今週の中京テレビ「スポーツスタジアム魂」スポスタ魂は、放送前日に訃報が届いた星野仙一さんの、昨年9月に放送された立浪さん・井上一樹さんとの対談を含む追悼特集と、放送前日に入寮した新人選手たちの様子などを届けてくれてました。

#9月の対談からの一部抜粋と未公開分?という形でした。よろしかったらこちらの記事『星野仙一×立浪和義×井上一樹///スポスタ魂』もどうぞ。




星野さん追悼特集。

(VTR)
去年(2017年)9月に収録したスペシャル対談。星野さんはこのとき既にガンを患っていた。

星野「懐かしい写真があるなぁ」(パネルに掲げられたいくつかの写真を見ながら)
井上一樹「若いですね」

ふたりの愛弟子に今後の『夢』を語った。

立浪「星野さんがこれからの野球界に期待したいこと」
星野「もう野球界…いま子供がものすごくほかのスポーツに行ってんのよ。野球っていうのは非常にお金がかかるし、場所もないと。だから少年野球、子供たちの『プロ野球選手になりたい』というのが少なくなってきたよね。『野球ってこんなに面白い』っていうのを実際見るだけじゃなくて、兄弟やお父さんとキャッチボールしたりとか、そういう姿が見られないし場所もないという。

今度東京オリンピックがあるけども、東京オリンピックに野球が戻ってきましたと。オレの個人的な説は、東京オリンピック(の野球日本代表)にアマチュアを何人入れられるかと。そういう度量がどれだけあるかと。元々アマチュアのもんだから、オリンピックというものは。プロ野球はWBCっていうのがあるんだから。

少しでも、1/4ぐらいでもアマチュアを入れて、プロ野球選手にならなくてもオリンピックに出られるんだと。門は狭いけども、そういう子供たちに夢を与えなきゃいけない。アマチュアの選手に夢を与えなきゃいけない。そういうふうな思いではいるんだけどもね。これ個人的な考えだけど、そう野球屋は思ってくれなきゃ困るんだよ。

プロ野球があって社会人があって大学野球があって高野連があって少年野球があってという区分はしてるけども、『野球』で考えなきゃいけないんだよな。アマチュアだとかプロだとか高校野球で考えたらダメなんだよな、狭くなるんだよな、考え方が。『野球』っていうふた文字で…正岡子規が書いた、あの『野球』で物事を考えていかなければ。

アマだプロだとか、日本の野球界だけだよ。それがひとつにならなきゃ、そういうこともやっていけないだろうと。だからもう残りの人生はそういうことでオレは頑張っていこうかなぁというふうに思ってるんだよね。

ただ賛同者が少ないんだよな。頭では分かってるんだけども行動に移すっていうのがね。プロ野球の経営者も分かってない。そういうことはどんどん発信していこうと思ってるんだよ」


井上「僕は監督に少しだけ会ったときに、そういった話はしてましたから。『楽天のことだけを考えてないんだな、野球全体を見てるんだな、日本のことを考えてるんだな。すごいなぁ』と思って聞いてたんですけど。いろいろ考えられてるビジョンとかね、オリンピックの絡みもありますし」
星野「お前らもまだまだ若いからユニフォームに未練があって、そのチームを強くする、野球を面白くする、激しくするということでいいんだろうけど、そういうこと(球界全体のビジョン)はオレたちの年代で考えることだな」


気迫あふれるピッチングスタイルから、現役時代のニックネームは『燃える男』。監督時代は『闘将』と呼ばれ、常に闘う姿勢を前面に打ち出し、中日・阪神・楽天の3球団を優勝に導いた。

星野「弱いチームを引き受けるっていうのはねぇ、これを強くするってものすごく面白いな。でもね、17年監督やらせていただいたけども、一番楽しかったというのはドラゴンズの1年目。というのは、もう若い選手ばっかり、若い選手っていってもロクな選手いないだろ、それで弱いわけだから。でも根踏むとみんなが成長していくんだよ。それがもう目に見えるんだよ。彦野(利勝)にしてもさぁ、(中村)武志にしてもさぁ、まぁ下手くそでどうしようもないのが、ダッダッダッダッと成長するのが目に見えるんだよな。ものすごく楽しかった」

立浪「例えばミーティングで、勝っても反省。勝ったときはまだいい意味で前向きな反省ができるんですけど、負けたときのミーティングっていうのは選手はホントに大変でですね…」(一樹笑)
星野「…どういうふうに大変なんだよ!具体的に言えよお前」
井上「実際ミーティングのときに、みんなが座って待ってます、監督が最後に入ってきます、で『頭の上から湯気が出てるわ』っていうときはまだいいんですよ。逆にエラい変な試合をしたにもかかわらず、監督がそういう笑顔で入ってきたときが一番怖いですもん(星野苦笑)。もうこれエラいことになるわっていうね」

