始まりは、NTTが林哲也という安全弁を通して、ヤクザとしての私を必要としたことだった。
林哲也は、なかなか頭のよい男だった。
前記したように、NTT友の会を作りあらゆる業者(NTTの下請けを希望する)を網羅する組織にした。
しかも、ただ友の会から金を出ささせるだけでなく、NTT幹部を必要に応じて登場させ業者を信用させていた。これはNTT幹部にも、心理的に責任を持たせることになる。
簡単なようで、なかなか大変なことだ。
つまり、要所要所でNTT幹部が現れることで、業者を安心させて様々な名目で金を取る。一方NTT幹部には、必要に応じて彼らが業者の前に現れるようにしなくてはならない。
これは大変なことだ。
常にNTT幹部らに金品の饗応が必要になり、そのために接待し続けなくてはならない。
これは本来ヤクザの手法だが、現在それが出来るヤクザは少ない。
元々ヤクザ者は、金を使い金を得ないといけない。ただ人様から貰うのは、恥であり三下と言われる駄目なヤクザしか許されないことであった。昔は。
金はお足と言われ、右から左に消えて行くものとされ、貯めるなどもっての外であった。
手にした金を、如何に巧く使い金を得るか、これが器量でありヤクザの一芸とされた。
そんな芸に林哲也は秀でていたと思う。
金はかかるが、そこはただ無駄に遣う訳ではない。NTT幹部ともなると馬鹿ではない、様々な接待、饗応には何かしらの裏があることは分かっている。それでも、それを受けてみたいと思わせるのが一芸の一芸たる由縁である。口で巧く説明は出来ないが、例えばかってヤクザが非合法の賭博に、旦那衆を呼べたのもこの能力あってのことである。
とにかく林哲也は、その様にして当時将来有望とされたNTT幹部を取り込んでいった。
そのなかに、当時人事部長であった三浦惺現会長がいた。
約二十年前、当時NTTは民営化され何年か経ち、それまで真藤会長の下イケイケ的な体制でいたものが、リクルート事件で真藤会長が失脚し、富田労働部長がお皿事件というNTTでは有名な事件で逮捕され、少し混乱していた。
富田労働部長の逮捕で、脛に傷のある幹部は不安だったのであろう。普通なら林哲也のような者は真っ先に切られたのだろうが、そこが林哲也の腕のよいところで、逆に自分がいれば安心だと思い込ませてしまったようだ。
そんなことから、林哲也の下には様々な相談がNTT幹部から舞い込み、それを私が解決するという構図が出来上った。
暴力団系右翼に、スキャンダルを元に攻撃された、アメリカの大学でMBAを取得したが、日本の大学を出ていない者の就職斡旋に多額の金品が動いた、NTTがコンピュータープログラマーを三千人募集する予定だと報道されると、SE(よく意味はわからないが)を巡ってNTT幹部らがプログラマー人材派遣会社から金をもらってしまった、しかし三千人募集は縮小になり、それが報道されると人材派遣会社は暴力団に相談しトラブルに発展、バブル期にゼネコンなどが絡み都内一等地のマンションを格安で入手したが、バブル崩壊で損をしてしまうと、その後始末、ゴルフ会員権でも同様なことが、等々NTT幹部らもなかなか派手にやっていたようだ。
私も、それで金になっていたので文句は言えないが、いきなり連絡がありトラブルと言われ全日空ホテルに行くと、数十人の暴力団にいきなり取り囲まれるなど、なかなか命懸けのビジネスだったけど。
当時の三浦人事部長とは、NTT公衆電話のプリペイドカードに関わる"切りかき"という特許権問題で友好関係が壊れ、トラブルになる。
当時プリペイドカードは大変な売上高があり、たしか年間二千億円(四千億円だったかな)とかの売上があったが、このプリペイドカードに盲人のため、切りかきという切れ目があり、それの特許権を主張する者が現れたことから私とNTTの間に問題が生じる。
特許と私が何故関係するのかおいおい書くが、三浦人事部長はこの問題に私が関わることを断わると、あろうことか他の暴力団に依頼するのである。
そして、それが暴力事件に発展してしまう。
その頃私は、林哲也と半ば仲違いしていた。理由は後に書くが、とにかく旨くいってなかった。
そんな中私の元に、プリペイドカード特許権の話しが舞い込む。持ち込んだのはあまりまっとうとは言えないHからだった。Hはいわば仕事師いわれる男で、ビジネス面ではあまり信用は出来ないが情報通であり、ある面で重宝していた。
そのHが私に、プリペイドカードの特許についてNTTにどうするつもりか訊いてくれないかというのだ。当時私は、すでにNTTがらみのトラブル処理をしていると結構有名になっていた。
林哲也にこのことを話すと、少し時間をくれないかと言ってきた。
数日後、林哲也は私にこう言ってきた。
