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第三回よふぼく一斉活動日を終えて

皆様お久しぶりです。
先週の三連休では、全国各地にて第三回よふぼく一斉活動日か行われたかと思います。私は4日に自教会会場で行いました。今回はその感想を書きたいと思います。

私の支部は、前回好評に引き続きクイズ大会を行いました。もちろん私が進行・解説をつとめ、今回も7人ずつ計10班に分かれてもらい、スクリーンに全12問クイズを出して、チーム対抗戦をしてもらいました。

ざっくりしたクイズ内容は以下のとおりです。
①おふでさきは何首ある?
②よろづよの最初の手は?
③道具衆の正しい配置はどれ?
④女鳴物を教えられた女性とその年齢は?
⑤教祖のひながたは何年か?
⑥みかぐらうたに「ひのきしん」は何個あるか?
⑦元初りの人間創造の理由は?
⑧赤衣の中のきれに書いてある字は?
⑨おさづけは「道の◯◯」と呼ばれるか?
⑩息を引き取り、また生まれ替わることを何と呼ぶか?
⑪分不相応に良い物を着たい、食べたい…これは何のほこりか?
⑫をびやの御供で最初にいただくものは?

※答えは後ほどコメントにて書いておきますね。

ありがたいことに参加者は前回よりも多く、メッセージビデオの際は、椅子が足りず、(床に座った人10名ほど、別部屋に移動してもらい、映像スピーカーをつないでソファに座って観てもらいました。)イベント後の昼食も足りなくなるほどでした。前回まで来られていた方が今回からお子さん方を誘って来てくださったのが理由かと思います。大変嬉しい結果となりました。

しかし、私自身に対する反省もありまして、前回はもっとクイズをやりたいという希望が多かったことから、今回は解説を端折ろうと結構大雑把に話をしました。そのわけか、今回は解説をもっと聞きたいという要望の方が多くありました。なかなか加減が難しい。

ですので、前回のと合わせて、クイズと解説込みのものを冊子にでもまとめようかと。

私としては昨今のニーズをみる限り、講話や講演会というのは需要が低くなったなと感じます。それでも天理教全体に企画力がなく、また全体的に高齢者が多く足腰も強くないため、講話のような「受け身行事」に選択肢が絞られてしまっている気もします。

ただ、今回の経験において、クイズとかレクリエーションのような流行りの「参加型」で交流して楽しんで学ぶこともありだなぁと感じました。そんなよふぼく一斉活動日でした。


また、皆様の支部ではどんな企画だったでしょうか。もし面白い企画があれば教えていただきたいです。

親の背中、子の思い

私のもとには、道を離れたい、信仰はやめないけど教会組織から離れたい。という話の相談が多い。理由を聞くと「実家の教会に帰りたくない」、「このまま天理教に居てもツラい未来しか見えない。」、「教団組織が好きじゃない」「上の世代にやりがいを搾取される」などであった。

まぁ気持ちは分からんでもない。私も本部勤務では同じことを思ったことがある。

現状のお道は、今の教会や道の指導者たち、布教師たちも、崖っぷちギリギリをつま先立ちでなんとか踏ん張っているような状況かもしれない。


また、人手不足高齢化によって、行事や日常業務、ひのきしん等の負担が大きくなってきていることも考えられる。加えて、現在の物価高騰の世の中では、働きに出なければ食っていけない教会もあり、行事などには手が回らないなんてこともあるだろう。

あとは特に目立つのは人間関係による不足で、よくある話、昔の当たり前の感覚で接することが、無意識に今を生きている人間を傷つけてしまったり、現代では法令やハラスメントに引っかかる、そうした事が原因で組織から離れてしまう人もいるだろう。

考えられる原因は様々で数え切れない。
だが現状を打破する術も数え切れないほどある。

今周りを見渡してみると、皆暗い。幸薄そう。
「将来への不安」は誰しもあるのは仕方が無い。では、私達は何を見て不安を覚えるのだろうか。それは私達の前を歩く大人たち、親や兄姉たちの後ろ姿である。

つまり、「子は親の背中を見て育つ」という事だ。
だから今、崖っぷちで苦労して、嫌な思いをしながら、常に何かを我慢している私達の背中をみている信者さんたちや若い次代の後継者たちは、不安を覚えてしまうのである。

