近代短歌

2018年12月10日

近代短歌の有名な作品をまとめました【30人130首】

まえがき

近代短歌の有名作品、30人の歌人による約130首をまとめました。

どこまでが「近代」か、ということについては小高賢編著『近代短歌の鑑賞77』にならって、
落合直文〔1861-1903〕
から
吉野秀雄〔1902-1967〕
までとしました。

作者名の横に生年と没年を記しました。これは井上宗雄・武川忠一編『和歌の解釈と鑑賞事典』を参考にしました。

有名作品というのはすなわち、これをまとめた歌人・工藤吉生が有名であると判断した作品であります。複数の本を参考にしましたので、そんなに大きくははずしていないと思っています。
順番は生年の順となっています。

参考文献
小高賢編著『近代短歌の鑑賞77』
井上宗雄・武川忠一編『和歌の解釈と鑑賞事典』
永田和宏『近代秀歌』
岡井隆・馬場あき子・永田和宏・穂村弘『新・百人一首』
ほか





近代短歌130選



▼落合直文〔1861-1903〕

緋縅の鎧をつけて太刀はきてみばやとぞ思ふ山桜花

霜やけのちひさき手して蜜柑むくわが子しのばゆ風のさむきに

父君よ今朝はいかにと手をつきて問ふ子を見れば死なれざりけり



▼伊藤左千夫〔1864-1913〕

淋(さび)しさの極(きは)みに堪(たへ)て天地(あめつち)に寄(よ)する命(いのち)をつくづくと思ふ

今朝(けさ)のあさの露(つゆ)ひやびやと秋草(あきくさ)や総(す)べて幽(かそ)けき寂滅(ほろび)の光(ひかり)

牛飼(うしかひ)が歌咏(うたよ)む時に世の中のあらたしき歌大(おほ)いに起(おこ)る 



▼正岡子規〔1867-1902〕

いちはつの花咲きいでて我目(わがめ)には今年(ことし)ばかりの春行かんとす

吉原の太鼓聞えて更(ふ)くる夜にひとり俳句を分類すわれは

久方のアメリカ人(びと)のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも

瓶(かめ)にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり

くれなゐの二尺伸びたる薔薇(ばら)の芽の針やはらかに春雨のふる




▼佐佐木信綱〔1872-1963〕

願はくはわれ春風に身をなして憂(うれい)ある人の門をとはばや

幼きは幼きどちのものがたり蒲萄のかげに月かたぶきぬ

呼べど呼べど遠山彦のかそかなる声はこたへて人かへりこず

ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲



▼与謝野鉄幹〔1873-1935〕

京の紅は君にふさわず我が噛みし小指の血をばいざ口にせよ

われ男の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子あゝもだえの子

くれなゐにそのくれなゐを問ふがごと愚かや我の恋をとがむる



▼尾上柴舟〔1876-1957〕

今の世は来む世の影か影ならば歌はその日の予言ならまし

つけ捨てし野火の烟のあかあかと見えゆく頃ぞ山は悲しき



▼金子薫園〔1876-1951〕

あけがたのそぞろありきにうぐひすのはつ音ききたり藪かげの道



▼太田水穂〔1876-1955〕

ほつ峯を西に見さけてみすずかる科野のみちに吾ひとり立つ

命ひとつ霧にまみれて野をぞゆく涯(はて)なきものを追ふごとくにも



▼島木赤彦〔1876-1926〕

みづうみの氷は解けてなお寒し三日月の影波にうつろふ

隣室に書(ふみ)よむ子らの声聞けば心に沁みて生(い)きたかりけり



▼窪田空穂〔1877-1967〕

鉦鳴らし信濃の国を行き行かばありしながらの母見るらむか

四月七日午後の日広くまぶしかりゆれゆく如くゆれ来る如し



▼与謝野晶子〔1878-1942〕

乳(ち)ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅(くれなゐ)ぞ濃き

夜の帳(ちやう)にささめき尽きし星の今を下界の人の鬢のほつれよ

鎌倉や御仏(みほとけ)なれど釈迦牟尼は美男(びなん)におはす夏木立かな

金色(こんじき)のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に

その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな

なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな

清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき

春みじかし何に不滅(ふめつ)の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ

やは肌のあつき血潮にふれも見でさびしからずや道を説く君

髪五尺ときなば水にやはらかき少女(おとめ)ごころを秘めて放たじ



▼長塚節〔1879-1915〕

馬追虫(うまおひ)の髭のそよろに来る秋はまなこを閉ぢて想ひ見るべし

垂乳根の母が釣りたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども

白銀の鍼打つごとききりぎりす幾夜はへなば涼しかるらむ

白埴(しらはに)の瓶(かめ)こそよけれ霧ながら朝はつめたき水くみにけり



▼山川登美子〔1879-1909〕

それとなく紅き花みな友にゆづりそむきて泣きて忘れ草つむ

しら珠の数珠屋町(じゆずやまち)とはいづかたぞ中京(なかぎやう)こえて人に問はまし



▼会津八一〔1881-1956〕

くわんおん の しろき ひたひ に やうらく の かげ うごかして かぜ わたる みゆ

あせたる を ひと は よし とふ びんばくわ の ほとけ の くち は もゆ べき もの を

おほてら の まろき はしら の つきかげ を つち に ふみ つつ もの を こそ おもへ

あめつちに に われ ひとり ゐて たつ ごとき この さびしさ を きみ は ほほゑむ



▼斎藤茂吉〔1882-1953〕

たたかひは上海(しゃんはい)に起り居たりけり鳳仙花紅(あか)く散りゐたりけり 

草づたふ朝の蛍よみじかかるわれのいのちを死なしむなゆめ

暁の薄明に死をおもふことあり除外例なき死といへるもの

ゆふされば大根の葉にふる時雨いたく寂しく降りにけるかも

ガレージへトラックひとつ入らむとす少しためらひ入りて行きたり

ひた走るわが道くらししんしんと堪(こら)へかねたるわが道くらし

赤茄子の腐れてゐたるところより幾程もなき歩みなりけり

めん鶏(どり)ら砂あび居たれひつそりと剃刀研人(かみそりとぎ)は過ぎ行きにけり

最上川逆白波(さかしらなみ)のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも

沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ

このくにの空を飛ぶとき悲しめよ南へむかふ雨夜(あまよ)かりがね

あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり

のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳(たらち)ねの母は死にたまふなり

死に近き母に添寝(そひね)のしんしんと遠田(とほた)のかはづ天(てん)に聞(きこ)ゆる

ゴオガンの自画像みればみちのくに山蚕(やまこ)殺ししその日おもほゆ

電信隊浄水池女子大学刑務所射撃場塹壕赤羽の鉄橋隅田川品川湾

ただひとつ惜(を)しみて置きし白桃(しろもも)のゆたけきを吾は食ひをはりけり

最上川の上空(じやうくう)にして残れるはいまだうつくしき虹の断片(だんぺん)



