2013年10月

NTTを退職したS氏は、実に精力的に活動し頭脳明晰で、一を聞いて十を知るといった優秀な人物であった。こんな人がいるのかと私は一時期感動し、師事して色々勉強させてもらった。
彼とはNTT関係だけでなく、様々な事案で関わっていく。
最初、NTTを退職した彼に会いにいった際、私が何か私の名前が出たことで迷惑を掛けたなら申し訳ないないというと、彼はいや仕方ないことです、武士は黙って切腹するだけと言った。こういう言葉に弱い私は、素直に感動して聞いていたものである。
その後は、何かと彼と会うことが多くなる。
伊藤博文の娘婿が設立したという会社を、S氏が副社長を務める会社が買収し、S氏がその会社の会長に就任すると私は協力を惜しまなかった。
お陰で、六本木の有名料亭新井などに莫大に借金を作ってしまう始末。それも苦にならないくらい彼には輝くものがあった。
会長に就任した会社の社長に、たしか郵政省の官僚だったと思うが、東大の先輩なる人物を器用して青山に新たにオフィスを構えた。
S氏はこの会社を完全に所有すべく、香港で転換社債を発行するが、これが裏目に出てその後長らく苦労することになる。
NTTの社長になるという夢に破れたS氏は、一国一城の主になることにこだわっていた。このことは料亭新井などで会食している時などに、彼自身がはっきり話していたことである。
S氏が会長に就任した会社は、彼が副社長を務める会社だけでなく、ソフトバンクなど当時の新興企業数社が株を保有しており、東京総和銀行も関わっていた。香港での転換社債額は、たしか三十億円だったと思うが、株を保有する会社側から一気に売り浴びせられ買収計画は頓挫する。
この際にS氏は、手形を乱発したとして特別背任の容疑をかけられることになる。逮捕はされなかったが、何度か検察の任意取り調べを受けていた。
この際、私に優秀な弁護士はいないかと相談されて、私は法務省を退官し、税理士をしながら最上興産の役員をしていたY先生に相談した。Y先生は内幸町に事務所を構える法務省の後輩弁護士を紹介してくれ、S氏も気に入って弁護士選任をする。
この弁護士が優秀だったのか、S氏の特別背任容疑は立件されず、転換社債に失敗した会社も倒産することなく清算という形で整理される。
その後S氏は、様々な苦労をしながら、それでも今度は地方都市の市長を目指し、一度はわずか五百票差で敗れるが、次に当選し市長になる。昨年、県議に市長の座を奪われるが、すぐに市議に転じ、次の市長選での返り咲きを目指している。大した人である。
S氏が会社買収に失敗した後、私はS氏と共に東芝の常務K氏と、オークラホテル内の日本料理山里で、月一回朝食会をしていた。
K氏は、S氏同様NTT幹部であったが、S氏より先にスキャンダルで失脚しNTTを退職していた。東芝の部長にいわば天下りのようなかたちで入り、この頃は常務に出世していた。 山里での朝食会は朝七時半からで、私はこの朝食会の時に付き合いのある中小企業の社長を伴い、K、S氏に紹介するようになっていた。
このことが後にK,S氏と裁判で争う原因となるのだが、それはまた後に詳しく書くことにする。私は裁判沙汰の原因になった二人の裏切りについて、K氏はともかく、S氏には何らの恨みつらみも抱いていないが、あれほどの人がつまらないことで、私みたいな者を裏切り、私に裁判で負けるようなことになったことは残念でならない。まあ今はきっと一時の気の迷いだったんだろうと思っているが。
K,S氏の例で思うことがある。NTTはスキャンダルなどで、退職を余儀なくされた者を決してただ退職させない。必ず然るべき会社に、然るべき地位を保証して就職させる。まあ辞めさせる方も、似たような脛に傷ある者同士という事情があるが、公社時代の官僚としての名残りだろう。しかし、現在の民間企業としては問題はないのだろうか。
