たしか平成十二年か十三年だったと思う。NTTはすでに分割しており、本社機能的なものは大手町の持ち株会社がおこなっていた。
この頃私は、渋谷の神山町に住んでいたが、相変わらずの外人好きで、六本木、赤坂の外人クラブを飲み歩く毎日であった。
ひょんなことから、渋谷にロシア系の外人クラブを見つけて、通うようになっていた。連れは、十数年来の外人遊びの友、Y氏である。
Y氏は、文筆業をしていて、後に大学の講師を務めたりするような立派な人物であり、私も色々教えてもらった。
ただ外人好きという点では、私も時に負けることがあり、いつも我が外人友の会会長と呼んでいた。因みに私は、事務局長と自称していたが、別段そんな会が正式にあるわけでなく、一緒に外人クラブに通い出す者がいると,私とY氏で勝手に会員認定していたわけである。互いに貴方のせいで、今夜もまた飲んでしまったと飲み屋に居る言い訳にして、明日からは清く正しく美しく生きようと約束することが日課であった。守れ無いのだが。
そんな中に現役のS会系暴力団組長Fがいた。ヤクザ者との付き合いを、完全に絶っていたわけでは無いが、普段はなるべくヤクザ者と飲むことは避けていた。しかし、Fはなかなかお茶目なところがあり、切れ者でもあり、その上女を口説く術に長けていた。そんなFを別格扱いにして、一時期はよく一緒に飲んでいた。
そんなFから、ある話しを持ち掛けられる。
Fの親分が面倒を見ているM建設が、江東区医師会病院と付き合いがあるのだが、今、江東区医師会病院は区内に物件を探している、現在は使用されていないNTT男子寮が江東区内にあるが、これを江東区医師会病院に売却してくれないか、売却してくれればM建設が建築を請け負うことが出来るからと。高額の報酬も提示された。
ヤクザ柄みが気になったが、全てM建設と江東区医師会病院しか表に出ないということで、私はこの件を纏めるため乗り出す。
結果は上手くいく。現在たしか江東区医師会病院別館だと思ったが、それがあることが証拠だ。
私は高額の報酬を受け取り、Fもそれなりのものを手にしたと思う、金額は聞いていないが。
その後Fは最高級のレクサスを、M建設よりリースしてもらい、赤坂に事務所を構えたので、親分筋からも認められたのだろう。
この頃他にも、同じくS会系のI組長に飲みに誘われ、そこで建設関係の経営者を紹介されたことから、NTTドコモの基地アンテナの設計や施工などを発注してもらった。ドコモ、アンテナ建設は、ドコモ関連会社を名乗ることを許された下請け会社がおこなっていたが、そこに私がI組長に紹介された業者を連れていった。
これ等のことは、全て持ち株会社を通しておこなったのは当然である。
この様なことは、それからも度々あったが、何故そんなことが私に出来たのか、脅しで約二十年に渡り、そんなことが出来るか、考えてもらえば分かると思う。
私もなかなか腕がいいが、何よりNTT側の欲と思惑があったから出来たのである。
その理由については、複雑なので追々書いていくが、まずはNTTドコモやコミュニケーションズの広告を始めた経緯を書いてみたい。

江東区のNTT男子寮売却について、江東区医師会病院が別館を建てたように書いたが、もしかしたら別館とは違う名称だったかも知れない。何しろ十数年前のことなので、記憶がはっきりしないが、何か建物の名前がそこまで出かかっているような気もするのだが。
とにかく、手元に当時の資料が無いので、いずれ資料を見て、間違いであれば訂正する。

