今週の中京テレビ「スポーツスタジアム魂」スポスタ魂は、大野雄大がふるさと京都で過ごした年末年始に密着。ふたり目のお子さんの誕生に立ち会う姿や、母校・京都外大西高校の仲間たちと興じるOB野球、そして恒例の練習始め・大文字山への登山トレなどの様子を伝えてくれてました。




(自ら運転の車中にて)
大野雄大「正直この時期でよかったというか、自由に動けるときですしね。シーズン中やったらどうしても、遠征先とか投げる日が間近やと絶対立ち会えないですから」

年の瀬が迫る12月20日。中日ドラゴンズの投手・大野雄大は、出産に立ち会うため京都市内の病院へ向かっていた。

(病室にて)
大野「どこさすってほしい?」(背中をさする)
奥様・美優奈さん「全然違うわ」
大野「あそう」

2歳の長女とともに、そのときを待つ。そして…
(午後9時半ごろ)
大野「無事生まれましたー。元気です、母子ともに。いや〜よかったです」
スタッフ「まずは安心っていう感じですか?」
大野「うん、やっぱりすごいですね、奥さんは。女性は……って何マジメにしゃべっとんねん(笑)。でもホンマに感動しました、今回も」

美優奈さん「頭も大きくて体も大きくて」
大野「誰に似たんやろな、頭デカイのなぁ」
美優奈さん「だって来はる助産師さん、『お母さんちっちゃいのに何でこんなに大きいんやろな』って言われた。父親がでっかいから」

3600グラムを超える元気な女の子を授かった。

長女「おなかから出てきたの?」
大野「こっから出てきた」
美優奈さん「ママのおなか赤ちゃんいるって言ってたやろ?」

第2子を授かり、さらなる責任を背負った大野の年末年始に密着。シーズンオフだからこそ話せる本音を聞いた。エースと呼ばれる葛藤。

大野「自分としては正直全然エースとは思ってないんですよね」

女手ひとつで育ててくれた母への感謝。

大野「大人になる前から感謝はずっとしてましたし」

家族への思い。

大野「家族養っていくためには、やっぱり結果残して稼がないといけないですよね」

つかの間のオフ、ふるさと京都で過ごした大野雄大の素顔に迫った。


(わかさスタジアムにて)
出産から1週間。大野はこの時期の恒例行事、母校・京都外大西高校のOB戦に参加。懐かしいメンバーや監督との再会を果たした。野球少年に戻るひとときを過ごす。

(ショートとして無難に打球をさばくと…)
チームメイト「大野うまなったなぁ」
大野「うまなったやろ?昔より」

プロのグラウンドでは決して見られない表情を見せる。

後輩「あっ大野さん、サインもらっていいですか?全部(色紙5枚ほど?)いいですか?」

後輩たちのあこがれの存在。大野のプロでの活躍が彼らの励みとなる。
大野「きょうは楽しかったですね、みんなと久々に会えて。はしゃいで、野球して。これが終わったら1月、年明けて、本気の野球モードに入りますし、大事な1年に1回の日ですね」


年が明けた4日。プロ入りまで過ごした実家を訪ねた。

大野「ただいま!化粧バッチリやな(笑)」
母・早苗さん「フフフフ」

スタッフ「ここで暮らしてたんだねぇ」
大野「そうです、22年間。母と姉ちゃんと3人です」

大野が2歳のころ両親が離婚。母・早苗さんは女手ひとつで子供ふたりを育てあげた。10歳から野球を始めた大野を全力で応援してくれた。

(懐かしい写真をチェック)
大野「可愛いなぁでもホンマ」
早苗さん「自分で言う?(笑)。でもホンマに『こんなときあったなぁ』とか思たわ」

所狭しと飾られたトロフィーの数々。今でも早苗さんは大野が先発する試合をできる限り観に行くという。

早苗さん「試合は必ず行ってました。『もうえぇ』とか言われながらも」
大野「そんなこと言うてへんやろ」
早苗さん「中学のときかなぁ、まだ1年生で全然試合出てへんときとかでも、試合に行ってたんで」