K氏については、こんな話しもある。
K氏を東芝が引き取る条件として、NTTドコモで東芝の携帯を採用することが密約されていた。事実、FORM携帯が発売された時、FORM携帯として最初に発売されたのは東芝製である。それまで、ドコモに東芝製の携帯はなかったのにである。しかも、丁度私とK,S氏の裁判中であった頃であったため、私が様々なかたちでK氏就職の裏話しの真相を、騒ぎ立てるといつの間にか東芝製携帯は、ドコモから消えていった。K氏も東芝常務だけでなく、カンパニー制度を引いた東芝の携帯部門の子会社の社長に就任していたのに東芝製品は発売されなくなった。 結局、当時ドコモが東芝製携帯を採用したのは一度きり、S氏も私との裁判に負けると東芝を辞めていった。

私論 経済と国家論2 私はつくづく思うことがある。
商行為や経済活動は、時に素晴らしいこともある。日本では商人道という考えが生まれたことがあるし、台湾で華僑の誇りある所作を見たこともある。欧米でも一時期、優れた資本家が生まれ、今日の資本主義の発展を見たのだと思う。
ところが、経済第一主義は必ず利益第一主義、利益追求のみが目的になってしまう。
まさに、大道廃れて仁義あり、道は多岐にして羊を亡うだな。
任侠道もそうして滅んだが、経済主義もそのために滅ぶんだろう。
まさに、現代はこれまでの概念の転換期、文化の大きく変わる激動の入り口にいるのだろう。
さて、拙い私の国家論を話したい。
まず、私は官僚が好きだ。明治以来の伝統を持つ、官僚制度は世界に冠たるものと思う。
米国などの官僚など偽物だ。
以前テレビのニュースを見ていたら、街頭で若者が日本は資本主義の国家だから云々と話していた。
一体、日本人以外のどこの外国人が、日本が純粋な資本主義国家と認めるだろう。
欧米でも東南アジアでも、日本は社会主義下の資本主義的経済活動国家と見られているというのが正しいだろう。
私はその通りだと思うし、それでいいと思う。ただしそれは以前の日本のことであり、現在の日本は米国的な資本主義を押し付けられ、右往左往する危なっかしい国家だと考えている。
重ねて言うが、官僚は素晴らしい。霞ヶ関官僚から地方公務員まで、日本人はもっとこのことに誇りを持つべきだと思う。
以前、中国人マフィアと話した時、日本の警察は怖くない、ただ買収出来ないのが問題だがと話していた。世界のどこを見回してもこんな国はない。東南アジアなどに行けば、そのことがよく分かるし、米国だって映画やドラマで格好よく描いても、実体は酷いものだ。
霞ヶ関の官僚とも、過去色んな場面で遭遇して、いつも敵対している場面が多かったが、その優秀さに感動したことが何度もあった。教えられたことも沢山ある。
そんな官僚を何故駄目にしようとするのか分からない。米国が日本の官僚の優秀さに気づいて、横槍を入れているのが真相なのに。
少なくとも、中曽根総理の時代は完璧に官僚は機能していたと思う。その後バブル期にも、官僚は優れた舵取りをしていた。大蔵省が総量規制をかけたことが、バブル崩壊の原因のように言われたことがあるが、そんな事は事実ではない。あの時そうしなければ、日本経済はもっと悲惨なことになっていたはずだ。バブルの原因は、経済界の無謀な経営と普通の日本人の無知が生んだものと、私は理解している。
あれだけの経済の激変のなかで、世界有数の国家を今日も維持出来ているのは、優れた官僚の国家運営があったからでないか。
官僚制度は経済だけではなく、日本文化や伝統の維持にも重要な役割を担い、必要不可欠な存在である。もし、日本の官僚制度が崩壊したら、その時は日本は終わりだと思う。
