September 25, 2013

12年ぶりの中国雲南省への旅 8/19-8/21

8月19日(月)バンコク-昆明
バンコクでの中国ビザの申請の人数の多さ、窓口の厳しさも今となってはいい想い出、多少の困難を乗り越えての中国への一ヶ月の旅の始まり。タイ航空でついに雲南省の省都昆明。我が子たちは飛行機が得意。せっせと自分の席に着き、シートベルトをし、機内の案内にしばらく食い入るようにみて、飛行機の構造を示した案内を見て興奮し、そのあと自分用テレビがあればテレビを見る。スチュワーデスさんが通ればアップルジュース、最近はスプライトを頼み、母の私は必需品、紙とペンを渡せば二人黙々とお絵描きをはじめる。旅の秘訣はいつも大小重なるタッパーを持って歩くこと。辛いものや衛生的に良くわからない土地では朝のホテルのバイキングなんかで白米や炒飯をタッパーにもらっておく。あとはふりかけ、お茶漬けを何袋か持っていればどんなときにお腹がすいても子供たちは大丈夫。機内で朝のホテルの炒飯出したらスチュワーデスさんに感激された。でも、これ本当に役に立つ手なのだ。IMG_5801IMG_5798

雲南省。12年ぶりか?
日本で高校中退し、大学に行けなかった弟が4年間も雲南大学に留学し、流暢な中国語を話せる大人に更生した我が家にとっては感慨深い土地。そもそも当時アカ族の研究をしていた私にとって、アカ族の沢山住む雲南省に拠点を持つこと、中国語を話すことはとっても魅力だったので弟をだしにしたというのが半分本音。なのでよく思い出せないが、私が大学院に入った頃なので2002年、2003年頃だったと思う。まず、雲南に行き、大学の手続をして、弟の生活の基盤が整うまで数ヶ月雲南大学のそばにアパートを借りて弟と2人で暮らした。まだ昆明が開発されるまえ、今よりずっと田舎〜な感じだった頃。
街のはずれの泥棒市場で30元(約400円)で中国らしい自転車を買い、交差点ではいつも中国人に負けないぞーなんて勢いつけて漕いだりして、坂の多い昆明の中を自転車で散策しては餃子や米線という麺を食べたりすることが毎日の楽しみだった。そして数日のうちに自転車は盗まれ、また泥棒市場で購入。そんな2002年頃。町中はなんとなくグレーで冬は心底寒く、街角には炭で何かを焼いて売るおばさんや焼き芋、ふかした慢斗なんかを売る湯気や煙がほっとする。海抜が高いのでかなり乾燥している唇に辛い麻辣がしみるー。そんなイメージの昆明。
今回到着した昆明は去年新しくなった現在の中国で一番大きいというとにかくピッカピカの巨大な国際空港。昆明の町中から30分程高速道路で新開発地区の方にいったところにある空港。
弟の大親友タオ君がちゃんと出迎えてくれた。去年日本に遊びに来たときに会ったことがある。若いのに昆明の町中で古着とスケボーを売ってかなり成功して数ヶ月前にカフェをオープンした。まさに若い新世代の中国人。IMG_5830IMG_5855
コミュニケーションはいきなり全部中国語。10年前に片言くらいは話せるようになった中国語もこの10年間使ってないのでかなり忘れていると思ったが、それとなくタオ君とは会話になる。日本で言う東北弁みたいななんとも素朴な感じの雲南方言を普段は話すのにタオ君私にはゆっくり、はっきり普通語で話してくれる。わからないときは筆談で。
空港から街まで行く間の道は新開発の











