2013年09月

ひとつ書き忘れていたことがあった。
平成23年12月にドコモ事件で逮捕され、釈放された後の話しだ。
翌年からこの逮捕事件に関して、何かとトラブルが多くなっていた。
そんな最中、NTT子会社の総務に勤務する警察OBと一悶着あったことは前に書いた。
この時NTT持ち株会社のI部長は、ドコモだけでなくその子会社に関しても何かと私をけしかけるようなことを話していた。
私もこの警察OBには腹を立てていたので、I部長に「そんなこと言うなら、その警察OBの住所でも電話番号でも教えてくれ」と言うと、分かりました来週まで待ってくれと言ってきた。
翌週持ち株会社に行くと、こんな話しになる。
「彼(警察OB)は現在67歳(68歳だったかな)で、この会社のT役員に70歳まで勤めさせてくれと頼んでいるらしい。だけど珍しいな、普通今の歳でもうちのグループでは居られないんだけどな。以前鴻池さんが言っていた、T役員が僕が色々彼のめんどうをみていると言っていたのはこのことかな。」
などと言う。T役員は私もよく知っていて、警察OBが出てきたことで文句を言ったときそんなことを言っていたのをI部長に話していた。
続けてI部長は「彼は神奈川県剣道連盟の役員みたいだな。住所はちょっと教えられないけど電話番号は〇〇〇ですよ、分かっているでしょうけど私が教えたことはくれぐれもも内密に。」
なんて、真面目くさった顔をして言う。それでいて、「本当に舐めた奴だな」などと私をけしかける。
私は数日後、子会社の総務に電話を入れ警察OBが私の電話に出ないことを確認すると、夜I部長に教えられた自宅の電話番号に電話した。
「もしもし〇〇さんのお宅ですか、ご主人はご在宅ですか、私は鴻池と申しますが」と言うと、電話に出た奥さんが明らかに鴻池と言ったことに反応したことが分かった。しばらく間があり、その後まだ帰っておりませんと言われた。私は、ではまた電話しますと言って電話を切った。
それ以後は電話を入れていない。理由は、I部長があんなふうに社員の電話番号を教えたことに不信感を抱いていたので。
それなら電話などしなければいいのだが、そうしないと気がすまないのが私の悪い癖だ。
とにかく考えてみてほしい、これって個人情報保護法違反じゃないか。しかも、NTT社員が内部情報を漏らしたんだかられっきとした犯罪じゃないか。
私の手帳には、その電話番号がメモされているし、事実電話を入れている。私がどのようにして、その電話番号を入手したのか、どうすれば入手できるのか、考えてもらえば分かると思うが、NTTからしか私には出来ません。
こんな類いの話しはまだ他にも沢山あるが、今回の一連の事件に関係無いものは省く。

馬鹿じゃなれない、利口じゃならぬ。
昔、高倉健が東映任侠映画の中で主題歌か挿入歌か忘れたが唄っていた唄の一節だ。
だが、実際には馬鹿じゃなれない、利口じゃなれない、中途半端じゃなおなれない、が正しい。
つまり、誰もなれないということになる。
若い頃、この意味を分かったような気でいたが、後々何度もこの意味を考え悩むことがあった。
今はむしろ余計に分からなくなったように思う。
歳のせいか、身すぎ世すぎに浸かりすぎてしまったのか、情けないが素直にそう思う。
このブログを書こうと考えたのも、そんな自分を見直そうと思ったからかも知れない。
なのに、一方で明快に答えをだしている自分がいる。このブログの別タイトルで書いている私だ。
それでいいのだろうか、と迷う自分に情けなくなる。
またちょっと話しがそれたかな。つまり渡世人として生きていくには、答えの一生出ない道を行くしかないのかと思う今日この頃だということだ。
ただ、如何に険しい道でも決して後戻りは出来ないということ。
これは、ヤクザだけで無くどんな人の一生にも言えることじゃないか。
人は毎日、毎回答えを出し決断しなければならない。
日々の中に迷う時間は無い。過ちも成功もどちらも答えだ。それを変えることは出来ない。 吐い唾は飲み込めないとか、ヤクザに証拠は要らねぇとか言われるたりする分だけ渡世の道は厳しいけど。