勿論、最近言われる制度疲労はあるし、問題である。しかし、それは今日あらゆる社会、業界に言えることである。同じ制度や長らく同じようなやり方をしてきた団体などは、必ず制度疲労を起こし、時には腐ってしまう。
直せばいいことだ。
企業や社会が制度疲労を起こしたり、問題が生じたらすぐ直すことを考えるのに、何故官僚制度は無くすことを言い出すのか私には分からない。
米国の騙しに乗っている証拠だ。
天下りについても、私は反対ではない。最高学府を出て国家試験の難関を突破し、国に尽くすことを義務付けられた官僚が、退任後その知識とキャリアを民間に生かして何が悪いのか。避難される意味がわからない。
綺麗事と思わるか知れないが、たとえば米国ドラマなどで米国の政治家が、国家に忠誠を尽くす発言するのを違和感無く見ているじゃないか。他にも弁護士資格を得た者が、法の正義を守ることを誓うシーンを見て感動し、軍人が国家のため命を投げ出し戦う姿に時に涙し、時にカッコいいと思いながら見ているじゃないか。
日本の官僚も職についた時には、国家のために何ができるかと熱い気持ちでいるはずと思う。
キャリアとして局長などになれば、プライドにかけて省の威信にかけたおこないをするはず。
私はある二人のキャリア官僚を知っている。二人は先輩後輩の間柄で、またライバルでもあった。退任後、一人はとにかく天下り先を増やすことに大変な努力をしていた。もう一人は一社の顧問しかしなかった。ある時私が、顧問先を紹介できるかもと言うと、その元キャリア官僚は今いる会社に充分してもらっているので結構と断られた。二人のどちらが良いかでなく、キャリア官僚のプライドを見た気がした。
こんなこともあった。ノーパンしゃぶしゃぶで話題になった、大蔵官僚、田谷氏と、ひょんなことから会うことになった。
私が顔見知りのなんというか事件師と、お茶していた時、雑談のなかで田谷氏が可愛いがっていたAV会社の社長がいて(それが田谷氏の事件の一端になるのだが)、その社長が私の知り合いで、実はまだ表に出ていないビデオテープがあるんだと言ってしまった。
暫くして、私が友人と外人クラブで飲んいると、その事件師から電話があり、銀座で飲んでいるが来ないかと誘われた。私は今店の女を口説いているので、こっちに来ないかと話した。彼はすぐに来た。その時に田谷氏を伴って来たのだ。 私は事件師の思惑が分かった。多分田谷氏に知り合いが良からぬビデオテープを持っている、自分が間に入って何とかしようなんて言っただろう。私に対しては、当時有名人で大蔵官僚である田谷氏を会わせれば、私もそれなりに旨くやるだろう、損はない話しと踏んだようだ。我々はこんな風に打合せなく、アドリブてものをする。映画やドラマのなかで、綿密な打合せする場面がよくあるが事実とは大分違う。
残念ながら、私はそれを金にする気はなかったし、田谷氏にも興味はなかった。惚けた話しをして、この時をやり過ごしたが、田谷氏はなかなかの男だった。
私は当時まだ、バリバリのヤクザそのままだったし、事件師から私の素性は聞いていたはずである、その上その日は現役のヤクザが同席していた。大概やましいことがあって、我々が飲んでいるような場に連れてこられると普通は小さくなっているものだが、田谷氏は違った。私の前で胸を張り、足を開いてどっしりと座り、ズボンの裾を膝下位まで上げた。
私が適当な話しをしてして、雑談しかしなくても落ち着いて、彼も本題に入らずそのまま帰っていった。官僚らしいプライドだったんだろうな。その後もそんなスタイルを取る官僚に何人も会ったことがある。
私は素直に感動したものである。
彼らがよく侍という言葉を使うのも、それだけではないだろうが分かる気がした。
また話しが脱線気味なので、今日はこのくらいにしょう。

私論 経済と国家論
大層なサブタイトルをつけて恐縮だが、何だか書いてみたくなった。
