今週の『ドラHOT+』は、最多登板に並んだ(放送時点)岩瀬の特集を放送してくれてました。




岩瀬、ここまでの軌跡。

(8月4日、ヒーローインタビュー)
岩瀬「去年・一昨年と投げられてなかったので、ずっと投げられてたころを考えたら、また喜びもひとしおですけど。よくここまで投げられたと思います」


米田哲也さん「僕が949やったかな、こんなもん塗り替えたらええねん。1000は超してくれよ」

阪急ブレーブスなどで活躍した米田哲也。「ガソリンタンク」と呼ばれたタフさで19年連続ふたケタ勝利。さらにプロ生活22年で949試合登板を記録した。そんな米田の登板記録に並んだのが鉄腕・岩瀬仁紀。

米田さん「記録っちゅうのは段々塗り替えられていくからね。それは時代の流れや。しゃあないこれは。だけど、岩瀬の後は出てこんやろ」

史上最多登板という大偉業。岩瀬の上には誰もいない。そんな記録をつくり続けた鉄腕の、これまでの軌跡。


1998年ドラフト2位でドラゴンズに入団。ルーキーイヤーの開幕戦、2番手として初登板を果たすもののワンナウトも取れずに降板。悔しいプロデビューとなった。

(当時のインタビュー)
岩瀬「開幕戦、アウトが取れずに帰ってきた、あの悔しい思いがね、バネになって、いい方向に向かったと思います」

悔しさを胸に、6月には初セーブ。終わってみれば65試合を投げ防御率は1.57。プロ初年度からフル回転、最優秀中継ぎ投手に輝いた。

2004年からはクローザーを任されるようになり、2005年には自身初のセーブ王を獲得。当時の日本新記録、シーズン46セーブをマークした。
(当時のヒーローインタビュー)
岩瀬「記録を意識してたんで、やっぱり緊張しました(苦笑)。1年間、頑張ってこられた成果が、この46セーブになったと思うんで」

その後、2013年にはプロ入りから15年連続50試合登板の日本記録を樹立。さらに(日本人最多・382セーブ)。

しかし、鉄腕・岩瀬といえども、入団以来酷使してきた左腕が悲鳴を上げ、2015年は自身初の1軍登板ゼロ。去年も不本意な成績に終わり、限界説もささやかれた。それだけに、今年にかける思いは強かった。
(16年11月、契約更改会見)
岩瀬「結果が全ての世界なので、そういった意味では白黒はっきり付けたいなと思いますけど」

結果が出なければ潔く。進退をかけて臨んだ今シーズン、3年ぶりの開幕1軍に名を連ねると、かつての輝きを取り戻し、セットアッパーとして新たな居場所を確立した。

特筆すべきは6月。14試合を投げ、3年ぶりのセーブも記録。防御率は驚異の0.00で、月間MVPも12年ぶりに受賞。完全復活を印象づけた。7月21日には歴代単独2位となる945試合目の登板。

そしてきのう(8月4日、新記録達成)。岩瀬の上には誰もいない、そんな記録がまた一つ誕生した。


岩瀬の心技体に迫る 6人の証言。

田島「簡単に言葉で『すごい』って言えないぐらい、やっぱりすごいんだなとは感じてます」

藤川球児「同時期に入団してやってて、ずっと追いつかないわけですから、これ追いつかないですよ」

球史を塗り替え続ける岩瀬仁紀の心技体。6人の証言から、その秘密に迫る。


まずはその体。プロ19年間でシーズン平均登板数はおよそ50試合。なぜここまで投げ続けることができるのか。

浅尾「危ないときは『体が反応する』っていうのを聞いたことあります」

田島「やっぱり自分自身の体を一番理解してるというか。張りが出てるとか、そういうところもすごく敏感だと思いますね」

岩瀬仁紀の凄さ
体編「ケガ察知能力」

体の強さに加え、ケガを事前に察知して防ぐ。これが長く投げ続ける一つの要因となっている。そして多くの実績を積み上げてきた、その技術。岩瀬は代名詞のスライダーを武器に、絶対的ストッパーとしてその地位を築いた。