▼前田夕暮〔1883-1951〕

雪の上に春の木の花散り匂ふすがしさにあらむわが死顔は

君ねむるあはれ女の魂のなげいだされしうつくしさかな 

向日葵は金の油を身にあびてゆらりと高し日のちひささよ

自然がずんずん体のなかを通過する──山、山、山

木に花咲き君わが妻とならむ日の四月なかなか遠くもあるかな



▼北原白秋〔1885-1942〕

ニコライ堂この夜(よ)揺りかへり鳴る鐘の大きあり小さきあり小さきあり大きあり

君と見て一期(いちご)の別れする時もダリヤは紅(あか)しダリヤは紅し

君かへす朝の鋪石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ

春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外(と)の面(も)の草に日の入る夕

草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寝て削るなり  

大きなる手があらはれて昼深し上から卵をつかみけるかも

病める児はハモニカを吹き夜に入りぬもろこし畑(ばた)の黄なる月の出

ヒヤシンス薄紫に咲きにけりはじめて心顫ひそめし日



▼土岐善麿〔1885-1980〕

はじめより憂欝なる時代に生きたりしかば然かも感ぜずといふ人のわれよりも若き

遺棄死体数百(すうひやく)といひ数千(すうせん)といふいのちをふたつもちしものなし


手の白き労働者こそ哀しけれ。
 国禁の書を
 涙して読めり。 


指をもて遠く辿(たど)れば、水いろの
ヴォルガの河の
 なつかしきかな。


りんてん機、今こそ響け。
うれしくも、
東京版に、雪のふりいづ。


あなたは勝つものとおもつてゐましたかと老いたる妻のさびしげにいふ



▼若山牧水〔1885-1928〕

海底(うなそこ)に眼(め)のなき魚の棲(す)むといふ眼の無き魚の恋しかりけり

かたはらに秋ぐさの花かたるらくほろびしものはなつかしきかな

吾気香(われもかう)すすきかるかや秋くさのさびしききはみ君におくらむ

白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ

白鳥(しらとり)は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

幾山河越えさり行かば寂しさの終(は)てなむ国ぞ今日(けふ)も旅ゆく

かんがへて飲みはじめたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ



▼木下利玄〔1886-1925〕

大き波たふれんとしてかたむける躊躇(ためらひ)の間(ま)もひた寄りによる

遠足の小学生徒有頂天に大手ふりふり往来とほる

曼珠沙華一むら燃えて秋陽(あきび)つよしそこ過ぎてゐるしづかなる径(みち)

牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置のたしかさ



▼石川啄木〔1886-1912〕

石をもて追わるるごとく
ふるさとを出でしかなしみ
消ゆる時なし


たはむれに母を背負ひて
そのあまり軽きに泣きて
三歩あゆまず


不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心


いたく錆びしピストル出(い)でぬ
砂山の
砂を指もて掘りてありしに


はたらけど
はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり
ぢつと手を見る


東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる


友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ひ来て
妻としたしむ


やはらかに柳あをめる
北上の岸辺目に見ゆ
泣けとごとくに


ふるさとの訛(なまり)なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく


ふるさとの山に向ひて
言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな


やや長きキスを交わして別れ来し
深夜の街の
遠き火事かな


大といふ字を百あまり
砂に書き
死ぬことをやめて帰り来れり



▼古泉千樫〔1886-1927〕

おもてにて遊ぶ子供の声きけば夕かたまけてすずしかるらし

みんなみの嶺岡山の焼くる火のこよひも赤く見えにけるかも



▼吉井勇〔1886-1960〕

君にちかふ阿蘇のけむりの絶ゆるとも万葉集の歌ほろぶとも

夏は来ぬ相模の海の南風(なんぷう)にわが瞳燃ゆわがこころ燃ゆ

かにかくに祇園は恋し寝るときも枕の下を水のながるる



▼釈迢空〔1887-1953〕

人間を深く愛する神ありて もしもの言はゞ、われの如けむ 

人も 馬も 道ゆきつかれ死にゝけり。旅寝かさなるほどのかそけさ

葛の花 踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり


桜の花ちりぢりにしも
 わかれ行く 遠きひとり
 と 君も なりなむ



▼半田良平〔1887-1945〕

独(ひとり)して堪へてはをれどつはものの親は悲しといはざらめやも



▼原阿佐緒〔1888-1969〕

沢蟹をここだ袂に入れもちて耳によせきく生きのさやぎを

吾がために死なむと云ひし男らのみなながらへぬおもしろきかな



▼中村憲吉〔1889-1934〕

篠懸樹(ぷらたぬす)かげ行く女(こ)らが眼蓋(まなぶた)に血しほいろさし夏さりにけり



▼岡本かの子〔1889-1939〕

はてしなきおもひよりほつと起きあがり栗まんじゆうをひとつ喰(たう)べぬ

桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命(いのち)をかけてわが眺めたり



▼土屋文明〔1890-1990〕

吾が見るは鶴見埋立地の一隅ながらほしいままなり機械力先制は

この三朝(みあさ)あさなあさなをよそほひし睡蓮の花今朝はひらかず

ただひとり吾より貧しき友なりき金のことにて交(まじはり)絶てり

小工場に酸素熔接のひらめき立ち砂町四十町(しじつちやう)夜ならむとす

時代ことなる父と子なれば枯山(かれやま)に腰下ろし向(むか)ふ一つ山脈(やまなみ)に

にんじんは明日蒔けばよし帰らむよ東一華(あづまいちげ)の花も閉ざしぬ

終りなき時に入(い)らむに束(つか)の間(ま)の後前(あとさき)ありや有りてかなしむ

垣山(かきやま)にたなびく冬の霞あり我にことばあり何か嘆かむ



▼吉野秀雄〔1902-1967〕

これやこの一期(いちご)のいのち炎(ほむら)立(だ)ちせよと迫りし吾妹(わぎも)よ吾妹

真命(まいのち)の極みに堪へてししむらを敢てゆだねしわぎも子あはれ



あとがき

ここまでお読みくださりありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。なにかの参考になりましたでしょうか。
書籍ではこのようなことをまとめたものはあるのですが、ネットですぐに読める近代短歌のまとめはこれまでなかったのではないでしょうか。それがこのまとめを作った動機です。

ほかに、現代短歌のまとめも作ってありますので、興味のある方はこちらもどうぞ。


現代短歌の有名作品まとめ 【70人330首】
https://matome.naver.jp/m/odai/2154427789786603501





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2018年8月のオレの短歌とその余談/連作の歌のつなぎ方
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2016年04月15日