本来私のような者は、お上、つまり経済や国家のことを語らないのが、習わしである。
だが、現実には我々ほど生の経済に精通している者はいないと思う。何しろ、基本的な生活基盤を持たないのだから、日々明日につながる経済活動を怠る訳にいかない。そのためあらゆる情報にも敏感だ。
何しろ日常の生活全てが、経済活動と言ってもよい。見聞きする全てが情報であり、雑談や趣味の話しと聞き流すことはできない。
これは普通の人には理解出来ないことだと、私は経験上よく分かるのだが、事実である。いつも目を凝らし、耳をそばだてていないと一瞬の油断から身を滅ぼすことになる。普通の人から見て些細なことでしかないことで、そうなるのだから厄介だ。
今日の経済だが、完全に常軌を逸しているとしか私には見えない。
バブル時代を経験した私には、あの時代も異常だったが、現在はさらに異常さを増したと思う。
バブル時代、誰もが狂乱したが、何かしら理解し難い不安を抱いていたような気がする。私など随分美味しい思いをしたが、楽に儲かることから生まれる自信とは裏腹に漠然とした不安感をいつも拭えなかった。何しろその頃の口癖が、毎日こんなことしていていいのかな、だったのだから。
大体、何を根拠に現在の日本が不況だというのだろう。たとえば、海外の貧困国をテレビなどで見ていて、食べる物がないとか、医師がいなくて薬もなく、日本や米国なら簡単に治療できる病が、その国では死の病であったりする。それを見てなんて貧しい、可哀想な国なんだろうと思う。
現在の日本にこんな状況があるだろうか、勿論どんな事にも例外はある、しかし例外的な事を取り上げて平均的な事実をねじ曲げるようなことは正しくないことじゃないか。この例外的なケースを、殊更に持ち出してものを語ることが多すぎるのが、現代の問題のひとつではないだろうか。
間違いなく日本は裕福で、恵まれた国である。どうもバブル期を基準にして、不況、不況と言っているような気がしてならない。あの時代が異常であったことは、誰が認めているのに。
かって、イギリスは世界に冠たる国家と言われ、この世の春を謳歌していた時代があった、その後その地位を米国に奪われ今日に至るが、今のイギリスを貧困国と誰も思わないだろう。むしろ、そんな時代を経て歴史を重ねた熟成した、他国から見れば羨ましいがられる国になっている。
日本もそんな風になる道を行くべきでないだろうか。
むしろ、恐ろしいのは限りなく近い将来、必ず訪れるだろう世界的な大恐慌であり、その時日本はどうするべきなのかを、考えるべきでないだろうか。
最近、米国が債務不履行に陥るかも知れないと報道されているが、これがどんなに重大なことはまるで語られない。あまりに日本人は鈍感になっていないだろうか。
もし、米国がデフォルトしたらどうなるのか、何故語られないのか私は不思議でならない。経済基盤の希薄な私には、大恐慌はそれほど重大時とは言えず、むしろやり易いかも知れないと考えることもあるが、普通の人にはまかり間違うと人生を狂わせるかも知れない重大時と思うのだが。
米国からでも、中国が先でも結果は同じである。そもそも中国は経済大国でもなんでもない。日本のバブル期のようになっているだけでないか。ただ日本のバブル期も異常だったが、基本的な資産の裏付けがあった。高度成長期に少しずつ築いた資産的裏付けがである。だから、日本は確かにバブル崩壊で大損をしたが、普通ならそんな事になったら世界から相手にされないのに、欧米からあれもこれもとどさくさ紛れに資産を踏んだぐられたんではないか。
丁度、事業に失敗して会社が倒産したが、資産があり返済はできた、ただ暴力団がイチャモンをつけて、有りもしない債権を盾に金を踏んだぐっていく、勿論ここでいう暴力団とは米国などだが。