「宗さん、一両日中に二億円用意する。その金でプリペイドカードの切りかき問題を解決してくれないか。これは三浦部長と話しあったことだ、金も三浦部長が用意するので間違いない」と。私は
「そんなこと言われても困る。そんな大金、貰えるなら貰いたいが、プリペイドカードの特許は私がもっているわけではない、相手が納得するか自信ない」と返事した。
これには理由があった。数千億円の売上があるプリペイドカードの特許権から、年間2、3パーセントだったと記憶しているが、それが過去十年位から計算して貰えるはずと特許権者は主張していた。その金額は2、4百億円だったと思う。
それを私が話しあっても、二億円以下の金額でまとめることは不可能であった。
林哲也は私になんとかとしっこく言ってき、三浦部長がケツを持つので間違いない、不服もないだろうなどと言ってきたが、私は無理だと断った。
林哲也は私の目の前で、三浦部長に電話を入れて「なかなか難しい、もう少し時間をもらいたい、なんとかするから」等と私にこれ見よがしに話していた。
その日はそんな風に終わったが、ここからが大問題になる。
林哲也が如何に優秀でも、三浦部長が頭が切れても、所詮カタギである。他のヤクザを、しかも頭の悪いヤクザ者を使って相手の会社の社員を拐うというきょに出てしまった。
相手とはHの会社の社員である。
Hは特許権者ではないし、これでは私の面子も丸つぶれである。
私はこの時、初めてNTT本社に足を踏み入れることになる。
分割前のNTT本社は、新宿初台にあり、いまはNTT東日本本社になっている。
そこで、因縁のI総務部長(当時課長)と会うことになる。
私は「天下のNTTが暴力団を使ってトラブル処理をするのか」と言うと、そんな事実はないという。再三文句を言い、それでもその日は引きあげたが、その足で林哲也の会社に行き、社長室に入ろうとすると中から、林哲也の電話する声が聞こえた。
明らかに三浦部長との会話で、私がNTTに出向いて抗議したことの言い訳であった。
私は林哲也に、なんだNTTでは三浦部長は関与していないと言っていたが、やはり関係していたんだなと言うと、林哲也は認めた。
それから、私はすぐにNTTに戻り、この経緯を申し出た。それからは、色々紆余曲折があり、最終的に三浦部長がI部長を介して泣きを入れることになる。
長くなったので、続きはまた次回に。
林哲也は、なかなか頭のよい男だった。
前記したように、NTT友の会を作りあらゆる業者(NTTの下請けを希望する)を網羅する組織にした。
しかも、ただ友の会から金を出ささせるだけでなく、NTT幹部を必要に応じて登場させ業者を信用させていた。これはNTT幹部にも、心理的に責任を持たせることになる。
簡単なようで、なかなか大変なことだ。
つまり、要所要所でNTT幹部が現れることで、業者を安心させて様々な名目で金を取る。一方NTT幹部には、必要に応じて彼らが業者の前に現れるようにしなくてはならない。
これは大変なことだ。
常にNTT幹部らに金品の饗応が必要になり、そのために接待し続けなくてはならない。
これは本来ヤクザの手法だが、現在それが出来るヤクザは少ない。
元々ヤクザ者は、金を使い金を得ないといけない。ただ人様から貰うのは、恥であり三下と言われる駄目なヤクザしか許されないことであった。昔は。
金はお足と言われ、右から左に消えて行くものとされ、貯めるなどもっての外であった。
手にした金を、如何に巧く使い金を得るか、これが器量でありヤクザの一芸とされた。
そんな芸に林哲也は秀でていたと思う。
金はかかるが、そこはただ無駄に遣う訳ではない。NTT幹部ともなると馬鹿ではない、様々な接待、饗応には何かしらの裏があることは分かっている。それでも、それを受けてみたいと思わせるのが一芸の一芸たる由縁である。口で巧く説明は出来ないが、例えばかってヤクザが非合法の賭博に、旦那衆を呼べたのもこの能力あってのことである。
とにかく林哲也は、その様にして当時将来有望とされたNTT幹部を取り込んでいった。
そのなかに、当時人事部長であった三浦惺現会長がいた。
約二十年前、当時NTTは民営化され何年か経ち、それまで真藤会長の下イケイケ的な体制でいたものが、リクルート事件で真藤会長が失脚し、富田労働部長がお皿事件というNTTでは有名な事件で逮捕され、少し混乱していた。
富田労働部長の逮捕で、脛に傷のある幹部は不安だったのであろう。普通なら林哲也のような者は真っ先に切られたのだろうが、そこが林哲也の腕のよいところで、逆に自分がいれば安心だと思い込ませてしまったようだ。
そんなことから、林哲也の下には様々な相談がNTT幹部から舞い込み、それを私が解決するという構図が出来上った。