《歌集読む 68》 古泉千樫『川のほとり』  ~牛の額のかがやけるかも、ほか

筑摩書房の現代日本文学大系68「現代歌集」をまたやります。これで8回目。

このクイズの本→ https://t.co/0DAcvFLWXu

今回は古泉千樫『川のほとり』。



ゆふ日さす小川の土手の青芝(あおしば)を素足に踏みてひとり帰るも/古泉千樫『川のほとり』
→踏む歌が多いという印象。踏みしめた足からものを感じる歌人だ。


うちとよむ大きみやこの入口を汽船(ふね)はしづかに入(い)りて行くかも/古泉千樫『川のほとり』


甕(かめ)ふかく汲みたる水の垢(あか)にごりさびしき恋もわれはするかも/古泉千樫『川のほとり』

→甕の水が自分の心になぞらえられている。


ものなべて忘れしごとき小春日の光のなかに息(いき)づきにけり/古泉千樫『川のほとり』


まつはれる雲切れゆきて山頂の輪郭くろく見えにけるかも/古泉千樫『川のほとり』

→見えるような歌。山の歌であると同時に、考えのうえでもなにかひらけてきたようにも見える。


ないそぎそお山は静かなりといふ下山(げさん)の人の言(こと)のしたしも/古泉千樫『川のほとり』
→山道での会話。いまでも登山の人たちはすれ違うと挨拶すると聞く。
な~~そ、で「~~しないでおくれ」という意味になるというのは、よく白秋の歌の解説で言われる。


しみじみとはじめて吾子(あこ)をいだきたり亡きがらを今しみじみ抱きたり/古泉千樫『川のほとり』
ちょうど今日、オレは永田和宏さんの『近代秀歌』の最終章を読んでいた。そこでは

我(わ)が母よ死にたまひゆく我(わ)が母よ我(わ)を生(う)まし乳足(ちた)らひし母よ/斎藤茂吉『赤光』

という歌を

われはもや安美児得たり皆人の得がてにすといふ安美児得たり/藤原鎌足『万葉集』

を引きながら書かれていた。リフレインを使って「直情だけを迸らせた」歌だ。古泉千樫のこれもそうした歌だろう。



蝋の火の焔(ほのお)ゆらげば陰(かげ)のありしみじみとしてひとり寝をする/古泉千樫『小川のほとり』


ひとり立つわが傘にふる雨の音野にみちひびく夜の雨のおと/古泉千樫『川のほとり』

→雨の音、雨のおと、と二回でてくる。ただただ雨が降ってその音がしている。
同じ雨ではあるが、はじめは傘に降っている音で、次は野に降る音だ。微妙に音が変化している。


ゆく道は夕づきにけり日のてれる山のいただき見つつ悲しも/古泉千樫『川のほとり』


近代の短歌について「何も言ってない歌だ」と言ってからほめてるのを読むことがあるけど、思わずそんなことを言いたくなる歌が多い。


夕なぎさ子牛に乳をのませ居る牛の額のかがやけるかも/古泉千樫『川のほとり』
→額のかがやきに牛の愛情のようなものがあらわれているようだ。


かぎろひの夕日背にしてあゆみくる牛の眼(まなこ)の暗く寂しも/古泉千樫『川のほとり』


土ふかく父の柩(ひつぎ)ををさめまつりわがおとしたる土くれの音/古泉千樫『川のほとり』



この歌集おわり。なんともしみじみしてくるし、よかった。


んじゃまた。


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2014年09月29日

小高賢編著『近代短歌の鑑賞77』を読む【16】文学者の短歌  ~萩原朔太郎、中原中也ほか

最後は「文学者の短歌」。8人の短歌以外の文学の人の短歌もあるのでそれを見ます。
11首ずつある。なんか半端だ。


我(われ)といふ大海の波汝(なれ)といふ動かぬ岸を打てども打てども/森鴎外


日一日けふも事なしこもりゐて何ともわかぬ壁の色見る/森鴎外

→この壁の色がその日をあらわす色みたい。



一人目が森鴎外だった。二人目の柳田国男はとばす。三人目は高村光太郎。



はだか身のやもりのからだ透きとほり窓のがらすに月かたぶきぬ/高村光太郎
→近いやもり、遠い月。裸であるのはどちらも同じだ。



次の萩原朔太郎は三つも丸ついた。よかった。



死なんとて踏切近く来しときに汽車の煙をみて逃げ出しき/萩原朔太郎
→汽車の煙は距離があっても見えるだろうね。思い止まった、ではなく、逃げ出した。自殺をやめる以上のなにかがありそうだ。汽車の煙に何かを見出だしたのだろうか。


行く春の淡き悲しみいそつぷの蛙のはらの破れたる音/萩原朔太郎
「いそつぷ」に傍点。


吉原のおはぐろ溝(どぶ)のほの暗き中に光れる櫛の片割(かたわれ)/萩原朔太郎
→「おはぐろどぶ」って語感がすごいなと思って調べた。

おはぐろどぶ [4] 【御▽歯黒溝▽】
〔遊女が御歯黒を捨てたことからとも,汚水が黒いための連想からとも〕
遊女の逃亡を防ぐため,江戸新吉原遊郭の周囲にめぐらした溝。おはぐろぼり。


逃亡しようとして落とした櫛なのか、果たして逃げおおせたのか、といったことを想像する。



職業なきをまことかなしく墓山の麦の騒ぎをじっと聞きゐたれ/宮沢賢治


物はみなさかだちをせよそらはかく曇りてわれの脳はいためる/宮沢賢治


十日あまり病みゐる妻に林檎を買ふ考へてまた子等に買ひ足す/加藤楸邨




残り二人。中原中也も三首。おもしろかった。

菓子くれと母のたもとにせがみつくその子供心にもなりてみたけれ/中原中也
→そうなんだよなあ。どんな感じだったのか、オレはもうおもいだせない。自分で勝手に買うのに慣れすぎてしまったし、ものをくれというのが恥ずかしい。

腹たちて紙三枚をさきてみぬ四枚目からが惜しく思はる/中原中也
→なんかかわいいと思ってしまう。気がすんできたんだろう。
啄木も怒るたびにものを叩き割る歌をつくっていたなあ。「ものにあたる歌」ってそういえば現代であまりみかけない気がした。


猫を抱きややに久しく撫(な)でやりぬすべての自信滅び行きし日/中原中也
丸つけた時には気づかなかったけど、啄木の妻に花を買う歌に近いな。猫のほうが平凡だが、オレもやるんで親近感がある。



この河馬にも機嫌不機嫌ありといへばおかしけれどもなにか笑へず/中島敦
→「河馬」でカバ。どんくさくて怒ってる感じがしない、そういう人間もいるからなあ。


象の足に太き鎖見つ春の日に心重きはわれのみならず/中島敦
→春なのにどこにも出掛けられない象。太い鎖は罪を連想させる。「われ」以外の心重い者とは、この象か。
さっきのカバの歌もそうだけど、動物に感情が入っている。



というわけで、小高賢編著『近代短歌の鑑賞77』は終わり。長かった。これで『現代短歌の鑑賞101』『現代の歌人140』『近代短歌の鑑賞77』がすべておわった。


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2014年09月27日

小高賢編著『近代短歌の鑑賞77』を読む【15】71-77  ~山口茂吉、渡辺直己ほか

ここまで5人ずつやったが、残り7人をここでやる。



71人目、稲森宗太郎。結核で亡くなった。歌集は遺歌集一冊のみ。

口あきてわらはまほしと思ひしを欠伸となしつ人のかたへに/稲森宗太郎『水枕』
→笑おうとしたらあくびになってしまったと。どうしてもつまらなかったんだね。

この歌から連想した歌があった。
また口をとがらせるきみ そのまんま口笛吹いてみたらどうかな/黒井いづみ
「どうかな」という親しげな提案の形がいいね。

ほかに
ため息を深く深く深く深く……ついてそのまま永眠したい/枡野浩一
あくびして頬に涙がたれたとき泣き叫びたい自分に気づく/枡野浩一
タバスコを振りかけすぎて咳きこんでそのまま風邪をひいてしまった/枡野浩一
と、枡野浩一さんにそういった内容の歌がある。


