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ちょっと日が経ってしまいましたが、去る12月2日深夜にCBCで放送された、立浪和義を1年間密着取材したドキュメント『瞬刻 〜一打に懸けたミスタードラゴンズ 立浪和義の2007年〜』をお送りします。
※1時間の長丁場でしたので、きょうとあしたの2回に分けて上げますのでお願いします。
(11月1日、日本シリーズ第5戦)
ベンチの中で、立浪はその瞬間を待っていた。

立浪自身、5度目の挑戦でようやくつかんだ、日本一の瞬間だった。ミスタードラゴンズ・立浪和義の2007年が終わろうとしている。プロ生活20年目のシーズンは、これまでとは全く違う1年だった。開幕からスタメンを外れ、与えられた役割は、代打だった。

(2006年12月28日 契約更改記者会見)
立浪「えー1億円アップです。(笑)いや冗談です。あのー、はっきり言います、1億円で契約してもらいました」

球団史上最大の56%ダウン。この年、レギュラーのポジションを奪われた立浪は、厳しい減俸にも納得した。

立浪「いろんな大事な部分を、今まで忘れてたことをいろいろ感じたり、したんで。とにかくファンの方に期待される、選手であり続けたいし、例え代打だけでも。『もう頑張っていくしかないな』、という気持ちです」

1月2日
始動


代打・立浪の2007年は、自宅近くの公園で、ひとり静かにスタートした。

立浪「1年1年ってもう言えない現役生活になってきたんで、今年1年ね、ホントに、ダメだったら、もう辞めないといけないし。だから、オフから一生懸命頑張ってきてるんですけど、せっかくここまでやってきたんで、悔いだけ残らないように、やることだけやって、とにかく、ファンの皆さんの期待に応えられる活躍ができるように頑張ります」

これまで不動のレギュラーとしてチームを支えてきた立浪が、「今年ダメなら引退」と覚悟を決めた。

1月28日
沖縄へ出発


20回目のキャンプは、今までと違う立場で沖縄に乗り込む。

(移動の車中)
立浪「あと1年1年、っていう状況じゃなく、ホントに今年1年が、自分の野球生活がどうなるかって左右される1年なんで、悔いのないように、しっかり準備だけして、頑張ってこようかなぁっていう、そういう気持ちですね」

2月1日
キャンプイン


今年の役割は代打。キャンプではそれを意識したメニューを自らに課した。代打での出場時間は短い。そして突然やってくる。そのため、すぐにバットを振れる体力が必要だった。20年目のキャンプで初めて、毎朝ウエイトトレーニングを行った。自分の体をいじめ抜いた。

(宿舎?)
立浪「朝が一番、自分の充実した時間というか、体が元気っていうか、その時間にとにかく、まずウエイトトレーニングだけを、このキャンプほとんど毎日ですよね。これだけは妥協せずに続けようと思ったんで、それが達成できたんでね」

練習のほとんどをバッティングに費やした。1試合に1打席あるかも分からない出番のために、自分を追い込む。

(ビデオカメラでスイングチェック)
立浪「ゴルフも野球もそうだけど、すぐ崩れちゃうねぇ、もう年取ってきたら。基本ができてないのかなぁ」

ホテルでの過ごし方も変えた。
(ホテルのデスクに座って)
立浪「見てくださいよこういうの…。アフターチェックとかいってちっともうまくなってない」(字の書き取りドリル?を開く立浪)
スタッフ「どうしてですか?これ書こうと」
立浪「今まであんまり勉強してないから、勉強しなダメでしょやっぱりねぇ」

立浪は、朝、文字を書くことを日課にしていた。

立浪「集中して、精神統一です。今までこんなことしたことなかったんで…」

さらに、野球日誌もつけていた。プロに入って初めてのことだった。

立浪「バッティングのことをずーっといろいろ書いてるんです。バッティングで自分が気をつけることっていうか、悪くなったり、ちょっと迷ったりしたときに書いて、見直しながら。バッティングのことだけでこんなに書いてるんですよね」

野球日誌は去年8月、スタメンを外れているときから始まっている。ベンチの中で感じたことを忘れないためだった。その日誌に、去年の日本シリーズのことが書かれていた。

スタッフ「それは、戦う前?」
立浪「そうですねぇ、終わったあとは書く元気もなくて、あれだったんですけど。試合間隔が開くと、必ず実戦感覚がなくなるので、試合形式の練習、またはゲームをすること。シーズン好調の選手は油断しやすい…

立浪にとって4度目の日本シリーズは、引退を覚悟で臨んでいた。

(06年10月25日 日本シリーズ第4戦)
その日本シリーズ、1勝2敗で迎えた第4戦。1回先制のチャンスでの打席。結果はショートライナー。

立浪「チャンスに打てなかったですけど、また頑張りゃあ、せめて打つ方は、まだもうちょっと何とかなるなぁっていうふうに思ったんで。あそこで全く打てずに、もう全然ダメだったら、僕も考えてたかも知れないです」
Q.引退をってことですか?
立浪「引退っていうか、急でね、どうなるか分かんなかったですけど、いろんなこと考えて。『もしかしたら辞めざるを得ないかな』というぐらいの気持ちで、僕は日本シリーズに臨んで、頑張ったんですよ」