暴力団系右翼に、スキャンダルを元に攻撃された、アメリカの大学でMBAを取得したが、日本の大学を出ていない者の就職斡旋に多額の金品が動いた、NTTがコンピュータープログラマーを三千人募集する予定だと報道されると、SE(よく意味はわからないが)を巡ってNTT幹部らがプログラマー人材派遣会社から金をもらってしまった、しかし三千人募集は縮小になり、それが報道されると人材派遣会社は暴力団に相談しトラブルに発展、バブル期にゼネコンなどが絡み都内一等地のマンションを格安で入手したが、バブル崩壊で損をしてしまうと、その後始末、ゴルフ会員権でも同様なことが、等々NTT幹部らもなかなか派手にやっていたようだ。
私も、それで金になっていたので文句は言えないが、いきなり連絡がありトラブルと言われ全日空ホテルに行くと、数十人の暴力団にいきなり取り囲まれるなど、なかなか命懸けのビジネスだったけど。
当時の三浦人事部長とは、NTT公衆電話のプリペイドカードに関わる"切りかき"という特許権問題で友好関係が壊れ、トラブルになる。
当時プリペイドカードは大変な売上高があり、たしか年間二千億円(四千億円だったかな)とかの売上があったが、このプリペイドカードに盲人のため、切りかきという切れ目があり、それの特許権を主張する者が現れたことから私とNTTの間に問題が生じる。
特許と私が何故関係するのかおいおい書くが、三浦人事部長はこの問題に私が関わることを断わると、あろうことか他の暴力団に依頼するのである。
そして、それが暴力事件に発展してしまう。
その頃私は、林哲也と半ば仲違いしていた。理由は後に書くが、とにかく旨くいってなかった。
そんな中私の元に、プリペイドカード特許権の話しが舞い込む。持ち込んだのはあまりまっとうとは言えないHからだった。Hはいわば仕事師いわれる男で、ビジネス面ではあまり信用は出来ないが情報通であり、ある面で重宝していた。
そのHが私に、プリペイドカードの特許についてNTTにどうするつもりか訊いてくれないかというのだ。当時私は、すでにNTTがらみのトラブル処理をしていると結構有名になっていた。
林哲也にこのことを話すと、少し時間をくれないかと言ってきた。
数日後、林哲也は私にこう言ってきた。
「宗さん、一両日中に二億円用意する。その金でプリペイドカードの切りかき問題を解決してくれないか。これは三浦部長と話しあったことだ、金も三浦部長が用意するので間違いない」と。私は
「そんなこと言われても困る。そんな大金、貰えるなら貰いたいが、プリペイドカードの特許は私がもっているわけではない、相手が納得するか自信ない」と返事した。
これには理由があった。数千億円の売上があるプリペイドカードの特許権から、年間2、3パーセントだったと記憶しているが、それが過去十年位から計算して貰えるはずと特許権者は主張していた。その金額は2、4百億円だったと思う。
それを私が話しあっても、二億円以下の金額でまとめることは不可能であった。
林哲也は私になんとかとしっこく言ってき、三浦部長がケツを持つので間違いない、不服もないだろうなどと言ってきたが、私は無理だと断った。
林哲也は私の目の前で、三浦部長に電話を入れて「なかなか難しい、もう少し時間をもらいたい、なんとかするから」等と私にこれ見よがしに話していた。
その日はそんな風に終わったが、ここからが大問題になる。
林哲也が如何に優秀でも、三浦部長が頭が切れても、所詮カタギである。他のヤクザを、しかも頭の悪いヤクザ者を使って相手の会社の社員を拐うというきょに出てしまった。
相手とはHの会社の社員である。
Hは特許権者ではないし、これでは私の面子も丸つぶれである。
私はこの時、初めてNTT本社に足を踏み入れることになる。
分割前のNTT本社は、新宿初台にあり、いまはNTT東日本本社になっている。
そこで、因縁のI総務部長(当時課長)と会うことになる。
私は「天下のNTTが暴力団を使ってトラブル処理をするのか」と言うと、そんな事実はないという。再三文句を言い、それでもその日は引きあげたが、その足で林哲也の会社に行き、社長室に入ろうとすると中から、林哲也の電話する声が聞こえた。
明らかに三浦部長との会話で、私がNTTに出向いて抗議したことの言い訳であった。
私は林哲也に、なんだNTTでは三浦部長は関与していないと言っていたが、やはり関係していたんだなと言うと、林哲也は認めた。
それから、私はすぐにNTTに戻り、この経緯を申し出た。それからは、色々紆余曲折があり、最終的に三浦部長がI部長を介して泣きを入れることになる。
長くなったので、続きはまた次回に。
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