平成23年12月に逮捕される前、NTTグループ会社と業者の間で一件の仕事が約束されていた。
逮捕前日、NTT側の担当者と業者に連絡を入れ、翌日午前中に私を含めた三者で確認することにした。
逮捕当日の午前11時、私の自宅に来た業者とNTTグループ会社の担当者に連絡し、契約の確認をする。私の逮捕中に済むようよろしく頼むと言い、業者、担当者が了解するのを聞き、私は午後出頭する。
ところが私の釈放後、この仕事が実行されていなかった。
私はそのグループ会社に行き、何故実行されないのか申し出た。
ここからも、様子がおかしくなる。
総務担当の警察OBが対応に出てきて、「鴻池さん、暴力団関係者として捕まったじゃないですか。報道もされてしまったし、これでは無理です」と言われた。
「冗談じゃない、無罪放免で釈放されたじゃないか、暴力団関係者でも無いことはこれまでの付き合いで分かってるじゃないか」と私が剥きになって言うと、「とにかく、鴻池さんと接触してはならないと、持ち株会社から指示が出ているのでどうしょうも無い」と言われてしまう。
本当に持ち株会社からの指示があるんだなと念を押し、分かったと言い、私はその足で大手町の持ち株会社に向かった。
持ち株会社では、誰がそんなこと言ったんですか、誰もそんなこと言ってませんよと言われる。
念のため、ドコモ関係者にも確認すると確かにそういう話しが出ているという。私はすぐに、グループ会社総務の警察OBに連絡して、持ち株会社ではそんなこと誰が言ったんですかと言われたと話すと、今度はドコモ総務からの指示だという。私はドコモ総務にも連絡して、アポを入れ向かった。
ドコモ総務課長二人も、口を揃えて知らないて言う。私は段々苛立ってきて、グループ会社総務の警察OBに連絡して、誰もそんなこと言っていないというし、とにかくすぐにそちらに向かうと言うと、「私はこれから用があり出てしまう、実は鴻池さんを逮捕した警察官から言われたんです」なんて言い出す。
私はうんざりしたが、その警察官にも連絡した。
警察官は、すでに連絡を受けていたようで「参ったな、確かにそんな話しをしたけど、企業から相談を受ければそう言うしかないでしょう」と言う。
私がしつこく、逮捕時ビジネス上のことは関知しないと、貴方も検事も言ったじゃないか、営業妨害じゃないかなどと言うと、「鴻池さんとNTTの間に入っちゃって、私一人が悪者にされてしまったんだな」なんて言う。とにかく仕事の妨害などしていないということで話しは終わる。
その後、グループ会社の総務担当警察OBは私の前に出て来なくなる。
それから、NTTに対してビジネスの再開を求めることになる。
仮に私が逮捕されたことが問題だとしても、業者は関係無いのではないか、場合によっては私が外れてもよいと申し出る。
4月位になると業者に連絡があり、新たに仕事の打ち合わせするということになる。
しかし、これが突然取り止めになる。
1ヶ月前の3月11日、私は大震災から1年、大震災から始まった騒動との思いがあり、三浦持ち株会社社長に手紙を出す。
内容は一連の騒動について、私が何か悪いことをしたのか、ビジネスはまっとうにしてきたことなど。
2、3日して、I部長から三浦社長から手紙を見せてもらった、すぐに来社して欲しいとのことだった。 I部長は、三浦社長からよく言われた、鴻池さんの気持ちも十分理解していると言うと、ついてはこれまでの仕事再開には少し時間がほしいと言う。そのかわり、新規の事業をどうかと提案される。
私は業者と話し合い、業者の出来る事業を業者自身に申し出させる。
4月、5月、6月と一向に新規事業の話しは進まず、ドコモの仕事も遅々としていた。新規事業の話しは、業者とグループ会社との打ち合わせやメールのやり取りばかりであった。半年以上に渡るメール類は私の手元にあるが、一体何であったのか分からない。
I部長は、ドコモ関係者が問題で妨害されているようなことを言うばかり。
私は弁護士に相談して、ドコモとグループ会社に内容証明書を送付する。
それだけでなく、グループ会社社長宅を訪ねたりした。
8月になり業者から、鴻池さんはI部長に騙されている。実はI部長から打ち合わせの時、「物事は始まりがあれば終わりもくる」と最近言われたと聞く。
怒り心頭に達した私は、I部長に電話を入れ「自分の出処進退、自分の幕引きは自分でする。長い間世話になった。これで縁切りだ」言うと電話を切り、中野の三浦会長(先月から会長になった)宅に向かう。
何度も居留守を使われるので、近くのホテルに泊まり込みになり、8月17日に三浦会長宅前で大騒ぎを起こし、大声で「この詐欺野郎、人を騙しやがって」などと言っていると「鴻池さん、どうしたの」と言いながら出てきた。
