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今週の東海テレビ『pluspo』は、昨季限りで現役を引退し、現在はドラゴンズのスカウトとして活躍中の正津英志さんの特集を放送してくれてました。

ドラフト会議を目前に控えた10月中旬。東都大学野球リーグが行われている神宮球場には、各球団のスカウトが顔をそろえていた。お目当ては中央大学・澤村拓一投手。150キロを優に超えるストレートに切れ味鋭い変化球を交えたピッチングは即戦力の呼び声が高く、プロも垂涎の存在だ。そんな大器を追い続けてきた、ひとりの新人スカウトがいる。中日ドラゴンズ・正津英志スカウト。

1998年ドラフト3位で中日に入団した正津さんは、主に中継ぎ投手として、入団から4年連続40試合以上に登板。2005年、西武に移籍後も活躍を続けたが、昨シーズン限りで戦力外となり引退を決意した。

正津スカウト「(引退した2009年は)自分の本来のボールが投げれなかったんで、『もうそろそろ潮時かな』と。できればね、またドラゴンズに帰って何らかの仕事がしたいなと思ってましたんで」


正津さんの肩書きは関東地区駐在スカウト。実際に活動を始めたのは今年1月からだが、当初は戸惑いの連続だった。スカウトにとって重要なのはアマチュア球界での人脈形成。だが新人スカウトにとっては、まさにゼロからのスタート。

正津「やっぱ大変ですよねぇ。いろんな高校・大学の監督に挨拶に行って、まず顔を覚えてもらって、そっからですからね。それがやっぱり一番大変というか、一番気を遣うっていうか(苦笑)、一番苦労しました。スカウトになると、やっぱり『中日ドラゴンズ』を背負ってますんで、僕が変な対応をしちゃうと、『ドラゴンズのスカウトは…』ってなっちゃうんで、やっぱりそこは責任持ってやらないとなと」

スカウトとしての在り方を模索しながら迎える初めてのドラフト。本番前日のスカウト会議で、正津さんが担当する澤村投手は、1位指名候補のひとりとして最終候補に名前が残った。

(前日?ホテルのロビー?にて)
正津「1位の可能性があるっていうんで、だんだんドキドキしてきましたねぇ」


10月28日、ドラフト会議当日。注目の第1巡指名。

中日は大方の予想に反し、故障で秋のリーグ戦では登板しなかった大野投手を単独指名。そして、正津さん担当の澤村投手は巨人が単独での指名に成功した。

それからおよそ1時間後。正津さんが担当する社会人選手の中で、唯一リストに残していた武藤投手を3位で指名。と同時に、これは正津さんに新たな任務ができた瞬間でもあった。

(ドラフト会議を終えて)
正津「きょう1日はちょっとねぇ、常に緊張感がずーっとありましたね、さすがに…。自分の担当の選手がどうなるか?っていう部分で、会議中もドキドキしながら、ずっといましたね」
――3位・武藤選手について
正津「3位で武藤選手を獲れたんで、初めての担当選手になるんで、何とか交渉して、入ってもらえればいいかなと思ってます」

手探りながらも進んできたドラフトまでの日々。正津さんにはこのあと、自分が見いだした選手をプロに導くという、もうひとつ大きな仕事が待っている。




モコ感想:何だか見ているこっちまで緊張してくるような(笑)、迫真のドキュメントでした。担当していた澤村は指名できませんでしたが、こちらも担当だったという3位・武藤の担当スカウトとして、これからの契約交渉、そして武藤自身がドラのユニフォームに袖を通して以降も、ずっとずっと「スカウトと選手」の間柄は続いていくんでしょうねぇ。正津さん自身も社会人出身でしたし、そのあたりの疎通もうまくできそうですね。

現役時代サイドスローだった正津さんの思い出は、プロ初先発初勝利?のスワ戦で、右打者は完璧に抑えながら、左打者にだけヒットを打たれていたというのを覚えてますねぇ。その対左打者対策として、時の山田久志コーチはシンカーを直伝したもののうまくモノにできず、それならとチェンジアップを教えたり、いろいろ苦労されていたのも思い出しました。

来季以降もまた有望な新人選手をどんどんチームに送り込んでほしいですね。
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