だから、中途半端じゃなおなれないという言葉の意味は分かるような気がする。
それでも、馬鹿じゃなれない、利口じゃなれないは答えは出ない。
私なんかに答えが出る訳ないか。
とにかく、そういうヤクザ唄があるということ。
もうひとつ、利口のふりする馬鹿、利口のふりする利口者、馬鹿のふりする利口者というのがある。
それにひとつ足して、馬鹿と居直る馬鹿もいると私は話すのだが、世の中見回すとこの四者に必ず当てはまるように思うのは私一人だろうか。

私の報復の正統性
人が非合法な手段で、たとえばNTTのような企業に暴力的手段にでたら、勿論逮捕される。そして裁判にかけられ有罪になる。
これは、当たり前の事である。
私は今年4月に、それを実行した。それ以前に、事実無根の話し(容疑)で逮捕されもした。
今年4月に逮捕された時、普通事件を起こし捕まったら、警察は動機と原因を調べるのが常識のはずが、 私の逮捕ではそれがまったくなく、ただNTTの玄関を壊した事だけを調書にされた。
何を話しても、無駄だった。それなら私はきちがいで、理由もなく犯行を犯したことになる。
そうでない事は裁判で証明されたが。
NTT持ち株会社、三浦惺会長、I部長らが何をしたか少なくとも裁判所は理解してくれたと思う。
私は、何度も私とNTTの間にNTT法に触れる事実があると、それも約20年来続いていると申し出た。
しかし、残念ながらNTTと丸の内警察署の不正な癒着のために、事実は明かされなかった。
ならば、情をかけてくれた裁判所には申し訳ないが、事実を証明するために私が再度報復的行為に出ても仕方ないだろう。
本来はお上には逆らわない、を旨とする私だが、今度ばかりは残念だが仕方ない。
もし、私と警察キャリア、関係者のことについて何か公けになるようなことがあれば、それはすべて丸の内警察署の責任だということを述べておく。
丸の内警察署も警察官一人一人はきちんとしてるのだろうが、トップや上層部にはたまらない場所なんだろうな。
丸の内には、日本でも有数の大企業が多数本社を構えているし、NTTなどは電電公社時代から付き合っている。
以前NTT幹部が話していたが、その付き合いは半端なものでなく、大概の警察がらみのことは対処出来ると豪語していた。
もうひとつ、日比谷同友会というのがあるが、これもなかなか面白い団体だ。
警察がらみでも面白い話題があるが、この団体自体も相当面白い。
これらについては、改めて別のキチンとしたところで話すつもりでいる。
とにかく、これだけされたら人は誰でも黙っていないということだ。
だから、私がどんな報復手段に出ても理は私にあるということ。
たとえ、本来の私の道に反することになっても。
これが言いたくて、慣れないブログも書いている。

ここからは4月15日、丸の内警察に自首して逮捕され、起訴、裁判となり裁判所に提出した一連の経緯書(証拠採用された)と大体同内容を書く。
1月8日から、以前どうり週3日持ち株会社に行くようになる。10年以上続けてきたことだ。
前年暮に新たな業者と今年から、事業をする約束していた。
3月の前半は毎日出社するように持ち株会社にいた。
このころから、ある決心する。
3月12日、業者がグループに打ち合わせでよばれる。すでに3回ほど打ち合わせをしていた。これで契約迄後少しと業者からめ言われる。
同日2時に持ち株会社に入り、業者の連絡を待つ。2時半に業者から連絡があり、すぐ持ち株会社に向かうとつげられる。
業者にはI部長と私に、お礼の手土産を2つ持参するように言ってあった。さらに50万の商品券も持参するよう言ってあった。
I部長にこのことを話すと、今日に業者と会わない物も受け取らないと言い、又言い争いになるが、私も確かにころ頃、大きな贈答品を持って上の事務室に戻るは不味いかもと思う。
これまでは、応接室で堂々とやり取りしていたんだが。
3時近くに業者が持ち株会社の玄関に来ると、私は向かいのビルのカフェに誘った。