高層マンションばかり。でも屋根の上には隙間がない程に太陽熱の温水器が並んでいてこれはとっても中国らしくて微笑ましい。電気消費大国の日本とこの積極的に太陽熱を利用するこの人たちとどちらがすすんでいるのか?と思ってしまう。そして道行く自転車がほとんどいない。みんなバイクだ。タイでも沢山バイクを見るがヘルメットの取り締まりがうるさいので皆ヘルメットをちゃんとかぶっている。でもここではヘルメットをかぶっているのは100人に2人くらい。タオ君に中国ではヘルメットはいらないのか?と訊くと、あー、あれはバイクじゃないよ、電動自転車。バイクの人はヘルメットかぶるよ。とのこと。なるほど。電気自転車。見た目はスクーターだけど確かに。タオ君曰く、これが皆老若男女みんな自転車のつもりで町中を走るので全く無法地帯なんだ。とのこと。バイクという意識ではないから自転車のつもりなので平気で逆走するわ、交差点の渡り方もめちゃくちゃ、困ったもんだとのこと。確かに。おばちゃんもお化粧したおねーちゃんも気軽に乗ってるけど交通ルールはない感じ。でもこれが結構関心。ECOなのだ!電気だから音も静かだし、排気ガスがでない!なのでバンコクに比べると昆明の町中は排気ガスは少ないわ、音も静かだわ。なんだか街がクリーンな感じ。
まずタオ君のオープンしたカフェに。日本に来た後で結婚し、一児の父。奥さんは昆明出身の回族(イスラム教徒)。写真で見たよりも100倍も綺麗!すごい美人。カフェは今の昆明でホットな翠湖北側の文林街の延長上にある便利な場所。もともとカフェだったところを改装して3ヶ月前にオープン。かなりエキゾチックなモロッコランプなんかがあっておしゃれなカフェ。タイ炒飯、ニュージーランドアイスクリーム、フランスワイン、を揃えて来月ピザも出来るよう、いま準備中とのこと。やる気のある若者、是非成功して欲しい。
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宿は翠湖南側の静かな場所にあるLost Garden Guest House英語の達者なスタッフがいるし、隠れ家的な素敵なゲストハウス。夜は文林街のあたりをぶらぶら。10年前のイメージとはまるで違う。みんなとってもおしゃれなカフェ、バーになってしまった。雲南大の裏に会った籃白紅(フレンチカフェ)も文林街に移転していた!懐かしいので雲南大のうらにいってみると昔毎日のDSCN0678ように行った道にはみ出して地面に低く座って食べる食堂たちはみんな洋服屋、美容院になってしまい消えていた。ただ、突き当たりの角には懐かしい感じの米線、面条、揚げ(洋芋)ジャガイモ、雲南名物臭豆腐なんかを出す食堂があり、ほっとしてそこでローカルなものを頂く。
昆明1日目。町の風景はぐっと近代的になり、昔の自転車や煙もくもくした素朴な食堂が激減した印象。でも寒すぎず、バンコク直後の私たちには暑くもなくとっても過ごしやすい気候で夜も快眠。


8月20日(火) 昆明
グレーの空、何とも昆明らしい朝。なんとなく、「一刻も早くチベット自治区の香格里拉にいこう!」と抱いていたので、昨日の時点で航空券は高くつくからバスで移動かな。と思っていた。タオ君やゲストハウスの小姐に訊くと、麗江まで電車で、そこからバスで行くのが一番スムーズとのこと。電車の方が快適で時間が少なくてすむ。10年前私が大学の学生たちを引率してきたときにはまだ電車もなく、バスの通る道もかなり長かった覚えがある。大理でさえ一番かかった記憶。今は大理が時間、麗江が時間。電車なら大理4時間半、麗江6時間。という訳でまずは麗江まで電車にいくことにしたので電車の切符を買うことが今日の一番の仕事。ゲストハウスも満室で別の駱駝客箋に移動しなくてはならない。IMG_5929