三浦会長は、I部長によく話してある、新しい事業の報告も受けている、間違いないからもう一度Iくんと話し合ってくれと言う。私は納得しないが、三浦さんの話しは一度は訊こうとその日は帰る。
その日の夜、I部長から電話がありとにかく来社して欲しいと言われた。私は返事をせず、電話を切る。
数日後、再度電話があり、来社を求められ、私は用件があるなら行こうと言うと、三浦総帥からの用件があるんですとはっきり言われる。
翌日、持ち株会社に行くと「もう、つつもたせみたいなことはしません、三浦総帥からよく言われた、信じてくれ」と言われる。
しかし、その後も何も進まず業者から再三非難されてしまう。しかし、この時から総帥というようになるのは、何か意味があったのかな。 暮れの12月になり(私も気の長いものだった)、完全に騙されたと考え、I部長を許せないと思うようになり、東京駅丸の内口構内でI部長を待ち伏せた。
夕方5時半頃、駅構内に来たI部長に「これから勝負しようじゃないか、でなければこのまま帰さない」と言うと、彼は帰りませんと言う。
馬鹿げた話しだが、その日深夜12時迄二人で、駅構内で無言のまま立っていた。
さすがに12時過ぎになると、「鴻池さん、もう電車なくなりました、私は帰れません、とにかくどこかで話しましょう」と言うので、分かったといい日本橋近くのカフェに入り朝5時近くまで話し合うことになる。
この時何故話しを聞いてしまったのか、今一番悔やむことだ。
何のかのと話した内容は、ただ信じてくれ、鴻池さんのために一所懸命やっているのに、というようなことだった。これが最後と言うことを聞いてしまう。
年末にも、また言い争になるが年明けに、連絡があり恒例のカレンダーや手帳を取りに来ないので、勝手に送らせてもらいましたと言ってきた。
それで持ち株会社に行く気になってしまい、又ズルズルとした付き合いになってしまい、業者らから呆れられることになる。
こんな風に書いていると私が馬鹿のように思われ、いい大人が何をしていたのかと思われるだろうし、書いている自分で何をしていたのかと思う。
ただ、I部長は本当に平気で嘘をつき、それが実に上手い。
しかし、何故そこまでして私と関係を持とうとしていたのか、それが私の言う派閥争いに利用し、ドコモ社長を落とし陥れたことが事実だという証明のようなものだ。
でもそのために、私は今年(平成25年)更に酷い状況になる。又捕まることになる。
逮捕前日、NTT側の担当者と業者に連絡を入れ、翌日午前中に私を含めた三者で確認することにした。
逮捕当日の午前11時、私の自宅に来た業者とNTTグループ会社の担当者に連絡し、契約の確認をする。私の逮捕中に済むようよろしく頼むと言い、業者、担当者が了解するのを聞き、私は午後出頭する。
ところが私の釈放後、この仕事が実行されていなかった。
私はそのグループ会社に行き、何故実行されないのか申し出た。
ここからも、様子がおかしくなる。
総務担当の警察OBが対応に出てきて、「鴻池さん、暴力団関係者として捕まったじゃないですか。報道もされてしまったし、これでは無理です」と言われた。
「冗談じゃない、無罪放免で釈放されたじゃないか、暴力団関係者でも無いことはこれまでの付き合いで分かってるじゃないか」と私が剥きになって言うと、「とにかく、鴻池さんと接触してはならないと、持ち株会社から指示が出ているのでどうしょうも無い」と言われてしまう。
本当に持ち株会社からの指示があるんだなと念を押し、分かったと言い、私はその足で大手町の持ち株会社に向かった。
持ち株会社では、誰がそんなこと言ったんですか、誰もそんなこと言ってませんよと言われる。
念のため、ドコモ関係者にも確認すると確かにそういう話しが出ているという。私はすぐに、グループ会社総務の警察OBに連絡して、持ち株会社ではそんなこと誰が言ったんですかと言われたと話すと、今度はドコモ総務からの指示だという。私はドコモ総務にも連絡して、アポを入れ向かった。
ドコモ総務課長二人も、口を揃えて知らないて言う。私は段々苛立ってきて、グループ会社総務の警察OBに連絡して、誰もそんなこと言っていないというし、とにかくすぐにそちらに向かうと言うと、「私はこれから用があり出てしまう、実は鴻池さんを逮捕した警察官から言われたんです」なんて言い出す。
私はうんざりしたが、その警察官にも連絡した。
警察官は、すでに連絡を受けていたようで「参ったな、確かにそんな話しをしたけど、企業から相談を受ければそう言うしかないでしょう」と言う。
私がしつこく、逮捕時ビジネス上のことは関知しないと、貴方も検事も言ったじゃないか、営業妨害じゃないかなどと言うと、「鴻池さんとNTTの間に入っちゃって、私一人が悪者にされてしまったんだな」なんて言う。とにかく仕事の妨害などしていないということで話しは終わる。
