私論 経済と国家論2 私はつくづく思うことがある。
商行為や経済活動は、時に素晴らしいこともある。日本では商人道という考えが生まれたことがあるし、台湾で華僑の誇りある所作を見たこともある。欧米でも一時期、優れた資本家が生まれ、今日の資本主義の発展を見たのだと思う。
ところが、経済第一主義は必ず利益第一主義、利益追求のみが目的になってしまう。
まさに、大道廃れて仁義あり、道は多岐にして羊を亡うだな。
任侠道もそうして滅んだが、経済主義もそのために滅ぶんだろう。
まさに、現代はこれまでの概念の転換期、文化の大きく変わる激動の入り口にいるのだろう。
さて、拙い私の国家論を話したい。
まず、私は官僚が好きだ。明治以来の伝統を持つ、官僚制度は世界に冠たるものと思う。
米国などの官僚など偽物だ。
以前テレビのニュースを見ていたら、街頭で若者が日本は資本主義の国家だから云々と話していた。
一体、日本人以外のどこの外国人が、日本が純粋な資本主義国家と認めるだろう。
欧米でも東南アジアでも、日本は社会主義下の資本主義的経済活動国家と見られているというのが正しいだろう。
私はその通りだと思うし、それでいいと思う。ただしそれは以前の日本のことであり、現在の日本は米国的な資本主義を押し付けられ、右往左往する危なっかしい国家だと考えている。
重ねて言うが、官僚は素晴らしい。霞ヶ関官僚から地方公務員まで、日本人はもっとこのことに誇りを持つべきだと思う。
以前、中国人マフィアと話した時、日本の警察は怖くない、ただ買収出来ないのが問題だがと話していた。世界のどこを見回してもこんな国はない。東南アジアなどに行けば、そのことがよく分かるし、米国だって映画やドラマで格好よく描いても、実体は酷いものだ。
霞ヶ関の官僚とも、過去色んな場面で遭遇して、いつも敵対している場面が多かったが、その優秀さに感動したことが何度もあった。教えられたことも沢山ある。
そんな官僚を何故駄目にしようとするのか分からない。米国が日本の官僚の優秀さに気づいて、横槍を入れているのが真相なのに。
少なくとも、中曽根総理の時代は完璧に官僚は機能していたと思う。その後バブル期にも、官僚は優れた舵取りをしていた。大蔵省が総量規制をかけたことが、バブル崩壊の原因のように言われたことがあるが、そんな事は事実ではない。あの時そうしなければ、日本経済はもっと悲惨なことになっていたはずだ。バブルの原因は、経済界の無謀な経営と普通の日本人の無知が生んだものと、私は理解している。
あれだけの経済の激変のなかで、世界有数の国家を今日も維持出来ているのは、優れた官僚の国家運営があったからでないか。
官僚制度は経済だけではなく、日本文化や伝統の維持にも重要な役割を担い、必要不可欠な存在である。もし、日本の官僚制度が崩壊したら、その時は日本は終わりだと思う。
勿論、最近言われる制度疲労はあるし、問題である。しかし、それは今日あらゆる社会、業界に言えることである。同じ制度や長らく同じようなやり方をしてきた団体などは、必ず制度疲労を起こし、時には腐ってしまう。
直せばいいことだ。
企業や社会が制度疲労を起こしたり、問題が生じたらすぐ直すことを考えるのに、何故官僚制度は無くすことを言い出すのか私には分からない。
米国の騙しに乗っている証拠だ。
天下りについても、私は反対ではない。最高学府を出て国家試験の難関を突破し、国に尽くすことを義務付けられた官僚が、退任後その知識とキャリアを民間に生かして何が悪いのか。避難される意味がわからない。
綺麗事と思わるか知れないが、たとえば米国ドラマなどで米国の政治家が、国家に忠誠を尽くす発言するのを違和感無く見ているじゃないか。他にも弁護士資格を得た者が、法の正義を守ることを誓うシーンを見て感動し、軍人が国家のため命を投げ出し戦う姿に時に涙し、時にカッコいいと思いながら見ているじゃないか。
日本の官僚も職についた時には、国家のために何ができるかと熱い気持ちでいるはずと思う。
キャリアとして局長などになれば、プライドにかけて省の威信にかけたおこないをするはず。
私はある二人のキャリア官僚を知っている。二人は先輩後輩の間柄で、またライバルでもあった。退任後、一人はとにかく天下り先を増やすことに大変な努力をしていた。もう一人は一社の顧問しかしなかった。ある時私が、顧問先を紹介できるかもと言うと、その元キャリア官僚は今いる会社に充分してもらっているので結構と断られた。二人のどちらが良いかでなく、キャリア官僚のプライドを見た気がした。
こんなこともあった。ノーパンしゃぶしゃぶで話題になった、大蔵官僚、田谷氏と、ひょんなことから会うことになった。
私が顔見知りのなんというか事件師と、お茶していた時、雑談のなかで田谷氏が可愛いがっていたAV会社の社長がいて(それが田谷氏の事件の一端になるのだが)、その社長が私の知り合いで、実はまだ表に出ていないビデオテープがあるんだと言ってしまった。
暫くして、私が友人と外人クラブで飲んいると、その事件師から電話があり、銀座で飲んでいるが来ないかと誘われた。私は今店の女を口説いているので、こっちに来ないかと話した。彼はすぐに来た。その時に田谷氏を伴って来たのだ。 私は事件師の思惑が分かった。多分田谷氏に知り合いが良からぬビデオテープを持っている、自分が間に入って何とかしようなんて言っただろう。私に対しては、当時有名人で大蔵官僚である田谷氏を会わせれば、私もそれなりに旨くやるだろう、損はない話しと踏んだようだ。我々はこんな風に打合せなく、アドリブてものをする。映画やドラマのなかで、綿密な打合せする場面がよくあるが事実とは大分違う。
残念ながら、私はそれを金にする気はなかったし、田谷氏にも興味はなかった。惚けた話しをして、この時をやり過ごしたが、田谷氏はなかなかの男だった。
私は当時まだ、バリバリのヤクザそのままだったし、事件師から私の素性は聞いていたはずである、その上その日は現役のヤクザが同席していた。大概やましいことがあって、我々が飲んでいるような場に連れてこられると普通は小さくなっているものだが、田谷氏は違った。私の前で胸を張り、足を開いてどっしりと座り、ズボンの裾を膝下位まで上げた。
私が適当な話しをしてして、雑談しかしなくても落ち着いて、彼も本題に入らずそのまま帰っていった。官僚らしいプライドだったんだろうな。その後もそんなスタイルを取る官僚に何人も会ったことがある。
私は素直に感動したものである。
彼らがよく侍という言葉を使うのも、それだけではないだろうが分かる気がした。
また話しが脱線気味なので、今日はこのくらいにしょう。