2005年11月05日

引越し

blogをコチラに引越ししました。万が一、ブクマしてくれてる人とかがいたら申し訳ないです。

>>Nariさん

マジでblog書かんですいません!
この教科書は魔法の教科書です!すぐに眠れますよ!!
引越しして気分変えて何とか頑張ろうと思ってます。
  
Posted by moailovers at 21:01Comments(0)TrackBack(0)

2005年10月31日

マクロ

acdbe9d1.jpg風邪と寝坊で学校サボって勉強中。マクロ経済わかんねー。
  
Posted by moailovers at 14:41Comments(1)TrackBack(0)

2005年10月29日

本当に凄いね

a321f623.gifカズノコさんのクビツリっていうサイト、凄いよ。そこにある文章が凄い。僕にはこんなの書けない、少なくとも今は。  
Posted by moailovers at 02:02Comments(0)TrackBack(0)とりとめのないこと 

イソジンの立場ないじゃない

風邪の予防には水でうがいを ヨード液では予防効果なし

なんだこりゃですね。イソジンのカバ君は詐欺師でしたー残念ッ!ちなみに僕は風邪をひいてしまって喉が痛いです。ヨード液うがいが意味なしなら、のどぬーるスプレーも意味無いのかな?いちご味のやつを喉にかけてみたんだけど、やっぱり不味かったし、これで効かないならブチ切れだよ。  
Posted by moailovers at 00:34Comments(0)TrackBack(0)

2005年10月23日

2+2=80にはならなくても

d6c9a944.png何かをやる上で精神状態というのは非常に重要な要素だと思う。スポーツで言えば勝つ気が無い奴は練習も適当になるし、試合で負けそうになればすぐに諦める。自分でどのような精神状態に持っていくか、また集団的にそれをどのように動かすかということは、人が何かを行うときには非常に大事で、それなくして物事をなすことは出来ない。

しかしながら精神だけで、いわば気持ちだけで物事は起こせない。いかにやる気負けん気に満ちていても練習するコートがなければテニスは出来ない。それと同じで、日本のためにだとか、天皇のためにだとか、大東亜共栄圏だとか、日本にいる家族のためにだとかという気持ちがみなぎっていても、食料と弾丸と銃器と兵士の数がいなければ戦争では戦えない。しかしそれの不足分を全て精神面で補おうとした戦争、それが大東亜戦争であり、その結果として敗戦に至った。

司馬遼太郎に言わせれば日清・日露戦争は仕方の無い戦争であり、日露戦争に限ればあの強大なロシアに完全に勝てるわけがなかったが、しかし何とか有利な条件で講和に持っていこうと、日本の政府や軍部なりが6:4の勝利を求めて、きわめて合理的に(時には精神面に頼ったときもあったが)動いた。しかしながらあの大東亜戦争においては日本の政府なり軍部は国力も何も考えず、ただ闇雲に精神論だけをかざして突撃し、散っていった世界史上稀に見る愚かな行為であると、もうボロクソに貶している。精神論よりもっと物理的に物事を考えよと。そういった意味で「昭和以降日本はダメになった」という見解のことを司馬史観ともいう。

あの戦争はハルノート、オレンジ政策、ABCD包囲網などなど、アメリカに造られた戦争であり、やむなく日本の存続のために、しいてはアジアの為に立ち上がらざるを得なかったものであるという意見もあるが、しかし司馬遼太郎の意見に対する批判にはなっていない。司馬遼太郎は確かに「あの戦争は国力などを考慮してなすべきではなかった」という意味のことを言っているが、しかし彼が本当に批判しているのは精神論をかざして国民を(無駄に、とも言えるほど)殺戮した政府なり軍部なりのあり方、またはその考え方であり、何も日本文化を捨てても戦争はすべきではなかったとか、売国奴的な主張をしているわけではないのだ。だから司馬遼太郎は日本の為に戦い、命を捧げてくれた、文字通り「護国の鬼」となってくれた祖先達(司馬にとっては同年代の人々だが)のことを「無駄死にした人々」というように軽蔑してるわけでもなく、むしろ尊敬していると思うし、だからこそその人々の命を軽々しく扱った当時の日本という国はダメだと言っているのだと思う。

そしてだからこそ、いわば日本のミスによって(アメリカの暴挙もあるが)護国の鬼となり、そしてその命を捧げてくれた祖先達への鎮魂のために、彼ら「英霊」に祈りを捧げる靖国参拝を首相がして何が悪い。「先の大戦では我ら指導する立場の者がいけなかった。あなた達には本当に感謝している。永遠にあなた達は英霊です。もし今度何か有事があった場合、我々は過去の過ちを繰り返さないようにキチンと政策をたて、作戦を練り、情報を得、この日本を守ることを誓います」という意味で、首相が8月15日に参拝する。これが普通だろう。これが出来ないということは、つまりまたあの戦争が起こるということだ。A級戦犯の方々は国内で(戦争の失敗および無策だったことへの)責任を追及され、そして死刑などにされるならともかくとして、国際舞台の場でムチャクチャに裁かれた、ある意味で被害者である。国民が彼らを許さないのならそれは仕方無いが、国民はそうではない。アジアへ配慮すべきは勿論のこと。しかし日本をおろそかにしてアジア、というのは本末転倒だ。

僕は無謀な精神主義でもって戦った大東亜戦争はやはり反省すべきものだと思う。しかしそれは戦争をしたからではなく、ただその仕方の一点にある。アメリカに対して戦争を仕掛けたというのは、アメリカに造られた戦争だから致し方ないし、アジアへ侵略したというが、それだってワールドワイドな戦争だから仕方がない。アメリカだってイギリスだってオランダだってアジアで戦闘をしたのに、なぜ日本だけ問われるのだ?第一、中国などは日本と戦争していたのに、なぜ殺されただなんだと騒ぐんだ。乱暴な書き方だが、本音としてはそうだ。事実、大東亜戦争が終わってからは世界地図が一変し、アジアで独立が相次ぎ、帝国主義が終結した。僕は無謀な精神主義による戦争こそ批判するが、その精神を貶すことはしない。やはりその精神でもって戦った祖先達は英雄だし、英霊で今も今後も在り続けるのだ。  
Posted by moailovers at 19:36Comments(0)TrackBack(0)とりとめのないこと