02月21日

[総合誌読む 112] 「歌壇」2017年2月号  ●第二十八回歌壇賞発表

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「歌壇」2017年2月号。歌壇賞発表号。



一生かけて母に似ていく消灯ののちの瞼にのこる明かりの/大平千賀「利き手に触れる」
→瞼のうらにのこった明かりはごく近い過去だが、すでにぼんやりとしている。ぼんやりしているのは未来も同じか。

わたり終え振りむけば橋の生涯があとさきもなく掛かるまひるま/大平千賀「利き手に触れる」
→「橋の生涯」という物の見方。橋はどちらが前でも後ろでもない、というか、前でも後ろでもある。生涯は幼いほうから老いのほうへの一方通行のはずだが、それが揺らぐ。「まひるま」なのもいい。日はどちらにも傾いていない。
それにしても、平仮名へのひらきかたがちょっと変わっている、気がする。



闘牛の勇気の歴史を半時間聞ける黄色人種の後ろ手/佐佐木頼綱「風に膨らむ地図」
→「後ろ手」に、話に入っていけない感じがある。わかる人には感じるところのある話なんだろうが、そこに人種の違いがあるのか。半時間はけっこう長い。



長引いた雨にばかりとジャンプ傘ひらいて散り散りの卒業だ/山階基「火の日々」
→ジャンプ傘ってあんまり聞かないが見当はつく、けど検索した。見当どおり、ワンタッチでひらくよくある傘だった。
「ばかり」が傘の開くときのオノマトペだ。卒業が雨であるさびしさが感じられた。



お豆腐はきらきら冷えて夜が明ける天皇陛下の夢の崖にも/北山あさひ「八月の崖」
→北山さんは気になっている作者のひとりだ。
天皇制が危ういっていう歌はほかにも見たことがある。もろさを豆腐に例えた歌も。
豆腐はもろさだが「きらきら冷えて」もいる。加えて崖も出てきてさらに危うい。
「天皇陛下の夢」には、見えてないものへの想像力がある。

頭(ず)の上に神社がのっているような真昼を溶けてゆくロキソニン/北山あさひ「八月の崖」
→「神社がのっているような」。頭痛の重さの表現としておもしろくて納得もした。頭痛が天の罰であるかのように感じることがある。
薬が溶けるさまは、さっきも書いた「見えてないものへの想像力」だ。

北山さんの歌には「異なる位相」とでも言えばいいのか、詩的な言葉とそうでない言葉がしばしば同居する。浮かせる言葉と落とす(叩きつける)言葉、と言い換えてみようか。
一首目から、かもめ・港・夏薔薇・紫陽花が浮かせて、
日常……はそうでもないが、白髪・仕事と貯金・スナックのママで落とす。といった具合に。



死ぬるほどの恋と思ひて死なざりき水ほそく出しグラスを洗ふ/安田百合絵「レテ河の舟」



血圧の薬を取りに藪医者へ行くとき祖父は海を背にする/橋本祐二「3・10」

→「河北歌壇」とか「仙台っこ歌壇」の常連の方だ。宮城ではかなりよく見る投稿者だ。年齢を今回はじめて知った。
これはまあ「藪医者」がさっき言った落とす言葉になっていて、そこに反応した。「海を背にする」が浮かせる言葉。
落とすとか浮かせるじゃなくもっと良い言い方を先人がしていそうだけども。




高野公彦さんのインタビューは「旅の歌のコツはなるべく作らないこと」が面白い。
それから新聞歌壇の選歌ぶりの話を興味深く読んだ。あちこちに投稿してるけど、ハガキがどんなふうに届いて読まれているか気になってたから。



無用の音立てれば神がおどろくと母は言ひにき皿洗ひのとき/水上比呂美「夕茜雲」



鏡にて見るのみ正目(まさめ)に見ず終はる我といふものいかなる女/蒔田さくら子「うら紫」




以上です。おもしろかったです。







更新しました。
新聞に載った短歌のまとめはこちら。
- NAVER まとめ https://t.co/8GqmHoc54C



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2017年02月18日

[総合誌読む 111] 「現代短歌」2017年2月号  ~屁のような歌を作りて、ほか

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「現代短歌」2017年2月号。


伊舎堂仁さんの作品についてはすでに記事にした。

伊舎堂仁「奥歯」を読む  ~工藤吉生さん!な伊舎堂、ほか : ▼存在しない何かへの憧れ http://blog.livedoor.jp/mk7911/archives/52183579.html
それ以外のところをやっていく。