事情があり、今日は持ち株会社には行かれない。お礼のみやげと商品券は私が渡すと話し、私が領収書を書く。
4時に私は持ち株会社に戻る。今日はどうしても受け取れないと部長は硬くなだった。少し言い争いになるが、その日は帰る。
そのまま有楽町の大黒屋に行き、商品券を換金する。
3月16日夜、I部長から電話があり、こないだは、剥きになって申し訳ない、来週来てくださいと言われる。
3月19日に風邪で私が体調が悪くて、3月20日は祭日だったので、21日3時に約束する。
いつも商品券の換金率のことで、文句を言われていたので、それとかさ張らないので現金化した。換金率の差額は負担して満額で持っていった。
いつも通り、なにげなく、応接室入り口そばの台のところに帰りがけに置いて帰る。
3月27日、持ち株会社に行き。事業の状況を聞く。考えていた通り、歯切れの悪い話しをする。不愉快になる。
4月3日2時から5時過ぎ迄持ち株会社で話したが、要領を得ない。適当に話し帰る。
それから持ち株会社に行くのをやめる。
4月11日夜、I部長から電話が入り、まだ怒っているんですか。そうだと思って連絡したんです。明日は来てくださいよと言われる。私は分かったと言い、12日4時半に行く。
これまで心にあった思いを全て言い、三浦会長と必ず刺し違えてやる。取り敢えず今日ここの表玄関をぶち壊してやるよと話す。そんな事今日されたら、私はどうなるんですかと言うので、それなら貴方が帰ってからやるよと言う。
しばらく言い合うが、分かりました。以前言っていた〇〇社長をいつでも連れて来てください、きちんと話しますからと言われるが、もうけっこう要らないよと言い断る(〇〇社長は以前からNTTを紹介して欲しいと言っていた業者の人)。
I部長は2時間位話していて、勝手に私が落ち着いて、今日は大丈夫と思ったらしい。私も適当に話していたから。
持ち株会社を出ると、時間待ちをして夜9時過ぎに近くにあったブロックで玄関ガラスドアを破壊した。
そのまま丸の内警察の交番に自首する。
深夜2時位までいて、やったことを話したのに逮捕出来ないと言われる。
玄関のテレビカメラに私の姿が写っていない、宿直の総務課長が被害届を出さないと言っているからと。
私はI部長がなにかしたなと考えて、その日は帰る。
帰りがけにI部長に電話し、何で訴えないんだと言うと「まいるな、あんな事したら逃げるのが普通じゃないかな、とにかく後で話しましょう」と言う。
私はうやむやにする気だなと考えて、翌日持ち株会社に確認に行くと玄関ガラスドアは、きれいに直されていた。
なら、翌日は日曜日だから、深夜に又やれば月曜日の職員出勤時までに直せないだろうと、深夜2時過ぎに再度玄関ガラスドアを今度は皆破壊する。
そして、警備員が出て来るまで待って、丸の内警察署に電話を入れ、又やったと伝えた。
それから逮捕状が執行されたのは、15日午後4時だった。
起訴してくれと言い、起訴後裁判になって一連の経緯を文書にし、NTTに利用されたこと、丸の内警察署とNTTの癒着など皆申し出た。
裁判では、勿論有罪だが、執行猶予になった。破壊した玄関の修理費用つまり損害額は400数十万だが、裁判官から弁才しなくてよいと言い渡された。
これは、建造物損壊罪は事実だが、私の言い分が裁判所に認められたということだ。
ただ、私にも痛恨のミスがあった。
昨年新規事業を進めさせていた業者をI部長の言葉を信じて怒鳴っていた。
これが3月6日のことだ。午後5時から有楽町のカフェで、1時間位怒鳴り、もう縁切りだと言って、待たせていた別の客と話していると、ある知人から電話があり、「どうなりました、業者〇〇と話したんですか」と言ってきた。話したよ、まだ帰えらず居るよ」と言うと、これから来るという。来ても仕方ないだろうというと、とにかく向かうと言い来ると私を無視して、業者の席に行き話しこみはじめた。なんだこいつと思ったが私は帰ってしまった。
ところが、その時鴻池さんに金を持っていって謝るしかないなんて言ったと後で聞く。
これでは、恐喝になってしまう。私も慌てる。