たたきわりし茶碗のかけら見つつ我れかなしきひとのまみを感ずる/稲森宗太郎『水枕』
→発散された怒り・ばらばらになった茶碗が、他人の目を通して悲しみや恥をかたちづくっていく。


煙草すひて疲れゐるなり世に生きてなさむと思ふ事なき如し/稲森宗太郎『水枕』


水まくらうれしくもあるか耳の下に氷のかけら音立てて游(およ)ぐ/稲森宗太郎『水枕』

→よほど水枕が気持ちよかったみたいで、ここだけで8首も水枕の歌がある。歌から感激ぶりがうかがわれる。



72人目、山口茂吉
斎藤茂吉と名前が同じで「小茂吉」と呼ばれたとある。斎藤茂吉に師事。


わが顔と知りてうなづく妹のいのちはすでに迫りたるらし/山口茂吉『杉原』
→残りわずかな命と思うと、その認識やうなづきが重みを増す。


この原に立つ砂ぼこりとほくより見つつ来(きた)りてわれ近づきぬ/山口茂吉『赤土』
→ほかに目的があってそちらへ近づいたんだろうが、これだと砂ぼこりをめざしてはるばる来たみたいだ。
「われ」とあるけど、近づいてくる「われ」を見ている別の「われ」がいそうだ。
「来りて」と「近づきぬ」の重複にも効果がある。


ビルヂングの間の路地を行くときに其処に住むらむ幼児(をさなご)のこゑ/山口茂吉『海日』
→ビルディングにある冷たいイメージを、ちいさな子供がうらぎる。


鉄塔を塗りかけしまま七日(なぬか)経(へ)てけふ来(きた)りつひに塗り終へむとす/山口茂吉『海日』
→ちょっとした言い方で印象がかわる。
「塗りかけしまま」。七日の間は塗りかけだった。とりかかると同時にやりかけになる。
「七日経てけふ来り」もちょっと変わった言い方。

面白かったが、それは斎藤茂吉のもつ面白さとも重なるんだろう。



73人目、吉野秀雄。総合誌の特集で見たことある。
そうしてみると、けっこう総合誌の歌人特集で知った歌人、総合誌を見てなかったら知らなかったかもしれない歌人はいる。


死にし子をまつたく忘れてゐる日あり百日忌日(ひやくにちきじつ)にそれをしぞ嘆く/吉野秀雄『苔径集』


夜をこめてトルストーイ伝読みつぐやこの湧ききたるものを信ぜむ/吉野秀雄『早梅集』

→本を読むとなにか心に湧いてくる感じのすることがある。それは一時的なものや思い込み・気のせいなのではないかと思うこともある。ここではそれを信じるという。


新しき仮名遣ひも時にむつかしく声あげて二階の子供に質(ただ)す/吉野秀雄『含紅集』



74人目、金田千鶴(かねだ ちづ)
アララギ。結核でなくなる。三十代半ばで亡くなっているのか。
生没年を西暦でも書いてもらえると何歳まで生きたかわかりやすいんだけど。明治大正昭和と三つの年号があると数えずらい。


いさぎよきこころと言はむ夕道に手もふれずして別れ来につつ/金田千鶴
→本当に心からいさぎよさを感じて清々しいわけではないよね。これでいいんだと思おうとしているんだと読んだ。


わが喀きし血の色なして曼珠沙華咲ける寂しさ人知れず見し/金田千鶴
→「わが喀きし血の色」に、病に苦しんでいたのがわかる。吐いたものと花が重ねられる。


見残ししものの一つと恋ひ念(おも)ふ水辺涼しく蓮咲くさまを/金田千鶴
→死を予感していたんだろうなあ。自分が何をやり残していたかを考えている。そしてそれを「恋ひ念ふ」。いつかできたらいいなあ、という段階ではないのだ。まだ三十そこそこなのに。

下の句はサ行が爽やかさを出している。



75人目、巽聖歌(たつみ せいか)
児童文学。童謡「たきび」はオレも歌ったことある。白秋の側近のひとりとある。


おのもおのも持つ性はかなし妻は妻の子は子の性にものを言ひ居り/巽聖歌


草むらに青き胡桃の実が落ちてその音だけが静かなる午後/巽聖歌

→「音だけが静か」がおもしろい。なにかの音が逆に静けさを感じさせるということがある。


あるときは吾(あ)をなせるものを憎みゐて死にたかりけり月夜こほろぎ/巽聖歌
→二句までA、四句までI、結句でU・O。
「あいうえお」になるように歌をつくるという人を思い出した。

「死にたかりけり」が強い。自分のなかに消えないいやなものがあると感じることはオレもあるなあ。


死ぬるときわれの指(および)に赤いんくなどつきをらばかなしからずや/巽聖歌
→指に赤インクがついていたら悲しいと。なぜ、と考えたくなる。
1.血液じゃないのに赤いものをつけているとドラマの中みたいな偽物の死に見える。
2.赤インクは修正を意味する。何かを取り消そうとする姿勢で死ぬとなると生きざまとしていかがか。

みたいなことを考えた。
単によごれた状態で最期を迎えたくないとか、いろいろに考えられるな。
特に気になる歌だった。



76人目、渡辺直己(わたなべ なおき)
この人の戦争の歌はオレも知ってる。ここに載ってる30首も多くが戦争の歌だ。

照準つけしままの姿勢に息絶えし少年もありき敵陣の中に/渡辺直己

涙拭ひて逆襲し来る敵兵は髪長き広西学生軍なりき/渡辺直己



銃丸が打ち貫きし手帳がそのままに行李の中に収められゐぬ/渡辺直己

腹部貫通の痛みを耐へてにじり寄る兵を抱きておろおろとゐき/渡辺直己

→貫通する歌二首に丸つけていた。貫通しても使える物ならばそのまま使うが、人だったらもうダメだろうな。しかしなんとかしたい気持ちがあるからおろおろする。


解説には、これは作者が経験した事実ではないのではないか、という内容のことが書かれている。いずれにしても強い印象を残す歌がいくつもある。



さて77人目は石川信夫。前川佐美雄の影響、モダニズム。


あやまちて野豚(ぶた)のむれに入りてよりいつぴきの豚にまだ追はれゐる/石川信夫『シネマ』
→変なグループやなんかに関わったら付きまとわれるようになる、そういうことはある。会わなくなって数年たってもオレのところに公明党のチラシよこすおじさんがいる。