立浪「監督には、女房の誕生日にお花をいただいたりですね、そういった気遣いをされていたっていうことを自分たちが経験させてもらったんですけど」
星野「これもね、自分のことから、『オレ女房の誕生日に何もしてやってないな。おそらく選手たちもそうだろう』というところからの発想なんだよね。オレが花屋へ行って1回1回やるわけじゃない、メッセージだけは自分で書くけども、で選手の奥さんの誕生日を全部(メモして)、で花屋と契約して『毎月毎月キチッとやってくれよ』ということはやったことあるかなぁ」

星野「初めてきょう言うこと多いよ、この中京テレビで」
立浪「ありがとうございます、貴重なお話を」


2011年の東日本大震災。この年、楽天の監督に就任。そのときの思い出も語った。

星野「1年目に大震災だから。いやー参ったぞあのときは。選手全然やる気ないんだから。そりゃ分かる。あの情景を見たら心が砕かれるというか、そういう思いになったな、オレも。

その震災受けたときに『エラいとこ来てしもうたなぁ、エラいタイミングで』。『このチームを何とか優勝とは行かなくても常勝チームにしたいなぁ』という思いで引き受けたわけでしょ。そこへ大震災。

ひとりで家に帰って…仙台でマンションを借りてくれてるんだけど、そこで『これからどうするかなぁ。いや待てよ、逃げるわけにいかんな。これはやっぱり立ち向かっていかないかんな。そうか、これはオレを試してるな』と。『こういう大災害が降りかかってくるというのは、弱いヤツには降りかかってこない。これをはねのけられるヤツに降りかかってくるんだ』と。そう良いふうに取ったんだよ。『よーし見とけ』と。そこでひとつの精神的な塊ができたな。きょうの番組じゃないけど『魂』が。『よーし見とけ!絶対被災者を喜ばしてやる』っていう思いがものすごく強くなったな」


震災から2年後、楽天はパ・リーグを制し球団初の日本一に。一度心が折れた星野さんが念願を叶えた瞬間だった。

(優勝監督インタビュー)
星野「もう最高!もうね、東北の子供たち、全国の子供たち、そして被災者の皆さんに、これだけ勇気を与えてくれた選手、褒めてやってください!」


去年(17年)7月、ナゴヤドームで行われた野球殿堂の表彰式。このとき星野さんは東海地区、そしてドラゴンズへの思いを語った。

(殿堂入りセレモニーにて)
星野「仙台のコボスタはいつも満員ですよ。ここ(ナゴヤドーム)だけガラガラ。みんなしっかりとドラゴンズを応援してやってください」

去年11月28日、野球殿堂入りを祝うパーティーには、球界はもちろん政財界、芸能界から1000人以上が出席。星野さんは野球界の発展を呼びかけた。
(パーティーでの挨拶)
星野「アマチュアとプロ野球がひとつになって、子供たちにいかに野球をやらせるか。とにかく僕は全国津々浦々に、子供が野球ができるような環境をつくってやりたいというふうな夢を持ってます」


(スタジオ)
吉田アナ「VTRの星野さんとおふたりとの対談が9月ですから4ヶ月前。星野さんの訃報を初めて聞かれたときは、立浪さんいかがでしたか?」
立浪「ちょうど知り合いが『星野さんが亡くなった』っていうことを言われたときに、『え?星野さんってどこの星野さん?』っていうことを言って、それぐらい驚きましたね」

吉田「井上さんも初めて聞かれたときは…」
井上「寝ぼけ眼で朝起きたときだったんで、何か夢でも見てるのかな?って最初思ったんですよね。電話にメールが入ったんですね。それは落合英二さんですけども、『星野さんが亡くなった』っていうメールが来たので、『ウソでしょ?』って最初思ったんですね。『この前会ったばっかりじゃない』っていうね。なのでホントに信じられなくて、どうしようって動揺しましたね」

吉田「2016年の7月から、もう病と闘われたということですが、対談のときは全くそれを感じさせない、エネルギッシュな星野さんを感じましたが」
立浪「ねぇ、全く気づきませんでしたしね。ましてや、あえて人に弱みを見せないっていう、星野さんはそういう方ですから。ただ12月の殿堂入りパーティーのときに、少し痩せられたかなっていうことは感じていたんですよね。そうこうしてるうちに数日でこういう結果になったんで、ホント残念ですね」

吉田「井上さん、本当にそういう弱い部分を見せない方なんですかね」
井上「ですね、最後の最後までそういう部分を隠していたっていう、星野さんらしいといえばらしいんですけども、弱みを見せない、そして立ち向かっていくっていう、『闘将』って呼ばれていたのが分かるような、そういった生き様といいますか。最後は『弱って弱ってどうしようもないんだよ』っていうような素振りさえ見せなかったというのが星野さんらしいなと思いますね」