朝、タクシーで電車の切符売り場とされる南ジャン賓官売票所なるものを指差して目指す。ところがタクシーはそのホテル前でとまりそこでおろされた。周りの店でいろいろととにかく電車の切符が欲しいと訊いてまわるがたらい回し、みんな知らない!しょうがなくうろうろと歩き回ること30分程。IMG_5907やっとありそうもない路地を入ったすぐのところに火車売票所とあるではないか?人でごった返しているイメージで行ったから拍子抜け。がらがらな窓口で麗江まで10:50の電車、寝台ではなく座席を購入。せっかくの旅行なので夜行ではなく昼間の電車にして景色を楽しもうと思ったのだ。窓口のお姉さんとはいともスムーズに会話でき、すんなり購入。このままタオ君のお店まで歩きながら朝ご飯を探そう。昔なら通りの角という角に湯気を立てる露商がいて朝ご飯はお餅の辛いみそぬり、油で揚げた長いドーナツ、慢斗なんかをすぐに手に入れられたのにそれがなかなか見つからない。へんに中途半端にしゃれたジュース屋さんとか甘い月餅なんかを売るパン屋さんが目に付くばかり。タオ君のカフェはまだオープンしていなくて気の菊いかにも昆明っ子って感じの女の子がいるのみ。素通りして翠湖を目指す。やっと温かい豆乳、豆漿とドーナツ油条を売る店に出会う。それらをほくほくな気持ちで買い、翠湖へ。翠湖の周辺はややお金持ちの住宅地になったようで身なりのいい人が目立つ。子供のローラーブレードを教える教室が翠湖ほとりで朝から晩まであり、おじいちゃんやおばあちゃんがガチガチにローラーブレードキットで固めた子供たちを引率している。都会な感じだ。
遠くの方では太極拳グループ、社交ダンスグループ、思い思いの集団がいて、私たちはやっと遅い朝ご飯、ベンチに座って日本のおいしそうな桃とは全然形の違う柿みたいな形の桃(これがまた一番美味しい!)、リンゴ、などを朝ご飯にする。
宿に戻り荷物をまとめて通りにでる。ちょうど12時をまわり、小学生なんかが一斉に自宅に帰る時間なのでなんだかせわしない。通りでタクシーを拾おうにも全然捕まらないせっかく捕まっても駱駝客箋では皆知らない、と言って逃げられてしまう。やっと書林街トイってみて捕まったが自家用車で流すやみタクシー。高いけど20元。仕方ない。
駱駝客箋は金碧広場という大きなデパートの集まる広場、通りの目の前翠湖あたりとはまた全然違った雰囲気。10年前当時、この駱駝客箋周辺が唯一DJの入るバーがあったりしておしゃれな場所だった記憶がある。ちなみに弟はDJをやっていてこの辺で良く流した。しまいには大学の近代電子音楽科かなんかでDJを教えたりもして、一度は昆明の大きな看板にDJ KIYO で掲げられたこともある。
駱駝客箋、入り口こそ冴えないが3階まで登ると外国人が沢山。おしゃれな大きなカフェになっている。ゲストハウスは安いドミトリーから家族用の大部屋まで色々かなりの数の客室がそろっている。勿論スタッフみんな英語が堪能だし、晴れていれば金碧広場なんかを一望できるテラスは何とも気持ちのいい。昨日のLostGarden GHは隠れ家的なアットホームさ、部屋もおしゃれできれい。こちらは大味だけど便利。外国人も多く情報交換にはいい。廊下のソファーでは外国人の留学生と見られる若者たちが一生懸命漢字の勉強をしていた。
タクシーで来る途中に昔懐かしい花鳥市場のあるあたり、昆明の一番古い町並みを残すあたりを通りかかったので散策にでる。
弟と住んでいた当時、殺伐とした素っ気ない味気のない寒々しいアパートの壁をせっせと全部白に塗り、なんだか植民地時代の家みたいにおしゃれな感じにして花鳥市場で簡単に手に入る熱帯魚を色々飼いあさって楽しんだ。一番長生きしたのは淡水ふぐ。かわいかった!一番受けたのはタイなんかでよく見る尾びれのひらひらした小顔の戦う魚。鮮やかな青や赤でとっても綺麗な魚で戦うものとは知らずに買い2、3匹一緒の水槽で飼ったことがある。何故か必ずすぐに1匹死んでしまい何度も買い足したしまいに戦う魚だったことを知り唖然とした!
そんな花鳥市場まで行く道、正義路は昔車の通る道だった気がするが、今は半分まで歩行者天国、巨大なデパートが建ち並び、マクドナルド、ケンタッキー、昆明ではじめてみたスターバックスなんかも。ユニクロさえも見かけた。なので花鳥市場も既に様変わりしているかとかなり来たい薄く行ってみると、逆の開発途中であった。昆明の古い町並みを再現するような再建計画の最中でかろうじてまだ古い家たち、屋根から草がはえたひしゃげたような瓦の家が残っている。市場もやや整頓された感はあるが魚のセクション、げてもの危険動物(ベビ、タランチュラ、さそり)のセクション、ペットのセクション、翡翠のセクション、植物のセクション。期待通りいろんなものがある。
ふとお茶を売る露店で白茶を100g購入。30元。旅の友。IMG_5944IMG_5943IMG_5941DSCN0690
そのまま歩いてタオ君のカフェに。やっといた、開店したはものの新しいビールの銘柄開拓して仕入れるとか、ピザの台の機械購入とかいろいろ走り回っていて忙しいらしい。ラオスビールが最近昆明ではおおい。タオ君のお店では小瓶1つ15元とか18元とか。それなりの値段で売れている。ラオスとは、不思議な感じだ。
タオ君からレストラン経営の難しさを訊いた。この文林街、沢山のバーがあるが自前のキッチンを持って食べ物を出す店は多くないらしい。なんせ許可を取るのが大変とのこと。2008年、新しい法律で上階に住人がいる建物で飲食店を出す場合、住人全員の賛同を得なくては行けないという新しい法律が出来た。これが沢山の食堂が姿を消した理由だと思った。タオ君の開くカフェのある道には他に2件の食堂がある。1件は軍隊の許可でやっているので許可をすんなり通過。もう一件はもともと上の階のアパートの家主が経営する麺屋で上の住人の水道代、電気代を全部持つことで住人からの同意を得られたので通過。残るはタオ君のカフェ。未許可で食事も出していて結構定評のあるメニューも多いのだがとにかく許可を取らねばならない。いろんなコネをまわったあげく、3人の役人とあうことが出来1人あたり600元(約1万円)の袖の下を渡して今結果待ちだという。でもさすが、若い新鋭のタオ君甘く見られては行けないと知恵を絞って隠しカメラを沢山設置してその賄賂の受け渡しはばっちりビデオに撮ってあるそう。でないと無駄金に終わる可能性がある。 中国の地で事業をはじめることの難しさを感じた。同時に若いのに既にフォルクスワーゲンの車に乗り、日本に旅行に行けちゃうような小金持にまで成長する新世代の中国人タオ君はとっても勇敢にも見えた。
ビールをごちそうになり、しばらく旅にでるので別れを言ってゲストハウスに戻る。ゲストハウスまでかなりの距離だがバスに乗ってみようと言うことで路線バスに乗ってみる。我々日本人は漢字が読めるので本当に便利。でも新しい路線バス、どこで同お金を払うのかわからないままのったら運転手が見かねてただでおろしてくれた。帰りタダ乗りで快適に帰ってきた!
その日は早く床に着き、いよいよ明日は北上する!