官僚がよく使う言葉に、あの人はサムライだ、というのがある。
NTTの人も同じように、サムライという言葉をよく使う。勤め人らしくなく、豪放で腹の座った幹部などを評して使う。最も今やNTT内でも、うちにサムライはもういませんよと言うぐらいになっている。
このことは、長くNTT幹部を見てきた私も感じていた。あるNTT職員が、うちの役員も皆サラリーマン化してしまいましたからねと、よく話していた。
ある時NTT社内で、そのサムライ云々の話しになった時、一人の課長がこんな事を言った。
鴻池さん、知ってます、うちの役員が一人問題になっているんですよ。夜な夜な家の近所を彷徨いて、格好もおかしいらしくて、Tシャツに短パン、野球帽を目深にかぶり、リュックサックみたいなものを背負ってるらしいんです。夜中の三時とか四時に。おかしいでしょう。うちの他の役員はどうなっちゃたんだろうと頭を抱えてますよ。昔ならこんな噂が出たら、大変なことになってますよ。
と言い、それでどうしてるの上の人はと、私が聞くと、まあ何かあったら困るので、それと無く様子は注意して見てるようですよ、などと彼は話していた。
NTT役員はストレスが溜まるのか、それとも単に少しいかれたのか、何にしても危なっかしい話しである。
某課長は、ただ最近の役員は重みがない、昔みたいな豪胆な役員はもう出ないのかと、嘆いたのだろうが。
十数年もNTTに、週三日も通っていると(よく出社しているようですねと、冷やかされたりした)、こういった話しを社員のように耳にした。
私が見てきたNTTでは、過去にはサムライと言える人が多数いた。
第一に上げるのが佐田氏だが、他にも島津氏、大星氏などがいた。児島元会長や鈴木正誠氏も強烈なサムライ肌だったんだろうな。
自殺した田島氏も、残念な死に方をしたが、立派なサムライ肌の人だったと思う。
私は田島氏とは、自殺する数ヶ月前にNTT関係者の紹介で会った。場所は代官山の、タブローズというイタリアンレストランであった。以前にこのNTT関係者に、このイタリアンレストランを紹介していて、気に入ってくれたらしく、よく使っていたようだ。この時もたしか、今夜タブローズで友人と食事をするが来ないかと誘いがあり、いったものと思う。
そこで、田島氏を紹介される。たしかこの時、田島氏はNTTドコモの副社長であったと思うが、紳士でなかなかの人物であった。
その後も会うのは、いつもタブローズであったが、その時の会話は、今はあまり話すべきではないだろう。
田島氏が、自殺して亡くなったことを聞いて驚いたが、心情は分かるような気がした。
その後、紹介してくれたNTT関係者が、葬儀の際に焼香の場で、貴方が死ぬことはなかった、責任を負わなくならない者は他にいるではないかみたいなことを、萬座の席で言ったと本人から聞いた。回りは黙って下を向いてしまったと話していたが、真偽の程は分からない。
NTTという会社自体の利に走らず、日本の通信を担っていると自負し、誇り高かったNTTは何処にいったのだろう。
長い付き合いから、NTTには深い思い入れがあったが、街の商売人になったNTT日本電信電話株式会社には、もう未練は無い。

私論 経済と国家論3
どうも私には、こんな大層なタイトルの話しは、無理だったようだ。
考えとしては、確たる持論があるのだが、文字にするのは難しい。大体子供の頃から、お国のことは語るべからずという社会で育ってきたので、あれは、これは書いてもよいかと、悩んでしまい上手く書けない。
そんな訳で、今回で止めにする。
経済や政治について書こうと思い、普段よりも気にしてニュースや新聞を見ていると、今更ながらがっかりしてしまった。もはや日本は、どうしても救われないような気がする。
まあ私なんかが、そんなことを言うのもおこがましいが。
とにかく、この項は終わりにします。
代わりに日本に住む外国人について、少し書いてみたい。
私は過去幾度となく、外国人女性と結婚していて、同棲した外国人女性も数知れず。ハーフの子供も何人かいる。自慢できたことではないが、外人好きな性分だから、仕方がない。
そんなことから、外国人女性だけでなく、様々な外国人とこれまで接してきた。やくざであったことも、不良外国人などと知り合う、機会を増やしたと思う。
そんな経験から、日本はあまり外国人を受け入れない方が良いと思う。
日本にいる外国人は、皆日本人を舐めていると思って間違いない。
このことで私は、いつも情けなくなる。日本人が悪い訳ではないが、日本人の良さが裏目に出てしまう。それと何より嫌なのは、外国人好きなことが、現在では日本人女性に持てない男の逃げ道みたいになっていること。
かって、昭和の時代、外人女好きの私や友人は、大変な思いで外人女を口説いてきた。当時、外人クラブなどほとんどなく、外国人が集まる青山や六本木の高級ディスコで、モデルの娘を口説いていた。日本人の女を口説くなんて比でなく、難しかった。そしてそれが最高にお洒落なファッションであったのに。それが今や、とにかく彼女が欲しい、結婚したいという情けない男のために外国人が日本に来ているかのようだ。 これについて、また何故外人好きの私が、外国人を日本にあまり受け入れない方が良いと思うのか書いていきたい。

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