吉田「亡くなられる直前まで、今年の楽天のキャンプのこと、方針を気にされて、『コーチ会議に出られるかな』というふうに思っていたということで、星野さんを象徴するようなエピソードなんですけど。それから立浪さん、星野さんはVTRにもありましたが、非常に気遣いの方でもあったんですね」
立浪「皆さんはけっこう、テレビで怒ってるとか怖いシーンの印象が強いと思うんですけど、ユニフォームを脱いだときはホントに優しい方で、さっき(VTR)で雑談してるときなんて冗談を言って、何でも気さくにしゃべってくれる方で、ホントに優しいんですけど。ただユニフォームを着たときの厳しさとのギャップが激しくてですね、それに戸惑ったところもあるんですけど、ホントにいろんなことに神経を研ぎ澄まして、気を遣っていただきましたね」

望月アナ「以前の対談のときも『この監督のために戦おう』って、そう思わせる人なんだというお話もありましたよね」
立浪「そうですね、10回怒られて、そのうちの1回褒められることがうれしくてね。井上もそうだと思うんですけど、頑張れたんですよね。そういう監督でしたよね」

吉田「この名古屋を離れて、大阪でも仙台でもそのチームを強くして火をつけて。井上さん、みんながついていくような方だったんですね」
井上「影響力が、チームとか会社とか全てトップに立つ人っていうのは絶対必要でしょうけども、星野さんほど存在感、それから影響力があるっていう人はなかなかいないですよね。そういった中で、僕もアマチュアのころから野球やってましたけど、その中でもこういう人がいるんだって最初は思いましたけど、引退してこうやって野球を見る立場になったところで、やっぱり振り返ってみると一番の監督だったかなって思いますね」

吉田「亡くなられて、いろんなエピソードが飛んでくるんですが、そのどれもが星野さんらしいなっていうのがたくさん飛び込んできます。おふたりが最後に星野さんと会われたのが、12月の初めの大阪での野球殿堂を祝う会ということなんですが、そのときは立浪さん、どんなお話をされたんですか?」
立浪「あれだけの人が来られてますから、ホントに挨拶程度の会話しかできなかったんですけども、ただ9月に3人で対談させてもらったことが、いま振り返ればホントによかった、貴重な時間だったと思いますし、できればそのあと食事でもね、一緒に行けたらよかったなって、いま悔やんでもしょうがないんですけど、思いますね」

吉田「それからドラゴンズに対する思いも、星野さんは本当に深く持たれていましたけども、そういった思いを受けて、これからの野球界、ドラゴンズに対してどんな向き合い方をされていきますか?」
立浪「ドラゴンズもそうですけど、星野さんが言われたように、野球界ってプロ野球とアマチュアの壁ってまだまだあるんですよね。われわれは今現役を退いてOBという立場ですから、星野さんの意向をしっかり子供たちに伝えられるように。もちろん現役選手がそういった活動をしてくれることが一番いいんですけど、また野球界のために頑張っていきたいと思いますね」
井上「なかなか星野さんみたいに熱血で、それからドラゴンズに関していえば、伝統というか、星野さんがつくってきたものを守り、そして伝えていかなきゃいけないって、僕らはいつも思っていた選手だったわけですから、そこはやっぱりきっちり踏襲していきたいとは思いますね」

吉田「われわれも星野さんには到底かないませんが、熱を持ってこれからもスポーツ界、野球界を盛り上げていきたいと思います。謹んでご冥福をお祈り申し上げます」


新入団選手の入寮。

(VTR)
きのう(1月6日)入寮したドラゴンズ新入団選手。ドラフト1位の鈴木博志投手と2位の石川翔投手が、さっそく名古屋市内(エディオン名古屋本店)でトークショーを行いました。

鈴木博志「ケガせず(キャンプを)乗り越えて、開幕1軍目指して頑張りたいと思うので、応援よろしくお願いします」

石川「1年目はホントに自分をいじめ手やっていきたいと思います。ただ2年目・3年目からは見ていてください」(会場から『おー』のどよめきが)


そしていよいよきょう(1月7日)から新人8選手の合同自主トレがスタート。室内での体力測定を終えた午前11時、グラウンドに姿を見せました。体を動かす前には星野仙一さんへ黙祷を捧げました。

その後ウォーミングアップやキャッチボールが和やかな雰囲気で行われました。こちらドラフト1位の鈴木投手も最初はこの笑顔…だったんですが、その後のグラウンドを10周するランニングでは先頭を走る選手から徐々に遅れはじめ、9周目には周回遅れとなってしまいます。ほろ苦い初日となってしまいました。

鈴木博志「やっぱりランニングはすごく苦手で、全力で走ったんですけど全然かなわなかったです。やっぱり走れないので、少しずつ走れるように、自分でトレーニングしていきたいと思ってます」




モコ感想:野球の組織が一本化されていないことの弊害は多いですが、何十年も前のしこりを、アマ球界側がいまだに引きずっているので、星野さんのようなカリスマが大いに働きかけて、風通しをよくしてほしかったのですが。

立浪さんたちOBが星野さんの遺志を継いで、野球界を少しでもいい方向に向かわせてもらうことが、僕たち野球ファンの思いでもあるので、ぜひよろしくお願いしたいですね。
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