ヒットにはならなかった。でも手応えはあった。2007年のシーズンが、くっきり見えてきた瞬間だった。

(3月30日 セ・リーグ開幕)
立浪和義、20年目の開幕の日がやってきた。

立浪「不安っていうか、やることしっかりやってきたんで。少し開幕前に足を痛めたのが余分だったですけど、それ以外はしっかりと準備してきたんで。自分でも楽しみにしながら、やっていこうかなと思ってます」
Q.足の調子は?。
立浪「だいぶ、良くなりました、はい」
Q.もう一塁まで全力疾走は?
立浪「全力…とまではいかないですけど、まぁまぁたぶん走れると思います。…全力してもあんま変わんないかもしれない(笑)」

3月30日
セ・リーグ開幕


スタメンボードに立浪の名前はなかった。開幕戦をベンチで迎えるのは、プロに入って初めてだ。寂しさもある。

5回表を終わって2-0。ここで立浪が、バットを持ってベンチ裏に向かった。

逆転された直後の8回裏。ヘルメットをかぶった立浪がベンチに戻ってきた。同点になった。森野が敬遠。首脳陣から合図があった。

ファンの声援が、立浪にしっかりと届いていた。気持ちがさらに高まる。
(センター前勝ち越しタイムリー)
この逆転タイムリーが決勝点となり、ドラゴンズは開幕戦の勝利を手にした。

(ヒーローインタビュー)
立浪「今年は日本一になるまで泣きませんので、日本一になって、皆さん一緒に泣きましょう!ありがとうございました!」

(試合後、車に乗り込む立浪)
立浪「良かった」
Q.出ましたね
立浪「いや〜、きょうは、憲伸があのまま交ってくれれば一番良かったですけど、まさかあんな展開になると思わなかったから。いやホント良かった、うれしかったです。この開幕戦で打つために頑張ってきたから。もちろんこれから先ありますけど、自分自身本当にいいスタート切れたんで、もう良かったー。きょうあそこで打てなかったら今ごろ、ひと言もしゃべってないかも知れない(笑)」

立浪は、続く第2戦もダメ押しとなるタイムリーを放ち、チームは開幕3連勝。セ・リーグ連覇に向け、最高のスタートを切った。

しかし立浪は、自分に満足していなかった。

立浪「2打席3打席あれば、次の打席で取り返したりできることもあるんですけど、(代打は)その1打席だけなんで。ずーっとやっていてもまぁ難しい、ねぇ代打というのは。でも、期待されて出してもらってるんで、もうちょっと結果出せるようにね、常に確率良く打てる方法を自分で考えて、日々やってるところです。今もうこれ(=バット)だけですからね、ホントにね(苦笑)」

5月1日
早出練習


開幕から1ヶ月。立浪は新たな目標を設定していた。5月後半から始まる交流戦で、DH・指名打者でのスタメン出場が予想された。それに向けて、ほかの選手より2時間前にグラウンド入り。念入りな準備に入った。

立浪「ちょっと計画性持って。5月交流戦が、まぁ出れるかどうか分かんないですけど、今打っておけば、出れるチャンスもまた出てくるから。とりあえずやるべきことだけちゃんとやって、準備だけしっかりしようかなと」

(5月22日 交流戦スタート)
今シーズン初めてとなるスタメン出場。自然と力が入る。守備には就かないDHは、リズムをつくるのが難しい。ベンチの裏で試合を見つめ、常に体を動かすことでバッティングの準備をした。しかし、慣れないスタメンDHで、予想外の疲れが溜まっていた。ソフトバンク戦で、太ももに痛みが走った。

6月5日
オリックス戦

次のオリックス戦の試合前、自ら欠場を落合監督に申し出た。
(読唇術?)
落合監督「ダメ?無理か?(うんうん)」

立浪「ちょこっとでも走れりゃ出ようかなと思ったけど、5割も走れないぐらいの感じだったんで。まぁでもしょうがないなと思って」

(6月13日 楽天戦ゲーム前)
太もものケガは、思ったより長引いた。

(グラウンドでマッサージを受けながら)
Q.オープン戦に痛めたのと同じ感じなんですか?
立浪「いや、また違うところ。
Q.(オリックス戦の欠場は)結構悩まれたんじゃないですか?
立浪「(DHがあるパ主催ゲームは)12試合しかないからね。まぁでも、あのときはホント走れなかったから」

代打の立浪にとって、たった12試合しかないスタメン出場のチャンス。しかし、太もものケガで、出場できたのは8試合。目標としていたフル出場が達成できなかった。それが悔しかった。