しかし一昨年発症したヒジのケガが選手生命を脅かす。ここ2年、思うよう投球ができず苦しんだ岩瀬は、投手コーチ時代から信頼を寄せる森監督に、ある告白をする。

森監督「故障に悩んだり、(ボールの)切れが出なかったり、自分の投球ができずに、一度は私のところに来て『もうユニフォームを脱ぎたい』ということはありましたけど、それを踏みとどまらせてというよりも、(現役を続けるだけの)価値のある人間だと思ったんで」

一度引退を覚悟した岩瀬は、入団時から通う『ワールドウィング』で、思い切ったモデルチェンジを図った。

(ワールドウィングにて)
岩瀬「今までのボールじゃあ通用しないことが、去年分かったんでね」
岩瀬仁紀の凄さ
技術編「モデルチェンジ」

強いボールを投げる意識から、ボールに縦回転をつける意識に変更。『ワールドウィング』の小山代表と、それに取り組んだ。

小山代表「ストレートの回転は、ヒジを壊す前、少し落ち気味で、1秒間に41回転と私は把握してたんですけど、今年は46回転、藤川球児投手の全盛期の回転数なんですね」

この意識が、スライダーに変わる新たな変化球を生み出した。

小山代表「バックスピンがかかって、縦回転の状態で(右バッターの内角に)食い込む、逃げるという変化球(を投げること)ができる。ホント今は魔球に近いですね」

その取り組みはすぐに結果として表れる。ここ5年の成績を見ると、今シーズンは奪三振率が高くなっているのが分かる(12年から5.29、6.24、5.28、4.35、今季は7.16)。

森監督「ボールの切れ、それから動くボールでバッターに立ち向かっていく。カムバックに近いボールを投げられるようになったっていうのが、これは本人も自信(になっている)でしょうけど、これはなかなか簡単にできることではない」

そして数々の修羅場をくぐってきた、その精神力。

吉見「やっぱりどんな場面でも淡々と帰ってくる。仮に打たれたとしても、翌日にはまたしっかり抑えるっていうところが、僕はすごいと思います」

同じ時期にタイガースのストッパーとして活躍した藤川球児。

球児「精神的にもホントにタフなポジションなので、人には分からないようなつらいときももちろんあると思うんですけど、それをクリアしてきたというか。日本で一番、誰よりも強いメンタルと、体とを備えてる」

そんな岩瀬を語る上で欠かせないもの。
岩瀬仁紀の凄さ
精神編「負けん気の強さ」

球児「近年の、故障からの復活っていいますか、あきらめない姿勢っていうのが、ここまでの大記録になってると思いますんで、その気持ちというか、その根性ですかね、そういうところにすごく尊敬を感じますね」

浅尾「やっぱ負けん気じゃないですかねぇ。やっぱりほかの人よりも強いと思いますし、覚悟もあると思いますね、今年に限っては」

引退を覚悟して挑んだ今シーズン。根底にある負けん気の強さが大記録へとつながっていく。岩瀬仁紀、最多登板新記録へ―。


(スタジオ)
峰「身近にいた昌さん、岩瀬さんのどういったところがすごいんでしょうか?」
山本昌「吉見投手が言ってましたけど、やられようが抑えようが、いつも淡々としてるところが、私はいつもすごいなと思ってましたね。あと、毎日自分のルーティーンっていうのがあって、10分間ぐらいのトレーニングがあるんですよ。それを欠かさずやってましたから、そういう自分に必要なものをやっていく努力っていうのが、長くやる秘訣なのかなって思いますけどね」

峰「VTRにもありましたけど、岩瀬さんのデビューっていうのは、私も生で観てましたけど、かなりほろ苦い感じで。出てきたときから青ざめていて、帰っていくときはシュンとなってましたもんね」
「いや、これ打たれてますけど、いいボールは投げてますから、おそらく(当時の)星野監督と山田コーチは『絶対いける、次も使おう』って思ってたんじゃないですかね」
峰「どんなことはあっても次も行かせようということがあったんですか」
「ボールを見れば、1軍のどれくらいのレベルかって分かりますから、あとはもう経験なんですよね」