本当に訴えられてしまう。言った本人は、ただパニックになっているだけ。
私は仕方ない、私は逮捕されても彼だけは助けようと手を尽くし、そのこともあり事件を起こし捕まった。
その男は、一連の騒動でも問題ばかり起こし何度も泣いて、土下座して私詫びていたのに。
それが私の逮捕後、一番に裏切るんだから、人というのは恐ろしい。
決してこの男は許さない。
しかし、残念だ。I部長とは20年からの付き合いで、この男も15年からの付き合いだったのに。
その上信頼していた業者も失った。残念だ。
身から出たサビかもしれないが、辛いものがある。
でも許せないものは許せないない、代償ははらってもらう。
NTTには、何も私に非はない。どんなことしても、どんな思いをしても必ず復讐する。それだけだ。

平成23年12月に逮捕される前、NTTグループ会社と業者の間で一件の仕事が約束されていた。
逮捕前日、NTT側の担当者と業者に連絡を入れ、翌日午前中に私を含めた三者で確認することにした。
逮捕当日の午前11時、私の自宅に来た業者とNTTグループ会社の担当者に連絡し、契約の確認をする。私の逮捕中に済むようよろしく頼むと言い、業者、担当者が了解するのを聞き、私は午後出頭する。
ところが私の釈放後、この仕事が実行されていなかった。
私はそのグループ会社に行き、何故実行されないのか申し出た。
ここからも、様子がおかしくなる。
総務担当の警察OBが対応に出てきて、「鴻池さん、暴力団関係者として捕まったじゃないですか。報道もされてしまったし、これでは無理です」と言われた。
「冗談じゃない、無罪放免で釈放されたじゃないか、暴力団関係者でも無いことはこれまでの付き合いで分かってるじゃないか」と私が剥きになって言うと、「とにかく、鴻池さんと接触してはならないと、持ち株会社から指示が出ているのでどうしょうも無い」と言われてしまう。
本当に持ち株会社からの指示があるんだなと念を押し、分かったと言い、私はその足で大手町の持ち株会社に向かった。
持ち株会社では、誰がそんなこと言ったんですか、誰もそんなこと言ってませんよと言われる。
念のため、ドコモ関係者にも確認すると確かにそういう話しが出ているという。私はすぐに、グループ会社総務の警察OBに連絡して、持ち株会社ではそんなこと誰が言ったんですかと言われたと話すと、今度はドコモ総務からの指示だという。私はドコモ総務にも連絡して、アポを入れ向かった。
ドコモ総務課長二人も、口を揃えて知らないて言う。私は段々苛立ってきて、グループ会社総務の警察OBに連絡して、誰もそんなこと言っていないというし、とにかくすぐにそちらに向かうと言うと、「私はこれから用があり出てしまう、実は鴻池さんを逮捕した警察官から言われたんです」なんて言い出す。
私はうんざりしたが、その警察官にも連絡した。
警察官は、すでに連絡を受けていたようで「参ったな、確かにそんな話しをしたけど、企業から相談を受ければそう言うしかないでしょう」と言う。
私がしつこく、逮捕時ビジネス上のことは関知しないと、貴方も検事も言ったじゃないか、営業妨害じゃないかなどと言うと、「鴻池さんとNTTの間に入っちゃって、私一人が悪者にされてしまったんだな」なんて言う。とにかく仕事の妨害などしていないということで話しは終わる。
その後、グループ会社の総務担当警察OBは私の前に出て来なくなる。
それから、NTTに対してビジネスの再開を求めることになる。
仮に私が逮捕されたことが問題だとしても、業者は関係無いのではないか、場合によっては私が外れてもよいと申し出る。
4月位になると業者に連絡があり、新たに仕事の打ち合わせするということになる。
しかし、これが突然取り止めになる。
1ヶ月前の3月11日、私は大震災から1年、大震災から始まった騒動との思いがあり、三浦持ち株会社社長に手紙を出す。
内容は一連の騒動について、私が何か悪いことをしたのか、ビジネスはまっとうにしてきたことなど。