よく寝ても寝なくても眠いこの日々を飛行機しずかに光りつつゆく/永田紅
→ねむいねむいという歌が永田和宏さんにもあったと思い出したりしながら。
聞こえないほど遠くに飛んでいる飛行機がなんかいいなと思って読んだ。よく読むと「ね」を重ねたりIの音を重ねたりしてある。ひ、ひ、し、ひ、はひそやかさを強めている。
ねむいねむい廊下がねむい風がねむい ねむいねむいと肺がつぶやく/永田和宏


ここよりは立入を禁ず 複製のシャガールを飾ってわが部屋と呼ぶ/新城貞夫「ひまつぶし」


この国はいづこへ向かへどいづれ海 雑踏のなかふいに恐るる/三浦柳「風に吹かれて」



特集は沖縄の歌。遠くてわからない。方言も植物も基地関係も。前提になっていることもよく知らないので、そこの確認からはじまる。確認するとやるせない感じになってくる。



改札を圧縮されていでし人らしばらく拘束の縦列たもつ/田中子之吉『転生』



日常を楽しむといへどさしあたり夕餉(ゆふげ)に食ひたきもの見つからず/長田邦雄「生日前夜」



メドレーを吹き終えしのちサンタ帽に少し手をやるフルート奏者/鯨井可菜子「胸郭の螺子」

→覚えがある。そういう演奏会に参加したことがある。仮装みたいなことやる演奏会って、ある。みんなが知ってそうな曲が次々出てくるメドレーをやったり。
格好は変でも演奏は真剣で、サンタとしてよりは奏者として帽子に手をやっている。



屁のような歌を作りて高台を降りて来たりぬわが家を見つつ/大島史洋「胡桃の実」
→自分の歌をつまらん、ダメだ、と思うことはあっても、ここまでは言えない。たいしたものだ。突き抜けている。高いところから景色を見ると、歌でもひとつ、という気持ちになったりする。
屁みたいな質の歌でもできあがると屁をしたくらいの気持ちよさはある、と今おもいついたので書いてみたが、これもまた屁みたいな文だ。



木枯が子を生むならばほほゑみとわれは名づけむ女男(めを)のいづれも/水原紫苑「初雪」
→命名とは、願いみたいなものだ。木枯らしに微笑みがありますように、という心か。



死をもちて死の恐怖より解かれたるその厳粛に寒き首垂る/谷岡亜紀「海岸の秋」



福士りかさんの「もう一人の師」に、村上善男さんという東北の美術家が、岡本太郎から上京を止められたエピソードが書いてあった。
「――お前は、そこで闘え!」の一言が村上氏のその後を決めた。

そういうのもあるんだな。つまり、説明も何もない一言が決定的な力をもつことと、地域で闘うこと。

この村上さんという人も、漢字はちがうけどオレと同じヨシオだからさ。
岡本さんや村上さんは東北に「強烈で豊かなエネルギー」を感じたからそれを言ったり実行できるわけで、大事なのは中央か地方か、AかBかではなく、エネルギーだろう。



以上、現代短歌二月号でした。おそまつさま。
あと、この号の読者歌壇で特選と秀作に選んでいただいた。ありがとうございます。






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2017年01月17日

伊舎堂仁「奥歯」を読む  ~工藤吉生さん!な伊舎堂、ほか

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歌壇賞はだめだったんだけど、現代短歌の読者歌壇は特選をもらった。

あと、その「現代短歌」2月号では、オレをツイッターでブロックしたりブロックはずしたりまたブロックしたりしてる伊舎堂仁さんが、工藤吉生の出てくる歌を詠んでいた。


うれしいことです。誰かに詠まれたいっていう願望があったんです。


けっこう痛いところ突いてくれていた。痛いところを突けるのは、ちゃんと見て考えてくれてるってことだからうれしい。


伊舎堂仁さんの一首に自分の名前を見つけてから、歌壇賞落選も読者歌壇特選も薄い出来事となった。ずっと「工藤吉生さん!な」について考えていた。
「現代短歌」2017年2月号の伊舎堂仁さんの7首連作の2首目にオレの名前がある。