経済だって、もっとシンプルに考えるべきだ。近頃の上場企業にも言えることで、ただ株価だけで評価されて運営されている。それが、全ての弊害の原因である。株価だけで会社を評価して、株価がさらに上がり実体のない価値が一人歩きする、だから実体経済との差が云々などとマスコミなどで言われる。実体経済でないでない経済とは一体なんなんだろう。
デイトレーダーと言うのも何だか分からない。ミニ相場師と言うべきではないか。ただ儲かれいいと、無責任に株を売り買いして、パチンコでもするような感覚でやっているんだろう。
こんな事、健全な経済活動と言えるのか。
こんな事になったのは、米国が自国の苦境を隠し、ついでに他国を巻き込んでいるだけとしか思えないのに。
先の昭和大恐慌の原因は分かっていて、金融業務、銀行、証券、保険などをひとつの企業がしてはならないと決めたのに、米国が自国の苦境を一時しのぎに脱するために、解禁させただけでないか。
このことが、いずれ大変なこととなるはずだ。
日本の官僚がやる気を無くすのも頷ける。
とにかく、中国のバブルが弾けたら一体どうなるのか、中国に本当の意味での資産などなく、米国などが資金を投入して株価や地価を上げて、さも世界的経済規模が膨らんだように見せかけただけ。
バブルが弾ければ、真っ先に資金を引き上げ、世界を巻き込んだ恐慌をもたらすだけだ。
資本主義とは本当に、際限のない欲望を生んだだけだな。
民主主義という概念が生まれ、その方法論として共産主義と資本主義が生まれた時から、共産主義は民主主義の鬼っ子だが、資本主義は民主主義の放蕩児であると言わたことが、現実として訪れるるのだな。
新自由主義なんて一体なんだんだ。
一寸長くなったのでまたに。

NTTと林哲也については、様々なエピソードがある。
そこまでやるかという話しもあった。
NTTが出入り業者と研修と称して、海外旅行をすることがあった。この研修旅行でタイ旅行をしたさい、林はNTTのタイ旅行と同じスケジュールを組み、同じ飛行機、同じホテルを自費予約し社員を伴い勝手に参加した。勿論、研修旅行のメンバーではない。
この旅行でNTT側の引率者は、たしか某部長であったと思う。
その下に、後にNTT長崎支店長になり、東日本の役員になる男が部長の部下として参加していた。彼はこの後、林に何かと便宜を図ったりする。
NTT東北時代、当時東北支社はダイヤルQ2のモニターをしていた。ダイヤルQ2で不適切なものがあれば、速やかに削除するためである。
その監視モニターをする東北支社の役員であるのに、彼は林が始めたエロダイヤルQ2のメンバーになりあろうことか、長崎支店長になると支店の社員を勧誘しメンバーにしていた。
林と仲違いしてから、私はNTT本社にこの事実を申し出、自ら長崎まで出向きこの支店長と話し合いしたことがある。彼は本社のI課長に泣きつき(本当にに泣いてI課長に電話してきた)私に取りなしてほしいと頼み込んだ。I課長は私に来社して欲しいと言い、私が行くとすぐその場から支店長に電話を入れ、私に電話をかわった。
「鴻池さん、私はそんなことしていません」と泣きながら言いながら、そのくせ「子供が四人いて大変なんです、助け下さい」なんて矛盾したことをいう。本当に何もしてないなら、突っぱねればいいだけなのに。
私は林の不正をNTTに申し出でたいだけだったので、それ以上ことを荒立てることはしなかったが、その後I課長から彼が傍系の子会社に飛ばされたと言われた。キャリアなので、いずれ本流に復帰するだろうが失点にはなってしまったでしょうねとも言われた。