でもあんまり現実に置き換えてしまいすぎるのもつまらない読みの方向かもしれない。


しろい山や飛行船が描(か)かれてある箱のシガレツトなど喫(す)ひてくらせる/石川信夫『シネマ』
→山や飛行船はひろびろとしていていいなあと思うけど、絵に描いた餅だ。タバコばかり吸って暮らしている。


ま夜なかのバス一つないくらやみが何故(なぜ)かどうしても突きぬけられぬ/石川信夫『シネマ』
→「バス一つない」がおもしろい。無いと言われて逆に暗闇を走る一台のバスを思い浮かべた。
野外の暗闇なんだろうなあ。


空の上にもひとりのわれがいつもゐて野に来れば野の空あゆみゐる/石川信夫『シネマ』
→実にふしぎな歌。空の上の「われ」は空の下の「われ」についてくる。鏡みたい。


紅(あか)と白ふたいろに咲く桃の木あり向つて左の枝はくれなゐ/石川信夫『太白光』
→ということは、右は白なんだね。
……って、これはなんなんだろうと思うとじわじわと不思議だ。一本の木や花の色のイメージが頭の中に出来上がったけど、これはなんでしょう。意味を求めても得られない。それが美しいとか悲しいとか言えば既視感で落ち着くが。
主体と読者は同じほうを向いている。







これで77人の近代短歌を読んだ。次回、文豪8人の短歌をやってこの本は終わる。


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2014年09月25日

小高賢編著『近代短歌の鑑賞77』を読む【14】66-70  ~筏井嘉一、明石海人ほか

66人目、中村正爾(なかむらしょうじ)
白秋系とある。当時としては新しい素材で歌を作った。


あらはなる駝鳥のくびのいただきに眼がありこちら見てゐたりけり/中村正爾「春の音階」未刊

つぎつぎに流れながらう昼の海の大き水母(くらげ)のうち歪(ゆが)む顔/中村正爾「春の音階」未刊

→たしかに、珍しい生き物の歌。
くびのいただきに眼があるとか、くらげの顔が歪んでいるとか、ちょっとした捉え方がある。


音なべてしづみ果てたる山の夜や聴けば聴かゆる地球自転の音/中村正爾「海港」未刊



67人目、高田浪吉。(たかた なみきち)
「川波」創刊。土屋文明との論争。


人ごゑも絶えはてにけり家(いへ)焼(や)くる炎(ほのほ)のなかに日は沈みつつ/高田浪吉『川波』
→関東大震災。炎のなかに日が沈むとは印象的だ。


わが父の釣(つり)する夢を見たりけり動かぬ鯉のいくつも釣れぬ/高田浪吉『砂浜』


檻(おり)の中に猿のうごくを面白がるわが子とをりて寒くてならず/高田浪吉『家竝』




68人目、筏井嘉一(いかだい かいち)
白秋に師事。「創生」主宰。『新風十人』参加。生活歌人、庶民の現実。

兵おくる万歳のこゑあがるまは悲壮に過ぎて息(いき)のくるしゑ/筏井嘉一『荒栲』


荒るるまま世界荒れよとつひにおもふ秩序といふも戦禍ありて後(のち)/筏井嘉一『荒栲』


家(うち)へ帰るただそれだけがたのしみにてまた一日(いちにち)の勤めをはれり/筏井嘉一『荒栲』

→オレもそういうところあるなあ。当たり前すぎるように思うけど、そうじゃない人もいるんだろうなあ。
職場では言えないことだ。


いまここにわれといふもの息づけりただそれだけとおもひけるかも/筏井嘉一『荒栲』

ほとんど自然や季節のことが出てこなくて、人間とその生き方に内容が集中している。



69人目、穂積忠(ほづみ きよし)
白秋と迢空の影響。

さびしくてひとりほほゑむ。子らをらぬ校庭にまりの ころがるみれば/穂積忠『叢』
→さびしくてほほえんでいるというのが独特だ。そのほほえみこそがさびしそうだ。
このころは学校でまりつきする子がいたんだね。今ならサッカーボールでも転がっていそうだが、まりの感じとは違うねやはり。


答なりてひとむきに手を挙げし子の背(せな)の陽炎をわれは観てをり/穂積忠『雪祭』



70人目、明石海人(あかし かいじん)。ハンセン病。
総合誌の特集で知ってた。


妻は母に母は父に言ふわが病襖へだててその声をきく/明石海人『白描』


鳴き交すこゑ聴きをれば雀らの一つ一つが別のこと言ふ/明石海人『白描』

→「別のこと言ふ」がいい。声が違うとか、鳴き方の調子が違うとかではない。内容にまで踏み込んでいる。


この空にいかなる太陽のかがやかばわが眼にひらく花々ならむ/明石海人『白描』
→という歌の少しあとに

この空にいかな太陽のかがやかけばわが眼(め)にひらく花花あらむ

というのもある。どっちか一つでいいと思った。



つづく。


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2014年09月24日

小高賢編著『近代短歌の鑑賞77』を読む【13】61-65  ~松田常憲、松倉米吉ほか

61人目、松田常憲(まつだ つねのり)
「水甕」。
長歌が多くて、長歌集も出している。


開戦のニュース短くをはりたり大地きびしく霜おりにけり/松田常憲『凍天』
という歌は知っていた。
開戦と、大地の険しい表情。



現世(うつしよ)に命寂しく生きつぐや夢にも人とあらそひにけり/松田常憲『ひこばえ』


新しく建ちし野中のひとつ家にぴやのきこゆる月のふけなり/松田常憲『秋風抄』




62人目、松倉米吉。25歳で亡くなったとある。

貧し家に帰り来りて真裸のざこ寝の中に身をひそめ寝る/松倉米吉


しげしげと医師にこの顔見すゑられつつわが貧しさを明しけるかも/松倉米吉

→貧困が肉体にあらわれる。医師を相手に貧しさを明かすのは、必要なこととはいえ恥があるだろう。
必要なのは医療なのか、金銭なのか。



63人目、山下陸奥(やました むつ)。「心の花」を経て「一路」創刊。
「僕は参謀本部のような正確な歌を作る」という言葉が引いてある。


何がなしやさしき心わき出でてやさしくすれば妻の危ぶむ/山下陸奥『平雪』
→わけもなく優しい気分になることあるなあ。普段優しくない人に優しくされると疑いを感じるのもわかる。


楓(かへるで)の葉はしづかなる日をうけて絶対信頼の中に伸びゆく/山下陸奥『純林』
→「絶対信頼」が言えない言葉だなあ。
しずかな日のなかに信頼感があるのか。


考へに考へゐしが三越の商品券もちて出でゆきし妻/山下陸奥『生滅』
→特別欲しいものがあるわけじゃないし……でもせっかくの商品券だし……といったことが頭の中をぐるぐるしていたんだろうなあ。
三越って昔からあるなあ。

あと、けっこう奥さんの歌が多い。奥さんをよく詠む旦那って、意外といないのでは。


夕ぐれをひとり入り来て墓石群が放つ温(ぬく)みの中に居りたり/山下陸奥『冬霞』
→墓石となると、霊的なものを予感する。でもあたたかい夕ぐれなんだね。特定の誰かの墓でもない。