8月21日(水) 昆明(10:50)- 麗江(18:30)電車にて移動
朝早起きをし、コーヒーと買っておいたパンで軽い朝食を済ませ、昆明の駅を目指す。やや時間が遅れ気味。既に10時をまわりそうなので女の運転手さんのタクシーをつかまえ、昆明駅へ!ところが町の中心の北京路で渋滞。気をもんでいたところに車が斜めに変な格好になったとたんブスっと気味のわるい音を立てた。女の気の良さそうなおばさんが「走不リョウ了!」と叫びながら紙にメモし始めた。その次の瞬間私たちにも「無理無理!もう行けない!車から降りて、お金はいらないから!」とのこと。朝の通勤ラッシュの北京路のど真ん中で怖い大きなバスに脅されながら私たちタクシーを降り三輪リキシャみたいなのを何とか拾い、大急ぎで昆明駅ヘ急ぐ!
昆明駅は驚いた!荷物検査があり空港みたいだ。昔の駅を知る私にとっては別世界。
10年前何度もこの駅に切符を買いにきた時はカオスだった。沢山の浮浪者も泥棒もはびこっていた。よく覚えているのは昆明駅に向かうバスに乗っていた時、車窓から市場で果物を買うおじさんをぼんやりながめてたら、その人の後ろから火箸の細いのを持った人が近づき、果物選びに夢中のその人のポケットから白昼堂々とピンク色の100元札を1枚、2枚、するする抜き取っていた!近くの人はみんな見ているのに何も言わない。そう。確か私が昆明の待ちのはずれ、かなり田舎臭い市場で夕食の食材を買う時、本当にちょっとした隙に財布をとられたことに気付いた!ほぼ取った人をみていたくらいだったので、すぐさま大声で「泥棒!その人が泥棒!」と叫んでつかまえようとするが周囲の人は知らん顔。中国ではいつぐさっと刺されるかわからない。報復もあるかもしれない。ので被害者を助けない。みんな急に他人になるのだということを痛感させられた。その出来事を思い出し、バスの車窓から見ているだけの私も無力さに愕然としたものだ。IMG_5946IMG_5951
そんなイメージの昆明駅、気を引き締めて行かなきゃ。と思いきや拍子抜け。1階はカオスだが直接2階に上がると空港のように荷物チェックがあり待合室は巨大。発車間近の麗江行きは既にゲートが開いていて綺麗な近代的な空港のような待合室のある駅で唯一前から変わってない光景、狭き門に我れ先と押し掛ける光景はなんだか呆れるのと同時に少し懐かしい感じがした。無事ゲートを入り、プラットフォームに下りていくと、それはそれは長い電車だ。寝台車の方が多く、座席の車両はかなり先の方。座席の車両について乗り込むとなんと寝台車。ちゃんと座席番号は正しいのだがあくまでも寝台車の昼間版。こういう場面で私はすぐに妥協する。妥協というよりもあまりこだわりがない。まあそれでもいいんじゃないか、とか寝台車の座席の方が高かったかもしれないこと思えば得したんじゃないか?とまで思えてくる。当たり前のように進行方向を向いた私たちの席にはおじさんが黙って座っていて、若いカップルも窓際を確保している。私たちの座席番号を見せると足り前のように進行方向を背中に向けた向かいの席に座れという。これから7時間あまり旅を共にするのに気まずいのは嫌だし、席があっただけでもいいじゃないかとまずは座席に落ち着く。充分4人くらい座れる座席はなかなか快適。しかも通路側に2人窓際の席もある。車両の管理は女車掌がしていて少しでもゴミがあるとすぐにほうきとちりとりを持ってくる。子供たちが通路にでないように再三注意にも来てかなり管理がしっかりしている。車両の両端に必ず熱湯を汲めるところがありかなり中国らしい旅の始まりだ。早速向かいに座ったカップルの彼氏がいかにも辛そうなカップヌードルと真空パックの鳥の足を食べ始めた。ベジタリアンになってから中国旅行するのははじめて先行き気が重い。IMG_5962
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売り子が売りにくる食材の中で一番ヒットしたのが豆腐干。かなり薄切りにして乾燥させた豆腐をいろんな調味料で味付けして真空パックにしてある。麻辣があまり効いていないもの、椎茸味のもの、子供たちが食べられる味付けも多く我が家の旅の友に。あとはピーナッツ。中国のイメージ然り、家族4人でピーナッツをボリボリ、むさぼった。お昼のことを全然考えていなかったのでカップラーメンを食べるしかなさそうだがなんせ牛という文字と唐辛子のような色合いにどうしても躊躇してしまう。
ラッキーなことに途中5分程停車した駅があり、ホームに下りると3、4倍は品数の豊富な売り子がちゃんと待っていた。カップラーメンの中に青いカップの海鮮風味をみつけ!獲得。いくつか戦利品確保。結局後にも先にもそのカップラーメンが唯一我が家の食べられる食事らしきもので1杯のカップラーメンをわびしくそれはそれは大切に3人でわけあって食べたのである。カミーユはすやすや熟睡。IMG_6009IMG_6005IMG_6013