2、3日して、I部長から三浦社長から手紙を見せてもらった、すぐに来社して欲しいとのことだった。 I部長は、三浦社長からよく言われた、鴻池さんの気持ちも十分理解していると言うと、ついてはこれまでの仕事再開には少し時間がほしいと言う。そのかわり、新規の事業をどうかと提案される。
私は業者と話し合い、業者の出来る事業を業者自身に申し出させる。
4月、5月、6月と一向に新規事業の話しは進まず、ドコモの仕事も遅々としていた。新規事業の話しは、業者とグループ会社との打ち合わせやメールのやり取りばかりであった。半年以上に渡るメール類は私の手元にあるが、一体何であったのか分からない。
I部長は、ドコモ関係者が問題で妨害されているようなことを言うばかり。
私は弁護士に相談して、ドコモとグループ会社に内容証明書を送付する。
それだけでなく、グループ会社社長宅を訪ねたりした。
8月になり業者から、鴻池さんはI部長に騙されている。実はI部長から打ち合わせの時、「物事は始まりがあれば終わりもくる」と最近言われたと聞く。
怒り心頭に達した私は、I部長に電話を入れ「自分の出処進退、自分の幕引きは自分でする。長い間世話になった。これで縁切りだ」言うと電話を切り、中野の三浦会長(先月から会長になった)宅に向かう。
何度も居留守を使われるので、近くのホテルに泊まり込みになり、8月17日に三浦会長宅前で大騒ぎを起こし、大声で「この詐欺野郎、人を騙しやがって」などと言っていると「鴻池さん、どうしたの」と言いながら出てきた。
三浦会長は、I部長によく話してある、新しい事業の報告も受けている、間違いないからもう一度Iくんと話し合ってくれと言う。私は納得しないが、三浦さんの話しは一度は訊こうとその日は帰る。
その日の夜、I部長から電話がありとにかく来社して欲しいと言われた。私は返事をせず、電話を切る。
数日後、再度電話があり、来社を求められ、私は用件があるなら行こうと言うと、三浦総帥からの用件があるんですとはっきり言われる。
翌日、持ち株会社に行くと「もう、つつもたせみたいなことはしません、三浦総帥からよく言われた、信じてくれ」と言われる。
しかし、その後も何も進まず業者から再三非難されてしまう。しかし、この時から総帥というようになるのは、何か意味があったのかな。 暮れの12月になり(私も気の長いものだった)、完全に騙されたと考え、I部長を許せないと思うようになり、東京駅丸の内口構内でI部長を待ち伏せた。
夕方5時半頃、駅構内に来たI部長に「これから勝負しようじゃないか、でなければこのまま帰さない」と言うと、彼は帰りませんと言う。
馬鹿げた話しだが、その日深夜12時迄二人で、駅構内で無言のまま立っていた。
さすがに12時過ぎになると、「鴻池さん、もう電車なくなりました、私は帰れません、とにかくどこかで話しましょう」と言うので、分かったといい日本橋近くのカフェに入り朝5時近くまで話し合うことになる。
この時何故話しを聞いてしまったのか、今一番悔やむことだ。
何のかのと話した内容は、ただ信じてくれ、鴻池さんのために一所懸命やっているのに、というようなことだった。これが最後と言うことを聞いてしまう。
年末にも、また言い争になるが年明けに、連絡があり恒例のカレンダーや手帳を取りに来ないので、勝手に送らせてもらいましたと言ってきた。
それで持ち株会社に行く気になってしまい、又ズルズルとした付き合いになってしまい、業者らから呆れられることになる。
こんな風に書いていると私が馬鹿のように思われ、いい大人が何をしていたのかと思われるだろうし、書いている自分で何をしていたのかと思う。
ただ、I部長は本当に平気で嘘をつき、それが実に上手い。
しかし、何故そこまでして私と関係を持とうとしていたのか、それが私の言う派閥争いに利用し、ドコモ社長を落とし陥れたことが事実だという証明のようなものだ。
でもそのために、私は今年(平成25年)更に酷い状況になる。又捕まることになる。

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