山下陸奥、なかなか面白かった。



64人目は藤沢古実
恋愛事件がきっかけでアララギを離れたとある。「国土」創刊。

知らない人がどんどん出てくるようになってきた。
最初の10人が、直文・左千夫・子規・千亦・信綱・鉄幹・柴舟・薫園・水穂・赤彦なのと比べるとだいぶおとなしくなってきた。


たらちねの母をうづめし赤土に萱草(かんざう)ひとつ萌(も)えてありけり/藤沢古実『国原』


ぬかるみの山路(やまぢ)に足はすべらさじ父の棺(ひつぎ)をかつぎてぞ行く/藤沢古実『国原』

→実景なんだろうけど、萌える草やかつぐ棺がそれぞれ母親像・父親像に対応しているように見えた。



65人目、早川幾忠(はやかわ いくただ)
「高嶺」創刊、主宰。短歌以外にも書、画など多才であったとのこと。


風寒き畑の道をのぼり来て真冬の空の深きに対(むか)ふ/早川幾忠『紫塵集』
→オレは空の歌が好きなのかもしれないなあ。そんな気がする。

深い空が自分と対峙している。それがいいなあ。深淵をのぞきみる時、深淵もまたこちらをのぞいてる、みたいなのあるね。


ああさうかここにあつたかなど言ひてまた埓(らち)もなし老いといふものは/早川幾忠『八十有八年』



つづく。


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2014年09月22日

小高賢編著『近代短歌の鑑賞77』を読む【12】56-60  ~小泉苳三、渡辺順三ほか

56人目、小泉苳三(こいずみ とうぞう)
「水甕」を経て「ポトナム」創刊とある。「現実的新叙情主義短歌」を提唱したとあるが、その言葉だけではよくわかんないなあ。歌を読んでみましょう。


かへりみて寂(さび)しきことの多かりき心つつましく寂しさに耐(た)ふ/小泉苳三「くさふじ」
→過去も寂しくて、現在も寂しさに耐えている。「つつましく」に矜持とでも言いましょうか、そういったものがあるように思います。


海の上に夕(ゆふべ)の雨の寂(さび)しく降(ふ)り石炭はこぶ船一(ひと)つをり/小泉苳三『くさふじ』


地の上に横たはる敵の屍(しかばね)に犬寄り来たり顔より食ひ初(そ)む/小泉苳三『山西前線』

→顔が特に露出しているからかなあ。どこから食い始めたとか、必ずしも重要でないことをクローズアップすることで立ち上がってくる現実感がある。


人生を苦しみの場と思ひ定めかつて一度も疑はざりき/小泉苳三『くさふじ以後』
→苦しく生きてきたんだろうが、それを過去形で言えるようになった。



57人目、橋本徳壽(はしもと とくじゅ)
古泉千樫に支持し「青垣」を創刊。


子供たちひそとしづまりたる見ればコンパスにて円をかきはじめたり/橋本徳壽『海峡』
→コンパスを使うときは子供は黙る、というのはひとつの小さな発見だ。集中を求められるからかな。
さわがしい遊びがいくつかの円に変化する。


芒穂のひかりみだるる廃道ありしづかなるかなやこの山中に/橋本徳壽『岑』


流刑といふ語の感じさながらにひとり歩み来(く)雪の荒磯(ありそ)を/橋本徳壽『岑』

→「語の感じ」だから、流刑そのものとは違うんだよね。下の句の光景がその感じに対応している。



58人目、渡辺順三
篠弘の短歌史の本で見た。といっても、戦中戦後の歌壇のどさくさの中にいた人だという程度の認識だけど。
三行書きや四行書きで作っている。


囚われてこの檻房の高窓に、
秋空あふぐ、
雲迅(はや)き夜の。
/渡辺順三『新らしき日』

→「秋空あふぐ」とくると、澄みわたった青い空を想像するが、夜だとわかる。こういう、あるかないかのささやかな裏切りというか意表をつくやりかたは評価したい。
雲が速く流れる夜ってあるなあ。雲が速いことと、囚われて不自由であることの対比があるか。


たのしげに
人らあゆめる街上を、
囚人自動車にのりてわれゆく。
/渡辺順三『新らしき日』

→同じ場所を移動しているだけに、孤独は強まる。



59人目、岡山厳(おかやま いわお)
「歌と観照」を創刊したという。批評家としても活躍したという。

地球引力の大き不思議は天ひたす水をしづめて斯(か)く円(まど)かなり/岡山厳『帝都の情熱』


ひそかなる物音きこゆ遠き部屋にわがかなしみをはばかる如く/岡山厳『體質』

→ひそかな音を、自分のかなしみを邪魔するものとしてとらえた。精神状態によって物音の意味は変化する。



60人目、土田耕平
アララギの人で、とても自然詠が多い。

山は暮れて海のおもてに暫(しば)らくのうす明かりあり遠き蜩(ひぐらし)/土田耕平『青杉』
→うす明かりが気になる。海だったら船のあかりか。あまり人がいるような感じがしない。
山から海に視線が動くが、ひぐらしにまたもどされる。
明かりはうす明かりだし、聞こえるヒグラシの声は遠いし、淡さがある。


帰り来てひとりし悲し灯のもとに着物をとけば砂こぼれけり/土田耕平『青杉』
→こぼれた砂が、唯一の自分の同行者であったようだ。それが孤独を深めて悲しいのだと読んだ。


変らざる山河(さんが)のさまをうち眺(なが)めわれのいのちもそこにあるべし/土田耕平『一塊』


土のいろを見つつなつかしこの土の一塊(ひとかたまり)を握りたきかな/土田耕平『一塊』

→色もいいものだが、握ったときの感じもよいと。
そうだなあ。土なんてずいぶん握ってないなあ。



つづく。


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2014年09月21日

小高賢編著『近代短歌の鑑賞77』を読む【11】51-55  ~土屋文明、結城哀草果ほか

51人目は今井邦子。三首ほど。

月光を素肌にあびつ蒼く白く湯気あげつゝも我人を思ひぬ/今井邦子『姿見日記』
→月の下で人を思うという歌。湯気がいい。温度をもって生きている人間がいる。


入日(いりひ)入日まつ赤(か)な入日何か言へ一言言ひて落ちもゆけかし/今井邦子『片々』


年を越えながき病に伏したれば頭も小さくなりし心地す/今井邦子『こぼれ梅』

→オレはこんな経験もなければ感覚もない。そんな感覚があるのかと驚いた。



52人目、土屋文明
平成まで生きたことに驚く。この本に載っているのは昔の人達だとばかり思っているわけだが、文明はいくらかオレと生きた時代が重なっている。その重なりだけでも、それがないよりは自分に近いように感じる。

土屋文明『新作歌入門 アララギ選歌後記』を読む【前編】  ~短歌作者の低能暴露ぶり、ほか : ▼存在しない何かへの憧れ http://t.co/vG0N9mkxPN
何も知らずにこの本を読んで、土屋文明への興味がとても高まったのだった。