まだ今も島にいるならば工藤吉生さん!な伊舎堂だろう/伊舎堂仁「奥歯」


島にいるならば工藤吉生さん!だけど、もう今は島にいないから伊舎堂さんは工藤吉生さん!な状態ではない。

どんな状態か。



この7首連作は4首目を中心に左右対称的になっている。
これは人間の歯の形を思わせる。だとすると4首目が前歯で、1首目7首目が奥歯にあたる。タイトルから1首目の詞書へとつながるが、これは奥歯が歯列からはみ出して生えているようだ。いや、詞書から抜かれた歯がタイトルなのか。

工藤吉生の出てくる2首目には6首目が対応している。

6首目の詞書には朗読イベントから歌集批評会後の懇親会へハシゴしたことや人前ですべったことが書かれていて、東京で短歌をしている伊舎堂さんが詠まれている。


東京で短歌をしてる伊舎堂は日本会議っぽいと思った/伊舎堂仁「奥歯」


この6首目にはイベントに対して積極的な伊舎堂さんが描かれていて、それに対応する、さっき引いた2首目には今も島にいる伊舎堂さんが描かれている。東京の歌と、地方の歌だ。
6首目との関連で見れば2首目の「工藤吉生さん!な」は、イベントにも出てこなければ地方から移動することもない歌人の姿である。

それはさっきも言ったように、まったく痛いところを突いている。

関東や関西イベント盛り上がり遠い東北に歌書読むオレは
と詠んだこともあるオレは、インターネットと投稿欄の歌人だ。それはけっこう気にしていて、集まって楽しそうにしてる歌人たちを遠くから僻んでいたこともある。

地方にいるのがダメで東京にいれば良いという単純な話ではない。
6首目には「日本会議っぽい」とある。いろんな人に顔を覚えてもらったり、(伊舎堂さんがやってるかは知らないが)名刺交換かそれに類することをしている様が、まるで水面下での根回し・政治活動のようだという、そういう意味だろう。
日本会議はあまり報道されることはないが日本政府を牛耳っていると言われる。日本会議にはよからぬあやしげなイメージもあるが、そのあたり、自身を肯定しきれないものがあるのだろうか。


工藤吉生みたいにしてれば人前ですべることはない。だが伊舎堂さんはすべるリスクを負って人前に立つ。そこにオレは劣等感がある。
歌は投稿欄、発言はインターネット。そこから出ずにいる、行き詰まった歌人の姿が「工藤吉生さん!な」に集約されているのかなあ。


オレの記憶が正しければ、
伊舎堂さんは沖縄じゃなくなり、
木下さんは山口じゃなくなり、
ユキノさんは新潟じゃなくなり、
まともさんは山形じゃなくなった。
猫丘さん、わごむさんも宮城から離れた。
理由はそれぞれいろいろだけれども。そういう人達のことをオレは気にしている。


「僻地」と「僻む」の字が同じなのに気づいた。



オレは虫歯が多くて今も偶然ちょうど歯のことを気にしているので、そういうところも引っ掛かる連作だ。

4首目には「ドアノブをなめてたようなやつ」が出てくる。「ドアノブ少女」っていうのが流行ったのを覚えている。




それにしてもオレの知ってる「オレ」と他人から見た「工藤吉生さん」は違うんだろうな。
オレは「工藤吉生」がいろいろ見えすぎる。


東京に行って頑張りたいなどと聞こえるベンチにまどろんでゆく/工藤吉生
〈2016.6 未来〉



水槽のなかで太りすぎた亀みたいな自分だと、思うときもある。自分が「前進」だと思ったものは、水槽のなかで余計にエサを頬張っただけのことなのかもしれないと。
歌集は無理そうだし新人賞は厳しい。ずっとこうしているんだろうかとたびたび思う。
虫歯が痛くなってもちょっとやそっとでは歯医者に行かずに済まそうとするオレが、果たして現状を打破できるのか、それはすこぶるあやしい。オレはこのまま東北にいて「工藤吉生さん!な」工藤であり続けるだろう。