その後、グループ会社の総務担当警察OBは私の前に出て来なくなる。
それから、NTTに対してビジネスの再開を求めることになる。
仮に私が逮捕されたことが問題だとしても、業者は関係無いのではないか、場合によっては私が外れてもよいと申し出る。
4月位になると業者に連絡があり、新たに仕事の打ち合わせするということになる。
しかし、これが突然取り止めになる。
1ヶ月前の3月11日、私は大震災から1年、大震災から始まった騒動との思いがあり、三浦持ち株会社社長に手紙を出す。
内容は一連の騒動について、私が何か悪いことをしたのか、ビジネスはまっとうにしてきたことなど。
2、3日して、I部長から三浦社長から手紙を見せてもらった、すぐに来社して欲しいとのことだった。 I部長は、三浦社長からよく言われた、鴻池さんの気持ちも十分理解していると言うと、ついてはこれまでの仕事再開には少し時間がほしいと言う。そのかわり、新規の事業をどうかと提案される。
私は業者と話し合い、業者の出来る事業を業者自身に申し出させる。
4月、5月、6月と一向に新規事業の話しは進まず、ドコモの仕事も遅々としていた。新規事業の話しは、業者とグループ会社との打ち合わせやメールのやり取りばかりであった。半年以上に渡るメール類は私の手元にあるが、一体何であったのか分からない。
I部長は、ドコモ関係者が問題で妨害されているようなことを言うばかり。
私は弁護士に相談して、ドコモとグループ会社に内容証明書を送付する。
それだけでなく、グループ会社社長宅を訪ねたりした。
8月になり業者から、鴻池さんはI部長に騙されている。実はI部長から打ち合わせの時、「物事は始まりがあれば終わりもくる」と最近言われたと聞く。
怒り心頭に達した私は、I部長に電話を入れ「自分の出処進退、自分の幕引きは自分でする。長い間世話になった。これで縁切りだ」言うと電話を切り、中野の三浦会長(先月から会長になった)宅に向かう。
何度も居留守を使われるので、近くのホテルに泊まり込みになり、8月17日に三浦会長宅前で大騒ぎを起こし、大声で「この詐欺野郎、人を騙しやがって」などと言っていると「鴻池さん、どうしたの」と言いながら出てきた。
三浦会長は、I部長によく話してある、新しい事業の報告も受けている、間違いないからもう一度Iくんと話し合ってくれと言う。私は納得しないが、三浦さんの話しは一度は訊こうとその日は帰る。
その日の夜、I部長から電話がありとにかく来社して欲しいと言われた。私は返事をせず、電話を切る。
数日後、再度電話があり、来社を求められ、私は用件があるなら行こうと言うと、三浦総帥からの用件があるんですとはっきり言われる。
翌日、持ち株会社に行くと「もう、つつもたせみたいなことはしません、三浦総帥からよく言われた、信じてくれ」と言われる。
しかし、その後も何も進まず業者から再三非難されてしまう。しかし、この時から総帥というようになるのは、何か意味があったのかな。 暮れの12月になり(私も気の長いものだった)、完全に騙されたと考え、I部長を許せないと思うようになり、東京駅丸の内口構内でI部長を待ち伏せた。
夕方5時半頃、駅構内に来たI部長に「これから勝負しようじゃないか、でなければこのまま帰さない」と言うと、彼は帰りませんと言う。
馬鹿げた話しだが、その日深夜12時迄二人で、駅構内で無言のまま立っていた。
さすがに12時過ぎになると、「鴻池さん、もう電車なくなりました、私は帰れません、とにかくどこかで話しましょう」と言うので、分かったといい日本橋近くのカフェに入り朝5時近くまで話し合うことになる。
この時何故話しを聞いてしまったのか、今一番悔やむことだ。
何のかのと話した内容は、ただ信じてくれ、鴻池さんのために一所懸命やっているのに、というようなことだった。これが最後と言うことを聞いてしまう。
年末にも、また言い争になるが年明けに、連絡があり恒例のカレンダーや手帳を取りに来ないので、勝手に送らせてもらいましたと言ってきた。
それで持ち株会社に行く気になってしまい、又ズルズルとした付き合いになってしまい、業者らから呆れられることになる。
こんな風に書いていると私が馬鹿のように思われ、いい大人が何をしていたのかと思われるだろうし、書いている自分で何をしていたのかと思う。
ただ、I部長は本当に平気で嘘をつき、それが実に上手い。
しかし、何故そこまでして私と関係を持とうとしていたのか、それが私の言う派閥争いに利用し、ドコモ社長を落とし陥れたことが事実だという証明のようなものだ。
でもそのために、私は今年(平成25年)更に酷い状況になる。又捕まることになる。
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