この他にも、品川のNTT東京支社(当時)ビルの蛍光灯を、一度だけパナソニックから東芝に替えるということがあった。何も問題はないようだが、NTTは基本的にグループ内で所有する建物の蛍光灯などをパナソニック製品で統一していた。それを一回限りとはいえ総取り替えすれば、それなりの金額になる。林に頼まれ林が指定した業者にそれををさせたのだから、林はいくら手数料を貰ったのか、長崎支店長をしていたNTT幹部はいくらのリベートを貰ったのか。
まあ彼には、こんな話しが枚挙にいとまがない。
タイ研修旅行でも到着した初日の夕食後、林から百万円入りの封筒を受け取り、ここから林との癒着が始まる。もっともこの時、林から金を受け取ってよいのか困惑し、同行した部長に注意されたらしいが、そこは林の手練手管にすっかり乗せられたようだ。大体私の経験から一度金品を受け取ると、次回は率先して受け取るようになる。
この研修旅行の帰国日の朝、林は部屋を出たNTT幹部らの部屋に入り、ゴミ箱の中身を各部屋ごとにビニール袋に入れて持ち帰った。
つまり、タイ旅行では必ず皆現地の女を買う、その証拠を持ち帰ったのである。お分かりだろうか。
ここまでやるとやりすぎな気がするが、それが林の凄さともいえたかも知れない。
林の会社が倒産する際、社内の荷物の置き場に困った林は、経理部長に一時保管を頼んだ。この頃経理部長は、林に愛想を尽かしていて後述するつもりのA工業社長(林に莫大な金を騙し取られた業者社長)と密接な連絡を密かに取り合っていた。
私も林に騙されたA工業社長側についていたため、このことを知りすぐに経理部長に荷物を私の知り合いのもとに運ぶよう依頼した。
その中には、林と三浦会長、宮崎NTTデータ監査役(昨年退職した際の最終肩書)がゴルフ場で三人並んで写る記念写真などがある。
こうして私は、林の会社の倒産を待つことになる。
その間、度々初台のNTT本社に足運ぶことになるが、私もNTTでビジネスにならないかと欲が出てきた。
丁度この頃、私はコロンビア人の妻と別居していたが、NTT本社のある初台近く、水道道路沿いの商店街にある往年の有名モデルでハーフタレント宅に半ば住み着いていた。
彼女とは友人を介して知り合い、その頃妻とは別に愛人がいたが、ケンカの最中で私は住まいの部屋を出て友人宅に居候していた。
彼女を紹介され、何度か食事や飲みに行っているうちに、彼女からうちに来ればいいじゃないなんていわれ、何となく彼女の家に住んでいるようになった。
彼女の家からNTT本社までは、車で10分ほどで便利がよかった。ただ車の運転をしない私は、タクシーでNTT本社に行けばよかったが、そこは彼女も女、車ないの、うちの一階は駐車場なのよね、なんて言われると私も男、すぐに顧問をしている会社に頼み、ジャガーを買って貰った。
そんな風にして、NTT通うようになる。
同時に私は、どうすればNTT相手に合法的なビジネスが出来るか考えていた。元ヤクザである私が、林のような者も介さず直接NTTのような会社と仕事をするのは、至難の技と思わた。
まず私は、これまで知り合ったNTT人脈を幾つかに、分けることにした。
第一に、林絡みでそれまで知り合ったNTT幹部とはNTT社内では会わない。勿論NTT関係者には付き合いがあることを極力伏せること。
第二に、三浦人事部長、宮崎総務部長にはなんとしても林がA工業から金を騙し取った責任を取らせること。
第三に、I課長(後に部長)とは他の誰とも関わりなく付き合い、これまでのNTT関係者と一線を科し、一緒にしないこと。
と決めた。
A工業社長と再三話し合いを重ね、三浦、宮崎両部長にA工業が林に騙された経緯に責任があることを申し出た。
A工業社長と同社常務は、複数のNTT幹部と面識があり、事実光ケーブル事業の打ち合わせをしており、お墨付きを受けていたと思わせる言動をNTT幹部がしていたこと。林の会社のお弁当自販機販売の代理店契約をA工業はしていたが、これは林が光ケーブル事業に参入することが遅れていることに対する言い訳で、某部長からNTTがA工業経由でお弁当自販機を購入するという発注書がだされていたが、実行されていない事実からその責任をとるよう迫った。