早苗さん「(登板のときは)もう毎回ドキドキですねぇ。そんなうまいこといかへんやろうけど、何とか勝たせてくださいみたいな感じで、祈りながら見てる感じで」

大野「(野球を始めた)当時、家に車がなかったんですけど、それに合わせてっていっても過言じゃないぐらいの、そのときに合わせて車を買ってくれたりとか、感謝はずっとしてましたし、女手ひとつでふたりの子供を育てるっていう大変さっていうのはすごく分かってましたね、たぶん子供ながら。たぶんそんなに反抗期もなかったし(笑)、分からんけど。変なオカンに対して悲しむような言葉は、たぶんかけたことないと思うし、それはやっぱり大変な中で育ててもらってるっていうことが分かってたんで、それは絶対に僕は(ネガティブな言葉は)吐かなかったですね」


去年、2年連続となる開幕投手を任された大野。しかし前半戦勝ち星に恵まれず、シーズンを終え7勝8敗。納得できる結果を残せなかった。

(自主トレを行っている?公園にて)
大野「自分としては正直、全然エースとは思ってないんですよね。自分が見てきたエースっていうのは川上憲伸さんとか吉見一起さんとか見てきてるんで、ああいう人たちのことは誰が見てもエースやし。(エースとは)『信頼されるピッチャー』。『アイツが投げてれば大丈夫』っていうね。チームがどうしても連勝で勝ちたいっていうときに任されて、(勝ち星を)取るようなピッチャーですかね。やっぱり成績の出てない自分が、そうやって(エースと)呼ばれることに対して、何か『オレは違うのに』って思うことも多いですし、『そんなふうに思わんといてくれ』と思うことも多かったですけど、そろそろホンマにひと皮ふた皮むけて、若い子たちが入ってきて、その中でもう1回、ピッチャー陣の主役として投げられるようにしていかないと、エースというには程遠いし、もう1回そういうところを目指さなあかんなというのは思います」

1月5日、向かったのは京都五山の送り火で有名な大文字山。

大野「ほんなら行ってきます」

銀閣寺の参道から続く山道を登り、標高466メートルの山頂を目指す。大文字焼きが行われる灯台(※字が合ってるかどうか??)まで登ると、京都を一望する絶景が広がる。

この日は母校野球部の練習開き。恒例の階段上りが行われていた。卒業後も大野は毎年この練習に参加。この山頂で1年のスタートを切る。

大野「ほんまエグいわー」

スタッフ「懐かしいですか?」
大野「思い出したくもないですけどねぇ、ホンマにしんどすぎて。よう走ってましたわ」

大野「相変わらずしんどいっすね。これやらな始まらんっていう感じなんで。高校卒業してから大学、でプロ1年目からずっとここに来て、練習始めっていう形でやってますし、走ることによって、また体を勝負の準備の体にしていくというか、シーズン戦える体を。その始まりなんでね、身が引き締まるというか、また今年も始まったなという感じですね」

練習開きのあと向かったのは平安神宮。

スタッフ「何をお願いしましたか?」
大野「無病息災、家内安全。いやホンマですよ。あとは1年ケガなくやれるように、です」

(絵馬を奉納。『セ・リーグ制覇!!』)




モコ感想:「自分では全然エースと思ってない」と語ってましたが、そうですね、僕も大野雄大のことをエースと思ったことは一度もないです(笑)。正直これまでの大野は3番手ピッチャーぐらいで輝けるタイプから脱却できないまま、という感じがしてなりません。

今回はお母様が出ておられましたが(っていうか大野はお母さん似ですね、あらためて)、母子家庭で育って、その感謝の気持ちがよく伝わってきましたし、きっとプライベートでは関西ノリの愉快でいいヤツなんだろうと思います。でも厳しい勝負の世界はそれだけでは君臨できないんでしょうねぇ。

いよいよ30歳になるシーズンです。台頭してきた若い先発陣にどんな背中を見せられるか、注目したいと思います。
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