峰「森監督がおっしゃってましたけど、一昨年ですか、『ユニフォームを脱ぎたい』っていう、そういうお話は昌さん、聞きました?」
「いや私は聞いてないですね。私は(岩瀬投手と)話するときは『やれ』って言った方なんですよ。『山本さん、もういいです』みたいなことを言うんですけども、『やれるならやれよ。まだまだできるよ』っていう話はいつもしてたんで、私には『辞める』とは言いづらかったんじゃないですかね。最近は『1000まで行け』それしか言いませんから」
峰「昌さんには弱みを見せられないという」
「そういうのもあったでしょうね」

峰「そして復活したのが、(ワールドウィングの)小山さんとともに編み出した『魔球』の存在は大きかったんでしょうか」
「大きいでしょうね。小山先生のところに行ってることが、また(高いレベルに)行けるんじゃないかっていう思いができたんじゃないですかね」

峰「先ほど小山さんがおっしゃっていた回転数とかいうのはよく分からないんですけど、簡単に魔球の解説をお願いします」
「おそらくこういう(ツーシームの握り)なんですよね。今までの岩瀬投手のスライダーの握りはこう(フォーシームの外の方に中指をかける?)なんですけど、こういう握りで縦に回転をつくって、山の抵抗がほどけてきたときに、こっち(右打者の内角方向)にグッと曲がるような」

峰「今までの得意球のスライダーとは全く違う」
「そうですね、あれもかなり速いスライダーでしたけど、今回はバッターの手元、縦回転が強くなってるので、バッターの手元まで来てから、打つ瞬間に曲がるんですよね。とらえることが非常に難しくなってるっていうのは分かりますよね。三振が増えてるっていう事実だけでも、スライダーがすごく切れてるっていうのが分かりますよね」

上山アナ「米田さんと、記録に並んだ岩瀬投手の成績を見比べてみましょう」

登板試合数比較(8月4日現在)
岩瀬仁紀 949試合 先発1 リリーフ948 57勝49敗403セーブ 947投球回
米田哲也 949試合 先発626 リリーフ323 350勝285敗2セーブ 5130投球回

峰「先発1回してるんですね」(2000年10月8日、対カープ)
「私もこれよく覚えてます。ピッチングコーチの山田さんでしたかねぇ、『最後、先発するか』と、どっかで遊びで言われてたんですよ。そしたら岩瀬が『やります』と。ホントに(シーズンの)最後の最後なんです。『そんな、甘くねぇぞ岩瀬』と思ってたら、楽に勝っちゃったんですね。『なんだよ』と」
峰「岩瀬さんって先発でも行ける人だったんですか?」
「もちろんやれたと思いますよ。57勝って出てますけど、200勝近くはしたんじゃないかなと思いますけどねぇ」

峰「でも抑えの岩瀬さんっていうのはそれなりの存在感っていうことで、なったわけですもんね」
「強いチームにはああいう抑えがいてね。何より私が岩瀬がいてよかったと。アイツがいなかったら200勝できてなかったんじゃないですか(笑)。『岩瀬くんありがとう』みたいな感じなんですよ」

峰「きのう(8月4日)もああいった(緊迫した)場面で出ていって、勝ち投手になったじゃないですか。岩瀬さんは持ってるなっていうのがありますよね」
「こういう記念のときに勝ちがつくって、やっぱり持ってるなって思いますし、また登板機会が巡ってきて、そこでまた抑えちゃうっていうのがね。もう完全にジャイアンツの流れですから。あそこを抑えたのがきのうの勝因ですから、やっぱりままだまだ戦力として十二分に使える選手ですから。あとはもうとにかく1000試合まで行ってくれと」

峰「昌さんがおっしゃるように『やれ、やれ』と」
「顔を見れば言ってます。でも結構弱気なところもあるんですよ。弱気なことを言うんですけど、僕そういうのは許さないので。『やれ』と」




モコ感想:7月は月間MVPを獲った反動だったのか、すごく悪かったので心配でしたが、ここに来てまた力が戻りつつある中での、米田さんが長らく守ってきた最多登板記録の更新ということになりましたね。

記録に並んだゲームも際どい場面をしのいで勝ち投手になり、さらに新記録を更新したゲームもセーブを挙げるなど、やっぱり持ってるなと思いましたねぇ。

正直年齢が年齢だけに1年1年が勝負だとは思いますが、来季も状態を維持できれば1000試合登板も夢じゃないので、1年でも長くマウンドに上がり続けてほしいです。

#それから米田さんもお元気そうで何よりです。
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