だとすれば、自ずと答えは見えている。
苦労の中で「無理をしないで」「日々楽しいの信仰をする」のである。

例えば、参加する行事を無理せず限定するとか(自教会、大教会、教区、会活動、本部関係と行事盛りだくさん問題)、会議や連絡会などは出来るだけリモート化して参加しやすくすれば、行動数も減り時間もお金も浮いて心の余裕ができる。少しは負担も減るだろう。
または、各団体の長や年長者が絶対の決定権を握るのではなく、みんなで話し合いやアンケートをして決めていければ、きっとやる気・やりがいが生まれる。
役目を会長や役員等で埋めず、次代を意識して若い人に責任ある役を任せていくようにできれば、後継者もやる気が起こり、育っていく。
など色々考えられる。

それと、私の経験上、若い人の方がもっと画期的なやり方を持っていると思う。たまには道の先頭に立つ自身が振り返って後ろをついてくる者たちに尋ねてみるのも悪くはないだろう。

全世代で手を取り合って、今のお道をよくしていければと私は思う。

「現状維持」という言葉は、ハラスメント気質の古い格式が変わらず解決には結びつかない。私達が次代のためにすべきことは「現状打破」である。

女は大蛇、女は台じゃ

 「『おもたりのみこと』の御姿を大蛇と申すのは理が台じや
  云ひ換へれば此の世の中は大事やと云ふことを御示しになつたのである
。」
   (『山名大教会初代会長自伝』より)

元初りにおいて、をもたりのみことの御姿は大蛇として表されている。私は「女は大蛇」が先でそこから語呂合わせ的に「女は台じゃ」に変わっていったのではないかと予測していたが、どうやらが違っていたようだ。


どんなに世間から阿呆と言われている男、女房の口一つで、夫が世間からみられる目が変わる、という逸話が思い浮かぶ。
月が太陽の光によって輝いているように、女性の織り成す言葉・行動がすべての「土台・軸」となってつながっていき、はじめて男性は輝ける。この世のあらゆるものが日様によって輝きを持つのではないか。
また、この全てを支えつないでいく大地の理合いを受けて、この世の中にある全ての物や、人との関係を「大事や」と思えるようになるのではないか。

これこそ、をもたりのみこと様の見えない根源的な理の力の一つであろう。

命懸けの信仰

「命懸けの信仰」
ふと、このことについて考えた。

●命懸けてやってこその信仰。命懸けじゃなきゃ信仰としてダメ。
●そんなことはない。命懸けてやることだけが信仰ではない。もっと自由に教えを求めて陽気に暮らせばいいんだ。

結構以上の意見が考えられるかと思うが、そもそも「命懸け」ってなんだろうか?
命を懸けるほど〜という比喩的表現なのか。それとも実際に誰かの命が懸かっているのだろうか。


①比喩的表現の場合
命を懸けるほど今自分ができる精一杯の事を全身全霊でやる覚悟という意味かと思う。

②自身の命の危機の場合
例えば、自身が病床に伏すとか、突然の災害等で、命の危機に瀕した場合、自身が命を懸けて神にたすけを祈る。これも命懸けの信仰といえる。

③大切な人の命の危機の場合
自身の大切な人が命の危機に瀕した場合、誰しもなんとかその人に助かってもらいたい。自身が助けてあげたいと願うものだ。そうした時、必死で神様に願う、時には自身の命をかけてでも助けようとする。これは命懸けの信仰といえるのではないだろうか。

そういえば、約10年ちょっと前に突如としてタブーになったみたいだが、誰かの「身代わり」として自身の寿命を捧げる、あるいは、身上事情を代わりに引き受けるといったおたすけがよくなされていた。


以上のことから考えると、「命懸けの信仰」とは、命懸けくらいの覚悟で信仰するんだ!といった比喩的な使い方よりも、実際に自身がそういう状況に陥った時や、誰かを本気でたすけたい!と思ったとき、我が身捨ててでも…と自ずと起こり得る信仰なのではないか。