この件で、I課長を必ず通して話したが、時間が掛かってもI課長が少し妥協して欲しいということは出来るだけきくことにしていた。
とにかく、時間を掛けることが重要だと思った。
後はチャンスが来るのを待つだけだった。
思ったより早くチャンスが訪れる。
以前より付き合いのあったS千代田支店長が、失脚して退職するという話しが伝わってきた。
S氏はNTT内部ではプリンスといわれ、真藤元会長に可愛いがられ二階級特進で出世していく男と言われていた。それが社内の怪文書合戦に敗れ退職するという。しかも、怪文書の中には私の名前まで出てきて、元暴力団の私との関係も取り沙汰されたという。
この怪文書合戦に私は何も関わっていないし、そんなことがあったことも知らなかった。私は勝手に名前を使われ腹が立ったが、同時にチャンスが訪れたと思った。
S氏のNTT退職後、私はS氏に会いに行く。
S氏は名古屋に本社がある某中堅会社の副社長に就任して、東京銀座のその会社の東京支社5階にオフィスを構えていた。
S氏とはその後色々あるが、NTT内に豊富な人脈を持ち、退職後もNTTに隠然たる力を有していた彼との付き合いが、私をNTT関係事業に導いてくれることになる。
ただ、この頃はまだそんな事は考えていなかったが、本能的にS氏との関係構築が絶対に必要と考えて、その方法を思案していた。

数を頼ます
ヤクザの親分は、縄張り内だけでなく、他所の土地も若い衆を連れず堂々と歩けなくてはいけない。
若い衆を大勢連れていいのは、稼業上の義理張りの時だけ。それ以外で大勢の若い衆を連れ歩くのは、威勢が悪いと思われる。
昔の暴走族、最近の半グレや何とかギャングじゃないんだから。
もっとも近頃は、ボディーガードとして若い衆を連れなければならないという現実もあるけど。
一人颯爽と街をカッポするヤクザは格好良かったのにな。
こんな風にいうと、少し幼稚に思われるかもしれない知れないが、ヤクザにはこれが重要だ。大抵の出世するヤクザが、このことに悩むことになる。
半端な考えでヤクザになった者は、ただ大勢で街をカッポすることがヤクザのスタイルと考えて道を誤ることになる。
人様はよく見ているものだ。自らの顔と名前で生きていかなければならないヤクザ者は、どんな形でも人様に舐められたら終わりだ。
組織の代紋と親分の名前で、虚勢張る者はいずれ消えいく。渡世を生きるということは、一生という長い時間を自ら過酷に生きるということだと言っていい。
若い時に夢想した人生に破れてヤクザになるのか、それとも、夢に相曽が尽きてヤクザをやめるのか、どちらとも言えるヤクザ道。
そんなヤクザだから、見栄と虚勢に命を懸ける。そんな渡世人はもういない。
しかし、どんな時代にもはみ出し者はいて、不良と言われる者は居なくならない。そんな者でも最低限の掟さえあれば、なんとか生きて歳をとれば若者になにがしか教えることができる。これがヤクザ道であり、任侠道である。
それが長く続き、伝統や歴史をもてば一つの文化となり、今では失われた任侠道のような誇りあるものになる。
その道に、いつになったらたどり着けるのか、一生たどり着けないんだろうな。
そうだとしても、仕方ない。これが選んだ道だから。ここまで来たら、死ぬ迄この道行くばかり。
せめて、歩く姿ぐらいは格好良くしたいものだ。
多勢の力借りて虚勢を張るのではなく、一人でも他を威圧する力を内に秘めて街を行く、これがヤクザの生き方だ

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