そうだワインだ、ワインを飲んでしまおうと思いつき。しかも紙箱入りの3Lワイン。実はバンコクであまりにもワインがレストランで高いのでスーパーで紙箱入りのワインを買って試しに飲んでみたらそんなに安い訳ではないが、なかなか悪くない。中国ではワインが手に入りにくいだろうし、高いだろうと思い、バンコク出る直前に箱で購入し、この旅の友となった訳。この電車、車窓は楽しいけれど何か手持ち無沙汰。という訳でスーツケースのちょうど角の上の方に入っていた紙箱を取りだし、蛇口を出してペットボトルに。端から見たら全然わからないお茶のペットボトルに濃厚な紫の液体を注ぎ、ほろ酔い、汽車の旅、なかなか快適である。良くタイの夜行バスで同じことをした。そういえば日本の高層バスでもやったことがある。
大理でだいぶ人が下りた。というか向かいやとなりの人ほとんどみんな下りてしまった。そしてまたどかっと沢山の人が乗ってきた。今度は私たち自分たちの座席通りに座ってみる。進行方向向きの窓際。すると団体客らしき人たちが大声で座席の確認をはじめた。なんだか数時間前まあいいやと座席の番号にこだわらなかった私の方が大人な気がした、軽い優越感。20分くらい経つまで叫んだり押したり引っ張ったりなんだかもめながらやっと落ち着いたようだ。そして窓際の向かいには上海辺りの都会から来た夫婦、結構な歳なのにいちゃいちゃしている。安っぽいやくざの下っ端みたいな風貌の旦那はちょこちょこ煙草を吸いにいって帰ってくるなり落ち着かない。あれ食べたりこれ食べたりのんだり。だんだんイシャンやカミーユにもちょっかいを出すようになり残りの数時間麗江までちょっと英語の出来る奥さんとそのやくざっぽい旦那さんずっと私たちに構いっぱなしの旅になった。IMG_6062IMG_6042DSCN0769