家(いへ)うちに物なげうちていら立ちつ父を思ひ遺伝(ゐでん)といふことを思ふ/土屋文明『往還集』



安らかに月光(つきかげ)させる吾(わ)が体(からだ)おのづから感ず屍(しかばね)のごと/土屋文明『山谷集』

地下道を上(のぼ)り来(きた)りて雨の降る薄明(はくめい)の街に時(とき)の感じなし/土屋文明『山谷集』

→「感じ」の歌に丸つけた。五感にないようなものを感じとっている。


時代ことなる父と子なれば枯山(かれやま)に腰下(こしお)ろし向(むか)ふ一つ山脈(やまなみ)に/土屋文明『山下水』
→個人的に、父と一緒にアウトドアなことをやった昔を思い出した。
山の前ではジェネレーションギャップなんて小さなことだ。


吾(わ)がために君が買ふ朝(あさ)の海老(えび)五疋(ごひき)虹(にじ)のごとくに手の上(うへ)にあり/土屋文明『自流泉』
→透き通ってるエビを、虹みたいだと。手の上に置くと、手の上に朝の虹があるようなイメージがでてくる。



ここからは、知らない歌人が増えた。60首や90首が紹介される超大物がいなくなり、みんな30首にとどまる。



53人目、西村陽吉

この西村陽吉は三行書きから一行書きになっている。
こうしてこの本を見ていると、啄木以外にも三行など複数の行に分けて書いた歌人がけっこういるのがわかった。

また「口語短歌運動に参加した」とある。なるほど、昭和に入ってからは口語で書いている。

あと、どうも昔の口語って、自由律とくっつきがちだなあ。プロレタリアだのなんだのっていうのもくっついてきやすいようだ。


なまけもの、臆病、意気地無しと、
あるかぎりの名に呼びてみれど、
 安まらざりし。
/西村陽吉『都市居住者』


にぎやかな飾窓の前、
 人知れず、
しばらく怖い顔をしてゐる。
/西村陽吉『都市居住者』

→そういうのが好きだから丸つけたけど、なんか啄木っぽくなるねえ。

働かねばならず、
働けばいそがはし。
憤ほろしく仕事を見入る。
/西村陽吉『都市居住者』

なんて歌もあるが、かなり啄木に近い。働く→いそがしい→憤る→仕事を見る、では飛躍がない。「仕事に見入る」では、つまりは何を見ているのかわからない。
働く→でも暮らしが楽にならない→手を見る、だったら矢印の間に動きがある。


金があるために受けた尊敬だとそのときにふつと思つたことのさびしさ/西村陽吉『晴れた日』
→昭和になって三行書きをやめて句読点を入れなくなると同時に口語になっている。
店の接客なんかはそうだね。いつもは考えないようなことだけど、考えたらさびしいかもね。


この無數の大衆はそれぞれのいのちだ 個々の人格だ 見ろごみのやうだ/西村陽吉『舗道の歌』
※「いのち」に傍点。
→ムスカみたいなことを言っている。
傍点をつけるほどの「いのち」や人格を意識したうえで、なおもごみに見えてしまう。


わたしのあたまのなかになんにもあたらしいものがなくなつたとおもふとき家へかへる/西村陽吉『緑の旗』
→ひらがな表記になんにもなさを感じた。



54人目、大熊信行。最初のほうはメーデーがどうのこうのという政治的な内容の歌がつづく。
それから口語になる。一字空けがとても多い。定型になっていない。
『いわゆる「まるめら調」といわれる口語非定型の作品を発表するようになる。』


なさけない 人の仕打を かんがへて ひとりめしを かんでゐる/大熊信行『母の手』
自分で打ち込んだのを見て「うたのわ」かよと思った。


さびしいと思ふと なにか白い花が 木にたくさん さいてゐる/大熊信行『母の手』
→ものすごく素朴で、かえって新鮮だ。たくさんの白い花がさびしさと響き合う。


うぐいすが 自分の近くに ゐるといふ 感じがすると 眼(め)がさめました/大熊信行『母の手』
→なんともいえずいいなあ。眠りと現実のはざま。目が覚めるときにこんな美しい悲しみのようなものを感じることがある。


素朴な歌と、いかめしい顔や立派な経歴にギャップを感じた。
博士とか教授とか書いてあるのに、すごく簡単な言葉で歌をつくっている。



55人目、結城哀草果(ゆうき あいそうか)
アララギ。生涯のほとんどを山形県の農村で過ごしたとある。


貧しさはきはまりつひに歳(とし)ごろの娘ことごとく売られし村あり/結城哀草果『すだま』


大平洋に日は昇りつつ朝日嶽(あさひだけ)の大き影日本海のうへにさだまる/結城哀草果『おきなぐさ』

→大平洋から朝日嶽経由で日本海までを視野にいれた、スケールの大きな歌。



つづく。


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2014年09月20日

小高賢編著『近代短歌の鑑賞77』を読む【10】46-50  ~岡本かの子、矢代東村、ほか

46人目、岡本かの子
すごい写真だ。迫力がありちょっとこわい。
桜ばな~の歌は知ってたけど、この人が岡本太郎を生んだというのは知らなかった。


裸にてわれは持ちたり紅(くれない)の林檎(りんご)もちたり朝風呂のなかに/岡本かの子『浴身』
→林檎が印象にのこる。あえて「紅」であると強調している。


狂人のわれが見にける十年(ととせ)まへの真赤きさくら真黒きさくら/岡本かの子『浴身』

さくらの歌も多いけど、色のでてくる歌が多い。それも、赤。



47人目、矢代東村(やしろ とうそん)
一行書きだったり何行にも分けて書いたりしている。


麦畑だ。
楢の林だ。
高圧線の大鉄塔だ。
六月だ。
野だ。
/矢代東村『溶鉱炉』

というのは以前読んで知ってた。角川の特集で。


人間のかなしき秘密ことごとくわれに知らしめし君と別るる/矢代東村『一隅より』


人生はもつと幸福であつていい
ある時は、さう考へて
その気にもなる。
/矢代東村『飛行船に騒ぐ人々』未刊

→まあ三行でやると啄木っぽくなりがちだよねえ。この人の場合は三行以外のやり方もやっている。

共感した。その気になってもそれは一時的で、そこからさらに幸福な人生にしていくわけでもない。


ただ一つ確かなことは、
行くさきに
待つてゐる死だけ、だと思ふ時。
/矢代東村『大衆と共に』未刊

→これも、一時的にそう思ったよという歌だね。そういうのに丸してしまうオレの傾向なのか、それがこの作者の傾向なのか。両方ありそう。



48人目、尾山篤二郎。いい笑顔だ。満面の笑みってやつだ。
『わが国最初の短歌総合雑誌「短歌雑誌」を企画、編集する』とある。


幻想は鋼鉄のごとし何も喰ふものもなければ風に吹かるる/尾山篤二郎『雪客』
→幻想も鋼鉄も食えないことでは同じってことか。
鋼鉄っていうのが工場とか労働をイメージさせて、それと幻想を結びつけたのが大胆なのか。


