2005年04月30日

JR福知山線脱線事故について

 信じられないほど悲惨な事故が大阪で起きてしまいました。犠牲者の遺族の方々の心中を察するに、深い悲しみを感じます。
 しかし、組織論研究者としては、こうした組織事故について、何が問題であったのかを明らかにする必要があると感じています。以下若干雑ですが、色々と研究の観点から考えてみたことを書いてみたいと思います。
 クライシス研究は80年代までは主にメカニカルな観点からの分析が中心でした。飛行機事故であれば機器の故障や気候条件など、物理的な説明になります。
 その後、オペレーションの研究がなされるようになり、例えば、どのような人材教育制度になっているのか、どのようなオペレーションが設計されているのか、という観点からの研究がなされるようになります。
 しかし、こうした研究では、なぜそうした問題がそもそもその組織で発生したのかが明らかにならないため、組織的な観点からの研究がなされるようになりました。それが、今日ではHRO(High Reliability Organization:高信頼性組織)の研究として展開されているものです。
 今回の事故の場合、メカニカルな観点では、スピードの出し過ぎによって、強い遠心力が働き、車両が外側へ脱線したためであると説明されます。一方、オペレーションの観点からは、私鉄との競争の激化を背景とした過密ダイヤと、一方で分割民営化以後の人員削減による運転士養成の遅れという両側面が閾値に達した結果であると説明します。
 ではHRO研究の観点からはどう説明するのかというと、JR西日本という組織は、列車運行における安全性を重視するマインドがなく、むしろ、運行の安全性は与件として放置され、一方で、正確なダイヤの運営のみに関心を向けてきたという点に問題がある、と説明します。
 安全性を与件であると考えるのは非常に危険で、この結果、大きなクライシスにつながる小さな予兆を軽視する傾向が発生します。HROとして知られている大変に危険な職場であるアメリカ軍空母の甲板では、作業員がもしスパナを一つどこかへ落として見失ってしまった場合には全員でその落としてしまったスパナの捜索を行います。そして、そのことを報告した作業員は罰せられるのではなく、安全な運営を実現することに貢献した人間であると評価されます。これは、安全は当たり前のものではなく、日々のメンバーの聴きにつながる予兆を察知してつぶそうとする努力によって初めて達成されているのだというマインドに基づいて組織が動いているためであると説明が出来ます。
 報道を見る限りですが、JR西日本では「ミス」に対して非常にネガティブな評価しかなされていませんでした。日本の列車運行は非常に時間に正確であり、我々もそうした利便性を享受している立場ですので、単純に「もっとゆとりをもってもいいんじゃないか」などと無責任なことを言うべきではありませんし、それは全く何の解決にもつながりません。
 一方で、日々の正確な運行は、現場の大変な努力によって支えられていることを前提にオペレーションは考えられる必要があります。その努力の限界(脱線に至らないが危険なケースは絶対にあったはずですし、信楽高原鉄道の例もあります)の予兆は既にいくつかあったと考えられますし、その予兆に対して、単純に「時間に正確に運行しろ」という指示しか出していなかったのであれば、これは安全性を全く無視していたと言っても過言ではないと思います。そうではなくて、日々の正確で安全な運行は、現場の努力の成果であるというマインドに基づいてオペレーションを行うことが必要であると言えます。
 では安全性を無視してしまうのはどうしてなのでしょうか?まず、上にいる人間が、現場を全然知らないためではないかと私は思います。年に一度でも二度でも社長なり会長なりは、ラッシュアワーの福知山線の運転席に乗り込んでみてはどうかと思います。大きな危険の発生回避に、いかに現場が身を削るような努力をしているのか、少しは分かるのではないでしょうか。それと同時に単純に1ヶ月間の遅延発生時間などでしか現場を評価しないというのは非常に危険なのだということもよく分かるはずです。
 私はこの事故を見たときに、阪神淡路大震災の発生時における村山首相が同じミスを行ったことによる初動の遅れを想い出しました。村山首相は地震発生の後、数字だけで状況を判断し、その結果、自衛隊への出動が大幅に遅れる原因を作り、結果として数多くの救える可能性もあった尊い命を犠牲にしました。彼の責任は重大であったと思います。
 では、なぜ上にいる人間は現場を知ろうとしないのでしょうか?ここからはあまり専門的な分析は出来ませんが、雑感としては以下の通りです。
 一つには、現場を知る必要性を認識していないことが挙げられます。つまり、現場(広く組織)とは命令に従って行動する機械である、という古くからある前提に従っているためではないかと私は思います。これは、組織に対するイメージの問題です(詳しくはMorganの”Images of Organization”を参照のこと)。もう一つは、現場が分からないからです。分からないのは、分かる必要のないことである、というある種の傲慢さがトップにはあったのではないかと推測されます。これは人事制度に関わる問題であると考えられます。第3に、これは単なる推測に過ぎませんが、現場と経営陣の対立が国鉄分割民営化以後に発生し、それが現場に対するある種の高圧的な態度を醸成したということも考えられるかと思われます。これはJR特殊的な問題のように見えますが、こうした対立やアイデンティティの問題は、クライシスを起こす組織には共通して存在する問題であると言えます。そして、これらの要因は相互に影響し合い、対立が現場を知る必要性をより排除し、現場を知らないことを正当化するためにより現場の軽視が進む、という関係が発生したとも考えられます。
 ちなみに1991年の信楽高原鉄道事故においても、組織的な観点から見て今回と非常に似通った点を見ることが出来ます。同事故では、安全に対する資源配分が欠如していたために起きたと考えられています。具体的には信号機の専門家が一人も信楽高原鉄道にはいなかったということです。規範的に考えるならば、安全を最優先で考えることが行われなかったためである、というのは正しいと思います。しかし、もっと現実的に考えると、安全を確保することの困難さを知る術(つまり現場で何が起きているかを知ること)があまりになかったことが問題ではないかと思います。
 確かに現場の論理だけで組織を動かすことは、部分最適という問題を引き起こしかねないので危険があるという観点は分かります。しかし、現場がきわめて複雑な環境に直面しているにもかかわらず、現場がなにをやってそれに対処しているのかを知らなければ、わずかな亀裂が入っただけで、対象の複雑性が故に巨大な問題へと一気に発展することをよく理解しなくてはならないはずです。ただ、その際にはトップに複雑な環境に直面していることを知らしめる必要があり、そのためには、何らかの形でそれをインフォームできる仕組みが必要になってくると思います。

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