麗江に到着。後半は景色がいかにも大理、麗江といった感じ。一面菜の花畑に古い木造の家屋とか湖とか。車窓が本当に綺麗。夕方日が暮れる少し前に電車が麗江に到着。大理以降はずっと同じような景色が続いていたのでまだ大理の延長かと思ってしまった程、自然に電車は麗江に到着。これまた巨大なプラットホーム。ホームをでていまいち皆がどこに向かっているのかわからないまま出口を目指すと、かなりローカルな中国人旅行者、特に学生のバックパッカーも多いので、バスで市内を目指す人も多いらしい。私たちは荷物も多いので乗り合いタクシーの客引きのおばさんにホテルの名前を告げるとなんとたらい回し!客引きって普通くらいついてくるものでこちらが追い払うものと思うのだが逆にあしらわれながら拾ってくれる客引きを捜すはめに。最後に20元で言ってくれるおばさんをつかまえたのはいいけど、満車になるまでこれまたひとしきり待つことになる。DSCN0818
麗江古城の南門で降ろしてもらい古城の石畳を重いスーツケースひきながらしばらく歩くことになる。ゲストハウスにつくと小さなゲストハウス、英語のやや出来る若いオーナーらしき青年に部屋に通される。きっと昔は風情のあった素敵な家屋だったんだろうが小さな裏庭を囲むように作られた2階の客室は何とも中途半端なインテリア、安いラブホテルとも思わせるような不思議な雰囲気だが一番過度の一番大きな部屋だし、古城の中でこの値段なら文句は言えない。ろくな食事が出来ていないので外に出て食事をしようと路地を歩いて人の流れる方に向かってみておったまげた。夜の9時だと言うのに歩けない程の人でごった返している。DSCN0837
DSCN0834しかも私の10年前の記憶では風情ある町並みに土産物屋が軒を連ねる光景がポップな音楽に合わせてジャンベをたたく若者が店番するこの場所に何のゆかりもないジャンベのお店。7枚100元でスカーフを売る店。なんだか都会の土産売り場が特売セールでごった返しているような感じ。なんだか幻滅してしまった。それでも人ごみをかきわけながら遠い記憶を辿りながら四方街に向かってみる。日月橋?この古城の中でも一番風情のある小川沿いのあたりですごき綺麗な満月がみえた。風情はがらっと変わってしまったけれどそれでもこの町並みは絵になる。食事が出来る気の効いた食堂が見つからないので英語でItarialn Foodと書かれたレストランに入ってみる。後から気付いたことだが、おそらく前のオーナーがイアリアンでいまは完全に中国の火鍋屋であった。とにかく食事がしたいのでオススメの魚を効くとローカルなサーモンがあるという。漢字で三文魚と書く。値段がべらぼうに高いのでもっと安い川魚にし、いくつかの野菜を頼んでビールを注文。とにかくなんでも高い。観光地なので仕方ないが少し注文しただけで200、300元(3−4千円!)もしてしまう。周りの新婚旅行な漢字のカップル、6人の大家族、みんな火鍋を囲んでほくほくしているのでイシャンはあれが食べたかったなーと言うが、1鍋150元以上もする上、スープが激辛か豚骨かで選択の余地があまりないのだ。来る時古城の外で見かけた路上に広がった火鍋やさんにいつか行ってみようね。となだめた。もうしばらく古城の中を歩いてみるが11時をすぎてもまだすごい人、しかも昔納西古楽があった通りの裏通り、ひときわ静かで銀細工などのお店がひっそりとあったところは完全にディスコエリアになってしまい青、紫のネオンと音量の大きさを競い合うバーが我ぞとおおきな音で音楽を流しているので風情のかけらもなくなってしまった。
玉龍雪山へのツアーが目に着き、行ってみてもいいのでは?ツアーより自分で行った方がいいのでは?少し調べ始めてみる。ゲストハウスのオーナーに聞くところタクシーチャーターは500元とのこと。
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mkqso at 16:15│Comments(1)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by 水堀てんま   September 26, 2013 19:16
お久しぶりです。メールが送れなくてお久しぶりです。メールがうまくおくれなくて、こちらから。
写真をみて、3人の元気な様子つたわってきましたあ。イシャンくん、ますます逞しい男子になりましたね。素敵な旅が続いてるんですね。

幼稚園は5日の運動会に向け、鬼の様な組み体操練習してます。天真もはだしの砂まみれでしごかれてます。

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