ブロックされたり解除されたりって最初に書いたけども、まあそれは余計なことで「そういうところだぞ」って言われるのかもしれないな。でも、オレと伊舎堂さんの単純じゃないところを言いたくて言ったことです。
こうして思い出してくださるっていうのはうれしいですね。



ツイッターのリプライは届きませんからここに普通に書きますが、ありがとうございました。


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mk7911 at 23:36|PermalinkComments(0)

2016年10月14日

[総合誌読む 107] 「短歌研究」2016年10月号  ~遠くまで行った夢だよ、ほか

短歌研究 2016年10月号。

しばらく一ヶ月遅れがつづいていたが、読むものを減らして追いついた。なにが減ったかというと「塔」。塔は毎月は無理でもまた読めるときに読みたいです。



泣くために掌(て)もてしずかに覆うとき顔はいつでも裸と思う/今井恵子「裸」




短歌研究新人賞を受賞した武田穂佳さんの受賞第一作が掲載されている。

ひな鳥が餌を欲しがるようにして歌う湧井のデカい学ラン/武田穂佳「見切られた桃」
→何度かでてくる「湧井」に存在感がある。おいしいポジションに湧井はいる。
歌い方はひな鳥でも、学ランはデカい。このギャップ。


今日の昼君が初めて夢に出てわたしと並んでしゃがんでくれた/武田穂佳「見切られた桃」
→「並んでしゃがんでくれた」がいい。少し一緒にいて、とりとめもないようなことをしゃべったりしゃべらなかったりしたのだろうと想像する。そしてそれが夢。「初めて」もいい。待望の初登場だったのだろう。



永からば怪しまるべし二分(ふん)だけ生家の跡にたたずまむとす

「はい、二分経つた」と生家の跡を去り山中はんの家の前行く/安田純生「抜け目」

→オレも昔住んでた家や通ってた学校に行ったことがある。長くはいられない感じはわかる。
なつかしむ気持ちもあるが、怪しまれるのを怖れたり、「二分」と決めたり、「はい、二分経つた」と時間通りに打ち切る気持ちもある。自制が強くて、滑稽でさえある。



前かがみに人々走らす広重の雨の角度をいま窓に見る/遠藤由季「広重の雨」
→絵のまえにいるのではない。窓を通して雨を見ている。豊かな連想だ。雨の角度をきっかけにして、前かがみに走る昔の人々のイメージが浮かぶ。



遠くまで行った夢だよ トーストを焼いて渡して連れ合いに言う/三枝昴之『それぞれの桜』
→朝食の様子ははっきりしているのに「遠く」は、まったくどんな場所かが見えない。地理的な遠さだけでなく、時間的な遠さを思った。「連れ合い」って言い方が、もう若くない人の言い方だ。かつては二人で「遠く」へも行ったのだろう。夢の中は共有できないが、朝を共に過ごしている。








オレの歌も。
オレは短歌研究詠草で、佐佐木幸綱さんの選で四首載った。

回転寿司に来て考えた人間が回っていても楽しかろうと
さっき来た寿司が再びやってくるさっき取らずに今も取らない
百円の寿司に混ざった二百円の寿司は高嶺の皿として咲く
寿司を見ることに飽きればレーン越しの女の客の右腕や腋
/工藤吉生



「うたう★クラブ」は佳作。なみ
の亜子さんの選。完成度の高さを示す「星」をいただいた。

塗り立てのペンキの赤が気持ちいいナントカ荘のために振り向く/工藤吉生








有料記事のご案内。
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2016年9月に発表した/掲載された工藤吉生の短歌まとめ|mk7911|note(ノート)
https://t.co/eMiUGEBofR
さまざまな場所に出した28首。


決めつけは「持論」ではない もったいないお褒めの言葉へし折ってやる|note(ノート)
https://t.co/WFGFmcJ8KG
むちゃくちゃに毒づきました。



んじゃまた。


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mk7911 at 19:39|PermalinkComments(0)