戦慄(ふるふ)ごとく晴れきはまりし一日をはや夕雲の色注(さ)しにけり/尾山篤二郎『雪客』



49人目、松村英一

素麺をゆでて食はするわが妻に今日のあつさを単純にいふ/松村英一『石に咲く花』
→ソーメン食って「今日は暑いな」なんて、平凡そのものだ。が、「単純にいふ」となると、そうじゃない複雑な言い方もあるような含みがでてくる。平凡な言葉も、選択されたものなのかなあと。常になにげなしにその選択をしていくのが日常なんだろうなあ。


夢といふ意識がありて見る夢のなかにて聞きぬ亡き妻のこゑ/松村英一『樹氷と氷壁以後』



50人目、植松壽樹(うえまつ ひさき)。ベレー帽。
「沃野」創刊主宰。


事ならずは寧ろ死なむと云ふ程の企てもなし飯うまく食ふ/植松壽樹 合同歌集『黎明』


よく見たら、オレが丸つけた三首はみんな食べる歌だった。


皮むきて物食ふ猿の手はかなし人間の手に似たるなりけり/植松壽樹『庭燎』
悲しいと言わずに悲しさを表現しろとはよく言うけど、悲しいって言っちゃってる歌で成功してる歌は、悲しみの内容に特徴があるように思う。

たとえばこの歌だと猿の手が人間に似てるからって、なにが悲しいのか。
そこで立ち止まらせる。

ひとつの読み方として、
……人間の知恵だの進歩なんてろくなもんじゃない、人間なんて悲しい生き物だ。ああ猿よ、お前まで人間の真似をしようとしているのか。……とかね。


昨夜の鰻完全に消化しつくされて吾は眼を開く薄明の中/植松壽樹『白玉の木』
→はらがへって朝目が覚めた。終わった食事を記憶に残しつつも、食べるためにその日を生きていく。




つづく。


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2014年09月19日

小高賢編著『近代短歌の鑑賞77』を読む【9】41-45  ~原阿佐緒、中村憲吉ほか

41人目は九条武子
「高貴な秘園に棲む令嬢」だとか、「なみなみならぬ美貌」だとか書いてある。写真を見ると、昔のスターという感じがする。


たたけどもたたけどもわが心しらずピアノの鍵盤(きい)は氷の如し/九条武子『金鈴』
→オレはピアノやってたからピアノの歌には気持ちが入りやすい。
ちょっと啄木っぽいかな。労働の手の歌と比べるとだいぶ違いがある。


山たかみ空なほ高みつくづくと地の上のわれは悲しうなりぬ/九条武子『金鈴』
→「つくづくと」の「づく」は二文字ぶんの同音記号になっている。横書きでは再現できないやつだ。青空文庫では「/\」という表記になっているが、このように濁点があらたに入る場合はどうするんだ。「つく/゛\と」なんてやったら混乱しかない。

わかりやすくて丸つけたけど、幼い印象の歌だ。令嬢というプロフィールにつられて、そんなのはヤワな悲しみだろうという気持ちがしてきてしまった。



42人目、岩谷莫哀(いわや ばくあい)
うーむ全然聞いたこともない人が出てきた。でも、意外にそういう人の歌が面白かったりするんだよね。
「水甕」の創刊に参加したとある。39歳で若くして亡くなったとも。

雲はみなとけてあとなき蒼空のそこより春のかなしみぞ湧く/岩谷莫哀『春の反逆』
→さっきの九条武子に続いて、また空を見て悲しむ歌に丸をつけていた。オレの好きなシチュエーションなのかね。時代を越えた題材ではある。
雲が「とけて」がいいな。確かにそういう雲ってある。その場所で縮んでなくなっていっちゃうの。よく見てるなと思う。

雲ひとつない空に春の悲しみがあると。春って別れの季節だし、そういう意味での悲しみはオレだって経験している。晴れていることによる悲しみの印象も。


ひきだしをなかば開きてばうぜんと机の前に物をおもへり/岩谷莫哀『春の反逆』
→「ばうぜん」は初めて見たかも。旧かなって、時々オヨッと思わせてくる。
ひきだしが心理面に対応している。


松風も絶えて音なき夜の室にひそかに死地を思ひ居しかな/岩谷莫哀『仰望』
→さっきの蒼空の歌は、雲がなくなり悲しくなっていたが、今度は音がなくなり死の場所を思っている。何かが無くなったところに何か浮かんでくる、という二つの歌。



43人目、若山喜志子
また知らない人かと思ったら、若山牧水と結婚したとある。
「きしこ」で一発で一番に変換できた。

はるかなる記憶の如く夕ぐれの空より雪のまひそめしかな/若山喜志子『無花果』


慣るるといふは浅ましきかも大活字の殲滅の文字に驚くとせぬ/若山喜志子『埴鈴集』

→『埴鈴集』は昭和15年の歌集。
新聞に大きく「殲滅」なんて文字のでて、それに驚いたり一喜一憂していた時代があったのだな。


あなあはれ怠けをる時わが耳に来てそそのかすラスコーリニコフ/若山喜志子『芽ぶき柳』


眉逆だち三角まなこ窪みたるこの面つくるに八十年かかりし/若山喜志子

→写真を見ると、なるほどそういう顔だ。
この顔をつくりたいがために生涯の大部分を費やしたかのようだ。



44人目、原阿佐緒
国語の授業でやったのを覚えている。宮城出身の歌人だ。美貌が伝えられている。
スキャンダルが赤彦の怒りにふれ「アララギ」を追われたとある。
オレは結社を追い出されるのに憧れる。いやほんとにそうなるのは困るけど。


うす闇に君が吸ふなる煙草の火わがかなしみをあつめて光る/原阿佐緒『白木槿』


丸をつけた歌が終盤に集中した。


馬車の馬鞭うたれつつ身じろがぬその馬の背に春日かなしも/原阿佐緒『死をみつめて』
→鞭にもそれほど動じないような背なら、春の日ざしに感じるものなどどれだけあるだろう。


ひそめゐしわれの心を示されしおどろきに読む自殺者の手記/原阿佐緒『うす雲』
→『若きウェルテルの悩み』を読んでそれが自分のことのように思えないのは不幸だ、と言ったのはゲーテ自身だったな。
「もし生涯に『ウェルテル』が自分のために書かれたと感じるような時期がないなら、その人は不幸だ」。



45人目、中村憲吉
中村憲吉というと、オレはほとんど知らないんだが、近藤芳美の『短歌入門』に書いてあった扇の話を思い出す。

http://blog.livedoor.jp/mk7911/archives/52082183.html

街とほく消えゆく音をのこしつつ我が電車いまは暗くとまりぬ/中村憲吉 合同歌集『馬鈴薯の花』


大河口(おほかはぐち)の夕焼がたの船工場(ふなこうぢやう)音をやめたりその重きおとを/中村憲吉『林泉集』

→丸つけたのはどちらも音のでてくる歌だった。

重い音がやんで、しずかに夜がやってくるところだ。


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mk7911 at 12:59|PermalinkComments(1)