きっと先人たちの信仰は「命をかけるくらい」ではなく、事実、自身の命、人生を全て神へ捧げた信仰であったのではないか。

事実、誰かの命が危機に瀕している時に、人は文字通り命懸けになっているということだ。
つまり、私は「命懸けの信仰」が正しいとか正しくないとか、賛成とか反対とか、有りとか無しとか、そういうことではないと思うのである。

ただ、ここで自己犠牲のような信仰を認めるか認めないかは人それぞれなのかと思う。貴方はこれについてはどう考えるだろうか。

10年探しているもの

お疲れ様です。久しぶりの投稿ですみません。
ここ2ヶ月ほど、少し身体を病んで医者のお世話になっておりました。だいぶマシにはなりましたので、今日は一言でも投稿できればと思い、執筆いたしました。

以前から言っていたとおり、今日でブログを始めてちょうど10年の月日が経ちました!10年という期間、本当に何が起こるか分からないものです。10年前の自分が、これから教校本科に入るのも、本部勤務をすることも、地元で1年無職を経て働くことも、思いもしなかったことです。

そうした信仰生活を送る中で、私はずっと探していたものがある。

信仰において、教理を学ぶ上では、第一の方法は「自身でお道の資料から学ぶ」こと。また、第二の方法では「胸から胸へ伝わる信仰で学ぶ」といった経験によるものの大きく2つになるかと私は思う。そして、この学ぶ順番や重きの置き方は人それぞれ異なってくる。

要は信仰を、
心(教理を治める)から入り形(実践)に移すか、
形(実践経験)から入り、心に治めていくか
の2者がおり、またその中で、「教理に精通した原理主義者」や「教理なき真実信仰者」のようなそれぞれのタイプに分かれていくのであろう。

しかし、どちらも学んだ人は、恐らく誰もが感じたことがあると思う。この2つはいつも乖離している。資料の教理勉強における答えはこうと言っても、そんな話はおたすけの現場で通用しないといわれる場面が多々ある。つい先日も父から、おぢばで教理勉強したことは教会生活で活かせる場所はない。とハッキリいわれてしまったものである。

しかし、私はこの10年、そんなことはないとずっと探してきた。それは「おたすけの現場で通用する研究成果」である。私はずっと教理を研究して学んだ知識を使って、かつ諭す相手にも教えを分かりやすく伝える努力をしてきた。この人にはこの教理はどうか、この言い方ならどうかと。例えば原典の解釈ではどの解釈が現場で通用するのか等、ずっとお言葉を信じてやってきた。

そして、一つ私が見出した答えがこのブログに載せた「お話の姿勢」である。これこそ、研究的見解と実践経験の合わさった一つの結論となったのです。

この2つが重なるところ、研究の成果が現場の実践の答えと結びつくことでそれはきっと確固たる答えになる。研究して得た神様のお言葉通りだったと、おたすけ実践に通用してこそ真にその教理が分かるのではないかと。
第一、第二の方法の先に、この第三の方法、第三の学びがあるのではないだろうか。

私はこれからも教理研究とおたすけの実践の中に絶えずこの答えを探していきたいと思う。また、これぞ「おたすけの極意」ですぞ!というのがある方がいれば、ぜひ教えてください。


第二の誕生日

おさづけの理をいただいた日は、よく第二の誕生日と呼ばれる。用木、おたすけ人として誕生した元一日だからであろうか。

私のおさづけの拝戴は8月5日であった。
この日のことは今でも鮮明に覚えている。
当時18歳であった。

こどもおぢばがえりの最終日、天気は雨。その日の拝戴者は私ともう一人の女性の二人だけ。私はおつとめ着を自分で着ることができない事に気付き、おつとめ着を購入した店の店主に着せてもらった。それで集合の第三御用場へ遅刻。すみませんと言って到着すると、かなり焦っていた本部の青年に早く行きましょうと言われ、私達は仮席へ移動した。(確かもう一人の女性も遅刻だったらしい。)

二人しかいなかったからか、仮席は「これはなにか分かりますか?」というような対話型式で分かりやすく、私もいくつか答えた記憶がある。

さて、拝戴は私が先頭だったため、待ち時間も心の準備もなく、おさしづの理をいただくこととなった。

懐かしい。13年前のことである。

皆さんも自身の第二の誕生日は覚えているでしょうか。
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