交流戦を終えて、ジャイアンツとのゲーム差は3・5。一進一退の攻防を繰り広げていた。

(7月16日 ヤクルト戦)
代打に戻った立浪だが、足は万全ではなかった。しかしゲームに出続けた。そしてこの日、歴代9位タイとなる出場記録も達成した(2379試合)。
(7月17日 ヤクルト戦)
ドラゴンズは、首位で前半戦を折り返した。

(7月24日 後半戦開幕)
Q.後半戦の開幕戦っていうのはどんな気分なんですか?
立浪「まぁでも、5日間ぐらいですか、しか空いてないんで、そんなに特別、(シーズンの)開幕のような感じはないんですけど。ただやっぱり、後半戦いいスタート切りたいっていうのもありますし。で、(ジャイアンツとの差が)1ゲームでね、毎日首位入れ替わったりするような状況なんで。5ゲーム6ゲーム離しての首位の折り返しじゃないんでね。ここからが、本当の意味での勝負ですから、夏場がね。『夏を制した者がシーズンを制する』っていう。個人の成績もそうなんですけど」

普段、自分の記録については語ろうとしない立浪だが、この日珍しく、意識している目標を口にした。

立浪「1000打点というのは、今までチャンスに打ててきたっていう、ここまでこれたのはね。ホームランがそんなに多くない割に。すごい目標にはしてます、1000打点は」

前半戦82試合を消化した時点で、立浪が記録した打点は15。代打というポジションで打点を積み重ねることがいかに難しいか、それを十分に感じていた。

立浪「試合始まってからが長いんですよね。5回ぐらいまでは、何となしに(出番が)ないって分かるじゃないですか。結構主力ケガしてるときとか、ピッチャー以外にね、どこでいくか分かんないっていうのがあるんで。『もしかしたらあるかな?』とか。全然何もしなくて、いきなり行ってダメだったら後悔するんで」
Q.途中オンにしたりオフにしたりっていうのが大変ですよね?
立浪「たまーに、絶好機とかで、『次(ランナー)出たら行く』とかって言って、ネクスト(バッターズサークル)に居れるときはいいんですけど、ポンと、隠れててっていうか、ベンチのあっこ(通路)から、『もしこれ出たら行くぞ』っていうとき、結構ドキドキするんですよね。あれ心臓に悪いんですよね、ホントに(苦笑)」
Q.ネクストのときはそんなことないんですか?
立浪「ネクスト入ってたら、もう落ち着くんですよ。あっこ(通路)から急に行かないといけないでしょ?。でピッチャー代わったりしたら、結構時間があるからいいんですけど、『出たら行くぞ』とかっていう時って、緊張しますよ結構。通路のとこにいてね。小心者なんで」

8月8日
広島戦

目標の1000打点まであと5としていた8月8日。この日の打席が、立浪にとって、今シーズンで最も悔いが残る打席となった。4回ワンナウト2、3塁の同点のチャンス。試合序盤にもかかわらず、落合監督は立浪を代打に送った。
(前進守備のセカンドゴロ、ホームタッチアウト。ツーアウト1、3塁に)
セカンドゴロ。チャンスを潰してしまった。

立浪「最初、(新井)良太、(中村)ノリ行くっていうふうに言われてて、自分で『ないな』ってちょっと決めつけてしまったんで。今年一番、何かあれが悔い残る打席かなぁという。準備しっかりしてて、打てる・打てないは、まぁこれは相手があることでしょうがないですけど、気持ち的にも差し込まれてしまったんで」

後悔の理由は、チャンスで打てなかったことではなく、打席に向かう準備をしていなかったことだった。

立浪「これだけずっと、何回も代打で出してもらって、だいたい、自分が(出番が)なさそうなとこでも、ずっと準備して、やったりしてたんで。今年初めてなんで、完全に用意しなくて行ったっていうのが」

この試合以後、立浪のひと振りに懸ける意識がさらに強くなった。練習で変化が見られたのは、早出のランニングだけではない。バッティング練習では、スタメンだったとき以上に、念入りな準備を行う。

都裕次郎スコアラー「一番バリエーションを付けるというか、量も多いし。打ち方とか、要求してくるのが一番多いでしょ、ダントツに。今年はもう完璧にこれで勝負みたいな感じだから、ひと振りに懸ける気持ちっていうのが、全然違いますよね、去年と今年では」

特にフリーバッティングでは、速い球を多く打つ練習を採り入れた。立浪と対戦する投手のほとんどが、速球を武器とするクローザーだからである。

平沼定晴BP「レギュラーで出てたときと、今もそんなに変わんないと思うんですよ。ただ、今はね、速いボールほしいっていうときは、もうどんどんどんどん前に出てきて、『ホントに速いボールお願いします』っつって。150キロぐらいの球を目で慣らすというか、練習の時から目で慣らしてますね。とにかく今年の執念っていうのはすごいですよね」

(つづく)
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